悪いお姉さんに飼われる話 作:たぶんエタル
ご主人様が用意してくれたご飯を食べるのは初めての事じゃない。ここにきたばかりの頃はご主人様がご飯を用意してくれていた。毎日私の食べたいものを聞いてくれて、何処からか持ってきてくれる。けれど、当のご主人様は本を読んでばかりで何も口にしていなかった。
それがどうにも居た堪れなくて、ある日、良心とほんの少しの愛されたいという気持ちに従い、その日の食事の半分を手渡した。
どうしてかご主人様はちょっぴり驚いた顔を浮かべ、私を見ていた。その顔を見ることができたのは一瞬で、実のところ私の見間違いかもしれないとも思い始めている。
だから、もう一度あの顔が見たいと思った。
取り繕いのない、素の表情が。
「つまり、ポチは寂しくて暴れていたんだね」
「……違わないですけど、その言い方はなんか嫌です」
……もちろん、いつものご主人様が嫌いというわけではない。今だって作り物のような綺麗な笑みを向けられて、私は抜け出せない泥沼に嵌っていくような感覚に襲われている。抜け出したいと思えないのだから、タチが悪い。
照れを隠すように、もしゃりと簡素なサンドイッチを頬張りながら、私は話題を変えた。
「結局誰なんですか。あの人」
「たぶんポチが会ったのは聖騎士だね」
「……ファンじゃなくてですか?」
「そうだよ」
「そ、そうだったんだ…………ってことは聖騎士が味方なんですか?」
「どうだろうね。私は聖騎士を敵対視していないのだけれど、逆は違うから。味方ではないと思うけれど」
「じ、じゃあ挑発……?」
「そうかもしれないし、単純にポチの主人を誤解しているのかもしれない」
「たしかに……」
私はメイド服を着ているし、領主の屋敷で働いていると思われても不思議じゃない。むしろ、普通はそう思うだろう。
ただ、私が領主の元で働いていないことが明らかになったとき、聖騎士様はどのような行動に出るのだろうか。ふと、そんな予感が頭をよぎった。
不審に思っても調べないかもしれないし、ここまで辿り着かないかもしれない。そもそも一使用人の所在など気にしないかもしれない。
──本当に?
そこまで考えが巡ったところで、唐突に私は心臓を撫でつけられるような嫌悪感を感じた。いや、取り繕うのはやめよう。恐怖を感じた。漠然とした、しかし無視できないほどの恐怖を。
心臓を撫でつけられるというようなものではない。ふわふわと心臓でお手玉でもされているかのように、酷く不安定で、気味の悪い感情。
この感覚は初めてではない。あの夜感じた感覚。幸せが奪われる感覚だ。
今でもあの夜のことを、ご主人様がしたことを忘れてはいない。
客観的に見て、この関係性が酷く歪なものであることも理解している。
けれど私は、再び手にしたこの小さな幸せを手放したくはなかった。
怖くて仕方ないのだ。
また家族を失うことが。
またひとりぼっちになることが。
だからその頼みに応えたのは必然だったのかもしれない。
「そこでポチに頼みたいことがあるんだ」
「た、頼みたいこと……?」
ご主人様は嫋やかに指を絡め両手を組むと、顎を乗せた。吸い込まれるような瞳が私を真っ直ぐに見ていた。
「聖騎士の懐に潜入してほしい」
「……」
「お願い」
「……っはい」
敵であってほしいなどと思っていたくせに、いざ敵かもしれないとなるとそれも許せない。一見矛盾しているようでしていない、この感情。
私は守りたいのだけなのだ。この小さく、歪な楽園を。
♢♢♢♢♢♢
「あっ、副隊ちょー。よく一人で来れましたね。てっきりまた迷子になってるのかと」
「いつも世話をかけてすまないな」
「そう思ってるならパレードが終わる前に来て欲しかったですけどね」
「多くの人に見られるのはあまり得意ではない」
「知ってますよ。でもあんまり僕とレーナちゃん二人にしないでくださいよ。苦手なの知ってるでしょ」
「それを本人の前で言うくらいには気が知れた仲だと認識している」
「僕がデリカシーないだけですよ……よよよ」
「道中親切なメイドに出会ってな」
「すごい無視しますね、僕の話」
「礼がしたい」
「道案内でもされました?」
「! ……ああ、よく分かったな。流石だ」
「探してきますよ。どんな子ですか?」
「青い髪をした、十代だ」
「さっぱりしてますね」
「見ればわかる。とても目を引く少女だ」
「他に特徴はないんですか?」
「少し腕の動きがぎこちなかった」
「……ま、探してみますよ。見つかったら呼びまーす」