魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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ある吸血鬼のお話

 

「草十郎さん、この本はあちらにお願いします」

「ああ、ここでいいかな」

 

 パチュリーは小悪魔たちのやり取りを耳にしながら読書にいそしんでいた。当初は喧しく思っていたが、泥棒ねずみと比べれば許容範囲の内だし、何より彼女に対して益のある作業をしているので、目を瞑っていたらいつの間にか慣れてしまったのだ。

 草十郎が紅魔館にやってきてもう一週間近くが経とうとしている。彼の主だった仕事は咲夜の手伝いか、こうして図書館で司書紛いのことをしているかのどちらかである。もうすっかりとここに溶け込んでいる草十郎は咲夜からの評価も高く、パチュリー自身も決して低くない評価を下していた。その一つがこれだ。

 

「そうじゅーろー、お手伝いに来たよー」

「やあフラン。じゃあ一緒にそこにある本を運んでくれるかな」

「分った!」

 

 元気良く、無邪気に草十郎の手伝いをするフランドールを視界の端に収め、パチュリーは微笑む。草十郎の何処を気に入ったかは分らないが、フランドールはかなり彼を慕っている。地下室で二人、他愛もない話をしていることも多いし、そうでないときでも、今のように草十郎を子犬のように追いかけているのも度々目撃していた。

 以前と比べて心なしか明るくなったように思えるし、精神的に不安定だったのが今は大分落ち着いている。それを知ってか、フランドールが草十郎の手伝いをすることは黙認状態になっていた。レミリアが草十郎を雇い入れた当初は一体何を考えているのかと思ったが、今の彼女の姿を見ると、これだけでも雇う価値はあったとパチュリーは思う。

 パチュリーの友人、レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレット。彼女の抱えている問題は根深く、更に姉妹の関係は複雑だ。なんとかしたいと思わなくはないが、なにぶん事はそう単純なものではなく、下手を打てば取り返しのつかない事態になりかねない。それほどまでに姉妹の置かれている状態は危うい均衡の上になり立っていた。

 願わくば少しでも良い方向へ傾くように。そんなことを願いながら本を読んでいると、音もなくメイド長が現れ、草十郎のほうへと歩いていく。こういったときは大抵急を要した用事なのだとパチュリーは知っている。

 

「草十郎、お嬢さまがお呼びよ。直ぐに私室へ向かいなさい」

「えー! 草十郎行っちゃうの?」

「申し訳ありません妹様。重要なお話なので」

「ごめんフラン、また後で」

 

 不満そうに抗議をするフランドールに謝りながら、草十郎は図書館を後にする。

 遠ざかっていく足音。ふと目の前に気配を感じて顔を上げれば、そこには肘を突いて覗き込んでくるフランドールがいた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「あの、それで用事とは……」

「いやなに、少し話し相手になってくれればいい。お前とは一度、こうしてサシで話してみたいと思っていたんだ。勿論用事があるというのも本当だが……まあ椅子に掛けろ草十郎。あまり見下ろされるのは好きじゃない」

 

 『逆に見下ろすのは好きだがな』と言いながら、レミリアはテラスのテーブルに腰掛けクツクツと笑う。二人分のティーカップとお菓子があり、これが俗に言うお茶会なのだと草十郎にも分った。日も落ち、月や星が夜天に輝く中、開けた空は闇を感じさせないほどに明るい。

 今日は図書館の整理を手伝っていた草十郎だが、急に現れた咲夜に連れられこうしてレミリアの私室へとやってきていた。因みに草十郎を連れてきた咲夜は何か他に用事があるらしく、早々に部屋を後にしている。

 草十郎が椅子に腰を下ろしたのを見届けると、レミリアは丸いチョコレートを一つ手に取り、人差し指でゆっくりと口の中に押し込んだ後、味わうように咀嚼する。ふう、と甘い吐息を吐くと、話を切り出した。

 

「ふむ……とりあえずお前の用事から済ませるか……。

 妖精メイドに任せていたお前の探し物の件だが、残念ながら見つかっていない。私の勘からすると……恐らくはこの辺りにはないだろうな。もう約束の期日が迫っている」

 

 一週間近くが経ち、全く進展が無かったことから半ば予想はしていた。元々直ぐに見つかるとは思っていなかったのか、草十郎に落胆した様子は無い。前向きに、次はどうしようかと考えている彼の顔を見たレミリアは、一つ提案をする。

 

「……で、物は相談なんだが、お前これからもウチで働かないか?」

 

 思ってもみなかったレミリアからの申し出。これからも変わらずここで働く代わりに、咲夜やパチュリーなども草十郎の探し物に手を貸すというもの。今の彼にとっては、お給料こそないものの、衣食住が保障される上に、捜索まで手伝って貰えるというのはこの上ないほどの好条件だと言えた。

 数合わせの為だけの妖精メイドではなく、友人であるパチュリー、そして己の右腕のような存在である咲夜の力を貸すとまでレミリアは言っている。

 評価してくれることは嬉しく思うが、草十郎としてはそう言ってもらう理由が思いつかない。そもそも自分の労働力と二人の能力はとても釣り合ってるとは思えなかった。

 

「あの、」

「答えは明日でいい。明日の夕方、お前が始めてここに訪れた時間に返事を聞かせてくれ」

 

 返答をしようとした草十郎の言葉を遮ると、レミリアは自分のティーカップに口をつけて何やら悪巧みを考えていそうな顔で笑っている。

 気の無い返事をする彼を見て一層その笑みを深めると、頬杖をついてもう一つチョコレートを手に取り、それを爪で弾いて寄越した。コロコロとテーブルの上を転がり、目の前で止まったチョコレートを口に含むと、仄かにワインの風味が広まる。

 

「なに、少しばかりお前を手放すのが惜しくなっただけの話だ。咲夜にとっても、パチェにとっても、お前は助けになる。何よりフランもお前には懐いているし……な」

 

 それまでは自信に満ち溢れた力強い表情だったレミリアが、今その瞳に微かな翳りを見せている。やや苦笑したような、自嘲した笑みを浮かべている彼女の表情は、今まで見たことの無いようなものだった。ここではない何処か遠くを見据えながら、懐かしむよう、静かにレミリアは語り始める。

 

 

「茶請けにしては少々アレだが、一つ昔話をしようか。

なあ草十郎、何故フランドールは地下室にいると思う?」

「え? だって吸血鬼は暗いところにいるものなんじゃ」

「確かに我々にとって太陽は敵だが、それでも直接浴びなければ済む話。そもそも私自身、たまに日傘を差して外に出ることもあるしな」

「なんとっ」

 

 今まで夜に活動している姿しか見たことの無い草十郎からしてみれば、それはそれで驚きの事実だったが、今重要なのはそこではない。

 当初、フランドールは日の光を嫌って地下にいるのかと思っていたが、今考えればそれは可笑しいことだ。そもそもこの紅魔館は日が入らないような造りになっているし、何より姉のレミリアは普通に暮らしている。ならば何故、フランドールだけはあの地下室で暮らしているのか。

 

『草十郎は変わってるね。普通何でこんなところに住んでいるのかって聞くのに』

 

 思い出すフランドールとの会話。あれは自分が置かれた環境が異常なのだということを理解しての言葉だ。そう考えると、草十郎にはあの石で囲まれた冷たい部屋が、彼女を閉じ込めておくための檻に見えた。

 

「アイツにはな草十郎、吸血鬼としての誇りや秩序が決定的に欠けている。そして何より一番重要なのは人を殺すということができない」

「人殺しはいけないんですよ」

「ハッ、お前は私たちを一体なんだと思っている。吸血鬼だぞ? 私に限ったことじゃないが、人に手をかけたことのある妖怪なんてこの幻想郷にはごまんといるさ」

「それでも、人殺しは良くないことだ」

 

 偽善的なことを口にする草十郎をレミリアは一笑に付すが、それでも自らの意思を曲げようとしない彼の姿を見て口角が上がる。草十郎は草十郎で、滅多に見せないような険しい表情を見せていた。

 それは怒りか、それとも憤りか、初めて見せた草十郎の覇気のある表情は彼女の琴線に触れたようだ。机に身を乗り出し、座っている草十郎の顎を人差し指で持ち上げた。観察する、というよりは品定めをしているように見える。

 

「何だ、そんな表情も出来るじゃないか。中々に素敵だぞ? 思わず殺してしまいたくなりそうだ。何なら、私と殺し合いでもしてみるか?」

「それは嫌です」

 

 きっぱりと、怯えることなくそう告げる草十郎に、レミリアは『つれないな』と言いながらクツクツと笑う。こういう状況でも調子を崩さないところも、彼女が評価している一つだ。

 吸血鬼に限らず、他の力ある妖怪にも当てはまることだが、彼女達は己を、そして種族を侮るものは許さない……が、かといって何をするわけでもないのに、勝手に怯え、ビクビクされるのも好まないのだ。

 恐怖し、怯えているだけの人間は、レミリアにとって食料としての価値しかない。怖いもの知らずとも取れるが、妖怪の強さを知ってなおビクビクとした態度を取らない点は、それだけでレミリアの中では評価が高かった。

 

 草十郎の表情を堪能し、乗り出していた身体を椅子に預けると、話を続ける。

 

「まあ私とてむやみやたらと人は殺さんよ。ただ、こちらの命を取りに来ている場合はその限りではないがな。むやみやたらと命を奪う、というのは秩序に反する。お前だって生きるために牛や鳥を食うように、妖怪の中には人を喰わんと生きていけないものもいる。最も、私は小食な上に、必要なのは血だけだからな。献血程度の量で十分だ」

 

 妖怪も人を喰べないと生きていけない。

 それは人間である草十郎には忌諱すべきものであるはずなのに、否定は出来なかった。町で暮らすようになるまで山で生きてきた彼は、生きるということの厳しさを良く知っている。生きるということはすなわち、他の命を奪うという事なのだ。人を食べないと生きていけないというのなら、それを止めさせるということは、妖怪たちに死ねと言っていることと同意義になる。

 肯定も否定も出来ない。どちらが正しいのか分らない中、一先ず草十郎はこの問題を頭の隅に追いやることにした。

 

「先ほどフランドールに人殺しは出来ないといったが、ただ命を奪うというだけならあいつは容易くできる。けれどアイツが行うのは殺人ではなく破壊だ。ただおもちゃで遊ぶ子供のような無邪気さで、あっけなく命を奪う。お前ら人間の子供と同じだ。虫の羽や足を千切って遊ぶように、あいつにとって命を奪うという行為は、遊びと同意義なんだよ。

 人を殺すということは、つまり相手の全てを奪うと言うことだ。積み上げてきた過去、これからの未来。悲しみも憎しみも、すべてを受け入れることと同意義だ。私たちは人間に恐れられるだろうし、勿論憎まれる。復讐の連鎖は延々と続くだろう。それでも私たちはそれを受け入れ、かつ人間の敵として在らねばならん。だからこそ、私はヤツを許すことは出来ない」

 

 人間とは違う、吸血鬼としての秩序、誇り。

 そういったことが分らない草十郎から見ても、レミリアは高潔だった。彼女は彼女なりに、人間と言うものを理解しているのだ。例え人から向けられるものが憎しみや恨みといった負の感情だったとしても、それが彼女の人間との付き合い方なのだろう。だから彼女は人間を蔑み、敵対し、そして愛しているのだ。

 妹とはいえ、いや、妹だからこそ、悪戯に命を奪おうとするフランドールを許さない。

 

「アレを地下室に押し込めたのは先代のスカーレット家当主。平たく言えば私たちの父親だ。生まれて五年ほどしたころ、唐突にフランドールは地下室へと押し込められた。何をしたわけでもなく、理由を問うても教えてはもらえなかった。私もあのころは幼かったからな、先代を憎み、何時かこの手で妹を……フランを救い出してやると息巻いていたものさ」

 

 過去の自分を嘲るように微苦笑をかみ殺しながら語るレミリア。

 思い出を忌々しく思いながらも、もう戻ってこない時間に思いを馳せ懐かしんでいるかのように、その語り口調は穏やかだ。地下室で二人遊んだことを話すその姿は、妹との思い出を話す一人の姉としての姿だった。

 けれど、その時間も長くは続かない。表情から笑みが消え、徐々に剣呑さを増していく。

 

「ある日地下室に行くと先代が血まみれで倒れていたよ。息も絶え絶えだった。フランドールがやったのさ。血まみれになり、刻一刻と死にゆく親を前にして、あいつは笑って『ちょっと間違って壊してしまったと』言った。そのとき私は悟ったよ、こいつを地下に閉じ込めた先代の判断は間違っていなかったと。だから私は自分が当主になってもアイツを地下室から出さなかった」

「あの、つまりフランは……」

「いや、あいつは今のところ誰も手にかけてはいない。先代は私が直々に手をかけたからな。私は当主としての座が欲しかったんだ。この手で止めを刺す必要があった。以前お前は私のことを良い妖怪だと言っていたらしいがそれは間違いだ。何せ当主の座欲しさに親を殺したんだからな」

 

 親を殺したのかと、草十郎は最後まで告げる事ができなかった。彼自身フランの過去に思うところがあるのか、苦悶に満ちた表情を浮かべている。

 レミリアは当主の座欲しさに自ら手をかけたことを話すと、愉快そうに笑って草十郎の表情がどのように変わるのかを楽しむ。だが、その当ては外れ、草十郎は悲しげに眉尻を下げていた。てっきり先ほどのように食って掛かってくるのを想像していただけに、レミリアは肩透かしを食らったような不満そうな顔になる。

 

「それは、悲しいことですね」

「何でそうなるんだこの馬鹿者が」

「だって、フランの為とはいえ、肉親を手にかけなくちゃいけないのは悲しいことでしょう? きっと、フランを地下室に住まわせているのも彼女を守るためだ」

 

 ほぼ軟禁状態とはいえ、フランドールの待遇は決して悪くはない。食事も寝床も、お菓子も玩具も、必要なものはすべて与えられている。檻は時として中にいるものを守るためのものである場合がある。籠で飼われている鳥が、逃げ出して外の世界で生きていくことが厳しいように、地下室(アレ)はフランが傷つかないでいるためのものなのだ。

 人である草十郎にはレミリアのいう秩序だとか誇りは分らないが、それが彼女達にとってのルールだと考えればそれも理解できる。自然の中ではルールを破れば、それは破った者に返ってくる。その罰の形が人と違うだけで、妖怪たちの中でもルールは存在するのだろう。特に、この幻想郷はそれが顕著だ。人里という安全地帯があるのが何よりも証拠で、罰を与える博麗の巫女という存在がいる。仮に霊夢を退けたとしても、今度は他の者が立ちはだかり、気がつけば敵だらけになってしまう。

 それが分っているからこそ、レミリアはフランドールを地下室に追いやり、屋敷から出さない。

 

「けど、フランが一番望んでいるのは貴女に理解してもらうことだと思う」

「それは出来ない。あいつを理解するということはつまりあいつの行いを許容するに等しい。少なくとも私がスカーレット家の長であり、吸血鬼である限り、私がフランドールを理解する事は無いだろう。誇りや秩序はときには命より重い」

「それは自分の妹より」

 

 それは自分の妹より重いのか。そう目で訴えかけてくる草十郎を黙殺し、レミリアは残った紅茶を煽る。これで話は終わりだという意味なのか、それ以降彼女がこの話題に触れることは無かった。

 

「そういえば何でその話を?」

「いやなに、何だかんだ言いつつも妹が可愛いからな。少しばかり手回しをしておこうと思っただけだ」

 

 レミリアの言ったことが良くわからないと、首を捻る草十郎だったが、結局詳細は教えてもらえなかった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 所変わって、場面は再び大図書館へ移る。

 基本的に読書中に近寄られることを嫌うパチュリーだったが、邪魔をしても機嫌を損ねない例外がいた。フランドールにだけは、パチュリーは話しかけられても嫌な顔一つせず、読書を中断してまで相手をするのだ。

 話しかけてこそ来ないものの、明らかに何かを話したそうな顔をしているのが見て取れた。パチュリーはそっと本を閉じ、フランドールのほうを向くと、子供をあやすかのような優しい声音で話しかける。

 

「どうかしたのフラン?」

「あのね、パチュリーに聞きたいことがあるの」

 

 何か質問があるらしい。この紅魔館で一番の知識を持っているのはまず間違いなくパチュリーだ。下手な相手に聞くよりも彼女に聞いたほうが大抵のことは分ってしまう。なので普段からフランドールは度々、こうして分らないことや疑問に思ったことを聞きにくる。

 最近は魔理沙や霊夢、他には弾幕ごっこのことなどが主だ。教師と生徒とは少し違うが、それに近しい関係である。

 

「何かしら」

「うん、『眷属』ってなぁに?」

「そうねぇ……」

 

 もしや吸血鬼としての自覚が芽生えたのかと考え、友人が聞いたら喜びそうだと思いながら『眷族』についての解説を行うパチュリー。これが図らずも草十郎をちょっとした危機に追いやることをまだ彼女は知らない。

 

 

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