日付は変わり、朝を迎える。
昨日の神社の様子から掃除は必用ないと判断したので彼女朝はかなり遅めで、襖を開けばもう日は昇りきっていた。
頭を掻きながら、浴衣のまま茶の間へ足を運ぶと卓袱台の上には握り飯が有り、その隣に添えられるように『昨日の味噌汁を温めて食べてくれ』という書き置きがあった。
「マメなやつ……」
書き置きに従い、おにぎりと味噌汁で朝食を済ませた彼女は、着替えた後に茶を啜りながら縁側でぼぅっとしている。
すると、何者かの気配が近づいていることに気がつく。
「相変わらずぐうたらしてるな霊夢」
「そんなの私の勝手でしょ?」
訪問者の正体は魔法使いの見本のような格好をした霧雨魔理沙である。黒い三角帽子とエプロンドレスは彼女の金髪に良く映えていて可愛らしくもあるが、それ以上に彼女の勝気な瞳や利発さの方が印象に残る。彼女を知る者の大抵の認識は概ね後者だろう。
やや反応が芳しくない霊夢に肩を竦めながら魔理沙は彼女の隣に腰かけた。
「それは確かに。ちょっと草十郎に用事があるんだがいるか?」
「今は人里に行ってるんじゃないの? 言伝てなら受け持つけど」
「いや、大したことじゃないから今度直接伝えるぜ。用事で近くを通ったから来ただけだしな。…………そう言えばどうするんだ?」
「何がよ」
「明日までだろ、草十郎」
それだけで言わんとしていることが分かった。草十郎の居候を許しているのは3日間。つまり明日が終れば草十郎は宿無しとなり、その後は放り出すと霊夢は公言をしているし、当初は半ば本気でそうしようかと考えていたほどである。
けれど今は僅かながら彼女の中で躊躇いが生まれていた。ぼぅっとしていたのもそのことについて意識を取られていたからに他ならない。
魔理沙にそのことを追求され思わずムッとした霊夢は、条件反射のように言葉を返す。
「やけにアイツの肩をもつのね?」
「まあな。借り……というか、私にも意地があるからな」
「何それ?」
「そんなの私の勝手だぜ?」
澄ました顔で意趣返しをされてしまった霊夢は苦虫を噛み潰したような表情で口を閉ざした。そんな彼女を尻目に、魔理沙はあっさりと飛び去っていく。
再び一人になった霊夢だが、程なくしてもう一人の来訪者がやってきた。
「はぁ……今度はアリス?」
金糸のような髪に宝石のような瞳。
陶器のような滑らかな肌。
その彫刻のような美は最高級のビスクドールですら足元に及ばない。
ベルトで封をした分厚い本を右脇に抱えながら、どこぞの令嬢のように上海を連れ立ってアリス・マーガトロイドは歩いてくる。
「今度?」
「魔理沙がきたのよ」
それを聞いて『ああ、なるほど』と納得すると、つい先程魔理沙がしたのと同じように霊夢の隣へ腰を下ろす。
「で、アリスもアイツに用事なの? 残念だけど今は留守よ」
「違うわ。用があるのは貴女よ」
「草十郎をどうするか聞きに来たの?」
「まあそれも有るわ。けど本題は違う。魔理沙から聞いたのだけれど、どうして霊夢は静希君のことを毛嫌いしているの?」
「それは! それは……」
それはと理由を口にしようとして、博霊霊夢は何かに思い至ったように目を見開いた。そんなバカなと改めて考えてみたけれど、答えは変わらない。
「私も彼の多くを知っている訳じゃないけれど、少なくとも悪い人でないことだけは確かよ。それだけに貴女がそこまであからさまな態度を取るのが不思議だったの。
もし仮に静希君が悪人だったのなら三日といえども此処に住むことは許さなかったはずだし、逆に興味が無かったり反りが会わない人間には基本無関心じゃない?」
全くもって正論で、アリスの言葉に霊夢はぐうの音も出ない。
どれだけ考えてみても、彼女は草十郎の何が嫌いなのかが出て来なかった。謙虚で控えめであり、それでいて誰かに媚びることがない。何処までも自然体で有りのままの自分で人と接している。
霊夢の中でも、アリスのいう通り草十郎はどこまでも良い人だった。
「仮に彼を嫌う要素が思い付かないなら、後は貴女自身の問題よ。どんな出来事にも理由は必ずある。貴女の中の何かが理由で静希君に反発しているんじゃないかしら?」
「何かって何よ?」
「私にも分からないわ。それに、貴女のことは貴女自身が向き合わないといけないことよ」
厳しくもあり優しくもある友人のアドバイスに、霊夢は鼻を鳴らすと頬杖をついて顔を背ける。
どれだけ考えてみたところで、今はまだ答えは出そうにない。けれど少しだけごちゃごちゃしていた頭がスッキリしていた気がする。
「それにしても、アリスも魔理沙も妙にアイツに肩入れするわよね。特にアリスがここまで気にかけるのは珍しいんじゃない?」
「魔理沙は知らないけれど、私は彼を拾った責任があるわ。流石に助けて放り出すのも無責任でしょ?それに……」
「それに?」
「いえ何でもないわ」
気になるところで話を切り上げたアリスは、用が済んだのか別れの挨拶をするとそのまま去っていく。それを見届けることなく、霊夢は追い払うように手を振ってそれに答えた。
程なくして、ごろりと体を横に倒した彼女は昼寝を決行することにしたのだった。
―――――
それは何時のことだったか
記憶も随分磨耗して朧気にも思い出せない。その磨耗具合を反映するように、擦りきれた映像は途切れ途切れだ。
映像には映るのは神社の縁側で座る一人の子供と女性。女性の膝の上で寛ぐ少女は、頭を撫でられてくすぐったそうに笑いながら女性を見上げる。
『幻想郷は好き?』
『うん!』
『よかった。貴女がそう言ってくれると私も嬉しいわ』
その答えが嬉しかったのか、女性はくしゃくしゃと少し強めに頭を撫でるが、急にその手が止まる。
不安になって少女は相手の表情を伺うが、そこには今まで見たことがないような、愁いを帯びた女性の顔。やや間が空いて、ここではない何処か遠くを眺めながら彼女は躊躇いがちに口を開く。
『いずれ貴女は博霊の巫女になる』
『ハクレイのミコ?』
『そうよ。まだ先のことだけれど、一つだけ覚えておいて欲しいの』
『なーに?』
『幻想郷は全てを受け入れる。けれどそれはね……』
「んっ……」
目が覚め起き上がる霊夢。直に寝ていたせいか、体の節々が痛くなっていて座布団でも敷いて寝れば良かったとやや後悔する。
何か懐かしい夢を見ていた気がするが、起きた今はすっかり忘れてしまっていた。
「げっ……もうこんな時間じゃない」
昨日に引き続き長々と眠っていたようで、彼女が起きたのはもう夕陽が差し込んでくる時間帯だ。重い頭を押さえながら、やろうと思っていたことがあるのに一日が潰れたとぼやく。
立ち上がった彼女はピンと背伸びをしてから脱力したところで、砂利を踏み締めている音が耳に入ってきた。
「やあ、ただいま」
誰かと思えば人里に出かけていた草十郎だった。ただ、洋服だった彼の格好が何故か着流しに変わっていて、その背中には大きな篭を背負っているのは何故だろうか。
「その服どうしたの?」
「農家で働くことになってさ、お世話になる所のお婆さんに貰ったんだ。旦那さんが昔着ていたものらしい。トマトとトウモロコシも貰えたから夜に食べよう」
取れ立てだと言って嬉々として篭の中をみせる草十郎。確かに瑞々しく、美味しそうな野菜が顔を覗かせていた。
昨日慧音が紹介したいと言っていたのは農家の仕事だったようだ。決して人の数が多くない幻想郷では、力仕事の出来る若い働き手は幾ら居ても困らないだろう。
ただ目の前の青年に重労働でもある農家の仕事が務まるのか少し疑問だ。ヒョロっとはしていないが、それでも力強い印象は無い。
まあ草十郎の様子を見るに上手くやれているようだからいいかと結論つけると、霊夢は中へ入って行こうとするが、途中足を止めて振り返らずに口を開いた。
「ねえ……あのさ」
「どうかしたのか?」
「ううん、何でもない。速く晩御飯つくらないと食べるの遅くなるわよ」
すぐ喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、草十郎を待たずして中へと入る。住居のことを聞こうとしたのだが、追い出そうとしている自分が白々しくも何を言うのだと口を閉ざしたのだ。
そして時は流れ、日は進み、ついに約束の三日目となる。
未だ答えが出ず悩む少女。本当に彼を追い出してしまっていいものかと、最後になって戸惑いが生まれていしまった。
仮に草十郎を追い出したとしても彼女を責める者はいない。アリスも魔理沙も、そして草十郎ですら何も言わないだろう。むしろ三日間のことを考えて感謝してくる。静希草十郎とはそういう人間なのだ。
最低限の義理は果たしたし、これ以上世話をしてやる義務もない。なのにどうして?
「むー……」
グリグリと、枕に顔を埋めながら呻く。
太陽も見えず、まだまだ起きるには早過ぎる時間だ。二度寝すれば少しは頭がスッキリするだろうと目を瞑る。
「ぐぬぬ……寝れない……」
二日連続であれだけ長時間睡眠を取ったのだ、眠気が来ないのも無理はない。
本人の意思とは裏腹に、目は冴え眠りからは遠ざかる一方だ。こうなったら意地でも寝てやると、霊夢は深く布団を被り目を強く閉じる。
暗く静かな布団の穴蔵。その中で寝ることに意識を集中させていた彼女の耳に、何やら『カーン……カーン……』という微かな音が入ってきた。
普通なら気にならないような微量の音だが、今の彼女にとっては眠りを妨げる騒音に他ならない。妖怪がイタズラしているようならぼこぼこにしてやろうと、半ば八つ当たりのような思考で襖を開け放った。
浴衣のまま浅暗い外に出ると、肩を大きく揺らしながら音の発生源へと向かう。どうやら神社の裏手から音がしているようだ。
近づくに従って乾いた音は大きくなる。ついに犯人とご対面だと勇んで裏手に出たところ、その犯人の姿を見た彼女は慌ててもと来た曲がり角に姿を隠す。
「アイツなにしてるのよ……」
泣く子も黙り、妖怪も裸足で逃げ出す鬼巫女に撤退をさせた相手の正体は、居候の草十郎だった。
見つからないよう顔を覗かせると、彼は斧を片手に原木の位置を調整している。どうやらこの音は彼が薪を割っている音だったらしい。
何時も自分がやるときは、『パコンッ』というくぐもった音がするので気がつかなかったのだ。
草十郎が薪を割るのをただひたすら眺める霊夢。その間も彼はひたすら薪を割り続け、小気味のいい音を響かせている。
今までの怒りはどこへやら。純粋に、こんな音がなるのかと関心していた。
最後の薪を割り終えた草十郎は、置き場に薪を積み重ね境内の方へと歩いていく。
誰もいなくなったのを確認して、霊夢は今まで彼がいた場所へと走った。
草十郎が軽々と振るっていた斧だが、改まって持ってみてもずっしりと重いのは変わらない。何となく、薪を一つ割ってみるが、彼のようには行かず『パコンッ』とくぐもった音がするだけ。
自分で割った薪と彼が割った薪を比べてみるが、切断面が全然違う。彼の薪は綺麗なものだった。
手に持った物を元に戻すと境内へ向かった草十郎を追いかける。又もや隠れるように様子を見るが、そこでは草十郎が用具入れから引っ張り出してきた箒で境内の掃除を行っていた。
霊夢は音をさせないように身を引くと、自分の中の仮説を確めるため御勝手へと急ぐ。そして仮説は確信に変わった。
「やっぱり……」
霊夢が見たかったもの、それは水甕だ。食事はもちろん、生活で様々なことに使う水を貯めておくための大きな甕。その中身は『一昨日と変わらず』満タンなまま。
確認を終えた少女は逃げるように自分の部屋へと戻る。今草十郎と顔合わせてもどんな顔をすればいいのか分からなかった。
霊夢は布団の上で膝を抱えながら俯いている。
「気がつかなかった……」
一昨日からあった妙な違和感の正体。
例えばもう無くなっていると思っていた薪が増えていたり、神社の庭や境内が掃除をしなくてもいいほど綺麗だったり、水甕の中身が常に満たされていたり。
気のせいや運が良いと勘違いしていたが、全て草十郎が彼女の代わりにやっていたのだ。気がついていないだけで、もしかしたら他にもまだあるかもしれない。
もし彼が、霊夢を納得させるため、ひいては自分のために行動したのなら良かった。けれどそれは違うだろう。もしそうなら彼女が知らなくては意味がないし、もっと言うなら彼女の目の前でやればいい筈のこと。
ならばどうしてと疑問が沸き起こる。
どのような結果になろうとも、一つだけ確認しなければならないことが出来たと霊夢は密かに覚悟を決めていた。
―――――
空が茜色に染まり、その柔らかい光が世界を満たす夕暮れ時。本日の仕事を終えた草十郎は、晩御飯はどうするかなどと考えながら博霊神社に到着する。
するとそこには、何故か一人の少女が待ち構えていて、その目は明らかに草十郎を捉えていた。
彼女に話があると言って呼び立てられた草十郎は、境内へと足を運ぶ。始めて会ったときもこのような感じだったと思い出し、まだ数日しか経ってないのに懐かしさを感じて思わず笑みがこぼれでた。
話すタイミングを計っていた霊夢は少し緊張したように表情を強ばらせていたが、草十郎の締まりの無い顔を見て脱力しながら話を切り出す。
「ほんっっとに調子狂うわね。まあいいわ、幾つか聞きたいことがあるの。正直に答えなさい」
「何かな?」
「アンタ、私に黙ってここの掃除してるでしょ」
「バレてたのか」
「バレないと思ってたことに驚きよ」
と口では言いつつも、今日早起きをしなければ彼女は気がつかなかったのだが、そんなことはおくびにも出さない。
「それに薪割りや水汲みだってそう。私に認めて欲しいならそんな回りくどいことをしなくても他にやりようがあるでしょ?」
「別にそういう訳じゃないよ」
「でしょうね。だから私はその理由を聞きにきたのよ」
草十郎が博霊神社を訪れてから今に至るまで、彼はただの一度として霊夢に居候の件を頼みにはこなかった。ならば何故、得にならないことを自ら買って出たのか。別にどうでも良い事だと割り切れたのなら楽だったが、生憎と今は出来そうにない。
真剣な彼女の眼差しを一身に受け、青年はやや困ったように頭を掻く。どうやらお茶を濁して終わり、とはいかないと悟った草十郎は観念して口を開いたのだった。
「別に大した理由はないよ。ただやりたかったから」
「耳障りのいい台詞を聞きたいわけじゃないわよ」
「けどこれが本心だ。もっと言うなら君のために何かしたかった」
本心が分かりかねる彼の言葉に一層額の皺を深める霊夢だが、そんな爆発一歩手前の少女のことは気にせず話を続ける。
「君を納得させれば、なんて言うけれどそんなのは無理だ。君たちのように空は飛べないし、弾幕ごっこ?もそうだ。特別なことなんて何も出来ないんだから、納得させるって前提が間違いだよ」
「じゃあここ数日こそこそとしてたのは何でよ」
「恩返しをしたかったからかな」
「恩返しって……相手間違えてるんじゃないの?アリスとか魔理沙のほうが」
「何時か二人にもちゃんとするつもりだけど、先ずは霊夢に恩返しをしたいんだ。今こうして生活出来てるのは君のお陰だし、こっちを色々気づかってくれてるしね。君は否定するだろうけど、それは本当に有難いことなんだ」
右も左も分からない。一寸先は闇となり、一歩間違えればそのまま飲み込まれてしまう。全く知らない決まりルールの中に、ある日突然放り出されることへの恐怖や苦労は彼が一番良く分かっている。
理由はどうあれ自分を見ていてくれる存在がどれだけ助けになるか。ふとしたときに、たったそれだけのことでどれだけ安心出来るかということを切々と語った。
霊夢は草十郎の言葉に耳を傾ける。
生まれて十余年、幻想郷以外を知らない霊夢には青年の気持ちや体験は分からない。けれど不思議と、彼の一言一言にはそんな彼女を納得させるだけの響きがあったのだ。
自分がどれだけ霊夢に助けられているかと、恥ずかしげもなく堂々と話しきった草十郎は、最後に『それに……』と付け加えるように口を開くと
「帰る場所があって、誰かが待ってくれているのは良いものだからね」
などと言って嬉しそうに顔を綻ばせた。
恐らくこの一言が最後の決め手になったのだと、後になって彼女は思い返す。
声にこそ出さなかったものの、草十郎の取って付けられたオマケのような言葉に霊夢は素直に共感していた。
それはまだ霊夢が博霊の巫女になる随分昔のこと。
遊び回って神社へと帰ってきた彼女には『ただいま』と言う相手がいて、『おかえり』と帰ってくる声が確かにあった。
血の繋がりのある家族ではないけれど、そこには暖かさがあって、自分を迎えてくれる笑顔を思うだけで帰りの足取りも軽くなったものだ。
けれど今となっては自分を待つ者は居ない。寧ろそれが当たり前になり、今更過去に戻りたいとかそんなことを考えるほど彼女は殊勝ではないだろう。だがしかし、過去のあの想いを否定するほど彼女は冷徹ではなかった。
「体は一つしかないし、大したことが出来ないのは何より自分が一番分かってる。だから少しづつ借りを返せればと思ったんだ」
「……そう」
そう話を纏めた草十郎は、このあとはどうすれば良いのだろうと首を傾げている。
対して、態々呼び出して青年に洗いざらい喋らせた少女はと言うと、短く返事をして以降ずっと沈黙を貫いていた。
「…………」
「…………」
流れる沈黙。
交差する視線。
唐突に、霊夢は何かに耐えかねたように視線を色々な方向に泳がせ始める。そして眉がつり上がり、ついに口を歪めて『ぐぬぬ……』 と呻き声まであげる始末。
何となく、カッとなって友達を叩いたことを謝ろうにも気恥ずかしくて謝れない子供の図を連想させた。更に言うなら相手から切り出してくれれば許してあげるのに、とでも言いたげな顔だ。
「うがぁあああああ!」
ついに堪えきれなくなったのか、何かが切れたように叫び始めた博霊の巫女は、噛みつくように青年を捲し立てる。
「アンタそもそも住むところ決まってるの!?」
「まだ……かな。見つからなかったら野宿するつもりだったんだけど」
「はっ、野宿ぅ? 甘いわ、どうせ三日ともたずに妖怪に食われるのがオチね。私にでっかい借りがあるのに勝手に死んでみなさい。地獄まで追いかけて取り立てにいくからそのつもりで。何が言いたいかというと、アンタに死なれると私が損をするの。だから本当はいやだけど、ほんっっとに面倒だけど、アンタがどうしてもって言うなら仕方なくウチに住まわせてやっても良いわよ? ただし掃除洗濯炊事は勿論自分の食い扶持は自分で稼いで来ることが条件だけどやれるもんならやってみなさい!」
草十郎が思わずたじろくほどの威圧感で、一気に言葉を連ねた霊夢はそのまま後ろを向いた。
意図せず少女は口元に笑みを浮かべる。草十郎に対する謎の反感の正体はまだ分からないけれど、それも気にならないほど薄れていた。沢山言いたいことはあるけど、彼の前向きさと真摯さを加味してぎりぎり及第点かとぼそぼそ呟く。
何より自分にはあんなに綺麗に薪は割れないわけだし、召使を一人雇うと思えばいいかと彼女はその他諸々に目を瞑ることにしたのだ。
暫し言われたことを咀嚼していた草十郎だが、ようやく何を言わんとしていたかを察すると、よせば良いのに態々背中を向けている少女に確認をする。言いたいことは伝わったのに、何故彼から顔を背けたのかと言う理由までは分からないらしい。
「それは……神社に住んで良いってことかな?」
「ちーがーう!アンタに頼まれて私がお情けで住まわせて『あげる』の。で、どうするの?」
「ああ、ありがとう。暫くの間宜しく頼む」
「ふんっ!精々コキ使ってあげるわ。泣き言は聞かないからね」
深々と嬉しそうに頷いた草十郎は、沁々と感謝の言葉を口にする。それに憎まれ口で返した霊夢はそそくさと母屋へと戻ろうとするが、途中何かを思い出したように振り返ると、呆れたようにこう言った。
「ほらボサっとしない。早くしないと晩御飯遅くなるでしょ。
行くわよ『草十郎』 」
草十郎がよく知る力強い瞳。始めて名前を呼ばれたことも驚いたが、今ここで再び既知感を覚えていることに気を取られる。
はて? と記憶の中を探っていると、答えは割りと直ぐに見つかった。
遊園地での一件、その終わり。
「ああ、なるほど。霊夢は蒼崎に似てるんだ……」
何となく今まで霊夢に感じていた親近感の正体。
彼女の持つ強さは草十郎の友人である蒼崎青子と同種の物なのだ。直ぐに思い至らなかったのはまさかそんな人間が二人もいるなんて思いもよらなかったから。
彼が敬意すら抱く意思の強さ。
まるで体に太い芯があるかのように、真っ直ぐで揺るがない。
何からも逃げ出さず、今を生き続ける生命の輝き。それが羨ましくもあり眩しくもあった。
得心がいったと一層嬉しそうに笑った草十郎は、少女に再度呼ばれて歩き出す。
先行きが不明瞭で、帰れるかすらも定かではないけれど、不思議と不安はない。どのような苦難があろうとも、彼女なら笑って吹き飛ばしそうな気さえした。
ようやと今、彼の物語が幕を開ける。