帝国に程近い街、ケプト。今回オーク達に襲われ、そしてオーク達の協力を経て取り戻したその街の中に、私たちを乗せた馬車の姿があった。
「……予想はしていましたが、痛々しいですね」
「数日とはいえ彼らに占拠されていたのです。その間に何が行われていたのかは推して知るべしでしょう」
街灯や道の舗装、その他建造物に見られる破壊の跡に私は目を細めていた。馬車の窓から同じ光景を見ている姫様も、その心中は同じなのだろう。
「私は力があるのでより鮮明に分かってしまいますが、流石に楽しんでいいものではありませんね」
「そもそも楽しめるものではないと思いますけど、今はその判断が正解かと」
いつも通りではあるが、姫様の表情も今回ばかりは沈痛なモノになっている。加害者であるオーク達だけでなく、被害者である無辜の民の記憶も力で読み取れるとなれば、その反応も納得だ。
「やはり現場で直に触れる記憶は、数も質も王城でのそれとは違いますね……」
「姫様、お辛いようなら手袋をされてもいいのですよ?」
「あれはあれで違和感があるので最終手段という事で。この馬車の中にいればある程度は軽減されますから…………あら?」
「どうかなされましたか?」
言葉の途中で首の向きを変えた姫様は、何かに気づいたようだ。その水色の瞳は窓の外へと向けられている。
「助けを求める声が聞こえました。ちょっと降りますね」
「え、姫様? 助けとは一体誰の事ですか?!」
突然馬車を止めて降りる姫様。私は驚きながらも後を追うと、その足取りは崩れた民家へと向かっていた。
「こちらの家にまだ残されている子供がいます。早く助けてあげてください」
「は、はい! ただちに!」
近くにいた兵士に声をかけて、その声が聞こえたのだろう民家の瓦礫をどかすように指示する。
姫様の行動としては珍しい……と言う事はない。特異な力がある変人ではあっても、皇女の名に相応しい善性を有してはいるのだから。
「急に飛び出すのは止めてください姫様。取り戻した街とはいえ、どこから狙われるとも限らないのですから」
「私からもお願いです。必ず守りますが、やはり不意を突かれるのは苦手なので」
「むぅ……分かりました。ですが今回は人助けなのですから、大目に見てください」
しかし追いついてきた私とロザリーからのお小言には不満げな姫様だった。これでも立場や状況を理解した上で動いているはずだから甘めではあるのだけども。
「皇女様! 瓦礫の隙間から逃げ遅れた子供を発見し、救出致しました!」
「ありがとうございます。手遅れになる前なら良かったです」
「その子が姫様の聞いた声の持ち主ですか? 目立つ怪我はないようですが……」
姫様の命を見事遂行した兵士が戻ってくると、その傍に黒髪の男の子を連れていた。オークの脅威や瓦礫による不自由から救われたはずの少年は、されど浮かない顔だった。
「……あいつらは、もういないの……?」
「はい。私たちの仲間が力を合わせて撃退したので、もう襲われる心配はありませんよ。だからあなたは――」
「お母さんは、お父さんはどこ?」
もう大丈夫と言いかけた姫様を遮る様に、男の子は周囲の大人に問いかける。縋るような目を見て私たちの内に浮かんだのは迷い、或いは痛ましさだ。
恐らくここにその答えを持つ者はいない。それが誰でどこにいるのか分からないのもあるが、オークに侵攻されて離れ離れになった時点でその末路はきっと明るくない。故に答える者はいなかった。――彼女以外は。
「ごめんなさい。それは私には分かりません」
「え……?」
謝罪を口にしながらも抱き締めてくる皇女に、男の子はただ困惑の声を上げた。
「少なくとも私の知る限りでは近くにいません。連れ去られたのか逃げたのか、そもそも生きているのか。今の段階では何とも言えません」
「そ、そんな……」
姫様の腕に抱かれながら聞かされる希望のない話に男の子の顔が曇っていく。決して慰めを口にしない姫様に、男の子はなお縋る様に問いかけた。
「なんでぼくは助かったのに、お母さんとお父さんはいないの? なんでふたりも助けてくれてないの? なんで……?」
「なんででしょうね。それも私には分かりません。何が悪くて何が良いのか、私から言えることはないのです」
訴えかける男の子の姿に、周囲の大人たちが拳を握る。
それは侵略者への怒りでもあり、こんな子供を救えない事への悲しみであり、それを姫様に受け止めさせてしまった事への無力感。
けれどそれらを全て置き去りにして言葉を紡ぐのは、やはり彼女しかいなかった。
「それでも今、あなたは生きています。私が感じているあなたの胸の鼓動は決して嘘ではありません。それだけは保証できます」
「ぼくの、鼓動……」
「まずはそれを意識してください。それで落ち着いてから、休んでから次の事を始めましょう。その為の時間を与える為に私たちは来たのですから」
「でも、でも……!」
「家族と再会する為には、まずあなたが生きていないといけませんからね? だから生きていてよかったと、今はそう言わせてください」
「うう、うう…………っ!」
その先は言葉にならなかった。男の子は姫様の胸の中でただ泣きじゃくっていた。その涙に少しでも生存への喜びがあればいいと、思わずにはいられなかった。
☆
「あなたの両親はこちらでも探してみます。他の方もいるので優先や確約は出来ませんが、ちゃんと待っていてくださいね」
「う、うん……!」
少し経ってから顔をぬぐった男の子の返事に、姫様は満足そうに頷いた。そのまま頭に手を置いて、撫でながら姫様は付け加えた。
「それと急に抱き締めてしまってごめんなさいね。少々力を入れ過ぎてしまっていませんでしたか?」
「い、いや! 大丈夫でした!」
「それなら良かったです。でも私一応皇女なので、他の方には秘密にしてくださいね?」
「…………え、えええ!?」
そして最後にいたずらっ子のような笑みでフィニッシュだ。顔を赤くしたばかりの男の子が更に混乱の渦に落とされたみたいだが、もしやわざとかあの皇女。
「姫様、深入りしすぎじゃないですか?」
「そんな事はありませんよ。偶々救う事が出来そうな命を救っただけですから」
「それくらいなら今までも何度かありましたけど、ハグまでしたのはやりすぎではと」
他の兵士に保護されていく男の子は、離れていく私たちを今も目で追っている。具体的には先ほどまで抱きついてきていた姫様を。あの視線には感謝以外の感情も含まれている気がしてならないのだ。
「言っておきますが、無駄なことは何一つしていません。ああしてあの子の脳を焼かなければ、きっと遠くない未来にその灯を散らしていたでしょうから」
「人助けの為なら手段を選ばなくていいわけじゃないですからね?」
何の根拠があるのかは分からないが、だからって弱っている所を刺すような真似はどうかと思う。それはそれで生きる希望になってしまったみたいなので、強く非難する事も出来ないのだが。
「結局の所、私はあの子の救いにはなれません。であればせめて気付いてしまった者の務めとして、身を貸したまでの事です。別に減るものでもありませんし」
「本人がそれを言うのはどうなんですか……?」
「聞いてきたのはサーシャじゃないですか」
「む、むぅ」
その物言いに言いたい事はそれなりにあるが、されどこの行いが善意からくる物である事実は変わらない。であればこれ以上は藪蛇かと悟った私は、口を噤むしかなかった。
「姫様、そろそろアイザック様の元へ向かいましょう。まだ時間はありますが、全ての者を救うには足りないのではと」
「分かりました。ではこの辺りで同じように助けを求める方たちの場所を教えるので、後はお願いしますね」
「は、はい、承知しました!」
スケジュール的にも安全確保の為にも馬車に戻る事を進言したロザリーは、その提案に再び目を見開く。姫様の力を知ってる私でさえ、その知覚範囲に驚いていた。
別に透視などをしているわけではない。ただ触れている周囲の空気から何が起こったか、そこから今はどうしているかを読み取っているのだろう。しかし私が知るより更に広範囲でそれをしているような気がする。
「姫様、もしかして成長しました? 無論スリーサイズの話ではなく」
「あら、先手を打ってくるなんてサーシャも成長してますね。でも胸回りがキツくなってきたのも事実ではあります」
「何故後手に回った上で刺してくるんですか?」
先ほど幼気な少年を落とすのに使った己の武器に手を置く姫様。絶対にそっちの話をしてくると思ったから先制したのに、そう返されてはもはや打つ手無しではなかろうか。
「では素直に答えると、サーシャの言う通りです。恐らくあなたの記憶からお目当てを探し当てようとする事で、力の制御が上手くなったのだと思います」
「やっぱり私の所為ではあるんですね……」
漫画で見るような修行パートが同人誌漁りで消費されているらしい。まぁ荒事で無理矢理とかではないだけマシかもしれないが、それでいいのかこの世界。
「でも力が成長したのなら、姫様が受け取る情報量がまた増えたという事ですよね。大丈夫なのですか?」
「最初にも言いましたが、限界を迎えそうなら手袋もありますから。そこまで心配はいりませんよ」
私の懸念を払拭するように言う姫様。確かにその顔には余裕があるが、だからこその違和感が私にはあった。やはり暫くは目を離すべきではないかもしれない。
「それに力が伸びた事で出来る事も増えました。擬似的ではありますが、人の接近を感じ取れるんです」
考えにふけようとしていた私の目が、姫様の向いた方向に誘導される。その先に見えたのは、黒い馬に乗ってやってくる白銀の鎧を纏った男だった。
「――ここにいたか、
「はい、遅れながら到着致しました。
私たちの前で馬から降りてきたのはこの世で姫様を呼び捨てに出来る数少ない内の一人であり、そして姫様をこの場に呼びつけた元凶でもあった。
彼こそが帝国第一皇子であるアイザック・グラン・オベイルその人だ。次期皇帝と謳われる、姫様の実の兄である。長身で金髪のイケメンだが、やはり目が怖い。
「別に遅れてはいない。そしてお前が無事であるのなら、会談までどこで何をしていようと問題はない」
「あら、それでしたらお兄様は何故ここに? 会談の前に話す事でもあるのかと思いましたが」
「偶々近くに来たので寄ったまでだ。それ以上の意味はない。そもそもお前とは話す必要すらあるまいに」
「それを言ったらおしまいじゃないですか、お兄様。でもまぁ、そういう事にしてあげます」
ニコリと微笑みながらの姫様と、一切表情を動かさないアイザック様は実に対照的だ。一応妹を心配して来たように思えるが、にしてはデレの要素が欠片もない。姫様なら彼の内心まで分かるのだろうが、その割には妙な緊張感が場にあった。
「ではお兄様、敵対したオーク達の掃討は終わったのですね?」
「ああ、そちらの方は既に片が付いている。今は会談までの時間で被害の確認と負傷者の保護を行っていた。お前と同じようにな」
「であれば一つ頼みがあります。こちらで先ほど保護した子供の親を探してあげてください。■■■■という名前だそうです」
「■■■■と言ったか。その名前の人物なら既にリストアップ済みだ」
どうやらアイザック様も会談まではこの崩れた街の中を奔走していたらしい。しかも既にあの少年の両親も見つけた後と来た。妙な因果を感じるというか、やはり兄妹というべきなのだろうか。
「二人とも此方で死亡を確認している。すぐにその子供に伝えるとしよう」
「待ってくださいお兄様。仕事が早いのは素晴らしいですがちょっと待ってください」
そしてしれっと爆弾発言をしたアイザック様を慌てて止める姫様。あの姫様を振り回す辺りに血の繋がりを感じなくもないが、その発言は捨て置けない。
「何故止める。その子供は親の現状を知りたいはずだ。それが判明したのなら、いち早く伝えるべきだろう」
「それはそうかもしれませんが、先ほど私が希望を仄めかしたばかりなんです。その直後に現実を突きつけるのはあまりに酷ですよ」
アイザック様の正しいだけの言葉に反論する姫様だが、その言い方だと姫様もあの時点で両親の末路を知ってた事にならないだろうか。やはり兄妹だこの二人。
「であればお前から伝えるといい。情報は後で渡そう」
「そうさせて貰えると助かりますけど……相変わらずですね、お兄様」
「ユリカ王女との会談から自身に変化はないと認識しているが、お前には変わったように見えるのか」
「そういう事ではなくてですね……。もう、キーナ姉さまの事が心配になってきました」
アイザック様は何故姫様からジト目を向けられているのか分かっていないらしい。つい先日決まったばかりの婚約者を姫様が案じるのも無理のない話だった。
「キーナなら王城で待つように告げてある。オーク達のいるこの街に連れてくるよりは安全だと思うが」
「身の危険はないかもしれませんが、帰りを信じて待つというのも存外不安になるものですよお兄様。その辺り、ちゃんとフォローしましたか?」
「お前のいうフォローが何かは知らないが、この問題が片付いたら大事な話があると言ってからこの場に来ている。キーナならそれで俺が必ず戻ると分かるだろう」
「…………だと、いいですね……」
問題ないとばかりに答えるアイザック様に、姫様の目が死んだ魚のそれになる。
大丈夫かなキーナ様。今ごろ婚約者の立てた死亡フラグに震えてたらどうしよう。
「さて、このまま街を見て回るのもいいが、会談の時間と場所は間違えるなよ。ではまた後で会おう」
「分かりました、お兄様も気をつけてください」
それで話に区切りがついたとみたアイザック様は、あの子の両親の情報と会談の詳細を姫様に伝えると、再び馬に跨って移動していった。会談ギリギリまでやる事がある辺り、やはり第一皇子は多忙であるようだ。
「全く、お兄様にも困ったものです。ノンデリなのは仕方がないとしても、せめてキーナ姉さまには気を遣うべきでしょうに」
「アイザック様も悪気があるわけではないですし、むしろ本人はソレが良かれと思っていますから……」
「だから悪いという話なのですけど、何故サーシャはお兄様の肩を持つのですか?」
「…………あれっ?」
先ほどまでアイザック様に向けられていたはずのジト目で、私はようやく自分の言動に疑問を抱く。
何となくそんな感じかなと思って口にしていたけども、これは一体どういう事だろう。
「……まぁ、ひとまず今は何もいいません。あと少しだけ街を回ったら、私たちも会談場所に向かうことにしましょう。ロザリーもそれでいいですか?」
「アイザック様とも会えましたし、私としても異論はありません」
私が首をひねっている間に、ロザリーも姫様に従う事にしたようだ。移動の目的であったアイザック様との話も終わった以上、後は会談まで付きっきりで守ればいいと思ったのかもしれない。
「それで結局、あの子に両親の事を伝えるのはどうしますか? それくらいの時間もあるとは思いますが」
「お兄様にも言いましたが、やはりまだ伝えるには時期尚早かと。せめてこの会談が終わってからに致しましょう」
最後にそれだけを告げてロザリーと共に馬車へと向かう姫様からは、確かにアイザック様よりも人の心を感じる。
「冷血皇子、でしたか。あれがそう言われる由縁なんですかね……?」
故に思い出したのは巷で囁かれる第一皇子への世評だ。この場での言動だけでも分からなくもない二つ名だが、先ほど共感してしまったのもあって、どうも違和感を拭いきれない私なのだった。
閲覧、感想、評価ありがとうございます!
増える数字で生き繋ぐ日々です!
次回からやっと会談が始まります。よろしくお願いします。