第三皇女である姫様が国外に出るとなれば、相応の準備が必要となる。その一つとして出てきたのは、皇族専用に特注された馬車だった。
特殊な材質と魔法で堅牢さを確保しながらも、乗り込む人間の格に合わせるようにデザインを整えられているように見える。
「そんな馬車に何故私まで……?」
「あら、サーシャは不満なのですか? 私はあの時の事を思い出して少し楽しくなっているというのに」
「余計な事を思い出させないでくださいよ……」
困惑を隠せない私に対して、隣に座った姫様は楽しそうに笑っている。
何故今の私が姫様と同じ馬車に乗っているのかも分からないし、過去の私が例のオヤジにベタつかれている思い出でどうして姫様が笑顔になれるのかも分からなかった。いやそっちは何となく分かるけども。
「私は別に従者用の馬車で良かったのですけど、何故か同僚たちからも行って来いと言われますし……。姫様、何かしましたか?」
「私は何もしていませんよ? ですが世間では皇女が従者とデキている、だなんて根も葉もない噂も出回っているみたいですね。私は何もしていませんけど」
「あの時の噂まだ残ってたんですか!? 確かにその噂自体は姫様何もしてませんが……!」
因みにあの時とは私と姫様が奴隷になりかけた時の事だ。誘拐される直前に私と姫様が二人きりになろうとしていた、という完全なる誤解の噂なのだが、まさか同僚の間でも共有されているという事か。最悪か?
「――その噂なら私も聞いている。サーシャ、本当だったのか?」
「ロザリーまで何を言ってるんですか。そんな事あるわけないですからね?」
何気ない口調で尋ねてきたのは、私たちの対面に座っている姫様の護衛騎士ことロザリー・バリフラントだ。
姫様が外出するのなら当然ロザリーもその身を守るべく付いてくるし、今も同じ馬車に乗ってその金の魔剣と共にその役目を果たしている。なので私は別にいなくてもいいと思うんだ。
「もう、相変わらずサーシャは連れませんね。少しくらい乗ってくれてもいいではありませんか」
「上手いことを言った風に装っても駄目ですからね? そんなダンテス様みたいな噂で、将来の相手がいなくなったらどうするんですか」
「その時はサーシャに貰ってもらおうと思いますから問題ありません。……であればその為に今の噂を育てて根と葉をつけておくべきでしょうか?」
「その時は姫様ごと根絶やしにするので覚悟するように」
妙案を思いついたとばかりに顎に手を当てる姫様を叩こうか一瞬迷う。しかし今はロザリーもいるので止めておいた。
「……やはり仲がよろしいですね、姫様とサーシャは。噂もあながち間違っていないように見えます」
「ロザリーもそう思いますか? であれば根回しが上手くいってるようで何よりです」
「ロザリー、何故姫様に援護射撃をするんですか……」
そんなやり取りをみていたロザリーからまさかの利敵行為が飛んできた。ロザリーまで敵になると本当に手が回らなくなるので勘弁して欲しいのだが。
「しかし噂を抜きにしても、私が護る上でサーシャが姫様と共にいるのは好ましい。サーシャに何かあれば姫様が悲しむのは明白だからな」
「……コホン。しかしロザリー、分かっているとは思いますけど、有事の時は――」
「ああ。その時は姫様を第一に護る。その為に動く。それが私の役目だからな」
咳払いと共に念押ししたが、やはりそれは杞憂の類であるらしい。
まぁロザリーには直近の奴隷騒動の際に世話になったばかりだ。そこは信じていいだろう。
「ロザリー、此度も何が起こるか分かりません。故にあなたにも期待していますから、よろしくお願いしますね」
「勿論です、姫様。あの時のような失態は、二度とないと思っていただければ」
姫様からも言葉をかけられ、それを噛み締めるように目を閉じて誓いを立てるロザリー。その顔はどこか気負いすぎている気もしたが、あえて言及する事はしなかった。もとい、言及出来なかった。
――なぜなら、ズガンと重い轟音が馬車の中にいても聞こえてきたからだ。
「っ! ロザリー、今の音は?」
「爆弾音だが近くではない。音源の方向的に、恐らく街の奪還作戦が始まったんだ」
突如として響いたその音について、すぐに窓の外へと視線を投げたロザリーが特定する。その方向にあるのは、まさしく私たちの目的地である例の街だ。
「取り決めでは先にオーク達が攻撃を始めて、その後に私たち帝国が攻め込む流れでしたよね。随分と派手ですけどアレがそうなんですか?」
「恐らく街を囲う外壁を一部破壊したのでしょうね。誰がやったのか分かりやすいので、私はいいと思いますよ?」
なんだか遠回しにガサツと言っている気がしなくもないが、今のがオークの仕業によるものだというのはこの場の共通見解であるらしかった。
「であれば、この辺りで止まって戦いが終わるのを待ちましょう。これ以上近づいても戦火に巻き込まれるだけです」
「そうですね。攻略が無事に終わればお兄様からも連絡が来るでしょうし、別に無理をする必要はありませんね」
警戒を続けるロザリーからの提案を、姫様は難なく受け入れる。
そもそも私たちが移動していたのは、姫様の参加する会談の場所がその街だからだ。なんでそんな所でと思わなくもないが、未だ同盟すら結んでいないこの状況でオーク達を帝国に入れる訳にもいかないという事情があった。
しかし例の街を取り戻せれば、そこは一時的な中立地帯に出来る。なのでそれに合わせて移動を開始したのだが、やはりちょっと早すぎる気もした。
「このタイミングで来るように指示したのもアイザック様なのですか? 私としてはその狙いがイマイチ分からないのですが」
「きっとお兄様も早い所ケリをつけたいのだと思いますよ。今は王国の件もありますし、詰められる所は詰めるようにしているのではないかと」
「だからって、わざわざ姫様をこんな戦端ギリギリにまで呼ばなくてもいいでしょうに。この距離ではあの街から出てきたオークとかち合う可能性だってゼロでは――」
「――騎士ロザリー! 前方から接近する影あり! 恐らくオークかと!」
「……サーシャ。流石にそれはフラグが過ぎると思います」
「え、コレ私の所為なんですか?」
御者からの突然の報告に、馬車の内外が共に慌ただしくなる。
近づいてきているのが帝国に友好的なオークならそれは徒労に終わるが、生憎とその期待はすぐに裏切られる。
「奴ら、止まりません! 騎士ロザリー、迎撃許可を!」
「構わん、やれ! 姫様には指一本触れさせるな!」
「「「了解!」」」
ロザリーの命を受けた部下たちが動き出し、私たちを守らんと剣を抜く。そんな様子を窓から覗き見ていると、上司であるロザリーも馬車から降りようとしている所だった。
「私も部下に加勢して参ります。姫様とサーシャはここを動かないように」
「分かりました、お気をつけて」
姫様の返事を待たずに飛び出していったロザリーの背中を見送る。
当然、戦えない私と姫様はお留守番だ。そもそもオーク達の前に姫様を出すわけにはいかない。色んな意味で危険だし。
「では私たちも行きますよ、サーシャ」
「なんでうちの姫様はこうなんですか?」
だというのに姫様は、ロザリーの後を追わんとばかりに扉に手をかけていた。確かに先ほど承諾してはいなかったけども。
「流石にいいわけないですからね姫様。危険すぎますし、そもそも何をしに行くんですか?」
「そんなの、オークの皆さんに会いに行く以外にあるわけないじゃないですか☆」
「よし、
最近よく見るいい笑顔を中断させようと、私は懐に手を入れる。事前に作っておいたハリセンの使い所は今に違いない。
「別に私の欲望を満たす為ではありません。彼らの身体に興味があるだけですから」
「姫様。それだと意味変わってないんですけど」
「なら彼らと触れ合う……ではなく触れる為と言えば分かりますよね?」
「それは……」
ちょっと本音を隠しきれてない気もするが、笑みをしまった姫様の言う事は分かった。
つまりは姫様の力、
「それもアイザック様からの要請ですか」
「はい、そういう事です。なのでロザリーの邪魔にならないように近づきましょうか」
「……ロザリーにはご自身で説明してくださいね」
事情を察した私はせめてもの抵抗としてそんな事を言いながら、馬車から降りる姫様の後を追うのだった。
☆
女騎士とオークの組み合わせと聞くと、邪推する者も世の中にはいるかもしれない。
個人的偏見を言えば姫様もその一員でありそうなものだが、そちらの予想は覆される事になる。
「――はっ!」
「グワアアアッ!」
こっそり移動した私たちが見たのは、十数体のオークと戦うロザリーやその部下たちだ。
複数人のチームで一体のオークと戦う部下たちと違い、ロザリーはその俊敏さを活かしてオーク達を分断しつつ、同時に複数体のオークとやりあっていた。
「まぁ、ロザリーはそういう展開にはなりませんよね。強いですし」
「ですね……」
知ってたとばかりに呟く姫様に同意しながら、私はその蹂躙を目撃していた。
「ナ、ナンダコイツ……!?」
「タダノオンナジャナ――」
「――遅い」
混乱するオーク達の間を縫うは紫の雷光。目にも留まらぬ速さで駆け抜けながら、その手の魔剣でオーク達を死の縁へと追いやっていく。それは決して斬撃によるものだけではない。
「ガッ!? カラダ……シビレ……」
ロザリーが金色の剣を持つ手とは反対の手をオークに脇腹へと置いた瞬間、その巨体が震えて地に倒れ伏す。
同時に響いた雷鳴が、その身に雷鎚を走らせたのだと告げていた。
「彼らオークが私たち人間より屈強であっても、流石に電流への耐性までは持っていないでしょう。そういう防具もしていた所で、ロザリーなら容赦なくぶち抜くはずですし」
「ロザリーであれば万が一もない話でしたか。……でもいいですよね、電気系の能力者って」
「サーシャにはああいった強さへの憧れがあるのですか?」
「こんなファンタジーな世界に転生出来たのですから、剣や魔法での無双に憧れた時期位はありますよ。まぁ、どちらの才も私にはありませんでしたけど」
前世ではアニメの中でしか見られなかっただろうその戦いぶりを見ていると、思い出されたのはそんな至らぬ頃に足掻いた記憶だ。
前世の記憶を思い出す前から妙にそういった力に固執して、そのいずれにも届かなかったというありふれた過去。
しかしこうして本物を前にすると、自分もこうなれたかという問いの答えには困ってしまう。代わりにあるのはそれこそ羨望と諦めと、その他諸々である気がする。
「そういう所には
「姫様は戦いの場に出るような性格ではありませんからね。それこそ王国にはそんな感じの方もいますけれど」
「あの方もちょっと違うような気がしますが……あ、終わったようですね」
そんな雑談を交わしている内に、最後のオークが事切れて動きを止める。自分の分を倒し終えたロザリーが部下の戦いに参入してとどめを刺した所だったようだ。
「――総員、被害を報告しろ! ただし伏兵への警戒は怠るなよ!」
「「「はっ!」」」
「大丈夫ですよロザリー。周囲に敵の気配はもうありませんから」
「それでも気を抜くわけにはいかな――って姫様?! 何故ここにいるのですか!?」
戦闘直後なのにあまり息の上がっていないロザリーが、姫様の登場に大きく声を荒げる。すぐさま姫様の横にいた私へ非難の目を向けてきたので、私はサッと目を逸らした。ごめんなさい。
「言いつけを守らなくてごめんなさい。けれど少し彼らに用があるんです」
「姫様がこいつらに何の用が……って、姫様!?」
「ロザリーがちゃんと仕留めた所は見ていましたから。そんなに時間はかからないと思うので待っていてください」
ロザリーが制止するよりも早く、一体のオークの死体の傍で屈む姫様。
その白い手を巨体へと置いた瞬間、まさしくそのオークの死に際を再現するかのように、姫様の身体がビクリと震えた。
「んっ……! 予想はしていましたが、やはりビリビリきますね……!」
「大丈夫ですか姫様!? もしやまだ電流が残っていたのですか……!?」
「いえ、残っていたのは思念と、いいますか……!」
刺激に顔をしかめる姫様に慌てふためくロザリーだが、彼女は姫様の力を詳しく知らない。
故に姫様が触れた瞬間に伝わった記憶が、その死体に残っていた直近のモノ、すなわち死の記憶であると知らないのだ。
「姫様、あまり刺激が強いようなら無理は為さらない方が……」
「いやっ……大丈夫ですっ……! ちょっと癖になってきたので……イケますっ……!」
「よし、無理をしてでも早急に終わらせてください姫様。あとそっちにはイかないでくださいね絶対に」
ビクンビクンと身を震わせる主の姿に覚える危機感。今度はどんなプレイに目覚めようというのかこの姫様は。
「サーシャ、姫様はこのままでいいのか? 力を使っているのは分かるが、マトモな様子には見えないぞ」
「こればかりはどうしようもないかと。意識はハッキリしているので、このまま見守るしかありませんね」
元からマトモじゃない姫様を心配するロザリーだが、生憎と私にも出来る事はない。
手を置いて目を瞑った姫様は、オークの記憶の中から目的のモノを探り当てようと集中しているのだろう。
しかし死亡直後は死因に関する記憶が読み取りの邪魔をするものらしい。その上で時間はかからないと言ったのであれば、私たちはそれを信じる他ない。
「とりあえず他の者たちには周囲の警戒を徹底させてください。この状態の姫様は無防備ですからね」
「それならもうさせている。それに今襲われたとしても、私がいれば守りきれると断言しよう」
ロザリーの頼もしい言葉を聞いて少し安心する。
よかった、今の興奮しきった姫様を他の者に見られてなくて。
「んんっ……! ふぅ……ふぅ…………終わり、ました……!」
「姫様、こちらのタオルを使ってください。酷く汗をかいておられるので」
「そんなお姿になってまで、姫様は務めを果たそうとするなんて……!」
近くにあったオーク達の遺体に幾つか触れてから少しした所で、姫様の仕事が終わったらしい。あらかじめ用意しておいたタオルで、へたり込む姫様の顔が見えないようにする。
多分力を使っている内に色々見て感じて興奮して達しかけた皇女とか、決してロザリーには見せてはいけないからだ。
「凄いです、凄かったですよサーシャ……! やはり彼らは、私たちの思い描いていたオークでした……!」
「姫様、アイザック様に言われたから見たんですよね? ホントに私利私欲だけで動いてないですよね?」
「仕事の中に自分なりの楽しみを見出した上でキッチリこなすのが、一流というものですよ?」
「やっぱりキッチリ楽しんだんじゃないですか!」
汗によってテカって見える姫様の笑顔が腹立たしい。死の記憶でまた混乱するんじゃと心配した私の気苦労はなんだったのか。
「お兄様に言われた事の確認も出来ましたし、死の記憶についてもコレくらいなら問題はないと分かりました。後は街の奪還が終わるのを待ちましょう」
「お疲れ様でした、姫様。すぐに馬車を戻すので、暫しここでお待ち下さい」
ロザリーより荒れていた息を整え終えた姫様が、すまし顔で立ち上がる。それを見たロザリーが、安全確保の為に馬車を呼ぼうと動き出した。
「ところで姫様。わざわざオークに触れてまで何を確かめていたんですか?」
「んー、この場で言うのはちょっと憚られるような事なんですよね。オークの王と会う前に欲しかった情報ではあるんですけど」
その隙に気になっていた事をダメ元で聞いてみたが、返ってきたのは姫様にしては珍しい困り顔だった。
「心配せずとも、いずれはサーシャにも話します。きっと必要になる時が来ますから」
「え? それはどういう……」
「――姫様、馬車が来ました。サーシャも乗ってください」
不思議が増える私だが、それについて尋ねるよりもロザリーが呼び戻した馬車に乗車を促す方が早かった。
街の奪還が完了したという知らせが届いたのは、そのすぐ後の事だった。
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