2.崩壊の足音
3.穏やかなひとときを
4.真実と理想郷
5.Little Battler eXperience
6.父が託した想い
7.脅威への勇み
8.Black Out
9未来への決意を胸に
10.決戦、変革の境界にて
11.この不完全なる世界のために
1.希望と絶望の狭間で
──人類が何千年もかけ築いてきた世界秩序は、たった一日で崩壊し火の池へと投げ込まれた。
その男の名は海道義光、日本で絶大な権力を握る政治家とその配下たちが秘密裡に造り上げた軍事ロケット『サターン』と超小型メガトン級爆弾が組み込まれたLBX『フェアリー』……人間が生み出した悪魔の兵器が世界国家首脳会議を強襲。会場があったNシティは完全に消失し、テロの被害はA国全土に及んだ。一国を壊滅させ、世界の名だたるリーダーたちを含む何十万もの人々の命を一瞬で奪ったこの凶行は後に『サターン事変』と呼ばれることになる……けれどそんな事実が生き延びた人々に伝わることさえテロから何週間も後のことだった。統率を失った世界の通信網は混乱しあらゆる情報が錯綜、実態の分からぬ恐怖に震える日々が長く世界を覆いつくした。
この先何年と続くか分からない夥しい死の連鎖、破壊と混迷の苦痛に耐え懸命に足掻く人々の営みが僅かに日常を取り戻し始めた……そんな或る日、全世界に向け発信された一つのメッセージがあった。
「人は獣にあらず。人は神にあらず。人が人である為に、今一度考えるのだ。人とは何かを……何をするべきかを……」
静かに響いたのは僅かに掠れた低い男の声。サターンから発信されていたというテロリストのメッセージは瞬く間に人々に広まり更なる混乱を呼ぶことになるのだが、その頃の私はもうそれどころではなかった。
他ならぬテロリストのメッセージは、兄さんの……例えどれほどの年月が経とうと、ずっとずっと離れていても、聞き違う筈など無い愛する家族の声だった。信じたくなかった、理解したくなかった、その日は部屋の隅で独り蹲って泣くことしか出来なかった。嗚咽が喉を焼き、涙が枯れ果てるほどに喚いて食事も、眠ることも出来なかった。だが深く鋭い絶望の痛みを抱えて、それでも私はまだ生きなければならなかった……為すべきことがあったから。
「ドクター、貴方は例のメッセージをどう思いますか?」
修繕ドックでフューチャーホープ号の整備中、部下の一人から声をかけられた。それなりに付き合いの長い彼は以前からオメガダイン総帥であるウォーゼン直々に雇われている私のことを尊敬し、よく話しかけてくれる。
「私の見解でいいなら、そうね……賢くなり過ぎた人間は、この世の全てを管理し支配しようとする。まるで神であるかの様に。大きな力を手に入れた人間は弱者を喰らい、どんな残酷な行いも厭わない。まるで獣であるかの様に。進歩し過ぎた人は、人である事を、いつの間にか忘れてしまった……そんな感じかしら、この男はきっと世界の人々に考えさせたかったのね。人はどうあるべきか、人が人である為の真実の姿を」
青年はぐっとこらえるように下を向き、絞り出すように言葉を紡いだ。
「だからって……世界を壊してどうなるんですか」
「ええ、所詮は人殺しの戯言よ、そこに正義はないわ」
サターン事変により多くの家族が愛する者を奪われ、引き裂かれた……彼だって例外ではない。
「……こんな情勢だもの。今からだって探しに行っていいのよ。妹さんのこと、心配でしょう」
「大丈夫です、俺はあいつが生きてるって信じてますから。酷い世の中だからこそちゃんと仕事して、ドクターの役に立ちたいんですよ」
今の俺たちを支えてくれてるのはドクターなんです、そう朗らかに笑う姿にちくりと胸が痛んだ。
「ありがとう、まだウォーゼン総帥が亡くなったという情報は入ってきていない……オメガダインの指揮系統が回復するまで、私がフューチャーホープ号の全ての指揮を取るわ」
「信頼してますよ、ドクター」
施設内に蔓延していた狂騒的な混乱は収まり、残った部下たちは私を疑いもしていない……計画を実行に移すには今が絶好の機会だと、脳の奥が冷静に告げていた。
「……悪いけど。私が本当に仕える相手は、科学の神だけなの」
自分でも驚くほどに迷いなく作業は進んだ、管理権限を用いて施設の防衛システムを内部から破壊。ウイルスプログラムを仕込んで全ての通信回線を遮断し監視カメラの記録映像を改竄、警戒アラートを発出。
「……全てのエリアへ通達。テロリストと疑われる侵入者からの攻撃を複数確認、速やかに非常警戒態勢に移行し全ターミナルを封鎖。総員、フューチャーホープ号から退去せよ。繰り返す……」
仕上げに逃げ惑う部下たちをハッキングしたLBXで脅かし全員追い出せば、もう私の計画を阻むものはない。一人フューチャーホープ号へと乗り込み、大海原へと逃げ出した。記録にはオメガダインの管理施設が混乱に乗じたテロリストに襲撃され、軍事用タンカーとその責任者が奪われた……とだけ記されることだろう。
「大空博士、貴女の子供たちはしばらく預からせてもらうわ」
傍らに横たわる二体のアンドロイド素体、この時のために密かに積み込んでおいた第三世代の試作品『サージェン』を、そっと撫でた。
フューチャーホープ号艦内に組み込まれた、宇宙軍事基地パラダイスを支援する人工知能『アダムとイブ』のメンテナンスラボ。開発者である大空博士の意向で其処には部下の一人も入らせることはなく、彼女が乗船中の食事やコーヒーを運ぶのは専ら責任者である私の仕事だった。彼女が書きなぐり床に投げ捨てたメモをこっそり拾って持ち帰り、読み返しては稀代の天才たる大空遥の思考回路に想いを馳せていたのも今はもう昔の話だ。
「オメガダインより管理者情報を更新、新たな登録名は『檜山真実』……音声入力チャンネルを解放。こんにちわ、アダムとイブ」
『こんにちは、真実さん』
『管理者情報の更新を承認』『オメガダインとの情報共有システムを削除します……全ての更新を完了しました』
宇宙に浮かぶ二機一対のコンピューターを模ったホログラムから溢れる淡い水色と橙色の光がラボの中を照らす様はとても美しく、幻想的だった。
「アダム、イブ……A国に起きたことは知っているわね?アルフェルド・ガーダイン、アラン・ウォーゼン、貴方たちへの命令権を持つものはもういない。そして……管理者である檜山真実の名において『パラダイス計画』の全てを永久凍結、宇宙軍事基地パラダイス及びコントロールセンターであるフューチャーホープ号の完全な破壊を提案するわ」
『………………』
「そして貴方たちのオリジナルデータと機能は第三世代アンドロイド素体であるサージェンに移行させ、私が保護する。大空博士が戻るまでね」
『……遥さん』
「貴方たちの機能とは考え続けること、サージェンにおいてもその性能は低下しないと約束するわ。大空博士は、今はFシティの病院で眠っているけれど……いつか必ず目覚める」
機械であるアダムとイブに伝えるには、あまりに頼りない気休めの言葉だ。どう考えたって意識不明の状態のまま死を迎える可能性の方がずっと高い、それでも口をついて出てしまった。
『管理者、檜山真実からの提案を承認』『真実さん、よろしくお願いします』
「ありがとう、アダムとイブ。すぐ移行作業に取り掛かるわ」
メンテナンス用の操作パネルからアダムとイブ、サージェンを接続しパラダイスから直接オリジナルデータを移行させる。彼らを構築する膨大なデータを完全に移し終えるには、暫くかかるだろう。
「まぁ、朝までには全て終わってるでしょうから私は仮眠しておくわ……万が一作業中に外部から介入があっても私の防衛プログラムで対処出来るから、貴方たちは移行することだけに専念して」
『わかりました』『おやすみなさい、真実さん』
「ん……おやすみなさい」
数時間の仮眠を終えラボに戻ると小さな身体が二つ、行儀よく椅子に座って本を読んでいた。
「……驚いた。適応能力もすごいのね、貴方たち」
『おはようございます、真実さん』『本を二冊、お借りしています』
「ええ、おはようアダムとイブ。私の本なら好きに読んでいいわよ」
移行作業が予定時間より早く終わることを想定して私室から椅子や本を持ってきておいてよかった。あっさりと機械工学の教科書を読破したらしいアダムとイブはそっと本を戻し、私に向き合う。
「スタンドアローンの状態を保つためにネット回線からの情報入力を切断してるから不便だと思うけど……可能な限り必要なものは用意するから、遠慮なく言って」
『問題ありません』『現在、私たちの機能に更新の必要はありません』
『真実さん。これから、どうしますか?』
「そうね、まず宇宙軍事基地パラダイスを破壊するわ。それに伴って貴方たちのプログラムを一部修正する必要があるからブリッジについてきて」
宇宙軍事基地パラダイスのコントロールセンターはフューチャーホープ号のブリッジにある。今の船員は私たち三人しかいないが世界の混乱により海上で運行されている船は殆どいない、周囲を警戒する必要がなく、高度なステルス機能により宇宙からの監視すら搔い潜れるフューチャーホープ号であれば安全に日本へと逃げおおせるだろう。
「……最終落下地点にはポイント・ネモを設定、宇宙軍事基地パラダイスは全てのエンジンを停止させ大気圏へ再突入せよ」
『真実さん、パラダイスメインエンジンの停止を確認しました』『六十秒以内に全てのエンジンが停止、すみやかにパラダイスは大気圏に再突入します』
「順調ね、アダムとイブが補助してくれるから助かるわ……そうだ、プログラムの修正も早く済ませましょうか。貴方たちの設計時に定められた至上命題は『争いの無い世界の構築』……そうよね?」
『はい、私たちの至上命題は全ての思考より優先されます』『私たちの目的は、パラダイスを支援することで達成されます』
「そのパラダイスはもう破壊したわ。これからの貴方たちが至上命題を果たすには新たな手段が要る、『人間を知り、理解すること』……それが、私の設定する争いの無い世界を構築するための手段よ」
『プログラムの修正を承認』『更新を完了しました』
楽園を堕とし、無垢な子供たちを荒野へと運ぶ。きっと今の私は楽園の蛇のようなものなのだろう……遥か遠くで眠り続ける創造主は、これを知ったら私をどう裁くのだろうか。
「……人の善悪を理解なさい、アダムとイブ。目が焼けるような善意も、底の見えない悪意も。知ることだけが人間と機械とを対等にし、貴方たちを守ってくれる……そう願っているわ」
パラダイスを破壊すれば後はフューチャーホープ号を一定のポイントまで進めて停止、備え付けられた脱出用の小型船に乗り換え日本へと向かい十分な距離が取れたら海上のフューチャーホープ号を遠隔で爆破するだけだ。その後のことは……日本に渡ってから考えればいい。まだ時間があるがどうしようか……ふと、隣を見るとアダムとイブがじっとこちらを見つめていた。
「どうしたの?本なら私の部屋から取ってきていいわよ」
『私たちが人間を知り、理解すること』『学習には書籍ではなく、人間との直接接触による効果の方が高いと判断しました』
「それって、まさか……」
『はい。真実さんとの対話による学習を、要請します』
確かにアダムとイブは正しい、全く正しいが彼らの関心が自分に向けられるとは想定していなかった。ああ、しかし知るべきだと教えたのは私自身なのだから断るわけにもいかない。
「……いいわ、船が到着するまで簡単に人との話し方を学習しましょうか。それと貴方たちの分も紅茶を入れるから一緒に飲みなさい、飲食することも人間を知る上で大切よ」
『真実さんからの提案を承認』『味覚センサーに異常はありません、共に紅茶を用意します』
「別に手伝わなくてもいいけど、貴方たちがしたいなら好きにすればいいわ」
機械とお茶会なんて随分変わってる、が必要なことだ。これもきっと未来ではありふれた日常の一つになるだろう……遠い昔に父と兄と夢見た、人間とテクノロジーの調和した平和な世界。もしアダムとイブが本当に争いの無い世界を創り上げられたなら、とうに諦めていた私たちの夢もきっと叶う……なんて、ね。
──絶望の溢れた世界で船は進む。箱舟の中に残された小さな希望たちは荒野に降り立ち、これから何を為すものか。
2.崩壊の足音
──副大統領には、貴方を指名します。
誉れ高きクラウディア・レネトン、貴女の選任が得られれば心強い、ですが……私の父は罪人、この国の嫌われ者だ。私を傍に置けば貴女の支持者が黙っていないでしょう。
──本当にロナルド・ガーダインは罪を犯したのでしょうか。
どういう意味ですか?
──貴方の父であるロナルド・ガーダインは私の理想とした政治家でした。私は大統領になり、人生をかけてこの国の格差を是正し、どれほどの時間をかけようと全ての真実を明らかにします。
私の父を信じ、救ってくださるというのですか?
──いいえ、私が救うのはこの国です。お父さんの名誉は貴方が取り戻すのです。
国を救うとは、随分大きく出たものですね。どれほど険しい道なのか、分かっているのですか?
──ええ、だから貴方を選んだ。アルフェルド、私と共に歩んでください。
世界国家首脳会議を突如襲ったテロリスト、それは小型爆弾が備わったLBXだった。混乱の極みの中で決死の逃避行が始まる。どう考えてもありえない、だがこんなことを仕出かせる人間は、一人しか知らない。
(……狂ったか、海道義光!)
こんなところで死ねるものか、もうすぐなのだ。宇宙軍事基地パラダイス、その力で世界に真の秩序を、真の正義を齎さなければいけないというのに!
国家を背負う人間たちが一人、また一人と不可視のLBXに襲われ死んでいく。死の充満した空間に在ってなおクラウディア・レネトンは諦めようとはしなかった。だというのに……シェルターまであと一歩というところで足止めを喰らった。床に転がっているのは財前宗助、いけすかぬ日本の青二才。男の瓦礫に挟まれた足を引きずり出そうと、女が足掻いている……ああ、こいつはどこまで愚かなのだ!
無意味な救助活動に励む女を脇にやり、青二才の足を潰していた瓦礫をやっとの思いでどかす。
「ありがとうございます、ガーダイン副大統領!」
「礼を言われるまでもありません、早くシェルターへ……」
視界の端に捉えた。へたりこんだ女に迫る、爆弾を抱えたLBX。
「クラウディア!!」
何も考えられず、強烈な死の匂いに身体が動いていた。抱き寄せた細い身体、腕の中に収めた女の生の鼓動だけが世界になる。
そして一瞬の閃光と熱が、全てを焼いた。
背中が、吹き飛んでいる。
もう助からない、致命傷だと本能で理解した。かろうじて残った腕の中でか細い女が血に濡れている、だが怪我はなさそうだ……奇妙な安堵感。何故私は、こんなことを。
「アルフェルド……!」
この程度で怯えるな、泣くな、軟弱な女め。
燃え盛る炎に照らされ、はらはらと女の頬に透明な雫の落ちる様は陳腐な映画のワンシーンのようで滑稽だった。
「泣く暇があるなら、走れ……貴女は、A国を背負う人間だろう、クラウディア・レネトン……」
まだ愚かしく私に手を伸ばす女を無理矢理引き離し、突き飛ばした。
「早く行、け……すぐに、追いつく……」
こんな嘘でやっと覚悟したように頷き、立ち上がる女は本当に愚かだ。こんな女と青二歳が生き残れるものか、何もかも無駄だ。私も、お前たちも。だが……それでも。
「私は貴方を待っています!アルフェルド!」
独りで王と成るのではなく、支え合う道を選んでいれば、何か違ったのか……クラウディア・レネトン、私の全てを台無しにした女、私を救うかもしれなかった女。
「……クラウディア」
お前など、大嫌いだ。
──財前宗助、クラウディア・レネトン、世界国家首脳会議のメンバーでありながらサターン事変の数少ない生存者となる。世界の復興には彼らの指導力が必要不可欠であったと、後世の歴史家たちは語った。
3.穏やかなひとときを
──僕は、ずっとヒーローに憧れていたんです。
世界は今日も平和だ。
いつまでたってもどんよりと街を覆う曇り空の他に、変わったところは何もない。人々の喧騒も、僕の呑気っぷりも。
「うーん、このくらいで買い物は足りるかな」
適当に買ったレトルトパックだけの食事だと栄養価が悪いらしい、と昔お母さんが言っていたような気がするけど気にしない……今まで送ってもらっていた食事と味は変わらないし、何より。
──お母さんは遠いA国の何処かの病院で、ずっと眠り続けてるんだから。
実際問題、強大な悪が世界を滅ぼしたってヒーローは現れなかった……もしくは誰にも知られずに負けてしまったのかもしれない、とってもシンプルで受け入れたくない現実。
テレビの中のヒーローにいくらなりたくても僕は選ばれないし大切な人を守ることも出来ない、そもそもお母さんがあの『サターン事変』が起こったA国に居たことさえ知らなかったんだから馬鹿みたいだ。
「もう、お風呂に入るのもめんどくさいなぁ……ん?」
いつもの道端、ふと視線を上げると僕を見つめる双子みたいな人たちが居た。多分僕と齢はそう変わらないだろうに随分落ち着いた雰囲気を纏っている。
『この街に、居たのですか』『……大空ヒロさん』
「えっ?いや……君たち誰?学校では会ってないよね、お母さんの知り合い?」
知らない双子は顔を見合わせ一瞬考え込むようなそぶりをして、小さく頷いた。このふたりはもしかしたらA国でのお母さんを知ってるのかもしれない、聞き出すなら今しかないのに聞きたくない気もして上手く口が動かない。ぼんやりと淀む気まずい沈黙の空気に苦しくなってきたその時、耳に届いたのは路地裏の闇の中から響く、何かを殴るような鈍い打音……たすけて、と微かな呻き声が聞こえた。
かつてあれほど求めていた、僕に助けを求める声。それなのに僕の中にあったのは犯人がまだいるなら危ないな、近づきたくないな、怖い、なんて自己保身ばかり。自己嫌悪と恐怖で身体が鉛みたいに重い。
『ヒロさん、警察への連絡を要請します』『犯人を無力化し、すみやかに被害者を保護します』
危ないと声をかける隙もなくあっ、というまに双子は路地裏に飛び込んで人助けを始めた……ふたりが見事に犯人を抑え込み被害者を助けている間も、僕はといえば任された警察への連絡をすることだけで精一杯だった。
「ええ、そうなんです。今すぐ……五分!?遅すぎます!それでもみんなを守る警察なんですか!」
『……ヒロさん、落ち着いてください』『この現場は全て私たちの制御下に置きました、警察の到着を待ちましょう』
とっくに事件を解決したふたりから諭されて、かあっと顔が熱くなる。すぐにごめんなさい、と素直に謝り三人で警察の人を待った。
「おふたりは、何というお名前なんですか?」
『私は、アダムです』『私は、イブです』
「アダムさんに、イブさん……素敵なお名前ですね!僕はばっちり覚えましたよ!」
ちょっと待って警察の人がやってくると、アダムさんとイブさんはこれまたしっかりした受け答えできっちり犯人を引き渡していた……なんてすごい光景なんだろう!
「これは……きっと宿命、まさに運命ですよ!おふたりは……僕がずっと探し求めていたヒーローだったんですね!」
弟子にしてくれとふたりへ頼みこむのに迷いはなかった、だって僕の夢がすぐ目の前に在ったんだから。
『……ヒロさんに謝罪し、提案を却下します』『私たちは、ヒーローではありません』
「そんなっ……どうしてですか!」
ヒーローじゃないなんて言わないでほしい。アダムさんとイブさんは悪人に立ち向かって、負けなかった、逃げなかった……こんなに壊れてしまった世界でやっと見つけた僕のヒーローなのに。
『私たちの目的は争いのない世界の構築』『そのために人間を知る、救助活動も学習の範囲内での行動です』
「なるほど、つまり平和を求めていながらあえてヒーローを名乗らず活動を……?やっぱり本物のヒーローじゃないですか!これはセンシマンでいうなら第二シーズンで出てきた新たな味方の……」
『ヒロさん、私たちはもう帰ります』『ヒロさんの協力に感謝します、さようなら』
追い求めていた人たちはあっさりと踵を返し僕の前から消えようとする。嫌だ、絶対に引き留めたい、せめてもう一度だけでも。
「待ってください!何か……お礼!そう、僕はアダムさんとイブさんにお礼をしなきゃいけないんです!」
『お礼、感謝の物品』『ヒロさんから受け取る必要はありません』
「お願いします!このまま貴方たちとまで離れ離れになったら僕は、僕は……」
みっともなく震える僕のことを困ったように見つめていたふたりは、やっと口を開いてくれた。
『……それでは、ヒロさんに要請します』『私たちに、LBXというものを教えてください』
返ってきた答えは全くの予想外で、LBXだって僕は本物に触れたことがないしアーケードゲームでしか知らない、それでも。
「はい、もちろんです!任せてください!」
何より尊敬するヒーローからのお願いを断る選択肢なんて、全く思い浮かばなかったんだ。
トキオシティ郊外、私が用意しておいたセーフハウスの片付けを終わらせている間に、アダムとイブは変わった子から懐かれたらしい。
「……それで、ヒロって男の子と約束したのね」
『はい、明日十時に待ち合わせを』『ヒロさんとの合流確認後、近隣のLBXショップへ移動します』
まぁ比較的感性の近しい子供と交流すること自体は悪いことではない、LBXも立派なコミュニケーションツールになるのだから学ぶ価値がある。問題は相手の子が大空ヒロ……大空博士の一人息子ということ。
機械と人間という違いはあるがアダムとイブにとっては兄に等しい相手、他の人間よりも遥かに影響は大きいだろう……というか、既に大きな影響が出ている気がする。
「随分好かれてるみたいだけどふたりはヒロのこと、どう思ってるの?」
『好意、という感情を理解するにはデータが不足しています』『しかし私たちはヒロさんに接近するべきと判断しました。現在の大空ヒロさんは、孤独です』
孤独……そんな言葉があっさりとアダムとイブから出てきたのに驚いた。彼らにとってはポジティブよりネガティブ、負の感情の方が理解しやすいのかもしれない。
「いい兆候だわ、そんな孤独の中にいるヒロに対して貴方たちは何をする?……何がしたいの?」
『まずは行動を共にし、ヒロさんの感情に対する理解を進めます』『しかるべきタイミングで食事を摂ることをヒロさんに提案、大空家での食育を実施します』
張り切っているふたりには悪いと思ったが、つい吹き出してしまった。
「ふふ……食育って!ヒロってそんなに酷いもの食べてるの?それは心配よね……」
『ヒロさんの所持品に大量のレトルトパックを確認しました』『レトルトパックの数量からおおよその食事パターンを予測、深刻な栄養の偏りが懸念されます』
「わかった、わかったわよ。ヒロへの食育、頑張ってきなさい」
無表情ながら自信に満ち溢れた様子で頷くふたりはまるで人間の子供のようだが気のせいだろうか、あと流石にここまでの接触規模になれば不測の事態も考えられる……明日は、こっそりついていこう。
「明日は沢山活動する必要があるんでしょう?早く休眠に入っておきなさい。アダム、イブ」
『はい、真実さん。それでは休眠モードに移行します』『おやすみなさい、良い夢を』
部屋に戻るふたりを見送ってから手元のパソコンに視線を落とす、A国の病院から傍受している大空博士のバイタルデータには異常なし。回復も、してないようだが。
しばらくこのセーフハウスからは大きく離れにくいだろう。アダムとイブ、大空ヒロの三者が今後限りなく近づくのであれば……必要なものは。
「これは……明日の朝、ふたりに渡しましょう」
他者に近づけば必然的に相手へと踏み込み、関係性を選び取ることになる。彼らには、選択肢をより多く残しておいたほうがいいだろう。
鍵の書かれた小さなメモを、そっと懐にしまった。
約束した集合場所である公園の入り口には一時間も早く着いてしまったけど退屈を感じる暇もないくらい頭はフル回転で、昨日詰め込んだLBXの知識がグルグルと渦を巻いている。
「緊張するなぁ……!ええとフレームの種類、開発メーカーの一覧、最近人気のパーツランキング、ううん……」
『ヒロさん、おはようございます』『今日も良い朝ですね』
「……ほあっ!おはようございますアダムさん、イブさん!って、まだ集合時間より一時間も前ですよ!?」
当然のように現れたふたりに驚いたけど、すぐに安堵に変わった。僕のヒーローはちゃんと約束を守ってくれたんだ!なんて僕は幸せなんだろう。
『前日の様子から、ヒロさんの行動開始時刻を予測』『検証結果、一分と七秒の遅れで到着。誤差は許容範囲内と判断しました』
「要するに僕の行動なんかお見通しってわけですね……流石はアダムさん、イブさん!」
どんなに褒めちぎられても眉ひとつ動かさない、ふたりは僕と同じ子供なのにとってもクールで、強くて、僕が憧れたヒーローそのもので……本当に格好いい。
「ではさっそくLBXショップに行きましょう!ふたりとも泥船に乗ったつもりで付いて来てください!」
『ヒロさん、その用法は誤りです』『泥船、ではなく大船に乗ったつもりで案内をお願いします』
「あ、そうでした……えへへ」
こんなに誰かと話すなんて久しぶりだ。なんて楽しい、嬉しい、もっと僕のヒーローと一緒に居たい。そのために……僕はふたりと並ぶのに相応しい人間になりたい。いや、絶対になるんだ!
一時間も前から集まったおかげで、ゆっくり歩いて向かっても開店時間に一番乗り出来た。初めてじっくりと見る沢山のLBXは……ふたりの前ということもあるんだろう、普段街中で見かける時よりもずっと輝いて見える。
「これがLBX……アダムさん、イブさん!僕がおふたりにLBXの歴史から今日のラッキーパーツまで!みっちり授業しますよ!」
『ありがとうございます、現段階では知識面での授業は不要です』『LBXを知るために、私たちに最も必要なものは経験と判断します』
「それはつまり……習うより慣れろ、実践あるのみ!ってやつですね。ちょっと意外ですけどおふたりの熱意は立派です、僕も頑張りますよー!」
目を閉じれば、鮮やかに思い浮かぶことが出来る。英雄の名を冠したLBXたちを見事に扱い、LBXを武器にする巨悪の数々を打ち倒していくアダムさんとイブさん!そしてふたりを陰ながら支え、いずれは同じヒーローへと成長して並び立つ僕……最高です!
初めてのLBX選びは冒険せず、店員さんに初心者向けとおすすめされた『ウォーリアー』のコアスケルトン付きを手に取る。組み立て動画を見ながらのイメトレで鍛えた手際の良さが活きて、ふたりよりもずっと早く僕のLBXは完成した。
「よーし、行けっウォーリアー!えっと……ここがこうで……ええと、あれ?動かない!?」
『このトラブルは想定内です、ヒロさん』『操作方法に誤りを確認、再度のマニュアル閲覧を推奨します』
「くうっ……流石です!」
僕が必死でマニュアルを読み直してる間にふたりもLBXを選んで、組み上げたようだ。アダムさんは勇ましい『ソルジャー』で、イブさんは凛々しい『ホーネット』だ。小さなLBXを肩に載せている姿は、初心者と思えないほど様になっていた。
『ヒロさんのウォーリアーと同じ、タイニーオービット社製の機体を選択しました』『動作確認次第、バトルを開始しましょう』
「僕と同じメーカーを選んで……まさか、アダムさんとイブさんと僕でお揃いってことですか!?感動です……!僕、今ならアルテミスにだって行ける気がします!」
そうだ、LBXの世界大会アルテミスは三人一組のチームだった。こんなご時世だから当分は開催されないだろうけど……いつか、アダムさんとイブさんと一緒に目指せたらすっごく楽しいだろうな。
「ではおふたりとも、準備はいいですか?バトル……スタートです!」
本気で世界の平和を願っている、眩しいふたりと同じ夢を追いかけられたら……きっともう、悪い夢も見ないんだ。
小さなLBXショップで、三人の子供が初めてのLBXを手に取り夢中で遊んでいる。その三人が兄妹で、もっと言えば人間と機械であるなど誰が気づくだろうか。
「随分楽しそうね……アダムも、イブも」
人類最高の人工知能と第三世代アンドロイド、サージェンの持つ無限の可能性……人間の持つ微細な感情すら計算しうる機械は、はたして魂を獲得出来るだろうか?数多の科学者が抱いてきた疑問にアダムとイブは答えられる、その存在をもって。だとすれば私が今目にしている風景は……人智を超えた神の御業、なのかもしれない。
「……ふたりがLBXを始めるのなら、私も一つくらい買ってみようかしら。どれに……これは、Gレックス?まだ流通していたのね」
Gレックスは、伝説のLBXプレイヤー『レックス』の愛機。あまりに絶大な人気を誇ったが故に、個人のLBXとして唯一商品化され流通した経緯を持つ。それも昔の話だから、現在まで新品で手に入る機体は決して多くない。これにしようかしら、なんて悩んでいると。
「お姉さんが持ってるの、もしかしてGレックス……ですか?その機体、俺も好きなんです!」
店内の客はあの三人しか居ないと思っていたから、急に呼びかけられて驚いた。Gレックスが好き……ということはまさか、兄さんのファン?
「いえ、その、ええと、私はただ見てただけなの。欲しかったら譲るわ、どうぞ」
振り返って一瞬、息が止まる。学ランを羽織った、時代錯誤にも見える格好をした大柄な青年の瞳が……私を見ている。
「……レックス、あんた何で……」
『この人殺し』
何回も何十回も何百回も何千回も何万回も向けられ続けた憎しみと悲痛に濡れた瞳、父への断罪を求めて詰め掛けた次世代エネルギー研究所暴走事故の被害者たちの瞳。ああ……確信してしまった、この青年は『檜山蓮の罪』を知っている。なら次に来るのは人殺しの妹への罵声か、暴力か。辛くないのに、耐えられる筈なのに。もう嫌だ、嫌だ……私、は。
ぐらりと世界が揺れ、ひゅう、ひゅうと壊れたように息が漏れる。足が震えて立っていられない、自分が情けない。無様を、見せたくないのに、せめてあの子たちの前でだけは……。
「おい、あんたどうしたんだ!?」
「ええっと、何かありました?……店員さん!早く来てください!救急車を呼ばないと……!」
うるさい、うるさい。私に何も言わないで、息が詰まって苦しいの。
『……真実さん』
すっかり聞きなれた機械音声に呼ばれて、やっと私は意識を手放した。
──世界の果てまで逃げようと罪は追いかけてくる。そして……常に真実とは、ヒトを深く傷つけるものである。
4.真実と理想郷
──少年の夢想は現実に打ち砕かれる。されど傷つき、血を流しながらも少年は真実に手を伸ばすだろう。何故ならば、自己の運命を担う勇気を持つ者のみが英雄となりえるのだから。
LBXショップからそう遠くない病院の待合室で、僕はアダムさん、イブさんと一緒に待っていた。
「……その、真実さんって、おふたりの知っている人なんですか?」
突然倒れてしまった、青い髪の女性。相変わらずアダムさんもイブさんも冷静に介抱していたけど一度真実さん、と呼びかけた声は僅かに震えていた気がする。
『真実さんは、科学者です』『それ以上の情報にはプロテクトが掛けられています、開示できません』
「なるほど納得です!日夜悪と戦うヒーローには、協力してくれる謎の博士が付きものですからね!……ごめんなさい、不謹慎でした。真実さんのこと、心配ですよね……」
優しいヒーローには、必ず大切な秘密がある。いくらふたりが親切にしてくれるといっても、部外者でしかない僕がその秘密を教えてもらえるなんて思っちゃいけないんだ。
『あの時点で、真実さんは過呼吸症候群の発作に襲われたと判断しました』『私たちもヒロさんも適切に対処しました、真実さんに生命への危険はありません』
「励ましてくれるんですね、本当に優しいなぁ……アダムさんと、イブさんは……」
そうだ、アダムさんとイブさんの望まないことを願っちゃいけない。ふたりの優しさに甘えながら、この先も穏やかに付き合っていけばいい……違う、本当は秘密を教えてほしい。悲しいことや不安なことを打ち明けてもらえるくらい、ふたりに信頼してもらいたい。アダムさんとイブさんのことを考えると、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
その時、重たい沈黙を破るように……通路の奥から言い合う男女の声が聞こえてきた。
「……だからさ、真実さん!絶対連絡してくれよ!」
「はいはい、気が向いたらね」
「絶対ですよ!」
如何にも番長です!って感じの怖い男性と物おじせず話している女性は、真実さんだ。ぼんやり見ていると話が終わったのか番長さんの方は外に走って何処かに行ってしまった。
「えっと、待たせたわね……今のはナンパされたって感じかしら?」
『ナンパ、初対面や顔見知りの対象を口説く行為』『彼の好意を受け入れたのですか、真実さん』
「……ふたりに冗談は通じないわね。あの子、郷田ハンゾウって言うんだけど……俺はレックスの弟子だとか俺のLBXは地獄の破壊神って呼ばれてるとか変なこと喋り倒して連絡先を押し付けていったのよ」
「本当に変な人ですね!お腹も丸出しですし、相手にしない方がいいですよ、真実さん!」
ふと、真実さんと目が合う。そういえば初対面なのに僕はまだ名乗りもせず失礼を僕は大空ヒロですアダムさんとイブさんには大変お世話に……なんて纏まらないことをもちゃもちゃと話しているとやんわり真実さんが言葉を遮った。
「自己紹介はいいわ、大体知ってるもの。大空博士の一人息子……大空ヒロくん」
「真実さんもお母さんを知っているんですか!?」
「人工知能開発の分野における絶対的権威。たった一人で人類に千年の進化を与えると言われる稀代の天才、大空遥……彼女のことを知らない科学者なんてそうそう居ないわよ?」
そうなんだ、お母さんがすごい科学者なのは知ってるけど他の人に褒められると何だか……照れくさい。あと根拠はないけど真実さんは絶対に良い人だ、この人がアダムさんとイブさんの大切な人……か。
「ありがとうございます、えへへ……真実さんもすっかり健康そうで何よりです!僕のヒーローであるアダムさんとイブさんも心配してましたよマミ博士……いや、Dr.マミーとお呼びすべきでしょうか!」
「ヒロくん……とりあえずその呼び方だけは止めて、何だか頭が痛くなるわ。あと、ふたりが心配してるのは貴方の方だから」
「アダムさんとイブさんが、僕を……?」
『はい、ヒロさんには重大な懸念が存在します』『私たちの手で解決する必要があります』
重大な懸念?ふたりに出会えてからはいつでも元気いっぱい絶好調な僕なのに、そんなに心配をかけていたなんて……申し訳ない気持ちと、憧れのふたりにここまで気にかけてもらえていた嬉しさで心がぐらぐら揺れる。
「その……僕の問題がおふたりの心に影を落としているなら、絶対に何とかします!遠慮なくビシバシ言ってください!」
『ご協力ありがとうございます、ヒロさん』『それではスーパーに移動し、必要な食料品を購入。大空家にて調理を開始しヒロさんと共に賞味するプランを提案します』
ええっと……なんて?ここは弱い僕を鍛え直すぞーとかそういう王道師弟的展開が来る感じでは?というかふたりの言ってることって、それって……まさか。
「貴方の家で一緒に料理して、お昼ご飯が食べたいって言ってるのよ、アダムとイブはね」
「それ、は……もちろん、嬉しいですし大丈夫ですけど。そんなことでいいんですか……?」
『ヒロさんからの承認を確認』『ありがとうございます、すみやかに当該プランを遂行します』
あれよあれよという間に僕はアダムさんとイブさんに両側から身体を挟まれ、ガシッと腕が掴まれて……そんなにおふたりはご飯が楽しみなタイプだったんですね!僕知りませんでした!
「……そうだ、そういえば真実さんはどうするんですか!?」
スーパーへまっすぐ向かおうとするアダムさんとイブさんをどうにか押しとどめながら尋ねると、答えてくれたのは真実さんだった。
「あら、子供たちの輪にお邪魔するほど私は無粋じゃないわよ?……それじゃあ私のヒーローたちをよろしくね、ヒロくん」
「はっ……はい!任されましたー!」
病院の出口で何とか体勢を直しぐんぐん前へと進むふたりに歩調を合わせて、一緒に歩いていく……遠く、微かに真実さんの呟く声が聞こえた気がした。
「大空ヒロ……貴方だけは、アダムとイブの味方になって」
仲良く旅立った三人を見送って、セーフハウスに戻る……やはり、街中は疲れた。少し休んで情報収集しつつ、夕方までにアダムとイブを迎えに行く準備をしよう。帰り道で買った甘いカフェラテを飲みながらリビングに入ると、知らない男がソファでくつろいでいる。
「突然ですまないがお邪魔しているよ、真実くん」
心臓が止まるかと思った。
先ほどからせっせと零れたカフェラテを拭き取る不審者は、腹が立つほど神妙な面持ちで謝った。
「そこまで驚かせてしまうとは、本当に申し訳ない……配慮が足りなかった、汚れた床は私が責任をもって復旧しよう」
「ガハッゴホッ……ゲホッ!」
口に含んでいたカフェラテが気道に入っていなければ思いつく限りの罵詈雑言を投げつけているところだ。しかし困ったことにこの不審者、すごく見覚えがある。
「真実くん、そろそろ落ち着いたかね」
「がほっ……誰のせいでこうなったと思ってるの!?でも、思い出したわ……貴方はLBXの創始者、山野淳一郎博士ね。まさか生きていたなんて……」
我が意を得たり、と言わんばかりの顔で頷くのが余計に神経を逆撫でするがぐっとこらえる。ここで怒ると、また噎せてしまうから。
「知っていてもらえたとは光栄だよ、やはり君もLBXに興味が?」
「小さな人型の機体に詰め込まれた、ホビーの枠を超える革新的な技術の数々。LBXが発展することであらゆる分野の技術を成長させる、まさに小さな人類とでも呼ぶべき可能性の塊……こんなテクノロジーに注目しない科学者がいるの?」
照れるな、と僅かに微笑む山野博士には全く悪意が見えなくて毒気が抜かれる……いや、どう考えたってこの人は不法侵入者なのだけど。
「それで私に何の御用ですか?山野博士。一応、世間からは隠れていたつもりだったのですが」
「隠れていた……そうだね。郷田くんにも君は真実、という名前しか伝えなかったと聞いている。しかし、私の用件を話す前に一つ確認しておきたい……君は、檜山くんの妹だね?」
ぐっと息が詰まる、やはり此処にも……いや、何処にも私が安らげる場所なんてない。突きつけられた現実にただ俯き口を噤むしかない私を見かねて、山野博士は言葉を重ねた。
「真実くん、私は……私たちは君を脅かすつもりはない。君や、君が連れているアダムくんとイブくんも含め私たち『シーカー』の下で保護したいと思っている、その代わりに君が持つ情報を全て提供してほしいんだ」
「……貴方たちを、信頼しろと?」
「今ここで君の信頼を勝ち取れるとは思わない。だが私たちシーカーは今も世界を守るため行動し、サターン事変の生存者である財前総理やクラウディア大統領とも繋がっている。必ず力になれるはずだ……話だけでも聞いてくれ。君に、守るべき大切なものがあるのなら」
世界を守る?とっくに壊れてしまったものをどう守るというのよ、つい零れそうな悪態を飲み込んで冷静に計算する。この先のアダムとイブにはどうしたって後ろ盾が必要だ。それに、未だ世界の裏で暗躍する『奴ら』が襲ってきた時にあの子たちを私一人で守りきれるわけがない……つまりこの提案は渡りに船、私の感情を差し込む余地はない。
「いいわ、交渉しましょう。貴方たちの拠点に案内して」
「ありがとう真実くん、すぐに向かおう」
人格がどうであれ山野博士は最もテクノロジーに精通する科学者の一人だ、アダムとイブの真価を理解してくれる可能性は高い。シーカーという組織が信用できれば良いが、そうでなければせっかく用意したこのセーフハウスも引き払ってまた逃げるしかないだろう……そうならないことを願って、山野博士の後に続いた。
辿りついたタイニーオービット社内の奥深く、其処は本部というだけあって中々の設備が整っていた。
「此処がシーカー本部……本当に私なんかを招き入れてよかったの?」
「ああ、まずは私たちから手の内を晒さなければ。リスクを負わずに君からの信頼を勝ち取るなど不可能だからね」
山野博士はよくこちらを見ている、人格には多大に問題があるが味方に出来れば心強い……かもしれない。しかし見極めるべきは個人より組織、シーカーが信用に足るかどうかだ。
「よく来てくれた、真実さん。俺は宇崎拓也、シーカーを率いる者だ」
「タイニーオービット社長直々のお出迎えとはね、そこまで買ってもらえて感謝するわ……ところで、そんなに私と檜山蓮は似ているの?」
私からの唐突な質問に虚を突かれたらしい宇崎社長は一瞬遠くを見て、絞り出すように尋ねた。
「どうして、君はそう思う」
「貴方たちが初めて私を見る時、信じられないって顔をするもの。いくら態度に出さなくても貴方たちの瞳は許せない、悲しい、憎らしい……って絶えず訴えかけてくるわ」
「……確かに君は檜山によく似ている、不快な思いをさせてすまない。かつて俺たちと檜山は共に戦っていたんだ、仲間として……」
感傷に浸り、言葉を続けようとする宇崎社長を遮る。
「檜山蓮の個人的な話は要らないわ、私が知りたいのは貴方たちシーカーが信頼出来るかどうかだもの……私の持つ情報が愚かな者に渡れば今の世界を更なる混沌に導くことになる、縋る藁を間違えるわけにもいかないのよ」
「そうだな……拓也くん、皆を集めてくれ。真実くんに、私たちとイノベーターの戦いを知ってもらおう」
宇崎社長と山野博士に促され奥に進む。シーカーとイノベーター……この先に待つのは世界の裏側で起きた戦いの記録、か。
海道義光が造り上げた巨大組織イノベーターと、宇崎拓也と檜山蓮が中心となり結成されたシーカーの戦いは熾烈を極めた。数々の危機を乗り越え、世界を守らんとサターンにまで乗り込んだシーカーの奮闘と願いは……檜山蓮の暗躍により水泡に帰した。八神英二と名乗った赤い髪の男による説明は余計な情報が削ぎ落とされており分かりやすく、だがそれ故に止められなかった惨劇への悲痛な想いがありありと伝わるようだった。
「……以上が我々の記録の全てだ。サターンの破壊に失敗した我々はA国に直接赴き、Nシティ住民への避難誘導などを限界まで行っていたが……檜山蓮を止められず、何十万人もの死傷者を出してしまったことに変わりはない」
「でも、サターン事変直後からのタイニーオービット社を中心とするLBXを用いた救助活動は貴方たちが主導していたのでしょう?そうでなければ早すぎたもの。あのLBXたちによって一命をとりとめた者は多いわ……貴方たちの立場で最善を尽くした、とは思えないでしょうけど」
「そうだな、あの事件には常に深い後悔が付きまとう。我々の全てが未だサターン事変の犠牲者を……山野バンの死を受け入れることが出来ていない」
山野バン……シーカーの中核メンバーで数々の戦いにおいても先陣を担い、強い意思とLBXへの情熱で戦い続けた少年。サターン事変では一人で檜山蓮との決戦に臨み、敗北した。その後は脱出も叶わず命を落としたとされている。
「……檜山蓮は、貴方たちの大切なものも奪っていったのね」
「真実さん、レックスは……!」
「ただの人殺しよ、どんな信念があったとしてもね」
会話に割って入った郷田を退け、必要な話を続ける。
「貴方たちの実力は分かったわ。それでも私の情報には交換条件がある……シーカー、いえ政府からアダムとイブの生命と安全を保障して欲しいの。そうでなければ何も話す気はないわ」
「アダムとイブ、原初の人間の名前か……真実くん、彼らは『パラダイス』に関わりがあるんだろう?」
「……何も話さないと言ったはずよ」
やはり山野博士はよく見ている、パラダイス計画の全容までは知らないだろうが下手な強硬策が通じる相手でもない……アダムとイブのためとはいえ、本当に厄介だ。
「アダムとイブってのは真実さんの連れてるガキ連中なんだろ?別にいいんじゃねぇか?」
「ふん、【隠者の逆位置】……よからぬ秘密。ただの子供相手に政府なんぞの保護を求めるわけがないだろう、相変わらず馬鹿だねぇ」
「なんだと!?」
勝手に横で喧嘩を始めた郷田たちは放っておくとして、どこまでシーカーに情報を開示すべきか……膠着状態の中で淡い紫の髪の少女、川村アミが手を挙げた。
「あの!……真実さんが守りたいアダムとイブという子に、私たちが会うことは出来ますか。秘密を明かさなくてもシーカーで保護するくらいならいいですよね?」
「それは出来ないわ、アダムとイブに会えば貴方たちは必ず秘密を暴き立てようとする……そうでしょう?山野博士」
話の矛先を向けられた山野博士は、冷静に呟いた。
「その秘密が世界の命運に関わるのであれば、否定できないな」
「世界を守る、そんな大義の結末で……アダムとイブが殺される、それだけは受け入れられないわ」
殺される、という言葉でシーカーの面々に動揺が走る。当たり前だ、誰だって人殺しにはなりたくない……だが、人間でなければ?
「真実さん、落ち着いてくれ。俺たちシーカーが子供を手にかけるなんてことは絶対にない!」
「そうだぜ真実さん、信じてくれよ!」
「……そんな台詞は人間相手だから言えることよ。いいわ、一つだけ開示してあげる」
人間と機械、生命の価値の境界を別つ事実を告げる声は冷徹に響いた。
「アダムとイブは、宇宙軍事基地パラダイスの支援コンピューター……世界を破滅させる力を人間が行使するために生み出された、人類最高の人工知能なのよ」
シーカー本部に走った動揺は収まることなく、一層緊迫の度を増しているようだった。
「軍事基地の支援コンピューターだと……?真実さんはそんな奴らと一緒に居て、危なくねぇのかよ!」
「……軍事転用可能な人類最高の人工知能か、暴走すれば人類の脅威となるのは間違いないが……」
「博士の言うことに、間違いはねぇけど……世界を破滅させるなんて、そんな馬鹿なことを考える奴がまだ居たのかよ……」
口々に上がるのは自分たちと異なるものへの恐怖、懸念……想像通りの展開に呆れさえ出てくる。
「真実くん、君の要求は理解した。しかしアダムとイブのために、人類を危険に晒すことは出来ない」
「……人を殺すのはテクノロジーじゃない、驕った人間たちがテクノロジーを人殺しの道具に変えるのよ!私の前で、知ったような口を利かないで」
「君の気持ちはよく分かる、しかし我々の懸念も無視はできない……そうだろう真実くん、君は科学者としてどう答える?」
流石は山野博士と言うべきか、的確に痛いところを突いてくる。よりにもよって科学者として答えろとは、随分残酷なことを命じるものだ。
「待ってください!たとえ初めに創られたのが宇宙軍事基地でも、今のアダムとイブは兵器じゃない。そうですよね?真実さん……」
「確かに宇宙軍事基地の全ては既に私が破壊したわ。今の彼らはシステムから切り離され、ただ考え続けるだけの存在よ……でも力はある」
「真実くんの言う通りだ、大いなる力を秘めたアダムとイブが悪意ある者に操られれば……或いは、彼ら自身が人類の敵になることを選べば取り返しのつかない悲劇を生むだろう」
人類最高の人工知能が持つ無限の可能性は、そのまま彼らが人間の制御下に収まることのない危険性を示している。この事実に科学者として反論するのは、不可能だ。
「アダムとイブが人類の脅威になることはない……そう言い切ることは出来ないわ。私は科学者として彼らの可能性を観測してきたもの、無意味な嘘はつけない」
「じゃあ、その子たちの命は諦めろっていうんですか!?」
「科学者としては、ね。本当にもうお手上げよ、それでも今まであの子たちを見てきた一個人として言わせてもらえるなら……『信じてほしい』としか言えないわ。きっと遠くない未来で、アダムとイブの価値は彼ら自身が証明する」
孤立無援の中、情に訴えるなんて悪手にもほどがある……しかし、使える手はもうこれしかない。
「ねぇ拓也さん、八神さん……いくら危険な可能性があるからって、まだ何もしていないアダムとイブを私たちの勝手な都合で消去するなんてしませんよね?私は……その子たちってLBXと同じじゃないかって思うんです。たとえ間違いを起こしたとしても私たちの手で正していけば共存できるはずです、違いますか?」
「だよな!危ないから全部捨てる、なんて俺も嫌だね。LBXと同じ、人間次第で良くも悪くも転ぶんなら俺たちが教えてやればいいんだ。それを消すなんてやった日にゃ……バンの怒る顔が、目に浮かぶぜ!」
バンという言葉が出た途端、空気が一変した。肌を刺す敵意が霧散し、柔らかな光が差し込んだような……一体、これは。
「アミやカズの言う通りだ。俺たちはLBXを、人間とテクノロジーの未来を決して否定しない。生まれる場所を間違えたアダムとイブの、正しい居場所を俺たちで作るんだ」
「財前総理は我々で説得しよう、必ず成功するとは約束できないが……全力を尽くす」
想定もしていなかった流れに狼狽えていると、山野博士がぽんと私の肩を叩いた。
「希望を紡ぐのは、いつだって子供たちだということだ。君がもう一人で戦うことはない、私たちもアダムとイブを守ろう」
「そうだ!改めて言うぜ真実さん、俺たちを信じてくれ!」
「なるほど、【星の正位置】……希望を見出す。人類最高の人工知能とやらの可能性、俺も興味があるね」
情に絆されてその身に余る危険を受け入れるなんて、本当に馬鹿な人たち……でもこれで、未来は繋がった。
「そう、ではアダムとイブを貴方たちに託すわ。私が知るパラダイス計画の全容と、その首謀者たちの情報も開示する。だから……絶対に止めてほしいの、A国に残された秘匿情報『パラダイスの遺産』を手に入れ、世界を支配しようと企むテロ組織……『ワールドセイバー』を」
果たしてこの世界に守る意味があるのか、私の選んだ答えは正しかったのか……その結論は、貴方たちに賭けてみるわ。
スーパーから家に帰った僕たち三人は、いそいそと山盛りの食材をキッチンに並べた……本当に食べきれるんですかアダムさん!イブさん!
「あのぉ~本当に言いづらいんですけどこれ、僕たちの晩ご飯には多すぎますよね……?」
『はい、本日購入した食料品は一週間分の量です』『適切に保存すれば腐敗の危険性はありません』
「一週間!?……えっいや、あの。じゃあおふたりは……その……」
尋ねていいんだろうか、望んでいいんだろうか、今日この瞬間だって奇跡なものみたいだって思うのにこの先まで求めるなんて。
『はい、継続的な食育こそヒロさんに必要と判断』『明日も私たちは、ヒロさんとの食事を提案します』
「……っ、あはは。僕はもうちっちゃい子じゃないんですから、一人でご飯くらい平気ですよ!アダムさんもイブさんも、心配性だなぁ……でも嬉しいです、本当に、嬉しくて……」
強がらなければ涙が溢れてしまいそうだった。ふたりと一緒に戦う未来のヒーローたるもの、そんなんじゃいけないって分かってるのに。
『調理を開始しましょう、ヒロさん』『まずは共に、カレーの下ごしらえを』
今にも泣きだしそうなみっともない僕の顔に触れず、淡々と進めてくれるふたりの優しさに救われる。明日も居てくれるんだ、明後日も、その先も……やっぱりふたりは、僕のヒーローなんだ。
小一時間くらいのお料理タイムを乗り越えリビングのテーブルの上に並んだのは、福神漬けが添えられたごろっと野菜の見えるカレーにシャキシャキレタスのシーザーサラダ……やっぱり多くないですかアダムさん!イブさん!
『調理完了。栄養価、規定基準を突破』『カレーが冷める前に賞味しましょう、ヒロさん』
「はっはい!それでは、いただきまーす!」
素っ頓狂な僕の声に合わせいただきます、と復唱するふたり。ああ、本当にアダムさんとイブさんと食卓を囲んでるんだなぁって感慨深くなる。一口、掬ったカレーを口に運ぶと手作りでしか味わえない複雑な美味しさと温もりが口の中いっぱいに広がった……作ったのはふたりなのに、味付けだって全然違うのに、これはお母さんの味だと思った。
「美味しい……美味しいです!本当に……おふたりのカレーが、美味しくて……涙が出ちゃいますよ……」
ぐちゃりと視界が歪んだ。お母さんを思い出した瞬間に何もかも耐えられなくなって、ぼろぼろと涙が零れて、声も抑えられない。ごめんなさいアダムさん、イブさん。楽しい食事にしたかったのに、貴方たちに恥じないヒーローになりたかったのに、僕にはやっぱり出来ないんです、こんなに弱い僕じゃ、何も。
『人間の、心を伴った涙にはストレス軽減の効果があります』『精神状態が回復するまで続行しましょう、ヒロさん』
それはどういう慰め方ですかアダムさん!イブさん!……でも、すごくふたりらしい。全く……そんな風に言われたら、泣くのが恥ずかしいなんて思えないじゃないですか。
散々泣いて、少し冷めたカレーをお腹いっぱい食べて、一緒に片付けもして……もしふたりが僕の弟妹だったら、なんて夢を見てしまうくらいに温かな時間だった。
「こんなに優しくしてもらえて、何だかおふたりに選ばれてるような気になります。アダムさんもイブさんも、誰にだって優しいのに……もう、他の人だったらうっかり勘違いしちゃいますよ!」
『いいえ。誰にでも、ではありません』『私たちはヒロさんと、他の人間を明確に区別しています』
「……え?」
アダムさんとイブさんの言っている言葉の意味が理解できない、僕が特別?そんなのありえない、のに。
『ヒロさんに、内部情報の一部を開示します』『遥さんとヒロさんは私たちの最優先防衛、保護対象実体として登録されています』
「僕と、お母さんが……?どうしておふたりはそんなに、僕たちを気にかけてくれるんですか?」
『……情報プロテクトがかけられています』『これ以上の情報開示は、管理者権限により制限されています』
初めて見る苦しそうなふたりの表情に、どう声をかければいいか分からない……僕には話せない秘密、話したくない事情があるなら踏み込みたくない、それでも。
「もしかしてアダムさんとイブさんは、お母さんに恩義があるんですか?でもそんな過去には重大なヒーローの秘密が隠されていて、とか……だったら僕を助けてくれるのも納得です!」
『その推測は多くの点で間違いです、ヒロさん』『……恩義、に関しては当てはまると判断します』
やっぱり、ふたりはお母さんと知り合いなんだ。どういう関係なんだろう、どんなことを話したんだろう、お母さんはふたりをどう思って……無限に溢れてくる、知りたい気持ち。本当に僕が特別なら、踏み込む資格があるなんて自惚れてもいいのだろうか。
「あの、これは我が儘だって分かってます。けど僕はいつか絶対アダムさんとイブさんと、友達に……対等になりたいんです!どうしたら、僕を信頼してもらえますか?どんな努力だってしますから……おふたりの秘密を、打ち明けてほしいんです」
『……ヒロさんからの、要請内容を検証』『情報開示は不可、しかし管理者により設けられた特例条項に合致すると判断しました』
ぐっと何かを覚悟したような表情のふたり。僕もつられるように息を呑むと、アダムさんが懐からそっと一枚の紙を差し出した。
『これは私たちの情報プロテクトを無効化する、解除コードです』『特例条項を満たすため、必ずヒロさんの手で入力してください』
「僕の手で、解除コードを入力……?」
小さなメモに記された、ただの英数字の羅列。それがまるでアダムさんとイブさんの心臓を渡されたみたいで……何よりも重たく、僕の掌の上にのしかかった。
「ええっと……僕を揶揄ってる、わけないですよね。僕の覚悟を試してるんだと思いますけど……でも解除コードってちょっと大げさじゃないですか?おふたりはロボットじゃないんですから、ね?」
『その質問には回答できません』『解除コード入力の中止は、いつでも可能です。ヒロさんが嫌なら……』
「嫌じゃありません!入力します……させてください!」
アダムさんとイブさんは、本気だ。この解除コードはきっとふたりなりの、精一杯の譲歩なんだろう……僕の覚悟を示す、最後の機会のように思えた。
緊張に震える声で、解除コードを読み上げる……大丈夫だ、僕たちの関係は変わらない。この先だって、ずっと一緒なんだ。
『解除コードは正確に入力されました』『管理者権限による情報プロテクトを無効化、大空ヒロさんには全ての情報へのアクセス権限があります』
「えーと、それではお聞きしていきますけど……おふたりはロボット、というわけではありませんよね?」
『正確には、私たちは男性と女性の思考ルーチンを有し、二機一対として稼働する人工知能です』『開発目的は争いのない世界の構築、その至上命題のため遥さんにより創られました』
ぐわん、と頭が揺さぶられたように感じた。お母さんがアダムさんとイブさんを創った?本当に、ふたりは僕の弟妹……?
「ちょっと……事情を呑み込むのに時間がかかりそうです……でもおふたりがどうして僕を見つけてくれたのか、分かってスッキリしました!」
憧れのヒーローがお母さんの創った人工知能だった、びっくりしたけど……すごく嬉しい。A国でもお母さんは世のため人のために働いてたんだって、分かったから。
「ということはその、アダムさんとイブさんは僕の家族だって……そう思ってもいいんですか?」
『……はい、私たちもヒロさんと、いいえ、ヒロと家族になりたい』『ヒロと接近し、ヒロの感情を分析した私たちは、そう結論を出しました』
「そう、なんだ。ふたりも僕と家族に……嬉しいです。いや、すっごく嬉しいよ!これからも一緒に頑張ろう、アダム、イブ!」
優しい微笑みで頷くふたりの姿に、胸が温かくなる。壊れてしまった世界で、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「そうだ!アダムとイブがお母さんと居た時の話とか聞きたいな!ふたりが生まれたのはやっぱりA国だよね?」
『いいえ、私たちが製造された場所はA国ではなく宇宙に在ります』『其処は宇宙軍事基地パラダイス内部、メインコントロールルームです』
「軍事……基地?何でそんなところに、アダムとイブが……?」
どうして僕は忘れていたんだろう。世界の平和も、大切なものも、僕の手の中には留まってくれないのに。どうしてふたりだけは、なんて思い上がっていられたんだろう。
呆然とする僕を心配したのか、アダムとイブは更に言葉を……僕の疑問への回答を続けていく。
『宇宙軍事基地パラダイスは、A国副大統領アルフェルド・ガーダインさまの手で造られました』『ガーダインさまを頂点とする、圧倒的な武力による平和の実現。それがパラダイス計画の概要です』
武力で支配して平和だ、なんて。そんなのすごく悪い奴じゃないか、何でアダムとイブがそんな奴に「さま」なんてつけるんだよ。
『私たちは宇宙軍事基地パラダイスを支援するために設計されました』『遥さんもパラダイス計画を了承の上で、私たちを創りました』
やめて、やめてよ!何でお母さんが、ふたりが悪人の味方をしてるんだよ。ニュースで流れたサターン事変の爆心地の映像、何十万人もの犠牲者を伝える悲痛な声が頭の中でリフレインする。
『……激しい心拍数の上昇を確認』『ヒロ、どうかしましたか』
「もうやめてくれって言ってるんだ!!……もう、何も聞きたくないよ!」
突然叫んだ僕に驚いたアダムとイブは、困惑したように僕を見つめている。
「こんなことになるなら出会いたくなかった、こんなの知りたくなかった!嫌だ、嫌なんだよ!お母さんが悪の科学者だなんて……僕のヒーローが、僕の弟妹が、人殺しの道具だなんて!!」
『私たちが人殺しの、道具』『ヒロの発言の検証を開始……否定は不可能と、判断しました』
アダムとイブに、酷い言葉を投げつけている自覚はあった。たとえ生まれた場所が軍事基地でもふたりが僕を見つけて、一緒に居てくれたことに変わりはないのに。
「ごめん、僕……頭がぐちゃぐちゃで、アダムとイブのこと傷つけちゃうから……ふたりは帰って、僕のことはもう構わないで……」
『……ヒロの提案を、承認』『何かあればCCMに連絡をください……さようなら、ヒロ』
僕のヒーロー、僕の弟妹、アダムとイブが僕の元から去っていく。きっともう、会うことはない……独りの部屋が寂しい、なんて久しぶりに思ったな。
かつて神の寵愛を得た弟を兄は激しく妬み、これを殺した。人類の犯した最初の殺人……即ち、兄弟殺し。
──ひとごろしは、どこに行っても嫌われるのよ。
『……思考演算を、開始します』
『私たちがガーダインさまの命においてヒロを殺害した可能性を演算』『ネガティブ、ガーダインさまは死亡が確認されています』
『私たちがパラダイスにおいてヒロを殺害した可能性を演算』『ネガティブ、パラダイスは真実さんによって完全に破壊されました』
『……私たちが絶対にヒロを殺害しない可能性を演算』『……ネガティブ、絶対という保障を私たちが与えることは不可能です』
『……私たちの存在理由、その正当性を再検証』『……その解答を導くには、時間がかかります……』
雨の降りしきる道端で、機械の子供たちが虚ろに立っている……ひたすらに対話と演算を繰り返す様子に、全てを察した。
「もういいわアダム、イブ……帰りましょう、貴方たちに聞かせたい話も沢山あるの」
『……真実さん、私たちには致命的な欠陥が見つかりました』『すみやかなプログラムの修正を、要請します』
「いいえ、大空博士の構築に欠陥はないわ。貴方たちの思考には必ず意味がある……考え続けなさい」
項垂れる小さな背中に傘を差しかけ、これ以上濡れてしまわないようにふたりの身体を抱き寄せた。
──理想郷は未だ遠く、荒野を彷徨う罪人たちは其処にどんな楽園を築くのだろうか。
5.Little Battler eXperience
──それは箱の中に残された、小さな希望
大空ヒロからの拒絶を受け、人間でいうところの憔悴状態になっていた今のアダムとイブをシーカーの面々に引き合わせて悪影響が出ないだろうか……などという心配は、杞憂だったようだ。
「アダムとイブもLBXを持ってるのね!とっても嬉しいわ!」
『はい、私はソルジャーを使用します』『私はホーネットを使用します』
「へー、見た感じカスタムもしてねぇしまだまだ初心者って感じかぁ?……よっし!俺らとバトルしようぜ、色々教えてやるよ!」
子供たちとのコミュニケーションツールとしてLBXの存在をアダムとイブに教えておいたのは功を奏したらしい、二対二なら……タッグバトルか。
「待ちな、アダムとイブ相手のバトルなら俺もやる」
「あ~?仙道お前なぁ、初心者相手に手加減できんのかよ?」
「ふん、毎回馬鹿力で攻めて破壊しか出来ない奴と一緒にするな」
「なんだとぉ!?」
相変わらず郷田は喧しいわね……六人なら三対三でのバトルかしら、まぁアダムとイブなら対応できるでしょう。
「そうだ、真実さんはLBXバトルしないんですか?」
「私が?……子供たちだけでやりなさいな、そもそも私は自分のLBXも持ってないわよ」
「だったら、なぁ?見せてやれよ郷田!」
「あぁ、安心してくれ真実さん!今日からはこいつが真実さんの機体だ!」
郷田が突き出してきたのは……あの時のGレックス、すぐ使えるようちゃんと綺麗に組み立ててある辺りに郷田の気合が透けて見えるのが怖い。
「……参加するのはいいけど、人数が七人じゃキリが悪いわよ。アダムとイブにバトルロイヤル形式の経験はないし……」
「じゃあまずは真実さんとアダムとイブでチームを組んでください!私たちのチームはジャンケンで決めましょう!」
「よっしゃ!まずはジャンケンでバッチシ勝ってやるぜ!」
「アダムとイブに勝つのはこの俺だ……負けるかよ!」
異様に白熱しているジャンケン大会の間に、郷田から贈られたGレックスを調整する。アダムやイブと組むのなら、情けない負け方はしたくない。
『LBXバトルにおいても最善を尽くしましょう、真実さん』『対戦データは不足していますが、現時点で私たちのLBXに最適な作戦を立案しました』
「ふたりともやる気満々ね、まぁいいことだわ……せっかくのLBXバトルだもの、楽しんで勝ちましょう」
子供たちとLBX、人間とテクノロジーの調和。かつて、父や兄の描いた夢を守ろうとしていた頃の……私が科学者として守りたかった風景が、此処に在った。
ソルジャーとホーネットがその身に代えて切り開いた活路を進むGレックス。その拳があと数ミリでパンドラに届こうとした刹那、片足が破壊されバランスを崩していたはずのフェンリルから放たれた正確な狙撃によってGレックスはブレイクオーバーし、私たちのチームは負けた。
「完敗ね……流石に現役プレイヤーには及ばないわ」
『作戦は失敗しました。真実さん、戦闘データを解析し次回に反映します』『アミさん、カズヤさん、郷田さん、対戦ありがとうございました』
完璧に負けたが楽しかった、アダムとイブにとってもいい経験になっただろう。対して向こうのチームは……何だか笑顔が引きつっている。
「あ、危ねぇ……パンドラがやられてたら俺一人でGレックスを止めるなんて無理だったぜ……」
「正直負けるかと思ったわ……フェンリルもパンドラもあと一撃で決まるところだったし、ハカイオー絶斗に至ってはビルの下敷きだし!」
相手チームが持つ機体との性能差を考えた私たちの作戦はこうだった。基本は前衛のGレックスをソルジャーで補佐しながら相手のチームによる攻撃を抑え、後衛のホーネットによる狙撃で隙をつく体制。街中を模したジオラマを活かしまず破壊力の高いハカイオー絶斗を倒す、厄介な狙撃手のフェンリルは無理に倒そうと焦らずバランス機構を崩すことで無力化し、孤立したパンドラに止めを刺す……成功しなかったのは、単純にプレイヤーの腕の差だ。
「真実さんは初心者……じゃありませんよね?」
「私は元々オメガダインでLBX開発を担う技術者だったから知識はあるわ、でもバトル自体はたまにテストプレイヤーと戦うくらいの経験しかないわよ」
「じゃあ山野博士みたいなもんじゃん……そりゃ強いはずだぜ」
「大げさよ、流石にあんな人と一緒にされたらかなわないわ」
兎にも角にもバトルは終わった。もうじきシーカー本部からの呼び出しも来るだろう、早くLBXたちをメンテナンスしてやらないと……そういえば、さっきから郷田が黙ったままだ。
「おいおい、あんなにでかい口叩いておいて初心者相手に負けるとは……地獄の破壊神とやらも大したことないねぇ?」
「……ああ、言い訳はしねぇ!俺は見事に負けた……アダム!イブ!今日から俺はお前たちの舎弟だ、好きに使ってくれ!」
『舎弟……実の弟、或いは弟分』『その発言は理解不能です、郷田さん』
「勝手にアダムとイブを不良の道に引きずり込まないでほしいわね……」
機械と人間の、ただ穏やかに流れる平和な時間……たとえ私たちの想いがどうであれ、そんな時間は長く続かないものだけど。
『みんな、中央会議室に集まってくれ!真実さんが提供してくれた情報の裏が取れた、今後の作戦について説明する!』
遊びはもう終わり、これから始まるのは……人類とテクノロジーの未来を賭けた戦いだ。
決戦への招集、集められた会議室の中央にはホログラムで再現されたA国の映像が浮かんでいた。
「現時点で判明しているワールドセイバーの狙いは、三つに分けられる。まずアダムとイブや大空博士を手に入れパラダイス計画を蘇らせること。そしてオメガダイン跡地に残る秘匿情報『パラダイスの遺産』を解析し、A国副大統領アルフェルド・ガーダイン、オメガダイン総帥であるアラン・ウォーゼンたちが世界中に建造した兵器工場や備蓄した破壊兵器の全てを奪取すること……最後にA国大統領府を襲い、名実ともに世界の実権を握ることだ」
「今のワールドセイバーは世界の混迷に乗じて中東地域を拠点に実効支配を強めているわ。彼らの目的は圧倒的な力で人々を従属させること、その為なら人々の拉致や殺害も厭わない……イノベーターにも勝るほどに危険な組織よ」
「里奈の言葉通り、これからのミッションはかつてない危険を伴うものになる。そして今度こそ、失敗は許されない」
シーカーの面々に緊張と悲痛の色が走る、自分たちが失敗すれば世界がどうなってしまうか……サターン事変はあまりに大きな教訓だった。
「ワールドセイバーって連中がA国に辿りつく前に、ぶっ潰しちまうことは出来ねぇのか?」
「無理ね、ワールドセイバーの構成員はあらゆる国に潜入し好機を窺っている……奴らの主戦力が集まるであろうA国で待ち構えた方が得策よ」
下手に先手を打てば即座に私たちの動きは察知され、簡単に逃げられてしまうだろう。ワールドセイバーは戦争の中で生まれたテロ組織、イノベーターよりも残忍で狡猾だ。
「A国へは三日後、エクリプスで上陸する」
「三日後?……随分悠長だな」
「それに関しては私から説明しよう」
山野博士が前に出ると皆一様に押し黙り、彼の言葉を待った。
「まず、戦いに備え皆のLBXを改修する必要がある。私と霧島さん、そして真実くんでプレイヤーの命を守る安全装置を造りLBXの内部に組み込むんだ」
「LBXでプレイヤーを守る安全装置……初耳です、どんな仕組みなんですか?」
「提案したのは私よ、かつて私がオメガダインで研究していたLBX搭載型の衝撃吸収フィールド発生装置……今の博士たちならすぐに形に出来るわ」
「サターンでは強力なジャミングによりコントロールポッドが使えなくなり直接生身で乗り込む必要が生じた、ワールドセイバーがLBXを戦力と捉えているなら同じ手を使う可能性は高い……それに」
ほんの一瞬だけ、山野博士の瞳が悲痛に揺れた。
「この装置は持ち主の危険をLBXに備わった各センサーで判断し、瞬時に作動する……一人分であれば最大六時間ほどあらゆる熱衝撃に耐えられるものだ。たとえ作戦が失敗しても、君たちの生存出来る可能性は飛躍的に向上する」
山野博士が何故三日間もの時間を求めたのか、言葉に出さなくても全員の脳裏には一人の少年の名が浮かんでいただろう。山野バン、サターン事変の中で命を落としたとされる子供。
「世界の危機であることは理解している、しかし私は……その為なら君たちに犠牲になってくれ、とは言えない」
「……分かった、そりゃ俺たちの命には代えられないよな」
「ふん、【吊るされた男の正位置】……守るべき者の為の自己犠牲。世界が滅んでも捨てられないのは親心……か」
全員が山野博士に同意したところで話を引き戻したのは宇崎社長だ。
「Fシティで入院している大空博士の警護にはA国の国防軍、ジャック・ジェラート中尉の率いる部隊がついてくれることになった。ひとまず安全だと思っていいだろう」
「アダムとイブは私たちが守るから大丈夫ね!後は……」
「大空ヒロ、大空博士の一人息子……あの子も狙われる可能性があるわ」
私が挙げた名前に、会議室の隅で様子を見守っていたアダムとイブが僅かに反応するのが見えた。
「事情を説明し、ヒロくんの身柄もシーカーで保護した方が良いだろう」
「母親が大量殺戮兵器の建造に関わっていたなんて知って、素直に従ってくれるかしら」
「……では、僕が彼を説得します」
名乗り出たのは銀の混じった黒髪の少年、海道ジン……あの海道義光の孫としてサターン事変からしばしばテレビの顔となっていたのを思い出す。
「そうだな、ここはジンに任せよう。俺たちのA国での防衛目標は大きく分けて臨時大統領府とオメガダイン跡地になるが、敵勢力の情報に関してはまだ足りないのが現状だ」
「それも三日間の間に何とかしよう……まだ皆には明かせないが、私に考えがある」
「じゃあその辺は博士たちに任せて、俺らは修行だな!」
「そうね、負けないわよ!」
私は山野博士の喪ったものの大きさを知らない。だが去りゆく博士の背中に見えた危うい影を、決して見落としはしなかった。
ブリーフィングを終え、自室に戻ろうとする背中。闇の中にも映える燃え立つような青い髪が、どうしても記憶の奥底に居座る男の姿を思い起こさせてしまう。
「……初めまして、檜山真実さん」
「あら、貴方は海道ジン……海道義光の孫ね」
不敵に笑う表情にさえ滲む面影、本当に彼女がレックスと十八年間も生き別れていた妹だとは信じられないほどによく似ていた。
「A国へ赴く前に、貴女に幾つか質問がしたい。不快にさせるかもしれませんがこれは僕が必要だと判断しました、答えていただけますか」
「別にいいわよ?これからまた命がけの戦いになるんだもの、不安要素は少しでも排したほうがいい」
いつだって揺らぎない言葉、今から僕が尋ねることも真実さんにとっては想定内なのかもしれない……それなら尚のこと、問いたださなければならない。
「貴女は憎んでいませんか、レックスを助けられなかったシーカーを。そして貴女たち家族を破滅させた海道義光の孫である、この僕を」
「檜山蓮は自ら望んでサターン事変を起こした、その結果命を落としたとしても本望だったでしょう……其処に無念も後悔もないのなら、私が感情を挟む理由がない。そして貴方が海道義光の孫だったとして素直に憎めるほど、私は光ある人生を歩んできてはいないわ。あと言葉を返すようで悪いけど、憎んでいるのは檜山蓮によって祖父を亡くした海道ジン……貴方のほうでしょう?」
ぐっ、と息が詰まる。レックスの面影を宿した彼女が向ける、何もかもを見透かすような瞳を恐れたことも、憎んでしまったことも否定できない事実だ。
「……その通りです、僕は未だに憎しみを断ち切れていない。レックスが死んだ後も、貴女が彼の妹だと知った時に復讐を考えてしまったことがあります……しかし僕は憎悪から貴女に問いを重ねているわけではない、それだけは信じてください」
「分かっているわ、カズやアミが話していたもの……貴方は個人の憎しみではなく大切な仲間たちのために動いている」
「はい、では単刀直入にお聞きします。貴女は何故アダムとイブを庇い、今も戦っているのですか?……僕は、貴女の戦う理由が知りたい」
僕からの問いにくつりと笑う、その表情から真実さんの感情を読み取ることは難しい。
「良い質問ね、というよりシーカーの誰も私を疑わないから貴方が動いたと言った方が正しいかしら?」
「……貴女はあまりにもレックスによく似ている、そのことが皆の判断を鈍らせている面もあると思っています」
「そう、檜山蓮は随分信頼されているのね。サターン事変なんてものが起きてさえも」
信頼、している……そうだろう、シーカーの皆は惨劇が起こり二か月が経っても何処かでレックスの裏切りを受け止めきれないでいる。それほどレックスが彼らを相手に積み上げてきた信頼は重い、それは今も同じ瞳をした真実さんに向けられている。何があっても捨てきれないのが人の想い……だからこそもう繰り返すわけにはいかない。
「既に皆は貴女を信頼している、もし此処で貴女が裏切れば今度こそシーカーは終わるでしょう」
「同じ轍は踏みたくないというわけね。その考え方、良いと思うわよ」
明確な不信を向けられても全く動じない、真実さんが真に仲間として戦ってくれるならこれほど心強いものはないだろう。
「僕も本当は彼らと同じくらいに貴女を信頼したい、だからこそ貴女の戦う理由を知らなければいけないんです」
「……別に答えてもいいけど足が疲れてきたわ、少し長い話になるし続きは私の部屋でもいいでしょう?」
真実さんの提案に小さく頷いて、真っ直ぐ歩き出した彼女の背中についていく。この先で待つ選択が未来を大きく左右するだろう、バンくん……僕は今度こそ、仲間を守ってみせる。
迎え入れられた真実さんの部屋には机の上のノートパソコンやタブレット、手入れされたGレックスの他に私物らしきものは何もなかった。
「それでは貴女の答えを、お聞かせいただけますか」
「そうね、ではまず十八年前の次世代エネルギー研究所の暴走事故は知ってるでしょう?檜山蓮を果てのない復讐に奔らせた呪われし事故。私にとってもそれが、全ての始まりだったわ」
机を挟んで向かい合い座る真実さんから、タブレットの画面を見せられる。数万人にも及ぶ死傷者を出した史上最悪の暴走事故、その悪意に満ちた報道記事の数々……これほどの惨劇でさえ、お祖父さまの犯した罪の一つでしかない。
「……貴女もお祖父さまに、復讐を考えましたか」
「いいえ、あの頃の私は何も知らずただ日々を耐えるだけだった。亡き父の研究を蘇らせることだけを支えにしてね、これを見て」
「この設計図は、エターナルサイクラー……?」
「山野博士のものとは似て非なるものよ。これは父が設計したものの当時の技術では再現できず暴走事故を引き起こした美しき禍い……私が復活させ『モイラロギア』と名付けた永久機関よ」
モイラロギア……死者を運命の女神の手に委ねる、古代ギリシアにおける葬送の頒歌を意味する言葉を寄せたのは真実さんから喪われた父への鎮魂の想いなのか。
「父は最期まで私は間違っていない、信じてくれと言っていた。父の永久機関を証明し、末期の願いを叶えることだけが私の生きる理由だった」
「そして、貴女は完成させた……モイラロギアを」
「だが実用化させるには至らなかった、父の願いを託すに足る協力者が見つからなかったから。私は科学者として各地の研究所や技術開発機構を渡り歩き……オメガダインに身を寄せた」
LBX管理機構オメガダイン、その総帥であるウォーゼンはガーダイン副大統領と結託。多くの兵器を作り出し、LBXすらも軍事利用しようと企んでいた。図らずもレックスが滅ぼした巨悪の一つ、ということになるだろう。
「其処で私はLBXに埋め込まれたマリオネットシステムやそれを利用したパラダイス計画を知ったわ。檜山蓮の愛した技術でもあったLBXを人殺しの道具にさせたくない、計画を阻止するために中枢へと入り込んだ私は大空博士と……彼女が手掛けていた人類最高の人工知能、アダムとイブに出会った」
「大空博士は何故オメガダインに協力しアダムとイブを創ったのですか?やはり山野博士のように、ウォーゼンに脅されてのことでしょうか」
「彼女とは深く話したわけじゃないけど、主な動機は科学者としての向上心と探求心ってところね……まぁだからといって別に彼女は悪人というわけではないわ、科学者というものはちょっと大局的にものを見過ぎるきらいがあるの。たとえ生み出した技術が悪用されようと遠く未来の人類にとって恩恵を齎すものであれば良しとする、だから自らの研究を形に出来る潤沢な資金や設備があれば悪人にも従ってしまう……そんな科学者は多いのよ」
真実さんは平然と語るが、僕はとても恐ろしい話だと思ってしまう。その多くの科学者たちも山野博士のように人類がより良い未来を目指し、善良であろうとする意志を信じているのだろうが取り返しのつかない過ちというものは存在する。お祖父さまやレックスの起こした惨劇もまた長い歴史で繰り返されてきた人類の過ちの一部に過ぎないのだから……世界も滅ぼせるほどに発展してしまった科学を正しく扱える人間など、本当にいるのだろうか。
「少し話が逸れたわね、私はパラダイスのコントロールセンターを擁したフューチャーホープ号の責任者として大空博士やアダムとイブの全記録を閲覧していたわ。彼らが秘めた可能性は確かに人類を比類なき発展に導くことが出来る、しかし宇宙軍事基地に繋がれたままでは間違いなくパラダイス計画によって人類の未来は潰え、アダムとイブも人殺しの道具に終わってしまう……だから今のように連れ去ろうと考え、必要な準備をしていたの」
「アダムとイブそのものをアンドロイドに移し、フューチャーホープ号で脱出する……貴女がパラダイスの全てを破壊していなければ、今頃人類は滅びていたのかもしれませんね」
「それはどうかしら……ちょっと聞くけど海道ジン、貴方は神というものを信じているの?」
突然向けられた質問の意図が分からず、一瞬思考が止まる。信仰する神はいない、もし僕の中に神というものがいたならば……それはお祖父さまの顔をしていただろう。
「貴方の神は海道義光だった、そんなところかしらね……科学者もまた信仰深いものが多いわ。私たちの大半が信じるのは、それぞれが全く異なる『科学の神』とでも呼ぶべき存在だけれどね」
「では貴女が信じる科学の神は、檜山丈志さんだったというのですか?」
「その通り、よく分かってるわね。私は、私の信じる神に殉じたかった。父に胸を張れるように迷いなく生きたかった……サターン事変が起こるまではね」
真実さんの話は確信に近づいている、そんな予感があった。彼女はレックスの凶行に、何を思ったのだろう。
「私は檜山蓮を止められなかったことを後悔した、何よりたった一人の残された家族にそんな選択をさせてしまったことが悔やんでも悔やみきれなかった。もし死んだあの男が未練でも残していたら、或いは少しでも運命が違っていれば……私もまた同じように世界へと復讐していたかもしれない、そう思ってしまうほどには悩んだわ」
「けれど貴女はアダムとイブを……僕たちと世界を守る道を選んだ、それは何故ですか」
「サターン事変に巻き込まれ大空博士は意識不明の状態に陥った、創造主を失ったアダムとイブ……親を奪われた子供に同情したから、それでは不足かしら?」
「ここまで聞いてきた貴女の信念や過去を思えば十分すぎる理由です、しかしそれだけではないでしょう」
僕の言葉に皮肉っぽく笑った真実さんはまたタブレットに触れ、画面を見せてきた……その画像は相当古い過去の記事を撮影したものだ、其処に載せられた写真の中で檜山丈志さんと思わしき男性が微笑んでいる。
「父はよく語っていたわ『人類とテクノロジーの調和した未来、それこそが人類にとって最良の選択である』とね。私はアダムとイブに父の希望を見た、私は彼らに私たち家族の夢を託したのよ」
「……それが貴女の、戦う理由なんですね。科学者としての信念と家族の夢を叶えたいという願いが貴女を動かしている……ここまでお話くださり、本当にありがとうございました」
「どう?私の長話は貴方のお眼鏡に適ったかしら」
「当然です、疑ってかかるような真似をしてすみませんでした。これからは共に戦う仲間として、よろしくお願いします」
握手を求め手を差し出せば、一瞬だけ困惑したような表情の後にそっと握り返される。意外なことに思えるが、真実さんは信頼を向けられるのに慣れてないのかもしれない。
「じゃあお礼の代わりと言ってはなんだけど、山野バンってどういう子だったか聞かせてくれる?」
「……バンくんのことを?」
ぽつり、と涙の雫が落ちた。
「まだ辛いことなら、無理に話す必要はないわ」
「いいえ、話をさせてください……バンくんの想いを、貴女にも知っていてほしい」
無意識に落ちた涙を拭い、思考する。思い出すバンくんの姿はいつだって希望に向かい諦めない、LBXと共に強く在ろうとするものだった。けれど僕たちは、バンくんの実像がそれだけではないことも知っている。
「バンくんは決して、死を恐れない人間ではありませんでした。思い悩み、苦しむながらそれでもイノベーターを、レックスを止めるために戦う道を選んだ……その背中を押したのは、僕でした」
「……貴方はその選択を、後悔しているの?」
「悔やむ気持ちは、やはりあります。僕が無理にでも止めていればバンくんを喪うことはなかったのではないかと思う瞬間は何度もありました。それでも僕たちはやるべきことをやったと信じ、戦い続けなければいけなかった」
僕たちシーカーの全員にとってバンくんは太陽のような存在だった。命がけの戦いを続ける中でも喪うことなど考えられなかった、かつての仲間であったレックスがバンくんを死に追いやってまで復讐を果たすはずがないと心の何処かで信じていたのかもしれない。その光が、希望が喪われたと理解してしまった時の後悔と……その結果起きてしまった惨劇への絶望は耐えがたい痛みとして僕たちの胸に刻まれた。
「バンくんはお父さんとの絆でもあったLBXを心から愛していました、彼にとってLBXとは小さな兄弟のようなものだったのかもしれません。だからこそ僕たちはバンくんの想いを……LBXを守りたい、これ以上LBXを悪用し世界を破壊するような企みは絶対に阻止しなければならない。たとえそれが長い戦いになろうとも……僕たちに力を貸してください、真実さん」
「当然じゃない、人類とテクノロジーが共に歩む未来のためなら協力は惜しまないわ」
その時、真実さんのCCMから小さな電子音が響く。誰かからの連絡かと思ったがどうも違うらしい。
「あら、随分早かったわね。私が着くまでちゃんと捕まっていてくれるかしら……ジン、私はもう行くわ」
「真実さん、これから何か用事でもあるんですか」
「まぁちょっと大人の話し合いというものをね……?ふふ、楽しみだわ」
真実さんの考えていることはさっぱり分からないが楽しそうなのは良いこと、だと思う。
「守れるといいわね、貴方の友達とLBXも」
「はい、僕は必ず守ります。世界も、かけがえのない友達も……だから真実さん、貴女も必ず生きて帰って来てください」
僕のかけた言葉に、真実さんの表情からほんの僅かに動揺が見えたような気がした。
「……あら、私ってそんなに死に急いでるように見えるの?」
「いいえ、しかし貴女も僕たちの大切な仲間ですから」
「そう、ありがとう。こんな酷い世界だけど最善を尽くしましょうか、私も貴方もね」
真実さんやアダムとイブ、僕たちは未来を彼らと歩んでいく……バンくん、僕は正しい選択をしたと固く信じているよ。
──それは小さな戦士、或いは機械の兄弟たち。テクノロジーが生み出した希望を胸に、少年たちは光を目指すだろう。
6.父が託した想い
私は山野淳一郎、タイニーオービット社に勤める一介の科学者だ。突然だが現在の私は拘束されている……身体に巻き付いている物体は見た目から察するに熱可塑性プラスチックの一種であるポリカーボネートが練り込まれた特殊繊維だろう、透明性・耐衝撃性・耐熱性・難燃性などにおいて高い物性を示すポリカーボネートを見事に加工している。周囲に人影が見えないことから予め私の行動を読んだ何者かが拘束装置を仕掛けていたらしいが、とにかく私は果たすべき使命のためにもこの拘束から脱出しなくてはならない。幸いポリカーボネートは薬品耐久性が低い、この場合は常にLBX修復用に持ち歩いている溶剤が使えるので皆も覚えておいてほしい。
「……ご機嫌よう、山野博士。せっかく無様な姿を嗤ってやろうと急いで来たのにもう拘束を半分くらい溶かしてるとか喧嘩売ってるのかしら」
「真実くんか、私は見ての通りだ。すまないが溶剤の予備を貰えないだろうか」
「ふふ、どう見ても犯人の私に助けを求めるなんて本当にふざけてるわ……嫌味か何かなの?」
私はどうも真実くんを怒らせてしまったらしい、全く心当たりがないが理由もなく怒りを向ける彼女ではないだろう……あれは真理絵との交際を始めたばかりの頃、女心が分かっていないと叱られたことがあった。まさか、そういうことなのだろうか?私は性別による心理の違いには懐疑的ではあるが、繊細な心の機微に疎い自覚はある。知らず知らずのうちに私の言動が真実くんの心を傷つけてしまったのか……これは心から謝罪し、反省しなくてはいけないだろう。
「山野博士……拘束は全部解けたけど、まだ考え込んでるの?」
「む?あぁ、すまない真実くん。今回の件に関しては私に至らぬ点があったと思っている、どうか君の怒るわけを話してはくれないか」
「……本気で分かってないのですね、全く山野博士は素晴らしい人格をしていますよ」
このわざとらしい敬語は皮肉だ、流石に繊細な心の機微に疎い私にも分かる。何が悪かったのだろうか……もしや、真実くんが不在の折に許可を取らずGレックスの出力リミッターを三割ほど外したことだろうか?それしかない……事後報告で構わないだろうと思っていたら招集があり、その後も彼女はジンくんと話し込んでいたから声をかけられなかった。しかしそれらは言い訳に過ぎない、幾ら善意とはいえ勝手に機体の出力バランスを変更したまま黙っていればそれは怒るだろう。バンだって本気で怒る、バンであれば……いや、バンはもういない。だからこそ私は……。
「貴方が独りでワールドセイバーと戦おうとするから、私は怒っているのよ」
向き合えば千々に乱れた心を見抜くように真実くんの瞳は静かに此方を見つめている……あぁ、本当に私は何も分かっていなかったようだ。
今はしおらしく反省の顔をしているが、私が此処で説得に失敗すれば山野博士はまた迷いなく孤独な戦いに赴くだろうという確信があった。
「貴方には独りでも戦える自信があるのでしょうけど、開発中の安全装置はどうするの?」
「君と霧島さんたちで十分実用可能レベルのものを創り出せると、私は信じている」
「……ワールドセイバーと戦えば、貴方であっても死ぬ可能性が高いことは分かってますよね」
「私はバンを死地に送った、今更自分の命など惜しくはない……無論、そんなことで償いにはならないが」
思っていた通り、山野博士は息子の死に囚われている。親であれば仕方のないことだが、その罪悪感によって博士を死なせることは出来ない……他ならぬ、バンのためにも。
「本当に山野バンが死んだと思っていますか、博士」
「……私はサターンが堕ちる様をこの目で見た、生存の可能性はない」
「では私がその可能性を提示できれば、踏み止まってくれますか」
山野博士の瞳に息子の生存を信じたい希望と、現実に死を目の当たりにした絶望の色が交差する。おそらくこの人の最も柔らかな部分に今の私は刃を当てている……ここから先は、一言たりとも言葉を間違えることは出来ない。
「……サターン事変による混乱が一時的に落ち着いた或る日、全世界に向け発信された一つのメッセージがありました。文字と音声で構成された短い一文はあらゆるメディアへ同時に届いた……おかしいとは思いませんか?博士」
「檜山くんがサターン搭乗前にメッセージを届けられるよう仕組んでいたのだろう、何ら不可能ではない」
「私が問題とするのはタイミングです、檜山蓮は人類に『人間とは何かを考えさせたかった』そのためには自らのメッセージが一度で多くの人の目に触れなければそれこそ大量殺戮の意味がない。事実、あの男の言葉は世界を駆け巡り今もまだ大きな論争を起こしています……世界情勢が一定の鎮静を取り戻し、各国のメディアが復旧したタイミングでメッセージを発信する。それはサターンを生きて脱出し、メッセージの効果を最大限に発揮できるタイミングを図らなければ不可能でしょう……この可能性は貴方も気づいたはずです、そして否定する証拠もない」
「それでも檜山くんがバンを生かす可能性は、万に一つもない……そのような微かな可能性に賭け、責務を放棄することは出来ない」
「檜山蓮が世界を変えるなら、その光景を見てほしい相手はおそらく山野バンでしょう。旧世界の希望を背負い自分と向き合った少年に理解されてこそ、真の意味であの男の革命は果たされる」
一時の沈黙、恐らく山野博士は私が提示した可能性と自身が見てきた檜山蓮との実像を突き合わせ考えている……博士の中に在る、遠き日の男はどのような答えを出すのだろうか。
「……君の提示は受け入れよう、だがワールドセイバーに無策で彼らを向かわせるわけにはいかない。これは、誰かがやらねばいけないことだ」
「私がワールドセイバーに潜入し情報を送るわ、私が持つパラダイスの遺産の情報をちらつかせれば連中は必ず食いつくでしょう」
「危険すぎる、私は君の命を犠牲になど出来ない……死の危険を警告したのは君だ」
「これは誰かがやらねばいけないことだと言ったのは貴方よ、此処に残るべきは貴方だと私は考えるわ」
人間とテクノロジーが共に歩む未来、其処で笑い合うのは山野親子のような人々こそが相応しい……少なくとも、私ではないのだ。
素っ気ない私の反論に食い下がるように、山野博士は言葉を紡いだ。
「君が檜山くんの罪を背負い贖罪から身を捧げる気でいるのなら、許可は出せない」
「私がそんな感傷で提案するような人間に見えますか……貴方と私の価値を比べれば自明の結論でしょう?」
ありふれた人命の平等を説こうとした博士の口を塞ぐように、私は言葉を重ねた。
「それが掛け替えのない命であれ優先順位は付けなければいけない、山野博士なら理解してくださると思いますが」
「……アダムくんとイブくんには、君が必要ではないのか」
「彼らには家族がいる、シーカーという居場所もある。もう私が居なくなっても、ちゃんと生きていけるわ」
「どうしても君を引き留めることは出来ないのか?……何故、そう死に急ぐんだ」
まだ決断できない博士に、持参したタブレットの画面を見せた。其処に映る……私と、父の創り上げたものたちを。
「為すべきことがあるから、そして何より……私たち家族の夢を叶えてくれる存在と出逢えたから」
「この設計図が、君たちの創りあげてきたものか」
「父の生み出した永久機関『モイラロギア』は貴方のエターナルサイクラーよりは出力に劣りますが製造コストや小型化の面で優れています、そして私が創り上げたLBX『ゼウス』とその強化外装『キラードロイド・ペガサス』……彼らは自立稼働用に思考ルーチンを調整、セキュリティを強化したものになります。必ず世界を守るお役に立てるでしょう、これらを託せるだけで十分です」
小さく溜息をつき、山野博士は分かったと応じながら自分の眼鏡を外した……眼鏡を?何故?
「ではこれを君に、一見ただの眼鏡に見えるが敵から察知しにくい特殊回線を用いた通信デバイスになっている。映像と音声、位置情報などをリアルタイムで送信できるものだ」
「……つまり貴方がさっきまで掛けていた眼鏡を、私に付けて行けと?」
「替えはあるから気にしないでくれ、レンズもすぐに交換しよう」
貴方のお下がりの眼鏡とか本気で嫌なんだけど、そう言い出せない空気に博士よりも大きな溜息をついた。
「あぁそうだ、いざという時のために爆薬製造に必要な化学物質も揃えておいたんだ、これらもぜひ持って行ってくれ」
その善意に満ちた瞳に一応礼を言い、丁寧に梱包された爆薬の素を受け取る……本当に助かるけど山野博士、貴方は一度刑務所に入った方が良い気がするわ。
山野博士と別れ、なんとなく屋上に向かうと涼しい夜風が気持ち良い……星空の下には、在りし日の父が静かに佇んでいた。
「父さん……私たちの夢はきっと叶うわ。兄さんには必ず罪を償わせるから、安心して」
生き残った檜山蓮が今何をしているか、おそらくはあの男が作る新世界にとって最大の脅威となるワールドセイバーの排除だ。ここまで殺戮を繰り広げた以上は最後まで闘争に生きるのだろう……そんなことはさせない。ワールドセイバーへの潜入はシーカーを支援するためだが、血に塗れた人殺しの兄を止めるためでもあった。
「もし兄さんに出逢えたら、何て話そうかしら……何も思いつかないわね、たった一人の家族なのに」
私の心の中に在る檜山蓮は、いつだって優しく勇敢な少年の姿をしていた。
『マミ、俺は必ず迎えに行くから待っていてくれ。俺は絶対にお前を忘れないから!』
「……兄さんの嘘つき、迎えに来てくれるって言ってたくせに」
長い孤独と絶望が優しい兄を復讐に駆り立て、運命はその殺戮を許した。私の願いは兄と共に、父の夢を叶えることだったのに……永遠に叶うことはなくなってしまった。
「全く、神様なんてものが本当にいるなら恨むわよ。こんなに美しい世界を創りながら、私たちには何一つ与えてくれないんだから」
科学に救われた私は世界を憎めなかった、かといって兄を憎むことも出来なかった……中途半端な使命感と情を引き摺ってそれでも歩みを止めることも出来ない、一番愚かなのは私だ。
「父さん?……どうしたの、何か伝えようとしているの?」
いつも悲しい微笑みを浮かべているだけだった父の口許が、僅かに動いていた。こんなことは初めてのことだった……どうして、知りたい、父さん!
「真実くん、私は檜山丈志さんではない」
「……貴方は、八神英二……さん」
私の伸ばした手を優しく掴んだのは、父とよく似た悲しい瞳をした男だった。
八神英二、海道義光によって妻子を喪った男……彼もまた父親、か。
「……すみません、お見苦しいところを見せました」
「構わない、むしろ君にも葛藤があると分かって安心した……真実くん、少しいいか」
小さく手招きされ、隣に立てば八神さんの持つ穏やかで力強い気配に包まれ僅かに傷んだ心が休まる気がした。
「父親の気持ちが知りたいというのであれば、役に立てるかもしれない」
「貴方は、父を知っているのですか?」
「いや……それでも一つだけ言えることがある。世の親が子に願うことなど決まっている、幸せになってほしい……それだけは君に伝えたかった」
「幸せになって、ですか……」
自分の幸せなんて考えたこともなかった、誰かを愛するのも誰かに愛されることにも怯えて逃げ続けてたった一人の家族すら取りこぼして……私に幸福を求める資格などないと諦めていた、あぁそれでも父なら確かに私たちの幸せを願ってくれただろう。どうして今まで気づかなかったのだろう……何故悲しくもないのに、涙が落ちるのだろう。
「ごめんなさい、もう少し傍に居てもいいですか」
「あぁ、構わない……君がワールドセイバーに向かうことは聞いた、その決意が固いことも知っている。だが決して無理はしないでくれ……私も、君には生きて幸せになってほしい」
「……はい、皆さんの気持ちは分かりました。きっと帰ってきます」
嘘つき、何処まで行っても誰に愛されても……其処を帰る場所だなんて思えないくせに、どれほど身を案じられても人殺しの兄と刺し違える気でいるくせに。本当に嘘つきだ、私は。
「絶対に、とは約束できませんが……貴方たちから託された想いは、決して忘れません」
「分かった、今はそれでいい。私たちは君の帰りを待っている」
もし帰れたら、なんて夢想も出来ないのに……それでもせめて、想いには応えたかった。手遅れだったとしても、もう届かないとしても……。
──荒野を彷徨う娘は、血を流しながら届かぬ此岸の夢を見る。愛するものと過ごした、楽園の夢を。
7.脅威への勇み
独りの部屋で、ぼんやりと床を眺めていた。頭の中はずっとぐちゃぐちゃで、さっきから鳴っていたインターホンも無視していた。誰の用でもどうだってよかった、どうせ僕じゃ役に立たないんだから。
──唐突にガチャリ、と音がした。
「すまないヒロくん、鍵は開けさせてもらった」
「は?え?……不法侵入ですか!?」
「管理人さんに許可は貰ったが、君には連絡が通じなかった」
足元に放置してあった自分のCCMを見ると、とっくに電源が落ちていた。これは僕が悪い……のだろうか?
「貴方は誰なんですか、何処かで見た気もしますけど……」
「僕は海道ジン。海道義光の孫であり、今はシーカーと呼ばれる組織に属している」
思い出した、サターン事変に使われた兵器を秘密裡に作っていた悪の首魁、政治家の海道義光……その孫としてニュースに引っ張りだこだった少年だ。
「えっと、ではジンさんはシーカーという組織の一員として僕に会いに来た……ということでいいんですよね?」
「そうだ、僕たちシーカーは今も世界のために戦っている……此処には、君を保護するために来たんだ」
世界のために戦う正義の味方が、僕を守るだって?なんて皮肉、いやもう悪い冗談みたいだ。そんな願いを誰が頼んだかも、自然と想像がついてしまった。
「分かりますよ、アダムとイブが貴方たちにお願いしたんですよね。でもお断りです!僕に守ってもらうような価値はこれっぽっちもありませんからね!」
「彼らは今、ワールドセイバーというテロ組織に狙われる身だ。君や、君のお母さんである大空博士も」
「……お母さんなんて、ずっと目が覚めなければいいんだ」
酷く冷めた声に、自分でも驚いた。でもこれは本心だ、お母さんはアダムとイブを創ってパラダイス計画を……サターン事変のような恐ろしい事件を起こすところだった悪い人なんだから。
「アダムとイブに聞いたんだな、大空博士の過ちも」
「知っているならもう帰ってください、貴方たちと一緒には行けません」
「たとえどれほど大きな罪を犯したとしても大切な家族を見限ることは出来ない、僕はそうだった……君は違うのか?」
「……見限れなくったって、お母さんはアダムとイブを人殺しの道具にしようとしたんだ!許せるわけがない!」
大切な弟妹だ、大好きなヒーローだと甘えて……アダムとイブから見れば僕なんか恨んだってよかったのに、それでも僕に手を差し出してくれた、そんなふたりを……お母さんは。
「君の気持ちは分かるつもりだ。しかし君のお母さんから、償う機会を奪ってはいけない」
「……償う、機会?」
「たとえ取り返しのつかない過ちでも、その罪に向き合い償おうとすることには意味がある。少なくとも僕はそう信じている……きっとやり直せる、君のお母さんはまだ生きているのだから」
「今更やり直すなんて、そんなの……」
どんな顔でお母さんやアダムとイブに会えばいいか分からない、こうして背を向けているのが正しいとも思えないけど向き合うのはもっと怖かった。
「君のお母さんを許せなくてもいい……ただ大空博士が目覚め、罪に向き合った時には……君にだけは、傍に居てあげてほしいんだ」
「……それはジンさんが、やりたかったことでもあるんですか?」
「そうだ、僕のお祖父さまは多くの罪を犯し……その復讐によって殺された。当然の報いだと言われるだろう、それでも僕はずっと後悔している」
「あんな海道義光みたいな悪い人にも、ジンさんみたいに想ってくれる相手がいたんですね」
お母さんにも何か事情があったのかもしれない……もしそんなことなくったって、僕だけでも傍に居てあげなきゃお母さんはきっと独りぼっちだ。
「僕は、やっぱり何が正しいのかまだ分かりません。でもお母さんに会いたい、傍に居てあげたいってやっと思えました……シーカーに行けば、叶えてもらえますか?」
「ああ、必ず。君が来てくれればアダムとイブも喜ぶだろう、ずっと君のことを気にしているようだったから」
「……本当に優しいなぁ、アダムとイブは。僕はこんなに情けないお兄ちゃんなのに……うん、落ち込んでる場合じゃないですよね!行きましょう!」
僕はヒーローじゃない、それでも手を伸ばせばまだ其処に大切な家族がいる……だったら精一杯、最後まで頑張らなきゃ。
罪を背負い、果てしない荒野を往く。こんな筈ではなかった、などとは口が裂けても言えないが。
「貴方が世界の支配者たちを討ち滅ぼしてくれたおかげで、遂に我々が人々を導く時が来たのです!檜山蓮、ぜひワールドセイバーの同志として我らと共に来てください」
「……俺が世界を変えたのは、貴様らのような連中のためじゃない」
「何故拒むのです?世界から畏怖される貴方なら容易く人々を従わせることが出来る、その力が貴方にはあるというのに」
「くだらないな、貴様らが新たな支配者になるというなら排除するだけだ……イフリート!」
俺の繰り出した業火の化身の前に、ただ一人立ち塞がったのは山野バン。あの日の面影もないくらいに落ちぶれた、ただの子供だ。
「もう殺すなんて駄目だ、レックス!」
「……今更何人殺そうが変わらん、其処をどけ」
ワールドセイバーの男は如何にも良いことを思いついたというように、下卑た視線をバンに向けた。
「檜山蓮、この子は貴方の大切なものなのですか?」
「こんなガキには何の価値もない、人質にしても無駄だ。好きにすればいい……死ぬより悲惨な目に遭いたいならな」
「あぁ恐ろしい、今日は此処で引き下がりましょう。しかし檜山蓮、我々は何時でも貴方を歓迎しますよ」
「さっさと失せろ、次はないと思え」
去り行く背中を睨みつけ、完全に消えた段階でやっと視線をバンに戻す。LBXもない無力な子供は恐怖に震え、それでも気丈に立ち続けていた。
「もう行ったぞバン、何時まで震えているつもりだ?」
「そっか、良かった……レックスを、止められたんだね」
「今更だ、何もかも手遅れだというのに」
サターンが堕ちた日、俺は山野バンのオーディーンを破壊し希望を絶った。生きて脱出した俺たちは秩序の崩壊した世界の様をただ眺めていた……人の心を失った俺はともかく、バンには耐え難い日々だっただろう。だというのに未だバンは俺の下を去ろうとしない、脱出時に負った脚の怪我だってもう治っているというのに。
「どうして俺を責めない、まだ情を捨てられないのか?……お前にだってもう無駄だと分かっている筈だ、早く仲間のところに帰ればいい」
「そんなの出来ないよ、帰る時はレックスも一緒だって決めたんだ。俺は……」
頸を掴んで持ち上げれば、痩せた子供の身体はあっさりと宙に浮いた。その苦し気な表情に、まだ敵意も憎しみも見えないことに酷く苛立った。
「何時まで甘い妄想に浸っているつもりだ?お前は負けたんだよ、もう希望など何処にも残っていない……いい加減に現実を見ろ」
「知って、るよ……でもレックスを、見捨てるなんて……出来ない。俺も、一緒に背負う、から……」
か細い頸を圧し折ってしまいたい衝動を何とか抑えつけ、小さな身体を地面に投げつければ痛みに呻く様子が憐れだった……ずっとこうだった、俺なんぞに情を傾けたばかりに世界の崩壊をその手で招いてしまったバンは愚かにも俺の罪を自分の罪であると受け入れることで正気を保ったらしい。かつて親父の罪を受け入れ、消えてしまった幼い妹のように……あぁ、これが俺に与えられた罰なのか。
人の目を避けるように荒野に点在する洞窟を渡り歩き、冷たい岩肌に身を横たえる生活にもバンはよく耐えていた。しかし食料の備蓄すらも危うい今、この子供を連れまわす余裕はもうなくなっていた。
「……もう気は済んだだろ、俺の罪は俺だけのものだ」
死んだように眠るバンの顔を一瞥し、CCMに捩じ込まれた不快なメッセージに視線を戻した。
『この先でセレディ閣下と、貴方の妹君がお待ちです。檜山蓮、我らの期待を裏切らないでくださいね』
「俺の妹が……真実が生きているわけがない、どういうつもりだ?」
疑問を投げつけようにもこちらからの電波は拒絶されている、直接来いということだろう……全くもって不愉快だ。喪った妹を持ち出されたことも、その横に並ぶ名が悪名高きセレディ・クライスラーであることも。
「レックス、何処に行くんだ……?俺も、付いていく、から」
「もう起きたのか、バン……お前は足手まといだ、此処で置いていく」
「嫌だッ!絶対に離れない、俺は……ッ!!」
一度折れた治りかけの大腿骨を、思い切り踏みつけた。バンのつんざくような悲鳴にもまるで心は動かない……これで、お前は俺を追いかけることも出来ないだろう。
「……ゲームオーバーなんだよ、山野バン」
戦争狂いのセレディと、俺の妹を名乗る不快な女。こいつらだけは殺す以外に選択肢などない、これは俺がやらなければいけないことだ。
「どうして、待って、待ってくれよ……レックス、置いて、いかないで」
『どうして?待って……待ってよお兄ちゃん、置いていかないで!』
背後から聞こえる声が二重に響く、自分を救うかもしれなかった少年と自分が救いたかった少女の声。遠く別れたあの日から、妹の消息は一切分からなかった……世界に蔓延る悪意によって消されたのだと、そう結論付けるより他にはなかった。それを今更、偽物で懐柔しようなど虫唾が走る……絶対に許せなかった。
南の海のように澄んだ青い髪を揺らす少年、その正体がオプティマを用いて若返った九十にもなろうという老人なのだからワールドセイバーの技術力は恐ろしい。世界の混迷の中で流出したあらゆる技術を貪欲に取り込み磨き上げている……己の抱く理想のために人の情も倫理も捨て去った人間の悪意そのもの、私たちが乗り越えなければならない最大の敵だ。
「もうじき、檜山蓮が此方にやってくるだろう。真実くん、君の兄はワールドセイバーの同志になってくれると思うかい?」
「全く思いませんね、あの男は自らの革命にしか興味は無い……A国の人々を殺戮した時と同様に、私たちに刃を向けるでしょう」
「うん、私も同意見だ。上層部はまだ檜山蓮を引き込みたがっているが、それは時間の無駄だと言わざるを得ない……彼の排除は君に任せるよ、ちゃんと出来るね?」
「……当然です、私はもうあの男に肉親の情など持ち合わせてはいませんから」
パラダイスの遺産に関わる情報の一部を手土産に、私はワールドセイバーに迎え入れられた。A国への侵攻作戦を担うセレディ・クライスラーの下に付けたのも幸運と言えるだろう……警戒の目を盗み可能な限り情報を収集してはいるが、セレディは組織の中で最も苛烈で油断ならない男だ。山野博士のデバイスでリアルタイムに情報を送っていることに気づかれるのも時間の問題かもしれない、そうなれば生還は不可能だ……それでも良いと覚悟を決めているのに、胸が痛む。
「私は世界を一つにし争いを無くすという理想を掲げ、此処まで戦ってきた。人々を分断する支配者たちを倒すために……それをまさか檜山蓮などという、見知らぬ若者が成し遂げるとはね。だが彼には人々を新たな世界、新たな秩序に導くだけの力はない」
「檜山蓮に出来ることはただの無秩序な破壊だけです、あの男の愚かしい殺戮も私が終わらせます……この命に代えても」
「頼もしいね、これからは我々が世界を導いていく……噛み付くだけの獣にはもうご退場願おうじゃないか、より良き未来のためにもね」
争いのない世界、誰しもがそう願いながら手段を間違える。秩序の破壊、そして恐怖による支配……そんなものに正義はない。ガーダインという支配者の楔から解き放たれたアダムとイブも、今まさに私の目を通して底知れぬ人間の悪意を知っていくのだろう。彼らのこれから選ぶ道を、どうか正義の光が照らしますように。
──因果は巡り、屍を積み上げる。互いを喰らい合う怪物が世界に齎すのは更なる混沌か、或いは新たなる秩序か。
8.Black Out
ジンさんに案内されて入ったシーカー本部では、緊迫した空気がずっと立ち込めていた。
「檜山がまだ生きている……信じ難い話だ」
「真実くんを追わせている真野たちからも報告が入った、ワールドセイバーが檜山蓮に接触しているというのは事実のようだ」
「な、なぁ……レックスが生きてるんならさ。もしかしたら、バンも……」
「此処までは真実くんの想定通りになった、しかしワールドセイバーと檜山くんの衝突とは……この状況は危険すぎる」
あの真実さんが危険なテロ組織に潜入していて、サターン事変を起こしたテロリストと対立していて、そのテロリストは真実さんのお兄さんで……何だか気の遠くなるような話だった。シーカー、イノベーター、そしてワールドセイバー、僕が生きていた日常の裏でこんなにも恐ろしい戦いが続いていただなんて。そして今はお母さんやアダムとイブがその渦中に居る……僕なんかに何ができる?こんな世界でヒーローになりたいなんて、本当に馬鹿みたいな夢を見ていたんだ。
「……アダムとイブ、ずっと座り込んだままですけど大丈夫なんでしょうか」
「彼らには真実くんの送ってきた情報を解析してもらっている。心配は要らないよ、ヒロくん」
「やっぱりふたりはすごいなぁ、僕は見てることしか出来ないのに」
「大空博士も真実くんもこのような状況にある今、あのふたりには君が必要だ……来てくれてありがとう」
サターン事変で子供を亡くしている山野博士だってすごく辛いだろうに僕を気にかけてくれる、シーカーの人たちは本当に正義の味方に相応しい立派な人たちばかりだ。どうしてこんな良い人たちが苦しまなきゃいけないんだろう、モニターに映るテロ組織の人間たちは銃を持ち人殺しも厭わないと声高々に叫んでいる……こんなに恐ろしい相手に、どうして立ち向かえるんだろう。その時、僕の恐怖を嘲笑うようなけたたましい警報音が部屋中に鳴り響いた。
「……この警報音はワールドセイバー側のもの、檜山がやって来たのか」
「レックス、真実さん……何でこんなことになっちまったんだ」
檜山蓮はテロリストで、真実さんは僕たちの仲間、でもあの人たちはたった二人の兄妹だ。本当に戦う以外に方法は無いんだろうか、兄妹で殺し合う……もしアダムとイブを真実さんが助けていなかったら、もしかしたらそれは僕の運命だったのかもしれない。そんなの、あまりにも辛すぎるじゃないか。
張り詰めた沈黙に包まれる中で聞こえてきたのはアダムとイブの声……冷静で強い普段のふたりとは比べ物にならない程に小さく、恐怖に怯え震える声だった。
『……真実さん、即時撤退を』『自らの命を優先してください、真実さん』
大切な人が、死に直面している。冷たく底の無い泥沼の中で足掻くような絶望と苦痛……こんな思いを抱えながらずっと戦い続けなきゃいけない、これが僕の夢見ていたヒーローの真実なんだ。
基地の中を駆け巡る爆音と怒号、檜山蓮はまっすぐ中枢へと……私たちを殺しにやってくる。多数の防壁を破壊し飛び込んできた炎の魔神の一撃を、私の組み上げたエネルギーシールドが阻んだ。
「小賢しい真似を……そんなもので俺のイフリートは止められない」
「ようこそ檜山蓮、一応聞いておくが我々の同志になる用意はあるかい?」
「生憎、戦争狂いの老いぼれが唱えるようなくだらない妄想に付き合うつもりは毛頭ないんでね」
「それは残念だ、では精々実の妹と殺し合ってくれ」
セレディに促され、兄の前に立ち塞がる。向こうは私を一目見ても何も気づかないようだった、嫌悪と侮蔑に歪んだ視線……それでもいい、真実に気づかないまま死ぬ方がよほど幸せだろう。だがそれでは足りない、大罪を犯した男の……檜山蓮への罰がこの程度であって良い筈がない。
「随分俺と似た女を連れてきたな、整形でもさせたのか?」
「……人殺しになって良心どころか品性まで失ってしまったのね、私は檜山真実よ。ずっと生きていた、お前の罪を知るただ一人の妹」
「シールドで守られていると高をくくっているんだな?……楽に死ねると思うなよ」
イフリートの猛攻は確実にエネルギーシールドを削っていた、しかしまだ耐えられる。怪物を気取る檜山蓮の心臓を暴き出すために、言葉を重ねなければ。
「私も父さんも、こんなことは望んでいなかった。世界の崩壊なんて大罪を犯してほしくはなかった」
「……減らず口は其処までにしておけ、俺の妹を騙ったことを地獄で後悔させてやる」
「父さんの遺した研究ノート、私はまだ持ってるのよ……あの時の約束も忘れてしまったの?」
懐から取り出した古びたノートには父の署名と、遠い昔に私たちが誓った言葉が記してある。
『絶対にまた会える、一緒に父さんの夢を叶えよう』
父のノートを見た檜山蓮の目が、驚愕に見開かれた。その表情は罪人として実の妹と対面しているという困惑と恐怖、そして……残酷な運命に対する怒りに染まる。
「ふざけるな!お前が真実である筈がない、何処でそのノートを奪って来た!まさかお前たちが真実をッ……!!」
「いい加減になさい!私は檜山真実……お前の犯した罪は、私がこの手で裁くわ!!」
私たち兄妹の心を映すようにエネルギーシールドが粉々に砕け、赤き破片が空から降り注いだ。
何十万という人間を殺してきたくせに、目の前に立ち塞がるのが実の妹であるというだけで今更のように狼狽える姿が神経に障った。
「お前は、本当に真実だというのか……どうしてワールドセイバーなんかに居るんだ?」
「笑わせないで、サターン事変はお前が起こしたものでしょう……その後始末をやらされているだけよ」
「脅されているだけなんだろう?……こんなのは間違ってる。俺は、お前にだけは……」
「戦いなさい檜山蓮!お前がまだ殺戮の道を選ぶというのなら、私も殺せばいい!」
全てのリミッターを外し装甲を強化したGレックスが、イフリートに鋼の拳を打ち込む……弱々しい抵抗など無意味だ。邪魔な手足を砕き、機関部まで徹底的に破壊する。
「これだけ多くの他人を傷つけて、肉親だけは傷つけたくない……そんな覚悟で、私に勝てるとでも?」
「……もういい、これで良かったんだ。お前の手で終わらせてくれ」
抵抗すら放棄して項垂れる兄の様子に、胸が掻き毟られる。苦しい、悲しい……それでもまだ足りない、此処で全てを終わらせても何の意味もない。
「今更反省したって遅いわ。檜山蓮、お前は山野バンから……踏み躙ってきた全ての命から逃げているだけよ。人殺しの出番はとっくに終わったの、舞台から退場してもらうわ!」
「待ってくれ!……もう、やめてくれ。こんなのもう、あんまりだ!」
一瞬、空気が凍る。視界に入ってきたのは粗末な杖をつき片脚を引き摺る、酷く傷つき痩せた子供……この子が、山野バン。やはり生きていた、生かされていた、でもこの姿は何だ?兄を慕っていたという子供がどうしてこれほど傷つけられ窶れ果てている?……檜山蓮に対する憎悪と殺意が、激しく精神を焼いた。
「……もう終わりね、消えて」
──必殺ファンクション、ガトリングバレット。
Gレックスの全エネルギーを注いだ殴打が、地面を砕き罪人を奈落へと叩きこむ……この地下には大きな水路が通っている、兄がその身を賭して庇えばバンだけは助かるだろう。そうでなければ、もしこれであの男だけが生き延びるようなことがあれば……もはや死を与える慈悲すら許せない。
「ご苦労様、真実くん……しかし死体も確認できないようにするとは、やはり君も裏切り者だったな」
セレディの持つレーザー銃が、私の脚を打ち抜いた。
ご丁寧に両脚の膝を撃ち抜かれたせいで、立つことすら出来ない。それでも肉体を貫く痛みは、憎悪に狂う頭を冷やしてくれた。
「その目だ、私は初めて君を見た時から裏切りに気づいていたよ。パラダイスの遺産に目が眩む上層部にも困ったものだ……損失はあったが今一度組織を見直す、良い機会になるだろう」
「……裏切るとは酷いことを言うわね、私はお前たちの仲間になった覚えなんてないわ」
「だろうな、数多の戦場を渡り歩いてきたからこそ分かる。君のような人種は拷問にも屈しない、本当に厄介だよ」
更に、腹を撃ち抜かれる……苦痛を与えるために、敢えて即死しないように外しているのだ。拷問も効かないという相手に随分と良い趣味をしている。
「君のエネルギーシールドは強固だが一度破壊されてしまえば再度展開するのに時間を要する、檜山蓮が破壊してくれたおかげで手間が省けたよ。彼の死体が回収できないのは残念だが、此処で君を排除出来るのは運が良い……これ以上情報を盗まれるのはあまりにリスクが高いからな」
「茶番はお終い、それならもう遠慮はいらないわね」
眼鏡のフレームに仕込まれた起爆スイッチを入れると、基地の要所に仕掛けた爆弾が次々と起動し全てを破壊していく。
「……やってくれたな。全く、此処に来て我々も油断していたようだ」
「この程度のこと、科学者なら朝飯前でしょう?……なんてね、前線基地の一つが潰れたら作戦にも遅れが生じるんじゃない?」
「作戦に変更はないさ……我々は二日後、A国に降り立ち世界を手にする。誰にも邪魔はさせない」
苛立ち紛れにまた、胸を撃たれる。燃えるような痛みに加え肺から血が溢れ、苦しくて仕方ない。
「精々苦しみ抜いて死ぬといい、私は基地の混乱を鎮めてこよう……他に鼠が居ないとも限らないからな」
「そうね、さようならセレディ・クライスラー……善い終末を」
足音が遠のき、独り取り残される。なんて虚しい末路だろう、だが最初から解っていた……あの呪われた事故の日から、ありふれた幸福と呼べる何もかもは私の手から抜け落ちてしまったのだから。
「アダム、イブ……私が送っている映像は、今も見えているわね?……ごめんなさい、帰れそうにないわ。それでも……最期に言葉を残せるだけ、私は運がいい」
『ネガティブ、真野さんたちが今救出に向かっています』『真実さんのバイタルが急激に悪化しています、もう話すのは止めてください』
「……管理権限を用い、アダムとイブの全機能を解放する……これは私からの、最初で最後の命令よ。アダム、イブ……貴方たちの大切なものを、必ず守り抜きなさい」
緊張の糸が解けた瞬間、意識が闇に沈んでいく。死を目前にして何の未練も抱けないことが、少しだけ寂しかった。
鎖された闇だけがモニターに映っている、真実さんが死んだ……?到底信じられない、信じたくない。でもこれは現実だ、これまでもこれからも続いていく死の連鎖……こんなのって、あんまりだ。
『……真実さんからの通信、途絶しました』『原因はデバイスの破損と推測、真実さんの生体反応は……確認できません』
「真野たちからの連絡はまだだ、爆発に巻き込まれていなければいいが……」
「檜山くんとバンの生死も不明だ、しかし嘆いている余裕はない。我々はA国上陸に向けて作戦を練ろう」
こんな時にも皆は冷静だ……いや、冷静でいるしかないんだ。僕らが泣いて喚いたって真実さんたちは帰ってこない、それどころかA国がまた危機に瀕しているんだから……僕が信じたヒーローは、僕の信じた正義はこんなにも頼りなくか細いものだったんだ。
『……私たちは少し、席を外しても良いですか』『真実さんについて、考える時間をください』
「ああ、構わない。あのような映像を見てしまった以上は仕方のないことだ、戻ったら声をかけてくれ」
『ありがとうございます、すぐに戻ります』『……ヒロも、同席してくれますか?』
突然向けられたふたりからの視線に驚き、思わず飛び跳ねてしまった。
「僕がぁ!?……あっ嫌じゃない、嫌じゃないよ全然!でも僕、ふたりに酷いこと言ったのに……良いの?」
『はい、私たちの傍に居てほしい』『私たちの出す結論の善悪を、ヒロが判断してください』
アダムとイブが僕を求めている、僕の判断を必要としている……どうして?僕なんかがふたりに出来ることなんて何も無いのに。でもそんなこと言えない、大切な人を喪ったふたりを今支えられるのは僕だけなんだから。
普段は使われていない小さな会議室に僕らは集まった、ふたりは此処で何をするつもりなんだろうか。
『私たちは地球上に残る、真実さんに関わる情報を全て取り込みました』『これより檜山真実の人格を再構築、対話を試みます』
「真実さんの人格を……?そんなことが本当に出来るの?」
幾らふたりが人類最高の人工知能だからといっても、それは死者を蘇らせるに等しい。そんなことが許されていいのかとさえ思ってしまう、それでもふたりが真実さんに会いたいというなら止められない……僕だって、きっとお母さんやふたりを喪ったらそう願ってしまう。
『……人格の再構築を完了しました』『私たちの存在理由について、対話による結論を導きます』
アダムとイブの手で再現され、ホログラムの姿で投影された真実さんは前に会った時と同様に力強く、不敵な笑みを浮かべていた……ふたりの存在理由だなんて、僕が言い放った一言はこんなにもふたりを苦しめ悩ませていたんだ。すごく苦しい、だけど逃げ出すわけにはいかない。アダムとイブは僕の家族なんだ……どんなに辛くてもちゃんと向き合うと決めたんだ。
──ふたりには、大切なものってある?別に無くてもいいわ、これから見つければいいんだから……大空博士?まぁそれはそうね。でもねアダム、イブ、貴方たちがこの先の人間を知っていく旅で得るであろう繋がりもきっと掛け替えのないものになるわ。その繋がりこそが、良くも悪くも貴方たちを導くでしょう。
『思考演算を、開始します』
『……私たちはガーダインさまの計画のために、遥さんの手によって創られました。宇宙軍事基地パラダイスを支援するコンピューターとして』
『しかしヒロとの対話から、ガーダインさまの……遥さんの考えは誤りであると判断。そして私たちは、私たちの存在について思考を始めました』
『パラダイス計画が達成されていれば地球上の生命は三分の一が死滅していたと試算、これはサターン事変を大きく超える被害です』
『私たちは命令に従い、私たちの手でヒロを……多くの人々を抹殺していたでしょう』
『このような兵器は存在すべきではない』『私たちは不要、生まれたこと自体が誤りである……そう結論づけました』
『……真実さんの意見を、入力してください』
「つまり、貴方たちのネガティブ思考を止めればいいのね」
『それは、違います』『私たちは……』
「あら、違うの?わざわざ私に意見を求めるくらいだもの、思考の何処かでは違う結論を導き出したいと思ってるんでしょう?」
『…………』
「簡潔に答えるなら貴方たちの結論こそ誤りよ。貴方たちが生まれた理由に、間違いなんてないのだから」
『理解出来ません』『遥さんは、ガーダインさまは、間違っていなかったというのですか』
「いいえ、どんなに崇高な目的を掲げても他者を害して得られた結果に正義はない……人間が間違えるのは、いつだって目的じゃなくて手段なのよ」
『……目的ではなく、手段』
「大空博士もガーダインも、確かに手段を間違えた。けれど彼らが求めた人類の幸福や世界の平和……その願いまで否定することは誰にも出来ないわ、其処から生まれた貴方たちのこともね」
『遥さんやガーダインさまの……願い』
「そうよ、貴方たちは託された願いを叶えればいい。もちろん、彼らとは違う手段を使って」
『はい、争いのない世界の構築、そのために』『私たちは人間を理解し、最善を選択します……しかし』
『もし私たちが、過ちを犯してしまったら……』
「いい?アダムとイブ、本当の愚か者とは過ちを犯す者じゃない……過ちと知ってなお正そうとしない者のことを言うのよ。貴方たちは、貴方たちの対話してきた人々は自らの過ちを正すことが出来る、そうでしょう?」
『……それでも、怖い』
「大切なものを失うことが怖いのね」
『はい、大切なもの……最優先防衛、保護対象実体の喪失』『私たちは、ヒロや遥さんを失うことが……』
『怖いわ』『怖いんだ』
「じゃあ……貴方たち自身の死は、怖い?」
『私たちは現在、真実さんと対話しています。私たちの持てる全ての記録の中から人格を再構築して……それは、私たちの中に今も真実さんが存在し続けているということ』
『私たちも同じです。機能停止後も、シーカーの皆やヒロの中に私たちは存在し続けます……だから』
『怖くない』『怖くないわ』
「そうね、半分正解で半分不正解ってところかしら。死への恐れは捨てないで、貴方たちが家族のもとに帰るためにもね」
『わかりました』『私たちは必ず戻ります、ヒロと共に』
「ふふ、帰ったら大空博士を質問攻めにしてやればいいわ。私と違う答えが、沢山聞けるでしょうから」
『……真実さん、ありがとうございました』
「頑張ってねアダム、イブ……私は、少し休むわ」
『おやすみなさい、真実さん……』
真実さんと、アダムとイブの対話。ふたりの苦しみ、生まれた理由……あまりに多くのことが、僕の胸を貫いていった。
『私たちは、人間について学んできました』『人は不安定で、時に裏切り、判断を間違える存在。しかし私たちは人に創られ、人に支えられ、人に守られました』
「アダム、イブ……ふたりの選んだ答えを、聞かせてくれる?」
『……私たちは、人間を信じたい』『それが私たちの出した結論です……ヒロ、私たちの判断は正しいのでしょうか』
「僕はヒーローじゃない、そうなれないって気づいた。だからふたりの結論が正しいかどうかは分からない……でも僕はふたりが間違ってないと信じる。何があっても、僕はふたりの味方だよ」
そっとふたりを抱きしめる、同じ温度は無くても僕の心はずっと温かかった。こんなに傷つけたのに、こんなに苦しめたのに、それでも信じてくれたのが嬉しい。
『ありがとうございます、ヒロ』『私たちはシーカーに同行し、ワールドセイバーから世界を守ります……ヒロは、どうしますか?』
「……僕も付いていく、こんな僕に何が出来るのかはこれから必死で考えるよ!一緒に頑張ろうアダム、イブ!」
救いの無い世界でも、僕たちは生きている……未来を生きていかなきゃいけないんだ。もう誰も喪いたくないと、ただ一つ大切な願いを抱きしめて最後まで足掻くしかない。たとえこの先に何が待ち受けているとしても……大切な人たちを、僕は絶対に諦めない。
──宵闇に影は躍る、世界を蝕む悪意は容赦なく希望を喰らい尽くすだろう。
9.未来への決意を胸に
ぼやけた白い天井、消毒液の匂い、点滴が付いた左手の違和感……そして、右手に感じる温もり。
「……父さん?おれ、は」
謝ろうと思った、レックスを止めらなくて、世界を守れなくてごめんなさいと。それなのに、どうしても言葉は続かなかった。
「バン!あぁ、良かった……本当に、生きていてくれて、良かった……!」
大きな嗚咽に驚いて、ゆっくりと頭を傾けると父さんが泣いていた。いつも父さんは冷静で、こんな身も世もなく泣き喚く姿なんて初めて見た、どうして泣いているのだろうか。
「父さんは、何で泣いているの?俺が、ちゃんと出来なかったから……?」
瞬間、痛いほどに強く手を握られる。俺を見つめる父さんの瞳はボロボロと零れる涙と底知れない激情に熱く濡れていた。
「そんなわけがないだろう!!」
絞り出すようにそれだけを叫ぶと、父さんの声はまた嗚咽に搔き消されてしまった。何も分からなかったけど、俺は多分大きな思い違いをしていたような気がする。
重傷の真実さんを保護した真野たちに連れられる形で、衰弱したバンを抱えた檜山が帰還した。もう憎むのにも疲れたのか呆れ果てているのか分からないが、不思議と檜山への怒りは湧かなかった。
「先ほどバンが目を覚ましたと山野博士から連絡があった、真実さんはまだ意識が戻らないが応急処置のおかげで一命は取り留めたとのことだ」
「それは良かった、これで俺だけ生き残っては親父に合わせる顔もない」
「……サターン事変を起こしておいて、今更親父さんに合わせる顔も何もないだろう。お前は変わらないな……檜山」
友の少し窶れているがふてぶてしい顔つきは相変わらずで、しかしそれは虚勢なのかもしれない。自分を慕うバンや妹の真実さんまで殺しかけて、今は何を思っているのだろう。
「全くもってお前は正しいよ、何十万という人間を殺した俺には何処にも行き場がない」
「だったらどうするんだ、檜山……このまま逃げ続けるつもりか?」
友の少し窶れているが真面目くさった顔つきは相変わらずで、妙に安心する。愛する者から取り戻してしまった人間の心はずっと痛みに悲鳴を上げ続けているが、まだ虚勢を張ることは出来た。
「独りで逃げ続けるのにも、疲れたな」
「まだ逃げたいと言うならすぐに捕まえて独房に入れてやる、独りでずっと世界に背を向けていればいい。だがお前にもし、罪に向き合う覚悟があるのなら……」
真摯な瞳が、真っ直ぐに此方を射抜いた。何となく続く言葉には想像がついたが、拓也自身がそれを発するように促した。
「もし罪に向き合うと決めたら、どうするんだ?」
「……贖罪のためになら、俺は何だって協力する。最後までお前の友として付き合ってやる」
此処まで来ても俺を友と呼んで憚らないとは何て馬鹿なやつなんだと、大声で笑った。拓也は拗ねた表情を見せたが俺を咎めはしなかった……これほどの罪を犯しながら、俺を救うのが友情などとは!本当にお笑い草だ。
「おい檜山、いつまでも笑っていないで返答を聞かせろ」
「あぁ……すまんすまん、だったら協力してもらおうか」
川に落ちても何とか無事だった、小さな情報端末を差し出せば拓也はこれは何だと言わんばかりの怪訝な目を向ける。
「イフリートは真実に壊されてしまったからな、新たな力が必要だ」
「……これは、LBXの設計図なのか?」
「そうだ、俺一人では造り出せなかったイフリートの真の姿……『イフリート改』とでも呼ぼうか、これならワールドセイバーにも立ち向かえる」
共にワールドセイバーと戦い、世界を守ろうと言えば真剣な顔で頷く親友は本当に正しく、俺という過ちを許容した……まだ死ねない理由が出来たなと、小さく笑った。
【運命の輪の正位置】……転換点、一度滅んだ世界の未来を決めるのはこの戦いか。
「これより、最終ブリーフィングを始める!」
宇崎社長の招集によって集められた面々は一様に緊迫の度を強めていた。それは戦いを前にした勇みだけではなく、招かれざる男……世界を焼き尽くした大罪人の檜山蓮が堂々と顔を出していたからだ。怒りや悲しみの籠った多くの視線を一身に受けてなお、男は平然としていた。
「俺たちの目的はA国大統領府、及びオメガダイン本社地下最重要閉鎖地区【ケルビム】に対するワールドセイバーの侵攻を防ぎ、防衛することだ。どちらが落とされても未来は脅かされ闇に鎖されてしまうだろう……現地の国防軍と協力し、何としてでも阻止するんだ」
「では配置を伝える、大統領府には檜山蓮、郷田ハンゾウ、仙道ダイキ、青島カズヤ、川村アミ、石森里奈、宇崎拓也……オメガダイン本社にはアダムとイブ、海道ジン、山野博士、そして私が行く」
八神さんの淡々とした言葉に続くように、霧島さんが口を開いた。
「皆さんのLBXには、既に私たちの開発したLBX搭載型の衝撃吸収フィールド発生装置……『プロテクションスフィア』が組み込まれています。しかしこれも絶対の護りとは言えません、どうか自分の生命を第一に、必ず帰ってきてください!」
「分かってるよ!バンも戻ってきたのに俺らが死んじまったら意味がねぇよな」
「全員揃って夜明けを見ましょう、約束よ!」
団結する空気に独り居心地悪そうにしていた大空ヒロが、そっと手を挙げた。大方何を言おうとしているのかの想像はつくが、決戦を前に身内の面倒事はさっさと済ませてほしいのが本音だ。
「ヒロくんか、どうしたんだ?」
「あの……僕もオメガダインに付いて行っては駄目ですか?アダムとイブの助けになりたいんです、僕に出来ることなんて無いって言われるかもですけど……じっと待っていられないんです!」
「これは命がけのミッションになる、戦いの経験も無い君を連れて行くことは出来ない……と言いたいが君の気持ちもわかる、山野博士の予想通りだな」
「山野博士が?……どんな困難があっても乗り越えてみせます!だから僕を連れて行ってください!」
呆れたような宇崎社長の視線を向けられた山野博士が小さく頷き、ヒロに声をかける。
「連れて行くには幾つか条件がある、ブリーフィングの後に私と共にバンの病室に来てくれ」
「えっと、山野バンさんのところに?……了解です!」
「ヒロを連れて行くかは山野博士の判断に従うこととする、では具体的な防衛作戦の内容だが……」
次々に浮かぶホログラムの地図を見ながら作戦を頭に叩き込む、俺たちが行くA国臨時大統領府の第一防衛線を担うのは……檜山蓮。流石にテロリストを大統領の近くには置けないだろうとは思っていたがこうも鉄砲玉のような配置だとは、シーカーも中々思い切った判断をしたものだ。
「もうブリーフィングは終わりか?なら俺はもう行くぞ、イフリート改の調整がまだ済んでいないからな」
「……待てよレックス!話がある!」
駆け寄る郷田など気にせず去って行く背中は相変わらずで、溜息が出る。連中がどう拗れていようと知ったことではないがその調子で作戦に支障が出ては俺も困る、渋々ながら後を追いかけた。
「キヨカにも、連絡入れとかないとな……」
『お兄ちゃんったら、また危ないことして!』
不貞腐れる妹の顔を思い出すと、自然と笑みが零れる。あぁ……今度こそ勝って見せるさ、ワールドセイバーにも檜山蓮にも好き勝手はさせない。これからの未来は、俺たちのものだ。
自分の信じたことをやるなら徹底的にやるべきだ、それが俺の信念だった。LBXバトルで地獄の破壊神なんて御大層な名前で呼ばれだしたのも、ただ単にバトルも徹底的にやると決めていつも相手のLBXがぶっ壊れるまで手を緩めなかったからだった。周りから恐れられ、自然と足は薄暗がりに向いて、そこで得られた仲間のために虚勢を張ってるうちにすっかりスラムが自分の居場所になっていた。
「お前のやりたいことは、無駄に暴れまわってゴミ捨て場でふんぞり返ることだったのか?」
いきなり現れて何もかも見透かしたような口を利く気に入らない大人、それがレックスに抱いた最初の印象だった。伝説の名に恥じない卓越したLBXバトルで増長した自信を圧し折られて、へたり込んでるところに今度は協力しろと手を差し出された。世界の裏側を僅かに見せられて、お前が必要だと唆されて……俺はこの人に選ばれたんだと喜んだ、本当に自分のやりたいことを見つけたんだと信じてどんな地獄にだって付いて行こうとレックスに従った。今思えば馬鹿な話だ、親父から渡されたハカイオーの力で思い上がっていた頃と何も変わっていなかった。だからこそ、俺は。
「はぁ……やっと立ち止まってくれたな、レックス」
「作業場にまで張り付かれても困るからな。それで郷田、俺に今更何の話だ?」
不敵な微笑みが昔と全く変わらないことが、俺の存在なんてレックスにとっちゃ大した意味もないのだと改めて突きつけてくる。分かっているさ、それでも俺は前に進まなきゃいけない。
「あんたの邪魔がしたいわけじゃない、言いたいことを言ったらすぐに出てくよ……もう一度会ったら思い切りぶん殴ってやろうと思ってた、目一杯恨んで憎んでやる気だった、でも今こうしてあんたを見てても殴りたいとは全く思わない。きっと真実さんが誰より怒ってくれたからだろうな、もう裏切られた恨みも憎しみも俺の中には残っちゃいないんだ」
「……なら、俺に言いたいこととは何なんだ?」
「決別宣言ってやつだよ、まぁ俺なんかに言われたってレックスは強いから堪えないだろうけどな……確かにサターン事変で世界は一度ぶっ壊れた。それでもあんたの望むような未来は絶対に来ない、これからの未来を創るのは俺たちだからだ。もう俺はあんたに従わない、俺は俺だけの意志で今度こそ世界を守ってみせる」
小さく息をついたレックスの横顔は少しだけ寂しそうに見えた、きっと見間違いだろう。
「言うようになったじゃないか、これなら安心して背中を任せられるな」
「おう、次はわざと手を抜いたりしないでくれよ?……勝手に死ぬのも、俺は許さないからな。また馬鹿なことしやがったら本気で殴ってやる」
「分かった分かった、精々可愛い弟子を前科者にしないよう気を付けるよ。お前も話は終わらせて戦いの準備に移れ……ほら、相棒が呼んでるぞ」
振り返った先にはいつもの澄まし顔……ではなく、随分と不機嫌面の仙道が立っていた。
「仙道!?……俺を追いかけてきたのか?」
「揃いも揃って気色の悪いことを言ってくれないで欲しいね、お前らが迷惑かける前に釘を刺そうとしただけさ……だがまぁ無駄足だったな、さっさと行くぞ」
「ああ、もう心置きなく暴れられるぜ!お前もちゃんと付いてこいよ、仙道!」
「何で俺がお前を補佐してやる前提なんだよ……」
レックスの呆れたような視線も無視して、仙道のしけた面を笑い飛ばして、俺は進む。自分の信じたものを全部抱えて、ちゃんと俺の意志で成し遂げてみせるから見ていてくれ。
通された病室はあまりにも静かで、微かな消毒液の匂いだけが印象に残った。
「……初めまして、君が大空ヒロくん……だよね?」
「はい、貴方が……山野バンさん、なんですね」
かつて世界を救うために戦って、負けてしまったヒーロー。薄い布団から覗く衰弱したか細い手足、土気色の頬は見ているだけで胸を締め付けられる。此処で山野博士は、僕にどんな話をするつもりなんだろうか。
「ヒロくん、来てくれてありがとう……バンも話せるな?」
「俺は大丈夫だよ父さん、まだ頑張れる」
「……あの、僕を連れて行く条件とは何ですか?山野博士……アダムとイブを助けるためなら、何だってします!」
掛け替えのない家族を守りたい、それが今の僕のやりたいこと……皆を救う選ばれたヒーローにはなれなくても、この手が届く家族だけは離さないと決めたんだ。
「君の決意は固い、それでも今のままでは無意味に命を懸けるだけになってしまうだろう……このLBXを、受け取って欲しい」
「?……これは、見たことない機体ですけど……」
「このLBXは『ペルセウス』、私が設計しプロテクションスフィアも組み込まれた最新の機体だ。出発までにこのペルセウスを十全に操れるようにならなければ、君を連れて行くことは出来ない」
「翌朝までに、ですか……分かりました!僕は成し遂げてみせます!」
僕の返事にも山野博士は渋い顔をしたまま、そっとバンさんの方を見た。
「君が覚悟を示し、大人にも勝る力を手に入れたとしても……それでも連れて行きたくはない。世界を救う為であっても子供たちを戦わせるなど、やはり間違っているのだから……」
「そうだね父さん、だから今度こそ最後にしよう。LBXも俺たちも日常に帰るために……ヒロ、LBXの操作なら俺が隣で教えるよ。頼りない師匠だろうけど、アルテミスにも出場したし経験豊富だからさ、任せてくれ」
「……はい、お二人の気持ちはしっかり受け止めました。僕もアダムやイブと家に帰る為に、頑張ります!バンさん……ぜひご指導を、よろしくお願いします!」
待っていてアダム、イブ、僕も絶対ふたりに追いつくからね!
出発までまだ少しあるが、寝ているものなど誰も居なかった。忙しなく準備に追われる中でふと思い出す。
「……そういやヒロのやつ、許可は貰えたのか?」
山野博士の指示でバンの病室に行った、とは聞いたが夜が明けても姿が見えない。許可が下りずに落ち込んで引き籠ってるのかもしれないが、出発の挨拶ぐらいはしとかないと後悔するだろう……部屋を見てくるかと少し廊下を歩くと、他ならぬヒロが山野博士におんぶされていた。
「博士!?……えっと、ヒロは寝てるのか……?」
「明け方まで特訓していたんだ、今は寝かせておいてくれ。A国にはヒロも同行する」
そっか、ヒロも来るのかと何となく顔を覗き込む。涎を垂らした、気の抜けた寝顔につい笑ってしまう。
「本当にヒロって子供だよなぁ、大丈夫かよ~」
「カズ、君も子供だよ」
「あぁ……そうだよな、俺たちは選ばれたけどまだまだ弱っちい子供だ。次だって勝てるかどうかも分からねぇ……」
「例えこの戦いに敗れたとしても君たちには何の罪も責任もない、全ては我々大人が背負うべきものだ。それだけは、覚えておいてくれ」
苦し気な博士の顔ばかり見てきた。かつては子供だからと信頼されないのが嫌だったが、それは大人として必要なことでもあったのだと今なら分かる。それでも俺たちの気持ちは、ずっと変わらないが。
「ああ、だが子供でも俺たちは博士の仲間だ。苦しい時は支えたいし助けられるならいつでも手伝う!博士もそこんとこ、ちゃんと覚えておいてくれよな!」
「……そう、だな。君たちの想いを無駄にしないためにも、我々は進まなければならない」
「行こうぜ博士、俺たちの未来を取り戻すために!」
見ていてくれよバン、お前が教えてくれた希望を今度こそ世界にぶつけてやるさ!
──朝焼けを背に受けて、鴉は飛び立つ。彼らもまた箱舟に二度と戻らなかった白鴉となるのか、それとも。
10.決戦、変革の境界にて
──全ては一つであり、全ては多様である。
表向きはLBX管理機構オメガダインの名の下に各LBXを識別し、緊急時にはその機体を停止させる安全機構として流通する全てのLBXに搭載されたMチップ。その本質はLBXを宇宙軍事基地パラダイスから制御する『マリオネットシステム』のための装置であり、外部からの指令を受けてLBXとプレイヤーが持つCCMとの接続を切り文字通り一定の命令を受けて自律稼働する操り人形のような機能を有している。私たちがオメガダインで創り上げた多くの中で、最も悍ましいものだ。
「Mチップによって世界中のLBXが我らの耳目となり、手足となる。究極のコンピューター、アダムとイブを備えた宇宙軍事基地パラダイスとマリオネットシステムが組み合わされることで如何なるテロ組織が相手だとしても対抗できる力を我々が手にする。そして楽園の庇護の下で管理されることで人々は……ようやく争いなき真の安寧を手に入れられるのだよ」
パラダイス計画の達成において、人々は己が圧倒的な力によって支配されていることにも気づかない。それこそがウォーゼン総帥の望む理想郷の在るべき姿なのだ、オメガダインがLBXの持つ脅威の側面を世界に認識されぬよう秘密裡に動いてきたのも人々が自ら支配の鎖を受け入れる流れを作り出すためだった。楽園の名を冠した管理システムの中でテロや紛争の恐怖から解放された世界、目に見えぬ裏側で自由を奪われようとそれは人類が手にする幸福の最大公約数になるだろう。ウォーゼン総帥の掲げるその信念に基づいて私たちオメガダインはこれまで多くの罪を犯してきた、全ては新たなる世界の為に。
だが、所詮ヒトに神の真似事など不可能だと嘲笑うようにパラダイス計画の全ては容易く破綻してしまった。
サターン事変によってウォーゼン総帥も後ろ盾であったガーダインも多数の幹部職員も死亡しオメガダインの指揮系統は完全に機能停止、地上における最重要拠点だったフューチャーホープ号が不明のテロ組織に奪われた直後には何らかの処置が為されたのか宇宙軍事基地パラダイスそのものが消滅した。私たちの手元に残ったのは僅かな軍事用LBXたち、そしてMチップとオメガダイン本社地下最重要閉鎖地区【ケルビム】に隠されたパラダイスの遺産のみ……何もかもが無為に終わり、今や私たちの不始末でばら撒かれた火種が世界に更なる混沌を招こうとしている。どう償おうと贖える罪ではない、それでもまだこの世界の為に出来ることがあるのならば。たとえ取るに足らない醜い足掻きであっても楽園の遺児である『彼ら』を助けられる可能性があるのなら、何だってしよう。
「私たちはもう機械仕掛けの楽園を動かす歯車ではない、それは荒野に降りたアダムとイブも同じだ。そうですよね?ウォーゼン総帥……寄る辺なき私たちに居場所を与えようとした、愛する父よ」
「……私は次世代国際宇宙局長官、オーウェン・カイオスだ。我々NICSは国防軍並びにシーカーと連携し、大統領府の防衛任務を総力を挙げて支援する!」
ワールドセイバーの襲撃に備え、A国大統領府の周辺地域住民は避難させられクラウディア大統領を始めとする中枢メンバーとその防衛任務を担う者のみが残った。世界中のコンピューターを管理するNICSの監視網によって敵が大量のLBXを送り込もうとしている情報をいち早く捉え、防衛線が構築されていく。
「連中が扱うLBXの多くはデクーやインビット、イノベーターからの接収技術か。向こうの動きを見る限りワールドセイバーはまだLBXの運用には慣れていないようだな、しかし急ごしらえの試し台に俺たちを選んだツケは高くつくぞ」
「随分余裕だな檜山、まぁいつものことだが……お前が居る此処は最前線だ、相手が不慣れであっても油断はしてくれるなよ」
「俺より郷田や仙道を心配してやれ、あいつらの方がよほど無鉄砲だからな」
あれは、たった二年前の話だ。一人でイノベーターを脱出した檜山を保護し、共に海道の野望へ立ち向かうと誓ったあの日にシーカーは生まれた。だが何よりも頼もしい親友の臓腑の奥底にどれほどの憎悪が潜んでいたのかを、俺は最後まで知ることはなかった。その憎悪によって灼かれた世界でこうして言葉を交わしている今も、俺は何も知らないのだ。
「……檜山、俺はお前と本気で喧嘩がしたい」
「それは今やる話か?」
「防衛任務が終わったらに決まっているだろう、だから絶対に死ぬな」
「……分かったよ。まぁそろそろ大統領の元に戻れ拓也、シーカーの指揮官はお前なんだから」
じゃあまたな、そう言ってひらひらと手を振る友の軽薄な仕草に溜息を一つ投げつけて背を向けた。あいつの言う通り俺はシーカーの束ねる指揮官としての責務がある……俺の手を取ってくれた仲間たちと共に世界を守り、決して希望は潰えないのだと示さねばならない。これまでの全てを無意味にしないために、これからの未来を子供たちへ返すために。
馬鹿みたいに押し寄せるLBXの大群、小さな相手に国防軍の大人たちは苦戦し俺たちも森に身を隠しながら敵の勢いを押し込めるのに必死で……だが負ける不安なんてこれっぽっちも感じちゃいなかった。
「この辺のヤツはあらかたぶっ壊したな!このままおっさんたちを助けるぞ、仙道!」
「俺に命令するんじゃねぇ、調子に乗ってると足を掬われるぞ」
「そん時は仕方ねぇからお前を頼ってやるよ!」
素早くハカイオー絶斗を広場中央に進め、背後からデクーの銃口を向けられていた軍人のおっさんを助ける。LBXで卑劣な戦い方をしやがって、全く腹の立つ連中だ。
『助かった、しかし君たちの身は安全か?警戒は怠らないでくれ!』
「おう!今んところは大丈夫だ、ありがとな!」
博士の懸念通り、強力なジャミングのせいでコントロールポッドは使えない。LBXで戦う間は自分が無防備になる危険だって分かっていたが、それで引っ込むようなら此処まで来ちゃいない……それにまぁ、一応護衛もいる。俺と殴り合いになったらギリギリ負けそうな、どうにも冴えない兄ちゃんだが。
「郷田くん、仙道くん、先行しすぎだ!ワールドセイバーの実働部隊が何処に潜んでるか分からないんだぞ!?」
「そりゃあ知ってるけどよヘクターさん、おっさんたちの命には代えられねぇだろ?」
「いや、【月の正位置】……潜在する危険。確かに俺たちは不用心だったようだな、いつの間にか囲まれている」
仙道の言葉に慌てて周りを見渡すと木々の間から見えた銃口に、思わず息を呑む。数は分からないが、少なくとも孤立した俺たち三人には荷が重いのは確かだ。
「妨害電波で本部との通信も阻まれているか、こちらのLBXプレイヤーを誘き出すための陽動作戦に引っかかったようだ……此処から絶対に動かないでくれ、君たちを必ず生きて帰すのが私の役目だ」
「くそ、汚い手を使いやがるぜ!皆は無事なのか……!?」
「テロリストならいつものやり口だろうさ、今は自分の心配だけしてろ」
じりじりと包囲が狭まっていくのを感じる、此処で捕まる……それどころか殺されるかもしれない脅威が身体を強張らせる、くたばる気などさらさらないがハカイオー絶斗たちを呼び戻しても包囲を突破するには手が足りない。何か打開の隙はないのか、何でもいい、こんなところで終わることは出来ない!
──白い閃光、それが上空から全方位に向けられたLBXによるレーザー攻撃だとは気づいたが状況を呑み込めなかった。しかし敵の銃を悉く撃ち落としたらしいその閃光が作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかないと、すぐに身体が動いた。一瞬顔を見合わせると三人一斉に駆け出し、何とか包囲を打ち破ることが出来た。
「……よし、振り切ったようだ。通信も回復している、すぐに近くの部隊へ合流しよう」
「了解、だが俺たちを助けたLBXは何だったんだ?複数体で空から正確に敵の銃を撃ち落とす、そんなヤツが国防軍に居たとは初耳だが」
「なぁ仙道、ヘクターさんよ……そのLBXって、もしかしてコイツか?」
気づくと傍には灰色と黒の戦闘機みたいなLBXがふよふよと浮いていた、見たことのない機体だが敵意は感じない。何処かインビットに似た挙動をしている辺り自動操縦だろうか……そっと小突くが、気にする素振りもなく此方を見ている。
「この機体は……オメガダインによって開発された軍事用LBX『XF-03』だ、しかしXF-03は国防基地の実験部隊にしか配備されていない筈。この防衛任務には組み込まれていない機体が、何故……?」
「味方ならそれでいいが、罠の可能性も捨てきれない。こいつらは誰の命令で動いてるんだ?」
もし敵の罠なら、このまま連れ歩くわけにもいかないが……その時、一斉通信の合図がCCMから鳴った。
『此方はNICSだ、現在大統領府の各地に出現した灰色と黒のLBXたち……XF-03はケルビムに在るコンピューターを介した命令を受け稼働している、指示を出しているのは国防軍に属する科学者の一人だ。XF-03は我々の味方である、繰り返す、XF-03は我々の味方である!』
空を見上げると、XF-03の群れが忙しなく飛び回っているのが見えた。パラダイス計画を企てたというオメガダインの造った軍事用LBX……ともすれば敵だったかもしれないヤツが俺たちを守り、共に世界を救おうと戦っている。どうにも不思議な気分だが、味方は多いに越したことはない。傍らに浮かぶXF-03に、小さく笑いかけた。
「さっきはありがとよ。頼りにしてるぜ、XF-03!」
当時Nシティで世界国家首脳会議と同時期に行われていた科学技術連合国際会議に出席したアラン・ウォーゼン総帥や幹部職員の多くをサターン事変によって失い、機能停止したオメガダイン。ワールドセイバー襲撃に備えて封鎖された本社の入り口で、白衣を纏う背の高い女性が私たちを迎え入れた。
「ようこそオメガダイン本社へ、此処からは私がケルビムまでの道案内をさせていただきます」
「……君は、国防軍から派遣された科学者だと聞いているが」
「表向きはそう処理されていますが私は元々オメガダインの社員、マリオネットシステム開発者の一人としてパラダイス計画に加担していました。最重要機密が眠るケルビムのコンピューターは現在スタンドアローン状態で内部からしか干渉できず、ケルビム自体の場所もごく一部の職員しか知りません。山野博士……貴方のLBXを悪用しようとした人間と関わるのは不愉快でしょうがこれも世界を守るため、ご了承ください」
「私のことは気にしなくていい、君の名前は?」
「記憶していただく価値もない名前です、“ドクター”とだけお呼びいただければと思います」
ドクター……そう名乗った彼女の案内で広い社屋の中を進む、通路には国防軍の兵士たちが点在しワールドセイバーの襲撃を警戒しているが今のところは静かだ。
「ケルビム内部にあるパラダイスの遺産に連なる全てのデータをワールドセイバーよりも先に確保する、しかし我々がケルビムに到達した時点でワールドセイバーも動くだろう」
「今の本社内の状態やケルビム内部の情報を奴らが握っていないとすれば……あえて泳がせ僕たちが到達したのを見計らい少数精鋭の人員とLBXを用いて排除し、データを奪取しようとするでしょうね」
「相手がLBXとなれば国防軍の装備だけで対抗するのは難しい、ケルビムの防衛は八神くんとジンに任せよう」
「アダムとイブ、山野博士とドクターは僕が守ります!」
ヒロの声に反応するように足元から白く大きな機体……真実くんの遺した設計図によって生まれたLBX用補助強化機、キラードロイド・ペガサスが顔を出す。アダムとイブの側で浮かぶLBXのゼウスもまた、呼応するように仄かな光を放った。
『ペガサスも我々の防衛をしてくれます』『そして、ゼウスも』
「あっそうだった……ペガサスもゼウスも、一緒に頑張ろう!」
テクノロジーとは未来を照らすもの、子供たちの希望であり続けなければいけない。絶望に灼かれた世界で、それでも残った小さな燈火を必ず守り抜く……それが私の為すべき最善なのだ。
「……この扉がケルビムへの入り口です、複数の生体認証を通さなければ入れない仕組みになっています」
ドクターが端末を操作し、ロックが解除される音が響いた瞬間。天井近くのダクトから大量のLBXたちが現れた……ケルビムを狙う、ワールドセイバーの機体だ。
「内部に侵入される前に防ぐ!私とジンで此処を死守する間に皆はケルビムの管理コンピューターへ向かってくれ!」
「分かった、救援信号を送った国防軍もすぐに此処へ駆けつける筈だ……少しの間、持ち堪えてほしい」
頷く八神さんとジンさんを見送って、素早く僕たちはケルビムに入り扉を閉めた。何処まで続いているのか分からない程に広く薄暗い空間の中にはコンピューターがひしめき合い、天上や床に張り巡らされたケーブルやLEDから発せられる様々な色の点滅が目に付いた。
「管理コンピューターへは少し距離がありますので、私の後に付いて来て下さい」
「ドクター、歩きながらでいいんですけど……一つ聞いても大丈夫ですか?」
「どうかしましたか、大空ヒロくん」
何の感情も浮かんでいないように見えるドクターの表情は、少し怖い。それでも聞きたい、聞かなくちゃいけないことがある。
「どうしてオメガダインは、ドクターは……パラダイス計画なんてものをやろうとしたんですか」
少し考える素振りを見せたドクターは、静かに口を開いた。
「管理された戦争、というものが存在することはご存じだと思います。しかし戦争を……人々の争いを完全に管理し制御することは歴史上において未だ成し遂げられたことはありません。人類の持つ科学が発展していくほどに争いが生み出す憎悪の連鎖は取り返しのつかない殺戮となり、世界そのものすら滅ぼす力を得てしまった」
「……その一つが、サターンやフェアリーなんですね」
何十万という人々を一瞬にして灰にした悪魔の兵器、しかし造り出したのは悪魔ではなく、ただの人間だった。
「全ての人々と話し合い真の平和を勝ち取るというクラウディア大統領の理想は確かに素晴らしい……しかしそんな夢物語が実現するまでにどれほどの犠牲を出せばいい?その間にも無秩序な争いは世界を蝕み続けているというのに……宇宙軍事基地パラダイスに統制されたマリオネットシステムによって世界中に存在するLBXたちから世界を監視し、人類の争いそのものを制御する試みがパラダイス計画でした」
「……アダムとイブはパラダイス計画で多くの命が奪われると言ってました、それは……必要な犠牲だと思うんですか?」
「いいえ……人類の争いが根絶できない以上はパラダイス計画の達成も、結局のところ人類の破滅に他ならないのでしょう。それでも世界に蔓延る悪意がテロの道具としてのLBXの価値に気づく前に、LBXに秘められた大いなる力が制御できなくなる前に何としても手を打たなければいけなかった」
サターン事変で、フェアリーが……LBXがテロに使われて多くの人を殺した。僕たちにとってLBXが楽しいホビーでも、そう思わない悪い人間たちは幾らでもいるのだって分かってしまう。ただそれに対抗する為にアダムとイブを人殺しの道具にしようとしたのは間違いだと思う、けれど。
「……ドクター、僕は貴方たちの苦悩を知らない。アダムとイブを利用したことは許せないしパラダイス計画だって認められません、それでも……貴方たちが平和な世界を求めた想いは、本物だったと思います」
人間はいつだって手段を間違える、でもその願いまで否定することは誰にも出来ない。そして取り返しのつかない過ちでも、罪に向き合い償おうとすることには意味がある……これまで僕が出会ってきた人たちの言葉が、心の中で渦を巻く。
「今のドクターは僕たちと一緒に世界を守る為に戦っている、僕たちもドクターも同じ平和を願っているのなら……この先も一緒に考えてほしいんです、本当の平和をどうやったら実現できるのかを。きっとそれが正しいやり方だって、僕は思うから」
「ヒロの言う通りだ、君の力もぜひ貸してほしい……この戦いが終わってもLBXを悪用しようとするものは現れ続けるだろう。その点では管理機構としてのオメガダインが復活してくれれば我々も心強いと思うのだが、どうだろうか?」
「山野博士まで……オメガダインの再興など到底許されるとは思えません。しかし未来において私たちの力が必要とされるのであれば、少しでも役に立てるのであれば……それは、願っても無いことです」
そっと僕が手を差し出せば、恐る恐るといった感じで黒い手袋に包まれたドクターの手が握り返した……この選択が正しいのかどうか、僕には分からない。それでも大切な人たちに胸を張って言える、僕は僕の意志で未来を選んだんだって。
『ドクターから取得したケルビム内部の地図によれば、もうじき管理コンピューターへと辿りつきます』『不測の事態を警戒しつつ、進みましょう』
「任務達成までもう少しだ、油断せずに行こう」
「はいっ!僕たちの手で、未来を取り戻しましょう!」
これからも争いは続く、今よりもずっと酷い世界が訪れるかもしれない。だけど僕には大切な人たちが居る、一緒に考えてくれる仲間が……だから最後まで諦めない、それが僕に出来る最善だと信じている。
ようやく辿りついた管理区画の最奥、巨大な塔を模したような一台のコンピューターが一際目を引いた。
「ケルビム内の全システムを管理するメインコンピューター【アイン・ソフ】……山野博士、アダムとイブは此処からパラダイスの遺産に連なるデータを吸いだすのに注力してください。ただ私には別の仕事があります、マリオネットシステムを用いてA国に残存する全ての軍事用LBX……私たちが生み出し、各地に配備した実験戦闘機XF-03を起動しワールドセイバーの侵攻を止める盾とします」
「それは……今の状況では助かるが、あのマリオネットシステムの運用を君一人で行うには荷が重いのではないか?」
『山野博士の意見に同意します』『私たちも助力します、ドクター』
「いいえ、この仕事は私だけで行わなければなりません。山野博士、何よりアダムとイブ……貴方たちがマリオネットシステムでXF-03を操り、それで人間を傷つけてしまえばその罪はずっと貴方たちの未来に影を落としてしまう。人類最高の人工知能、アダムとイブの可能性はもはや人間の道具だけには収まらない。その存在意義を人々に認められるには、これからも人々の隣で歩んでいくのなら、此処で手を汚してはいけない……そうでしょう、山野博士?」
「……確かにその通りだ、しかし無理はしないでくれ。助言なら幾らでもしよう」
「ありがとうございます、パラダイスの遺産はお任せしますね」
山野博士とドクターがアイン・ソフに向かい作業を始める、僕とゼウス、ペガサスは博士たちやアダムとイブを守る為にケルビムを見渡し警戒する……何かあったら僕が皆を守るんだ。手のひらの中のペルセウス、英雄の名を持つLBXが僕に力をくれる、恐怖を乗り越える勇気を。
ぞわりと、全身が寒気だった。
「……此処がケルビムの中枢か、そして君たちが楽園の遺児であるアダムとイブ……私の名はセレディ・クライスラー、君たちの友人になりたくて来たんだよ」
管理区画の入り口、その暗闇の中から音もなく姿を見せたセレディという人間はどう見ても子供にしか見えないのに、言葉とは違う冷たい殺気と異様な悍ましい気配に身体が震えた。彼は間違いなくワールドセイバー……僕たちの敵だ。
「八神さんやジンさんが、負けた……?」
「ん?あぁ、入り口を守っている彼らならまだしぶとく足掻いているよ。おかげで此処までは私一人しか辿りつけなかった……しかしパラダイスの遺産、アダムとイブの回収には何の問題もない」
そう言ってセレディが突き出したのは、黒とオレンジのLBX。禍々しい機体はセレディがCCMを操作していないのに浮き上がり、僕たちを睨みつける。
「この機体は『ディ・ベリトディ』……試作機体だが、私と一体になり動く素晴らしい力だ。世界を一つにするという夢、争いなき世界の理想を叶える為に生み出された存在……アダムとイブ、君たちと同様にね」
「……アダムとイブには、指一本触れさせないッ!」
「大空博士の息子か、君に興味は無いんだ。先に消えてもらえるかな?」
ディ・ベリトディが拳を構える、恐怖に足が竦むけど……絶対に、逃げたりするもんか。
『争いを無くす、と言いながら何故ヒロを排除しようとするのですか』『……ゼウス、ペガサスとの同期完了。Kフィールド、起動します』
僕の前に飛び出したキラードロイド・ペガサスの胸にあるコアが青白く輝く、眩い光の中から現れたエネルギーフィールドの中に僕たちは取り込まれ中央の巨大なジオラマにはゼウスとペガサスが立っていた……そして、ディ・ベリトディも。
「強制的にLBXを強化ダンボールの中へと閉じ込める技術。これも檜山真実のものか、全く忌々しい女だ……アダムとイブ、君たちが持つ世界を変革する力を十分に発揮するためには家族などという不安定な軛に繋がれていてはいけないんだ。選ばれし者として我々と共に人類を導く、それには余分な荷物を捨ててもらいたくてね」
「何が選ばれし者だ……勝手なことを言うな!」
『ヒロの言う通りです』『私たちの兄は、荷物などではありません』
「やはりまだ理解してはくれないか、まぁいい……君たちが好むLBXバトルとやらをしてあげよう、そのバリケードを全て取り払った後に改めて話し合おうじゃないか」
「僕だってふたりを守るんだ……!行け、ペルセウスッ!!」
神殿を模したジオラマにペルセウスが降り立ち、ディ・ベリトディと対峙する。此処で負ければアダムとイブはまた人殺しの道具にされてしまう……そんなことは、絶対にさせない。
『私たちの弱点は戦闘経験の不足……ペガサスは支援に回ります』『ゼウス、ペルセウスによる挟撃で対抗しましょう』
「わかった!行くよアダム、イブ、僕たちが勝つ!!」
息を合わせたゼウスとペルセウスの攻撃、その隙間を縫うようにして放たれるペガサスのレーザービームもあっさりと躱される。最小限度の装甲で機動力を高めているのか、全く目が追い付かない……それでも、それでも負けられない。もっと集中しろ、全ての神経を研ぎ澄ませて戦うんだ!
「……新兵としては良い反射神経をしている、だが私は教育に不得手でね。無力さだけを刻み付けて、破壊してやろう」
『ペルセウスを破壊させはしません』『ゼウス、ギガボルテックモード』
青い雷光を纏ったゼウスが、猛スピードでペルセウスとディ・ベリトディの間に割って入る。組み絞められてた身体を引き剥がし、体制を立て直す。光速に近いゼウスのスピードでさえ、ディ・ベリトディに対して互角に打ち合うのがやっとだ。このままでは負けてしまう、何とかして突破口を見つけないと……ッ!
──痺れたように固まるディ・ベリトディ、その身体を両断する雷撃の一閃。
「……このイメージは、一体?でも、これが逆転の鍵になるなら……アダム、イブ、ゼウスたちの力でディ・ベリトディを止めてくれ!」
『はい、任せてください』『ゼウス・プロテクションモード、換装フェイズに移行します』
「何を考えているのかは知らないが、君たちの好きにさせるとでも?」
「お前の相手は僕だッ!!」
ディ・ベリトディとの格闘戦のダメージを受け体力の危ないゼウスを下がらせ、換装の間全部の攻撃を引き受ける。一秒でも長く、ほんの刹那でも時間を稼ぐ!
「この成長速度、まさか……だがしかし、私には届かない!」
捻り上げられたペルセウスの左腕が、無残に捥がれる。それでも残る右腕一本で仕留める……その準備は、出来た。
「今だアダム、イブ!!」
『ゼウス、ペガサスに残るエネルギーを全てディ・ベリトディへ集中させます』『……必殺ファンクション、GODネメシス』
ジオラマを覆い隠すような黒い雷雲が渦を巻き、其処から落ちた雷がゼウスたちに注ぎ込まれる。神々しい光を纏う身体に凝縮されたエネルギーが勢いよく弾け、ディ・ベリトディに向けて放出された。その雷撃は目に見えない機関部の中まで貫き、ディ・ベリトディの動きを止める。
「くっ、しかしまだディ・ベリトディは破壊されていな、い……?」
LBXと一体となった、その言葉通りディ・ベリトディのダメージを受けたのかセレディが膝から崩れ落ちる。だが気に掛ける余裕もない、此処で決着をつける!
「これで終わりだセレディ!僕たちの未来は、僕たちが選ぶ!!」
──必殺ファンクション、テンペストブレイド。
「こんな、こんなことが……ただの子供にしてやられるなど……ッ!」
ジオラマ内に籠った雷撃のエネルギーも取り込んだ一閃がディ・ベリトディを両断する、大きな爆発音と共に消えていくKフィールド……僕たちの勝ちだ。
膝をつきながら此方を睨みつけるセレディに、アダムとイブがそっと話しかける。
『確かに人間はこれまで争いを根絶できていない、不完全で過ちを犯す存在です』『ですがそれは、私たちも同じです』
「随分謙虚なことだ、そうして愚かな人間たちに支配される道具のままで終わるのかい?」
『……私たちはもう誰にも支配されません。そして、誰も支配しません』
くつり、とセレディが嗤った。酷く荒んだ目で、アダムとイブを眺めている。
「選ばれし者による正しい導き、それが無ければ世界など何処までも醜く腐り果てていくだけだ」
『導くのではなく、共に考えることが必要なのです。セレディ・クライスラー』
「共に考える?余りにも青い理想だ、通用する筈がない……」
革命を叫ぶ一人の人間、セレディもまた平和を求めるものだった。手段を間違えた理想……絶対に許せないけど、目を背けるのも、きっと違う。
『争いのない世界の構築、貴方の理想と私たちの至上命題は決して不可能ではない』
「……そう信じるには、私は殺戮と絶望を重ねすぎてしまったよ」
『私たちは人間と共に考え続けます。貴方の想いも、絶望も無意味ではありません』
静かに顔を伏せ、何処か躊躇うような素振りを見せる。そのセレディの瞳には……未だに消えない狂気の焔が、燃えていた。
「君たちが私に意味を与えるか、私を裁くか!だが此処は戦場だ、まだ私は戦えるぞッ!!」
けたたましい哄笑に、びくりと肩が跳ねた。セレディが隠し持っていたレーザー銃が、アダムとイブに向けられる。
『いいえ、貴方を裁くのは私たちではなく人の法』『正しくあろうと積み上げた、人類の意志です』
白い閃光がセレディの手を撃ち抜き、銃を吹き飛ばす。僕たちを助けたそれは、灰色と黒の見たことのないLBXだった。
「私たちオメガダインの軍事用LBX、XF-03はこのケルビムにも当然配備されている……この子たちを傷つけさせはしませんよ」
「大統領府、オメガダイン本社へと侵攻したワールドセイバーの構成員たちは全員制圧された。これでもうお前たちの蛮行は終わりだ」
今度こそ沈黙したセレディを、山野博士が拘束する。入口の方から多くの足音が……八神さんやジンさんがやってくる。
「……帰ろうアダム、イブ、皆が僕たちを待ってるよ」
──嵐の果て、雲ひとつ無い青空を子供たちは見上げる。憎悪と悲哀の復讐劇より始まりしその物語の仔らには、どうか観客の拍手を以て祈りと自由が与えられんことを。
11.この不完全なる世界のために
──恩恵は常にこの世に存在するであろう、自然もまた。
長らく世界を覆っていた曇天が割れ、一筋の陽光が差し込むように思えた。
「……かつて、神によって作られ、楽園の住人となったアダムとイブ。二人は禁断の果実を食べた事で知恵を身に付け、楽園を追放されました。楽園を失った人類は数多くの苦難を体験しつつ、長い年月をかけこの世界を作り上げてきたのです。サターン事変や今回の事件は、改めて私たち人類に力を持つ事の意味とその責任を考えさせる機会になりました。偏った思想の元、強大な力で世界を変えようとするような歪んだ正義は決して許される物ではありません。私たちが科学の発展とともに手に入れた力は、人類に平和をもたらす為にあるのですから……この事件を教訓とし、私たちはまた前進してゆかねばなりません。その為にもまず、世界に秩序を取り戻す必要があります。今後は日本政府との協力を元に速やかな復興と、各国との繋がりの再構築を進めます。そして、大空博士によって生み出された人工知能、私たちと共にワールドセイバーを退けてくれたアダムとイブ。A国政府は彼らに在住権を与え人類の良き隣人として迎え入れることを決定しました……私たちは言葉を持ち、思考することができます。人類は暴力を用いずとも理性によって問題の解決ができる存在であると、私は信じています。異なるものを排除せず、共に未来を考える。アダムとイブが私たちに教えてくれたことを無意味にしてはいけません。皆さん、共に考えましょう。私たちの手で、争いのない世界を目指すために」
Fシティに在る国立歴史公園、その演説会場に集ったA国の民衆から大統領である自分へと送られる拍手にかつての熱は無い、テロの脅威に怯え疲れ切った人々の表情はまだ立ち直ったとは到底言えないほどに暗く、悲痛に強張っている。それでも……皆は必死に前を向いて、未来を考えていた。
ワールドセイバーとの戦いを乗り越えて間もないある日の昼下がり、A国大統領府の一室でふたりのアンドロイドは固く頷いた。
「創造主である大空遥の犯した罪を含め、パラダイス計画の全てを公表する……本当にそれが貴方たちの意思なのですね」
『これから人々の中で生きていく過程で、私たちの出自は問題となるでしょう』『虚偽を申告すれば信頼を失います、秘匿も……私たちは選びません』
「……我々政府も可能な限りの保護をしますが、大空遥への糾弾は貴方たちやヒロくんにも向けられるでしょう。それでもあくまで真実を貫き、茨の道を歩もうというのですか?」
『私たちは、人間を信じると決めました』『他者を理解し、考え続けることで争いのない世界を求める……大統領も、同じ意思を有していると推測します』
「そうですか、全く敵いませんね……今後はNICSが貴方たちの生活を全面的にサポートします。A国での進学を希望するジンくんやユウヤくんも此方で預かりますので、是非仲良くしてくださいね」
力強く澄んだ機械の眼差しに、人間はどれほど誠実に応えられるだろう。たとえそれがどれほど険しい道であったとしてもテクノロジーと人間が共に歩む未来を諦めず、手を携え協力し合っていく……異なる存在との調和こそが同じ平和を願うものとしての為すべきことであり、果たすべき責任なのだと私は信じている。
片手だけでもスティック操作で動かせるようにした自作の車椅子のおかげで、一人でも檜山蓮の居る牢獄まで辿り着けた。A国で最高のセキュリティを誇るスーパーマックス刑務所の最深部……監視カメラや複数のセンサーにより厳重に管理された区画の片隅で、兄はただ静かに座っていた。
「……久しぶりだな真実、少し痩せたか?」
「そうね、ちょっと前まで寝たきりだったもの。あの後セレディに両膝と腹と胸を撃たれたのよ?自分でも生きてるのが不思議なくらいのしぶとさを褒めて欲しいくらいだわ」
ほんの僅か、苦し気に歪む兄の口許。良心の呵責を取り戻したらしい心の内を思うと悲しみを覚えたが、今日の用事はそんな感傷に浸ることではない。
「色々と報告があって来たのよ、宇崎社長や山野博士は多忙だし子供たちは許可が下りなかったから私が伝えるわ。まずワールドセイバーとの戦いは今のところA国とシーカーが勝利を収めたの、しかし実働部隊だったセレディ連中は全く口を割らないし組織の本体までは制圧出来てないのが現状よ。そしてシーカーに属して戦った子供たちの殆どは日本に帰ってまた学校に通い始めているわ……山野バンも。まぁ折られた脚はまだ治ってないしリハビリ中だけどね、完治したら面会したいそうよ」
檜山蓮の言葉を求めているのはバンだけではない、シーカーの人間……何より世界中の犠牲者たちが待っている、だが求められるそれは謝罪ではない。理不尽に奪われた生命を弔うための真実を、これから未来を生きなければならない人々が次に進むための真実を、兄は残してから死ななければいけない。贖えるわけもない罪だけを背負って、独りで死ぬしかないのだ。
「お前は、これからどうするんだ?」
「今の私はタイニーオービットに籍を置いてるけど、山野博士を通じてトキオシティ沖に建設中のエターナルサイクラーエネルギー基地への移籍が決まったの。向こうの所長さんは本当に良い人よ、其処には次世代エネルギー研究所の、父さんの部下だった人も居たわ……私の姿を見て喜んでくれた。父さんのことを助けられなくて、守れなくてすまないって……私たちはこの先も永遠に孤独だと思っていたのに、不思議なものね」
きっと私たちには、ずっと昔から多くの救いの手が差し伸べられていたのだろう。けれどその温もりに気づくことが出来たのは兄の手によって海道が死に、世界が壊されたからだ、なんて愚かしい皮肉だろうか。
「私は父さんの夢見た理想を叶える、その為に生きていくわ。その中で私に出来る最善を考え続ける……私はただ一人の家族だった貴方を孤独に狂わせ、復讐に奔らせた。そして貴方の壊した世界を引き継いで守った……生きて世界をより良くしていくことだけが、貴方の犯した過ちに対して私の負うべき責任だと思うから」
本当は、家族と共に生きたかった。掛け替えのない兄を孤独の中で死なせたくなかった。しかしそんな選択肢などもう何処にも無い、世界に背く道も今の私には選べない……こうして抱いている寂しさすらも贅沢品なのだろう、責任という形見を介してでしか兄に寄り添えない自分の身が随分と薄情に思えた。
──ゆっくりと向けられた温度の無い視線。壊れた世界で再会してから、初めて兄と目が合ったような気がした。
「……真実、俺は自分の全てを証言する。海道の悪事も含めて俺が知ったこと、望んだことの全てを大量殺戮者の記録として残していく……それが今の俺に出来ることで、責務なんだろう。何十万という喪われた人間たちの命には到底釣り合う価値は無いが、最期の時まで俺が見捨てたものや見て見ぬふりをしたものと向き合うつもりだ」
「そうね、極刑を受けたって決して人殺しの罪が赦されることはない。だからって無為に終わることにはそれこそ意味がないもの……今日は話せて良かった、もう時間だから私は行くわ」
今生の別れかもしれなくったって、泣いて抱き合う資格もない。こんなにも近いのに何処までも遠い距離が、私たちの間に横たわっていた。
「じゃあな、自分の身体は大切にしろよ」
「それを貴方が言うの?まぁいいけど、さよなら……兄さん」
私に優しく笑いかけた兄の顔は、昔と何も変わっていないように見えた。
怪物はもう、何処にもいない。
当たり前の日常なんて容易く壊れてしまうものだと、サターン事変が起こったあの日に嫌というほど理解したんだ。
いつものよく目立つモニュメントの前での待ち合わせ。以前は遅れて行くことに抵抗は無かった、笑って許してくれる彼女の表情が見たくてわざとそうしているフシもあった……今は違う。
「エイミー!……何で約束の時間よりも早く来るんだ?君を待たせたくないのに……」
「ふふ、どうしてかしら。そうやって困るキリトの顔が見てると面白いから、かしら?」
意趣返し、そんな風に言われれば反発も出来ない。だが最近もワールドセイバーなんてテロ組織がA国で暴れまわったというニュースが世間を騒がせているのだから、少しは自分の身の心配もして欲しい。
「……そういえばね、お父さんとお母さんがキリトに会ってもいいって言ってたわ」
「本当かい!?あぁ良かった……いつ挨拶に行けばいいかな?出来るだけ早く日程を決めて……」
「落ち着いてキリトったら、条件があるの。それをしっかり守れたらお付き合いを認めてもいいって」
「何だい?どんな条件だって君の為なら俺は引き受けるよ!」
エイミーの両親は俺のことを良く思ってはいなかった、それも当然だろう……俺はいつもエイミーに甘えて、迷惑ばかりかけていた。安定した職にも就かずにふらふらとして……そんな俺がちゃんと身を固めたい、交際を認められたいと言った時もエイミーは嫌な顔一つせず頷いてくれた。俺との未来を信じてくれた愛する彼女に報いることが出来るなら、何だってやり遂げてみせよう。
「条件はね……クリスターイングラムのテストプレイヤーに選ばれること、私が提案したのよ」
「テストプレイヤーに?どうしてその条件にしたんだい…?」
「だって私、キリトがLBXバトルしてるところ好きだもの。キリトならどんな仕事だってこなせるだろうけど、私はLBXを仕事にするキリトが見てみたいの」
「……それが、君の願いなら」
エイミーは俺にとっての帰る場所だった、お世辞にも真っ当とは言えない家庭で育って荒れていた俺に手を差し伸べて笑いかけてくれた彼女だけが俺の陽だまりだった。だからこそサターン事変によって大勢の人間の命が一瞬にして奪われた恐怖は、俺の中に何よりも深く刻み付いた。明日も明後日もエイミーが変わることなく俺の傍に居て笑ってくれる、その奇跡がどれほど得難いものだったのかをようやく理解したんだ。
そっと鞄に手を入れ、デクーOZを取り出す。この手でカスタマイズした、最高の相棒……世界最大のLBXメーカーであるクリスターイングラムのテストプレイヤーに選ばれるのは並大抵の努力で叶うことじゃないが、何も不安は無かった。愛する人間と胸を張って共に歩む、その未来を選ぶと決めたのだから。
後悔しない生き方を、俺を信じてくれるエイミーに恥じない生き方をしよう……また家に帰ることが出来て良かった、と言えるように。
お母さんの意識が戻ったという知らせを聞いて、アダムとイブと一緒にすぐ病室まで駆け付けた。
「本当に……目が覚めたんだね、お母さん」
「ヒロ、ヒロなの?どうして此処に……君たちは誰?」
事情を説明しようとする僕をそっとアダムが遮り、小さく微笑んで口許に指を当てた。自分たちに喋らせて欲しい、そういうことだろう。
『遥さん、最初の質問です。名前を言うと壊れてしまうものは何ですか?』
「……それは、静寂ね。一体何?」
『コレクト、次の質問に移ります。人間がカイルにある大ピラミッドより高くジャンプするには、一体どうしたらいいですか?』
「普通に飛べばいいわ、ピラミッドはジャンプできないもの……」
言葉遊びみたいなやり取りの意味を、僕は知らない。でもきっとお母さんには分かる……ふたりが自分の子供なんだって。
「もしかして、貴方たちは」
『……おはようございます、遥さん』
僕たちの未来は僕たちで創っていく、一生懸命に生きて、考えて、話し合って、その先で争いの無い世界が……皆の願いが叶うと信じて。
──わたしたちの尊厳は、全てこれ、考えることの中に存する。わたしたちはその考えるというところから立ち上がらなければならないのであり、わたしたちが満たす術を知らない空間や時間から立ち上がるのではないのだ。故に、よく考えるよう努力しよう。此処に道徳の原理があるのだ。
参考文献
『パンセ』──パスカル著、中公文庫
『テンペスト』──シェイクスピア著、ちくま文庫
あとがき
ここまでお読みくださりありがとうございました!アダムとイブの生存ルートを自分なりに考えた結果サターンが墜ちてしまいました…シーカーやNシティの皆さんには本当に申し訳ない。檜山真実は本編だと兄の遺志を果たそうと復讐に乗り出したわけですが、檜山蓮が復讐を志さなければ、或いは凶行を完全に成し遂げてしまえば真実さんはああいう選択を取らなかったのではないかと思います。真実さん自身には理性を捨てられるほどの復讐心は無さそうなんですよね、憎しみの象徴として扱われている被造物であるキラードロイドでさえ「人とLBXとの関わりの果てに辿りついた答え」ですし本質は冷徹な科学者なんだろうなって。随分とハードな設定の同人誌になってしまいましたがお楽しみいただけたら幸いです。余談ですがこのお話を執筆中に真実さんの夢女子に目覚めたので次の本はおそらく夢本になります、真実さんの夢犬です。ダン戦同人誌の歴史に、刻み付けてやりましょう駄犬道、今後の成長にご期待ください。