童話の少女
夢を見ていた。
稀にある、見た瞬間にそうだと感じる幻。
蔓延する浮遊感や幸福を理性と常識が凌駕する。
彼は今故郷にいる。正確には故郷の夢、又は記憶の残骸。
開発とは無縁のまま、木々や植物は原初の姿を保ちながら長い年月を在り続けている。山に住む人々も自然との共生を尊び、必要最低限しか手を加えることをしなかった。都会と比べれば不便なことばかりだが、それでもここでの生活は輝いていた。
意味を知り、故に故郷を追われた彼は、恐らく生涯その土を踏むことは叶わない。幾ら焦がれても、永久に届くことのない想いは恋慕にも似ていた。
これは夢だ。そして気がついてしまったのなら夢は覚めるのが道理。意識の覚醒に伴い、浮上していく感覚の中で、ほんの少しだけ名残惜しむように、彼は故郷の景色を振り返った。
胸に残る懐かしさを感じながら目蓋を持ち上げる。寝起きは悪くない。謎の女性との出来事を思い出せるくらいには頭は冴えている。気が付いたら知らない場所にいて、金髪の女性に出会い、そして穴の中に落ちた。
俄には信じられないことの連続だったが、到って彼は冷静だった。もうこの手の摩訶不思議な出来事は、山を降りた数ヶ月の間に慣れてしまったのか今さら驚くべきことでは無いのかもしれない。草十郎としては、こういうこともあるのか、程度の認識だろう。
だが、冷静になったところで分かったのは、結局何も分からないということだけ。こういったオカルト的なことは草十郎の知る所ではなく、同居人たちの管轄だ。二人がいれば真相解明、とまではいかなくとも、おおよその事態は掴めたかもしれない。
「まあ、無い物ねだりをしても仕方ない訳で……」
知らないことなどそれこそ星の数ほどある。何故あそこにいたのか、あの女性の正体、探し物と言うのも気掛かりではあるが、けれど今はまず自分に出来ることを。さしあたっては所在の特定と、可能ならば三咲町に帰る方法を探すことが最優先事項だった。
自分の方針を決めた所で意識を内界から外界へと向ける。まず視界に入ったのは見知らぬ天井。木材は年月による劣化と暖炉の灰によって黒く煤けていた。
外で野晒しにならなかったのは幸運だと言える。状況から察するに、誰かが草十郎をここまで運んでくれたのだろう。ソファーに寝かされていた彼には毛布がきちんとかけられていて、風邪をひかないようにという気遣いが温かかった。
ふと耳を澄ませてみれば、パチパチと暖炉で薪が燃えている。それに混じって僅かに聞こえるのは紙を捲る音。一定の間を置いて機械的に繰り返さる行為は直ぐ側に彼以外の誰かの存在を感じさせた。
首を横へと傾ける。話したいことは沢山あった。お礼も言いたいし、ここが何処なのかも聞きたい。けれど何よりも、自分を助けてくれた人の顔を見たかったと言うのが一番だった。そして彼は、生涯二度目の衝撃を受けることとなる。
「…………」
彼女は、暖炉の前で揺りかご椅子に腰掛けながら、分厚い本に視線を落としている。草十郎は知らず息を飲む。それは自分を助けてくれたのが歳のそう離れていない少女だったから……ではない。今の状況も、彼女の美しさも、何もかもが見覚えのあるもので、目も眩むような既視感に言葉を失ったからだ。
草花のような生命力に満ち溢れた美ではなく、彫刻のような冷たい芸術。黄金率に整った容姿は作り物めいていて、肌は透き通るように白い。そのままのカタチで生まれ、そのままのカタチで生を終える定めを持つ。人に生まれながら老いて朽ちる最後を許されない、そんな少女を草十郎は知っていた。
彼の友人と目の前の少女は生き写しと言っても差し支えないほど瓜二つだ。纏う雰囲気、ふとした仕草、容姿までもが鏡写しのように似通っている。ただ違うのは友人が黒一色なのに対し、こちらは明るい金の髪で、瞳の色は緑水晶を思わせる透明な緑色だった。青いドレスは彼女の容姿に映え、人形のような可愛らしい容姿を一層引き立てている。
衝撃は一瞬にして全身を駆け巡り、用意していた筈の言葉が出て来ない。まるで金縛りにでもあったかのようで、口を動かすことすらもままならない。
いつまでも続くかと思われた静寂。しかしそれは彼女が本の最後の一ページを捲り終わったことで破られた。
「起きたのね」
「あ、うん」
その一言は魔法のように。透き通るような彼女の声で彼の硬直は解けた。
草十郎が起きていたことにさして驚いた様子は見られず、その表情は変わらぬまま。もしかしたら最初から気がついていたのかもしれない。
読み終わった本を閉じると、膝の上に置いたまま草十郎の方へと向き直った。
「あの、聞きたいことがあるんだけど…………君は」
「アリス。アリス・マーガトロイドよ」
もう驚きはない。彼女から名前を聞くより前にどこか確信めいた予感があった。
名は体を表すのか、それとも体は名を表すものなのか。本来名前とは親から子への最初の贈り物であり、祝福であり、……同時に呪いでもある。
人に幸福をもたらすおまじないと、不幸を呼ぶ呪いに違いはない。要はそこに込められた思いの違いだ。故に、そうあれかしという想いさえ過ぎれば人を縛る鎖となってしまうだろう。
草十郎にはそれが幸か不幸か分からない。ただ、名前が持つ意味と魔力の強さを痛感せずにはいられなかった。
「そういう貴方は?人に名前を尋ねたのならそちらも名乗ってくれないかしら」
「静希、草十郎」
「そう。それで静希君、貴方は何で外に倒れていたのかしら?」
「それが……」
その身に起きた出来事を順に説明していく。終始無言のままだったが、聞き流しているのではなく、きちんと考えてくれているのが分かった。
自分の説明がきちんと伝わるか不安ではあったが、指摘もされなかったので胸を撫で下ろす。
「個人としては神隠しの類いだと思うんだ」
『どうだろう?』と自信ありげにアリスの返答を伺う草十郎。
大抵の人間が聞けば馬鹿にされてるか、それとも気でも触れているかと疑われかねないことを真面目な顔で口にする。だが、そのアリスはと言えば別段気分を害した様子もない。ただ粛々と、ルーチンワークのように情報を纏めているだけだ。
暫し時間を置いた後、自分なりに結論が出たのか僅かに俯いていた顔を上げた。
「貴方、意外と察しがいいのね」
「そうかな?」
「静希君の予想通り。神隠しと呼ばれる現象の内の一つに逢ったと思っていいわ」
「うん? 神隠しって幾つもあるのか?」
説明を遮られる形になるが、アリスは嫌な顔一つせず疑問に答える。
「そもそも神隠しなんていうのは人間が付けた総称にすぎないの。原因は空間の歪みであったり色々ある。結界だって捉え方を変えればそうなるわ。それが例え人的要因だったとしても、他に知る者がいなかったのならそれは神隠しということになる。人が忽然と姿を消したという結果さえあれば過程は余り関係無いの」
『わかる?』そう目線で問いかけてくるアリス。彼女なりに分かりやすく砕いて説明したのだろうが、それでも草十郎にしてみれば難しいようで表情も頼りない。
つい最近まで人の踏み入らない山奥で暮らしていた彼は様々な知識に乏しい。それ故に、説明された内容を自分の中にある言葉と情報で再構築しなくてはならないのだ。それは頭の回転云々以前に、それほどまでの文化の隔たりがあるということ。
「むぅ……つまりは、『神隠し』っていう場所に行くのには色々道があって、どれを選んでも平気……てってことでいいのかな?」
「まあそんな認識で大丈夫よ。貴方はなんとなくニュアンスを掴めばいいから。
脱線をしたけれど、貴方は神隠しに逢って元居た場所とは別の世界へ飛ばされてきた。ここは幻想郷」
「げんそう……きょう……?」
草十郎は聞き慣れない名前に目を瞬かせる。
意図せず反復した音は初めて口に出したにしては妙にしっくりきていた。
「ここはね静希君、人と人ならざる者が共存する一種の楽園なの」
「人ならざる者?」
「例えば妖怪であったり、神であったり。外では空想上の住人がここでは確かに存在しているの。貴方でも知っていそうなのは天狗や河童、鬼あたりかしらね」
「なんと……それはまた何というか……。けど分かった、アリスが言うんだからそうなんだろう」
困惑したのも僅か数秒。素直に言われたことを受け入れる草十郎だが、アリスはどうも腑に落ちない様子だった。
彼女としても滞りなく説明が出来ると言うのは好ましい。下手に錯乱されても迷惑だし、説明している内容の真偽を一々疑われるのは時間の無駄だ。けれど、本来ならばそうなるのが当たり前の反応なのだ。
常識から外れた出来事と遭遇したとき、人は自分の正当性を怪しむのではなく、他人の不当性を考える。異常なのは自分ではなく他人。そう思う事が普通なのだ。それほどまでに自分が積み重ねてきた価値観は重い。
幼い子供ならいざ知らず、十数年以上の時は常識という物差しを確固たるものにする。それが善にしろ悪にしろ、自分で作り上げてきた物差しに物事を当てはめながら人は生きていくもの。けれど彼からはそれが余り感じられない。
改めて草十郎の様子を伺う。アリスの言ったことを疑ってるようでもないし、表面上だけ取り繕って彼女を馬鹿にしてもいない。というより、彼はそんな器用じゃないというのがアリスの草十郎に対する印象だった。
けれど、そうだとするなら彼は
「アリス、どうかしたのか?もしかして体調がすぐれないとか」
「いいえ、何でも無いわ。続けましょう」
まるで見当違いの心配をしてくる青年を手で制し、話の続きを始める。ふと頭に沸いた言葉は思考の端に追いやって。
「幻想郷には人が住む場所があって、そこでは基本的に妖怪は人に手出しはしないわ。最近は人間を襲う妖怪も減っているしね。けれど中には未だに人を喰う妖怪はいるし、安全を保障されるのはあくまでも人里の中だけだから気をつけてね」
「なるほど……けどもし人里で妖怪が人間を襲ったらどうなるんだ?」
「当然処罰されるわ。そのためにいるのが博霊の巫女。彼女は人と妖の調停者でその天秤を動かそうとするものを退治するのが役目ね」
巫女と聞いて草十郎は一般的なイメージしか浮かばなかった。紅白の巫女装束を身にまとい神社の境内を掃除していたり、お守りを売っている程度の認識。とても妖怪退治なんて荒事を行っている場面が想像出来ない。
博霊の巫女がどのような人物なのか想像する草十郎。因みに彼の学友二人の話によると、神に仕えるその姿は、厳かでありどこか神聖さを帯びているのだとか。きっとその博霊の巫女もそうなのだろうと結論付けた。
「それで、これが一番貴方にとって重要なことなのだけど、その博霊の巫女ならきっと静希君を外の世界に帰せると思うわ」
「それは助かる。もし良かったらその人がいる場所を教えてくれないかな?」
「構わないわ。けれどそれは明日にしておきなさい。夜が近いし、何よりこの一帯は人にとって有害な胞子を飛ばすキノコが自生しているの。今夜は特に活動が活発だから泊まっていくといいわ。運が良ければ移動手段がやってくるかもしれないし」
「うん? まあ、君が言うならそうなんだろう。分かった」
移動手段が『やってくる』とはどういうことだろう、と首を傾げながらも草十郎はアリスの提案を受け入れた。そもそも彼女しか頼れる相手がいないのだから是非もないのだが。
まあ何はともあれ、これで元の世界に帰る目処がたった。迷い混んだ当初はどうなることかと思ったが存外何とかなるものだと草十郎は一人ごちる。
その後、アリスの提案によって小休止を挟むことになった。
草十郎に気を使ったのか、それとも単に紅茶が飲みたかっただけなのか。ただ、どちらにせよ草十郎にしてみればありがたい申し出だ。
若干前に乗り出していた体をソファーに預ける。すると部屋の奥からカチャカチャと陶器の擦れる音が聞こえた。見てみれば小さな少女がティーセット一式を持ってこちらによたよたと歩いてきている。アリスと同じ金の長い髪に大きな赤いリボンが特徴的だ。
どこか覚束ない足取りで淹れたての紅茶を草十郎、アリスの順に置いていく姿は愛らしく微笑ましい。
「あの子はアリスの妹かい?」
「彼女は上海。私が作った人形よ」
「なんと!」
神隠しよりも、世界云々よりも、彼女が人形だということの方が余程驚きだったらしくまじまじと上海のことを凝視してしまう。不思議そうに首を傾げる様子など、何処からどう見てもただの女の子にしか見えなかった。
目を白黒させている草十郎を他所に、アリスは涼しい顔でティーカップを口に運んでいる。
「因みに貴方をここまで運んでくれたのも上海だから」
「そうなんだ。ありがとう、助かった」
頭を下げて謝意を示すと上海は返事をする代わりにニッコリと笑ってみせた。草十郎もつられて微笑む。
そんな彼と上海のやり取りをアリスは妙なものでも見るかのように眺めていた。
草十郎の行為に対してどのような感情を抱いているのか。怒りや侮蔑といったものとは違う。強いて言えば純粋な疑問や驚きというのが正しいかもしれない。
せっかく口元まで運んだティーカップをそのままソーサーへ置いた。紅茶を飲むより先に草十郎への疑問を吐き出してしまおうと思ったのだろうか。
「貴方変わってるわ」
「うん?」
「だって人形だって分かっているのにわざわざお礼を言うなんて」
「そうかな。お世話になったのならお礼を言うのは当たり前だと思う。人形だからってお礼を言っちゃいけない、なんて決まりはない筈だ。それに、こう…………なんと言うか…………」
自分の思いを形に出来ず、眉をひそめながら唸る草十郎。そんな彼の言葉を、アリス待ち続ける。そして、
「上海は生きてるだろう?」
などと、あっけらかんとのたまった。
草十郎に確証なんてものはない。ただ彼が見て、聞いて、触れて、その上でそう感じたに過ぎない。けれどアリスにとって草十郎の言ったことはとても意味のあることだった。彼女の澄んだ瞳の奥が淡く揺らめく。
「…………貴方、本当に変わってるわ」
声音も変わらない。変化も良く見ていなければ見逃してしまうほど微小なもの。ただほんの僅かだけ、彼女は確かに微笑んでいた。だがそれも一瞬。幻でも見たかのように、直ぐに何時もの無表情に戻る。
口に紅茶を含みながら草十郎は改めて目の前に座るアリスに目を向ける。その容貌はやはり彼の友人と驚くほど似ていた。ただ内面までも完璧に瓜二つという訳でもなく、似通ってはいるものの違う人なのだと話していて思う。
彼の友人は排他的で、間違っても何処の馬の骨ともしれない人間を自分の家にあげたりはしない。何より初めて会ったときは会話らしいやり取りなんて出来なかった。まあそれも相手から敵対視されていたのだから致し方ない話だが。
そう考えるとアリスとは初対面の割には色々と話せたように思えた。内容こそ事務的なものだったが、お互いが相手の伝えたいことを理解しようと努めている。それがなんだか草十郎には嬉しかった。
――――――
話すべきことを話終えた二人の間にぱったりと会話が途切れる。それこそ知り合ってまだ一日も経っていない相手なのだかそれも当然のこと。けれど不思議なことに、それは不快になる沈黙とは違っていた。
彼女はこの洋館の主である。元々彼を助けたのも正義感や義務感に駆られてではなく、そのまま死なれても迷惑だったからだ。だから相手が気まずかろうが好きなように過ごすと彼を助けるときに決めていた。そんなアリスとしても今の状況は予想外だった。
見知らぬ誰かが同じ空間にいるのに一人でいるときのような解放感があり、同時に誰かかが居てくれる安心感がある。この矛盾した二つの感覚に驚きながらもそれを心地好いと感じている自分がいる。
清閑な空気を好むアリスにとって今は無理に言葉を交わす必要はない。触れば壊れてしまう、シャボン玉のようなこの雰囲気は絶妙なバランスで成り立っている。せめてこの紅茶を飲み終わるまではこの空気に浸っていたかった。
そんな彼女の願いを知ってか知らずか、この洋館に来訪者が訪れる。バーン、とノックも無く無遠慮に開かれる扉。そこには一人の少女が立っていた。
黒い三角帽子に黒いエプロンドレス。アリスより明るいウェーブがかった金の髪は腰まで伸びていて、その髪と同系色の瞳は生き生きと輝いていた。箒を持った彼女の姿は童話の魔女を連想させる。
少女とアリスは知り合いなのか、彼女は小さくため息を吐いて少し不機嫌そうに少女に語りかけた。
「今日は何の用事かしら魔理沙?せめてノックくらいはして欲しいものだわ」
「紅茶とお菓子と魔導書をたかりに来たぜ!」
アリスが苦言を呈するものの、魔理沙と呼ばれた少女からは全く反省の色が見えない所から常習犯であることが伺える。
諦めたように頭を左右に振ったアリスは上海に新しい紅茶とクッキーを持ってこさせた。魔理沙はなに食わぬ顔で草十郎の隣の椅子に座ると、早速クッキーに手を伸ばす。
「モグモグ、そういえばコレ誰だ?見ない顔だけど」
「森で拾ったの。外から来たみたい」
「へー、外来人か。最近じゃあ珍しいな」
クッキーを二個三個と口にしながら親指で草十郎を指差す魔理沙。何やらモノ扱いされている草十郎だが気にした素振りはない。
「そういえば魔導書の件だけど、五冊までだったら好きに持っていっていいわ」
「おっ?何だか今日は羽振りがいいな」
「但し、彼を博霊神社まで連れていって霊夢との間を取り持ってあげて。貴女の紅茶とクッキーは元々彼のものだから報酬としては十分でしょ?」
「それくらいだったら構わないぜ。けどアリスが人間に肩入れするなんて珍しいな」
「別に深い意味はないわ。何となくよ」
暫く頬杖をしながらアリスの表情を伺っていた魔理沙だが、最後のクッキーを口にすると『まあいいか』と言って草十郎の方に向き直る。
「私の名前は霧雨魔理沙だ。お前の名前はなんて言うんだ?」
「静希草十郎といいます」
「じゃあ草十郎、時は金なり善は急げだ。さっさと行くぜ」
頼りなさそうに自分の名前を告げると、ついさっき腰を落ち着けたばかりだというのに、彼女は立ち上がって洋館を出て行く。
急な展開にどうして良いか分からずアリスの様子を伺う草十郎に、彼女は無言のままコクリと頷いた。意図が伝わったのか再度お礼を述べると魔理沙に連れられて外へと向かう。
その途中、何かを思いだしたように立ち止まった草十郎は、振り返ってこう言った。
「またな、アリス」
不意を突かれたアリスはなされるがまま彼の言葉に頷いてしまった。それに満足した草十郎は先に外に出た魔理沙の後を追う。
青年の背中を呆然と見送った彼女は、上海に新しく淹れさせた紅茶を飲みながら改めて草十郎のことを思い返すと不思議そうに呟いた。
「……変わった人」
初対面の人相手に少々失礼な気もしたがやはりこの表現が一番彼に相応しい。彼のことは何も知らない筈なのだが、どうしてかアリスには感じ入るものがあった。
特別な力を持たないただの外来人。願わくば何事もなく外へ帰ることが出来れば…………そう思うが『何事もなく』というのは難しそうだ。
外の人間が幻想郷にやって来るのは珍しくはあるが別段気にするようなことではない。問題なのは彼が幻想郷へ来る前に出会った人物。確証はないが、その女性がアリスの予想通りの人物だったとするなら一気に厄介なことになる。
「八雲紫……」
この幻想郷の中でも最古参であり、同時に強大な力を持ち最強の一角を担っている。ただアリスが問題としているのは八雲紫の強さではなく頭脳のほう。過去幾度か幻想郷を騒がす異変が起きたが、その全てに何らかの形で関わっているといっていい。
本心が全く読めず、言っていること全てが胡散臭い。神出鬼没な上に裏で何をしているか分からないというのが八雲紫に対する印象だ。
彼女の名前が出た以上、どうにも一筋縄でいくとも思えない。また彼とは顔を合わすことになりそうだと、紅茶を飲みながらアリスは呟いた。