魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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肉食動物と草食動物

「うひゃあぁあー!」

 

 幻想郷の空に響き渡る何とも緊張感に欠けた悲鳴。時間はほんの少し遡る。

 

 

 アリスに別れを告げ、少々遅れて洋館を出た草十郎。周囲は木々に覆われていて、ただでさえ日が落ちかけて暗いと言うのに余計に闇が深まっていた。もう夜は直ぐそこまで迫ってきている。

 魔理沙を探して周囲見回してみれば、箒に跨がって手招きする彼女の姿があった。彼の頭の中で箒は掃除に使うものという認識でそれは一般常識的に見ても合っている。ただもし草十郎が童話を読んだ事があったのならまた違った認識になるだろう。

 

「魔理沙、君は箒に跨がって一体何をしているんだい?」

「まあまあ、深く気にするな」

 

 思ったまま、純粋な疑問を口にする草十郎に対して、魔理沙は含みのある笑顔で自分の後ろに乗るように促した。草十郎としてはどうにも嫌な予感がしたが、それでも言われた通り箒に乗る。

 しっかり肩に掴まるように忠告をして、それを確認した魔理沙は空を見上げると、次の瞬間

 

「アリスの依頼通り、まずは博霊神社まで最速で連れていってやる。多少揺れたり急降下したり旋回したりするかもしれないがそれはご愛敬だぜ?」

 

などと草十郎にとって不吉な言葉を並べる。

 魔理沙の言わんとしていることを頭よりも早く体が理解した。

 後ろに引かれるような感覚。

 初速から既に最速に。

 風と共に周囲の風景も置き去りにして彼らは空へと飛び立った。

 

 情けない悲鳴をあげるがそれも仕方ない。静希草十郎が暮らしていた十数年、一度として『飛行』という体験をしたことがないのだから。真夜中の遊園地での一幕がそれに近いかもしれないがアレは飛行ではなく落下なので含まれない。

 何はともあれ人生初の体験にさしもの草十郎も驚いたようだ。彼の中で空は鳥だけが住む世界で、まさかこうして訪れることになるとは思ってもいなかった。何時もはただ見上げるだけの空が今はずっと近くにある。

 

 広大な茜色の海。

 綿のような雲が幾つも点在しそれに斜陽が当って微妙に色彩を変えている。有るがままの原風景。彼にとっては親しみ深い光景だった。

 少しの間、空に見惚れていた草十郎だが何かを思い出したように我に返ると、拗ねた子供のように抗議した。

 

「魔理沙……」

「なんだぜ?」

「空を飛ぶなら飛ぶで言って欲しい。驚いたじゃないか」

「スマンスマン、草十郎を見てたらつい驚かしたくなってな。その様子じゃ成功みたいだな」

 

 草十郎のほうに振り返るといたずらに成功した少年のようにカラカラと魔理沙は笑う。少女の愛らしさと、少年のような快活さ。その一見矛盾する二つの魅力が彼女の中に混在している。さばさばとした性格は草十郎としても好ましく、端からは仲の良い兄弟のようなに見えた。

 事態を飲み込み直ぐに冷静さを取り戻した草十郎の口からは魔理沙への純粋な称賛が出てくる。

 

「それにしても凄いな、魔理沙は空が飛べるのか」

「そりゃあ私は天才大魔法使いの魔理沙様だからな……と、言いたいとこだが、この幻想郷じゃある程度力のあるやつは空を飛べるんだぜ?まあ大概妖怪やら神様やらだがな。人間で言えば私、霊夢、咲夜、早苗と冥界の庭師は……まあ人間でいいか、五人くらいだな」

 

 知らない名前がズラリと並ぶ中で一つだけ聞き覚えのある『霊夢』という名前。アリスと魔理沙の会話から察するに、霊夢という人物が博霊の巫女なのだろう。

 幻想郷の均衡を保ち、時には妖怪を討つという博霊の巫女。一体どんな人物なのだろうという疑問が沸いて出た。

 

「なあ魔理沙、博霊の巫女ってどんな人なんだ?」

「霊夢がどんな奴かって?

 んー、怠け者で基本的には神社を掃除するフリしながらぶらぶらしたり、煎餅食いながら茶をしばいてるな。あと金にがめつい」

 

 魔理沙の口からつらつらと出てくるのは聞く人が聞けば悪口と捉えられるようなものばかりだが、そこに悪意は感じられず、寧ろ親しみすら感じられた。きっと彼女と博霊の巫女はお互いの欠点を言い合えるくらいに仲が良いのだろう。ただこうも短所ばかり並べられると、草十郎としてもこれから博霊の巫女と会うにあたって不安しか持てない。

 そんな彼を尻目に『妖怪を見れば見境なく倒す』『妖怪達からは鬼のような巫女だと恐れられている』など不安を煽るようなことばかり言う魔理沙。ただそれまで愉快そうに笑っていた彼女がふと真面目な顔をして『ただし、巫女としての強さは本物だ』と呟いたのが印象的だった。

 

 

 魔理沙と博霊の巫女について話している内に目的地へ到着する。

 境内に無事着陸したことに草十郎は安堵した。空は空でいいものだが、彼としてはやはり地に足がついている方がしっくりくるのだ。

 因みに魔理沙は神社に到着するなり博霊の巫女を探すと言って奥の方へと歩いていった。一人取り残され手持ちぶさたな草十郎は博霊神社に目を向ける。余り大きくない本殿はどちらかと言えば小さい部類に入るだろうか。博霊神社全体に言えることだが他の神社と比べてこぢんまりとしている気がした。

 神社と言えば古めかしいという印象があるが、この博霊神社は割りと新しく、柱などを見ても年月の経過による風化や劣化がみられないのだ。これならまだ先程いたアリスの住居の方が古いだろう。けれど建物が新しいだけで神社特有の雰囲気は健在だった。

 それと、これはあくまでも草十郎の所感なのだが、博霊神社の空気は他の場所よりも澄んでいるような気がした。淀みや穢れがなく、例えるのなら流水。こういったことに疎い自分ですら感じることが出来るのだから凄いなと草十郎は感心する。そして同時に何故こんな参拝客が少ないのかと首を傾げた。

 

 

 閑散とした境内。

 参拝客の姿はなく、今居るのは草十郎一人だけ。

 

 不意に、砂利を踏みしめる音が耳に届く。普通なら気がつかないような大きさだが、静かな分良く響いているのだろう。

 魔理沙が戻って来たのかと足音が聞こえてきた方向に目をやる。だが、そこには魔理沙ではなく紅白の衣装を身に纏った少女がいた。

 

 肩口まで伸ばされた黒髪。

 頭の赤い大きなリボンが印象的で全体的に紅と白を基調とした服装だ。巫女服に見えなくもないが、彼が知るモノとは少しばかり造りが違っている。

 少女の形貌は容姿端麗と言ってもいいほど整っていて、あどけなさが残っているがあと数年もすればとびきりの美女になるだろう。

 まだ完成されていない、成長途中であるが故の美。子供から大人へと移り変わる正に中間地点。少女としての愛らしさと女性としての凛々しさの二つの要素が混ざりあっていた。アリスとはまた違う、人間であるが故の生命力に溢れた美しさは多くの者を惹き付けるだろう。

 ただ一つ残念なことがあるとするなら彼女の虫の居所が現在進行形で悪いことだ。理由はともかく、その表情からは分かりやすいほど不機嫌さが伝わってくる。魔理沙が妖怪達から恐れられていると冗談混じりで言っていたのも強ち嘘ではないのかもしれない。

 

 視線に気がついた少女は足を止め、訝しげに草十郎を見る……というよりは睨み返した。

 君子危うきに近寄らず。そうでなくても今の彼女に話しかけるのが宜しくないのは誰から見ても明らか。ならば彼は果して愚者か勇者のどちらなのだろうか。

 

「少し良いかな?」

「…………何よ」

 

 眉間にシワを寄せて返事をする少女は、言葉に出さないながらも目で草十郎を非難する。だが残念なことに心の機微に疎い彼にその行為は無意味だった。

 

「ああ、どうも君はさっきからずっと険しい顔をしている。もしかして、何か悪いものでも食べたのかい?」

「…………」

 

 思わず絶句する少女。

 草十郎は善意で言ったが彼女には別の意図にとられてしまったようだ。

 確実に怒りが一段階上がり、しかもその怒りは草十郎へ向けられる。俗にいう八つ当たりだが、火に油を注いだのは彼自身なので自業自得と言えなくもない。

 

 第三者から見れば血気盛んな肉食動物と温厚な草食動物。当事者からすれば片や何故か不機嫌な少女、片や正体不明のムカツク奴。

 そんな一触即発の場面が続く中でようやく助け船がやってくる。

 

「おいおい、どこにいたんだよ霊夢。無駄足踏んじまったぜ」

 

 自前の箒を肩に担いでやってくる。どうやら完全に入れ違いになってそのまま神社内を一周したようだ。

 何はともあれこれで彼女が博霊の巫女ということが確定した。

 

「何処にいようと私の勝手でしょ。そもそも約束してないし」

「何だ今日は機嫌悪いな。とっておきの酒でも萃香に飲まれたのか?」

「違うわよ。少し面倒なことが起きてイライラしてただけ。それより、コレまさかアンタの連れじゃないでしょうね」

「そのまさかだぜ。こいつは静希草十郎って言って外来人なんだとさ」

 

 外来人という単語を聞いた途端顔を歪める霊夢。唯でさえ力強い印象を与える瞳が吊り上り一層威圧的な目つきになった。そしてまるで厄介事が転がり込んできたと言いたげに頭を押さえている。

 

「まあ話すと長くなりそうだから茶でも飲んで話そうぜ」

「誰が煎れると思ってるのよ」

「よろしくだぜ霊夢」

 

 魔理沙の物言いにやや呆れながらもそれを了承する。彼女の苛立ちも少し落ち着いたように見えた。

 霊夢を先頭に一行は境内から母屋へと向かう。

 入り口ではなく縁側から中へ入るが、上がっていいのかと僅かに戸惑う草十郎を尻目に、勝手知ったる人の家とばかりに魔理沙は遠慮なくズカズカ入っていく。少し迷った後に草十郎も靴を脱いで二人に続いた。

 

 

 霊夢はお茶を持ってくるといって居間に二人を残して奥の方へ消えていった。胡坐を掻いて寛ぐ魔理沙とは対照的に草十郎は律儀に正座して待っている。

 久遠寺邸とはまったく違う生活感のある内装。神社という体質上そうなのかもしれないが、門などが無く全てが開放されていて、訪れるもの全てを受け入れるような包容感に満ちている。和風な内装で、畳に使われるイ草の青々しい臭いが懐かしく、人工物を含まないこの住居は柱一つとっても自然の呼吸が感じられた。

 

「そんなに畏まらなくていいんだぜ?自分の家だと思って気楽にしてろよ」

「何時から此処は魔理沙の家になったのよ。アンタは逆にもっと遠慮しなさい」

「それは無理な相談だぜ。それより茶請けはないのかー?」

 

 魔理沙に呆れながらも湯飲みを配る霊夢だが、何故か草十郎の湯飲みだけ、『ゴンッ』と音が出るくらい強く卓袱台に叩き付けていた。けれどそんなことには気にも止めず彼は自分の湯飲みに手を伸ばす。

 何の変哲もない鴬色の湯飲み。ただ一つ違うのは、草十郎のモノだけ中身が緑茶ではなく単なる白湯ということだ。魔理沙もそれに気がついたのか、やや非難を込めて霊夢を見ている。

 草十郎は暫くの間呆けた顔で手元のソレを眺めていたが、何やら納得したように頷くと何事もなかったように飲み始めた。

 

「ふぅ……ありがとう。体がすっかり冷えてたから助かった」

 

 空を飛ぶのは良いけれど、こうも体が冷えるのは考えものだ。そう言いながら唯の白湯を飲んで満足感そうに草十郎は笑う。

 思惑が完全に空振りするだけにあきたらず、まさかお礼の言葉が出てくるとは思ってもいなかった霊夢は絶句したまま固まっている。その後何とか気を持ち直すと、再び眉間に皺を寄せて聞き返した。

 

「…………他に言うことないの?」

「ん?ああ、ちゃんといただききますって言わなかったな。ごめん、行儀が悪かった」

 

 ごつん、と何やら鈍い音が居間に響く。どうやら唐突にずっこけた霊夢が卓袱台に額を打ち付けたらしい。

 余りにも的外れな見解に赤くなった額を抑えながら、頭の痛みも手伝って彼女の理不尽な怒りのボルテージはグングン上昇していく。

 

「違うわよ!アンタだけ白湯なのに疑問はないの!?」

「幻想郷ではそういうものじゃないのか?」

「そんなわけないでしょうがこのあんぽんたん!どんだけ非常識なのよ」

 

 完全に自分のことを棚上げした瞬間である。

 

 一方、何故自分は怒られているのだろうかと首を捻る草十郎。そして何か思い付いたのか一転して笑顔を見せた。

 

「なるほど、一つだけ間違ったのか。おっちょこちょいだな君は」

 

 鈍い音をたてつつ再び卓袱台に頭をぶつけた霊夢は、悔しそうに歯ぎしりすると草十郎の湯飲みを引ったくって奥の方に姿を消す。数分後に戻ってきた彼女の手には、ちゃんとお茶の入った湯飲みがあった。

 一人の少女の細やかな反抗はこうして失敗に終わる。因みに一連のやりとりを見ていた魔理沙は余り見られない友人の姿を見て声を上げて笑わないよう堪えていた。

 

 一方は不機嫌そうに眉をひそめ、一方は愉快そうに笑いを噛み殺す。対照的な二人の少女に囲まれて草十郎はひたすら首をかしげるだけであった。

 

 

 

 

 

「それで、何か用?私も暇じゃないんだけど」

「用があるのは草十郎であって私じゃないぜ。こっちはただの付き添い。まあ詳しいことは私も知らないんだが」

 

 一息ついた所で本題に入ろうと、魔理沙が視線で草十郎に説明を促した。彼は先刻アリスにしたのと同じように、幻想入りするに至った顛末を出来る限り詳細に説明する。

 草十郎の風体から大体の事を察していたらしい霊夢だったが、彼が出会ったという金髪の女性の話を聞いた途端に目の色が変わった。何かを考えているようで、その後のアリスに助けられてここに来るまでの話しなどまるで耳に入っていないようだ。

 

「それで魔理沙が神社まで送ってくれたんだけど……分かって貰えたかな」

「事情は分かったわ。ただ、悪いけど今はアンタを外に帰せない」

「おいおいどうしたんだ。まさかもう夜で面倒だから、なんて言い出さないだろうな?」

「いくらなんでもそこまで面倒臭がりじゃないわよ。昨晩あたりから結界の様子がおかしくなって、直そうとしたけどうんともすんとも言わないしもうお手上げ状態なの。そんなときにアンタが現れたって訳」

 

 一日無駄にしたと博霊の巫女は煎餅を噛み砕きながら悪態をつく。どうやら彼女が不機嫌だったのはそういうことらしい。

 結界に原因不明の異変が起きているときに、突如として正体不明の人物が境内に現れたのだからあの対応も仕方ないのかもしれない。そう考えると不貞腐れた子どものようにも見えて微笑ましくもあった。ただ、霊夢が小声で、危うくぶっ飛ばすところだったと呟いていたのはどういうことだろうか。今までの経験則上、魔理沙があと少し来るのが遅かったらもしかしたら自分は割りと大変な目に会っていたのではないかと草十郎は考える。

 因みに後になって魔理沙に聞いてみたところ、お札に手をかけ、バッチリ臨戦態勢だったらしい。

 それはそれとして、管理している筈の彼女がお手上げとはどういうことなのだろうかという疑問が沸いて出る。

 

「確か博霊の巫女が結界を管理してるんじゃないのか?」

「ええそうよ。ただし、私は結界を管理してるだけにすぎない。この結界を張った奴が他にいるの……と、いうよりそいつが原因そのものなんだけどね。私以外に結界を弄れるなんてアイツくらいでしょうよ。名前は八雲紫、あんたがここに来る前に会った奴よ」

 

 八雲紫

 

 金髪でどこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた女性。ただならぬ人物だとは思っていたがかなりの重要人物だったらしい。ただ、草十郎としては何故自分が連れてこられたのか理由は分からなかった。

 彼女とは初対面だったはずだ。町中ですれ違っていただけとかならその限りではないが、多少なりとも会話をしたことがあるなら覚えているだろう。何よりあんなに目立つ容姿なのだから面識があるなら簡単に忘れるとは考えにくい。

 もしかしたら何か気に障るようなことをしたのかもしれないが、会話らしい会話らしいをしたわけでもないし、顔を合わせていたのはそれこそ数分くらい。全く心当たりがなく、唸っている草十郎の内心を察した霊夢は声をかける。

 

「アイツが考えることなんて誰にも分からないわよ。言うことすること胡散臭いヤツだから考えるだけ損ってやつ。それよりアイツと話したんでしょ?何か言ってなかった?」

「偶然とか必然がどうのって」

「なにそれ?」

 

 何だと言われても困ってしまう。草十郎自身、あの時彼女が何を言いたかったのか分かっていないのだ。そもそもアレを会話と呼ぶのは躊躇われる。

 

「まあわざわざ物事をぼかすのはアイツらしいといえばらしいわね。話したのはそれだけ?」

「そう言えば……探し物があるらしい。ここならそれが見つかるんだって」

「探し物ねぇ」

「何か心当たりはないのか草十郎?」

 

 やはり一番気になったのは探し物があると言われたこと。恐らくそれが今草十郎がこの場にいる最大の原因といってもいい。逆にその『探し物』さえ見つかれば問題は全て解決なのだが、そう簡単はいかなかった。

 探し物が見つかる見つからない以前に、彼は探し物が何なのかさえ不明。元より八雲紫と出会ったのも幻想郷へ来ることになったのも草十郎の意思ではないのだ。

 魔理沙に心当たりはと聞かれるが答えられないのが心苦しい。彼は困ったように手を首に充てるが、伝わってきた指先の感覚に思わず固まった。

 そこにはあるべき物が欠けている。滑らかな革の手触りではなく、ザラリとした白い布の感覚。彼が友人から初めて貰った贈り物が忽然と姿を消していた。

 

「……首輪が無くなってる。友人から貰った大切なものなんだ……どうしよう」

 

 今の今まで何も感じていなかったというのに、無くなったと分かった途端、急に喪失感が胸に沸き起こる。

 身に付けていたのは半年にも満たない時間だったが、もう既に体の一部になっていたらしい。彼自身割りと気に入っていたしそれなりに愛着もあっただけに、プレゼントしてくれた友人に対して申し訳なく思う。

 

「首輪ってあの首輪?まあ無くしたものがあるならそれが探し物なんでしょ」

 

 しょんぼりと肩を落とす草十郎に霊夢はサバサバとした対応をする。

 探し物が分かって話に興味を失ったというのもあるだろうが、やはり草十郎には余り良い感情を持っていないようだ。

 

「あんたにある選択肢は二つ。無くしたものを探すか、それとも紫のヤツを見つけるか。ただアイツなに考えてるか分からないから探し物を見つけたからって帰れるとは限らないし、紫を探すにしても誰も居場所を知らない。どうなろうと確実に帰れる保証はないわ。ひょっとしたら何日かでアイツが飽きて帰れるようになる可能性もあるけどね」

「霊夢お前なぁ……」

「事実でしょ?気休め言ってもコイツの為にならないわ。それにどうするか決めるのは私たちじゃないしね」

 

 淡々と、この先の道を提示する霊夢。あんまりと言えばあんまりな物言いだが彼女の言う通り事実である。それにもう草十郎はどうするのか決めていた。

 

「で……どうするのよ?」

「首輪を探そうと思う」

「そっ、せいぜい頑張りなさい」

 

 草十郎の決定を聞いて素っ気なく返した霊夢は、再び湯飲みに手を伸ばす。こうして方針が決定したのであった。

 

 

 

 

 話し合いを終えた草十郎は神社内にある小屋へとやって来た。というか追いやられてきた。

 方針を決めたあと、直ぐ直面したのは草十郎が何処に住むのかと言う問題だった。勿論、彼に当てはなく、知り合いといってもアリスと魔理沙、そして霊夢だけである。

 彼は野宿になるかと覚悟していたが、そこに予想外の助け船が出されたのだ。

 

「なあ霊夢、草十郎を暫く泊めてやったらどうだ?」

「はあ?なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ。魔理沙かアリスあたりが面倒みればいいじゃない。私は無関係よ」

「迷い混んだ外来人の世話も巫女の仕事だろうに。それに私もアリスも魔法の森に住んでるんだ、普通の人間は一日もいられないのは知ってるだろ」

 

 一貫して拒否していた霊夢だが、魔理沙の言い分に渋い顔をする。結局それが決め手になったのか、その後も二人でやりとりをしていたが最終的には霊夢が折れた。

 草十郎が得た猶予は三日間。それまでに探し物を見つけるなり住む場所を探すなりしろというのが霊夢の出した条件だ。尤も、かなり嫌々だったようで、最後まで草十郎を睨み付けていた。

 別れ際、魔理沙にどうしてここまでしてくれるのかと聞いたところ、『それが依頼内容だったからな。まあお前に一つ貸しが出来ちまったな』と良く分からない事を言われただけだった。寧ろ自分が恩を返さないといけないのにと草十郎は首を捻る。

 

 そうした出来事もあって宛がわれたこの小屋だが、中は使われていない食器や箪笥など色々なものでごった返しになっていて余り足の踏み場もない。

 とても人の住む場所とは言いがたい環境だが、この場所を宛がわれた本人は意外にも前向きで、屋根があって雨風凌げるのだから充分だと納得している模様。無造作にうち捨てられていた茣蓙を拝借し、何とか人が一人横になれるスペースを見つけて寝る場所を確保した。

 することも無くなり、もう寝てしまおうかと思った矢先のこと。ゴソゴソと、奥の方から何やら物音が聞こえてくる。聞き間違いかと思いきやその音は断続的に続いていて、自分以外の気配も感じられた。

 薄暗い小屋の中で良く目を凝らしてみればそこには確かに人影が蠢いていて何かを物色しているようだ。そのまま放っておくことも出来ず、草十郎は控え目に『あの』と声をかける。

 

 

「むむ、お前さん霊夢じゃないな。知らない気配だがまさか泥棒か?なら止めとけ、この神社は金目のものなんざ置いてないよ……おっ、お酒見っけー。こりゃあ中々の上物だ」

「それ霊夢のものなんじゃ」

「細かいことだよ気にするな。私と霊夢の仲だ、大丈夫だって。それに酒は集めるもんじゃない、飲んでなんぼさ」

 

 遂に目当ての物を見つけたようで、何やら古い酒瓶片手にご満悦なのが声から伝わってくる。草十郎への対応もお座なりで手中のお酒に夢中だった。

 不審人物かと思いきやどうやら霊夢の知り合いらしい。一応身の潔白を証明しておくことにした草十郎は、今日もう何度目になるだろう説明をする。それを肴にして、彼女は酒瓶に口をつけて豪快に喉を鳴らしながら酒を飲んでいた。

 因みに何故『彼女』なのかと言えば聞こえてくる声音が少女のソレだったからだ。影のシルエットは霊夢や魔理沙より小さく、声にも幼さが感じられるほどだが、何故か歳不相応の落ち着きがある。

 もしや自分よりずっと歳が上なのではと思ったが、彼の学友が女性に年齢を聞くのはタブーだと言っていたのを思い出しあえて聞くことはしなかった。

 

「一応居候になります」

「ふむふむ、嘘は言ってない。正直者の匂いがする人間だね」

 

 目と鼻の先まで顔を寄せると犬のように鼻を鳴らす。

 暗がりではっきりとは見えないが、彼女の容貌は思っていたよりもずっと幼く、思っていたよりもずっと整っていた。

 その気がない者でも多少はドキリとする場面。けれどそれは漂う酒の匂いで台無しだった。

 相当早いペースで飲んでたのでもう瓶は空になり、何処からか取り出した瓢箪の酒を口にしている。これがまた強い酒で、常人なら少し匂いを嗅いだだけでもむせ返るほど度数の高いものなのだが、まるで水でも口にするかのようにがぶ飲みしていた。

 

「いいよ気に入った!あんたも一献どうだい?」

「まだ自分は二十になってないですよ」

「外じゃあどうか知らんが、幻想郷だと十五、六になればもう元服だよ。郷に入りてはなんとやらってやつさ」

「むぅ、折角ですけど今日は止めておきます。明日からやることがありますから。また機会があればそのときに」

「聞いたぞ、約束だからな。破ったら針千本飲ますからな」

 

 何故か薄ら寒いものを感じる草十郎。どうにもとんでもない約束をしてしまった気がしてならない。一方彼女は嬉しそうに酒を飲みながら、大きな葛籠の上に腰かけて両足をぶらぶらさせる。

 

「そういえばここに住んでるんですか? だったら急にすみません」

「いやいや、あたしもあんたと同じく借宿の身さ。だから遠慮しなさんな草十郎。それからその固っ苦しい敬語もやめやめ」

「そう言うならそうさせてもらうけど……というかそんなに飲んで平気か? 何でも二日酔いは死ぬほど辛いと聞く」

「ははっ、そんな心配されたのは生まれて初めてさ。大丈夫、生まれつき体が頑丈でね。これくらいじゃあ何ともない。それに浴びるように酒をのんで二日酔いになるのも一つの醍醐味ってやつさ」

 

 まさに駄目な大人の見本のような解答である。

 草十郎に二日酔いの辛さを語った近所のお姉さんも『結局はまたのんじゃうのよねぇ』と語っていることから大酒飲みは皆似たり寄ったりなのかもしれない。

 そんな他愛もない話をしながら、暫くの間草十郎は酔っぱらった同居人の相手を続けるのだった。因みに彼が解放されたのは真夜中過ぎのことである。

 

 何はともあれこうして幻想郷での一日が終わりを告げた。

 子守唄と呼ぶには少々喧しい寝息を聞きながら目を瞑る草十郎は今日のことを思い出す。アリスに魔理沙、霊夢、そしてまだ名前も知らない同じ借り暮らしの同居人。まだ彼女達のことは多くは知らないけれど、皆良い人だと思う。何とかやっていけそうだと薄れゆく意識の中で呟いた。

 

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