■■になりたい皇女さま!   作:棚木 千波

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閲覧感謝!の九千字です。


#18 後始末に溺れる皇女さま

 

 俺は異世界転生メイドの指原(さしはら)莉緒(りお)

 

 皇女さまで俺の主人でもあるらしいスレヴィアことお姫様と一緒に部屋から出た俺は、背中を押すお姫様の瞳にある怪しげな♡を目撃した!

 正気に戻ったからないはずの♡に気を取られていた俺は、いつの間にかお姫様の部屋に着いていた事に気が付かなかった!

 背後から服を脱がされ、目を開けたら――

 

「…………なんで、執事服?」

 

 何故か、メイド服から恰好が変わっていた。

 名探偵を呼ぶまでもなく、犯人は一人しかいなかった。

 

「私が見込んだ通りですね。やはりサーシャは男装も似合うと思っていたんです!」

 

「いやお姫様、全く状況が飲み込めないんだが? あとどうやって立ったままの俺にズボンまで履かせたんだ?」

 

「企業秘密です♡」

 

 いい笑顔のお姫様は俺にタキシードを着せてご満悦だ。さっきまで着ていたメイド服よりかは落ち着くけども、爛々と輝く目で見られているのでとっても落ち着かないのだった。

 

「別に変なプレイをさせようというわけではありませんよ? これにはちゃんとした訳がありますから」

 

「何故だろうな。まだお姫様と出会って間もないはずなのに、もうその言葉を信用しきれない俺がいるんだが」

 

「ふふ、それはきっと貴方がサーシャだからですよ。例え今は前世の人格を表にしていても、根底にあるのはやはりサーシャ・リールという人間なんだと思います」

 

 そう言ってお姫様は疑り深い俺の手を取る。柔らかいなとしか思わなかったのは、今の俺も女性だからだろうか。

 

「……そういやあの皇子さまの事で色々と忘れてたけど、この俺は一体どういう存在なんだ? なんで前世の俺がここにいられるんだ?」

 

「それを今確かめたんです。予想は何となくしていましたが、やはり触れた方が確実ですから」

 

「それは、どういう?」

 

「今更説明するのも変な感じがしますが、私には触れたモノの記憶を読み取る力があります。心理解読(サイコメトリー)と、貴方が名付けてくれたのですよ?」

 

 さらっと明かされる超常の力。しかし催眠アプリっぽいモノを先に見せられているので、そこまでの驚きはなかった。その命名にも俺のセンスを感じるし。

 

「けれど、今の貴方に関する事は何も感じられません。思考も記憶も何もない、空間に空いた穴のようなんです」

 

「は? 何もないって、そんな事があり得るのか?」

 

「普通ならまずあり得ない事象です。私としてもあの部屋で貴方を見た時は驚きましたし」

 

 聞けばお姫様は生物どころか無機物に宿る残留思念すら読み取れるらしい。それすらないという事はつまり、今の俺は無機物未満の存在という事になる。

 

「そんなの、幽霊みたいなモノじゃないか」

 

「はい、仰る通りです。なので今の貴方はサーシャという人間に憑依している幽霊のようなモノというのが、一番分かりやすい説明だと思います」

 

 気が付いてからはずっと転生かと思っていたが、どうやら俺は憑依型の主人公だったらしい。

 ……まぁその方が女の子になってる理由としては受け入れやすい気もする。まだまだ現実味はしないが。

 

「だから私の力を使おうとしてもすり抜けてしまう。今の貴方に触れても、元のサーシャの記憶にしかアクセス出来ません。だからこそ、貴方にはダンテスの力も通じなかったのですよ」

 

「どちらも同じ精神干渉の力だから、か」

 

 先程流れで協力者となった皇子の顔を思い出す。なんでこの世界でスマホみたいなのを持ってたのかは知らないが、アイツの言いなりにならなかったのはそういう絡繰らしかった。俺としてはスマホを突きつけられただけなので、力を使われた実感はあまりないが。

 

「キッカケは私にも詳しくは分かりませんが、元のサーシャもそれに気付いたのでしょう。だからあの部屋で自身の感覚と思考を断ち切る事で、貴方に身体を明け渡したんです」

 

「なんか凄い事してないか、元の俺。なんでそんな事が出来るんだよ」

 

「こうして出来てしまっているからには受け入れていただくしかないかと。意識を自ら落とす手段と、前世の記憶を呼び起こす何か。それらが組み合わさった離れ業だと思いますので」

 

 もしかしたらこの世界の俺、チートだったのかもしれない。けど前世の俺になった所で今回以外の場面で役立つ気がしないので、自惚れないようにしておかないと。

 

「もう少しだけ言うと、サーシャは無意識状態で前世の記憶にある人格を再現しているみたいです。前世の人格(さしはらりお)ならこう動くだろうという反応を返しているだけなので、そこに思考や記憶が残る事はない。そしてもう変えられない前世の記憶なのだから改竄も出来ない」

 

「……よく分からんが、実体のないアナログレコードを再生してるようなものか」

 

 一介の大学生に過ぎなかった俺としては、それが解釈の限界だった。

 幽霊や実体がないと言うと何だか手の届かない高位存在みたいで悪くないが、けれど実際に感じるのは真逆の性質だ。

 

「なら今話しているこの俺は、いつまでもこうしてはいられないって事だよな?」

 

「そうなります。あくまで今の貴方、指原(さしはら)莉緒(りお)はサーシャの身体を借りているだけで、決して指原莉緒として生き返ったわけではありません」

 

 そう言うお姫様の顔には何もない。淡々とその事実だけを告げる姿にとある感情を抱きながら、俺は続きを聞いていた。

 

「実感はしづらいかもしれませんが、既に貴方はサーシャ・リールとしてこの世界に転生しています。その道理を覆して貴方のままで生きる術を、私は知りません」

 

「……サーシャ・リールとして生きているから、その席はもう空いてないってわけか」

 

 溜息は出なかったが、腑には落ちていた。

 この身体は転生した自分自身のモノであり、それを間借りしているだけという感覚。言われる前から何となくあったそれは、やはり間違いではなかったようだ。

 

「ならお姫様の言った後始末っていうのは、()()()()()と見ていいんだな?」

 

「……否定はしません」

 

 視線を逸らすような真似こそしなかったお姫様だが、僅かな言い淀みがそれを証明していた。

 

 すなわち、お姫様の目的は自身のメイドを元に戻す事。

 前世の亡霊(さしはらりお)ではなく今世の従者(サーシャ・リール)の為に動いていると、お姫様は認めたのだ。

 

「ならさっさとやってしまおう。どうやるのかは分からないが、なるべく苦しくない方法だと助かるな」

 

「……指原さん、やはり貴方は」

 

 己の末路を受け止めた上での軽い言葉と思ったのか、やや目を伏せてしまったお姫様。そのリアクションだけで、また俺は言葉を選び間違えたのだと悟る。

 

「ああすまん、別に自分がどうなってもいいわけじゃない。だってあの皇子さまとの約束もあるだろう? ならまたこうして出てくる事もあると思ったんだよ」

 

「確かに前世の記憶がある限りは、指原莉緒としてまた出てくる事も出来るかもしれません。けれど、その時に記憶が連続しているかどうかは分かりませんよ?」

 

「え、それは考えてなかったな……」

 

 俺としては一眠りするくらいの感覚だったのだが、このお姫様は一つ上の最悪を想定していたらしい。

 もしこのまま今世の俺(サーシャ)に戻ったとして、今ここにいる俺(さしはらりお)の記憶が失われてしまうというのなら。それはある種の死と言えるのかもしれなかった。

 

「まぁでも、俺にとっては今も夢を見てるようなものなんだ。あの皇子さまの催眠から覚めたのなら、俺が見ているこの夢も覚めるべきだと思う」

 

「夢、ですか?」

 

「ああ、夢だ。……うん、割としっくりくるな」

 

 俺の例えに問い返すお姫様だが、俺自身もそんな物言いが出てきた事に驚きだ。けど言い表すならやはり、その言葉が相応しい。

 

 むしろ、あんな終わり方をした俺がその続きとして見る夢としては上々だろう。

 自分は何故かメイドになっていて、可愛いお姫様を主と仰いでいる。なんか変な事に巻き込まれた気もするが、今のところはそれだけで全然プラスだった。

 

「夢ならいつ覚めたっておかしくない。それにいつか見た夢の続きを見ることだって、ない話じゃないだろう? そういう形で俺は納得できる。もしかしたら俺を呼んだ今世の俺も、それが分かってたのかもしれないし」

 

「サーシャがそこまで考えていたかは分かりませんが、指原さんってやっぱりロマンチストなんですね」

 

「なんて恥ずかしい纏め方をするんだこのお姫様は……っておい、やっぱりって何だ。俺の性癖以外の事も知ってるのかやっぱり?!」

 

「はい、大体は♡」

 

 にっこりと笑うお姫様を見て何となく鳥肌になりかけたが、その彼女に先程までの影は既にない。どうやら軌道修正には成功したようだった。

 

「そんなわけだから、俺としても元に戻る事に異論はないよ。ああでも、記憶がなくなってもいいように備忘録位は書かせてくれると助かる。約束はなるべく守りたいし」

 

「そういう事なら分かりました。なら紙とペンはこの辺りに……」

 

 どうにか戻った雰囲気の中で、俺は受け取った紙の上にサラサラとペンを走らせる。借りた机の端にあった本の題名が少し気になった位で、数分もしない内に最後の句点に辿り着いていた。

 

「それでは、書き終わりましたか?」

 

「ああ、後はこれの保管を――」

 

 頼む、と言いかけた所で俺の全身の動きが止まった。

 それは何故か? お姫様が俺の半身に体重をかけてきたからだ。熱と柔らかさが服を貫通して伝わってくるが、これ腕だよな。それ以外じゃないよな。

 

「おいお姫様。色々と当たってるから離れてくれないか」

 

「あら、嫌でしたか? こういう時に『当ててるんですよ』と言うのがお約束と聞いて、実戦してみたんですが」

 

「知ってるからって実践するのはどうかと思うんだ」

 

 てっきり不備でもあったのかと思ったが、どうやらわざとだったらしい。しかし一国の皇女であるお姫様が異性に密着するのは良くないと……あ、今の俺は女の子だった。

 

 そうやって振り払うか迷ってしまったのが悪かったのか。先に口を開いたのはお姫様だった。

 

「ダンテスの部屋でも言いましたけど私、指原さんには感謝しているんです。貴方の性癖がああでなければ、今の私はあり得ませんでしたから」

 

「あれって俺を社会的に抹殺する為のものじゃなかったのか」

 

 今思い出すだけでもスリップダメージが発生するあの爆弾発言。それがお姫様の本心からの言葉だったというのも何かがおかしい気がするが、今は彼女から離れる方が先決だ。この場を見られてもやはり社会的に死んでしま……いや女の子なら別にいいのか。

 

「それに今回も、私たちは貴方に助けていただきました。右も左も分からないまま突然呼ばれたはずなのに、指原さんはその状態でダンテスを何とかしてくれたんです」

 

「それはまぁ、そういう流れだったから頑張っただけで……」

 

 アレは色んな作品に触れたオタクが先の展開を予想してしまったが故の行動だ。胸の内に使命感が何となくあったような気もするが、そこまで理解して動いていたわけではない。だからお褒めの言葉を貰うのは少し、こそばゆく感じてしまっていた。

 

「っておい、お姫様?」

 

「お願いです。このままでいさせてください」

 

 とか考えていたら、いつの間にかお姫様から抱きつかれていた。俺の身体を掴む手には、彼女なりの思いが力となって込められていて離れない。

 ここまで来ると百合の領域に片足を突っ込んでいる気がする。例えこの場にいるのが二人の女の子だったとしても、その片方の中にいる俺は百合に挟まる間男になってしまう。なら死ななきゃ。

 

「それだけの恩がある貴方をただ見送るなんて、私にはできません。だからどうか、貴方の為に尽くさせていただけませんか?」

 

「……それは、どういう?」

 

「言葉通りの意味です。貴方がして欲しいと思う事、貴方が心地よいと感じる事をさせて欲しいのです」

 

 俺の身体に顔をうずめるようにしながらお姫様は言う。

 それは身を貫くようにまっすぐで、身を焦がすような熱があった。百合の領域なんて俺には分からないけれど、これがそうだと言われたら納得してしまう程のものだった。

 

「……気持ちは嬉しいが、キミはお姫様だろう? 幾ら女の子の身体とは言っても今の中身は男の俺なんだ。その上で、言ってるのか?」

 

「勿論です。私の献身を捧げるだけの価値があると、心の底からそう思っています」

 

「そう、か」

 

 互いに目を合わせないままに確かめた彼女の意思を、俺は嘘ではないと判断する。

 馬鹿な事はやめろと振り払う選択肢もあったが、それは彼女の覚悟を踏みにじる行為と同義だ。それを思い出していた俺は、やはり動くことが出来なかった。

 

「先ほど指原さんは夢だと言いましたよね。それならこれも夢だと思ってください。今回頑張った貴方に贈るご褒美、目が覚めるまでに見る束の間の至福だと。ただ与えられるだけの私には、これくらいしか返せるものがないのですから」

 

 そこまで言い切ってから、ふらりとお姫様が顔を上げた。

 その瞳にある愛のカタチを煌めかせながら、ピンクの少女はとっておきの封を切る。

 

 

「それともお嫌いでしたか? ――貴方の為だけに尽くしてくれる、こんな()()さまは」

 

「っ……!」

 

 

 その一言は、平静を保っていた俺の魂を揺さぶるにはあまりに十分だった。否、十分すぎた。

 葛藤、迷い、煩悩、理性がシャッフルされて粉々になっていく。

 性癖とは精神の弱点に他ならない。それを突かれてしまった俺は、お姫様の誘導に抗う術を持っていなかった。

 

「私は貴方の嗜好のほぼ全てを網羅しています。私なら貴方の全てを受け止めてあげられます。それでは駄目ですか?」

 

「それ、は」

 

「そして貴方の趣味は私の嗜好でもあります。故に指原さんも、私の全てを受け止められるはずです」

 

 いつの間にかベッドに移動していたお姫様は、思考の纏まらない俺を優しくその上に押し倒す。

 その背をマットに預けてしまった俺の視界に映るのは、薄暗い照明を背負ったお姫様の顔だ。

 

「だから二人で楽しみませんか? この夜が明けるまで、或いはこの夢が覚めるまで、ね?」

 

 赤みのかかった頬、半月のように開かれた口、そしてそこから漏れる息。どれも薄い本で見たことのある光景で、しかして今はそれが目の前にある現実だった。

 

「指原莉緒さん、貴方も好きにやって、好きになってください。貴方の思うままに、貴方の望みを果たしてください♡」

 

「…………なら、(わたし)、は」

 

 どうしてか分からないが、もうお姫様の声しか聞こえない。お姫様の匂いしか、熱しか感じない。

 お姫様しか見えないから当然、考えられるのもその事だけだった。

 

キミ(あなた)を、幸せにするよ(します)

 

「っ……!」

 

 そうして絞り出した自分の言葉が最後のひと押しになった。

 それを合図にしたようにお姫様の全てが俺の身体へと殺到して。

 

 そして俺もまた、全てを手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私は意識を取り戻した。

 

「……………………へっ?」

 

 直前までの記憶はない。最後の記憶はダンテス様にスマホを突きつけられた所で終わっている。

 

「あぁ、あぁ……!」

 

「ひめ、さま?」

 

 では何故、私は興奮しっぱなしのお姫様を抱きしめているんだろうか。

 しかも、互いに半裸で。

 

「え? …………えっ? ……………………ええっ!?」

 

 いや、良く見たら半裸ですらない。

 毛布で全身は見えないが姫様は生まれたままの姿な気がするし、私は見覚えのないジャケットとワイシャツを(はだ)けさせてその下にある下着をあの時のように見せて――いやそれすらないじゃん!?

 

「ほら、もっと動いてください♡ 貴方がしないのなら私からしちゃいますから……♡」

 

 固まる私に気づいていない姫様がゆらゆらと私の身体を弄ろうとして、手をあんな所やこんな所に近づけながら、顔は私の……へと……

 

「っ、きゃあああああああああああ!?!?!?」

 

「はぅあぁん!?」

 

 

 パァンと響く乾いた音。いやちょっと濡れていた気もするがそんな事はどうでもよくて。

 そんなこんなで今日は世話係が第三皇女に手を上げた、忘れがたき最初の日になったのだった。

 

 

 ☆

 

「さて、言い訳を聞きましょうか」

 

「うう、うう……!」

 

 すったもんだと諸々の始末を終えてから私、サーシャはしくしくと泣き続ける姫様と向かい合っていた。

 因みに姫様の頬には紅葉が付いているが、今回ばかりは治療せずにお説教の始まりである。

 

「違うんです、私はサーシャとした約束の権利を行使しただけなんです!」

 

「約束っていうと、あの男装をするという話ですか?」

 

 ホントに最近の事なので思い出すまでもないが、それは私が勝手にニトを買った事の代償として出した件だった。姫様のご機嫌取りとして私が男装をするという話で決着をつけていたはずだし、そこまではいい。

 

「なので近いうちにさせようと計画していたら、今回のダンテスの一件で中身も男性になったので、ちょうどいいなと思いまして……」

 

「それで、前々から用意させていた衣装に着替えさせたと」

 

 こくりと頷く姫様を見て、その後で壁のハンガーにかけた執事服へ目を向ける。

 私が気づいた時には既にほぼパージしかかっていたが、本当に男装してたんだろうか私。というか着ただけで男装判定はちょっと緩くないか姫様。

 

「それで服装と中身が嚙み合うと思ったより殿方に見えてしまったので、つい高揚してしまって……」

 

「で、襲ったと」

 

「待ってください、それだと私が性欲の権化みたいじゃないですか! 他にもちゃんと建前がありましたから!」

 

 既に本音が漏れかかっている性欲の権化だが、こんなんでも私の主だ。もう少し話を聞いてやろう。

 

「で、どんな理由があったんですか?」

 

「すー、はー……。それはですね、指原さんをサーシャに戻す為という立派な目的があったのです」

 

 呼吸を入れてちょっと落ち着いた姫様がキリッとした顔で言う。しかし依然として疑いの眼を持ったままの私はその建前の続きを促すことにした。

 

「つまり私を襲ったのは、その為の手段だったと?」

 

「その通りです。サーシャと指原莉緒が切り替わった方法が感覚の遮断だというのは分かっていましたから。なら何も分からなくなるくらい滅茶苦茶にしてやればいいと思ったんです」

 

「よくそんな方法を実行しようとしましたね姫様。もしそれで戻れたとしても絶対私が無事じゃないですよね」

 

「大丈夫ですよ。その時は私もきっと滅茶苦茶になっているはずですから」

 

「だから一人だけなのが問題じゃないと何度言えば分かるんです……?」

 

 相変わらずの刹那的思考に頭を抱えずにいられない私だった。あとやっぱり私欲も入ってるじゃないか。

 

「で、その本音と建前の割合は幾ら位ですか?」

 

「…………私利私欲がその、六割くらいかなと」

 

「それがファイナルアンサーですか?」

 

「ごめんなさい七割です」

 

 私の眼光に屈した姫様が粛々と頭を下げる。色々と己に正直な姫様だが、こういう所でもそれを発揮できるのは彼女の美点と言えるのかもしれなかった。その内容はともかくとして。

 

「……この際なので言いますが、それ以外にも目的がありました」

 

「え、まだあるんですか姫様」

 

「はい。むしろ、それこそが本命だったかもしれません」

 

 もう打ち止めかと思っていた所にまさかの隠し玉発見だ。けれど姫様の雰囲気が変わった事を察知した私は、黙ってそれを聞き入れる事にする。

 

「前世の貴方である指原さんと出会えた時は私、とてもときめきました。それで感謝も伝えられて満足したつもりだったのですが、男装した彼を見て疑問に思ってしまったんです。私の気持ちは一体、()()()に向いているんだろうと」

 

「…………まさか、それを確かめる為に?」

 

 一瞬、私は息を呑んでいた。こくりと頷く姫様も、あまり詳細を語るつもりはないようだ。

 私としてもその問いに触れるのは危険だと判ってしまったから、聞き返せたのは一つだけだ。

 

「その答えは、出たのですか?」

 

「……はい、恐らくは。けれどそれに触れるのはしばらくやめておきます。少なくとも、答えに限りはないというのは間違いなさそうでしたから」

 

 その豊満な胸元には手を置かずに、姫様はそう答えた。

 その問いに如何なる答えを出したのか、そもそもその問いは何のためのモノなのか。いずれもまだ姫様の中で秘めておくべきだと言うのなら、やはり私から言える事は何もないのだろう。

 その代わりとして、私はズレた話を戻す事を選んでいた。

 

「…………とりあえず、ダンテス様の一件も何とかなったみたいですし、その際に切り替わった私を元に戻してくださった事には感謝いたします。むしろ混乱していたとはいえ、主に手を出してしまった事は謝罪しなけばいけないので、また男装の機会は作ることにします」

 

「え、本当ですか!?」

 

 途端に嬉しそうな顔になる姫様。もう少しでその瞳にもまた♡が出てきそうだが、そうは問屋が卸さない。

 

「しかしです。明らかに合意が取れていたとは言えない行為は駄目ですし、そもそも催眠される為にダンテス様の部屋に来た件もあります。よって罰として数週間は私の記憶の閲覧を禁じます。マッサージも当分はしませんから、自身で行っていただくように。いいですね?」

 

「ううっ……! わかり、ました……」

 

 頂点から崖下まで突き落とされたような落差を見せる姫様のテンション。しかし本人も認めているようで、がっくしと項垂れながらも私の処置を受け入れていた。

 

「とりあえず今日はこの辺りでお休みといたしましょう。流石に色々とあって疲れているでしょうし」

 

「そうですね……ではお休みなさい……」

 

 そうしてベッドに潜った姫様を見届けてから、私も部屋を出るべく立ち上がる。

 ちらりと窓に視線を投げれば、外の月はまだ健在だ。奴隷騒動の時と同じくらい色々とありすぎた夜だったが、それを終わらせるのはやはり目覚めであるべきだ。少なくとも姫様にはそうしていただこう。

 

「さて、と……」

 

 いつもならもう少しだけ確認の為に残る所だが、今日はそれよりもやっておきたい事があった。

 本来ならとうに済ませているはずだが、ダンテス様とのアレコレで結局出来ていないこと。足早に向かう先は、使用人用のシャワールームだ。

 

「この時間だとお湯は出なかった気がしますが、まぁちょうどいいですね」

 

 身を清めるついでに()()()事も出来てお得だなと思う、私なのだった。




閲覧、評価、感想などなどありがとうございます!

二章も残すところあと少しでございます。
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