■■になりたい皇女さま!   作:棚木 千波

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#2 奴隷として買われたい皇女さま

 

 意識が戻ると、私は牢屋の中にいた。

 

「っ! 姫様、お怪我はありませんか?」

 

「んっ……。サー、シャ?」

 

 覚醒してすぐさま周囲を確認すると、傍に姫様が横たわっていた。ぱっと見で分かるような外傷もなく、声をかけてすぐに目を覚ましたのもあって、ひとまずは無事なようだった。

 

「……裸、じゃないんですね。身体の違和感もご主人様になりそうな殿方もいないし、何事もされなかったのね……」

 

「なるほど、頭もおかしいままですか。本当に攫われただけなようで何よりです」

 

 何やら服の下を確認している姫様を見て通常運転である事を確信する。もしこれで怯えだしたりしたら、いよいよシリアスの始まりだった。

 

「しかしそれなら尚の事狙いが分かりませんね。皇女を誘拐したというには扱いが雑すぎます。一体どこの誰が今回の計画を……」

 

「いいえサーシャ。これは単に売りに出す奴隷として攫われただけです。恐らく私が皇女だとは思っていないのでしょう。だからこうして簡単な拘束具しか用意されていないというわけなのです」

 

「奴隷? そんな、まさか」

 

 両腕を持ち上げると、その手首に板状の拘束具が付けられているのが分かる。加えて片足にだけ鎖で重りが繋がれており、身代金目当ての人質というよりは確かにこの場に繋ぎ止める事だけを目的としているように見えた。

 そしてなるほど、売りに出される奴隷か……。

 

「姫様。とうとうやりましたか?」

 

「違います。……いつもは私が言われる側だったから、少し新鮮ですね」

 

 マッチポンプかと思ったが意外にも姫様は犯人ではないらしい。この時点で何かが間違っているような気がするが、ひとまず疑った事を謝ろう。

 

「申し訳ありません、私も気が動転していたようです。そうですよね、いくら姫様と言えども自ら身売りするなどあり得ませんでしたか」

 

「はい、それが叶うならとっくの昔に実行していますから。全く、優秀な従者を持つと困ってしまいますね」

 

 ニコニコとして流れる和やかな雰囲気。互いに敵が誰か再確認出来た所で、そろそろ本題に戻るとしよう。

 

「確認ですが、売るための奴隷として攫われたというのは姫様の力からの推察ですか?」

 

「はい。気を失う前に触れることが出来たので、その時に」

 

 当然とばかりに頷く姫様の力とは心理解読(サイコメトリー)の事だ。人やモノに触れると記憶を読み取ることが出来る力であり、今回は既に実行済みだったらしい。実に頼もしい事だ。

 

「この場所の残留思念からも間違いないと思います。ここに来た者はいずれ、商品として売られてしまう運命にあるようです。怖いですね、とっても」

 

「姫様、せめて笑顔を隠してから言ってください」

 

 ここに来てから姫様は絶好調だ。状況把握役としても、シチュエーションとしても滾るものがあるのだろう。

 

「であればあまり時間はなさそうですね。一応聞きますが、これからどうなさいますか?」

 

「決まっています、二人で一緒に奴隷になりましょう。少々意外な形ではありますが、私としては全然アリです」

 

「そうですね、何とか脱出を目指していきましょう。この拘束を解く方法があればいいのですが……」

 

「ねぇサーシャ。会話する気がないなら聞かなくてもよかったんじゃないかしら?」

 

 頬を膨らませる姫様のことは一旦スルーする。

 弁解するなら私だって人の子だ。こんな状況なら奇跡に縋ったっていいじゃないか。まぁその奇跡は起きなかったわけだが。

 

「前向きな話をするのなら、大人しく助けを待つ案ですね。あれからどれだけ経っているかは分かりませんが、姫様がいなくなった事が周知されればすぐに捜索隊が組まれるはずですから」

 

 こうして話しているとよく忘れそうになるが、姫様はこの国の第三皇女にあたる大物だ。そんな人物が急に消えたとなればそれこそ騒ぎになるだろう。そうなれば国外にでも出ていない限り、遅かれ早かれ救いの手が来るはずだ。私がそこまでシリアスになれない理由もそこにあった。

 

「あー……。えっと、その、サーシャ? 怒らないで聞いて欲しい事があるんですけど」

 

「……いいでしょう。なんですか?」

 

「多分だけど、助けは来ないと思います」

 

 楽観的だったらしい私へ気まずそうに告げる姫様。まだだ、まだシリアスになる必要はない。

 

「今日、本当ならお客としてここの奴隷市場に来るつもりだったでしょう? だからその間は余計な邪魔が入らないように、護衛の二人には口裏を合わせてもらっていて……」

 

「……つまり、多少姿が見えなくても騒ぎにはならないと、そういう事ですか?」

 

「うん。もしかしたら朝帰りになるかもしれないし、それくらいまでは誤魔化しておいてねって」

 

「正直に言ってくださり、ありがとうございます姫様……」

 

 どうやら私は舐めていたようだ。今の状況と、目の前のこの方を。

 護衛のロザリーがいない日を狙うだけでは飽き足らず、周囲への根回しまで済ませているとは思わなかった。あと皇女と朝帰りの組み合わせで違和感を抱けよ護衛の二人。後で減給してやる。

 

「……ちょっと待ってください。私も今日のお二人には遠巻きに護衛するよう頼んでいたのですが。先に姫様が伝えていたのなら、私の要請はもしかして」

 

「あらそうなのですか? ならきっと、今日は貴女もそのつもりだったと二人は受け取るんじゃないかしら?」

 

 最悪だ。それなら朝帰りを匂わせる皇女と二人きりにさせてくれと言ったようなものじゃないか。どんな勘違いをされているか考えるだけで頭が痛くなってきた。いっそ姫様の言う通り奴隷になった方がひょっとしてマシなのでは……?

 

「……いえ、今はここから出る方法を考える方が先ですね。一旦忘れましょう」

 

「あ、持ち直しましたね」

 

 唸るのを止め、改めて周囲を見渡す。助けが来ないのならなおのこと動かなくてはならない。

 もしこれがゲームなら脱出のためのアイテムが落ちていたりするが、残念ながら今は非情な現実らしい。使えそうなものは一切なく、ただ無機質な石床と鉄格子があるだけだ。

 

「因みに姫様、動けそうですか?」

 

「ごめんなさい、少し厳しそうです。歩くくらいなら出来ますが、恐らく激しい運動は出来ないでしょうね」

 

 お互いに立ち上がるが、繋がれた重りの所為で思うように動けない。手足どちらの拘束具も見た所そこまで複雑な鍵ではないが、如何せん道具がなければ何も出来ない。つまりは打つ手なしだ。

 

「あれ、もしかして結構シリアスな感じですか、今」

 

「きっとこのまま為す術なく、奴隷としての第二の生が始まってしまうのですね……。大丈夫ですサーシャ。私たちは、最後まで一緒ですから」

 

 おかしい。このままだと奴隷一直線なのだが、姫様の所為でそう感じない。悲観的になっていないのは素晴らしいのだが、こんな調子で本当にいいんだろうか。いや良くない。

 

 それでも諦めずに鉄格子を掴んだりしていると、急に牢の向こうにあるドアが開く音がした。

 同時に感じる嫌な予感。いよいよ本格的にシリアスが始まる、そんな空気だった。

 

「……ふぅん? お前らが新しく仕入れた今回の目玉商品か。なかなか悪くないじゃねえか」

 

「っ……!」

 

 唐突に私たちの牢屋の前にやってきたのは、眼帯をした毛深い男。コイツがここの責任者なのだろうか。

 咄嗟に姫様の前に立って庇うような位置取りをする私を見て、男は愉快そうに笑った。

 

「おうおう健気な事だ。どうせすぐに引き裂かれて玩具にされるってのに。見た感じメイドみたいだが、いつまでその姿勢を保てるかねぇ?」

 

「……姫様、私の背から出ないでください。絶対に」

 

 ニヤニヤと笑う視線を遮るように私は一歩足を動かす。私はどうなっても構わない。けれど守らなければならない一線がある。今はその一心で緊張が走っていた。

 

「……ああ、いかにもな殿方です……! こういうお方に、私は身を捧げることになるのですね……!」

 

 背中で変な事呟いてる我が主を絶対この男に見せてはならない。見られたら威厳とか世間体とかそういった大事なものが終わってしまうから……!

 

「本当なら更にとんでもない目玉がいたんだが、急にいなくなっちまってな。それでもこんな上玉を見つけて来るなんて、あいつらも中々やるじゃねえか。少しくらい味見させてもよかったかもしれないな」

 

「え、もしかして可能性はあったのですか?! どうして、どうしてその時にやってくれなかったんですかっ……!」

 

「姫様、お願いですから黙って下さい……!」

 

 冷や汗が止まらない。筋肉隆々でいかつい目の前の男の圧よりも、後ろで爆発しそうになってるバカ主の方が気になって仕方がない。あと手を出さないでくれて本当にありがとうございます。

 

「だが、やっぱり後ろの女だけで良さそうだな? 強気な奴を壊したいお客様もいるにはいるが、やっぱり人気があるのは弱そうな奴なんだ。その点後ろの嬢ちゃんは完璧だな。ベッドの上でもそうやって震えていればさぞ盛り上がってくれるだろうさ」

 

「サーシャ聞きました?! 今完璧って、私そういったのに向いてるって! やっぱり私の望むモノはそこにあったのですね……!」

 

 もう差し出しちゃおうかなコイツ。なんで私、必死になって庇ってるんだっけ。……そうだ、私って皇女さまの従者だった。じゃあ見捨てるわけにはいかないな……。

 一瞬鎮火しかけた忠誠心はどうにか再点火出来たが、この場を切り抜ける策は依然としてない。

 私や姫様の細腕では二人がかりでも目の前の男には力負けするだろう。けれどこの男が来た時点で売りに出されるまでもう時間がないのもまた明白だ。一か八かに賭けるべきか、決断が出来ないでいた。

 

「……ん? その桃色の髪、それにその顔、どこかで見覚えがあるような……。どこだったか……?」

 

 ゆっくりと伸ばしていた眼帯男の手が止まる。

 攫われた時にフードは外されており、既に顔が分かる距離まで近付かれている。そこで初めて気付いたのか、眼帯男が思案顔へと変わった。

 

 この場にいるのが第三皇女スレヴィアであると告げるべきか? しかしそれで解放されるとは思えないし、更に扱いが酷くなるかもしれない。けれどこのままではバレるのも時間の問題だろう。一体どうすれば――

 

「こ、怖いよ、お姉ちゃん……!」

 

「「?!」」

 

 から回る私の思考を、姫様の突然のハグがぶった切った。しかも今、変な台詞もセットじゃなかったか。目の前の眼帯男も私と同じ位には驚き、目を見開いている。

 

「やだ、レイはお姉ちゃんと離れたくないよ! 一緒がいい、怖いもん……!」

 

「……レ、レイ……」

 

 いつもより更に高く、幼い声と共に縋り付く姫様を見て何となく考えは分かった。身分を隠し、私と姉妹であるという設定で乗り切るつもりらしい。なんで?

 

「なんだ、お前さん達姉妹だったのか。姉の方がメイドの真似事とは泣かせるじゃねえの」

 

「おじさん、私を連れて行くならお姉ちゃんも一緒にして! 私を一人にしないで!」

 

「おうおう、そういう事ならご期待に添えるようにしてやるよ。姉妹丼、だったか? 世の中は色んな嗜好の奴がいるらしいからな。これはこれでアリだろう」

 

 そしてまさかの効果ありだ。面食らっていた眼帯男もすっかり信じた様子で、何ならちょっと優しく見えてきたまである。

 

「そうだよな、まさか噂に聞く皇女なわけないよな。ピンクの髪なんてあのお方くらいしか知らないが、最近は偽物もいるって話だし、これも他人の空似だわな」

 

「え、今なんて?」

 

 背を向けてボソリと聞き流せない事を言う眼帯男。もしかしてこれ、素直に素性をバラしていれば何とかなったのでは――

 

「ならお二人さん、そろそろ俺と一緒に来てもらおうか。言っとくが、くれぐれも暴れたりはしないでくれよ? これから華々しい門出になるんだ、俺達としても手荒な真似はしたくないんでな」

 

 けれど時は既に遅し。牢を開けて出るように促すその目は一つだけとはいえ、抵抗はするなと告げていた。やはり、今はまだ大人しく従うしかないようだ。

 

 けれど私は諦めない。いよいよ競りにかけられるらしいが、まだ脱出の機会はあるはずだ。こんな所で奴隷墜ちだなんて絶対に認めるものか。

 

「あと少しですね、お姉ちゃん?」

 

 ――絶対にこのバカ主を連れてここから出るんだ……!

 

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