■■になりたい皇女さま!   作:棚木 千波

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第二章
#8 奴隷から救われた世話係


 

 皇女誘拐事件から数日後。

 安全と反省を考慮して、姫様には暫くの外出禁止が言い渡された。従者である私、サーシャも普通なら姫様と共に私室で大人しく過ごすべきなのだが、その前に確かめなければならない事があった。

 

「ふう、どうにか辿り着けましたね……」

 

「なるほど、ここが話に聞いた奴隷市場か」

 

 というわけで半日程の暇乞いをした私は、お供のロザリーを連れて例の奴隷市場にやってきていた。勿論今回は商品等ではなく、ただの冷やかしとしてだ。

 

「居心地が悪い。あまりいい所ではないな」

 

「それが普通の人の感性ですよ。私もいい思い出がないですし」

 

 市場に入るなり顔を顰めるロザリーに私も同意を示す。

 奴隷市場の中は決して綺麗とは呼べないし、空調なんて概念すらない。地下部分に入ってしまえば明かりすら乏しくなり、重い空気と臭いが充満した空間となってしまう。それでいて売られている者たちの殆どが沈んだ顔をしているのだ。テンションなんて上がるわけがない。

 むしろ私たち以上にそれを感じられるはずの姫様が例外なのである。なんなんだあの方。

 

「……すまなかった。私が付いていればこんな所で売られる事も、そもそも攫われる事もなかっただろうに」

 

「いいんですよ、ロザリー。あれは私と姫様にも大いに責任があります。それに最終的にはちゃんと助けに来てくれた。それで十分です」

 

 バツが悪そうに目を背けるロザリーだが、彼女は本当に悪くないと思う。例え護衛騎士であっても休暇は与えられるべきだと思うし、今回のは間も悪かったのだと、ロザリーがそう思ってくれるのを願うばかりだ。

 

「それでは私の気が収まらん。だから安心しろ、今日はしっかりとお前を守ってやる。大船に乗った気分でいると良い」

 

「お供を頼んだ身としては有り難いんですが、もしかして私の手をずっと握っているのはそれが理由なのですか?」

 

 決意に溢れるロザリーの左手は、しっかりと私の右手に結びついている。けれど先導しているのは私なので、何だか妹を連れて歩くお姉ちゃんの気分だ。……あれ、私まだお姉ちゃんが抜けてないのかな。

 

「……お前を守ると決めたらいつの間にか手が伸びていた。そうだな、これでは片手でしか剣が振れない。離すべきか?」

 

「いえ、ここで離れ離れになっても面倒ですし、このまま行きましょう。万が一が起こっても、ロザリーならコレくらいの不利(ハンデ)は気にしないでしょう?」

 

「ああ、必ずお前を姫様の元に帰してみせよう」

 

 頷くロザリーは実に頼もしい限りだ。更に力が込められて若干痛みを感じなくもない位だが、まぁ気にする程ではない。そもそも二人してフードを被った不審者ルックなんだから、多少不審点が増えても問題ないだろう。

 

「それで、お前のお目当てはどこにいるんだ? あまり長居も出来ないんだろう?」

 

「如何せん買い手として来るのが初めてなので、どこにいるのかはよく分からないのですよね……。軽く探していないようなら、近くの兵士にでも聞きましょう」

 

「なるほど、聞き出せばいいのだな。任せろ」

 

「ロザリー、別に脅す必要はないです。だからその剣を収めてください」

 

「――おや、そこのお二人さん。何かお探しかな?」

 

 判断が早すぎるロザリーを宥めていると、急に背後から声をかけられた。渋い男性の声だが私にはどこかで聞き覚えがあるような気がして、ゆっくりと振り向いた。

 

「あなたは、あの時の……!」

 

「おや、俺のことをご存知だったか。それなら話は早そうだな?」

 

 数人の部下を連れて話しかけてきたのは、忘れるはずのない眼帯男だ。初対面を装ってはいるが、まず私に気付いているのは間違いないだろう。

 

「……それ以上私たちに近づくな。その残った目も潰されたいのか?」

 

「おいおい、随分なご挨拶じゃねぇか。こちとら親切心で声をかけただけだぜ? 如何にも慣れてなさそうなお客様も見捨てない、それが俺たちのモットーなんでな」

 

 再び剣を抜きそうになるロザリーにも、眼帯男は飄々とした態度を崩さない。彼女の反応的にこの眼帯男も実は手強かったりするんだろうか。筋肉も凄いし。

 

「……以前私の連れがお世話になりましてね。そのお礼も兼ねて参った次第です。そういう意味では手間が省けましたよ」

 

「そいつは態々ご苦労様だ。けれどそれだけじゃないって顔だな。ウチに文句があるにしても、その騎士様一人だけってんじゃあ味気ねぇもんな?」

 

「あ?」

 

「ええ、いずれもっと大勢でサプライズさせていただくつもりです。招待状も不要ですので、楽しみにしていてくださいませ」

 

「なるほど、パーティってわけか! なら此方もドレスなり何なりを準備してやるから精々頑張りな? その後も含めて、な」

 

 飛び出しそうなロザリーを抑えつつ、眼帯男と会話を弾ませる。個人的に言いたいことも言えたし、そろそろ本題に入るとしよう。

 

「今回は会わせて欲しい者がいるんです。自分の目と足で探そうかと思っていたのですが、案内してもらえるのなら有り難いですね」

 

「……へぇ、あんた方のお眼鏡に適う商品があったってのか。それは商人としては嬉しい限りだが……まさかそれ以外の目的があったりはしないよなぁ?」

 

「ここは奴隷を買う為の場所なのでしょう? それ以外だなんて言われてもよく分かりませんね。それで、見せていただけるのですか?」

 

 眼帯男が向けてくる疑いの目を何食わぬ顔でやりすごす。こちらの素性は割れているので、警戒されるのは当然だろう。でも先述した通り今回は事を起こす気はないので、さっさと折れて欲しい所だった。

 

「焦るなよ、お二人さん。ここを運営する者として最低限の確認をしただけだ。いいぜ、どの商品を見に来たんだ? 俺が直々に案内してやるよ」

 

「……それは恐れ多いというか、お忙しくないのですか?」

 

 そんな私の思いが通じたようで、どうやら会わせてはくれるようだ。けどコイツも一緒に付いてくるのはノーサンキューだ。監視以外の何物でもないし、何とかお帰り願えないだろうか。

 

「大事なお客様の為に手厚いサービスを提供するのは当然の事だろう? 身を粉にしてご奉仕させていただきますってな」

 

「ん、今身を粉にしていいと言ったか? つまりこの場で粉微塵にしていいんだな? よし」

 

「ヨシじゃないですロザリー。まだ早いんでその剣収めてください。ほらほら」

 

「まだ早いってことは、お前さんもその予定はあるんだな……?」

 

 いけしゃあしゃあと言う眼帯男に斬りかかろうとするロザリーをどうにか抑える。別に土に還って欲しいわけじゃないからね、今はまだ。

 

「こほん。では()()()()()()()()()()に会わせてください。まだここにいるのでしょう?」

 

「! ……なるほどな。こっちだ、付いてこい」

 

 僅かに眉が動いたが、一度吐いた唾を飲み込むつもりはないらしい。これなら思ったよりスムーズに面会出来そうだ。

 

 あの時、私たちの事を通報した匿名の誰か。その第一容疑者と見ているバニーガールに。

 

 ☆

 

「おい、見聞の時間だ! 早く起きろ!」

 

「…………はい、すぐ行きます……」

 

 眼帯男に先導されて着いた、そこそこ広めの牢屋にて。その中の簡素な寝台の上にいた彼女は、低い声で見張り兵の怒鳴りに返事をした。

 ミディアムヘアの栗毛は最低限しか整えられておらず、薄っすらと開けた目の下には隈が残っている。ガーターベルト付きの白い衣装には殆ど重さなどないだろうに、その動きは疲れで鈍っているように見えた。

 

「……はい! 今回は私を選んでいただきありがとう、ごさいま……」

 

 それでものそりと起き上がってから、ニパッと営業スマイルに切り替えてこちらを向くバニーガール。けれどその取って付けただけの表情は、私と目が合うと簡単に崩れ落ちてしまった。

 

「数日ぶりですね、司会のバニーガールさん」

 

 そう私が微笑んで挨拶すると、信じられないモノを見る目でじっと見つめてくるバニーガールさん。私としてもこんな早く再会できるとは思っていなかったので、その驚きも理解できるというものだ。

 

「…………えっ、あの時のお姉ちゃん?」

 

「誰がお姉ちゃんですか、誰が」

 

 違った。具体的には彼女の私に対する認識が。姫様の吐いた嘘の被害、思ったより大きくないか。

 

「サーシャお前、こんな所に妹がいたのか? あまり似てないが……」

 

「私に姉妹はいませんからねロザリー。これはそう、ちょっとした行き違いですよ」

 

「……ああなるほど、複雑な事情という奴だな。分かった、深く聞くのは止めておこう」

 

「深くないですから、浅いですから。浅すぎて座礁してるレベルですから」

 

 ほら、訳知り顔になったロザリーにも早速の風評被害が起きてるし。

 

「ええっとそれで、私に何の用ですか……?」

 

「あ、すみません。ちょっと脱線してしまいましたね」

 

 どう誤解を解いたものかと悩む横で、おずおずと尋ねてきたバニーガールさんに話を戻す。姉設定を継続する気はないが、確かに今はそんな事よりも話すことがあるんだった。

 

「この前のオークションではあなたにも世話になりましたからね。是非ともお礼を言いたいと思って来たんです」

 

「え、それはありがとうございま――す?」

 

 突然やってきて世辞を言う私に困惑するバニーガールさんだが、そんな私の左手の平を見て再度動きが止まる。

 後ろで野次馬をしている眼帯男には見えないように書かれた文字列は至極単純。

 

()()()()()()()()

 

「……私としてもあの場で伝えなければならないと思って頑張っただけです! 良い意味で受け取っていただけたのなら幸いです!」

 

「そう謙遜しないでください。あなたの言葉があったから、私たちはあの後いい出会いに恵まれたんですから」

 

 こちらの意図が伝わったのか、バニーガールさんも口裏を合わせて会話を繋げてくる。やはり、私たちの事を外部に通報したのは彼女のようだ。どうやって、何のためにと気になる所は多いが、その前に確かめなければいけない点がもう一つある。そう思って言葉にするよりも早く、バニーガールさんがその答えを口にしていた。

 

「特にあの姉妹にはただならぬ威風を感じましたからね! 途中でその魅力に気づいてからは、どう皆様に紹介するか頭を悩ませましたよ本当!」

 

「……ええ。確かに最後の二人は印象的でしたからね。語らずとも分かってしまう程に」

 

 間違いない。このバニーガール、あの舞台の上で姫様の正体に気づいたのだ。謎のピンク髪を持つ妹なんかではなく、この国の第三皇女であるという事に確信を持っている。であるのなら、私がここに来た甲斐もあるというものだ。

 

「改めてあなたに感謝を。私がここにいるのは、あなたの言葉があってこそです」

 

 本気の謝意を込めて、牢の中の彼女に頭を下げる。これだけは眼帯男に怪しまれたとしても伝えなければならない、本心からの言葉だった。

 眼帯男にいつか返さなければならない借りがあるように。私たちを救ったあの通報をしてくれた彼女にも、返さなければならない恩がある。今回はその為の訪問なのだから。

 

「……頭を上げてください。お客様にそんなことをさせては、私の責任になってしまいます」

 

「いいえ、そんなことを気にする必要はありませんよ。その立場も今日で終わりになるのですから」

 

 申し訳なさそうに、いやばつが悪そうに眼帯男へ視線を送るバニーガール。私も振り返って彼の方を見ながら、強い決意を口にした。まぁ、これを確かめた時点で決めていた意思ではあったけども。

 

「失礼、眼帯のアナタ。このバニーガールを買いたいのですが、幾ら払えばよろしいのですか?」

 

「っ!?」

 

「……へぇ、そうくるかい」

 

 驚愕に今度こそ動揺を露わにするバニーガールを背に、ずっと黙って見ていた眼帯男に商談を持ちかける。顎をさすり、ニヤリと笑う眼帯男はどこまでも余裕そうに口を開く。

 

「お目当てが見つかったのは喜ばしいが……生憎とソイツはただの奴隷じゃなくってね。前みたいに司会だって任せられるし、お得意様への()()()()()だって出来るんだ。昨日もそのお手伝いをしてお疲れの所をわざわざ面会させてやったんだ。この意味が分かるよな?」

 

「…………」

 

 なるほど。やっぱりコイツは滅ぼすべき女の敵であるようだ。男の言葉に身を抱いたバニーガールの反応を見れば一発というか、振り返らなくても分かってしまった。この下衆め。

 

「しかしお前さんたちなら特別に売ってやらんでもない。ただしその分、金額はオマケしてもらうが構わないよなぁ?」

 

「……サーシャ。斬るか?」

 

「いいえ、斬る必要はありませんよ。それではあの姉妹には及びませんが、一億でいかがです?」

 

 同じように察したロザリーが進言してくれるが、やはりそれにはまだ早い。なのであちらのペースに乗せられる前にこちらから金額を掲示してやった。背後から息を呑む音がしたが、それよりも男の反応の方が劇的だった。

 

「くははっ! いいぜ、乗ってやるよ! 一億でその女はお前のもんだぜ、お姉ちゃん!」

 

 大口を開けて嘲笑する眼帯男だが、もはや気にする必要はないだろう。交渉も手早く済んだことだし、さっさと城へ戻ろうと振り返ってバニーガールさんの方を向いた。

 

「……どうして、なの?」

 

 けれどそんな渦中の彼女は俯きながら、問いかける言葉を私へと投げてきた。

 

「? どうしてとは、一体何の?」

 

「私を買った事です! 確かに私はあなた達が助かるように動いたけど、それはこうして私も助けて貰う為なの! それはあなたも分かっているんでしょう?!」

 

 もはや丁寧語も外れた素の状態で、ふるふると震えるバニーガールさんの瞳には雫が宿っている。その理由を明らかにするように、彼女は思いの丈を私にぶつける。

 

「理解が出来ない、得体が知れない! こんなの、私に都合が良すぎる! そんな大金を払ってまで、どうして私を助けるの?!」

 

 ガチャリと牢の鍵が開く。上映中は口を挟まない主義なのか、眼帯男は愉しむような笑みをしたまま、すぐに後ろに下がっていった。

 

「……些か急が過ぎましたか。私としては、当たり前の事をしているだけのつもりだったのですが」

 

 彼女がここでどれだけの日々を過ごしていたのか。その中でどんな目に遭ったのか。それを知る術はないし、聞き出そうとも思わない。

 きっと彼女には希望なんてなかったのだろう。ギリギリで心を支える何かがあっただけで、今の状況を覆す術なんて思いつかなかった。だからこの立場を受け入れようとしていた。

 そんな中で現れた私たちの事を通報したのだって、こうなると確証があってしたわけではないはずだ。何かのきっかけがあって、打算と博打の末に出たモノだったのかもしれない。

 そうだとしても。そうだったとしてもだ。

 

「私たちはあなたのおかげで奴隷の身から救われた。ならその恩は、奴隷から救う事で返さなければならない。これはただそれだけの話です」

 

「……お願いだから、私にまだ何かさせるつもりだと言って。そうじゃないと、こんなの、受け止めきれない……」

 

「いいえ、そんな事は考えていません。ここから出た後は、あなたの自由にするといい。そうしてもいいと思える程に、一億なんて端金だと言える位に、あなたの行いに私は救われたのですから」

 

 あの屋敷での顛末をお金で買えるのなら、私は喜んで財産全てを捧げるだろう。まぁ流石に一億は私の今までの給金全てが吹き飛ぶ金額だが、他に使い道もないので気にしてない。生命あっての物種とも言うし、それでまた一人の命を、尊厳を救えるのなら安い物だろう。きっと。

 

「……あれ、お金足りますよね。ちょっと盛りすぎましたか?」

 

「気にするなサーシャ。いざとなれば私も力になろう。大切な妹なのだからな、それくらいはさせてくれ」

 

「ありがとうございますロザリー。でも妹じゃないです。私も姉じゃないです」

 

 多少の不安を覚え出した私にロザリーからの援護射撃が届く。未だ誤解は解けてなかったけども、気持ちと提案は嬉しかったのでそのまま頂戴しておく事にした。最悪ロザリーの家に借金という形にしてもらおう。

 

「さて、喜劇と金の都合は終わったかよ? ならそろそろ幕引きにして欲しいんだがねぇ」

 

「分かっています。代金はこちらに請求しておいてください。では、この方は引き取らせていただきますからね」

 

「勿論だ。精々可愛がってやるんだな」

 

 眼帯男に言われずとも、ここでする話はもうない。

 そう思って牢の中のバニーガールさんに手を伸ばす。けれどそれよりも早く、私の胸にドンと衝撃が走った。

 

「――お願い、聞いて欲しい頼みがあるの!」

 

「え?」

 

 私の胸に飛び込んできたバニーガールさんは、涙目で此方を見上げてくる。その姿に、その瞳にどこか既視感を覚えながらも、彼女の言葉の続きを待った。

 

 

 それが、次なる騒乱の始まりとも知らずに。

 

 

「私と同じように奴隷になった、大切な主がいるの! 先に買われてしまったあの方を、どうか探してくれないかなっ!?」

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