「おいスレヴィア! これはどういう事だ!」
「騒々しいですよダンテス。ノックもせずに入ってくるなんて、マナーがなってないと思わないのですか?」
「お前だけには言われたくないわ!」
それは翌日の昼過ぎの事。突然開かれたドアによって、姫様と私の休息タイムは終わりを迎える事となった。
姫様の自室へと突撃してきたのは、昨日ぶりのダンテス皇子だ。何故今日になってこんなに荒ぶっているのか、私たち二人には心当たりがあった。
「ダンテスがユリカ様を保護した事は既に大勢が知ることになりました。あなたの言うプラン通りだと思いますが、何か不備でもありましたか?」
それは朝一で帝国を揺るがした大ニュース。それはあの鎖国状態で情報が錯綜している中で、ダンテス皇子が王国の王族を秘密裏に保護していたという知らせだった。
何も知らぬ者からすれば青天の霹靂どころかそのまま感電死しかねないレベルの衝撃だったらしいが、実際に本人を見ればそれが事実である事は疑いようもない。
そしてそれを皇族の持つ報道経路で大々的に流布した姫様が、淡々とダンテスへ問いかけた。
「その事自体は何ら問題ない。顔だけは広いお前だからな。オレだけではここまで早く上手くはいかなかっただろうから、そこは認めなくもない」
「あら、案外素直ですね。もっと不満そうになると思っていましたが」
フンと鼻を鳴らすダンテスの態度に姫様は意外そうな反応だ。
普段はあんなんだがやはり腐っても第三皇女。その影響力自体はダンテスも否定しづらかったのだろう。
「不満そうだと? ああ大いに不満だとも! 王国の関係者と言うことになっているユリカを保護した事で、オレの名声を高めて悪評を消すという流れだったはずだ!」
ぷるぷると丸い身体を震わせるダンテス。その怒りを放出せんばかりに指を伸ばし、びしっと姫様へと突きつけ叫ぶ。
「なのに何故オレが変態だという噂が消えていない?! むしろ悪化して大勢が知る所になっているではないかぁ!」
「いや、そこまでは私の知る所じゃありませんよ」
「……ご主人様、へんたいなの?」
爆発したダンテスの後ろからひょこっと顔を出したのは、時の人である金髪の幼女ことユリカ様だ。
正式に存在が認められた事でダンテスの自室から出られたみたいだが、変化はそれだけに留まらない。
「見違えましたね、ユリカ様。やはりあの噂も本当だったのですね」
私が見ているのはユリカ様のその美しい金の髪だ。あの時と比べて艶が戻っているし、きちんとブラッシングもされてその魅力もマシマシになっている。
加えて言うなら今の彼女は白を基調としたワンピースドレスでその身を飾っていた。とても可愛らしい。
「……お風呂、きもちよかった」
「よかったですねダンテス。ユリカ様もご満悦みたいじゃないですか」
「それは良いことだがオレは違うんだよ! 何故ユリカと風呂に行っただけでそんな扱いをされなきゃならんのだ?!」
ぱっと笑みを浮かべるユリカ様とは裏腹に、きっと顔を歪ませるダンテス様。
だけも何も混浴してるんだから、それくらいの噂は甘んじて受け入れればいいと思う。
「大丈夫ですよダンテス。世間には皇女と寝たメイドがいるという噂もありますから。あなたは一人じゃありません」
「待ってください、なんですかその聞き捨てならない情報は?! 発信源は絶対姫様ですよね!?」
なんか急に刺してきた姫様に抗議するが、ふふふと笑うだけで何も言ってはこなかった。後でそっちも火消ししておかなければならないかもしれない。
「それにニトさんを連れている限りはもう噂が立つのは仕方ありませんよ。大人しく受け入れてください」
「え、私ですか?!」
姫様の指摘に声を上げたのは、ユリカ様の後ろにいたバニーガールだ。ニトもユリカ様と同様にさっぱりした顔になっているので、お風呂で身を綺麗に出来たのだろう。例え格好はコート羽織のバニースーツから変わっていなくとも。
「コイツ、どんなに言ってもユリカから離れようとしないんだ。ユリカの世話係をしていなかったら即座に追放していた所だぞ」
「ふふん、ご主人様は何を仰っているのやら。ちゃんとご主人様の命令を聞いた上でユリカ様に尽くしているのですから、咎められるような事は一切ないですよ!」
「逆にどうやってるんですか、ソレ」
胸を張るニトに私は感心とも呆れとも言えないため息をもらしてしまう。
多分まだダンテス様の言いなりではあるのだけど、パワープレイで望みを叶えているので問題ないらしい。私より凄い事してないかこのバニーガール。
「(……ニトとは話せましたか?)」
「(……どうにかね。ちょっと暑苦しい時もあるけど、悪い子じゃないのは分かったから)」
そんな従者に振り回されてないかとこっそりユリカ様に確認すると、あの時の口調で返してくれた。懸念していた二人の仲も、どうやら何とかなったようだ。
「(あんなやり方で収めるとは思わなかったけど、感謝はしてる。だから近い内にまた顔を出しに来て。サインくらいなら、してあげるから)」
「(ありがとうございます! あ、その時はウチの主もお連れしていいですか? ダンテス様には内緒で話をしたいそうなので)」
「(え、あの皇女さまが? 別にいいけど、王女としての私にって事?)」
二人して姫様の方をチラ見するが、返ってきたのは微笑みだけだ。別に分かってますよの笑みではない。
ユリカ様が私と同じ転生者である事は、既に姫様も知る所になっている。力がある以上は隠し通せないと見た私が普通にリークした。
転生者である事は姫様も何となく察していたそうだが、中身がその道のプロであると知って大いに喜んでいたのだ。なのでその辺りの話がしたいんだけで、多分ユリカ様が想像するようなシリアスは恐らくないと見ている。
「(そこまで深刻な話ではないと思うので、気負わないでいただけると幸いです)」
「(ふーん、そうなんだ。ひとまず覚えておくよ)」
「おいメイド、ユリカと何を話してるんだ?」
ユリカ様との密約を交わし終えた所で、そのやり取りを不審に思ったダンテスが声をかけてきた。
私は振り返りながら立ち上がり、ユリカ様の高さに合わせていた視線をダンテス様へと戻す。そして疑われないように虚偽申告を吐く事にした。
「大浴場の感想を聞いていただけですよ。次に使う時に必要なモノがあればと思いまして」
「大浴場……そういえば言い出したのはお前だったな。まぁ、ユリカの為になるならいいが」
我ながら適当な言い訳だが、ダンテス様的に不審な点はなかったらしい。ユリカ様が絡むと判定が甘くなるのは、曲がりなりにも主人の自覚故だろうか。
「……やはり、サシハラリオではないのだな」
けれどもそう呟くダンテス様は、不審というよりも不満そうな顔になっていた。
それは私であって私ではない名前。その時の記憶は私にはないが、何があったかは姫様を介して聞いている。なのでそんなハズレを見るような目をしないでいただきたい。
「申し訳ありません、ダンテス様。少なくとも姫様の傍にいる時は、その名で呼ばないようにお願いします」
「自分はスレヴィアの従者だから、だろう? 相変わらず頑固で礼のなってないメイドだが、サシハラリオと同じ人間と言うなら頷けなくもない」
「え、何ですかその反応……?」
「おい、ドン引きするのは止めろ。そこまでサシハラリオと同じになるな」
なんか訳知り顔になっているダンテス様を不気味に思ってしまった。前世の私、どこまで彼との距離を縮めたっていうんだ。
「別にこの場でサシハラリオになれとは言わん。確認したいのは一つだけだ。あの約束を、違える気はないな?」
「……はい。今の私は彼ではありませんが、それは間違いありません」
射抜くような目で問いかけたダンテス様の言葉を、私は真正面から受け止める。
彼の言いなりから脱する為に交わした約定だが、それを破棄するつもりは毛頭ない。姫様からも承諾は得ているし、いずれはまた指原莉緒として彼の下に行く日が来るのだろう。
「なら次までにオレの悪評を何とかする方法をだな」
「それはご自分で何とかなさってください」
けど今回のはその姫様によるカバーストーリーを混浴の悪評で上塗りした形なので、こちらの保証対象外である。まだ奴隷騒動の恨みを忘れてないからな私は。
「あらダンテス、彼に用事があるのなら私を通すように言ったのを忘れてませんか?」
そんな私たちの言葉の応酬に割り込んで来たのは、言わずもがな姫様だ。細い腕で制しながら、物理的にも間に立ってダンテス様を牽制している。何故に。
「今のはメイドに確認をしただけだ。プランの為にはお前もいた方がいいと分かったからな。仲間外れにするつもりはないぞ」
「それならいいんです。彼をダンテスだけに独占させるなどあってはならない事ですから。もし密会などしようモノなら……分かっていますよね?」
「……ダンテス様、無言で手を叩こうとしないでください。言いなり状態にしても出てくるのはアレですよ」
「むぐっ……!」
流れるように脅してくる姫様に屈しかける第三皇子。言いなり状態の方が厄介だと思われているのが流石の姫様クオリティだ。
「……なら教えるが、父上とアイザック兄から話があると言われたんだ。どう考えてもユリカの事だろうから、それまでに噂を何とかしたかったんだよ」
「皇帝陛下と、アイザック様が?」
やや沈痛な面持ちでダンテス様が出したのは、この帝国の頂点とそれに次ぐ人物の名だ。
しかし姫様はしたりとばかりに頷いている。
「流石に王国の姫ですから、二人としても直接話がしたいのでしょう。それなら話を広めた私も行った方がプランとしても良さそうですね」
「なに、お前も来るつもりか?」
「はい。その方が噂も何とか出来ると思うので」
「む、むう……」
そしてその会合に姫様も参加するつもりのようだ。悩ましいとばかりに唸るダンテスだが、やはり断る事はしなかった。
「ではその時はあなたも来てくださいね、サーシャ」
「……私はあくまで世話係であって、その様な場所に相席していい立場にはないと思うのですが」
しかし何故かそこで姫様が私を巻き込もうとしてきた。私は己の地位を盾にして逃れようとするが、それを許さない人物がもう一人。
「いいや、オレもスレヴィアに賛成だ。今後のプラン的に話を聞かせる価値は十分にあるだろうからな」
「ダンテス様まで……?」
ここにきてダンテス様がニヤリとした笑みを取り戻していた。そんな所で姫様との兄妹仲を意識させないでいただきたいのだが、やはり抗う術はなさそうだ。
「分かりました、では私も端の方で謁見させていただきます。でも
「当たり前だろう。あの礼儀知らずを父上の前に出せるわけないからな」
「そうですか? 私としてはお父様たちに紹介するいい機会だと思うのですが」
「良し決めました絶対に代わりません。何が何としても今の私を貫いてみせましょう」
恐ろしい理由で残念がる姫様を見て、私は決意を固くする。帝国の姫を変態にした張本人だと知られたら、ホントに首が飛びかねない。
「……あなたも、来るの?」
「どうやらそうなったみたいです。ユリカ様も、当日はよろしくお願いいたしますね」
「……うん、ならよろしく」
そんな顛末を見ていたユリカ様が、首を傾げながらもそう尋ねてきた。
中身を知っている私としては演技上手だなと感心する一方だ。けれども案外味方が増えて嬉しいのは本心なのかもしれないと、ペコリと頭を下げた姿を見てそう思った。
(……あれ、そういえばユリカ様って)
そのついでに、私はある事を思い出していた。
私が
しかしそれはユリカ様という手本があったから、何とかして前世の私になればイケるのではとの思いつきで実行しただけだ。
だから、気になったのはその前提だ。
(どうしてユリカ様は、
思えば今の自分は前世の人格そのままだと最初に本人が言っていた。
私も転生したと気付いた時は前世の人格と似通っていたかもしれないが、ユリカ様は奴隷になる以前の記憶がない。ならばもしかして、前世の人格とは異なるこの世界での人格もまた、あるのではないだろうか。
指原莉緒としての記憶を持ちながらサーシャ・リールとなった私のように。彼女にも前世の記憶からスタートした、ユリカ・フィッツ・ウォレインの人格もまたあるのではないのだろうか。だって未だに今の彼女は、自らをユリカだと名乗った事はないのだから。
「……? どうか、したの?」
黙ってしまった私を不審に思ったユリカ様が声をかけるが、それに返す言葉を私は発せずにいた。
私が前世の人格に代わった際は、全ての感覚を切り離す事でそれを成した。
もし同じ事をユリカ様もしていたとするなら、それをしたのは何時の事なのか。それがもし、彼女が王女ではなくなった後だと言うのなら、それは自らの意思ではなく、他者によってされたという事になるのでは――
「――サーシャ、顔色が悪いですよ?」
「え?」
そんな最悪の想像をしていた私の意識が、主の声で引き戻された。
いつの間にか来ていた姫様の瞳に映った私の顔を見て、失態を悟った。
「す、すみません姫様。少々考え事をしていました。大した事ではないのでお気になさらず――」
「はい、気にしない方がいいですよ?」
二度目の驚愕は、言葉にならなかった。
表に出すなと言わんばかりの笑みを、姫様が作っていたからだ。
「それはまだ暴く必要のない事です。覚めてはいけない夢と言い換えてもいいですが、サーシャならそれで伝わりますよね?」
「……………………はい、覚えておきます」
滅多に見ない真剣な姫様によって、己の浅はかさを理解させられた。それと同時に、私の想像力は割と信用に値するという事も。
詳しい経緯は知らない。キッカケが何かも分からない。けれど今のユリカ様はそれでいいのだと、全てを知ったのだろう姫様がそう言うのだ。なら従者である私は、それに従うべきだろう。
でもそれでいいのかと、口を横に結ぶ私もそこにいた。
「あぁでも、一つだけ勘違いしているようなので、そこだけは正しておきましょう」
「勘違い、ですか?」
そんな私を見かねたのか、姫様が気になる事を言ってきた。私の想像力、早速信用を損なう機会が来たらしい、
「サーシャが前世の人格になったのは確かに感覚と意識を遮断した事によるものですが、キッカケになったのはそれだけではなかったはずです」
「他にもキッカケがあるという事ですか?」
「はい。そもそも今回の一件は誰が起こしたモノだったのか、そこまで忘れた訳ではないでしょう?」
「…………まさか、そういう?」
姫様の言葉を噛み砕き、再度想像の域を膨らませる。
今回の催眠、もとい改竄騒動を起こしたのは誰だったか。それを思い出したのと同時に、私は姫様の言いたい事を理解した。
今回の一件は、ハッキリ言ってまだまだ解決していない事だらけだ。
ユリカ様について問題派山積みだし、その保護者になったダンテス様にも不審な点は多い。あと悪評も多い。
それでもあの皇子の力は、ただ誰かを言いなりにするだけではなかった。改竄する為とはいえ、その奥に眠っていた誰かを起こすモノでもあったのだと、私はそう解釈した。
「……なんか、呆れてる?」
「いいえユリカ様。何でもありませんよ」
無論これも姫様の言葉からの推察で、確証があるわけでもない。
けれど言いなりに、言うがままになるなら姫様の方がまだマシだろう。私はそう思う事にして、冷めた目を向けてくるユリカ様にそう笑いかけた。
☆
「ダンテス皇子がユリカ王女を保護した、か」
その知らせを聞いて、とある人物がそう零した。
「想定はしていた。が、よほどの機運を引いたらしい」
くつくつと、それは笑うように。
或いは思いがけない状況に転がった今を、楽しむように。
「これでかの皇子もまた我が手から離れる術を得たというわけか。
そう口にしながら、その人物はゆっくりと立ち上がった。
「何故そうなったかを調べなければならないな。恐らく他のプランも調整する必要がある。やるべき事はまだまだあるだろう」
その姿は、呆れていると見るべきか。
その声は、沈んでいると思うべきか。
――その答えは、どちらも否である。
「しかし本質的には変わらない。――その正しさを、証明するだけなのだから」
何故ならその人物の顔にあったのはただ一つ。
一点の曇りもない、狂信の色だけなのだから。
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これにて第二章は完結です。
第三章のキーワードはオーク、捕虜、花嫁の予定です。
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