Re.ありふれない錬成師で最高最善の魔王、世界最強を超越する   作:オリエピのエミュ力皆無マン

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お待たせ致しました、これにて第7章は終わりです。次回より第8章、樹海迷宮編に入ります。
ここからはオリジナル展開がより増えてきますので、筆の進みが遅くなる可能性がございますので、どうかご了承ください。

追記:六課さん、誤字報告ありがとうございました!


サイド-Ⅴ:コノ想いを信じて

 

ガタゴト……

 

???「シモン様。いい加減に往生際が悪いですよ。」

???「そうは言うてものぅ。あぁ、憂鬱じゃあ。王都になんぞ行きとうない。」

お尻に優しくない振動が続く馬車の中で、1人の老人がこれみよがしに溜息を吐いていた。

同乗する女性が顔を顰めると、老人はチラリと女性へ視線を向ける。

アンカジへの道中、何度も行われたやり取りに、女性の堪忍袋の緒は遂に切れた。

 

???「あぁ、もうっ、鬱陶しい!御祖父様!いい加減にして下さい!

出発した頃なら兎も角、午後には王都に到着するのですよ!

何時までグチグチグチグチと文句を垂れているんですか!

それでも"新生"聖教教会の司教様ですか!」

シモン「だって……。」

???「可愛くないですから!ジジイが指咥えても引くだけですから!」

 

指を咥えて可愛い子ぶる老人――シモンの手を、女性がペシッと叩き落とした。

そして、わざとらしく痛がるこの老人こそ、ハジメが新たに設立した"新生"聖教教会

――"聖剣の女神の信仰を取り戻そうの会"の司教。本名をシモン・リベラール。

白髪に翡翠の瞳、そして浅黒い肌をしている御年76の老人だ。

 

シモン「お~い、行者さんや。孫娘が虐めるんじゃ!助けておくれ!」

???「何時も通り無視して下さいね!ジジイの戯言ですから!」

行者は心得たもので「は、は~い。」と遠慮がちに返事をする。

最近の若者は老人に優しくないと、今度はめそめそし出すシモン。

 

同乗するシモンの孫娘――シビル・リベラール(18)は、そんなシモンに向けて、露骨にイラッとした表情を浮かべた。

金髪に翡翠の瞳、褐色の肌を持つ大層な美人なのだが……その分、苛立った時の表情は迫力がある。

とはいえ、シビルもまた聖職者を目指す者であり、基本は穏やかな性格だ。

彼女を怒らせるのは、大抵、祖父たるシモンである。

 

シモン「戯言位吐きとうなるわい。

リリアーナ殿下の手紙の内容に加えて、新たに即位した国王陛下からの勅命の内容が……

うぅ、吐血しそうじゃ。」

シビル「まぁ、気持ちは分かります。私も当時、ショックのあまり寝込んでしまいましたし……。

そもそも、どうして左遷されて辺境に飛ばされた御爺様を……?」

シモン「リリアーナ姫が幼少の砌(みぎり)、まだ本山を追放される前は、要御話し相手をさせて貰ったからのぅ。

覚えていてくださったんじゃろう。とはいえ……。」

シビル「……はい。未だに、現実を直視出来ないと言うか、したくないというか……。」

 

王国から緊急の連絡が入ったのは2日程前。何事かと問えば、使者は一通の手紙――王女直筆の物をシモンへ手渡した。

確かに、嘗てシモンは総本山の司教の地位にあり、当時はリリアーナと接点があった。

とはいえ、うっかり亜人差別に異を唱えてしまって、【グリューエン大火山】の北方にある小さな町の司祭へと追放されてしまったのは、もう10年は前の事。

 

のらりくらりと弁明した為異端は免れたものの、異質な価値観を持つ彼が王族と関りを持てる訳も無く、追放以来、リリアーナとは顔も合わせていない。

そんな彼であるから、王女直筆の手紙には息子家族共々死ぬ程驚いた。しかも、その手紙の内容がまた凄まじい。

 

――国家を混乱に陥れた"王都事変"主犯の教皇を含めた教会上層部並びにその血族の処刑と、新政権発足につき、聖教教会を一時解体・新体制の構築の為、新教皇を擁立する。

 

一体何があった!?と、一家揃ってツッコミを入れたものだ。

使者が、王族の使者である証明印を持ち出し、真実であると証明しなければ間違いなく何者かの詐術だと疑った事だろう。

そして、手紙にあった"依頼"内容こそが、今、シモンが駄々をこねている理由だ。

 

――故に、シモン・リベラールを新教皇として推挙する。延いては、早急に王都へ来られたし。

新国王陛下も「一度お会いしたい」との事。

 

なんでぇ!?と、一家揃ってツッコミを入れたものだ。

一応、リリアーナとしても、様々な要素・事情を熟考した上でシモンを選んだのだが、本人にしたら晴天の霹靂だ。

その上、なんと新たに国王となった南雲ハジメから、顔を合わせたいと要望が出たのだ。

これが驚かずにいられようか。

 

シビル「でも、少し意外でした。一応、殿下の手紙には、御年を考えて辞退しても構わない旨も書かれていましたよね。

教皇への推挙は兎も角、他の地方からも司祭を招集しているからと。

御祖父様は中央を嫌っておいででしたし……てっきり断るかと。」

シモン「ふむ……まぁ、そうしたかったのは山々なんじゃがなぁ。」

その一瞬、シビルは思わずビクリと震えた。祖父の雰囲気がガラリと変わり、呑まれてしまいそうになったのだ。

シモンは直ぐに、何時もの茶目っ気の混じった雰囲気に戻ったが、シビルは居住まいを正し、「何故」と問い直した。

 

シモン「なぁに、古い口伝を思い出してな。ちょいと、確かめてみたくなったんじゃよ。」

シビル「口伝、ですか?我が家に?」

シモン「シビルにも、常日頃言い聞かせておる言葉じゃよ。勿論、口伝の一部じゃがな。」

 

祖父の意味深な言葉に首を傾げたシビルは、「むむ?」と唸って考え始めた。

真面目な孫娘に小さく微笑み、シモンは窓の外へ視線を投げた。

その視線の先に、懐かしい王都に行く為の待ち合わせ場所――アンカジ公国が見えてきた。

 


 

アンカジにて待っていた使者と合流したシモンは、円滑な流通政策として設置されていたゲートを通り、遂に【ハイリヒ王国】に到着すると、早速新国王の元へと通された。

使者の話では、新国王陛下は多忙らしく、暫しの方針を提示した後で遠征に向かわねばならない様で、本人曰く「今回は軽く顔合わせするだけだから早急に済ませてほしい。その後なら幾らでも自由行動は許可する」との事だ。

早速王宮の一室に通されたシモンとシビルが待つ事少し。部屋のドアが開き、ハジメとリリアーナが入ってきた。

 

リリアーナ「ご足労いただき誠にありがとうございます。シモン司祭。」

シモン「いえいえ、こちらこそ顔を覚えていただき光栄で御座います。して、そちらの方が……。」

ハジメ「あぁ、俺が新しい暫定国王、南雲ハジメだ。宜しく頼む。」

 

新国王陛下と顔を合わせたシモンは少し驚いていた。

まさか、新しい国王が孫娘とあまり変わらない年齢の少年だとは思ってもいなかったのだ。

とはいえ、彼も勇者と共に召喚されたとの事なので、直ぐに慣れた様だが。

 

ハジメ「さてと……来てもらって早速だが、本題に入らせてもらう。シモン・リベラル。

アンタの家系に、"グリューエン"と言う名があるというのは、真か?」

シビル「なっ!?」

シモン「……。」

ハジメの口から告げられた衝撃の言葉、「大砂漠の名が我が家の名に!?何故!?」とシビルは驚愕と困惑に包まれ、シモンも同様に驚きつつも、ただ黙っていた。

 

シモン「……何時からお気づきでしたのですか?」

シビル「!?」

まさかの肯定で返した祖父に、シビルは驚愕の表情を向けた。

 

ハジメ「少々、特殊な情報網があってな。それにしても、グリューエンにリベラル……中々に秀逸なセンスだ。

案外、はしゃぐ時ははしゃぐ男だったのやも知れんな……。」

それに返答するハジメの表情はとても柔らかく、微笑ましそうにナイズ・グリューエンへの想いを語っていた。

 

ハジメ「んんっ、話が逸れたな。

その情報網で、解放者達の子孫について調べていたら、丁度アンタの名が挙がってな。

リリィから新教皇候補として挙がったのを機に、一度どんな人物か気になり、今に至るという訳だ。」

シモン「成程……それが今回の召集の目的、と。」

その質問に微笑んで返すハジメ。中々に気さくな人物だと、シモンは感じた。

 

シビル「おっ、お待ちください!御祖父様、我が家の家系に大砂漠の名があるのは真なのですか!?」

シモン「……あぁ、そういえば言っとらんかったな。リベラール家には、受け継ぐべき2つの名がある。

正式に名乗ると、儂はシモン・L・G・リベラール。Lはリブ、Gはグリューエンじゃ。」

シビル「L・G……リブ・グリューエン……。」*1

あっさり答える祖父に唖然となりつつも、その名前を復唱するシビル。余程衝撃的だった様だ。

 

シモン「となると、我が家の口伝もお話しておかねばなりませんな。」

ハジメ「ほぅ、少々気になるな。是非とも聞かせてくれ。」

シモン「ははっ。この口伝は我が家の直系の子にのみ、時期が来たら伝えられるものです。」

そうして、シモンはその内容を口にした。

 

『抗う者の子らよ、天を仰いで生きよ。神の意志が、銀の翼となりて降臨する。神威が世界を駆け巡るだろう。

縋る事なかれ。沈黙し、首を垂れ、陰に身を寄せ、未来を想え。何時の日か、反逆の子が産声を上げる。

耳を澄ませ、目を見開き、心を決めよ。抗う者の子らよ。汝らの未来が、自由な意思の下にあらんことを。』

 

それを聞いたシビルの胸中を、不思議な余韻が駆け抜ける。

リリアーナも同じく言葉を失い、ハジメは何処か懐かしげな表情で黙って聞いていた。

そして同時に、何か違和感を感じており、とある疑問が浮かんでいた。

"はて、何処か出会ったのだろうか?"と。誰に、或いは何にかは分からないが、そう思ったのだ。

 

ハジメ「"抗う者"は解放者、"銀翼"は木偶人形、"縋る事なかれ"はメイル・メルジーネも言っていたな。

そして、自由な意思の下……確かに解放者達の願いだ。」

シモン「……その様子ですと、やはり……。」

ハジメ「あぁ、俺は5つの大迷宮を攻略した。アンタの先祖、ナイズ・グリューエンの大火山もな。」

そう言ってハジメは、攻略の証でもあるペンダントを取り出した。

 

ハジメ「使者から大まかな内容は聞いているとは思うが、俺達はあのクズ野郎をぶちのめす為に戦う事にした。

この国の民達の為、俺自身の大事な物の為に。

……だが、それで人々の拠り所でもある信仰を取り上げるつもりはない。」

シモン「それで、新しく神を擁立した、と……?」

ハジメ「否、この世界の本来の神は、現在勇者が所有している聖剣に宿っている。

エヒトは勝手に信仰心を奪って成り上がっただけに過ぎん。」

シモン「信仰を……だからこそ、今度はそれを本来の持ち主へ返す為に、と。」

察しの良いシモンに、ハジメは満足そうに頷く。

 

ハジメ「人々の未来をこの手に奪い返す、その為に力を貸してくれまいか?シモン。」

そう言ってシモンに手を差し伸べるハジメ。その瞳には確かな意思と覚悟が宿っていた。

シモン「……わかりました。お引き受けいたしましょう、その依頼。」

リリアーナ・シビル「「!」」

暫しの瞑目、そしてゆっくり目を開いたシモンは、その手を強く握った。

 

ハジメ「……ありがとう。詳しい方針については、リリィ達と話してくれ。

その後は好きに王都を回ってもらって構わない。」

シモン「おや、宜しいのですか?てっきり、1日でも早く民の心に平穏を取り戻す様にと、おっしゃるのかと……。」

ハジメ「それで倒れられたら、困るのはこっちだからな。流石に死因が過労死はカッコ悪いだろう?」

シモン「ほっほっほっ、それもそうですな。」

 

互いに愉快そうに笑い合うハジメとシモン。その様子を、苦笑いしながら見つめるリリィ。

そしてシビルには、断固たる意志を掲げ、覇気を纏う祖父の姿が、まるで別人の様に思えた。

目の前の人物は、本当に自分の祖父だろうか?そう思いながらも気が付けば、自然と頭を垂れていた。

 


 

シモン「中々に面白い王様じゃったな、にしても魔王を名乗っておるとは……。」

後日。ふらりふらりとフットワークも軽く、シモンは王都の雑踏に紛れ込んでいた。

勿論、何も遊び歩いている訳ではなく、情報収集と熟考を兼ねており、ハジメの治世について調査していたのだ。

だから、何かと口煩い孫娘や他の司祭を、熟練の魔法で欺いた事も仕方がないのだ。

 

因みに、今はお忍び用のローブを司祭服の上に羽織っている。

家宝の"空間拡張バッグ"*2をこっそり持ち出しており、中にはシモンご自慢の逃亡グッズが詰め込まれていたりする。

 

シモン「ふぅむ。住民の話では随分と手酷くやられていたらしいが……一瞬で修復して見せる奇跡を起こすとは、やはり只者ではないのぅ。」

10年あれば町も人も変わると言うが……"破壊"と言う形での変化から、こうも歓喜と熱狂の渦に包んで見せるハジメの手腕には脱帽物であった。

喧騒で満ちた街中を、シモンは76歳とは思えない健脚でスイスイと歩いていた。

 

ガヤガヤ

 

と、その時。少々物騒な喧騒が耳を突いた。

そちらを見れば、どうやら複数人の男達が言い争いをしている様で、だんだん喧嘩に発展し始めていた。

すると、とうとう1人が突き飛ばされ、建物に激突。その頭上には今にも落ちそうな看板があり……

 

シモン「――"天絶"。」

突如、小さな呟きが響いたかと思えば、衝撃で落ちてきた看板が複数の輝く障壁に受け止められていた。

ご丁寧に、看板そのものが破損しない様に、受け止める瞬間僅かに沈んで衝撃緩和までしている。

 

「い、今の……爺さんか?」

詠唱省略の即時展開。尋常な技量ではない。自然とシモンに注目が集まる。そして、彼等は見た。

シモンがうっかりはだけさせてしまったローブの下に、着こまれた真白の司祭服を。

 

「し、新生教会の司祭様?」

シモン「!?い、いや、儂はじゃな……。」

腐敗した教会上層部が消えた今、教会の威光は以前の様な物ではなくなった。

だが、それでも拠り所としての機能はあるので、王都民の瞳は当然、希望を見つけた様に輝き、情報は瞬く間に伝播していく。

 

慌てて隠すシモンだったが……時既に遅し。

折角お忍びで王都の様子を確かめようとしたのに孫娘に見つかって連れ戻されちゃう!と焦るシモンに、周囲の王都民達が「どうか女神様のお告げを!」と迫っていく。

 

シモン「うぅむ、ここまでかのぅ……。」

???「そこ!何を騒いでいるの!また喧嘩!?」

『!』

シモンがお忍びを諦めかけたその時、突如、凛とした若い声が響いた。

栗色の髪を揺らし、軽快に駆けてきた若い女の子

――現在、ハジメに無自覚な恋愛感情を抱いている園部優花ちゃんだ。

 

彼女を見た途端、人々が口々に「使徒様!」と声を掛ける。

優花は一瞬、嫌そうな顔をした後、人垣の中心にいるシモンを見た。

そしてシモンは、「使徒様」と言う言葉に一瞬驚いたものの、視線で訴える。

 

シモン(お嬢ちゃん!助けて!儂をここから連れ出して!)

優花(……よく分からないけど、取り敢えずお爺さんが連れ出して欲しそうに見てるわね。)

察しの良い優花お嬢ちゃんは、王都民に向けて言った。

 

優花「皆さん。はしゃぐ気持ちは分かりますが、どうか喧嘩は程々に。もう直ぐ、新しい教皇様も来るそうです。

私達の王様を信じて、頑張りましょう!」

優花がそう言うと、王都民達は恭しく頭を垂れつつ、瞳を輝かせてシモンを見る。

シモンは冷や汗をダラダラと流しつつ、優花の視線に促されて早々に人垣を抜け出した。

暫く、足早に人気のない場所まで案内してもらう。

 

シモン「いやぁ、助かった。感謝するぞ、お嬢さん。良ければお名前を聞いても?」

優花「え、あ、いえ。大したことは……。」

そう言ってちょっと照れた様に目を逸らして頬を掻きつつも、優花は名乗った。

 

優花「……優花です。園部優花。」

シモン「優花嬢ちゃんじゃな。改めて、ありがとうの。それにしても、使徒様と呼ばれておったが……。」

優花「えぇ、まぁ。そんな大袈裟なものじゃないんですけど。沢山いる内の1人だし。

それに、女神様の使徒って言っても、ただの建前ですから……。」

苦笑いする優花に、シモンは僅かに目を細めた。

 

シモン「お目にかかれて光栄じゃ。しかし、使徒様ともあろうものが街の巡回かの?

人手が不足している訳ではなさそうじゃが……?」

優花「まぁ、単純に揉め事が増えているんですよ。

心の拠り所だった筈の教会が、実は最低な自称神様と結託していて、皆ショックなんだと思います。

一応、これでも少しはマシになったらしいんですけど……出来る奴が、出来る事をしないと。」

 

そう言って、優花は遠く――東の方角を見ると、音になるかならないか位の小さな声で「でないと、ここに残った意味ないし……。」と、呟いた。

耳の良いシモンには、しっかりその呟きが聞こえており、使徒と呼ばれる目の前の女の子をジッと見つめると……

 

シモン「なんじゃ優花嬢ちゃん。可愛い顔しおって。惚れた男が帝国にでもおるんか?」

優花「!?べ、別に惚れてないし!ってそうじゃない!いきなりなんなんですか!?」///

唐突に無自覚の気持ちを当てられ、優花は顔を真っ赤にし、激しく動揺しながらも反論する。

シモンはそれに対し、惚けた顔でシレッと答える。

 

シモン「いや、見たまんま言っただけじゃが?

如何にも、旅立ってしまった男に、本当は付いて行きたかったけど色々事情があって出来ず、せめて遠くから想っています、みたいな顔じゃったよ?」

優花「なんか具体的!?いや、違いますから。見当違いですから。私は、私はただ……。」

何かを言いかけて、しかし、他人に言う事じゃないと頭を振って口を噤む優花。

本人は隠しているつもりの憂い顔で、この場を後にしようとする。

 

優花「私、もう行きますね。さっき何があったのか詳しい事は分かりませんけど、お爺さんも気を付けて……。」

シモン「良ければ、話してみんか?」

被せる様に響いた言葉。優花は「え?」と言葉に詰まる。

直ぐに、「結構です」と言えなかったのは、目の前の老人が、とても優しかったからか。

 

シモン「こう見えて、人の話を聞くのが仕事の様なもんでな?憂う若人を見ると中々放っておけん。どうじゃ?

心の裡はな、言葉にすると楽になるぞ?」

とはいえ、見知らぬ人に話す様な事じゃあないし……と逡巡する優花。

シモンが言葉を重ねる。その声音に強制の響きは一切無い。ただ、包みこむ様な温かさがあった。

 

シモン「どうせ、儂とは一時の縁。まして、こんな老い先短いジジイに何を聞かれたとて、恥にはなるまい。

寧ろ、長く生きとる分、儂の方が恥だらけの人生じゃからな!」

茶目っ気たっぷりにそんな事を言う目の前の老人に、優花は思わずクスッと笑った。

何とも憎めない老人。纏う雰囲気が穏やかなせいだろうか。

優花は、普段ならあり得ない事に、何となく話してみたい衝動に駆られた。

 

優花「あはは、それじゃあ、ちょっとだけ聞いてくれます?まぁ、悩みって程の事でもないんですけど……。」

近くのベンチに腰掛け、1つ溜息を吐くと、優花は見知らぬ、けれど何処か温かい老人に向けて心の内を語りだした。

――遠くに行ってしまった、彼についての事を。

 

優花「ある人に救われたんです。二度も。……一度目は、命を救われました。」

今でも思い出す。悍ましい骨だけの怪物が、何の躊躇いも無く、自分の頭に剣を振り下ろした瞬間を。

明確に感じた死の気配。けれどそれは、クラス最強の彼が振り払ってくれた。

 

優花「二度目は、心を救われました。」

そしてまた、思い出す。一度は心折られ、それでも何かしなければと立ち上がった。

けれど、心の奥底に根付いた死の恐怖、トラウマは簡単には消えなくて……

 

――園部さん。君は死なないよ。

 

奈落の底から這い上がってきた、嘗ての少年がくれた言葉。根拠は無くとも確信した。

きっと自分は死なない。本気で生き続ける限り死なない。

訳も無くそう思えた。自分でも不思議な位トラウマは薄れ、立ち向かう勇気が持てた。

王都での絶体絶命の時、直ぐに動けたのはあの言葉があったからだ。

 

優花「何か返したい。無駄じゃなかった事をアイツに示したい。

アイツはその位当たり前だからって、気にもしてないだろうけど……私は、アイツに何かを返したいんです。」

優花は再び東の空を仰ぐ。そして、溜息を1つ。

 

優花「けど、私は全然ダメダメで、アイツが必要とする様な物を、何も持っていないんです。

……とっても、遠いんです。ドンドン前に進んで行っちゃうんですよ。まぁ、王様だから仕方がないですけど。」

シモン「王様……。」

優花の言葉を聞き、シモンの脳裏に先日会った少年が思い浮かんだ。

 

シモン「成程、新国王陛下も随分と罪なお人じゃのぅ。」

優花「!?にゃっ、にゃんでそれをッ!?」///

シモン「いや、王様で嬢ちゃんの知り合いときたら、同郷の召喚者であの方くらいしかおらんじゃろうて。」

そう言ってほっほっほっと笑うシモンを、優花は顔を赤くしながらもキッと睨む。

 

シモン「しかし、それならそれで、待って欲しい、とは言わなかったのかい?

あの性格であれば、すんなり聞いてくれそうじゃが……。」

シモンの疑問に、優花は「有り得ない」と可笑しそうに笑う。

 

優花「ですから、そんな事言う様な関係じゃないんですって。

確かに、聞いてくれそうではありますけど……今は、時間がなさそうですから。」

そうなのかのぅと、不思議そうに優花の横顔を見つめるシモン。優花は一拍置いて、憂いの原因を口にする。

 

優花「まぁ、そんな訳で、恩返しも出来ない自分が情けなくて……。」

ほら、悩みと言う程大した事じゃないでしょう?と、優花は苦笑いを浮かべた。

そんな優花に、シモンは、「ふむ。」と顎を撫でながら尋ねる。

 

シモン「それで、優花嬢ちゃんは旅立った恩人である陛下を見送り、"せめてこれ位は"と、出来る事をしている訳か。」

優花「まぁ、そうですね。戦えない仲間も多いから……

私は少し戦えるし、万が一もあるかもだし……さっきも言った様にトラブルが多いんで、巡回を手伝ってみたり……

でも、その程度じゃ実感が沸かなくて。」

シモンは「ふむふむ」と頷くと、直後、破顔して優花に称賛の言葉を贈った。

 

シモン「大したもんじゃ。"立ち止まらず、出来る事を"。うむ、中々出来る事では無い。」

優花「べ、別に、そんな大した事じゃ……。」

ストレートに褒められて、優花は、なんだか実の祖父と話している様なむず痒い気持ちになった。

自然と頬は紅くなり、視線は宙を泳ぐ。そんな優花に微笑ましそうに目を細め、シモンは言葉を重ねる。

 

シモン「人は、直ぐ立ち止まってしまうもんじゃ。どんな超人であろうとも、必ず誰もが通る道じゃ。

そんな中でも出来る事をする……それとて、結構難しい事なんじゃよ。

じゃから、優花嬢ちゃんは大したもんじゃ。これからもそれでいいと、ジジイは思うよ。」

優花「それで良い?」

シモン「うむ、何時の日か、恩人である陛下もきっと立ち止まる日が来る。

背負う物の多さに疲れ果ててか、それとも旅を終えてか、それは分からんが、必ず立ち止まる。

その時、今と同じ様にすれば良い。優花嬢ちゃんの出来る事をすれば良いのじゃ。」

優花「……私に、出来る事。」

 

優花は大きく目を見開いた。心の中のモヤモヤに、何か光が差し込んだ様な、そんな気がしたのだ。

ゆっくり、心の中の歯車を回す様に考えてみる。

シモンは黙って、優花が何かしらの答えを出そうとしている姿を見つめる。

そうして、穏やかな時間が流れる事暫し。優花はポツリと呟いた。

 

優花「……私の実家。洋食店……ええっと、飲食店なんです。」

シモン「ほぅ。」

優花「地元じゃあ結構有名で、常連さんもいる店で……私、うちの店が好きだから、将来は継ぐつもりだったんです。」

シモンは、"だった"と言う言葉に少し顔を曇らせたが、何も言わずに耳を傾けた。

 

優花「料理の腕には……自分で言うと恥ずかしいんですけど、自信があります。

コーヒーとか、紅茶を入れるのも得意です。前にアイツにも食べて貰って高評価でしたし……。

だから、その……もし、もしアイツが旅を終えて、皆で一緒に帰れたら……。」

優花の表情から、憂いの影がふわりと飛んでいく。そんな光景を、シモンは幻視した。

ふんわり笑う優花に、シモンも釣られて微笑む。

 

優花「うん。アイツを、うちの店に招待しますよ。

それで、お腹一杯になるまで、うちの自慢の洋食を食べさせてやります!」

シモン「それは良いのぅ……うむ、どうやら、少しは気が晴れた様じゃな。良い笑顔になった。」

意味も無く足をパタパタさせる優花。照れているのは一目瞭然。頬はリンゴの色だ。

そんな優花を微笑ましそうに眺めた後、シモンはとても気になる事を尋ねてみた。

 

シモン「ところで、優花嬢ちゃん。その"ようしょく"とやらは、一体どんな「じぃ~~じぃ~~~いっ!見つけたわよぉおおおおッ!!」ひぃっ!?孫娘が鬼の形相に!?」

瞬間、王都の全てに響けと言わんばかりの雄叫びを上げ、通りの向こうからズドドドドッ!と駆けてくる孫娘の姿に、シモンは老人とは思えない挙動でベンチから飛び出す。

そして、「え?え?」と混乱する優花に一言。

 

シモン「ではな、優花嬢ちゃん。お主のこれからが、自由な意思の下にあらん事を!」

優花「え?あ、はい?あ、ありがとうございます?」

シモン「うむ!」

何故か、美しいクラウチングスタートを切るシモン。「儂は今、風になる!」と凄まじい速度で走り去って行った。

その後を、やはり凄まじい速度で走り去って行った。

 

優花「な、何だったの?」

ビュオッ!と追い風が吹いたその場所には、困惑する優花だけが残されたのであった。

その少し後、とある老人の悲鳴が王都の一区内であがった。

 


 

シモン「全く……シビルめ、ジジイを殴るとは何たる所業か。」

そんな愚痴を吐きながら、シモンは王宮の庭を散策していた。

あの後、結局は捕まってしまい、孫娘から拳骨を食らい、そのまま王宮まで引きづられていったのだ。

おかげで頭頂部は赤く腫れ、瘤を拵えている。シモンはそれを優しく撫で、時々痛そうに顔を顰めていた。

と、そんなこんなで暫く王宮中庭の見事な花壇をなんとなしに眺めながら歩いていると、その陰に人の姿が見えた。

 

シモン「おや、誰かおるのか?」

???「へぇ?あ、こんにちは。」

花壇と花壇の間からひょっこり顔を出したのは、背の低い女の子だった。

何を隠そう、彼女こそが豊穣の女神であり、優花同様にハジメにお熱のクラスの担任、畑山愛子である。

 

シモン「うむ、こんにちはお嬢さん。もしや、邪魔をしてしまったか?」

愛子「いえいえっ、そんな事無いですよ!ちょっとボーッとしてただけなんで!」

そう言って断りつつも、愛子の表情には苦笑いが浮かんでいる。

……どうやら、何か悩みでもあって、静かな場所で考え事をしていたらしい。

 

シモン「ふぅむ、そうか。実は儂も、ちょっとボーッとしたくてのぅ。

静かで安らげる場所を探しておったんじゃが、良ければお嬢さん。ご一緒しても良いかの?」

愛子「あ、はい。どうぞ、どうぞ。」

回り込んでみると、愛子は花壇同士の間にあるベンチに腰掛けていた様だと分かった。

シモンは笑いながら礼を言って座る。愛子も、何となく雰囲気に流されて座った。

 

愛子「えっと……。」

シモン「おぉ、自己紹介がまだじゃったな。儂の名はシモン。まぁ、ただのしがないジジイじゃ。」

愛子「そ、そうですか。私は畑山愛子と言います。愛子が名前です。後、26歳です。」

シモン「なんじゃと!?」

 

少し前、王都までの道中で明かされた世界の真実に次ぐ衝撃。シモンは目を剝いた。危うく天に召されそうになる。

そんなシモンに、愛子は苦笑いを浮かべた。やっぱり、かなり若く見られていたんだなぁと。

子供扱いに対する慣れた対応が何とも言えない。

 

シモンは誤魔化す様に咳払いをすると、改めてベンチに深く腰掛け、大きく息を吐いた。

そして、そのまま瞑想でもする様に目を閉じる。風が花々を撫でる音だけが耳に入る。静かな、落ち着く時間だった。

暫くそうしていると、不意に、目を瞑ったままのシモンが口を開いた。

 

シモン「何か、話したい事でもおありかな?愛子殿。」

愛子「えっ!?」

シモン「先程から、溜息を吐いたり、こちらに視線を向けたり、少し落ち着かない様子。

やはり邪魔であったなら、儂は別の場所に行くが……。」

愛子「す、すみません。邪魔なんて事は全く……シモンさんが、何か悩んでいる様に見えたので、その……。」

シモン「自分と同じだなぁと?」

愛子「いえ、その、あはは……はい。」

シモンはゆっくり目を見開くと、愛子がハッとする程優しい表情で言った。

 

シモン「儂は、悩んでいる訳では無いよ。ただ、ちょっと心の整理をしているだけじゃ。」

愛子「……心の整理。」

シモン「うむ。愛子殿。必要なら、儂が愛子殿の心の整理に付き合うが?」

愛子「え……?」

シモンの穏やかな眼差しを見て、愛子は思い出の中の恩師を連想し、つい「……先生。」と呟いてしまった。

そして、自分の呟きにハッとなって赤面する。

 

シモン「宜しい。先生が愛子殿の話を聞こうではないか。」

愛子「うぅ。」

まるで、小さい子が間違えて、他人の女性を"お母さん"と呼んでしまった時の様な恥ずかしさ。

愛子は羞恥心に震えるも、シモンの温かい雰囲気に気が付けば口を開いていた。

 

愛子「その……気になる人がいまして。」

シモン「良いのぅ。そういう話は大好物じゃ。……しかし、随分と憂い顔じゃな?」

訝しむシモンに、愛子は「色々問題が……。」と呟いて、意を決した様に言う。

 

愛子「せ、生徒と教師なんてダメだと思うんです!しかも、彼には既に複数のお相手が!」

シモン「成程、相手は複数の生徒と関係を持った教師とな……。」

愛子「私が教師!」

シモン「そうじゃった。26歳じゃった。神秘じゃ……。」

そう呟きながらも、大体の事情を察して、「う~む。」と顎を摩った。

 

シモン「それほど問題かのぅ?道はあるじゃろう?例えば、生徒でなくなるのを待つとか。」

愛子「元生徒でも、生徒は生徒です!」

シモン「ふむ。では、愛子殿が教師を辞める。」

愛子「それだけは絶対に出来ません。」

浮ついた様子等微塵も無い、断固としたものがそこにはあった。シモンは少し目を見開き、改めて尋ねた。

 

シモン「……随分と、教師の仕事に拘りがあるんじゃな。

成程、だからこその悩みか……愛子殿にとって教師とは何ぞ?是非、聞かせて頂きたい。」

真剣な眼差しでのシモンの問いに、愛子は思わず息を呑んだ。

単なる興味本位以上の、とても強い想いを感じたからだ。

僅かな逡巡の後、愛子は居住まいを正し、言葉を選ぶ様にゆっくりと語り始めた。

 

愛子「学生の頃、凄くお世話になった先生がいたんです。

厳しい人で、笑った顔も滅多に見た事が無い、何というか……昔気質のお爺ちゃん先生と言った感じの人でした。」

生徒の多くには嫌われていただろう。定年も近く、早く辞めれば良いのにとさえ言われていた。

愛子も、苦手な先生ではあった。

 

愛子「私の故郷は凄く田舎でして、古い名家や、地元の名士なんかが結構強い影響力を持っている所なんです。

……ある時、その家の子が法律に反する事をしました。」

割と問題児だと有名ではあった。親の影響力を自分の力と思うタイプの人間だ。

彼は、その日、盗みを働いた。きっと魔が差した程度の動機だったのだろう。盗んだのは高級マウンテンバイク。

乗り回し、そして、彼は偶然、愛子を見かけて思いついた。

 

愛子「彼は、私の家の納屋に、その自転車を置いて行ったんです。悪戯位の気持ちだったんだと思います。」

シモン「何故、愛子殿の家なんじゃ?」

その質問に、愛子は苦笑いを浮かべる。

 

愛子「当時の私は、何というか、間違った事は絶対に許せないウーマン?みたいな感じだったんです。」

委員長タイプと言うべきか。男子のおふざけにも一々突っかかり、間違いの悉くを指摘し、「私の言っている事は間違っている?」と尋ね返す様な女の子だった。

思春期の男子には、特に鼻につく存在だったのだろう。

 

愛子「相手の子は悪戯のつもりでも、窃盗は窃盗です。被害届が出て、警察が動きました。」

シモン「それで、愛子殿の家で発見し、愛子殿が疑われたんじゃな?」

愛子「はい。動機も無ければ、身長的にも乗れないんですけどね。警察は、私が犯人だと断定しました。」

シモン「読めたぞい。その子の親が口を出しおったな?影響力があるんじゃろ?」

愛子は苦笑いして再び頷く。

 

愛子「どれだけ無実を訴えても、多くの人は信じてくれませんでした。

勿論、家族やごく親しい人達は別でしたけど……田舎ですから噂が広まるのは早いんです。

補導された次の日には、地元の人達の私を見る目は変わっていました。」

 

内心では違ったのかもしれない。特に、教師達の後ろめたそうな雰囲気は圧力に屈したが故だったのだろう。

逆らっては、もう地元にいられなくなる。それを恐れて、目を瞑ってしまったのだ。

誰からも好かれる、何時も親身になってくれた先生でさえも、愛子と目を合わせようとはしなくなった。

 

愛子「そんな中、恩師の先生だけは違いました。私の話を聞いて、今まで見た事が無い位怒ったんです。

私に、じゃありません。警察や周りに、です。」

クラスメイトも、教師も、他の人達も信じてくれない中、誰からも嫌われていた先生は信じてくれた。

 

愛子「先生が必死に頑張って下さって……私の疑いは晴れました。ですが代わりに……。」

その恩師は名士の怒りを買い、地元にいられなくなった。

シモン「成程……教師生命を賭けて生徒を守ったんじゃな。天晴見事な御仁じゃな。」

愛子「はい。私の憧れの人です。」

そう言って愛子は誇らしげに笑う。だから、彼の様な、何があっても生徒の味方である教師を目指したのだと。

恩師にそう約束し、ここにいるのだと。

 

愛子「だから、教師を辞めるなんて出来ませんし、するつもりもありません。」

シモンは愛子の決意の理由を聞き、「成程。」と得心した様に頷いた。

愛子はただ己が掲げた意志に誠実でありたいのだろうと。

 

しかし、人生に荒波は付き物。己への誠意は常に試される。

抱いてはならない想いを抱いてしまったり、信じてきたものが偽りであったと突きつけられたり。

常に己を貫けるのが理想だが、中々そうはいかない。普通は妥協したり、諦めたりするものだ。

だがしかし、愛子にはそれが出来ないのだろう。教師の矜持がある為に。生徒の模範でありたい為に。

結果、教師だからこそ壁に突き当たり、矛盾を抱え、禁断の想いも諦められない。

 

シモン「良い話を聞かせて貰った。しかし、愛子殿は随分と面倒臭い性格をしておるのぅ。」

愛子「め、面倒臭いって酷い!いえ、ちょっと自覚はありますけどもっ!」

言葉とは裏腹に、シモンの表情はとても優しい。愛子の在り方や悩む姿が、彼の心を定めたのだ。

ズバリッと言われて涙目の愛子へ、シモンは感謝の眼差しを向けながら口を開く。

 

シモン「教師は絶対に辞めんと言うなら、仕方ない。諦めよ、と言いたい所じゃが……。

まぁ、そう出来たら、そもそも悩まんわなぁ。」

愛子「……まぁ、そうです。」

教師の癖にぃ!教師の癖にぃ!と自己嫌悪に陥りながら、花壇の間に埋もれて小さくなる位には悩ましいのだ。

そんな愛子に、シモンは言う。

 

シモン「道は何時だって2つしか無い。退くか、進むか、じゃ。」

声音が変わった。雰囲気が変わった。愛子はハッとしてシモンを見る。

彼の翡翠の瞳が真っ直ぐに愛子を見つめている。

そこにいるのは飄々としたジジイではなく、まるで物語の中の賢者の様だった。

 

シモン「退けば、愛子殿は後悔し、しかし、今まで築き上げてきたものを失わずに済む。

進めば、望みを叶えられるかも知れんが、代わりに、憧れ、決意し、努力して掴み取った教師と言う誇りを、自らの手で汚す事になるかも知れん。

或いは、相手に迷惑をかけ、逆に決別となるやも知れない。」

黙って聞く愛子に、シモンは少し優しい雰囲気に戻って言葉を重ねる。

 

シモン「矜持と望み。天秤にかけるには難しい。儂から、どうすべきとは言えんが……折角生まれた望みではないか。

ならば、愛子殿が、その生まれたての望みを切り捨てるのではなく、大切にしてあげられれば良いと、儂は思うよ。」

愛子「生まれたての望みを、大切にする……。」

反芻した愛子は考え込む様に頷く。再び静かな時間が訪れた。

どれ位そうしていたのか。暫くして、愛子は少し憂いの晴れた顔を見せた。

 

愛子「ふふっ、なんだか素敵な言い回しですね。とはいえ、茨と言うか、何と言うか、進む場合は大変な道になりそうですけど……。」

シモン「茨で無い道等あるのかね?あったとして、その先で得る物に価値などあるのかね?」

愛子「……そうですね。……少なくとも、折角生まれた気持ちですから、切り捨てずに、もう少し前向きに考えてみます。」

シモン「うむうむ。想いそのものには善も悪も無い。

君が、自由な意思の下、望む未来を掴める様陰ながら祈らせて貰おうかの。」

 

元の好々爺とした雰囲気に戻ったシモンの言葉に、愛子は笑顔で「ありがとうございます。」と感謝の言葉を返すのであった。

その後、愛子と少し雑談に興じたシモンは、彼女と別れた後、新しい時代の教皇として責務を全うするべく、神山の教会へと向かうのであった。

*1:
後日、ハジメが"リブ"という地名を調べてみた結果、ナイズの恋人の出身地である【リブ村】という事が判明し、とても愛妻家だった事が伺えたらしい。

尚、本人曰く「尻に敷かれまくっていた」との事だが……今となっては、真相は不明である。

*2:
ハジメ曰く「オスカーとナイズの合作、それも簡易版"宝物庫"級」との事。一般的には国宝級アーティファクト。




尚、後にハジメが愛子の故郷に向かった際、当時の警察と愛子に濡れ衣を着せた者の家にO☆HA☆NA☆SHI☆しに行った事で、色々な騒動が起こる事を、この時の愛子は知る由も無い。
そしてそれが、恩師との久しぶりの再会での話のネタになる事も、彼女は知らない。

もし、ハジメさん以外の別キャラ視点でオリジナル番外長編(web 原作アフターを除く)を作るとしたら、誰を主人公にする?

  • ユエ
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  • レミア
  • ミュウ
  • 香織
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  • 愛子
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