魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

17 / 24
妖々夢
食っちゃ寝はダイエットの素


 紅魔館での労働。そして首輪の捜索に区切りをつけて博霊神社へ戻った草十郎だったが、待っていたのは溜まりに溜まった雑用の数々。霊夢が怠けていたツケが丸々草十郎に回ったカタチになる。

 文句を漏らさず淡々と雑用をこなしていた草十郎とて言いたいことの一つや二つある。けれど不満そうに霊夢を見ても完全に黙殺された。レミリアや咲夜の真似をしてみたのだが、残念ながら相手にその気がなければ意味はないのだ。

 

 草十郎の尽力もあって、何時もの平穏を取り戻した博霊神社では、霊夢が至福の表情でお茶を啜っていた。居間の卓袱台の上には茶請けの饅頭が積まれていて、それを一つ口に運ぶと頬を緩めている。

 餡蜜とはまた別に草十郎に買ってこさせたものだが、軽くなっていく財布を見つめ彼が切なそうな顔をしていたのは言うまでもないだろう。因みに草十郎は仕事で人里だ。もうそろそろ帰って来るのではないかと霊夢が考えていると、タイミングを見計らったかのように砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。

 ただ向き直るだけの手間すら惜しみ、口に饅頭をくわえながら、彼女は体を後ろに傾けて腕で支えた。上下があべこべになった視界の中で、相も変わらずしまりのない表情の青年は、着流し姿で大きな籠を背負っている。腕や服は土で汚れていて、汗をかいているのか髪先がほんのりと湿っているのが分かった。

 もうすぐ暑くなりそうだと、夏の到来を予感しながら帰ってきた草十郎に声をかける霊夢。

 

「おふぁふぇり」

「行儀がわるいぞ霊夢。それにそんな体勢じゃ喉につまるんじゃないか?」

 

 まるで保護者のような言いぐさに、口の中の饅頭を噛みしめながら生返事を返す。お前は私の親かと心の中でつっこむが、第三者から見れば二人の関係は、まるで口煩い親と、言うことを聞かない子供のようである。どちらが親で、どちらが子供かはわざわざ語るまでもない。

 草十郎は背負ってきた籠を下ろすと、今日も野菜を貰ってきたと嬉しそうに掲げて見せる。まあ食費の問題からすると助かることには違いないが、霊夢としてはお土産は甘いもののほうがいい。具体的にいうなら人里にある老舗の水羊羹。ちょくちょく話題にだして購入を誘導しようと画策しているのだが、残念なことに彼女の努力は実を結んでいない。

 素直に買ってくれと言えればいいのだが、お土産は家賃を差し引いた草十郎のポケットマネーから来ているので流石に躊躇われた。雑用は遠慮なく押し付ける癖に、こういったところは律儀というか、遠慮をする霊夢だった。

 良心が痛むのならばもう少し雑用を押し付けるのも控えればいいのに、そのつもりは全くないらしい。今しがた思い出した雑務を早速言い渡す。

 

「屋根の瓦が何枚か割れてたから変えておいて。あと、戸の立て付けも悪くなってきてるからよろしくー。あとお茶のお代わりもねー」

「霊夢、一ついいかな?」

 

 仕事を言い渡し、また饅頭に手を伸ばそうとしたが、草十郎の言葉に動きが止まった。一言もの申すとばかりに、彼は眉を寄せている。

 

「炊事や掃除洗濯をするのは約束だし、屋根の修理とかも危ないからやるのは構わない。だが、お茶は淹れるのは自分でも出来るんじゃないだろうか」

 

 彼なりの細やかな抵抗。紅魔館で働いたからか、近頃自分の扱われかたが如何なものなのかと考え始めたらしい。けれど霊夢にはどこ吹く風で、ケチケチするなと言って再び饅頭に手を伸ばすが次の言葉で彼女は完全に動きを縫い止められる。

 

「最近霊夢は食べるかゴロゴロしてるばかりだ……食っちゃ寝してると太るらしいぞ?」

 

 だから少しでも動いたほうがいいとのたまった青年の方を向いたまま、霊夢の表情が凍りつく。

 草十郎を擁護するが、彼に悪気は全くない。ただ以前に食べて寝てばかりいると太るとクラスメイトの女子たちが話していたのを聞いたのだ。また、年頃の女子は太るということは一大事らしく、結果ダイエットをするらしいことも聞いた。草十郎としては食事を抜くようなことは余りよく思わない。なのでそうなる前に生活の改善を促したのだが、完全に彼は地雷を踏んだ。

 『太った』『太る』という単語は男性が女性に最も言ってはならないものの一つである。それは霊夢も例外ではなく、彼女もそういったことを気にするお年頃なのだ。

 ゴソゴソと、霊夢は巫女服と分離されている袖の中をまさぐると掌に納まる球体を草十郎に向かって投げた。くるくると回転しながらその球体は彼の頭めがけて飛んでいく。

 

「あいたぁ!?」

 

 スコーンッという音と衝撃を側頭部に受けて踞る彼の元に歩いていくと、霊夢はとびきりの笑顔で話しかける。

 

「草十郎……もう一回同じこと言ったらしばくわよ?」

 

 その笑顔の意味を嫌というほど知っている草十郎は、そのままコクコクと頷いた。如何に察しの悪い彼でもこれ以上は命取りになるということくらいは分ったらしい。こうして草十郎の細やかな抵抗は終わりを迎えたのであった。

 

「とりあえずお茶を淹れる前に洗ってくるよ。泥々だからね」

「早くねー」

 

 その場から逃げるようにそそくさと立ち去っていく草十郎。その足音が聞こえなくなるのを確認して、ソッと自分のお腹に手を当てると、暫く考えごとをするように黙り込んだ。そして何を思ったのか、饅頭の乗った皿を手に取ると台所へと向かう。やや名残惜しそうな表情で、戸棚にソレをしまうと、未練を断ち切るようにピシャリと閉めた。

 

 居間へと戻り、草十郎がお茶を淹れてくるのを待っていようかと思っていると、いつの間にかそこには顔見知りの姿がある。

 作り物めいた容姿にサファイヤのような瞳。肩口で切りそろえられた金色の髪は日の光を受けて淡く輝いている。縁側で柱に寄りかかるように座っている彼女は、精巧な人形と見間違えてしまいそうだ。足音を聞いてか、蒼色の瞳が霊夢へ向けられた。

 

「こんにちは霊夢」

「そんなところにいないで上がったらどうアリス?」

 

 アリス・マーガトロイドは霊夢の知り合いの中でも割と古くからの付き合いだったりする。気の置けない関係、とは言い過ぎかも知れないが、それに近い間柄ではあるのだ。アリスは一つ会釈をしてからブーツを脱いで上がってきた。

 卓袱台を二人して囲む。彼女の容姿も服装も純洋風で、気品のある仕草も相まって神社では酷く浮いている。

 普段は落ち着いているアリスだが、何か探しているのか今日は何故か視線が忙しなく動く。そしてバッチリと目が合うと、誤魔化すように咳払いを挟んで話し始めた。

 

「ところで、静希君には話したの?」

「話してない。まだそうと決まったわけでもないしね」

 

 それは草十郎が紅魔館へと向かったその後のこと。ここにいる二人と魔理沙で話し合ったのが、草十郎をこの幻想郷に連れてきた張本人である八雲紫のことだ。

 当初彼を連れてきたのは気まぐれか何かだと思っていた。元々何を考えているのか分らない人物なうえに、そういったところも確かにある。けれどもし、八雲紫が何か企みを持って静希草十郎をこの幻想郷に閉じ込めているのだとしたら? そうなったら十中八九巻き込まれるのは彼に他ならない。

 それを心配してアリスと魔理沙が霊夢のところへやってきたのだが、なにぶんまだ確証の持てない話な上に、心配を煽るようなことを言う必要はないと霊夢なりに気を使ったのだ。

 

「それにしても遅いわね。草十郎のやつ、手を洗うのにどれだけ時間かかってるのよ」

「何かあったのかしら?」

 

 中々帰ってこない草十郎。もしかして怪我でもしたのかと心配するアリスを笑い飛ばそうとしてふと思い至る。つい先程、余りに失礼な言葉に思わず陰陽玉を投げつけてしまったが、まさかアレの当たりどころが悪かったのではないかと。

 もちろん本気では投げていない。そもそも陰陽玉は妖怪退治に使う武器でもあり、まだ完全に使いこなせてはいないものの、霊力を込め、全力で投げたのならちょっとやそっとの怪我では済まないだろう。

 報いとしては妥当な、もっと言うなら大いに痛がる程度に威力は押さえてあったので、彼が怪我でどうこうなっている可能性は限りなく低い。だから態々心配するまでもないことなのだが、憂いは早めに断っておくにこしたことはないと、霊夢はその重い腰を上げた。

 

「ちょっと草十郎を探してくる」

「私も行くわ」

 

 一人でサッと行ってサッと方をつけてくるつもりだったが、アリスがついてくると言い出すとは思わなかった。霊夢が何故と聞いても彼女は『いけない?』と返してくる。正直に言えば少しばかり都合がよろしくない。

 仮に草十郎が倒れていたとして、その原因が頭部の打撲によるものだとしたら、誰かに見られる前に傷を治して、妖怪か何かに襲われたことにしようとしていた。けれど、アリスが一緒にいては誤魔化すのは難しく、固くて丸い何かが凶器だとバレ、自分が疑われる可能性が極めて高いと、思わず表情が引きつる霊夢。もう思考がミステリーに出てくる犯人のそれである。

 ここで頑なにアリスの同行を断るというのも不自然。結局、二人揃って井戸の方へ歩いて行くが、霊夢の頭の中はどうやって草十郎の口止めをしようかという考えで一杯だ。

 もうそこを曲がれば井戸は目の前。とにもかくにも先手必勝だと、アリスに先んじて飛び出した霊夢は、自分でもどうかと思うくらいの高いテンションで声を上げた。

 

「遅いぞなにやってる草十……ろぅ?」

 

 尻すぼみになっていく声。

 続く言葉は出てこない。

 後ろから微かに息を飲む音が聞こえるがそれすらも気にならない。

 それほどまでに目の前の光景は霊夢にとって衝撃だった。

 

 結論から言えば草十郎の身に何かあったわけではなく、此方を見て何かあったのかと、何時もの調子で首を傾げている。ただ問題だったのは彼の格好だ。

 全裸というとんでもない場面に遭遇したわけでも、燕尾服という奇抜な格好に言葉を失ったのでもない。着流しの袖から腕を抜き、上半身だけが露になった状態。畑仕事などでは特に珍しくもない光景で、たかが男性の半裸程度で顔を赤らめるほど霊夢も初ではない。ただ、少しばかり普段のイメージからはかけ離れた草十郎の姿があった。

 何処か頼りなく、逞しさからは程遠いと思っていたのに、その装いの下は思いの外引き締まっている。筋骨隆々というほどではないが、細身ながら無駄のない筋肉は野性的な力強さを感じさせた。

 なるほどこれなら畑仕事も問題なくこなせるだろうし、薪割りのことも納得がいく。ただ一つだけ納得のいかないことがあった。

 

 

 左腕に走る斑な傷痕。

 

 

 人里から一歩外に出れば安全が保証されないこの幻想郷では、後々まで痕が残る傷を負う者も珍しくはない。彼の傷痕も恐らくは獣か何かに襲われて出来たものだろう。

 その傷痕には不思議と痛々しさはなく、惚けた顔には不釣り合いだが、力強い体にはまるで勲章のように相応しかった。ただ霊夢が気になったのは、その傷は何時どの様にしてついたのかということ。

 つい最近幻想にやってきた風祝から酒の席で外界のことを聞くことがあったが、外は平和で獣や妖怪に襲われる事は極めて少なく、むしろ人が人を襲うことのほうが多いらしい。幻想郷よりも圧倒的に文明が進み、安全も保証される世界で、彼はどこにいて、どのような生活をしたら、獣に襲われる事態に陥るのか。

 

「どうかしたのか霊夢? それにアリスまで」

 

 深く思考の海に沈んでいた彼女を引っ張り上げたのは草十郎の言葉だった。

 ハッとして我に返ると、自分が草十郎の半裸姿を凝視しているのに気がつき、顔をそらしながら、ぶっきらぼうに声を上げた。

 

「そっ、それは此方の台詞よ! 何で上脱いでるの!」

「えっ? 言ったじゃないか、汚れたから洗ってくるって」

 

 『洗うってそっちかい!』と叫びたいのを何とか喉元に押し留める。

 彼女は手を洗ってくると思っていたようだが、どうやら体を洗ってくるという意味だったらしい。体や髪から水を滴らせているのはそういうことだろう。

 混乱しているのか、体を洗うなら風呂でやれとやや斜め上のことを考えながら霊夢は何とか表面上を取り繕う。

 

「とりあえず、何でもいいからさっさと着替えてお茶を淹れてきなさい!」

「ああ、分かってる。着替えたら直ぐにやるよ」

 

 そう言って草十郎は手拭いで体を拭きながら自分の部屋へと歩いていった。

 

 取り残された霊夢とアリスはどちらからともなく居間へと移動し、待つことにしたが、二人の間には微妙な空気が流れる。耐え難いとは言わないまでも、ムズムズとしていて座りが悪い。それは着替えた草十郎が、遅れてきた魔理沙を伴ってやってくるまで続くこととなるのだった。

 

 

 

 お茶も淹れられ、四人揃って卓袱台を囲む。飽きもせずよくもまあ、何度も集まるものだと毒づきながら、霊夢は集まった面子をぐるりと見回した。

 厚かましくも茶菓子を要求してくる魔理沙に、黙って湯飲みを口に運ぶ姿が違和感だらけのアリス。そして仕事が終わり、漸く一息つけたと、久々の玉露にホッコリ顔の草十郎だ。

 何時からここは井戸端会議の会場になったのかと頭痛を覚える霊夢だったが、そもそもこの博霊神社は度々宴会の会場となるので実状は余り代わらなかったりする。

 

「あんたらも暇ねぇ」

「少なくとも一日中寝てるか菓子くってるか、茶を飲んでるだけの霊夢よりは暇じゃないぜ」

「それで、雁首揃えて今日はどうしたの?」

 

 痛烈な魔理沙の返しを完全に無視した挙げ句、無かったことにして話を進める霊夢。今は余り触れられたくない話題のようだ。

 

「誤魔化したな……まあいい。草十郎も帰ってきたことだし、 無事な顔を確認するついでに次の予定を聞いておこうと思ってな。乗り掛かった船だし、予定がなければ手伝ってやるぜ?」

 

 そう言って魔理沙は黒い三角帽子を膝の上に置いて自分の湯飲みを手に取った。装いや外見はアリスと同じ洋風なのに、違和感なく馴染んでいるのは恐らく彼女が博霊神社に訪れる機会がずば抜けて多いからだろう。

 彼女の律儀な性格は好ましく、またアリスも同意見なのか、黙ったままコクリと頷いた。目の前にいる三人は草十郎にとって大の恩人であり、もし彼女達に会えなかったらここまで生きてこれたかすら怪しい。

 紆余曲折を経て、今ではこうして集まってお茶を飲む。それがなんだか嬉しくて、彼は笑みをこぼす。

 

「本当にありがとう。何だか魔理沙たちには助けられてばかりだ」

「アハハ、何だか面と向かって言われると照れるぜ」

 

 改まった感謝の言葉に、魔理沙は気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。アリスも一見すると変わらないようにみえるが、もう空になった湯飲みを口に運んでいた。心なしか肌も紅潮しているような気がする。

 こうしてきちんとお礼が出来て良かったと満足そうな笑顔を浮かべる草十郎の横で、若干一名ばかり、高級水羊羹をねだることを考えていた巫女がいるのだが、いまのところは自重したらしい。もっとも、理由としてはこの場でねだると取り分が減るかもしれないというモノなのだが、他の三人は知るよしもない。

 

 その後草十郎は、レミリアに言われたことを魔理沙とアリスに説明していく。説明するといっても『白玉楼へいってみるといい』と言われただけで、そこで何かが分かるというわけでもなく、ただ選択肢を与えられたにすぎないのだが、彼の中ではもう次の目的地は決まっているようだ。

 

「というわけで次は白玉楼へ行ってみようと思うんだ」

「因みに、静希君は白玉楼がどんな所か知っているの?」

 

 深く考えず行き先を決めてしまっているであろう草十郎を心配してか、今まで聞き役に徹していたアリスが尋ねる。

 一応、大雑把にではあるが彼は幻想郷の地理について知識を持っている。それもこれも堅物教師こと上白沢慧音の教えの賜物で、危険な場所はきちんと一般人が立ち入る場所ではないと言い含めてあるのだが、草十郎は絶対に行ってはならないと言われたわけではないので大丈夫だろうと微妙に認識がずれていたりいなかったり。

 もし紅魔館に行って、あまつさえ住み込みで働いていたなどと知ったらそれこそ慧音は卒倒するだろう。かくいうアリスも、草十郎が紅魔館へ向かったというのを聞いて初めは驚いた。紅魔館にしろ白玉楼にしろ、本来なら特別な力を持たない人間が行く場所ではないのだ。

 そんな心配を他所に、特別な力を持たない人間こと静希草十郎は、勿論知っていると自信に溢れた表情になる。

 

「大きなお屋敷だと聞いた」

「花見で有名だぜ」

「あそこのほうが広いんだから次から宴会は白玉楼でやってくれないかしら」

 

 深刻さのかけらのないお気楽三人組みの反応を見て思わず頭痛を覚えるアリス。

 草十郎が危機感を余り持っていないのは彼の性格や気質もあるだろうが、それ以上に異変が起きれば何処だろうとお構い無しに突っ込んでいくこの二人のせいなのではとも思う。

 紅魔館はまだ話の分る相手がいたからいいものの、次に彼が向かおうとしている場所は立地的にも待ち構えている人物的にも危険だ。その辺りを分らせておかなければならないとアリスは簡単な説明を始めた。

 

「白玉楼は冥界にある建物のことなの。冥界っていうのは死後の魂が閻魔に裁かれたのちに行く場所の一つよ」

「うん? それって変じゃないか? 霊夢も魔理沙も生きているけど、行ったことがあるみたいだし」

「本来なら冥界とを隔てる結界があるのだけれど、ある異変以来その結界に穴が空いて行き来がしやすくなってるの。けれど注意して。冥界は本来生きている人間が行くべき場所ではないし、いるのは幽霊や亡霊ばかり。魔力や霊力を持たない貴方にどんな影響があるか分らないし、冥界の物に魅入られないように気をつけて」

 

 アリス自身、何度か冥界に足を運んだ事があるが、この世ならざる場所だけあってその景色や自然は魔的な美しさを感じさせた。その美しさたるや、転生を待つ魂が我を忘れて留まるほどで、なるほどと納得できるような世界が広がっている。

 生者が死後の世界に心を奪われても余りいいことはなく、魔力や霊力を持たない草十郎はそういったものの影響を受けやすいかもしれない。何より心を奪われるということは自ずと魂が引き寄せられることにも繋がる。つまり彼女は草十郎が冥界に魅入られてしまうのではないかと懸念しているのだ。

 忠告を受けた草十郎は、神妙そうに頷いてはいるものの、その表情を見るに分っているのか怪しい。きっと彼の中では冥界は危険程度の認識ではないかとアリスは踏んでいる。

 

「まあまあ、どのみち行かなきゃならないんだから心配ばかりしても始まらないぜ? 男は度胸、女も度胸。多少出たとこ勝負のほうが人生面白いだろう」

「貴方はそんな感じね」

 

 相変わらず能天気にカッカと笑う魔理沙に思わずため息が出るアリス。

 ただ魔理沙も冥界という場所を侮ってるというわけでもなく、危険があるのを承知した上でそう言っているのだ。伊達に霊夢と共に数々異変に挑んできたわけではないとその揺るがない瞳が物語っている。

 

「まあそうと決まったら善は急げ! 今から行くか? それとも明日か?」

 

 立ち上がった普通の魔法使いは、黒い三角帽子を被ると早速出発かと息巻く。草十郎の手助けをするというのは本音として、その根底には何でも楽しむという彼女のお祭り気質な部分が垣間見えた。

 思い立ったら即行動、即実行が信条な魔理沙は霊夢とはまた違った意味で自由に生きている。その主な被害者が此処にいるアリスや紅魔館にいるパチュリーなのだが、本人は全くといっていいほど気にしていない。

 行くか行くかと異変時さながらに気炎を上げる魔理沙だったが、草十郎は至って平然とした顔で自分の予定を告げた。

 

「それが数日は畑仕事が立て込んでるから行けそうもないんだ」

 

 予想外の、彼らしいと言えば彼らしいことをケロリと言った草十郎に、魔理沙は出鼻を挫かれてカクッと肩が落ちる。それに合わせて帽子が斜めになり顔半分が隠れるのだが、直ぐに気を持ち直すと帽子を戻して不満を漏らす。

 

「ぶーぶー、つまらないぞ草十郎。こういうときは突撃して砕けるくらいが丁度いいんだぜ?」

「そうは言っても仕事は仕事だからね。何より働かないとご飯が食べられない」

 

 三咲町に帰ることも大切だが、まず生活をすることのほうが重要だと主張する草十郎。特に食料問題については染み染みと語っていて、思わず魔理沙がそれ以上の追求を控えるほどだった。幻想郷に来ても尚、家計などに悩まされるのは最早主夫としての宿命なのかもしれない。

 一方、霊夢の方は草十郎と今後について話していたのか、それとも何となく分っていたのかは不明だが、涼しい顔でお茶を飲んでいる。主に家賃や彼が食べようと買ってきたお茶請けなどを容赦なく奪っていくのも彼女だがそれでも自分には関係ないといった面持ちでお茶を飲んでいる。

 

「まあいいんじゃない? 労働は重要よ。働かざるもの喰うべからずってね」

 

 素晴らしいほど自己を省みない一言に、草十郎は勿論、他二名も物言いたげな視線を投げかけるのだが彼女の鉄面皮は分厚い。あんまりな態度にアリスはおろか普段から厚かましいとまで言われる魔理沙ですら草十郎に同情した瞬間だった。

常日頃の主夫の苦労は察して知るべし。草十郎はがっくりと肩を落とすが、ヒエラルキーには逆らえないのだ。そんなこんなでこの先の予定が決まった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。