魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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甘いものはお好きですか?

 紅魔館にて執事見習いとして働く事になった草十郎だが、あれから三日程が経った。

 執事見習いといってもやっていることは館内の掃除であったり、庭の草むしりだったりと博霊神社にいるときとそう変わらない。

 変わったことを強いて挙げるなら生活のリズムだろうか。彼に限らず、使用人という立場上、主より先に起きて、主より後に寝るということになる。それに加え、その主は吸血鬼であり、その生活リズムは人間とは違う。

 

 明け方に仮眠を済ませた後、メイド長である咲夜の指示に従って草十郎は紅魔館の窓拭きを行っていた。洋館の窓拭きを行う場合、本来なら半日以上かかるだろうが、幸いな事に紅魔館の窓は少ない。日を嫌う吸血鬼の性質上、窓が少なくなるというのはある意味当たり前だと言える。

 雑巾とバケツを手に一階を歩き回った草十郎は、館内から外へと仕事の場を移し、つい今しがた最後の窓を拭き終えた。ガラスに曇りはなく、鏡のように空を映している。

 動きにくいのと、汚してはいけないと気を使ってジャケットを脱ぎ、腕まくりをしているその姿は、執事というより庭師といったほうがしっくりくる。

 

「あら、もう終わったの? もう少し時間がかかると思っていたのだけれど」

「ああ咲夜さん、今終わったところです」

 

 自分の仕事の出来栄えを確認していたところに、タイミングよく彼の上司が姿を現した。つい今しがた草十郎が拭いていた窓を指でなぞると、少々驚いたような面持ちで振り返る。

 

「慣れてるのね。とりあえずは合格といったところかしら」

 

 まずまずといったメイド長の評価にホッとする。彼の育成などを任されているのは他ならぬ彼女なので、ちょっとした師弟の間柄になっていた。因みに、紅茶の入れ方について教わったときは散々な評価で、以後要特訓だと言われている。

 何はともあれ合格を貰ったので、次の仕事の指示を待つ。館内の掃除か、それとも庭の草むしりか、はたまた洗濯か。紅魔館での雑用に関してはあらかた経験し、合格点を貰っているのでどれを任されても問題はない。

 彼女は腰にある銀の懐中時計を手にして時間を確認するとこう言った。

 

 

 

「じゃあ次は買出しを手伝ってもらおうかしら」

 

 

 

 お土産をよろしくお願いしますと言って手を振る美鈴に見送られ、草十郎は荷車を引きながら数日ぶりに人里へとやって来た。 代わり映えのしない風景と人々の営みがそこには広がっている。

 人里へ来るまでの道中、二人は他愛もない世間話に花を咲かせる。咲夜曰く、任されている仕事の中で一番大変なのが買い出しなのだそうだ。意外と言えば意外だが、食い扶持が多くいる上に、生活用品その他諸々を考慮すると、馬鹿にならない。

 行商人でもいればいいが、そもそも人里から出る者自体稀で、その上吸血鬼のいる場所に態々訪れる者など更に稀である。なのでこうして自分から赴くしかないのだが、彼女の細腕で荷車を引くのはそれだけで重労働だし、空を飛ぶにしても一度に運べる量は限られてしまう。

 たまに美鈴を連れて行くらしいが、門番とメイド長が二人同時に屋敷を開けるのは好ましくないと、余程のことがない限り一人で何とかしてきたとのこと。そこに新たな後輩(荷物持ち)が現れ心置きなく買い物に精が出せると、咲夜は晴々とした表情になっている。

 

 

 人里に到着し、入り口に荷車を停めて草十郎は自分を呼ぶ咲夜の後を追いかけた。八百屋か、それとも肉屋から買い物を始めるのかと思いきや、逆に遠ざかって行く。

 

「あの、買い出しならそっちじゃなくて……」

「良いことを教えてあげるわ草十郎。女性の買い物は色々なものを見て回るの。それが買うものじゃなくてもね。男性はそれに黙ってついてくるものなのよ?」

 

 呼び止められた咲夜は振り返ると、言葉を遮るように草十郎の唇に人差し指を当てて、器用に右目だけをパチリと閉じてウィンクを飛ばした。その表情は今までのどれとも違っていて、また新しい一面を見た気がする。

 草十郎にとって買い物とは目的があり、それに沿ったものを探すもので、探して回ること自体が目的になるとは思いもよらなかった。ただ考えてみれば彼も当てもなく散歩をすることがあるので、それと同じかと納得する。

 驚きもそこそこに、咲夜の隣に並んで歩く草十郎は彼女の顔を見てふと沸いてくる疑問を口にした。

 

「そういえば咲夜さんて、ころころと顔が変わるんですね」

「ふふっ、女性は幾つも顔を持っているものなのよ?

 さて草十郎、先ずはあそこに行くわよ」

 

 無論それは彼女が百面相をしてるわけでも、表情の変化に富んでいるわけでもない。寧ろ逆で、基本的に彼女の表情は余り変わらず、また感情も読みとりにくい。彼が言いたいのはいわゆる人格とでもいえばいいのだろうか。彼女は場面場面に応じて纏う雰囲気がガラリと変わる。

 

 無表情な使用人としての顔

 主をからかう従者としての顔

 頼れる上司としての顔

 

 今の彼女はそのどれとも違っていて、こうまで多様性のある人物は草十郎の知り合いの中でもそういない。そういうものなのかと納得しながら、垢抜けて大人びた表情でクスクスと笑う咲夜の後を追いかけた。

 

 色々なものを見て回ると言った通り、立ち並ぶ店を端からぐるりと一周することになった。途中、気に入った食器や小物などを幾つか衝動買いし徐々に草十郎の腕に抱える荷物の量が増えていく。一つ一つは小さくても積み重ねれば馬鹿にならず、あと少しで視界を完全に塞いでしまうほどだ。

 荷物持ちとして付き従う草十郎は文句一つ漏らさず歩いて行くが、咲夜が急に足を止めたのでどうしたのかとつられて視線の先を見てみればそこには草十郎も良く訪れる饅頭屋があった。余談ではあるが、霊夢と魔理沙に食べられ一つとして草十郎の口に入ることのなかった饅頭はここで購入したものだったりする。

 ここで少し待っているようにと言い残し、饅頭屋の暖簾をくぐっていった咲夜を待つこと約五分。帰ってきた彼女の腕には茶色い小さな紙袋が一つ抱えられていた。

 

「美鈴のお土産にと思って寄ってみたら作りたてが買えたわ」

「運が良かったですね。ここの饅頭屋は人気なんですよ」

「そうだ草十郎、ちょっと口をあけて」

 

 歩き出そうしていたところを呼び止められた草十郎は、抱えた荷物を揺らさないよう咲夜の方へ首を捻り、疑問を挟まずに言われたまま口を開ける。端から見た彼の姿はまるで餌を待つ雛のようでどこか微笑ましい。

 やや押し付けられるように放り込まれたものは人肌ほどに温かく、噛めば滑らかで上品なこし餡の甘さが口に広がる。それが饅頭だと気がつくのにそう時間はかからなかった。

 

「荷物持ちのご褒美みたいなものかしら。お嬢様もパチュリー様も洋菓子派だから、こういう機会でもないと和菓子は食べられないのよね」

 

 もぐもぐと口を動かす草十郎の横で、咲夜も一つ饅頭を取り出し自分の口元へと運んでその甘さに舌鼓を打つ。

 日頃から菓子類を多々目にすることはあれどそれは主に洋菓子ばかりで、草十郎に馴染みのある和菓子などは全く見かけることはなかった。というよりこうして既製品を買うことすら稀で、その日のレミリアの気分に応じて、咲夜が全て一から作っているのだ。そのレパートリーの豊富さたるや、ケーキやクッキーは言うに及ばず、草十郎が聞いたことのないようなものまであり、洋菓子で作れないものはないのではないかと彼は思っている。

 

「てっきり和菓子が嫌いなのかと思ってました」

「そんなことはないわ。それにお嬢様だって嫌いなわけではなくて、単純に屋敷にそぐわないから食べないだけで、博霊神社に遊びに行くときは手土産に水羊羮とかを持っていくし普通に食べるわよ?」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなのよ」

 

 和菓子は余り好んでいないとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

 雰囲気に不相応だとか、場違いとかいわれても草十郎にはピンとこない。そもそも、久遠寺邸にて、紅茶用のポットとカップで緑茶を精製したことで同居人を怒らせた際も、『こんなに美味しいのにどうしてだろう?』と首を傾げるほどなので、分かることを期待することが間違いなのだが。

 

「甘いものに貴賤なしではないけれど、そもそも女の子で甘いものが嫌いって娘は余りいないんじゃないかしら? 下手なものを送るよりは、甘いものをプレゼントしたほうがいいわよ。下心があると逆効果だけど、貴方の場合はそんな心配はないでしょうしね」

「それは霊夢も?」

「ふふっ、そうね。彼女あれで単純だから、何か困ったことがあったら御菓子でも渡してみるといいわよ」

「なるほど」

 

 詳しいことは分からないまでも、女子が甘いものを好むというのは概ね同意だった。

 学校の同級生たちを始め、久遠寺邸の同居人達二人もそうだし、霊夢も甘いものを買って帰ると何処か機嫌が良かったりする。

 今度博霊神社に帰るときは何か霊夢に買って帰ろうと考えていると、何処かから『くしゅん! 』とくしゃみをする音が聞こえたような気がした。

 

 

 

――――――

 

 

「不味いわね」

 

 場面は変わり、時間をやや遡る。

 昼近くになった遅い起床のあと。博霊神社の母屋、その台所にて、巫女である霊夢は腕を組んだまま眉を寄せて苦悶の表情を浮かべていた。

 異変が起きた、なんてことではないが、退っ引きならない事態という意味では同じで、むしろ彼女からしてみたらよっぽど深刻な内容だった。

 

「食べ物が……ないわ」

 

 篭の中にあった野菜はこの数日の間に消え、米櫃は昨日の夜に空となり、肉に至っては随分と姿を見ていない。あるのは醤油や味醂などの調味料だけで、食べられるようなものは何一つ残っていないのは一目瞭然だ。

 このままでは餓え死ぬと戦慄すら覚える霊夢。彼女にとっては、異変よりも兵糧攻めの方が恐いらしい。草十郎がある程度の買い置きはしていたのだが、それも底をついてしまった。まさか草十郎が帰るまで何も食わずいるというわけにもいかず、渋々自分で買い出しに出かけることにした。背に腹は代えられないのだ。

 

 買い物籠片手に人里へひとっ飛びする。最近は草十郎に買い出しを任せていたので、久々に訪れたのだが、まるで代わり映えのしない光景が出迎えた。

 

 時間の停滞。

 進歩することがない代わりに退化することもない。

 楽園と言う人もいれば、檻だと感じるここはそう在るように作られたのだ。霊夢にとって人里は嫌いでもないが、好きでもない場所という認識しかなく、ここに住まう人々たちにも別段思い入れはなかった。

 自分の横をすり抜けていく人間達には目もくれず、食料を売る店が集まる方向へと歩いていく。

 

「草十郎もいないことだし、パーっとすき焼きを楽しんでやるわ」

 

 重くなった買い物かごからはネギがひょっこり頭を出しており、中には肉や豆腐、白滝に卵などが顔を覗かせていた。草十郎がいないのをいいことに、一人で贅沢をするつもりらしく、霊夢は腹黒な笑みを浮かべる。もしかしなくてもだが、本日の食材購入代金は草十郎から徴収した家賃で支払われていたりするのだが、彼女の表情からは罪悪感のざの字もない。

 今日の晩ごはんが楽しみだと軽くなる足取りのまま、不意に甘いものが食べたくなった霊夢は団子屋へ向かうことにする。御手洗団子を一本買い、それを頬張りながら歩いていると、饅頭屋の前に立つ見慣れた後ろ姿が目に入った。

 

「あれ……草十郎? ぷっ、燕尾服って」

 

 服に着せられているような草十郎の姿に、思わず吹き出してしまう。

 ひとしきり声を殺しながら笑っていたが、ある程度落ち着いたところで改めて彼の姿を見る。何故かその腕には荷物が大量にかかえられていて、ちょっとバランスを崩しただけで倒れてきそうだ。

 器用な奴だと感心しながらもあやつは何をしているのか不思議に思い、声をかけようとしたところ、饅頭屋から出てきた人物が草十郎の方へ歩いていくのが見えた。

 

 理由は分からないが、咄嗟に店と店の間の路地に身を隠す。

 ハッとなって、何故自分がこそこそしなくてはいけないのかと憤るが、隠れたままこっそり顔を出してみる。草十郎と一緒にいるのは紅魔館のメイド十六夜咲夜で、異変で敵になったり共闘したり、やっぱり敵になったりと互いに知らない仲ではない。紅魔館で働いている状況を考慮すると別段可笑しな光景でもないのだが。

 

「何よ荷物持ちなんかしちゃって。良いように使われてるのが見え見えじゃない」

 

 荷物持ちをさせられているのに、笑顔で会話をしている草十郎が気に入らないようだが、普段から草十郎を良いように使っている自分を棚に上げていることまでは考えが及んでいない模様。

 二、三、言葉を交わし歩き出そうとした草十郎を呼び止めた咲夜は口を開けて待つ彼に饅頭を運んでいる。それを見て少々イラッとくるものを感じながら、乳繰り合うならよそでやれと毒づく霊夢。同じく饅頭を食べる咲夜はその後、仲が良さそうに話ながら草十郎と歩いていく。

 

「なに話してるか聞こえないじゃない。これ以上近づく訳にもいかないし……怪しいわね」

 

 何を話してるのか気にはなるものの、これ以上近づけば草十郎はともかく咲夜に勘づかれると接近出来ないでいた。クスクスと草十郎の横で笑っている咲夜を見て怪しいと呟く霊夢だが、団子の串を握りしめながら路地裏から顔を出している彼女の方が周りから見れば余程怪しい人物だろう。

 

「くしゅん!」

 

 急にくしゃみをしてしまい、バレたかと焦るが幸いなことに二人には気付かれていないようだ。

 胸を撫で下ろす霊夢だが、そこでふと我に返ると急に自分の行動が馬鹿馬鹿しくなり、監視を辞めて、入り口へ戻っていく草十郎達とは反対の方向へ歩いていった。

 やや迂回するように人里から帰宅したあと、昼食にしては遅く夕食にしては早い食事の準備を始めた。肉をたらふく食べてやると意気込みながら、先ずは火を起こそうとしたところで薪が無いのに気がつく。

 面倒臭いとぼやきながら外に出て取りに行くが、そこには切ってある薪はなく、自分で原木を切るしかない。渋々斧を手にして霊夢は薪を割る作業をこなすが、出鼻を挫かれた彼女の機嫌は先程と比べてだいぶ下がっているのは明らかだ。

 一仕事終え、ようやと調理開始かと思いきや、水瓶の中身を見て愕然とする。何処からどうみて空だ。頬をヒクつかせながら黙々と水を汲む作業を行う。そして今度こそ本当に飯だと意気込んだところで招いていない客の声が響いた。

 

「飯をたかりにきたぜ霊夢ー。あと境内汚れてたぞちゃんと掃除しろー」

「あぁん!?」

 

 ドスの利いた声で凄みながら魔理沙を睨み付けた霊夢の表情といったら、もうまるで鬼のような形相で、思わず数歩ほど下がってしまうくらいに迫力があった。子供が見たらトラウマになること請け合いである。

 ワナワナと肩を震わせて魔理沙のほうへやってくると、霊夢は彼女の顔に指先を突きつけて声を上げた。

 

「掃除は明日! あんたは火を起こしなさいこれ命令。こっちは野菜切るから。良いわね」

「おっ、おう。了解だぜ」

 

 有無を言わせない鬼巫女の気迫に押された魔理沙は霊夢に言われた通り火を起こすため、ミニ八卦炉片手に竈と格闘することになってしまう。竈の口に薪を突っ込みながら立ちこめてくる煙に咳き込み、目じりに涙を浮かべながらため息を吐いた。

 

「はぁ……こりゃ草十郎より先に霊夢が根をあげそうだな 」

 

 霊夢が野菜を切っているが、その音は大きく、彼女の機嫌そのままと言っていい。

 草十郎が紅魔館で働く事になったときは彼のことを心配していたが、霊夢のほうが明らかにストレスが溜まっている。もっと言えば不機嫌なのが傍から見ても明らかだ。

 このままではいつか爆発しそうだという魔理沙の呟きは霊夢に聞こえることなく台所の喧騒に掻き消される。

 

 

 

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