魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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嫌いだと言われても

 幽々子達がいる部屋を後にした妖夢は、最初こそ肩を大きく揺らしながらズンズン歩いていたのだが徐々にその歩幅は小さくなっていく。そしてお勝手へ到着する頃にはもう殆ど先ほどの勢いはなく、すっかり意気消沈してしまっていた。

 暖簾を潜り、お勝手の中へ足を踏み入れる。鍋やフライパン、包丁にお玉などの調理器具を視界の端に収めながら両手に持った湯飲みを洗うべく、流しへと向かう。大きな桶には水が溜まっていて、そこに情けない自分の顔を見た彼女はため息をつくのだった。

 

「あれしきの事で心を乱すとは……なんて未熟……」

 

 桶の中に湯飲みを沈めながら先ほどの自分の醜態を思い出す。幾ら相手が良く思っていない外来人の青年が相手だったとはいえ、客として招いた人物を主の前で罵倒するなどとんでもない。

 

『言いましたよね、私は従者だと。幽々子さまの顔に泥を塗るわけにはいきませんのでどうぞお構いなく』

 

 そう言いながら結局自分が主の顔に泥を塗る事になってしまったと己を強く叱責する。

 彼女が霊夢と対峙し勝負を挑んだのも、そして負けたのも今回が初めてではない。鍛錬は一日たりとも欠かしたことは無く、また剣の腕が上がっているという実感があった。今回は勝つ自信があったのに、いざ決着がついてみれば相手は殆ど無傷。

 決して届かない相手だとは思ったことはない。けれどあの博霊の巫女は自分の攻撃を苦も無くかわしていく。一体自分に何が足りないのかと悩んでいたところで、あの青年から従者に見えないと言われたような気がして、つい頭に血が上ってしまったのだ。

 

「彼らの湯飲みを忘れてきてしまいました……」

 

 衝動に任せて出てきたせいで、回収し忘れたお皿や湯飲みがあるのを思い出し、これでは従者としても剣士としても半人前だと一層落ち込む。

 洗い物は後に回して、まずは部屋の用意をしようと思った矢先。横からスッと腕が出てきて彼女が忘れてきたはずの湯飲みとお皿の乗ったお盆を差し出した。

 

「……何をしに来たんですか?」

「はいこれ、どうすればいいかな?」

 

 にこやかにお盆を差し出してくる青年に、思わず棘のある対応をしてしまう。けれど彼は笑顔のまま自分の横に立っていて、下手をすればずっとそうしていそうだと思い、とりあえず受け取ることにした。

 小さくお礼を言うと、『これくらいお安いご用だ』と満足そうに笑みを浮かべている。思わずその笑顔に毒気を抜かれそうになって、自分に渇を入れた。

 確かに彼に対して怒りをぶつけてしまったことについては反省すべき点だが、彼のことを良く思っていないのも事実。また、何を企んでいるとも分からないので馴れ合いは避けるべきというのが彼女の考えだ。

 さっさと部屋に戻って貰おうかと思っていると、青年の方から話しかけてきたので肩に力が篭る。

 

「ここは本当に広いね、少し迷ったよ。そういえば他に人を見かけなかったんだけど、何か用事で出払ってるのかな?」

「今、ここに住んでいるのは私と幽々子さまだけですが」

 

 それが何かと眉を潜めていると、彼は少し驚いた後に、凄いなと言ってひたすらに感心していた。何故か尊敬の眼差しを向けられているのは分かるが、理由の無い称賛は、受けとる側からすれば酷く収まりが悪い。

 だからかだろうか、さっさと会話を切り上げて追い出せばいいのに、気がつけば青年に話しかけていた。生真面目な性格が仇となったとも言う。

 

「何をそんなに感心しているのですか?」

「だってこんなに広いお屋敷を一人で管理しているんだろう? あ、もしかして幽々子さんも一緒に掃除とかしてるのかな」

「そんな訳ありません。仮に、幽々子様が申し出たとしてもお断りします」

「つまりこのお屋敷のことは全部きみがやってるんだろう? それって凄いことじゃないかな?」

「――ッ」

 

 やっぱりと、屈託のない笑顔を向けられ、妖夢は彼から視線を反らす。余りにも邪気が無さすぎて、身に詰まされそうになったからかもしれない。

 

「家事だけじゃない。木や枯山水も君が手入れをしているみたいだし、自分にはとても真似できないよ。あれかな、幻想郷の従者は凄い人じゃないと務まらないのかな」

「別に……そう大したたことじゃありません。一日で全ては出来ませんし、何日かに分けてやっているだけです。決して楽ではありませんが、それも修行の内なので」

「良かった。全部一人で済むなら出る幕はないけど、自分にも出来ることがあるみたいだ」

 

 すると、今度は何故かホッとしたように彼は胸を撫で下ろす。もう訳が分からない。最早この外来人の青年は彼女にとって、徹頭徹尾理解不能な不思議生物だった。

 

「数日間、ここでお世話になることになったわけだけど、流石に何もしないのは申し訳ない。だから何かしら手伝いをさせて欲しいんだ。もう幽々子さんには許可をもらったから後は君次第なんだけど、どうだろうか?」

「どうもなにも、幽々子さまが良いと言ったなら、私から許可を貰う必要はありません」

「そんなことはない。だいたい、こっちが暫く泊まるのも嫌がってるじゃないか。それなのに、あれこれ弄ったらもっと怒るだろう、きみ」

「むっ……」

 

 反論したいのは山々だが、全くもってその通りだった。もし彼が自分に何も言わず勝手に掃除や雑用をしていたら、ついさっきのやり取りが再現されることになっただろう。

 人間誰しも自分の空間を他人に弄られることを嫌い、自分なりの拘りや思い入れが強ければ強いほどそれは顕著なものになる。白玉楼の全てを管理している魂魄妖夢にとっては、それがこの屋敷の全域に及んでいるのだ。

 彼の同居人も自分の所有物に対する思い入れや執着は人一倍強く、久遠寺邸に居候することになってからずっとそういった部分を気にかけてきたからこそ、妖夢の変化に気がつけたといえる。

 

「それになんというか、此処への思い入れは君の方が強い気がしたんだ」

「そんなことはありません。私は一、使用人です。個人的な感情は挟みません」

 

 強がってみてもそれは自分すらも騙せない真っ赤な嘘。

 自分がこの白玉楼に、正確に言うなら幼少からの思い出に、強い執着を持っているのは自覚している。けれど、それを認めるのは自分が未熟だと公言するように思えてしまったのだ。

 つくづくこの男は自分の痛い部分をついてくると忌々しく思いながら、仕返しとばかりに嫌みを言う。

 

「無駄なことを……後で幽々子様を交えて話せばいいのに、態々そんなことを言うために来たのですか? ご苦労なことですね」

「まあね。けど君と話してみたかったし無駄じゃないよ」

 

 けれど彼女の思惑は空を切り、まさかの不意討ちのような言葉に彼女は我を忘れて目を開いた。

 

「貴方……私が嫌いだと言ったのを忘れたのですか」

「うん、それは知ってる。けど、話してみればもしかしたら気が合うかもしれないし、お互いのことを知れば嫌いなものもだって分るだろう?」

「見上げた根性ですが、どうあっても私は貴方が嫌いだと思います」

 

 歩み寄る事すら許さない拒絶の言葉。

 何があろうとも嫌いだと、妖夢は青年の好意を全否定する。そうする事によってわざと彼を怒らせて、嫌われるつもりだった。

 普通、人間は敵意を向けられれば敵意を返し、悪意を向けられれば悪意で返す生き物だ。けれどこの青年は悪意を向け続けても何故か自分に好意を持っている。それがどうにも落ち着かない。

 怒るか、それとも悲しむか。どちらせよこの何処か余裕のある態度が崩れることを期待したのだが、彼は何時もの調子で、けれど誠実に真っ直ぐに彼女の目を見つめながら口を開く。

 

「そうかもしれない。でもそれは仕方の無いことだ。こっちが好きだからって君も好きでいてくれ、なんておかしな話だしね。それに、君は悪い子じゃなさそうだし、いつか友達になれる日が来るかもしれない。だからそれまで君は俺のことを嫌いでいいんじゃないかな?」

 

 童顔とも言える顔で微笑みながら、とても落ち着き払った声でそんなことを言われた妖夢は思わず頭が真っ白になる。刀も握らず、傷も負わず、ただの会話のやり取りだけで、彼女は人生で初めて敗北を喫したような気がした。

 口では説明しようの無い敗北感に打ちのめされた妖夢は苦し紛れに言葉を絞り出す。けれどもう言葉に力はない。

 

「……貴方に、私の何が分かるというのですか」

「そんなの会ったばかりで分かるもんか。幻想郷にやってきて分からないことだらけだし、一緒に暮らしてる霊夢のことだってまだ知らないことのほうが多い。……けどそうだね、君が幽々子さんのことを大切に思っているのは分かるよ」

 

 彼は会話が出来て満足したのか、そう最後に追い打ちをかけて去っていった。

 拭いがたい敗北。先程博霊の巫女に負けたときの方がまだまマシだ。戦いで負けたなら鍛練や修行に熱を入れればどうとでもなる。けれどこればっかりはどうすればいいのか分からなかった。

 こんなとき、もし自分の祖父がいればと考え直ぐに止める。

 

「…………未熟」

 

 甘えのある自分にそう呟かずにはいられない。迷いは晴れず、彼女の中で苛立ちは募るばかりだ。

 

 

 

 

 進展を求めてこの白玉楼へとやってきた草十郎だが、残念ながら探し物に関する有益な情報は手に入らなかった。あの後、霊夢と共に冥界をざっくり探索してみたのだが結果は振るわず。夕食の時間も近くなってきたので白玉楼へと帰還し、今は一人縁側に腰掛けてぼんやりと庭を眺めていた。

 霊夢曰く、ここに首輪がある可能性は殆どないらしい。念のため明日以降も探索することにしたのだが、今日はもう面倒だと言われたのでこうしてある意味贅沢な時間の使い方をしている草十郎だった。

 彼に宛がわれた部屋は離れにある一室で、来客用だからか中には家具も何もない。霊夢が借りているのは母屋の部屋であり、男女ということで配慮がされたのかもしれないが、彼だけ端に追いやられたような気がしないでもない。

 けれど当の本人は、立派な部屋だと満更でもなさそうだ。幻想郷にやってきた当初、物置小屋で数日間過ごした草十郎からすれば、問題にすらならないのだろう。

 

 やることもなく、放っておけば何時までも置物のように座っていそうな草十郎だったが、背後からソロリソロリと足音を殺して接近してくる気配を感じる。その気配の主は直ぐ近くまで距離を詰めると、おもむろに両の掌で視界を塞いだ。

 

「だーれだ?」

 

 ひんやりとした手の感覚。若干声色を変えてはいても、独特の気配で分かる。それに、霊夢や妖夢はどう間違ってもこのような真似はしないだろう。そうなると消去法で残るのはたった一人だけ。

 

「幽々子さんですか?」

「ふふっ、せいかーい」

 

 目隠しを解くと背後にいた幽々子が顔を覗かせて笑っていた。大人びた艶のある仕草をしたかと思いきや、このように少女のようなお茶目な一面もあり、一風変わった女性というのが彼女に対する草十郎の印象だった。

 隣に座っていいかと尋ねてくる幽々子に、どうぞと返す。断る理由もないし、暇をもて余していた草十郎にとっては寧ろ話し相手が出来て喜ばしい。

 

「それで、妖夢とはちゃんと話せた?」

「まあ何とか。ただ、やっぱり嫌われてるみたいです」

 

 殆ど取り付く島のなかった先程のことを思い出し、少しばかり困ったように彼は笑う。確かに会話らしいやり取りは出来たが、それは彼女の律儀さがあったからだ。

 余程自分は気に障ることを彼女に言ってしまったのだろうと反省するも、やはりどの言葉が不味かったのか分かっていないようだ。これでは友人どころか、客人として認められることすら厳しい状況だと肩を落とす。

 けれど、そんな当事者の考えとは裏腹に、幽々子は違う感想を抱いているようだ。

 

「嫌われてるっていうよりは八つ当たりみたいなものだから……多分今頃は自分の部屋で反省していると思うわ。それに十分可能性はあると思うの。裏で小細工せずに貴方は正面から行ったでしょう? あれが正解。きっと妖夢は押しに弱いからどんどん行っちゃって」

「はあ……」

 

 流石にそれはどうかと思うようなアドバイスを貰い、気のない返事を返す草十郎。ただ、良く良く考えてみればこれ以上嫌われることはないだろうし、せっかくなので自分の好きにしてみようと思うのだった。

 彼の中で今後の方針が大体固まったのだがそれはそれとして、気になることが一つ。

 

「聞いてもいいですか?」

「何かしら?」

「八雲さんはどんな人……じゃなかった。妖怪なんですか?」

 

 どんな人かと言いかけて間違いに気がついた草十郎は、妖怪と言い直す。けれど、違和感があるというか、人の形をした者を妖怪と呼ぶのは馴れない。

 八雲紫だけに限った話ではないのだが、彼が今まで出会ってきた妖怪は妙に人間臭いのだ。確かに身体能力や価値観は人とは異なる。けれど、それはあくまでも個体としての差でしかなく、話していると時折相手が妖怪だと忘れてしまうことすらあった。

 草十郎にとっては久遠寺邸の住人も、幻想郷の妖怪もでそう大差はないのかもしれない。ある意味怖いもの知らずな彼は自分を幻想郷に連れてきた八雲紫のことが気にかかっているようだ。

 

「そうねぇー」

 

 どう話すべきか迷っている幽々子の回答を待つ。

 霊夢やアリス、魔理沙など、八雲紫を見知っている者に同じことを聞いたのたが、皆一様に返ってくるのは『胡散臭い』『何を考えているか分からない』という答えばかりだった。

 胡散臭いかどうかはともかくとして、確かに掴み所がないというのは少しだが話してみて分かった。けれどどうも草十郎にはそれだけとは思えなくて、こうして尋ねてみた次第である。

 口振りから察するに、かなり親しい間柄のようだし、また違った答えが聞けるかもしれないと、期待を込めて幽々子の横顔を見る。

 

「ある意味純粋で、少し子供ぽい所があるの。気に入った子には世話を焼きたがるけど、ちょっとした謎かけのつもりが、相手にとっては人生を左する試練になったりするのよねぇ。紫ったら、おっちょこちょいなんだから」

 

 幽霊益々子は微笑ましげに話しているが、流石にそれは如何なものだろうかと彼は思う。謎かけが試練に変わるとなると、その苦労は比にならないし、元が謎かけならそれは子供でも分かるような簡単な内容なのだ。

 急がば回れという諺があって、『目的地まで急いでいるなら、危険を含む近道を往くより大回りをしてでも安全な道を選んだ方が結局は早く着く』という意味なのだが、この場合は逆で、安全な近道があるのに、険しい回り道をして目的地を目指せと言われているようなものだ。

 

「紫に悪気はないの。けどそうねぇ、善意の押し売りと言えばいいかしら……相手にその気がなければ善意は悪意に変わるわ。その辺り変に不器用というか、愛情表現が歪んでいると言えばいいのか」

 

 昔の出来事を思い出してか、それまでの笑顔だったのが一瞬だけ苦笑に変わる。けれど草十郎には関係のないことなのか、それとも話すべきことではないのか。どちらにしても事の詳細を話すつもりは無いらしく、草十郎も追求することはしなかった。

 幽々子は、これで話しは終わりだと膝に手を置いて視線を彼に向ける。

 

「私が教えられるのはこんなところかしら。こんなことを言っておいてアレだけど、余り紫を嫌いにならないであげてね。難しく見えて実は簡単だったり、反対に簡単に思えるものほど実は難しかったりするものだから。貴方の事もきっと紫なりの考えがあると思うの」

「まあ、何となく分りました」

「ふふ、ありがとう」

 

 話しを聞いて、漠然とではあるが八雲紫のことを知ることが出来た。

 彼女にどのような意図があるかはまだ分らないが、今のこの状況は何かしらの考えがあってのことらしい。とはいえまだまだ分らないことだらけなのだが、確かなことが一つ。隣に座る幽々子を眺めながら、『類は友を呼ぶ』とは本当らしいと、しみじみ思う草十郎だった。

 

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