凛と薫るその横顔に見惚れていた。踊る指先に恋をしていた。あなたは、僕が今まで出会った中で一番きれいな人。宇宙で一番きれいな人。お星様みたいにぴかぴか輝いて、太陽みたいにみんなを照らす。あなたは、僕にとってのかみさまだ。
僕はそんなあなたの信者だった。ただ、一方的に舞台の下からあなたを信仰していました。遠い星空でキラキラと輝くあなたを見ているだけで、幸せでいっぱいで、腐りきった頭があなたに染められていく。ただ、それで良かったはずなのに。小さな憧れは肥大化して、胸が苦しくて、吐きそうになって、今にも押しつぶされそうだ。
この苦しみの意味が知りたくて、僕はあなたを何度も何度も追いかけた。あなたの息遣いを感じるたびに、まぶたの動きを感じるたびに気が狂いそうになる。寝ても覚めても、あなたの声が耳に焼き付いて、あなたの表情が目に焼き付いて、あなたの言葉が脳に焼き付いて、僕はもう戻れない。
毎日、指先でカレンダーをなぞりました。その指が二月二十八日に重なった瞬間、ぴたりと指を止めて、何の印もついていないその日に優しく丸を描きました。そうです、今日は僕にとっては一年で一番大切な日。僕のかみさまが生まれた日。
だからね、決めたんです。僕は、この信仰をあなたに捧げたい。そう、僕は、あなたを、瀬田薫を永遠にしたいと思った。他の誰でもない、僕の手で。
──ああ、やっぱり、あなたの手は、ずうっと温かいですね。ずっと、こうして触れたかったんだ。
ねえ、薫さん。僕の独白を、聞いてくれますか。こうして口にするのは初めてなので、照れてしまいますね。そもそも、こうしてまともに顔を合わせて話し合えたことなんて、ほとんどなかった。ごめんなさい、僕は少々照れ屋なんです。
僕があなたにすくわれたあの日を、おぼえていますか? たしか、あの時はまだ中学生だったんですよ、僕。あなたも僕も随分小さくて、幼くて、未熟でしたね。
最初は、不思議な人だと思ったんです。初めてあなたを舞台で見た時、舞台に降りたあなたを見た時、僕は目を丸く見開いた。忘れられないんです。あの日見た瀬田薫という人間が演じるという喜劇が。瀬田薫という喜劇が。
シェイクスピアの言葉を声高々に放って、喜びに関する詩を書いたり。あの日からずっと、僕の目に映るあなたはキラキラと輝いていました。そう、キラキラと。
声も今より少しだけ高くて、ちょっとだけ世間知らずで、怖いものなんてない。その青さが僕は大好きでした。人間離れした輝きが、僕は大好きでした。
もちろん、今でも大好きですよ。僕はあなたのことが大好きです。こうして面と向かって口にするのは初めてだから、照れてしまいますね。
高いところに立つだけで青ざめていく額も、かおちゃんと呼ばれて赤く染まる頬も、悩める仲間にかけた言葉も、ホワイトデーのお返しに奔走してた後ろ姿だって。
ああ、僕、物知りなんですよ。ずっと見つめていたんです、あなたのことを。
出会った頃のあなたを、僕は星に喩えます。遠い空でまばゆく輝いて、キラキラと輝く星。僕になんか目もくれないで、ただ夜空を照らす、そんな星。ずっとそのままでいてくれたら、僕はこんなに苦しくならなかったのに。こうして、あなたにすくわれることもなかったのに。
あなたは、いつからかみさまになってしまったのでしょうね。みんなのかみさまに、みんなの王子様に、みんなの瀬田薫に。いえ、気にしないでください。こちらの話です。
僕があなたにすくわれたのは、夕暮れと夜が混ざるような、冬の日のことでした。寒くて、つらくて、寂しくて、死んでしまいそうだったんです。ぐるりと辺りを見回せば、目に入る全てのものが僕を嘲笑っているように見えた。
怖かったんです。全部が。手が震えて、足が震えて、まともでいられなかった。だから、祈りました。かみさま、どうか、僕をすくってください。哀れな僕を、すくってくださいって。
福音は、甘いミルクティーの味がした。あなたが手渡してくれたそれは、まるであなたの心のようにあたたかかった。
ただ、そばにいてくれましたね。何も言わずに、隣にいてくれた。僕が泣き止むまで、ずっと隣にいてくれた。優しい眼差しが、温かな息遣いが、肩から伝わる体温が、あなたといる全部が心地よかった。
きっと、こんなこと、あなたは覚えていないんだと思う。いいんです。それが瀬田薫だから。瀬田薫として、正しいことだから。
苦しいな。
あの日から、あなたは僕のかみさまになった。僕の中で、あなたがかみさまになった。あなたに、僕の脳みそが作り替えられたんです。なんて非道い話だろう!
すごく、幸せですよ。死んでしまいそうなぐらい、仕合わせなんです。神様なんか信じなかった僕が初めて信じたかみさまがあなた。生まれて初めて信仰した宗教があなたなんだ。
あなたに作り替えられた僕は、あなたなしでは生きていけなくなった。そんな舞台の一文のようなセリフだって、僕からすれば真実そのものだ。あなたが死んでしまったら、僕はきっと、死んでしまうだろうから。
あなたは、僕の心臓を掴んでいる。あなた次第で、酷く押し潰すことも、優しく抱きしめることもできる。僕のいのちは、とっくにあなたのものなんです。
あなたが死ねというなら、僕は今すぐにでも死んで差し上げます。あなたが生きてと言うのであれば、何万年でも生きてみせましょう。それぐらい、あなたは僕をすくった人。僕のいのちそのものです。
憧れとは、みにくいものですね。僕はね、ただあなたを信仰できていればよかった。僕だけがあなたを好きでいられれば、それでよかった。よかったはずなんです。
気づけば僕は、緑色の目をした怪物になりました。あなたが誰かとラブシーンを演じるだけでどうしようもなく死にたくなった。あなたが誰かと笑い合っているだけで唇を噛み切りそうになる。あなたの瞳が僕以外の誰かの方を向いているだけで、身体中の血液が蠢いて暴れて破裂しては、気持ち悪くて仕方がないんです。全部、あなたのおかげです。どうか、哀れな僕をすくってくださいな。
きっと気づかないのだと思います。あなたは、僕みたいな羽虫の濁り切った感情なんて。たかがラブシーン、たかが談笑、たかが! 僕の崇拝とあなたの演じる「瀬田薫」が相違しただけで! 惨めにうずくまる僕なんか、元からあなたの世界にはいないんだ。この想いの丈をどこか書こうとして、止めた。僕は、そこまで堕ちたくはなかった。あなたを愛しているから。あなたに、嫌われたくないから。
お願い。瀬田薫は誰のものにもならないで。僕のものにも、誰かのものにも。もしそうなったなら、僕はあなたと共に地獄に堕ちるでしょう。大丈夫、決してひとりにはしません。あなたが墜星する時は、僕も同じように堕ちていく。あなたという一番星にまとわりつく星屑の、あなたという宗教を信仰する信者の務めです。
僕は、もうダメなんですよ。あなたのおかげで後戻りできない化け物になってしまったんです。だから最期に、あなたに向かって少しだけ、ほんの少しだけ手を伸ばしたかった。だから僕はしたためました。あなたへの、ラブレターを。僕はあまり字が得意ではない。何度も書き直しました。あなたに、綺麗と思ってもらいたかったから。自分のきたなさを、あなたに知られたくなかったから。
あなたは、とても律儀な人。やわらかく綺麗な字で、返事をくれましたね。いつも応援してくれてありがとう。君のような儚い子猫ちゃんに応援してもらえるからこそ、私は瀬田薫でいられるんだと。手紙には応援してくれる子猫ちゃんへの感謝する言葉が、長々と綴られていました。子猫ちゃんである僕への感謝が綴られていました。ファンレターにひそめた恋文に対する返事は、一切ありませんでした。
ああ、どうしたってあなたは僕のものになってくれない! 残酷なくらいに、あなたはかみさまだ!
僕は壊れたおもちゃのようにケタケタと笑いました。あなたの言葉は、いつだって優しい! それでいて残酷だ! あなたは、今までもこれからも、僕の薄汚れた心なんて一切わかりやしない! 僕みたいな穢れた存在なんか知らない、純真無垢で綺麗な人だ! 反吐が出る。どうして、僕の元に堕ちてきてくれないんだろうな。
あなたは、綺麗だった。綺麗すぎた。僕は、そんなあなたが、好きだった。そのガラス細工のような瞳に、僕のような屑を映してくれさえしないあなたが好きだった。いや、違う。そのガラス細工で、僕を真っ直ぐ、温かく見つめてくれるあなたが好きだった。その瞳に灯った太陽の光で僕を焼き殺してしまうあなたの眩い精神性が好きだった。
あなたの瞳はきれいだ。僕の瞳に映るあなたは綺麗だ。でも、あなたの瞳に映る僕はきたなくてしょうがなかった。それでも、あなたの瞳に映っていたかった。それだけなんです。それを、僕は、願ってしまっただけなんです。
ねえ。どうか、かみさまに恋をした僕を罰してください。人間になれなかった僕を罰してください。その優しい声で、僕を叱ってください。その優しい手で、僕を地獄に堕としてください。
僕みたいな屑は、きたない人間は、どうやったってあなたの隣には立てないんです。あなたの眩しさに焼かれて、死んでしまう。哀れだと思いますか? あなたは、きっと哀れだとは言わないだろうな。
全部あなたのおかげです。ありがとうございます。僕はあなたのおかげで、世界で一番幸せです! ありがとうございます! あなたが、僕を生き地獄に閉じ込めたんだ。こんな風になるなら、あなたを好きにならなければよかった。あなたを嫌いになれればよかった。いっそ、あなたから嫌いになってほしかった。なのに、あなたは、いつだって優しかった。
だから、僕はあなたを汚しました。綺麗なあなたを、僕とおんなじ化け物にした。僕には、これしかできないんです。僕は、これしか知らない。愛も恋も欲も、こうすることでしか伝えられない。
返事はいらない。しないでほしい。これは、僕の、ぼくの独白ですから。あなたは、何も言わないで。静かに受け入れて。隣にいて。ああ、さっきからずっと地面ばっかり見て、最後まで非道い人だなあ。僕を、見てください。見つめてください。ほら、すぐそこにいるでしょう?
お願いします。かみさま。お願いします、瀬田薫。どうか、あなたは、僕にとっての、僕だけの、僕のための永遠でいて。
僕は、あなたを愛しています。何度季節がめぐっても、何度この身が朽ち果てようと、あなたは、僕の、ぼくだけのかみさまだ。