#20 会談に胸弾ませる皇女さま
ユリカ様を保護した事が公となってから数日。
彼女について話す為に開かれた、行方不明中の第二皇子以外の皇族全員が集った会談。何故かそれにも相席した私はその会談後、先に一人で姫様の自室へと戻っていた。
「――ただいま戻りました、サーシャ」
「お帰りなさいませ、姫様。少々時間がかかりましたね」
軽い気持ちで始めた掃除が一段落する頃にドアが開いて、部屋の主である姫様が姿を現す。その顔を見て、私はお茶の準備が無駄にならない事を悟った。
「仕方ありませんよ。ユリカ様の事もそうですし、お兄様の用件も立ち話で済むようなモノではありませんでしたから」
「アイザック様、ですか」
思い出すのは、ユリカ様についての会談後に姫様を呼び止めた人物の顔だ。
第一皇子、アイザック・グラン・オベイル。金髪のキリッとしたイケメン皇子だが、何より印象深いのは蛇のように鋭いその目つきだろう。黒スーツを着せたらもうその手の人間にしか見えなくなると思います。
「あの方が姫様だけに話された時点で只事ではないとは思いますが……姫様、なんでそんなにウキウキしてるんですか?」
「嫌ですねサーシャ、私はウキウキなんてしていません。むしろ長丁場の話し合いに辟易していた所です」
そう語る姫様に疲労の色は殆ど見られない。むしろ口角を上げまい上げまいとしているように見えた。なので私も心の中でレシーブの構えを取っておく。
「それでは良いニュースと悪いニュース、サーシャはどちらから聞きたいですか?」
「…………では、悪いニュースからお願いします」
姫様的にはチャンスボールをあげたつもりかもしれないが、多分どっちも変わらないと私の直感が告げている。なので先に痛い目に遭っておく事にした。
「国境近くの街が侵略者によって落とされました。このままだと帝国にも攻め込まれるそうです」
「本当に悪いニュースじゃないですか?!」
「お兄様がここ数日忙しそうにしていたのも、その対応に追われていたからだったみたいですね」
思ったより悲惨なニュースをあっけらかんと告げる姫様。一人の皇族として冷静に受け止めているのか、はたまた他人事だと思っているのかは疑問の余地がありそうだ。
「お兄様の予想ではまだ暫くの猶予があるそうですが、油断は出来ないそうです。そんな中でユリカ様の件が出てきたので、あの会談中も珍しく疲れた顔をしていたのでしょう」
「お労しいですね、アイザック様……」
正直いつも通りの仏頂面だったので全然分からなかったのだが、姫様が言うのならきっとそうなのだろう。
「では良いニュースというのも、アイザック様から聞いた話なのですか?」
「はい、勿論です。お兄様から聞いた話の中では吉報、或いは不幸中の幸いと言えるものがそれでした」
そう言って、私が紅茶を注いだティーカップを手に取る姫様。
自国が侵攻されるかもしれないという知らせに比べればどんなモノでもマシだろう。私はそう思いながら姫様の口からカップが離れるのを待った。
「――攻め込んできているの、オークなんですって!」
「姫様の嘘つきぃ!」
いい笑顔で宣う姫様の前で崩れ落ちる私。私の直感はやはり間違っていなかったっ……!
「それのどこが良いニュースなんですか?!」
「だってサーシャ、オークですよオーク! 私たちの界隈ではすっかりお馴染みじゃないですか!」
「どこの界隈の事を言ってるんですか!? あとお馴染みだからって喜んでいいものじゃないですからね?!」
因みにオークとは豚と人を組み合わせたような姿のモンスター、もとい種族である。
姫様の言う界隈、もとい薄い本などでは本能に忠実な生物として女性たちを襲う役になる事が多く、要するに姫様の願いを叶えうる存在なのだった。
「サーシャ、別に私もオークだから侵攻して来てもよいと言うつもりはありません。例え何者であったとしても人に害なすならそれは悪であり、それを擁護する事はないでしょう」
「でも、どうせ侵攻されるならオークとかその辺りが良いって言うんですよね?」
「それはまぁ、はい」
「そこで照れながら認めてどうするんですか」
指で頬に触れながら目を背ける姫様に私も肩を竦めるばかりだ。この調子だと姫様も国境近くの街に行くと言い出しかねないし、何とかして止めないと……。
「しかしオークに襲われた方たちの事を思うと、悲しみで胸が張り裂けそうになるのです。どうして私は、その場にいないのだろうと」
「それ、人々を助けたいのではなくオークに襲われたいという欲求じゃないですか?」
「失礼ですね。ちゃんと両方ありますよ」
「より
自分が行けば民衆の身代わりとなれるし、己の望みを叶って一石二鳥だと言っているようなもんだった。どこの誰がそんな提案を許すと思うのだろうか。
「つい先程お兄様にもそう進言したのですが、残念ながら聞き入れてくれませんでした」
「動くのが早すぎないですか姫様。というかアイザック様がそんな話を受けるわけがないでしょうに」
流石の行動力と言わざるを得ないが、しかし相手はあのアイザック様だ。皇族的にも親族的にもそんな話を受け入れるとは思えない。マトモな人がまだ残っていて何よりである。
「確かにお兄様の言う通りでした。既に街が落とされてから時間が経っているので、今更身代わりを差し出しても人々を救うには至りません。惜しい事をしました……」
「どこを惜しんでるんですかあなたは…………ん?」
ハンカチすら噛みかねない姫様に呆れていたが、何となくアイザック様の断り方に違和感を覚える私。
それではまるでタイミングが合っていれば実の妹を捧げる事も厭わないと言っているような……いやそんなまさか。
「そんなわけでオーク達に攻め込まれようとしているわけですが、当然私たち帝国としても手をこまねいているつもりはありません。個人的にはそれでも別に構いませんが」
「構いますよ。お願いなので皇女としての言動をしてください」
「分かっています。なので皇女として話を続けると、お兄様はその落とされた街を取り戻す為に動いているそうです」
あくまでその街は帝国の国境に近いだけで帝国領というわけではない。しかし放置すれば侵攻の足掛かりにされるのは明白だ。故にその街を奪還しようとするアイザック様の考えは理解出来る。
問題は、そこで何故戦う力のない姫様にも声をかけたのかだ。
「その為の作戦の準備を進めていた所に、なんとその作戦を手伝いたいという勢力が現れたみたいで。その勢力の相手をして欲しいと頼まれたのが事の顛末というわけなんです」
「このタイミングで別の勢力ですか? 確かにそれは怪しさしかないというか、姫様が呼ばれたのも納得ですが……」
今回どうして姫様に白羽の矢が立ったのか、その問いの答えがコレらしい。
姫様の言い方的に、恐らく第三者からそんな要請があったのだろう。どこの誰がどんな目的で口出ししてきたかは知らないが、まず間違いなく裏があると見るべきだ。
そんな時、姫様の持つ
というか万物から記憶を読み取るその力は、交渉や問答の場に於いて反則そのものでしかない。こういう事も初めてではないし、大体の事情は推して知る所になったのだった。
けれど、それで全ての疑問がなくなったわけではない。
「この状況で助力するだなんて、一体どこの誰で――」
最後に残ったその一点。もしや法国辺りかと予想しながらの問いかけは、途中で止まる事になった。
何故なら返答しようとする姫様の顔には、つい先程見たばかりのいい笑みが浮かんでいたからだ。
「――協力を持ちかけてきたのも、オークなんですって!」
「……はい? オークから街を取り戻すのにオークが手を貸すっていうんですか?」
支離滅裂な事を言い出した姫様の頭がいよいよ心配になったが、笑みを崩さない辺り冗談ではないらしい。
「なんでも街を襲ったオーク達は部族の意に反するならず者の集まりらしく、そんな身内の恥を
「有り難いって、そんな話を信じていいんですか?」
「勿論鵜呑みにしてはいませんよ。その為の私ですから」
どう聞いてもマッチポンプにしか思えないが、だからこそ真意を確かめる必要があるのだろう。
けれどそれは、姫様とオークの接触が避けられない事を意味していた。私としてはあまりよくない流れである。
「一体どんなお方なのでしょうね。オークの王と言うからには、さぞ逞しくて立派だと思っていますけども……!」
だから姫様のこの台詞も良くない意味に聞こえて……いや、コレはわざと言ってるな。うん。
「そのオークの王に会うのは分かりましたが、その方と二人きりになったりはしませんよね?」
「あくまで私はお兄様の付き添いになりますから、そうなるのは難しいと思いますが……もしかしてサーシャ、
「いえ
もしそんな事態になれば、どちらかが手を出してしまうなんて最悪もありえる。具体例には姫様の方からそういった事を言い出しかねない気がするので、それだけは何とか阻止しなければならない。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。そもそもサーシャも参加するのですし」
「……流石に他国の王との話し合いに
「あちらも護衛やら御付きやらで一人か二人は連れて来ますし、問題はないでしょう。きっと」
「そうですかね……?」
そして姫様は今回も私を巻き込む気マンマンのようだった。確かにその場に私がいればそんな最悪は回避出来るかもしれないが、如何せん場違い感が凄いと思う。
「そもそも先程の会談でも普通に口を挟んでいたではありませんですか。今更です今更」
「それは姫様がこちらに話を振ってきたり、余計な事を言いそうになるからです!」
思い出すだけで頭、というか胃が痛くなる具体例を出してくる姫様。皇帝夫妻の前で私がどれだけ言葉を選んであくせくしていたか知ってるだろうに……!
「ではオークの方たちとの会談でも同じ様に口が滑るかもしれませんよ? 友好な関係を築いた暁にはより親密な関係を、みたいな感じで」
「……それだけなら私から横槍を入れるような事にはならないような」
「そして最終的には互いに身体を許し合うセフr――」
「それ以上言ったら物理的に刺しに行きますからね?」
一国のトップとは思えない馬鹿な発言をする輩にはそれくらいできっとちょうどいいだろう。因みにどっちをとは言わないでおきます。
「というか、そこまでして私を連れて行きたいのですか? 最終的に断ったりはしませんが……」
「それでもギリギリまでは抵抗するでしょう? 今回はあくまでも命令ではなくあなたの意思で参加してもらった方が良いと思いましたから。――どうですか、サーシャ?」
一度言葉を切ってから、改めて姫様がその水色の瞳で見つめてくる。
その言い方に引っかかりを覚えなくもないが、今考えるべきはもっとシンプルだ。これから起こるであろうオーク達との一悶着で、主を一人にしていいのかという一点。故に私の答えは最初から決まっている。
「――分かりました、では私もその会談にお供させていただきます。なのでくれぐれも羽目を外し過ぎないようにしてくださいね?」
「ふふ、勿論です♡」
「その語尾がもう信用ならないんですけど……」
許諾した私の返事に満足そうな姫様に一抹の不安を覚えるが、決めてしまった以上は腹をくくるしかない。
そんな悪い予感が外れていない事を知るのは、そう遠くない未来の話なのだった。
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