本当にすみません。現実の方が思ったよりも忙しくなって書く暇がありませんでした。
ですが前にも言った通り、千鬼の封印が解かれるまでは失踪はしないので安心してください。
「ふふ……」
その者は小さく笑う。その目は戦場を見下ろしていた。
「随分と必死ね」
誰に言うでもない独り言。
だがその声音には明確な愉悦が混じっていた。
その者の視線の先では、術師達が必死に戦っている。
呪霊を斬り、殴り、抑え。
舞い、奏でる。
そのすべてを
“眺めている”。
「へぇ……」
視線が天岩戸に向く。
微かに震えるそれを見て口元が吊り上がる。
「なるほど、解除するのね」
興味深そうに、そして明らかに封印の解除を快くは思っていない眼。
「……せっかく解放されたのに、そんなことされたら厄介ですねぇ」
くすり、と笑う。
「全て台無しにしてしまいましょうか」
そう言って滝夜叉姫は戦場に赴く。
全ては己の悲願を達成するため、まずは自身を取り込んだ男をこの世に出させまいと迫っていった。
※
森が揺れた。
ざわり、と木々が震え、次の瞬間──
『グォォォォォォォ!!』
『ギィィィィィィ!!』
『ギャアアアア!!』
異形の咆哮が一斉に炸裂した。
闇の奥から溢れ出す影。
二級、三級、四級──
質は高くないが数が異常。
地面を埋め尽くす呪霊の群れとそれに混じる式神。
まるで濁流。
「……はは」
構えながら、日下部が乾いた笑いを漏らす。
「質より量ってか……はぁー、一番ダルいやつだな」
だがその目は既に死んでいない。
ズンッ!!
踏み込みと同時に、居合。
一閃。
『ギィ』
音すら置き去りにして、前列の呪霊がまとめて断たれる。
だが止まらない。
すぐに後続が押し寄せる。
「だろうな!!」
二撃目、三撃目。
斬る、斬る、斬る。
「ちくしょう!キリがねぇなぁ!」
『グギャアアアアア!!』
木々を薙ぎ倒しながら、巨大な猪のような二級呪霊が突っ込んでくる。
「邪魔だ」
日下部が一歩前へ。
斬撃は一瞬だった。
ズバァッ!!
呪霊の身体が縦に割れ、そのまま霧散する。
だが。
「……っはぁ」
息を吐く暇すらない。
次。
また次。
その後ろから無数の呪霊が押し寄せてくる。
「ったくよ……」
日下部が刀を振って血を払う。
「羂索の野郎、めんどくせぇんだよ!」
その直後。
右から飛びかかってきた鋼鉄の式神。
左から這い寄るムカデ型呪霊。
上空から八つ目の呪霊。
三方向。
「遅ぇ」
日下部の呪力が膨れ上がる。
【シン・陰流 抜刀!】
その瞬間、周囲に踏み込んだ呪霊達が同時に断ち切られた。
肉片と黒い霧が舞う。
しかし減らない。
むしろまだまだ増えている。
森の奥から奥から終わりなく。
※
「動くな」
低く呟いた瞬間、前方の呪霊群が一斉に硬直する。
だが──
ビキビキビキッ
呪言の反動が即座に喉を蝕む。
「……っ」
血が滲む。
それでも、
「砕けろ」
ドンッ!!
拘束された呪霊がまとめて爆散。
だが狗巻はすぐに膝をつく。
「……っ…」
別方向。
「ぶっ飛べ!」
狗巻の呪言が炸裂した。
ドゴォォォォォ!!
前列の呪霊群がまとめて吹き飛ぶ。
木に叩きつけられ、爆ぜる。
だが狗巻はすぐに口元を押さえた。
「……っ、ゲホッ!」
血。
喉が焼ける。
数が多すぎる。
一体一体は弱い。
だが呪言は使えば使うほど、つまり“大量処理”ほど消耗する。
それでも狗巻は下がらない。
「潰れろ」
グチャッ!!
数十体の呪霊がその場に崩れ落ちる。
その背後からまた現れる。
「……おかか」
さすがに顔が引き攣るが、その目は死んでいなかった。
※
合わせた手のひらから血が走る。
【穿血】
ピシィィィィィィ!!
一直線の血閃が呪霊を貫通し、その背後の個体までまとめて撃ち抜く。
だが、
「……ちっ」
すぐに別の群れが押し寄せる。
血を再構築しながら後退。
「消耗戦に持ち込む気か……!」
【苅祓】
加茂の放った血閃が一直線に呪霊を切り裂き、そのまま背後の木々まで抉り飛ばす。
だが今度は、地面の下から這い出てくる土でできた式神。
「っ!」
即座に後退するが遅い。
式神の腕はそのまま加茂の足を潰し、
バキンッ!!
はしなかった。
「……!」
加茂の足に腕が食い込む寸前。
横から飛んできた蹴りが式神を吹き飛ばした。
「気ぬいてんじゃねぇ!」
禪院真希。
大刀を振り抜き、式神の頭を砕く。
そのまま次へ。
止まらない。
まるで暴風。
「数ならいくらでも来いよ!!」
真希が呪霊と式神の群れに突っ込む。
拳。
肘。
蹴り。
呪具。
一撃ごとに呪霊が、式神が吹き飛ぶ。
その動きには迷いがない。
「……っ」
だが真希でもこの戦いで疲労は確実に蓄積していた。
呼吸が重い。
それでも止まれない。
※
【獬豸】
式神達が貫かれて札が舞う。
その後でもまだ猪野の周囲に式神の気配が重なる。
「うぉぉぉぉ!!」
拳で殴り飛ばす。
蹴りで薙ぎ払う。
だが数が減らない。
「マジで終わりが見えねぇなこれ!」
猪野が突撃する。
【霊亀】
滑らかな動きで式神を翻弄、からの回し蹴り。
二体。
三体。
まとめて吹き飛ぶ。
「マジで多すぎんだろこれぇ!」
だがその顔には笑みが浮かんでいる。
「七海さんに良いところ見せられる!」
※
「っはぁああ!」
灰原が前に出る。
とにかく前に。
殴る。
蹴る。
倒す。
「千鬼先輩が出てくるまで邪魔はさせない!」
やり方は単純、呪力を纏わせた体で祓う。
単純だが、それが強い。
だがその背後に死角ができていた。
呪霊が迫る。
その瞬間。
「下がって!」
ズバンッ!!
槍が炸裂し、灰原の背後の呪霊を吹き飛ばす。
「大丈夫ですか!」
「助かったよ!」
連携が噛み合う。
※
「行け」
夜蛾が低く呟く。
瞬間に呪骸が一斉に動き出す。
ドドドドドドッ!!
前線に突撃。
まるで壁のようなその呪骸達はどんどん呪霊を押し潰していく。
「千鬼が出るまでの時間を稼げばいい」
冷静に状況を見ている。
夜蛾の呪骸達が前線を支える。
「……」
だが夜蛾は冷静に見ていた。それに気づいた時、眉がわずかに動く。
損耗。
これが予想以上に早い。
目に見えて呪骸の数が減っていた。
「だがそれでもやらなければな」
教え子を助けるために夜蛾はさらに呪骸の壁を作る。
この時のためのストックは十分に用意している。
※
音が止まらない。
舞が止まらない。
二人は一切動じない。
祓われる気配がすると同時にまた新しい呪力を感じる。
だが
「……絶対に止めないわよ」
歌姫の額に汗が滲む。
だがその足は止まらない。
だが周りの状況は変化する。
最初は押し返していた。
だが徐々に、確実に押され始める。
「……はぁ、はぁ……」
日下部の呼吸が荒くなる。
刀の軌道が、ほんの僅か鈍る。
「……おか、か」
狗巻は喉を押さえ、もう声が出せない。
加茂の血も消耗が見え始め、真希の顔が少し青くなっている。
猪野も、灰原も、美里も、動きが重くなる。
それでも誰一人として下がらない。
理由は一つ。
「──時間を稼ぐ」
夜蛾の一言。
自分たちの背後にはまだ舞い続ける歌姫がいる。
庵歌姫は舞い続けていた。
一歩。
一歩。
呪力を練り上げる。
汗が首筋を流れる。
呼吸は乱れ始めている。
それでも止めない。
止まった瞬間、全てが終わる。
楽巌寺の奏でる音色も止まらない。
ギィン……
ギィィン……
弦の音が術式を支える。
「歌姫」
楽巌寺が低く言う。
「集中を切らすな」
「分かってますよ」
言い返すが、余裕はない。
だが悪い時には重ねて破ることが起こる。
迫ってくる呪霊や式神の大群が突然消滅していく。
一ヶ所だけでなく、ところどころ、全体的に消滅している反応を感じる。
同時に新たに武者鎧などを着た者達が夜蛾達に襲いかかっていた。
そして岩戸の近くで踊っている歌姫の様子を見ていた硝子が周囲を見渡すまでもなく、その存在に気付いた。
「…ちっ、こんな忙しい時に」
そう悪態をつくと後ろの方から声がした。
「あら?それはごめんなさいね」
硝子が振り向くと、微笑む滝夜叉姫と無数の武者達が佇んでいた。
夜蛾達とは少し離れている。助けを求めてもすぐには来れない。
この状況、誰がどう見てもまずい。
硝子は内心舌打ちをしながらも堂々と滝夜叉姫の前に出る。
「久しぶりだね。何しに来たの?」
「こっちは忙しいから手短に頼む」
「ふふ、だったらすぐに済ませますね」
言葉と同時に亡霊武者が硝子の目の前に来た。
刀を振り上げ、硝子の反応が遅れた隙を逃さず、そのまま振り下ろし、
ドゴォ!
はしなかった。
突然横から来た拳が武者を殴り飛ばして祓ったのだ。
「間一髪だったな。家入硝子」
拳を突き出しながらも、片方の手で髭をいじる老人、禪院直毘人がいた。
「禪院…直毘人…」
「何だ。助けられても、礼の一つもなしか?」
直毘人だけではない、
「全く、はるばるここまで来る必要あるかと思ったけど、面白いことになってるやん」
禪院直哉の姿もあった。
その後ろから甚一や扇など、禪院家が出揃っている。
硝子は少し驚きながらも、
「禪院家が何か用事?」と聞くと
直毘人は笑いながら
「老いていたとはいえ、この右腕を治療した恩を返しに来ただけだ。それに龍山千鬼にもいろいろ借りがあるからな」
と言って次の瞬間には滝夜叉姫は殴られていた。
木々を薙ぎ倒しながら殴り飛ばされた滝夜叉姫を見て直毘人はニヤつき、
「平安の世を騒がせた滝夜叉姫、どんなものかと思ったが……ちと鈍いな」
「……ふふ」
森の奥から、笑い声。
土煙の中。
滝夜叉姫がゆっくりと姿を現した。
着物は破れているがすぐに再生され、その身体に傷はなかった。
「ええ」
口元を押さえ、微笑む。
「少し、油断していました」
「禪院ですか……これはこれは」
「おとん1人でよかったんやない?」
とため息をつく直哉に対し、直毘人はすぐに否定した。
「馬鹿を言うな。ここで少しでも借りを返しておくのがこれからのため」
「勘違いせんといてや。別に千鬼君を助けたいわけやない」
「千鬼君に負けたままなんが、気に食わんだけや」
頭を掻きながらも斬りかかろうとして来た武者を殴り祓う直哉。
「では改めて宣言する」
直毘人は前に出る。
そして。
両手を大きく広げた。
「改めて宣言する!」
禪院家の術師たちが、一斉に前へ出る。
「我々、禪院家一同──」
直毘人の声が、戦場に響いた。
「龍山千鬼の救出に協力する!」
その瞬間。
禪院家の術師たちが、一斉に呪力を放った。
今この場には炳、灯、躯倶留隊などが出揃っている。
滝夜叉姫は微笑んだ。
平安の世、自分を邪魔した御三家の一つが今目の前にいる。
それを壊滅させる機会を得たからだ。
「いいでしょう」
無数の亡霊武者が、刀を抜く。
「せっかくですから……」
その瞳に、冷たい光が宿った。
「皆様まとめて、葬って差し上げます」
久しぶりなので悪くなったかも……