それは昼過ぎに起きた。
予定よりも早い半日で仕事が終わり、急に空いてしまった時間をどう過ごすべきかと悩みながら人里を歩いていた草十郎は、団子屋に見知った顔を見つける。
大きな三角帽子は椅子の上に。黒と白で統一された可愛らしいエプロンドレスを身に纏った姿は彼女の代名詞と言えるが、拘りがあるのかそれ以外の色を身に付けているのを見たことがない。
そういえば霊夢もあの巫女服以外は着ていないのを思い出し、たまには別の服装も見てみたいものだと残念に思う。いっそのこと二人で服を交換してみたらどうだろうなどと、益体のないことを考えながら挨拶をするべく近づくも、当の彼女は何やら悩んでいる様子。
いつもなら菓子となればペロリと平らげてしまうのに、皿の上には食べかけの団子がある。額に皺を寄せ、ムムムと唸る魔理沙に草十郎は声をかけた。
「やあ、何かあったのか?」
「ん? ああ、草十郎か。ちょっとなー。そういえば、仕事はいいのか?」
「午前中で終わったんだ。急に暇になったんでどうしようかと」
暇だという言葉を聞いて、ハッとした魔理沙は、草十郎の二の腕をガッチリ掴むと滅多に見ない真剣な表情を見せて懇願した。
「頼む、助けてくれ。お前にしか頼めないことなんだ」
尋常ならざる雰囲気に、これはただ事ではないのだと気を引き締める。
草十郎にとって彼女は恩人だ。困っていて、自分にしか頼めないことだと言われれば尚のこと助けたい。
心して引き受ける旨を伝えると、彼女は残りの団子を一気に食べて立ち上がる。
「よし! じゃあ、私は先に店の外にいるから、団子の代金を払ってからきてくれ」
「ああ、分かった!…………ん?」
勢い良く返事をしておいて、何故自分が代金を払わねばならないのか首を捻るも、既に彼女はいない。
もしや、これが助けて欲しいことなのではないかと心配になりながら会計を済ませて外に出ると、魔理沙は自前の箒に跨がってスタンバイしていた。
さあさあと、魔理沙に急かされて彼女の後ろに腰を下ろす草十郎だったが、以前の記憶が蘇り、嫌な予感が頭を過る。そして、彼が安全運転を心掛けてくれと頼むより先に、二人を乗せた箒は急発進した。
急激な加速に、まだ魔理沙の肩を掴んでいなかった彼の上半身は大きく反ってしまう。幻想郷の青空にあの何ともいえない悲鳴を撒き散らしながら二人は飛び立った。
幻想郷の空をとんでもないスピードで飛行すること約三分。そんなお手軽な感じで目的地だと降り立ったのは魔法の森。人も妖怪も拒む原生林は、じめじめとしていて、ただでさえ暑いというのに空気が肌に張り付いてくるようだ。人にはあまり良くない環境だが、魔法使いにとっては寧ろ好条件らしく、魔理沙もアリスもここに居を構えている。
森の入り口に着陸し、箒から下りた反応は対照的で、すっきりとした表情の魔理沙とは逆に、草十郎はやや拗ねたようにムスっとしている。
「到着到着……ってどうしたそんな顔して」
「前にも言ったけど、飛ぶなら言って欲しい」
「滅多に人を乗せて飛ばないから忘れてた。スマンスマン、次は気をつけるぜ」
如何に鈍い草十郎といえども、先ほどは流石に胆を冷やしたらしい。
魔理沙や霊夢と違って空を飛べない彼にとっては、落ちてしまったらもうそこまでだ。何とか体勢を立て直して肩に掴まれたからいいものの、生きた心地がしなかったと主張するが、魔理沙の軽い謝罪を聞いて本当に大丈夫かなと心配になる。
何時か振り落とされて……なんて悲惨な結末にならない事を祈りながら彼女の後をついていくと直ぐ近くに建物が見えてきた。
一見すれば瓦屋根の和風の家だが、入り口がドアだったり、かと思えば窓が障子だったりと、ちぐはぐな外装。周辺には草十郎が見たことのある物から、彼が知りえない物まで、多種多様な外の世界のものが置いてあり、また大きく『香霖堂』と書かれた看板がかかっているので、もしかしたら家ではなく店なのかもしれない。
どこか愛嬌のある狸の置物をまじまじと見つめているが、魔理沙は勢い良く扉を開けて建物の中へ入っていく。彼女に続いて草十郎も足を踏み入れるが、中は外以上に多種多様な物で溢れかえっていて、足の踏み場にも気を使わなくてはならない有様だった。
古今東西和洋折衷、とにかく節操無しに集められたガラクタたちが所狭しと鎮座する。ここを仮に店だとするのなら、店主は相当な変わり者だということだけは疑いようもない。
「オッス香霖、来てやったぜ!」
あんまりな魔理沙の挨拶に、香霖と呼ばれた男性は何かしら言おうと口を開くが止めたようだ。彼女に何を言っても意味がないと分かっているらしく、半ば飽きれながら奥の店台で腰を落ち着けている。
会って間もないというのに、何故か一方的にシンパシーを覚えていると、店主とパッタリ目が合った。
老人のような白髪に、和装と洋装を合わせたかのような服。外身は二十代にしか見えないのに、眼鏡の奥の瞳は年を重ねた老人のように落ち着き払っている。感情の動きが緩慢で、冷淡。感情表現が豊かな魔理沙や霊夢と共にいるからこそ余計にそう感じるのだろう。
「彼は?」
「ほら、前に話した神社に居候している外来人」
既に聞き及んでいたのか魔理沙の説明に、ああと合点がいったように頷くと、草十郎を淡々と観察する。
無機質、とまではいかないまでも無関心な視線。相手が外来人だからではなく、初対面の相手には皆こうなのだろう。 無愛想なのは客商売をする者にとって致命的だが、このちぐはぐな店には相応ともいえる。
「それで、何で彼がいるんだい?お客なら歓迎だけど」
少なくとも君たちよりは真っ当だろうしと、付け加える辺り、普段から迷惑を被っているであろうことが滲み出ていた。
けれどもそんな小言を右から左へ受け流し、自分の用件を一方的に告げる魔理沙。類は友を呼ぶというか、霊夢も同じで、遠回しに言ってもまるで効果がないのだ。まあ、直接言ったとしても効果はないので、どのみち被害に遭うことになるのだけれど、被害者としては恨み言の一つや二つ、言ってもバチは当たらないだろう。
「今日はツケの分、片付けの手伝いをする約束だった」
「そうだったね」
「だが、急に新しいスペルカードのアイデアが沸いてきたし、魔法の実験もしたい」
「それで?」
「だから私の代わりの手伝いを用意してきたぜ!」
どうだと言わんばかりに胸を張っている魔理沙だが、そんな彼女を見た店主は思わず頭を押さえている。きっと、彼の中では手伝いを増やして楽をする程度だと思っていたのに、いざ蓋を開けてみれば、まさか手伝うどころか他人に丸投げするなんて思いも寄らなかったらしい。
そんなこととは露知らず、普通の魔法使いは偉いだろうと得意気だ。自由気ままな彼女からすれば、代わりを用意しただけでも良心的なのかもしれない。
丸投げされた草十郎からすればたまったものではないかと思いきや、余り気にした様子はなく、まあその程度ならと納得していた。自分に出来ないことよりも、自分に出来ることで彼女に恩返し出来るならそれでいいかと結論付けたらしい。
「じゃーなー」
そう暢気に言葉を残して魔理沙は自宅へと帰っていく。
店内には初対面の二人が残され、普通なら何とも言えない気まずい空気が漂うところだ。けれど幸いにも、両者ともそういったことは気にならない性格をしていた。
「じゃあその箱を運んできてくれるかい?」
「これですか?」
「割れ物だからソッと頼むよ」
立っているものは親でも使うのが信条なのか、身代わり羊にされた草十郎に同情はしてもこき使うことに躊躇いはないようで、早速指示を飛ばす。
その単純明快さは彼にとって好ましい。指示に従い、埃の被った大きな木箱を持ち上げると、陶器のようなものが擦れる音がする。そこそこの重さだが、気にするほどでもないので、落とさないように気を使って箱をゆっくり店主の前に下ろした。
蓋についた埃を払いながら取り出されたのは壷と甕の中間程度の大きさの陶器で、目利きが出来ない草十郎にとってはチンプンカンプンな品だ。
「これって高価なものなんですか?」
「ん? いや、別にそういうわけじゃない。300年ほど前のものだけど、古いだけでそこまで高価な代物ではないよ。けどこれは売り物じゃないからね。いいんだ」
300年というだけで草十郎にとって途方も無い。
人間の人生の長さを100年としても実にその三倍。それだけでも純粋に凄いとは思うのだが、売り物じゃないという言葉に疑問を抱く。
「あの、高価じゃないのに売り物じゃないんですか?」
「そうだよ。これだけじゃなくて、店にある物の半分は非売品だ」
通常、店側が売りたくないものといえば二つに分けられる。
値がつけられないほど高価なものか、値に変えられないほど思い入れのある物か。主にこの二つなのだが、前者の線は既に否定されているので、これは後者なのかと問うてみるとまた何とも曖昧な答えが返ってきた。
「確かに僕のコレクションの中には思い入れがある物が多い。これもまあ……思い入れがあるにはある。けれどこの壷にとって重要なのはそこじゃないんだ」
ますます訳が分からなくなる答えに困惑している草十郎を見かねて、店主が説明を始める……というよりは買って出る、と言ったほうが正しい。それが自分の専門としている内容だからか、先ほど顔を合わせたときより上機嫌で、声も弾んでいるように聞こえる。
「いいかい? 確かにこれは銘もないし、作り手が魂を込めて作った作品でもない。大きさも中途半端で壷か甕かすらも微妙なところだし、何の目的も無くふらっと作られたものだろう。けどそれが重要なんだ」
「ええっと……名前もないし、壷か甕かすら怪しくて、適当に作られたことが重要なんですか?」
「その通りだ。物につけられた名前には大きく分けて二つの意味がある。それは『物の性質を表す』ことと『物の性質を決定付ける』こと。前者は用途を、後者は意味を示すもので、例えばこれが壷といわれれば壷の用途にしか使われないし、大層な名前がついていたらおいそれとは使えないだろう? けどこの陶器に名前はないし、用途もこれと決められてはいない。なにものでもないということは、同時にどんなものにもなれるということなんだ。極端な話、祭り上げられれば神様にだってなれる。だから僕はこれを大事にしているのさ」
滔々と語られた老人の薀蓄のような話を、コクコクと頷きながら真剣に聞いている。 草十郎にとって彼の説明はまさに目からウロコ。ひたすらに感心しきりで、『さあ今ならこの壷が○○ぽっきり』など言われたら買ってしまいそうな勢いだ。
ここに霊夢や魔理沙がいたら、要するに今はその壷に大した価値は無いのだろうとばっさり切り捨てるところだが、男性は女性ほど現実的ではなく、何歳になっても浪漫を求める生き物だったりする。
その後、解説も終わり作業が再開されるのだが、進み具合は余り芳しくない。
それもこれも、新たな品を運ぶたびに聞かされる薀蓄や知識を、彼が熱心に聞いているからだろう。
ここを訪れる者の大半は適度なところで話を切るか、そもそも他人の話を聞かない者のどちらか。けれど草十郎はそのどちらでもなく、むしろ聞き上手なほうであり、人から教えられた事は忘れないようにと、何度も聞き返したりしているのも原因だった。
店主も興が乗って、普段の五割り増しで知識を披露し、挙句の果てには奥の倉庫から自慢の品を持ってきて草十郎に説明し始める始末。物は増える一方で、片付けを始める前よりひどい有様になってしまっていた。
何時しかお茶が淹れられ、湯飲みを片手に盛り上がる会話(湯飲みは霊夢のものを拝借した)。それがひと段落ついたところで、店主は困ったように眼鏡を指で持ち上げる。
「やれやれ、片付けなんて慣れないことはするもんじゃないな」
完全に作業が滞ってしまい店主は反省するが、草十郎にとっては有意義な時間であった。
道具の話しをする彼の目は輝いていて、生き生きとしている。それだけ物に対する愛情が深いのだろう。つられて、この雑然とした空間にも愛着を持ち始める。
店主と共に引っ張り出してきた自慢の品々を眺めて顔をほころばせていると、草十郎は渾天儀の入っていた箱の中に四角い木のようなものを見つける。どうやらそれは手製の写真立てのようで、造りが甘いところが多々目に付く。
手にとって裏返せばそこには二人の少女と、店主、そして巫女服を纏った妙齢の女性が映っていた。背後にはこの店らしき建物が写っているが、白黒の写真は随分古いようで、劣化して少しばかり見づらい。
「……ああ、そんなところにあったのか」
何処か懐かしむような呟きは店主の口から漏れ出た。
写真を手渡すと少し眺めた後に、埃を払って机に置く。
「これ、映っているのは」
「ああ僕だよ。因みに、その小さいの二人は霊夢と魔理沙だ」
「なんと!?」
写真の少女二人は、言われてみれば確かにそれぞれ面影がある。だが、今の二人からは考えられない姿がそこにはあった。
まるで人形が着るような可愛らしい服装を身にまとい、心配そうに店主の服を掴んでいる魔理沙はお淑やかで、その姿は活発で行動的な今からは考えられない。
次に霊夢だが、この頃は巫女服ではなく花柄の浴衣を着ていて、何よりも絶対的に違うのは歳相応の無邪気な笑みを浮かべていることだ。彼女は確かに表情を良く変えるのだが、こんな無防備な笑顔を浮かべているのは未だかつて見たことがない。
「やれやれ。この頃はまだ二人とも可愛げがあったのに、今じゃどうしてああなったのかとぼやきたくなるよ」
言葉こそ彼女達を非難しているように聞こえるが、実際は親愛の情に満ちたぼやきだ。表情も穏やかなものになり、枯れて、感情の変化に乏しかった印象は何処へやら。二人の事を話す彼は人間味に溢れ、外見相応の若々しさを感じさせる。
きっと魔理沙にとっても霊夢にとっても、ここは特別な場所なのだと草十郎は思う。その証拠に、彼女達は定期的に訪れているようで、幻想郷中を飛び回っている魔理沙はともかくとして、出不精な霊夢が自ら用も無く赴いてるのはそれだけで特別だと言えるだろう。
少なくともこの三人はフラッと相手の顔が見たくなるくらいには仲がいいと言うことだ。ただそうすると不可解なことが一つ。
「この巫女服を着た女性は霊夢の関係者ですか?」
そう、この写真に写っているのは四人。けれど話しに上がるのは三人だけで、チラリと見えた湯飲みも三人分しかなかった。どういうことかと思い女性の事を尋ねると、彼は視線を窓のほうへ向ける。
「彼女は先代博麗の巫女で、霊夢の母親だ」
「先代……どういう人だったんですか?」
「そうだなぁ……職務に忠実で、生真面目な人だったと思うよ。少し抜けてるところはあったけど」
店主から語られた先代巫女の人物像。巫女のぐうたらとしている姿しか知らない草十郎にとっては『職務に忠実』とか『生真面目』なんて言葉は彼女には縁遠いものだ。
霊夢とは正反対だと彼が驚くと、店主もまったくだと呆れながら笑っている。
「それで、霊夢のお母さんは今どこに?」
「……その写真を撮った半年後に他界したよ」
彼は淡々と事実を口にしているが、それはそう務めてのこと。
悼むような視線は過去へと向けられている。
静まり返る店内は、風の音がやけに大きく響いていた。