オレが生まれた時から、その座は遠いモノだった。
帝国の皇族に生まれたオレ、ダンテス・グラン・オベイルに与えられた王位継承順位は妹と同じ第三位。双子だったからという理由で同列に扱われたのも癪だったが、それ以上に問題なのはオレが王になる可能性がとことん低いという事だった。
オレより先に生まれただけの二人の兄が上にいる。その王位継承順位一位と二位が健在である限り、オレ達にお鉢は回ってこない。
そしてその一位が特に強く優秀であり、誰もが次代の王だと疑っていない。故にオレ達は第三位という補欠の補欠であるとされていた。
それが、オレには許せなかった。
「オレは王にはなれないというのか? ならどうしてオレは皇族に生まれたのだ!」
皇子としての勉学や訓練をこなしている内に知ったその事実に、オレはそう叫ぶしかなかった。
オレが未だ二人の兄に劣っている事は認めよう。けれどそれはまだ幼いからであって、兄たちと同じ年数を積めば必ずその域に辿り着く。そう主張しても周囲から返ってきたのは、言い訳をするなという説教だけだった。
「いいだろう、やってやる。オレだってアイザック兄と同じ事が出来ると、証明してやる……!」
だからオレは足掻いた。
オレも王になれると示す為には、まずは二人の兄と同じ土俵に立たなければならない。そこから兄たちを超える偉業を打ち立てる事で、王位継承順位を覆す。それがオレの当初のプランだった。
そう、当初のプラン。業腹な事に、このプランは未だ完遂出来ていないのだ。
「足りない……まだ足りないと言うのか?! 剣も魔法も頭脳も何もかも、あの兄の足元にも及ばないだなんて……!」
どんなにオレが追いつこうとしても、アイザック兄はその先に行き続ける。どれだけ差を埋めたと思っても、その頃には更なる差が開いている。それはイタチごっことすら呼べない位に。
だからこの歳のアイザック兄なら出来ていたと聞く度に、オレの努力が無駄だと言われている気がした。お前は王に相応しくないと突きつけられている気分だった。
それでもとがむしゃらに剣の鍛錬をし、魔法を唱え、勉学を修めようとしていたオレは、ある話を聞かされた。
「兄上に、婚約者が出来た……?」
それは、更に兄が遠ざかった事を知らせるモノだった。
☆
「なるほど、アンタの兄さんに婚約者か。それはおめでたい話だな」
「お前はオレの話を聞いていなかったのか? あのアイザック兄に婚約者だぞ、それが何を意味するのか分かっていないのか!?」
立ったままで耳を傾けているサシハラリオの頓珍漢な反応に、オレは呆れと共に声を荒げてしまう。ベッドから立ち上がりそうになるのを堪えながら、何が問題かを教えてやる事にした。
「つまりアイザック兄は妃を見つけた事で、次代の王になる準備をまた1つ終えたんだ! 焦らないはずがないだろうが!」
「そう繋がる気はあまりしないが……因みにそのアイザック兄さんはお幾つなんだ?」
「20だ。むしろまだいなかった今までがおかしかったのかもしれんが、もはやそうも言っていられなくなったんだぞ!」
「カルチャーショックを禁じ得ない年齢だな……」
既に父上の統治にも口を出し始めている年齢で、いよいよ結婚相手まで見つけてきたんだ。アイザック兄の中では既に玉座までの道が確立されていてもおかしくない。故にオレは急がなければならなくなってしまった。
「だからオレも配偶者を見つけなくては話にならない。むしろその分野だけでも先をいかなければならない。故にオレは、ユリカを抱いてアイザック兄よりも先に世継ぎを作ると決めたのだ!」
「ああ、そっちに繋がったわけか……」
オレの語る完璧なプランに感服したのか、空を仰ぐサシハラリオ。
なんだか調子が出てきたオレは気にせず続きを話す事にした。
「二人の兄よりも先に世継ぎを為せば、オレが誰よりも先を見ていることの証明になる。そうなればオレもまた王に相応しいと評価される事間違いなしだというわけだ!」
「そうだな。目先の事に囚われた奴として再評価されること間違いなしだろうな」
「ああ、その通――今お前オレをバカにしなかったか?」
「まさかまさか。とりあえずそれがアンタの言うプランってわけか、うんありがとう」
何か引っかかるような事を言われたような気がするが、ひとまずオレのプランには納得したらしい。頷いたサシハラリオが己の顎に手を添えた。
「その末路はともかくとして、何をするプランなのかは理解できた。要はお兄さん達よりも優れていると証明したいわけだな。それによって、アンタは次の王になりたいと」
「そういう事だ。今はアイザック兄の方が優れていると言われていても、真に王になるべきはオレだからな!」
「そこは俺からは何とも言えないが、王になりたい理由はそれだけなのか?」
「それだけ、だと?」
説明しきったと思っていたオレは、サシハラリオにそう問われて口ごもってしまった。
オレが王になりたい理由。ならなければならない理由。そんなもの、言葉にする必要すらないはずだ。だってオレは皇子なんだから。皇子に生まれたオレが王になるなんて、そんなの当然で――
「言い換えるなら王になってやりたい事でもいい。王になる事が目的なのか手段なのか、その辺りがはっきりしてた方がアドバイスもしやすいと思ってな」
「やりたい事だと? 王になってやることなんて統治以外にあるのか?」
「それしかやっちゃいけないって事はないだろう。統治以外の事をしても、或いは統治の仕方を変えてもいいんじゃないのか? そう出来るのが王様って気がするし」
「そう、なのか……?」
なんでもない様に語るサシハラリオだが、その内容はオレの未知に満ちていた。
言われてみればオレは王になる事だけを考えていた。どうすればいいか、どうしたらいいかを考え続けていたから、王になってからを考えるだけの余裕がなかったからかもしれない。
「だが、そんな事は王になってから考えればいいんじゃないのか? 何でも出来るのが王なのだから、別に今決める必要なんて――」
「いや、アンタには催眠の力があるだろう。それを使えば大抵の事は出来るはずだ。可愛い女の子との混浴とか」
「それはオレが言い出したんじゃないからな?!」
物申したい具体例だったが、指摘自体は的を得ている気がする。
確かにこのスマホがあれば、ほとんどの人間をオレの言いなりに出来るだろう。そうすれば王でなくても望みを叶えられる。むしろこの力で王になる事だって不可能じゃないはずだ。
「そんな力を持った上でなおプランなんてのを考えてるんだ。だからてっきり王になってからじゃないと出来ない事があるのかと思ったけど、違うって事か」
「オレは……」
そんな力と言われても、オレがこの力を知ったのはスマホを手に入れてからだ。
スマホを使えば他人を言いなりに出来ると分かってから、オレのプランは急速に動き始めた。そして今日スレヴィア達が来てこれは催眠だとか
だからそれこそがオレの原点。オレがなりたいオレは、果たしてどんなのだったか。
「……だって王になったら、オレは一人じゃなくなるだろう? 皆に認められた者が王になるのなら、オレはそれになりたい。それだけが、オレが生きるに値する命題だ」
思い出すのは、オレしかいない部屋で過ごした時の虚しさだ。オレを見るモノも、聞くモノも、話すモノもいないあの境遇で生きるのなんてごめんだった。その対極に位置する玉座こそオレの居場所に相応しいと信じるから、オレはその頂を目指すのだ。
「……そうか、それがアンタの王になりたい理由か」
「ああそうだ。王にならないとオレはきっと幸せになれない。だから目指すと決めたし、その為のプランだって練ったんだ。サシハラリオ、これで満足か?」
「おう、十分だ。少なくともアンタなりに正しい理由なんだと分かった。俺としても共感できなくもないしな」
いつの間にか正面を、すなわちオレに視線を戻していたサシハラリオが小さく笑う。それは苦笑いというかどこか自虐的にも見えたが、どちらにしてもオレの機嫌を軽めに損なうものではあった。
「……お前がか? オレの名前すらさっきまで知らなかったはずのお前が、オレの気持ちを理解したと言うつもりか?」
「いいや、全然。ただこちらが勝手に想像しただけだけだが、俺が肩入れするに足りているとは思ったよ。なのでその勢いで言わせてもらおう」
ふぅ、と一息ついたサシハラリオが再度まっすぐこちらを見る。妙に締まった雰囲気の中、微妙に身構えるオレに向けて、一人のメイドはこう言った。
「王様がロリコンっていうのは、やっぱりまずいと思う」
「っ!?」
「おいどうしたユリカ!? 今オレは一体何を言われたんだ!?」
サシハラリオの言葉に反応したのは、先ほどまでウサギ女に抱かれていたユリカだった。口元を抑えて顔を背けるその姿、何をこらえているというんだ。
「大丈夫ですよご主人様♡ 世界には誰しもが
「だ、誰が幼女趣味だ! というか大人しくしていろと言ったよなスレヴィア!?」
「勿論覚えていますよ♡ なのでシリアスが終わるまで大人しくしていたではないですか♡」
「おいサシハラリオ、お前が原因だぞ何とかしろ!」
「いや、オレは常識を説いただけなんだが」
ベッドの上でじっとしていたはずの妹に再起動の隙を与えたメイドを咎めるが、奴も目を逸らしてこちらを見ない。
しかし妹のせいでロリコンの意味も察せた以上、コイツの爆弾発言を捨て置く事は出来なくなっていた。
「そもそもどうしてオレがロリコンになるのだ! オレが何をした!」
「そこの金髪幼女を半裸でベッドに連れ込んで、更には一緒にお風呂に入ろうとする。これをロリコンと言わずにどう言えと」
「だからそれはプランだと言っただろう! 後者はお前の所為だしな!」
「そうだとしても、王になった後にこの状況が外に知られたらどう思われるかという話だ。きっと世間の皆様からはそういう評価になると思うんだが」
「むぐっ」
サシハラリオからそう言われて、その未来が想像出来ない程に愚かなオレではない。
確かにユリカはオレが買った奴隷であり、オレなりに大事にしているつもりだ。だがどうしてか良くない噂が広がっている事はオレの耳にも届いている。その悪評がより広まってしまえば王になる道の妨げになるかもしれないし、王になってからも尾を引く可能性がある。サシハラリオが言っているのはそういう話だった。
「だが、兄上達よりも早く世継ぎを作らなくては先を越されてしまうんだぞ!? もはやそんな外聞など気にしている暇はないんだ!」
「むしろギリギリまで気にしないといけない分野だと思うが、うん。そして次に言いたいのは、多分子供を作ったとしても王様になれるとは限らないと思うんだよ」
「なん……だと……!?」
続けて落とされた更なる爆弾発言に、いよいよオレは二の句が告げなくなってしまう。
それを認めてしまえば今のプランは根底から覆されてしまうだろう。けれど力の利かないコイツを黙らせる方法はなく、サシハラリオは更なる説明を紡いでしまう。
「確かに世継ぎを作るのも仕事な王族もいるにはいるが、それは王になってからやる事じゃないのか?」
「そうですね♡ そういった事もまた王族の役目ではありますが、権力を握る前にやる事やってしまっては弱みにしかならないでしょうね♡ 私としてはそんなご主人様もアリだと思いますけど……♡」
「ほら、同じ皇族のお姫様もそう言ってるぞ。お姫様とは思えない発言が混じっていた気もするけども」
「やっぱりスレヴィアお前、オレの言いなりになってないんじゃないのか……?」
しれっと補足を入れてくる妹に疑惑の目を向けるが、やはりその言葉の中身は正しいように思える。
であるならオレは、王になる為に正反対の事をプランと称して行っていたことになるのか? そんな事を、このオレが認めないといけないのか?
「王になりたいのなら他にやる事がある、とは詳しくない俺が言っても仕方ないからな。けど王になる手段としてその子を抱くのはまだ止めておいた方がいいと俺は思う。せめてその子が成人するまではな」
「……つまり早くてもあと3,4年は待てということか?」
「俺なら最低でもそうするかな。まぁ決めるのはアンタで良いと思うけど」
散々言っておきながらその判断を委ねてくる辺りにイラッとしないでもないが、それもまた正論だ。
けれどそんなものに従う位なら、最初からプランなんて組んでいない。
「それだと間に合わないのだ! そんなにゆっくりしていたら、アイザック兄がさっさと次の王になってしまう! だからオレは――」
「そこも気になってんだが、今の王様はそんなに高齢でヤバいのか? それで早急に次の王を決めないといけなくなってたりするのか?」
「いえ、初老と言っても良い年齢ではありますがまだまだ現役ですね♡ お父様も日々それなりに鍛えているのでそう簡単には譲らないと思いますよ♡」
「な、なにっ?!」
「……お姫様、やっぱり語尾がおかしいだけで正気なんじゃ?」
またも補足してくるスレヴィアに訝しむサシハラリオだが、オレとしてはそれどころではない。
「父上は裏では身体を悪くしつつあると聞いたんだ! だからアイザック兄とカルマン兄の二人を統治に関わらせて、後継を見極めようとしていると……!」
「お父様の体調については私も詳しくありませんが、後半のそれは期待の息子に経験を積ませようとしているだけではありませんか?」
「なら何故オレ達には声がかからない! オレやお前だって、後継候補であることには変わらないだろう?!」
「そればかりはお父様に聞いてみるしかないでしょう。予想ばかりしていても、よくない考えでどうどう巡りしてしまうだけですし♡」
「むぐぅ……!」
取ってつけたような語尾ではあるが、スレヴィアの言葉を否定出来ない。むしろ反論すればするほどオレの空回りである事が露呈するような気がした。
「さて、俺は聞きたい事は聞いたし言いたい事も言った。あとはアンタ次第だな」
「オレ、次第……」
そう言って締めくくるようにオレを見るサシハラリオだが、混乱の渦中にあるオレにはそれに気を配る余裕がない。
王になる為のプランがこのままでは駄目だとして、ここからどうすればいい。何が間違っていた、どこから間違っていた? 何が正しい、何をすれば正しくなる?
まるで分からない。考えが纏まらない。
まっすぐ道を歩いているつもりだったのに、いつの間にか霧の中に迷い込んでしまったかのような不透明感が俺の思考を苛んでいた。
「
「?」
妹とウサギ女は此方を見るばかりで何も言ってこない。オレが何も命じていないのだから当然であり、きっと命じた所でオレの欲しい答えは出てこない。むしろそれを答えとしてはいけないというのは、何となく分かってしまった。
今のオレはただユリカを抱こうとしただけの皇子だ。それ以上でも以下でもなく、そこに王として認められる要素はないというのも分かってしまった。
「なら、今のオレには何があるというのだ……?」
世継ぎが作れない以上、兄上たちより秀でたものはない。プランも破綻してしまった今、どうやって王になればいいのかが分からなくなってきた。
――寒気がした。
――オレしかいない部屋の虚しさが生み出す、ひんやりとしたあの空気が肌を撫でるような、そんな感覚がした。
「……ご主人様、さむいの?」
「…………え?」
知らずに身を抱いていたオレに与えられる熱。
それは不思議そうにしながらオレに触れる、ユリカの小さな掌からだった。
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