催眠アプリ。それは薄い本でそれなりに見るシチュエーションアイテムである。
コレを使えばどんな人間でも好きに操る事ができ、またスマホのアプリなので使うのも難しくないという、何ともご都合主義の星の下に生まれた代物。
「……ん? メイドお前、オレの言いなりではなくなってないか?」
微睡みから目覚めたダンテス様の手にある黒い直方体。それこそが今、私の前に立ちはだかる最大の障害だった。奴隷堕ちの次は催眠堕ちの危機とか私の人生どうなってんだ。
「……ダンテス様、それは一体何なのですか?」
「ああ、コレの事か? コレはオレがだい……じにしている逸品でな。コレを使えばどんな奴でも言うことを聞かせられるんだ。どうだ、凄いだろう?!」
「確かにとんでもない代物ですね……」
得意げになるダンテス様が寝ている時にとっとと奪っておけばよかったのだが、それは後の祭りという奴だ。
なんでそんな物がこの世界にあるんだとか、仕組みはどうなってんだとか聞きたいことは山程あるけれど、ここからは対応を間違えれば即座に聞かされる側へと回ってしまう。細心の注意を払わなければならないだろう。
「皇子であるオレの言う事なんて聞いて当然のはずだが、それを分からない奴が案外多くてな。そんな時には重宝しているんだ。だからそう簡単に解けるはずはないんだが……やはりお前、既に術から脱してないか?」
「……はい、気付けば私はこうしていました。もしかすると、私は少々聞きにくい体質なのかもしれません」
どうやら自然に解けるモノではないらしいが、かく言う私は既にその状態にはない。そこに何の意味があるかはまだ分からないが、ひとまず否定する事はしなかった。
「むぅ、ならもう一度――」
「いいえ、その必要には及びません」
代わりに、ダメ押しをされる前に私はダンテス様の前で膝をついて頭を垂れる。寝起きの皇子にペースを握られないよう、先手を打つ為だ。
「ダンテス様がユリカ様をどれだけ寵愛しているかを知り、感服いたしました。私もお二人の今後を応援したく思います」
「!?」
「ほう、なるほどな。さっきから二人で何を話していると思ったら、オレの話題で盛り上がっていたわけか」
「はい、それはもう。この先はどうしようかと話しあっていたところです」
主にユリカ様の今後についてなので嘘は言っていない。その為の前提としてダンテス様を何とかしなくてはいけないのは間違いないんだし。
「ふはははは! それならば早速昨日の続きと行こうじゃないか。お前の知る『抱く』がどういうことなのか、見せてもらうとしよう!」
「かしこまりました。ダンテス様の為に、誠心誠意尽くさせていただきます」
「うむうむ、最初からそうしていればいいんだ。なんせオレは皇子なんだからな!」
素直に頭を下げた私にダンテス様は満足げだ。
元々そんな気はしていたが、やはりダンテス様にとって催眠アプリはただの手段に過ぎないのだろう。使う事が目的ではない以上、先に結果を差し出してしまえばこの通り。催眠に落ちる事なく話が進むのだ。実にチョロい。
「ご、ご主人様……?」
「すまんなユリカ、これはオレ達の将来の為に必要な事なんだ。ここで正しい世継ぎの為し方を知った上でまたお前を抱いてやるから、暫く我慢するんだぞ?」
「う、うう……!」
不安そうな目で私とダンテス様を交互に見るユリカ様。8:2の割合で視線を投げてくれば、流石の私も意図を察せるというものだ。
「(わかってるよね? 絶対に真実を教えないでよね? 私もアナタも終わるんだからね?!)」
「(無論です。ダンテス様には悪いですが、ここは口八丁で切り抜けさせていただきます)」
そんな感じのアイコンタクトを経てから、再度頭で戦略を組み立てる。
催眠アプリを使われないようにおだてつつ、上手く私とユリカ様がこの寝室から一時的に出られるように誘導する。その為に『抱く』という行為をどう歪めれば最適か、頭を捻るんだ私……!
「それで、男と女があれだけ身を寄せ合った後はどうするんだ? 抱きしめる以外に何があるというんだ?」
「…………普段はユリカ様とそのようにしているんですよね?」
「それもそうだが、それだけじゃないとお前が言ったんだ。とりあえず、また近づいて見せてもらおうか」
「えっ、ちょっ」
意外や意外。最初に牙を剥いてきたのは過去の私だった。いや催眠状態の私、何やってんだマジで?!
いきなり動揺している私を置き去りにして、その身を寄せてくるダンテス様。ちょっと体型が似ている所為でいつかの小太り親父を思い出すようだ。収まれ私の鳥肌。
「――あの時もこうやって、密着する所まではいったんだ。しかしこれではただ抱き合っているのと変わらないからな。さあ、次はどうするんだ?」
「そっ、それはですね……」
位置を入れ替える様にして私をベッドに座らせると、その膝上へ乗る様にして抱きついてくるダンテス様。いわゆる対面座位になった上で私の胸元に顔を押し付けてきたのだ、私の声が上ずりかけるのも無理はない。
別に私だって別に経験豊富なわけじゃない。幾ら子供でも異性にここまで近づかれたら鼓動の一つだって早くなる。というかその鼓動を聞かれるんじゃないかというレベルで触れられている。恐怖や羞恥よりもまず頭の理解が追いつかない……! ホントにコイツその手の知識に疎いんだよな……?!
「なんだ、言いにくいのか? なら無理をしなくても、オレが
「いいえいいえ! あまりに飲み込みが早いので感動に打ち震えていただけですとも! ええはい!」
すっと出されたスマホを見て私は即座に声を張り上げる。
ちくしょう頭が回らないというかここからどうやって本番行為を回避すればいいのよ分かんないよなんなんだこの状況!!
「メイドさん、苦しそう……?」
「なに? 別に力を強くはしてないし、ユリカも気に入っていたやり方だぞ? そんな事は……」
私の頭が茹だりかけた所で、ユリカ様の援護射撃が入る。ダンテス様が私の胸元から不思議そうな顔を上げると同時に、抱擁が緩んで隙が生まれた。というかこの体位気に入ってるってどういう事だユリカ様。
「い、いいえ、大丈夫です。それよりもダンテス様は如何ですか? もしや、身体が熱くなっていたりはしませんか?」
「む、オレか? ……そうだな、確かに少し熱いような。思えばさっきもお前に近づかれた時にドギマギした気がするな」
「そ、そうですか……。『抱く』上では興ふ……体温も重要になってくるのですが、少し上げすぎたようです。なのでその、ダンテス様も気にしないでください」
「そうか、体温か……。ユリカを抱いている時はこうはならなかったからな、一つ学びを得たぞ!」
「…………メイドさん?」
喜ぶダンテス様の後ろから冷やかな目を向けてくるユリカ様。ちょっとクールダウン出来そうだけど、それは心の痛みと引き換えのギブアンドテイクになりそうだった。
言い訳をするならこれも誤魔化しの内なのだ。今の私のような状態では正しくないという意味で。けどユリカ様を抱いてる時はこうならなかったと言うことは……うん、やっぱり余計な事を教えてしまったかもしれない。
「つまりはこうして身を寄せ合い、互いに熱を高めていくというわけだな!」
「そ、そうなりますね……。ご理解の早さに言葉もない位です……」
「ふはははは! 当然だ、オレは皇子なのだからな! 一度知れば大抵の事はこなしてみせるとも! では、そうして熱を高めてからはどうするのだ?」
なんかダンテス様が普段の倍以上に優秀な気がする。幼い頃からコレなら……いや、今は過去よりも目の前にいる現在のダンテス様を何とかする方が先決だ。
「えっと、ですね。確認なのですが、ダンテス様は赤子がどこから来るかは知っていますか?」
「……またオレを馬鹿にする気か? 母親のお腹からに決まっているだろう」
やや不機嫌になりかけながらも答えてくれるダンテス様。ここでコウノトリとか出してくれたら話が楽だったのだけど、流石に高望みだったらしい。
「そうです。再三にはなりますが、『抱く』という行為で人は子を為します。それは男一人でも、女一人でも出来る事ではありません。故に互いに互いを気遣わなければならないのです」
「む、むう……?」
突然差し込まれた真面目な話にダンテス様は困惑気味だ。実は私が落ち着く為の時間稼ぎなのだけど、知っておくべき事ではあるのでこのまま傾聴していただこう。
「難しく考える必要はありません。ただ相手を大切にするようにという、当たり前の話ですよ。それが相手からも大切にされる為の第一歩なのですから」
「……なるほど、それは分かった。それでは具体的にどうすればいいんだ?」
「はい。では何をすればいいかというと――互いの胸と胸を合わせてください」
「っ!?」
「胸と……胸だと?」
緩急をつけた上でしれっと告げた私の嘘に後ろのユリカ様は目を見開くが、自身の胸板を見下ろすダンテス様はそれに気づかない。
人を騙す、もとい丸め込む上で必要なのは真実だ。明らかに間違った事は言わず、間違ってはいない事だけで事実ではなく当人の認識だけを歪めるのが理想的だが、今回はそう出来ない。故にこの一割の嘘を通すべく、いつもよりも真実を多めにした上で綺麗事というオブラートを被せるのだ。
「子を為すという行為において、女性は子を宿す事になります。では男性は何をするかというと、それに必要なモノを女に渡すという役目があるのです。そこまではいいですね?」
「当たり前だろう。一人では出来ないと先ほど聞いたばかりなのだからな」
「はい。そしてその受け渡しを『抱く』というのですが、それは何故か。胸と胸を合わせるという行為だと言えば、もうお分かりなのではないですか?」
「そうか、そういう事だったのか……。互いの胸と胸を合わせる為には、自然と抱き合うような形になる他ない! 故にそう呼ぶというわけか!」
「はい、流石はダンテス様です」
全然違うんですけどね。けれど私はここまで殆ど嘘を言っていないし、何より彼は『納得』してしまっている。そういう風に誘導しているし、ダンテス様も受け入れてしまいがちな性格だ。なので案外なんとかなっているのだった。
「しかし男は女へ何を渡しているのだ? オレのココから何かが出るような感じはしないが」
「詳細は省きますが、ざっくり言うとヒトの形作る為の情報体ですね。しかしそれは好きな時に出せるわけではなく、また量もタイミングやその他要因によってまちまちなのです。きっと今までユリカ様と寝ていた時はそこが上手く嚙み合わなかったのではないでしょうか」
「なるほど、それなら今まで成果が出なかった事にも納得だな……!」
「ご主人様……」
点と点が繋がったような顔になるダンテス様へ可哀そうなものを見る時の視線を投げるユリカ様。因みに2:8の割合で私の方にも視線を投げて来ている。相変わらず私への方が多いですが、なんですか。なるべく嘘はつかないようにしてるじゃないですか。
「そうして情報体を受け取った女性はその行き着く先、つまりはそのお腹で子を宿す事になります。その後、子が産まれてから母親になった女性が子に与えるモノは何か知っていますか?」
「……なるほど、母乳か! つまりは母が子に乳を与えるように、オレもユリカにその情報体をとやらを与えればいいわけだな?」
「素晴らしいです、ダンテス様。その在り方を貫いていただけると、私共も幸いです」
論点ずらし……もとい誘導もここまで上手くいくと気持ちがいい。ちゃんとダンテス様にその答えを導いてもらったのもこの場に於いては大きな意味を持っている。ただ与えられた情報よりも自分で思考し手に入れた情報の方が印象深くなりやすいと思うからだ。その真偽は別として。
「…………」
因みにユリカ様から飛んでくる視線は冷ややかを超えてドン引きの領域に達していた。もはや一言も発することなくただ目だけでコイツヤバいなと訴えられている気がする。でもこうでもしないとこの場を切り抜けられそうにないんだから仕方がないでしょ。
「では後はこれを確かめるだけだな。よしメイド、実行の時だ! オレと同じように胸を出せ。そして合わせとやらをするぞ!」
「…………いえ、ダンテス様。それはまだ出来ません」
「なに? それはどうしてだ?!」
「申し訳ありませんが、私側の準備が整っていないからです」
大筋を掴んで意気揚々となっていたダンテス様へ、水を差すように頭を下げる。けれどもこれまでの会話で信用は足りていたようで、すぐにスマホを出される事はなかった。
だからこそ私は、ここが勝負所だと判断を下した。
「準備とはなんだ。女が抱かれる前にすべきことがまだあるというのか?」
「はい、今の私の状態ではダンテス様に抱かれるなど恐れ多いのです。故にダンテス様にお願いがあるのですが、私とユリカ様の身を清める許可を頂けませんか?」
「!」
私の膝の上に乗ったままのダンテス様の瞳を見据えてそう言い放った私に、ユリカ様が僅かに息を呑む。彼女も私の狙いが何となく分かったのだろう。この頼みさえ通れば、私たちはこの部屋から抜け出す事が叶うはずだと。
「身を清める……。それは大浴場を使いたいということか?」
「その通りです。『抱く』前に身を清めておくのはごく一部の例外を除いて当たり前の事ですから。今の私では少々、ダンテス様に抱かれるには適していないかと」
ここに来るまでは普通に業務をこなしていたので、お風呂までとはいかなくてもシャワーの一つでも浴びておきたいというのもまた本当の事だ。そして最低限しかその辺りの事を出来ていないと言っていたユリカ様もそれは同様だろう。つまりは割と切実な願いでもあるのだった。
「そしていい機会ですのでユリカ様も綺麗にさせていただければと思いまして。それがユリカ様の為に、ひいてはダンテス様の得にもなるのではと」
「むむぅ……。身を清めておくのがそんなに大事なのか?」
「間違いなくそうですね。これもまた相手を大切にする事の一環と言えるでしょうから」
「……ユリカもそう思うか?」
「(コクコク)」
微妙に困った顔となったダンテス様がユリカ様にも確認を取るが、彼女もここぞとばかりに賛同の意を示している。そりゃそうだろう。
ここでダンテス様の許可を得られればこの部屋から出て大浴場へと迎える。そうすればダンテス様から逃れることも出来るはずなのだ。だって大浴場だし。
「ならば仕方ないか。分かった、大浴場が使えるように言っておこう」
「ありがとうございます。私もユリカ様も、入念に綺麗にして参りますので……!」
ここでようやく首を縦に振ったダンテス様が膝から降りて立ち上がる。
勝った。これで催眠アプリを使われる事なく、ユリカ様を連れて脱出出来る――!
「ああ。ではオレの身体もよろしく頼むぞ?」
「…………えっ」
「何をそんなに驚いている? 確かに皇子であるオレの背中を流すなど光栄すぎて身に余るのかもしれないが、お前の言い出した事なのだ。それくらいは享受しておくべきだぞ?」
「そ、そ、そうですね……!」
やばい、やらかした。どうにか返事したけど絶対引きつった笑みになっている。
まさか大浴場の中にまでついてこようとするとは思っていなかったっ……!
「どうも湯舟につかるのはオレの趣味ではないというか、いつも軽めにすませてしまうのだ。しかし『抱く』為に必要となれば話は別だ。これから抱くお前の為、そしてユリカの為にも、此度は存分に綺麗にしてもらおうじゃないか?」
しかも私が説得しすぎたせいだった。過去の私、余計な事しかしないなマジで。
「ですがその、よろしいのですか? ただのメイドでしかない私がダンテス様と共に大浴場を使うなど……!」
「そうだな。本来であれば許される事ではないかもしれんが、これもユリカの為、オレの悲願の為だ。誰にも文句は言わせないとも」
「ご、ご主人様……!」
部屋から出る為に着換えをしながら、ユリカの事を見るダンテス様。これからメイドと金髪幼女をお風呂に連れ込む場面でなければ、頼もしい姿に見えたかもしれなかった。
「……いや、待てよ? そうだ、その手があったな!」
「ええと、どうかしましたか?」
「いやなに、お前を大浴場に連れていくのが問題ではないかと言ったな。それを解決する方法を思いついただけだ」
「……そんな方法があるのですか?」
イヤな予感がする。けど勝利を確信した所から一気に窮地へと落とされた私は、その挽回方法を模索するので精一杯だった。だからただ、相槌を打つしか出来なかったのだ。
「簡単な事だ、お前がオレと大浴場に行っても問題ないような間柄になればいい。つまりメイドよ、妹ではなくオレの付き人とな――」
「それは出来ません」
故に私は即答していた。私が私である限りそれだけは不可能だと、脊髄どころか魂から出力されたとしか思えない速度と力強さで、私はそう断言していた。
「私は姫様の、スレヴィア様の世話係です。例えダンテス様のお誘いであったとしても、それを受け入れる事は出来ません」
「……お前はさっき、オレとユリカの事を応援すると言ったじゃないか。じゃあアレはなんだ。嘘だったというのか?」
「その言葉に嘘はありません。ただそれは、あくまで姫様の世話係としての範疇での話です。主を変えるつもりもまたありませんから」
「……確かにあの時もお前はオレが主だと誓ってないのか。妹が邪魔したせいで……!」
もしかしなくても、これは今までの順調だった流れをひっくり返してしまうような悪手なのだろう。先ほどまでとは打って変わって渋い顔になったダンテス様でそれは一目瞭然だった。
けれども裏切るわけにはいかないものがある。私にとってはそれがそうだっただけの話。
「ユリカとも仲良くしていたし、『抱く』ことの確認も出来た。正直、お前の事は見直していたところだったんだぞ……?」
「それはありがたいのですが、私にも譲れないモノがあります。このままお二人のお手伝いは続けさせていただきますから、それでどうかお許しください」
「そうか……。やはり、お前はそうなのだな……」
後はただ頭を下げて誠意を見せるしかなくなった私は、そう呟くダンテス様の表情を伺うことは出来なかった。けれども、私は間違えていたのだという事は何となく察していた。
それは話の方向性ではない。ここを出らればいいと思っていた事でもない。
「だが今回は前とは違う。お前はオレの言いなりにするぞ。プランの為にもな」
ゆっくりと頭を上げる。ダンテス様の冷めた目と私の瞳の間にあるのは、やはりあの黒い直方体。私と彼の道が交わらない以上は、いずれはこうなっていただろうから。
「《オレに、従え》」
催眠アプリ。やはりコレを打ち破らなくては、この状況を打破することは叶わない――!
☆
赤い光が視界を覆って明滅する。ズゥンと沈むような音が耳から身の奥へと伝わっていく。
意識できる範囲で言うのなら、それは私という個体への侵略行為に他ならなかった。
「あ……ああ…………」
いつかの強制睡眠魔法への抵抗のように舌を噛もうとしても間に合わない。
握る拳も、支える脚も、次の瞬間にはその感覚を手放していそうな予感がある。
そもそもこうして思考を繋ぐことすら奇跡。それがあと何秒もつか考える隙すら致命的。
それが、ダンテス様の持つ力の所感だった。
「さて、最後のチャンスだ。今ここでオレに忠誠を誓えば、先ほどの無礼は水に流してやる。なんなら定期的に妹の元へ行く事も許そうじゃないか。無論、真の主はオレのままだがな」
「…………わた、しは」
身体の制御は既に私の手にはなく。光に誘われる虫のように、震える声で言葉を紡ぐ。
私はサーシャ・リール。■様の世■係だ。その為に生きている。けどどうして、それがはっきりしないのだろう。何故今、私はこんなことを思考しているのだろう。
――思い出せ。今まで見た話の中で、催眠から抜け出した者はいたか?
「サーシャ、リール、は、これよ、り」
私はご■■様の■■係。ノイズじゃない。おかしさがない。不自然じゃない。ならばもう、こんな疑問を抱く理由なんてないんじゃないのか?
――思い出せ。今まで見た中で、催眠にかからなかったモノはいたか?
「ダンテス、様、の忠、実な」
私はご主■様の■■■。私の役目は主を幸せにすることだ。そう誓ったはずだ。この、メノマエの主を、歪めてしまった責任を果たすために。
――思い出せ。今の手持ちの中に、この状況を打破する為に必要なものはあるか?
「下僕に、なることを、ちか――」
私はご主人様の■■。それ以外にはもう何もない。さっきから聞こえる声が手掛かりだった気もするけれど、もうそれすらも分からない。時間切れだ。私は■■としてその役目を果たさないといけないから――
そんな私にとっても、いや部屋の誰にとってもそれは突然の事だった。
「ちぇいやぁぁぁぁああああ!!」
「うおおおおっ!? なんだぁ!?」
スマホのようなものを持ったダンテス様の背後にあったドア。それがとんでもない勢いと共に開いた事でダンテス様が吹っ飛んだ。顔から落ちた彼がその体勢のまま振り返ると、右足を突き上げたままのバニーガールがそこにいた。ダンテス様は二度見した。
「こ、こうですかスレヴィア様?! ホントにサーシャさんは、こんな形で助けに来たんですか!?」
「――はい。それはもう惚れ惚れするような蹴りでしたから。今のもそれによく似ていましたとも。ありがとうございますね、ニトさん」
「お、お前!? どうやってここに?!」
やりやがった張本人であるバニーガールに確認されながら、寝室に入ってきたのは一人の令嬢、いや一人の美しい姫だった。マゼンタのフリルドレスにロールした桃色の髪。そして透き通った水面のような瞳が私たちを捉えた。
「さて、遅くなりましたねサーシャ。無事かどうか、怪我がないかどうかを確かめようと思ったのですが、どうやらその前に聞くべきことがあるようです」
「………………」
いや、見ていたのはダンテス様でも奥で震えるユリカ様でもない。
――あまりにも
「
「
この日。私は本能からの警鐘でも催眠を破れるんだと知った。
閲覧、評価、感想その他諸々ありがとうございます。
試しに特殊ルビを入れてみました。今後もまた使うかも。
まだちゃんと催眠を打ち破ったわけではないので次回も決戦です。
よろしくお願いいたします。