太陽が燦々と照りつける中、今日も草十郎は畑仕事に精を出していた。玉のような汗を額に浮かべながら、彼は鎌を片手に雑草と格闘を演じている。
畑仕事と草刈りは、文字通り切っても切り離せないものであるとは、草十郎を雇ってくれたトメさんのお言葉だ。
特にこの季節だと、少し放っておいただけで、雑草はあっという間に伸びていってしまう。裏を返せばそれだけ土が豊かな証拠だが、放置しては野菜の出来に関わる。
そんなわけで、何日かごとに雑草を刈らなければならず、これがまた腰を屈めての作業なので重労働だったりするのだ。
因みに、抜かずに刈るのにはきちんとした理由があり、刈った草は土壌を豊かにするための養分として使われる。それもこれも、自然と共存するための知恵といえよう。
それを知ってか、草十郎の仕事にも身が入っているようだ。久遠寺邸にて磨かれた庭師のスキルが遺憾なく発揮され、あれよあれよという間に雑草が刈り取られていく。
茹だるような暑さの中で、ひたすらに淀みなく手を動かし続ける鉄人ぶりに、一足先に休憩している本職の村人たちがひたすらに感嘆していた。
「この暑さの中で大したもんだよ草十郎は」
「ああ、本当になあ。トメさんも良い働き手を見つけたもんだ」
「ちょっとお前さんたち、感心しないで手伝ってきなさいよ」
「そうそう。少しはあの子を見習いな」
「無理無理」
「草十郎に合わせてたら此方がまいっちまうよ」
妻達にどやされるも、二人揃って無理だと手を振った。この二人が怠けているわけではなく、彼らすらちょっとどうかと思うくらい草十郎が働き者なのだ。
寺子屋の教師であり、また人格者として皆に慕われている上白沢慧音女史の推挙もあって畑で働くことになった彼だが、始めは外来人ということもあってか余り良くは思われていなかった。けれど仕事を重ねていく内に印象は変わっていき、今ではすっかりと受け入れられている。
やや、変わっている人間なのは否めないが、朴訥ながら誠実で愛嬌があると、老若男女問わず概ね好意的に見られている。最近では誰もいない方向に手を振ったりしていて、働きすぎなのではないかと心配されていたりいなかったり。
放っておけば一日中働いていそうな草十郎だが、そんな彼を呼ぶ声があった。
「草ちゃんやーい。そろそろ休憩にしたらどうかねー」
それまで一心不乱に鎌をふるっていた彼はピタリと動きを止めて、自分を呼んだ老婆の元へ歩いていく。
この人こそ草十郎を雇ってくれた人物、トメさんである。今年で御歳75歳、未だ畑仕事は現役という割ととんでもないお方なのだ。
年月を重ねた分だけ手や顔には皺があり、髪は殆どが白くなっているものの背筋はピンと真っ直ぐでいて、その目は長くを生きてきた人間特有の包容力と経験に裏打ちされた聡明さを宿してた。
手招きで草十郎を呼ぶ姿はまるで孫と祖母の間柄のようであり、目元に皺を寄せて笑う顔は迎えられるものに安心感を与える。
「もう朝から働き通しなんだから、少しは休んだってバチはあたらんよ?」
「そういうことなら御言葉に甘えて」
「野菜がよく冷えてるから食べんさい」
トメさんの心遣いに感謝して、草十郎は休憩も兼ねて井戸の方へ向かう。
縄を持ち、水がキチンと入っているのを確認して引き上げると、木製の滑車がカラカラと回る。上がってきた桶を引き上げて手の汚れを洗い落とし、腕、足と順に済ませると最後に水を頭から被って汗を流した。
冷たい井戸水が火照った体を冷ましてくれる。ふう、と息を吐いて空を見上げれば何処までも青い空が広がっていて、ゆったりと雲が動いていた。
ここには毎日を急ぐ喧騒も、良く分らない決まりも無い。
在るのはシンプルな相互補助の関係で、良く知っている誰かが誰かを支えて成り立っている。それは彼にとっては好ましいあり方だった。
「お疲れ様。君は本当に良く働くんだな」
横から声がかかり、空から視線を下げるとそこには寺子屋の教師である上白沢慧音が手拭を差し出している。
青いメッシュの入った銀色の髪は太陽の光を受けてキラキラと輝いていて、感心と労わりの篭った温かみのある優しい赤い目を向けていた。
彼女にお礼を言ってそれを受け取り、濡れた顔や手を拭く草十郎。
「村の皆が言っていたよ、草十郎は働き者だとな。君を紹介した私としても鼻が高いが、余り根を詰めるのも良くない。ときにはきちんと休むのも大切だ。それに、博麗の巫女にこき使われているという噂も聞く」
こき使われているという部分は置いておくとして、人並みには疲労を感じる草十郎だが、大抵の事ならよしとしてしまう。この畑仕事も大変ではあるものの、苦しいものや厳しいものを無意識に受け入れる彼からしてみれば、これもそれほど特別なことないのだろう。
とはいえ、心配をしてくれるのは有り難い。こういったところを気にかけてくれる慧音の義理堅さを好ましく思って頭を下げる。
「心配してくれてありがとうございます。けど大丈夫ですから」
「む、君がそう言うならとやかくは言わないが」
渋々といった感じに引き下がる。
忘れているかもしれないが、あくまでも草十郎は博麗神社に『居候』しているのだ。もし草十郎が博麗神社で使用人のようにこき使われている事を知ったらそれこそ彼女は乗り込みかねない。
「そういえば寺子屋のほうはどうしたんですか?」
「今は昼休みだよ。これから適当にお昼を済ませるつもりだ」
「あれ、お弁当じゃないんですか?」
彼女は授業のある日だと自前のお弁当を持参して寺子屋で昼食を食べているのだが、今日は違うようだ。こうして畑に顔を出したのも繁華街に行くついでに立ち寄ったのだろう。
「それが……、今日は少し寝坊してしまってな……」
「じゃあ一緒にお昼でもどうですか? きっとトメさんも喜びますよ」
厳格で規則正しい彼女からしたら珍しい失敗。授業に遅刻するほど遅れることはなかったけれど、お昼を用意する時間は無かったらしい。恥じらいからか、頬を赤く染めて指をつき合わせていた。
そんな彼女を食事に誘うと、初めは難色を示していたが、最終的にはご同伴に与ることにしたらしい。
畑の直ぐ近くの木陰で、草十郎、慧音、トメさんの三人で座って昼食をとる。お昼は丸々としたお握りと、漬物、そして井戸水で冷やした新鮮な生野菜が並んでいる。
「さあ、二人ともたんとお食べ」
「ッ~塩が利いてますね」
「今日は特に暑いから、草ちゃんも先生もしっかりお塩を摂って頑張んなさい」
早速二人はお握りを手にとって齧り付くが、慧音だけお握りのそのしょっぱさに顔を顰めた。夏場は汗を多くかくため、トメさんがお握りに思い切り塩を振っているようだが、慧音とは違って草十郎は平然とした様子で大根の漬物をぽりぽりと食べている。
草十郎の様子を見て慧音も意を決して二口、三口目を頬張る。そうしてお握りや漬物、野菜を消費していった。
ゆっくりと、彼らの昼は過ぎていく。
「ご馳走様でした」
「私まで同伴に預かってしまってすいません」
「いやいや、お粗末さまでした」
食事も終わり、麦茶片手に小休止を挟んでいたが、慧音はそろそろ授業の準備があるからと立ち上がる。
「では私は行きます。そうだ、草十郎、もし暇なら後で寺子屋に来るといい。子供たちも喜ぶぞ」
「はい。時間が出来たら」
実は度々、寺子屋を訪れて子供達に混ざりながら授業を受けているのだ。それもこれも少しでも幻想郷のことを知り、霊夢たちに迷惑をかけないようにするための彼なりの努力だったりする。まあ、それが実を結んでいるかといえばまた別の話なのだが。
手を振って去っていく慧音を見届けてから立ち上がり、彼も午後の仕事を始めるべくトメさんと共に畑へと戻った。
それからしっかりと仕事をこなした草十郎は、やや遅ればせながら寺子屋に向かうことにした。もう授業はほとんど終わってしまっているだろうが、一応顔だけでも出しておこうと思ったのだ。
スタスタと歩いていく彼の背中には野菜が詰まった籠が背負われていて、これはトメさんを初めとした仕事仲間が、これを持ってけ、あれを持ってけと渡してくれたものである。またそれとは別に、トメさんが手製の漬物も持たせてくれたので、草十郎もこれには大層喜んでいた。真面目に仕事に取り組む勤労青年の役得と言えよう。
家には万年空腹の欠食児がいるので、食費が浮くのは好ましい。
畑がある農作地帯から更に奥の居住区へと。そして『寺子屋』と達筆な字で書かれた木の看板がかかっている大きな屋敷の中へ入っていく。
入り口で野菜の詰まった籠を置き、草鞋を脱ぐ。そこには生徒たちのものであると思われる大小さまざまな履物が並べられていて、自分もそれに習い、赤い靴の隣に寄せて教室へと向かう。
「あっ、草十郎じゃん!」
授業に集中していなかった生徒の一人が草十郎の姿を見つけると、その声に反応して教室中の視線が彼に集まる。わいわい、がやがやと、その喧騒は一気に広まり、壇上の慧音は諦めたように苦笑して手に持った本を閉じた。
「邪魔をしてすみません」
「いや、誘ったのは私だからな。気にする事はない」
間が悪かったかなと思いつつ草十郎が慧音に謝罪をすると、気にするなといってくれたので、ホッとしながら適当に空いている席に腰掛ける。すると慧音は未だざわつく生徒たちを一喝し、直ぐに授業へ戻った。この辺り慣れているというか、鮮やか手腕だ。
静けさを取り戻したのを確認して授業は再開された。厳格な空気の中行われる慧音女史の授業は、読み書きや算数も教えるが主に歴史と幻想郷の風土についてが多く、草十郎にとっては興味深い、子供達にとっては難解極まる内容だ。
生憎と筆や紙を持っていないので、板書が出来ず、話を聞きながら黒板に書かれた内容を見ることしか出来ない。自分の中で何とか覚えようと頑張ってみても、中々上手くはいかないものだと肩を落としている所で、草十郎の服がクイッと引かれる。
どうやら隣に座っている少年が服を引っ張ったらしく、何か用があるのかと顔を寄せた。
「……なあなあ、また外のこと教えてくれよ」
「……それは良いけど、今は授業中だしマズイと思う」
ヒソヒソと壇上の慧音女史には聞かれないように行われる密談。
性別年齢を問わず、授業中の内緒話はある種学生の華ともいえる。最終的に教師に叱られるところまでがお約束なのだが、クラスメイトという反面教師の存在からそのことを良く分っている草十郎は先輩として正しき道を提示するも、残念ながら聞いては貰えない。
「……だって先生の話難しすぎてよく分んないしさあ。それより外って重い鉄の乗り物が動くんだろ?」
冒険心や好奇心の強い子供にとっては自分の暮らしている場所の話よりも、未知の世界の話のほうが余程興味深いのだろう。あとは純粋に勉強が苦手といういかにも子供らしい理由。その証拠に、彼の机にある板書用の紙はまっさらなままで、筆も毛先が乾きかけている。
以前に少し三咲町での暮らしについて話したのだが、それが子供達には好評でそれ以降度々話をせがまれるのだが、どうしたものかと悩んでしまう。今は授業中なのだから話に集中するべきなのは分っているけれど、純粋な目で尋ねてくる子供を邪険に扱うというのも気が引ける。
「なあなーあ、草十郎ー……いでッ!」
草十郎の腕を掴んで揺すっていた少年だったが、突如としてその額に白い棒状のものが飛来する。ソレは見事に額の真ん中に命中し、クルクルと回転して床に落ちた。見れば白い棒の正体はチョークで、飛んできた方向を見れば壇上ニコニコとした笑みを浮かべている慧音女史。
少年の額には丸い赤が出来ており、まるで仏像みたいだと周囲の生徒からは笑われているが、慧音女史の笑みの正体を嫌というほど知っている草十郎は小動物のように縮こまって震えている。
「健太、今日やったところはテストに出るからちゃんと覚えておくように。もし、赤点を取ったら……」
そう言って満面の笑顔で額を指す。一体全体どういう意味なのかは分からないが、とりあえず女性を怒らせるのは本当にいけないと様々な経験から固く誓う草十郎。ただ、健太という少年は反抗したいお年頃なのか、『うっ……』と怯みつつも抵抗を試みる。
子供ゆえの怖いもの知らずだが、草十郎にとっては最早尊敬に値する。彼の友人を初め、霊夢など、あんな風にすごまれたら1分ともたずに白旗を上げる自信があった。
「あっ、赤点を取ったって別に誰も困らないじゃんか!」
「ん?」
「ううっ……」
勝ち目が無い戦いに何とか食らいついているものの、敗色は濃厚。あの笑顔のまま首を傾げられるのは最後通告なのだと、草十郎も少年も解っている。助けを求めるように隣人から視線を向けられるが、残念ながら助ける手立てが無い。
すまないと心の中で謝罪するも、どうにも他人事に思えないので何とか助け舟を出せないかと画策する。
「お、俺だけ不公平だ!だったら草十郎もテスト受けさせろ!」
「なんと!」
少年は助けが得られないと分るや、死なば諸共と草十郎を巻き込む手段に出る。まさかの裏切りに、思わず飛び上がりそうになってしまった。
テストと聞いても良い思いではなく、二日連続でスパルタ教育を受けたのはまだ記憶に新しい。返却された答案用紙の点数を見てあれだけやってこれかと、友人には散々怒られたものだ。
友人の部屋での一夜漬けは、あれはあれで貴重な体験であったが、何度もやりたいかと問われれば黙ってしまう。
まさかあれの再来かとドキドキしていると、慧音女史は呆れたように腰に手を当てた。
「毎日授業を受けているお前達と、外から来て仕事をしながら授業を受けに来る彼とを一緒にするんじゃない。それこそ一緒にテストをするほうが不公平だ。では続きを」
道連れが減ってぶーぶーと不満を漏らす少年を他所に、ほっと胸を撫で下ろす。ただ一つ不安なのは、一緒にテストをすることは無いと言ってはいるが、テストを行うこと自体は否定していないということである。
自分の思い過ごしだろうと、そのことは深く考えないようして、再開した授業に意識を向けた。心なしか、先ほどより覚えようと身が入った気がする草十郎。
それから授業は中断される事なく進んでいき、幻想郷の地理についてから四季についての話に移る直前に終了の時間を迎えた。開放された生徒たちは背伸びをしたり、机に突っ伏したりとそれぞれの反応をしているが、授業が終わって喜ぶのはここも外も変わらないらしい。
「来てくれるとは思わなかったよ。仕事で疲れてるだろうに」
「いえ大丈夫です。それに授業は嫌いじゃないので」
それを聞いた生徒たちがまるで変なものでも見るかのような目で草十郎を見ている。授業は苦にならないほうだがそれ以上に彼にとっては生きていくために必要な知恵なので、事情が違うのだからまた感じ方も異なるのは仕方の無い事だ。
「そんなことより、遊ぼうぜ!」
「待って健ちゃん、今日は人形のお姉さんが来る日だよ?」
「あっ、そうだった」
草十郎の手を取って今すぐにでも飛び出して行きそうな健太少年を、クラスメイトのお下げが可愛らしい少女が止める。話の中に出てきた『人形のお姉さん』という単語を聞いて真っ先にアリスのことが頭の中に思い浮かぶが、いまひとつ寺子屋とイメージが結びつかない。
「もしかしてアリスのことかな?」
「そうだよー」
「定期的にアリスは子供達に人形劇を見せてくれるんだ」
授業を『そんなこと』呼ばわりされて落ち込んでいた慧音だが、気を持ち直すとその疑問を解消してくれた。
子供たちは人形劇の話題で盛り上がり、草十郎がなるほどと納得しているところで教室の入り口が音も無く開くと、金糸のような髪を揺らして上海人形を連れたアリス・マーガトロイドが姿を現す。
黄金率のように整っている容姿は作り物めいていて、身動き一つせず座っていれば人形と間違えてしまいそうだ。けれど外見は幾ら人形染みていても、中身は相応の少女であり、子供達に囲まれて淡い笑顔を浮かべている。
「……静希君?」
それまで生徒たちに向いていた視線がこちらへと移り、彼女は意外なものを見つけた顔になる。彼と同じようにアリスもまさか草十郎がいるとは考えていなかったようで、何か声をかけようとするも待ちきれない子供達にワイワイと囲まれて教壇の方へと押されていってしまう。
教壇を中心に横並びになる生徒たちの少し後ろに、慧音と草十郎は並んで座る。
「うん?」
「どうかしたのか草十郎?」
教壇にいるアリスから視線を向けられた気がしたが、既に彼女は人形劇に集中していた。
指が動き、それに合わせて物言わぬ人形たちに命が吹き込まれる。
『むかし、むかし……』からのありきたりな始まりで、一人のお姫様が魔王に攫われて、それを助けにやってきた王子様がやってくるというもの。
男の子は魔王との戦いに歓声を上げ、女の子は王子様に胸を躍らせている。最後にお姫様と王子様が結ばれ……というハッピーエンドを迎えると、観客皆で大きな拍手を送った。草十郎と慧音も子供たちと同じように手を叩き、そうして最後は人形たちが一礼をして劇の幕は閉じられる。
人形劇が終わり、子供達に見送られながら帰路についた草十郎はアリスに誘われて彼女の家にお邪魔していた。
初めて彼女に拾われたとき以来の訪問に、懐かしさを覚えつつアリスの正面に腰を下ろしていると、同じように上海が紅茶を運んできてくれるが違う事が一つ。差し出されたのはあの時と違う、模様や絵も無いグレーのティーカップで、遊びは無いが、飾り気の無い彼には良く似合っている。
「……それ、気に入った?」
「うん?ああ、綺麗なカップだね」
それを聞いてどこかホッとした様子のアリス。彼はカップの新しさを指してそう言ったのだが、悲しいことにお互いの認識がずれている事には気がついていない。
「そういえば体は大丈夫? 始めて貴方を見つけたときは随分体が冷えていたけれど」
「ああ、大丈夫。この通りぴんぴんしている」
しんぱいごむようと草十郎は胸を張る。本人が言うとおり、体調が優れないなどといったことはないし、過酷な畑仕事をしていても問題は起きていない。それどころか寧ろ健康体だと言ってもいいだろう。
草十郎は自分の近況を話し、アリスはそれに耳を傾ける。穏やかな空気が流れ、時間の経過もゆったりとしたものになっている気がした。
「そういえば、アリスが寺子屋で人形劇をやっているなんて知らなかった」
「人形たちの試運転がてらね。大したことじゃないわ」
「む、そんなことは無い。子供たちも喜んでいたし、凄いと思った」
「……そう?」
ありきたりな言葉だが、手放しの賞賛に心なしか喜んでいるようにも見えなくも無い。どちらにせよ人形たちが褒められて悪い気はしないようで、僅かばかり眉尻が下がっている。
同じ魔法使いの魔理沙やパチュリーが聞けば大げさだというだろうが、草十郎がここまで感心するのには理由があるのだ。
それまで彼にとって、魔法や魔術といえば最終的に何かを壊すものという、物騒極まりない認識だった。それもこれも夜中の遊園地にて、命がけの体験したのだから仕方の無い事だろう。
けれど寺子屋で見た人形劇はそれらとはまた違って、危なくない、人を喜ばせる素晴らしいものだと彼は思っている。同居人たちも見習って欲しいものだと心の中で思う草十郎だが彼は知らない――――彼女が弾幕ごっこの際、人形を爆弾として使用するという事を。
人間、何事も知らぬが仏。もし知ってしまったらそれなりに衝撃の光景だろうが、その機会さえなければ問題は無いのだ。
会話も落ち着き、紅茶を三杯ほど飲んだあたりで、草十郎が腰を上げる。もう殆ど陽は沈みかけていて、そろそろ帰らねば夕食の時間に間に合わない。作るのは彼だが、待たせると怖い同居人がいるのだ。
「今日はありがとう、そろそろ帰るよ」
「ええ、また今度」
別れの挨拶に頷いて、彼はアリスの洋館を出て博麗神社を目指した。
籠を背負い、いつもより帰る速度を上げて帰ると、自然には無い生活の明かりが見えてくる。神社の裏手から母屋へと移動し、玄関をくぐり、明かりのある居間へと。そこには餓えて大の字で倒れる情けない巫女の姿があった。
「そーじゅーろー、あんた私を餓死させる気?」
「人間一食抜いた程度じゃ死なないと思うけど」
「いいからはーやーくー」
そこまでお腹が空いてるなら自分で作ればいいのにと思うも、冬眠前の熊が凶暴なように、空腹の巫女も気が立っていて危ない。どのみち自分が料理をすることに変わりが無いなら、わざわざ刺激することも無いと口を閉ざす。
このままでは料理が出来る前に暴れ出しそうなので、とりあえず貰いものの漬物を卓袱台に出して何とか凌いでもらうことにした。倒れていた霊夢は空腹で起き上がる事すら億劫なのか、ナメクジのように畳を這って卓袱台まで接近すると、手だけを伸ばして大根の漬物をぽりぽりと食べている。
あの行儀の悪さだけは何とかせねばと使命感を抱きながら御勝手へ向かおうとする草十郎は、まだやらねばならぬことがあったと振り返る。
「ただいま霊夢」
「ん、お帰り」
その一瞬だけ彼女は体を起し、そう言うとまた漬物を一枚口に咥えて横になる。
たったそれだけのことに満足しながら彼は腹ペコ巫女の為に晩御飯を作りにいくのだった。