「サーシャ。そこに正座してください」
「え、なんでですか?」
「なんで、ではありません。主の命が聞けないのですか?」
前回のあらすじ。奴隷を買ったと姫様の事実にて伝えた所、真顔になった姫様から正座するように言われてしまった。
威圧感マシマシな姫様に当てられて、渋々と私は膝を折った。因みに姫様に正座なんて概念を教えてしまったのは私である。
「サーシャ、あなたは以前言っていましたね? 私は奴隷を買ってはいけない、むしろ買わせないと。あれだけ私を止めておきながら、自分はのうのうと、気に入った者を奴隷として買ったというのですか?」
「いや別にお気に入りというわけでは――はい、すみません」
反論しようとした所でジロッと蛇のように睨まれ、私は素直に謝罪する。確かにこれは私に非がある気がしたからだ。
「言っておきますが、別にサーシャだけずるいとか、その奴隷が羨ましいとか、そういった気持ちで言っているのではありません」
「もし言ってたら私は反転攻勢に出ますからね?」
「今は私のターンですから駄目です。……話を戻すと、それでは筋が通らないという話です。あなたの事ですから、何か理由があるのでしょう。その場で奴隷を買わなければいけない、そこまでして為したい何かがあったのですよね?」
おちゃらけているようで、その問いは的を得ている。彼女が恩人だと分かった時点で、私に助けないという選択肢はなかった。そういう人間である事を知らない姫様ではないのだ。
「だからと言って、以前言った言葉を覆すような真似は私でも許す事は出来ません。――なのでその筋を通したいのなら、相応の対価がいると思うのです」
「…………あぁ…………」
試すように笑いかける姫様の圧の種類が変わった事に、私は察したように言葉を漏らした。
つまり今回の着地点は何かというと。
黙って奴隷を買った事を流す代わりに、それに釣り合う何かを寄越せと。暴君な姫様はそう仰せのようだった。正直一億より重い気がしてならない。
「……同人誌十冊くらいでどうですか?」
「確か、ロザリーの次の休みは来月の……すみません、何か言いましたか?」
「いえ何でもありません」
ダメ元で呟いた第一案は、姫様の耳にすら届かなかったようだ。やはりこの程度では足りないか。あとなんかすげぇ楽しそうですね姫様。
「……ではこの前のアフターケアを覚えていますか? アレと同じ、いえアレ以上のご奉仕で勘弁して貰えないかなと」
「ん〜そうですね〜。アレでも悪くはないのですが……。ねぇサーシャ。今、何を考えましたか?」
口元に指を当てて思案した後、姫様がこちらをじっと見つめてきた。邪な視線で、私の胸の奥によぎった最終手段を射抜くように。くそ、ジャミングが足りなかったか……!
「……………………ん、そうを、します」
「もう、サーシャってば声が小さいですよ? ここまで来たらもうしっかりと、高らかに宣言していただかないと!」
「……ああもう分かりましたよ! 私が今度、男装して差し上げます!! それで如何ですか?!?!」
「その言葉を待っていました」
椅子に座って勝ち誇る姫様の前で、赤面を隠すように崩れ落ちる私。今宵の勝敗は、ここに決したのだ……。
閑話休題。未来の災難はその時の私に任せる事にして、何事も無かったように立ち上がった。膝が震えているのは正座で足が痺れたからで、断じて憂鬱になったからではない。ないったらない。
「それでですね。その元奴隷の方が姫様に謁見させていただきたいとの事ですが、よろしいですか?」
「サーシャがどんな方を買ったのか興味があるので、私としては構いません。万が一も、ないのですよね?」
「今日はすぐそばにロザリーもいますし、大丈夫かと」
一昨日の夕飯並に忘れそうになるが、姫様は第三皇女に当たる貴人だ。けれども例の彼女が姫様の身を狙う刺客である可能性は低いだろうし、備えもある事を伝えると姫様は快諾の意を示した。
「ならすぐに連れて参ります。姫様も知っている方なので大丈夫だとは思いますが……あまり、驚かないでくださいね?」
「その言葉である程度は察しました。大丈夫です。どんな方であろうとも、きちんとここでは皇女たる振る舞いをしますとも」
そう胸を張る姫様に釘を刺してから、部屋を出て彼女の待つ別室へと向かった。先程の姫様の台詞、とんでもなくフラグ臭いが果たして大丈夫なのだろうか?
☆
「――改めて、謁見の機会をいただきありがとうございます。私の事はニトと、そうお呼びください」
「……あ、はい。よろしくお願いします」
「何よりもまず、あの時の事を謝罪させてください。あなたが皇女であると気付いていながら、あの様な扱いをしてしまった事、何とお詫びすればいいか……」
「それはもう過ぎた話ですし、あなたにも立場や事情があったはずです。こうして今は無事なのですから、あまり気にしないでください」
「ああ、殿下のその懐の広さに感謝いたします……!」
姫様と再会してからニトと名乗った元奴隷の彼女は、寛大な態度を見せる姫様に安堵しているようだった。こうした振る舞いを見るとやはり皇女さまなんだなと思い出す事が出来る。先程まで私の男装できゃぴきゃぴしていたとは思えない姿だ。
「……それよりもですね。あなたの姿について、一つ聞きたい事があるのですが……」
「…………はい」
そんな姫様は聞きづらそうにしながらも、最初から気になっていただろうポイントに触れてきた。
なんせ彼女の格好が初めて会った時からほぼ変わっていないのだから、それも当然の反応だろう。
ガーターベルトで留められた白のサイハイブーツ。身体のラインに張り付くような、同じく白のバニースーツ。そして極めつけは頭から生やした二本のウサ耳。
そんな紛うことなきバニーガールさんが、グレーのロングコートを前開きで羽織っただけの姿なのだ。驚くなというか、ツッコむなという方が無理だった。
「その格好、一体どちらの趣味なのですか?」
「はぇ?」
「どちらの趣味でもありませんが??」
しかし想像の斜め上を行った姫様の問いに、私は即座に否を突きつけた。強いて言うならあの眼帯男の趣味だと思います。
「大丈夫です、以前小耳に挟んだ事がありますから。――人類はみな、
「姫様、その手の
どう考えても伝聞ではなく持論を語っている姫様だが、姫様の素性を知らないニトの手前では強く言う事が出来ない。というかもうバレてないかと冷や汗すら出そうだった。
「あはは、殿下はご冗談も言われる方なのですね……。ありがとうございます、少し元気が出ました」
そんな私の心配とは裏腹に、最初よりも緊張が解れた様子でニトは指で頬を掻いていた。どうやら気遣いだと受け取ったらしいので、その夢を壊すような真似は控えておこう。
「姫様、これは
「
「想念装備です。まぁ、今回はそちらの方が適切な気もしますが」
この世界では魔法を発動する際に強固なイメージが必要となる。それと同じ感覚で想いを込めて作られた装備を想念装備と呼び、普通の武具とは異なる特殊な効果を持つそうだ。私もさっき知った事だけども。
「要するに呪いの装備ですね。どうやらこのバニーガール衣装を作った輩は相当拗らせていたらしく、この衣装を一度着た者はそれ以外の衣服を着ることが出来なくなる、らしいです……」
「ううう……」
頭の痛くなる話だが、当事者であるニトからすれば堪ったものではないだろう。なんせ身を清める為に脱ぐことは出来るのに、それが終わると自然と着用してしまうという恐ろしい一品だ。涙目になるのも無理はない。
「どうにかコートを羽織る位は出来たんですけど、こんなのあんまりです……。私の魔法抵抗力じゃとてもじゃないけど外せないし……」
「ご、ごめんなさい。まさかそんな曰く付きだったなんて……」
流石の姫様も申し訳なさそうにするレベルだった。
救いと言えそうなのは似合ってる事と、本人も割と慣れてきた事くらいか。無論指摘されたら恥ずかしいし、先の事を考えるとちゃんと憂鬱になるみたいだが。
「い、いえ! 今は私の事なんていいんです! こうして殿下に助けていただいた身ですし、それだけで私は十分ですので!」
「え、私が助けた?」
「いやいや、謙遜なさらないでください! 殿下の命を受けて、お姉ちゃ――サーシャさんがあの市場にまで来てくれたんですよね?」
「「?!」」
重くなりかけた空気を吹き飛ばそうとしたらしいニトから飛び出した爆弾発言。別の意味で吹きそうになった私と姫様は瞬時にアイコンタクトを交わした。
「(そういう事でいきましょう)」
「(ええ……あまり気乗りしないのですけど……)」
ここで私の独断専行と告げるのもまた微妙な雰囲気になりそうなので、話を合わせるべく目で訴える。瞳だけで器用に不満を表す姫様だが、先ほどの失言もあってか拒否はしなかった。
「困った時はお互い様ですから、そちらもあまり気にしないでください。それよりも、私に何か相談があっていらしたのではないですか?」
「あ、はいそうなんです。出来れば殿下とサーシャさんだけに留めて欲しいんですけど、この部屋は防音って大丈夫ですか?」
「外に護衛騎士がいますが、ここでの物音は部屋の外には漏れません。安心して話してください」
ひとまず否定しないままに話を進めると、ニトはきょろきょろと部屋の中を見渡し始めた。
姫様の自室とそこから繋がる寝室の防音性は完璧だ。誘拐事件後のアフターケアで何故か姫様が上げまくった嬌声も封じ切ったこの部屋の壁の事は私が保証しよう。
「サーシャさんには話しましたが、私には仕えている主がいます。けれど同じように捕まって、奴隷になってしまって、私を置いて先に買われてしまいました。その行方を捜す手助けをお願いしたいのです」
「……あなたの主人、ですか」
真剣な目で告げられたニトの訴えに、神妙そうな顔つきになる姫様。僅かに動いた左手が、すぐに元の膝上へと戻っていった。
「二つ、質問があります。尋ねてもよろしいですか?」
「はい、何なりと」
「では一つ目ですが、助力を願うのは捜索だけでよろしいのですね? 奴隷となる契約を交わした後の者を取り戻すのは、この国ではいかなる権力があっても容易とは言えません。それが叶うかどうか、そこまでする義理があるかどうかの前に、そこまでは望んでいないという理解で合っていますか?」
一見すると、それは突き放すような物言いだった。
言葉の綾かもしれないが、詳しく聞く前にはっきりさせておきたいポイントなのは間違いない。探すだけならともかく、私たちやニトのように解放まで付き合うと言う安請け合いは立場上出来ない。それでもいいかと問い返されて、されどニトは確かに頷いた。
「はい。私がお願いしたいのは主の所在までです。それ以上は私の力で何とかして見せます。……サーシャさんが、そうしたように」
最後だけ私の方を振り返って宣言するニトに視線を向けられ、己の頬がほんのり熱を帯びたのを感じる。
同時に思い出したのは、胸中に飛び込んできた時に向けられた瞳の既視感の正体だ。それが主の為に身を尽くそうとする従者の目だとするなら、見覚えがないわけないのだった。
「……ならばその覚悟を買うことに致しましょう。それでは二つ目です」
何故か姫様がジト目でこちらを一瞥した後、次の質問を切り出した。
因みに私のようにするのなら、新法を議会で押し通した上で姉を騙ったり靴を投げたり足が壊れる覚悟でドアを蹴り飛ばしたりする必要があるのだけど、果たしてニトは大丈夫だろうか。
「そもそもではありますが、何故私に助力を請うのですか? 確かにお互いに恩がありますが、奴隷を探すだけなら他にも方法があるはずです。私でなければならない理由は何なのでしょう?」
そう問いかける姫様は奴隷に焦がれた残念なお方ではない。未だ幼さはあれど、国や民に身を捧げる覚悟を宿した一人の国人だった。そんな方にぶつけるだけの理由を問われ、ニトは僅かに気圧されたように息を呑む。
けれどそれは、一瞬の事だった。
「殿下でなければならないのは、私の主に理由があります。……同時に、私があなた方の素性に気づいた理由とも関係があるんです」
「……やはり、ですか」
まっすぐに言い返したニトに対して、姫様は静かに目を閉じた。この言い方で姫様も思い当たったと言う事は、私の予想もそう外れてはいなさそうだ。
「……あの舞台で姫様が皇女だと気付いたのは、アレが初対面ではなかったからですね? 以前姫様の顔を間近で見る機会があったから、確信を持つ事が出来たと」
「その通りです、サーシャさん。流石に従者の私の事は覚えておいででないとは思いますが、私の主と殿下は一度、お会いした事があります」
私からの確認にニトは頷きを返す。
それなりに科学技術も発展しているこの世界だが、前世の様に精巧な写真はまだ存在しない。精々が出来の良い肖像画であり、それだけで姫様だと確信を持つには少し弱いだろう。故に、ニトは彼女の主と共に至近距離まで姫様に近づいた事があると予想が出来ていた。
そして、そんな事が出来る相手なんて――
「つまりそれは、あなたの主も相応の貴人であるという事ですね? 私と顔を会わせてお話出来る程に位の高い貴族の方か、はたまた私のような
「! ご明察の通りです。だから同じ王族である、殿下に相談したかったんです」
「……本当に、王族に連なる者が奴隷にされたと言うのですか?」
想定していなかった訳ではないが、それでも驚きに声が震えそうになる。
第三皇女である姫様との謁見を望んだのは、ニトの主も同じく王族の人間だったから。
そもそも王族が奴隷になっただなんて話を出来る相手はそういないはずだ。それこそ同じ様に奴隷になりかけた何処かの皇女様位のものだろう。
そんな類稀な該当者の前で、ニトは主の名を告げた。
「私の主はこの帝国の隣にある王国の姫。第二王女であらせられる、ユリカ・フィッツ・ウォレイン様です」
「…………王女が、奴隷に?」
――姫様が小さく呟いたのを、私は聞き逃さなかった。