魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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ご馳走とゲテモノ

「そーじゅーろー」

 

 草十郎を呼ぶ霊夢の声が境内に響く。けれど返ってくる声はなく、いったいどこにいるのかと霊夢は頭をかいた。

 

 話すべきことも話終えた後、魔理沙とアリスの両名は博霊神社から飛び去っていった。夕食を皆でどうかと草十郎が提案したのだが、各々用事があるらしく、それはまたの機会へと持ち越しとなる。程なくしてから草十郎もやることがあるからと、律儀にも彼女に言い渡された雑務をこなすべく、霊夢に茶を淹れてから外に出た。

 

 残された霊夢は変わらずぐうたらと茶をしばき、急須の中身が空になってからは横になってゴロゴロとしている。畳の匂いに心を落ち着けていた彼女だが、息苦しくなってうつ伏せから仰向けになると、唐突に思い浮かぶものがあった。

 

「……晩御飯はお肉ね」

 

 脈絡も何もなく、漠然とお肉が食べたいという欲求が沸いてきた。そしてその願望はゆっくりと、けれど確実に大きくなっていき、ついには胃袋が勝手に肉を受け入れる準備を始める。

 これはもう天啓が降ってきたのだと彼女は呟くが、実際には子供が晩御飯にアレが食べたい、コレが食べたいと親にねだる行為と相違ない。けれど大抵の場合、その希望は食材事情から却下されるもので、結局は渋々出された料理を食べることになる。子供はそうやって世の無常さを知っていくものだが、霊夢の場合はちょっとばかり事情が違う。

 たちが悪いことに、彼女と草十郎には我が儘を押し通せるだけの力関係があったりするのだ。霊夢に本気で駄々をこねられたら、彼としても折れざるを得ない。普段、彼女が草十郎の用意する食事に文句をつけることはほぼないのだが、今日の彼女はちょっとやそっとでは諦めてくれそうになかった。

 勿論草十郎の中では、本日の献立はなんとなく決定していて、都合よく腹ペコ巫女の欲求を満たせるお肉達はない。そうなったら態々彼が人里まで使いっぱしりにされるのだが、そんなことは知らぬと彼女は立ち上がって草十郎を探し始めたのである。

 

 先ずは母屋の中をぐるりと回ってみるが、既に彼の姿はなく、戸の建てつけも直したあとだ。そして捜索の場を中から外へと移し、今に至る。

 

「あいつ、どこにいるのかしら?」

 

 屋根に登って探してみるが、目当ての人影は見つからない。因みに、既に瓦の交換は終えていたので、彼女が頼んでいた仕事は全て終わっているのだが、何か他に仕事があったのだろうかと首を捻る。

 腕を組んでむむむと考えて見ても、中々思い付かない。掃除、洗濯、水汲み、薪割り。その他諸々の雑用は既に終わっていて、他に何があるだろうかと俯きながら悩んでいると、視界の端に目当ての背中を見つけた。

 それまでは木の枝が邪魔で見えなかったのだが、彼は神社の裏手でしゃがみながら何やら草木の中に手を突っ込んでゴソゴソとやっている。

 あやつは何をしているのだと顔を横に傾けながら観察してみるが、まあ本人に聞けばいいかと屋根から飛んで彼の背後に着地した。

 

「そんな所でなにやってるのよ」

「ああ、霊夢か」

 

 返事をするも茂みの方を向いたままの草十郎だが、暫くすると何かが終わったらしく、ピタリと手を止めて嬉しそうに振り返る。

 

「今夜はご馳走だ」

 

 ご馳走という単語を聞いて僅かに胸の高鳴りを覚える彼女だったが、それも束の間。茂みから引き抜いた両手に握られているそれらを見て霊夢は固まった。

 一瞬で表情を凍りつかせる彼女とは裏腹に、草十郎はホクホクとした顔で、あまつさえ『これで食費が浮く』などと不吉なこと呟いている。

 未だ固まったままの霊夢だが、まさかコレを指してご馳走だなどと宣っているのではなかろうなと、戦慄を覚えながら彼に捕らえられているモノを凝視した。

 

ゲコゲコ!

シャーシャー!

 

 右手にはでっぷりとしたカエルが、左手には丸々としたとしたヘビが掴まれていて、野生の勘から身の危険を感じて必死にもがいて脱出を試みるも、彼らを拘束している手はガッチリと掴んで放さない。

 まさか、いやそんなまさかと、中々諦められず現実から目を背けてはみるものの、嬉しげに『生きがいいな』という草十郎の言葉を聞いてついに耐えきれず尋ねてみることにした。

 

「ねぇ……まさかそれがご馳走じゃないわよね?」

「えっ?」

 

 霊夢が何を言っているか分かりかねている草十郎は、呆けたような声をあげて彼女を見ている。たっぷりと三秒ほど考えると、なるほど分かったと頷いた。

 

「好き嫌いは良くないぞ」

 

 子供を叱る親のように、何でも食べないと大きくなれないと彼は主張している。噛み合っているように見えて、微妙に噛み合わない会話。

 全く何も分かっていない草十郎に、ああそう言えばこいつはそういう奴だったと思い出し、頭痛を覚えながら噛みつく。

 

「ふっざけんじゃないわよ! すき焼き、トンカツ、鳥の丸焼き。ご馳走っていうならそれくらい持ってきなさい!」

「いや待ってくれ。すき焼きやトンカツはまだしも、鳥の丸焼きなんて御祝いのときに食べるものじゃないだろうか?」

 

 矢継ぎ早に料理の名前を並べる霊夢。自然とその口調も熱くなる。

 確かにすき焼きやトンカツがカエルとヘビに化けたのなら不満が出るのは当たり前だが、彼女の場合は勝手に妄想していただけなので、草十郎からしてみれば謂れなきことだ。

 それでも彼は騙されたと憤慨している霊夢の相手をして、宥めるようにまあまあと説得を試みている。

 

「ヘビもカエルも美味しいんだぞ? というか、そんなものばかり食べていたら食費が足りない。それに比べて、自分で調達するぶんにはタダだ」

 

 一方は高くても美味しいものを、一方は出来るだけ安上がりに。理想と現実。ただ食べているだけの少女と家計を預かる青年の悲しいまでの認識の違いがそこにはあった。

 経済的だと、常識的なことを主張する草十郎に、霊夢はあくまでも引くつもりは無いと徹底抗戦の構えだ。

 たまにならともかく、贅沢ばかりは良くないと言われるも全く折れそうな気配の無い霊夢だったが、続けて出てきた言葉には思わず閉口する。

 

「それにきみ、この前すき焼きを食べたばかりじゃないか。それも一人で」

 

 恨みがましい視線を目向けられ、罪悪感も手伝ってか気まずくなって霊夢はギギギと顔を逸らす。

 正確には彼女一人ではなく、魔法使いの少女もその場にいた。というよりその魔法使いの少女こと霧雨魔理沙こそ、すき焼きの件を草十郎に告げた密告者だったりする。

 あのときはやけ食いをするつもりで、それなりに値の張る肉……具体的に言うなら全部で約一週間分の食費相当の肉をふんだんに使用したのだが、そのしわ寄せがまさか今来ているとは考えもしなかったようである。

 一転して劣勢に立たされた霊夢はせわしなく視線を彷徨わせるが、ふと草十郎の手の中にいる今夜のおかず候補と目が合う。それまではジタバタ暴れていたのに、観念したのか今は大人しい。

 少しばかり気になることがあったので、近寄って両生類と爬虫類を凝視してみる。

 

「どうかしたのか? ちなみに毒は無いぞ?」

 

 要らぬ心配をしてくる草十郎を無視して暫くの間その二匹を観察していた霊夢だったが、『耳ざといやつらね』と良く分らないことを口にすると、呆れながらフンとため息をつく。

 

「草十郎、この子達逃がして。これ命令」

 

 霊夢の言葉を受けて、『えー……』と露骨に嫌そうに眉を顰める草十郎を今度は霊夢が説得する。

 

「この幻想郷には神様がいるっていうのは聞いたでしょう? で、その神様の使い……つまり雑用係がこの子たちなわけ。どうせ詳しく話しても分らないだろうから大雑把に説明したけどそんな感じよ」

「なんと……」

 

 御使いといわれてもいま一つピンと来ない草十郎だが、雑用係と聞くと途端に親近感のようなものが沸いてきた。日頃からこき使われている身としては彼らは仲間……いや、寧ろ同志だと言っていいだろう。

 そうなってくると自然と彼らに愛着も抱く。そういうことなら仕方が無いと、ソッと地面に置いて、茂みの中へ消えていく雑用仲間を見送った。

 

「さて、晩御飯はどうしようか」

「……有り合わせでいいわよ」

 

 腕を組んで頭を悩ませる主夫に、贅沢は諦めたのか霊夢は何でもいいと告げる。これ以上無理を言っても仕方ないし、何よりこのまま流してしまえばすき焼きの件についての糾弾は免れるだろうと踏んだのだ。

 狙い通り、『まあそれなら』という言葉にホッと胸を撫で下ろす。草十郎は今夜の夕食をどうするかで頭が一杯な模様。決して豊富ではない、具体的に言うなら一般的な一人暮らしの男性と同程度しか料理のレパートリーが無い彼にとっては、毎日献立を考えるのも一苦労なのだ。

 霊夢は、あーでもない、こーでもないと呻く草十郎の顔を見ていたが、その視線が斜め下へ滑り落ちる。腕まくりをしているから見える傷跡。聞きそびれてしまっていたが、彼は何時、どのようにしてその傷を負ったのか。

 

「ねぇ、草十郎……」

「うん?」

「……その腕のことなんだけど」

 

 らしくない、躊躇いがちな霊夢の問いかけに、彼は少しばかり気恥ずかしそうに笑いながら左腕の古傷を撫でた。

 もう随分と前に出来た傷なのだろう。黒く変色し、その部分だけ皮膚が固くなっている。彼自身、生活する上で意識しないくらいには付き合いが長いことが伺えた。

 

「ごめん。余り見ていて気分のいいものじゃなかったね」

「待って」

 

 恥じ入るように捲り上げた袖を戻そうとする草十郎の手を霊夢は掴んで止めさせる。その行動に思わず青年が虚をつかれていると、彼女は傷を見ながら、触ってもいいかと彼に問うた。

 どうぞという言葉を受けて、少女は労るように触れる。最初は指先から、徐々に手のひらで撫でるように。痛みはないが代わりにこそばゆく、それと同時に背中の辺りがむずむずとして落ち着かない。

 そんな彼を他所に、少女は真剣な顔で傷を見つめていた。すぐ近くにある幼く整った容貌。普段の彼女とは違う凛々しさがそこにある。

 

「ねぇ、これ痛かった?」

「まあそれはね。子供の頃に犬の群れに襲われたんだ。命は助かったけどあれは痛かった」

「そうよね……痛いのなんて当たり前か」

 

 草十郎の体験談を聞いた霊夢は眉を寄せてそんなことを呟く。けれどそれは目の前にいる青年にではなくもっと別の誰かに向けられたものだった。

 見つめているのは今よりもずっと過去で、宿している感情はよく分からない。仮にそれが悲しみだったとしても、彼女にはそれを飲み下せるだけの強さがある。ただその瞳の奥に、微かな怒りを見た気がした。

 

「霊夢?」

「このくらいの傷は見慣れてる。あんたより傷だらけだった人もいるし、気を使われるほうが迷惑だから」

 

 語気を強める霊夢に分かったと彼は頷く。どの辺りに感じ入るものが有ったのかは不明だが、恐らく草十郎と『傷だらけだった人』とを重ね合わせたのだろう。

 

「話が飛んだわね。私が聞きたかったのは、何で野犬に襲われるようになったのかってこと。外じゃ普通に暮らしてれば安全なんでしょう?」

「ああ、うん。町で暮らすようになったのは最近で、それまでは山にいたんだ。そういえば、ここでの生活は山と似てるね」

 

 自然と響きに懐かしさと親しみが篭る草十郎。

 それを聞いて霊夢は納得する。

 薪割りや水汲みなどに始まり、幻想郷と外ではその生活は余りにも違う。全く違う文化圏に突如として放り出されるかのように、根底から全てがひっくり返されるのだ。

 毎日慣れるだけでも一苦労なはずなのに、この外来人の青年はあっさりと適応し、幻想郷に溶け込んでいる。それもこれも、ここと同じか、それ以上に苛酷な環境で生活していたからだろう。

 彼にとって幻想郷での生活は別段特別なものではなく、息をするように当たり前のものだったのかもしれない。

 

「でも何でそんなことを知ってるんだ?」

「最近、外から移住してきた連中がいるのよ。そいつらに聞いたの」

「連中というと」

「人間は一人だけで、後は神様が二柱よ。そうだ、喜びなさい草十郎。今度そいつらがご馳走してくれるから」

 

 全く意味が分からず頭に疑問符を浮かべる草十郎とは対称的に、貸しは高くつくと悪い笑みを浮かべて霊夢はヒッヒッヒと笑う。

 これは絶対に良くないことを考えているなと思いながらも、何だか楽しそうだか放っておくことにした。巻き添えを食わないようにしたとも言えるが。

 

「というわけで、今日は草十郎の作る晩御飯で我慢するとしましょう」

「あくまで君が作る選択肢はないんだな」

 

 分かっていたことだけどと、がっくり肩を落とす草十郎の背後に回り込み、さあさあと背中を押して急かす霊夢。途中、少しばかり気になったことがあったが、まあいいかと流して母屋の方へと歩いていく。

 

 

 

 

 彼女が気になったこと。それは、どうして彼は山を下りねばならなかったのかという、当たり前といえば当たり前のことだった。

 

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