魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

6 / 24
紅魔郷
瀟洒なメイドとスカーレットデビル


 草十郎が博霊神社に改めて居候することになってから更に三日が過ぎた。

 慧音の紹介で人里の農家で働くことになった草十郎だが、最初こそ外来人ということもあり警戒されていたものの、持ち前の人の善さから今ではすっかり馴染んでいる。それどころか働き者だと人里の人間から好印象だ。

 そんな彼は本日の仕事を終えて居候中の博霊神社へと帰ってくる。

 野菜の詰まった篭を背負い、作業用の着流しを泥で汚したその姿はやけに様になっていて、もし人里ですれ違っても事情を知る者以外は誰も外来人だとは分からないだろう。

 

 母屋へと辿り着いた草十郎は、着替えるよりもまず先に霊夢に一言声をかけておこうと、背負っていた篭を下ろして居間へと向かう。木で造られた温かみのある建物は何故か本堂より年季が入っていて、足の裏からは僅かに軋む音が伝わる。

 約一週間共に過ごしている間に、霊夢の行動パターンは何となく分かってきた。暇だったり他にすることがない場合、彼女は大抵居間でのんびりと過ごしている。博霊の巫女が動かないというのは、それはそれで平和の証なのだろうが、ここ最近はそれが顕著になっていた。

 居間に足を運び霊夢の姿を探す草十郎。パッと見た感じ霊夢の姿はない。彼女の靴はあったので母屋の中にはいるはずなのだ。

 もしや自分の部屋にいるのではと踵を返そうとしたとき、ちゃぶ台の陰から赤いリボンがひょっこりと顔を出していることに気が付く。

 

「霊夢、ただいま」

 

 ちゃぶ台の死角で横になっていたらしい霊夢は、草十郎の挨拶を受けてのっそりと起き上がり、大きな欠伸を一つ噛み殺しながら返事をする。

 

「ふわぁ…………おかえり草十郎。今日は速いのね……あっ、お茶ー、あとお菓子持ってきてー」

 

 まだ眠いのか卓袱台に顎をつけて、ぐでーんと怠ける博霊の巫女はお茶とお菓子をご所望の様子。そこには威厳などまるで感じられず、鬼巫女と呼ばれている彼女の姿はなかった。

 彼の友人たちが巫女さんは『神秘的』だとか『儚げだ』とか言っていたが、草十郎は目の前の少女を見て、『なんか違う』と思わざるを得ない。具体的に言うなら料理屋でサンプルと実物が違い過ぎて思わず文句を言ってしまうアレだ。尤も、口が裂けても本人には言えないが。

 

 草十郎が幻想郷での生活に慣れていくのに反比例して、霊夢の怠け具合が悪化の一途を辿っている。それもこれも草十郎という使い勝手の良い召使いが手に入った結果、何もしなくても三食勝手に出てくるという生活にすっかり慣れてしまったからだ。草十郎が地味に高性能なのも彼女の怠け具合に拍車をかけていて、おんぶにだっこの状態である。

 

「草十郎はやくー」

 

 あくまでも自分でやる気はないのか、バンバンと卓袱台を叩いて催促をしてくる。そんなダメ巫女を一瞥して、草十郎は仕方ないと御勝手へ歩いて行くのだった。

 

 

 

 お湯を沸かし、テキパキとお茶を淹れた草十郎は、お盆に湯呑み二つと饅頭を数個乗せて霊夢の待つ居間へと戻っていく。するとそこには予想外の来客が一人増えていた。

 

「オッス草十郎」

「やあ」

 

 何時の間にやらやってきていたのは、黒い三角帽子にエプロンドレスと、ステレオタイプな魔女の格好をした金髪の少女。愛らしい容姿をしているが、それ以上に男勝りな利発さが彼女表情から伝わってくる。

 草十郎が幻想郷に来て二番目に出会った霧雨魔理沙が、だらける霊夢の正面に腰を下ろしていた。その姿は客人とは思えないほど堂々としていて、遠慮なんてものは微塵も感じられない。

 軽く挨拶を交わしてから一先ず霊夢へお茶を渡すが、それと同時に反対側から伸びてきた手がお盆の上から湯呑みと饅頭を拐っていく。

 

「悪いな草十郎、ありがたく頂くぜ」

 

 彼が止めるより先に草十郎のお茶に口を付ける魔理沙。霊夢は霊夢で知らぬ存ぜぬとばかりに茶を啜っていた。ちゃっかり彼女も饅頭を手にしているのだが、一体何時取ったのだろうかと首を捻る。

 自分のお茶を強奪されてしまった草十郎は渋々御勝手へ引き返す。幸いまだお湯はあるのでさっさと入れて戻ってくると、何故か居間では殺伐とした空気が流れていた。

 紅白と黒白が睨み合い、互いを牽制している。何事かと見てみればその中心部にあるのは一つの饅頭。魔理沙がその饅頭に手をかけ、その手を霊夢が掴んで離さない。

 

「余り欲をかくと録なことはないわよ魔理沙」

「それはお互い様だぜ。そもそもまだ霊夢は食べ掛けじゃないか。先に手を伸ばしたのはこっちだ」

「あんたと違ってこっちは味わいながら食べてるの。それにここの主は私よ、譲りなさい」

 

 互いに一歩も譲る気はないようで膠着状態が続く。そこに割ってはいるように草十郎が妥協案を出した。

 

「皆で分けるんじゃ駄目なのか?」

「二等分なんてあまっちょろいことするわけないじゃない」

「これは食うか食われるかの勝負だぜ草十郎」

 

 全く取り合おうとしない二人にがっくりと肩を落とした。それは彼女達がいがみ合っているから……ではなく、『皆』の中に自分が入っていなかったのと、自腹で買った五つの饅頭が一つも彼の口に入らないと悟ったからである。

 トホホと肩を落とす草十郎には目もくれず、最後の饅頭を掛けて二人のじゃんけん勝負が繰り広げられるのであった。因みに数十回の引き分けを挟んだ後に饅頭を手にしたのは黒白の少女だった。満足げな魔理沙とはうって変わって、悔しげに唸る霊夢の姿は正に敗北者のそれである。

 

「さてさて、饅頭をご馳走になった所で本題に入るとするか」

 

 日頃から大した用もなく度々博霊神社へ出没する魔理沙。今日もただ気が向いてフラリと立ち寄ったのかと思いきやどうやら違うらしい。

 佇まいを直し、真剣さを宿した瞳が草十郎を捉える。

 

「草十郎の探し物のことなんだがな、ワタシとアリスで一応お前が倒れてた場所も含めて魔法の森は全部探し回ったけど見つからなかった。あるとしたら他の場所だろうな」

 

 今まで密かに探してくれていたようで、魔理沙は空から、アリスは地上を人形達(ドールズ)に隈無く探させていたが結果は奮わず。未発見のまま五日が経過し、これ以上は無意味だと二人で話し合って捜査を打ち切ったらしい。

 今日はその旨を報告に来たのと、今後どうするのかを草十郎に尋ねるのが目的だったようだ。

 

「ずっと探してくれていたのか。ありがとう魔理沙」

「気にするな。結局は見つからなかったからな。大体私達がしてやれるのはここまでだ。手伝いは出来てもここからは草十郎が主体になるがどうする?」

 

 急に先の方針を問われ考え込む草十郎たが、霊夢は我関せずとばかりに茶を啜っている。その態度を見て魔理沙が思わず苦言を漏らした。

 

「霊夢も少しは手伝ってやったらどうだ?」

「こっちは何時も面倒見てやってるんだからこれ以上の負担は嫌よ」

「面倒見て貰ってるのはどっちかねぇ……」

「何か言った?」

「いやー? 聞き間違いだぜ」

 

 ジロリと睨まれた魔理沙は肩をすくめて友人のキツい視線を反らす。

 確かに霊夢は居候させている側ではあるものの、草十郎は対価として家賃は渡しているし、足りない分は掃除、洗濯、掃除等をすることによって補っている。この状態でイーブンなのだが、つい最近では他人を使うことに味を占めた霊夢によって草十郎は半ば召し使いのようになっているのだ。

 やれお茶が飲みたいだの、やれ菓子が食べたいだの、酷いときは日差しが眩しいので襖を閉めろなどと草十郎を使っている。草十郎への風当たりが改善されたのは喜ばしいことなのだが、一難去ってまた一難。これはこれで甘えていると言えなくもないのでまあ良いかと魔理沙はこれ以上の追求をやめることにした。

 するとそこで考えが纏まったのか、顔を伏せていた草十郎が魔理沙の方を向く。

 

「魔理沙、きみ知り合いは多いほうか?」

「どうした藪から棒に? んー、まあ割りと顔は広いほうだと思うぜ。色々用事で幻想郷を飛び回ってるし」

 

 脈絡のない問いに困惑しながらも答えを返す魔理沙。自己申告通り、良い悪いは置いておくとして、彼女ほど顔が広い人物は早々いないだろう。因みに魔理沙よりフットワークが軽く、顔も広い人物もいるにはいるが、此方はパパラッチと周りからは煙たがられていたりいなかったり。

 霊夢と魔理沙の二人では有名度で言えばおそらく霊夢の方が高いのだろうが、彼女は出不精で用事などがない限り中々動かないので、精力的に活動している魔理沙の方が知り合いは多いし、つい最近の情報も持っている。

 

「人里以外で働けるような場所はないかな?」

「人里以外って、そりゃまた唐突だな……。それに農家で働いてるんじゃないのか?」

「今日で一段落ついて暫くはお休みなんだ。だから探し物のついでに外で働こうかなと」

 

 勤労は美徳というか、外でアルバイトを幾つも掛け持ちしていたせいですっかりそれに慣れてしまった草十郎。最早ワーカーホリック手前である。

 ただそれでも勉学と平行して授業料やら生活費やら家賃やらを稼いでいた彼からしてみれば、今の生活はまだ楽なのかも知れない。裏を返せばどれだけ忙しい毎日を送っていたかが伺えるだろう。

 

「真面目だな。どっかの誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだぜ」

「誰かしらね」

 

 彼女の言う『どっかの誰かさん』は相も変わらずマイペースにお茶を飲んでいる。元より自己を振り返り改めるような殊勝さなど持ち合わせていないのは本人も含めて周知の事実。

 魔理沙は惚ける霊夢に呆れながら、一方で草十郎の前向きさに関心していた。こういった所が草十郎の美徳であり、長所であり、同時に魔理沙がこうして自らの時間を削ってまで手伝っている理由の一つである。

 

「それにしても仕事か……そういや咲夜が人手が欲しいとか言ってたような気がするが」

「その咲夜って人は」

「ああ人間だぜ。紅魔館でメイドやってるよ」

 

 紅魔館。

 人里よりずっと北に位置する霧の湖の畔にある大きな洋館。そこには吸血鬼が住んでいて多くの部下を従えているのだとか。

 以前人里で慧音から幻想郷についての説明を受けたとき、ルールや歴史は勿論、地理についても教えてもらっていた。その際に危険だから極力近づかないように忠告された場所の一つである。

 危険だと言われる場所へ行くことにやや躊躇していた草十郎だったが、『絶対に行くな』とは言われていないし、何より本当に不味いなら霊夢か魔理沙が止める筈だ。逆に言えばどちらも止める素振りがないのなら大丈夫だろうと結論付ける。

 何時までも霊夢達に頼りきりという訳にもいかないし、本来これは草十郎の問題なのだ。ただ座して待つ、ということだけは出来ない。

 

「その紅魔館て所で働きたいんだけれどどうすれば良いかな?」

「私が着いていってやりたい所なんだが、この後にちと用事があってアリスと待ち合わせしてるんだよ。霊夢、同行してやったらどうだ?」

「嫌よ、行きたいなら自分で何とかなさい。地図くらいは書いてあげるから」

 

 そう言って魔理沙の提案をバッサリ切り捨てた博霊の巫女は涼しい顔で温くなったお茶を啜る。

 結局、草十郎は自分の足で紅魔館へと向かうことになった。日をずらすか、若しくはアリスを待ってからでも遅くはないのではと言われたが流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないと固辞した。

 人によっては冷たい扱いをされてるようにも見えるが、当の本人は至って平然として、まるで気にした様子がない。それどころか草十郎は霊夢に面と向かって『ありがとう』と言い出す始末。これには魔理沙も首を捻るばかりだ。

 その後、地図やその他諸々の準備を整えた彼は幻想入りしたときに着ていた服に着替えると、風呂敷を器用に結んでバックの代わりにそれを肩から下げる。

 そしていよいよ紅魔館に向けて出発しようとしていた青年だったが、何か忘れ物をしたのか振り返った。

 

「じゃあ霊夢、いってくるよ」

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 数秒にも満たない短いやり取り。

 投げやりな返事を聞いて満足そうな笑みを浮かべると、彼は改めて出発する。どうやらこれだけが目的だったようだ。

 

 草十郎が出ていった居間には静けさが訪れる。

 残された二人は黙って茶を啜るが、賑やかさを好む魔理沙がそう何時までも黙っていられる訳もなく、数分ともたずに口を開いた。

 

「本当に一人で行かせていいのか?」

「くどいわね、あんた達が過保護過ぎるのよ。子供じゃないんだから一から十まで世話焼く必要はないわ。必ずしも私達が助けられる訳じゃないんだから、自分だけである程度のことは何とか出来るようにして貰わないと。それに今回はアイツ一人でも大丈夫でしょ」

 

 そう言ったきり無言を貫く少女。

 この話題はもう続ける気がないと態度で示している。これ以上突っつけば不機嫌になる事は明白で、元より魔理沙も最終確認の為に聞いたに過ぎない。ただ意外なことに、ややスパルタだが、彼女が思ってたよりずっと霊夢は草十郎のことを考えていたらしい。

 そこで魔理沙は草十郎が何故かお礼を言った理由が何となく分かった。『今回は』ということはつまり、必要だと感じればついていくということで、決して彼のことをどうでも良いと思っているわけではない。ただそれが周りから見ていて少し伝わりにくいのだ。尤も草十郎はなんとなく分っていたようだが。

 ちょっと見ない間にずいぶん仲良くなったものだと、生暖かい目で見つめる魔理沙。その視線に耐え切れなかったのかは不明だが、タイミングを見計らったように霊夢は疑問を投げかけた。

 

「それであんたはこの後どうするの?」

「アリスとはここで待ち合わせしてるから待たせてもらうぜ。そしてお茶のお代わりを所望する」

「どんだけ厚かましいのよ。飲みたいなら自分で入れてきなさい、そしてついでに私の分も」

 

 お茶のお代わりが欲しいがどちらもその場を動くつもりは無く、結局アリスがやってくるまで互いを顎で使おうとする不毛な言い合いが続くことになる。草十郎が出発する前に頼んでおけば良かったとズレた所で反省する巫女と魔法使いであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 紅魔館へ向けて出発した草十郎は一先ず人里を経由していく事にした。

 他に近道は幾らでもあるのだが、まだ彼が幻想郷の地理を完全に把握仕切れていないため慣れている道を使ったほうが安全だというのが霊夢たちの見解である。そのアドバイスに従って人里を経由して目的地を目指す。

 歩く道は幻想郷の外とは違い舗装されてはおらず、人里から離れれば離れるほど獣道へと変わっていった。機械ではなくあくまで人の手によって作られた道は不便さこそあるが、コンクリートやセメントには無い温かみを感じる。

 踏みなれた土や草の臭いを懐かしみながら紅魔館を目指してひたすら進んでいく草十郎。途中様々な景色に目を奪われながらも休み無く足を動かした結果、日が落ち始めるまでには霧の湖へとたどり着くことができた。夜までかかるかもしれないから最悪人里へ泊るようにと言い含められていただけに、ホッと胸を撫で下ろす。

 霧の湖には氷の妖精がいて絡まれないように気をつけろとのことだったが、幸いなことに今は留守らしい。氷の妖精が戻ってくる前にさっさと湖を抜けると目の前に大きな洋館が見えてきた。

 

「これは……なんというか……」

 

 門の前までやってきた青年だったが思わず困惑の声が口から漏れ出る。

 屋根、壁、柱、小さな装飾に至るまで、全てが赤で統一された屋敷。夕日も相まってどこか血を連想させる色合いに少々トラウマを刺激され気分が悪くなる草十郎だったがそれも一瞬、直ぐに立ち直ると平然とした顔で門へと近づいていく。

 魔理沙が言うには門番がいるから取り次いでもらえばいいと言われたのだがそれらしい人物は何処にも見当たらない。幻想郷の外にはインターホンなんて便利なものがあったがここにそんなものは無く、どうしたものかと腕を組んで考え込む。

 最悪、野宿でもしてその門番が現れるまで待とうかと思ったその時、堅牢な門がまるで草十郎を迎えるかのように独りでに開き始めた。

 これはどういうことかと目を瞬かせると次の瞬間、何処からか現れたメイドが一人、彼の傍らに佇んでいた。

 

 銀色の髪は首の辺りで切り揃えられ、両端を三つ編みにしている。

 瞳の色はやや銀を含んだ青い色。

 歳は恐らく草十郎より若干上。完成されかけている女性としての美や纏う雰囲気からそう結論つけたが、もしかしたら同じ歳という可能性もある。何故はっきりしないのかといえば、彼が今まで会ってきた少女たちに比べ、彼女がずいぶんと垢抜けた印象をあたえるからだろう。

 身長は女性にしては高いほうで、彼とそう変わらない。スレンダーな体系ですらりと伸びた足は彼の友人が見ていた雑誌のモデルのようだ。クラスメイト達の女三人寄れば姦しいといったような雰囲気は全く無い。

 表情からは余り感情が読み取れないが、それはアリスのように生来から表情の変化に乏しいわけではなく、極力表情を変えないように勤めてのものだった。決して冷たい印象は無く、その証拠に呆然としている草十郎を見て僅かに笑みを浮かべている。まるで白紙の上に淡い色の絵の具で線を引いたかのように、たったそれだけで花が咲いたように彼女から受ける印象が変わって見える。

 

「わたくし、この屋敷でメイド長を勤めております十六夜咲夜と申します。以後お見知りおきを」

 

 粛々と、折り目正しく一礼したその姿は、狂いの無い時計の針を思い起こさせた。

 所作や表情、頭の天辺からつま先に至るまで、今の彼女はまさに使用人とはこうあるべきという理想の具現といえよう。突然姿を現した事にも少しばかり驚いたが草十郎が呆然としてるのは彼女の立ち居振る舞いに目を奪われていたからだ。

 

「お嬢様がお待ちですので、ご案内をさせていただきます。どうぞこちらへ」

 

 目の前のメイドは踵を返すとそのまま歩き出してしまう。

 よく事態を飲み込めないまま草十郎は先導に従って屋敷へと足を踏み入れた。

 中も基本的には赤を基調とした色使いだが、目に悪そうな外装と比べるとずっとマシだ。それに少し安堵しながら前を行くメイドの背中を見る。

 彼女はスッと背筋を伸ばしたまま、一定の歩幅を保って歩いていて、そのスピードは速すぎず遅すぎない。まさに一部の隙も無く、計算された無駄のない動きだ。

 

「あのこのお屋敷には他の人はいないんですか?」

「お嬢様の友人や、お嬢様の妹君、その他多数の使用人がおります」

 

 ある程度余裕が出来たことで沸いてくる疑問。

 彼女や彼女の主のほかにも住んでいる者はいる筈なのに、今この屋敷は不自然なほど静まり返っていた。ドアを開けるときの軋みや足音、喋り声など一切の生活音が聞こえてこないのだ。

 皆出払っているのかと聞いても、『さあ? どうでございましょう』と不明瞭な答えが返ってくるだけ。

 おかしなことは他にもある。少なくともこの十六夜咲夜というメイドと、その主は草十郎が屋敷に訪れる事を知っているようだった。魔理沙が事前に通達していた、という線は無いだろうし、どういうことだろうと思うが答えは出ない。

 

 そんな草十郎を尻目に、瀟洒なメイドが含んだ笑みを浮かべることに彼が気がつく事は無かった。

 

 

 

 暫し歩いたところでついにこの洋館の主がいるであろう部屋の前までたどり着いた。

 前を歩いていたメイドがドアを開け中へ入るように促すと、草十郎はそれに従って部屋の中へと足を踏み入れる。

 薄暗い室内に有るのは長い机と無数の椅子だけで、何処を探してもここの主の姿は見つからない。

 不思議に思い、未だ扉の前に控えるメイドに声をかける前に、突如として現れた蝙蝠の羽音が草十郎の声を掻き消す。優に数百は超える大群だが、何処から現れたのか。

 何事かと目を丸くしている草十郎を尻目に、蝙蝠は集合し一つの形を作り始める。そして姿を現したのは幼い少女のカタチをした吸血鬼という名の化け物だった。

 

 

「ようこそこの紅魔館へ。ここの主のレミリア・スカーレットだ。押し入り泥棒はよく来るが、真っ当な客は久しい。歓迎するぞニンゲン?」

 

 

 長机の先にある玉座にてこちらを睥睨する人物は年端もいかない少女。

 波を描くミディアムボブの髪。幼く愛らしい顔立ちだが、その口元からは異常に発達した犬歯が顔を覗かせている。背中には蝙蝠の羽が一対あり、それだけでも十分印象的だが、何よりも彼女の容姿の中で一番印目を惹きつけたのはその血よりもなお深い紅の瞳。何処までも深く、底の計り知れないソレは見るもの全てを飲み込むような威圧感を宿している。

 

 交差する視線

 吸血鬼は目の前のニンゲンの反応を伺い

 青年は目の前の吸血鬼をただ何となく眺める

 

 暫くして、一向に変化のない抜けた表情に飽きたのか、紅魔館の主であるレミリアはやや不満気のある顔で頬杖をつくと何時の間にか彼女の傍に控えていたメイドへ視線を投げた。

 それだけで主の言わんとしていることを察した彼女は、何処からか取り出したティーカップに、何処からか取り出したティーポットで紅茶を入れる。

 目の前で行われた出来事に、『凄い手品ですね』と驚いてパチパチ拍手をする草十郎に、ついにレミリアは呆れたような表情を見せると、とたんに感じていた重圧が消えた。

 

「吸血鬼が出てきたのに全然驚かないかと思えば、種無し手品(あんなの)で驚いたりと、色々とズレてる人間だな。せっかく驚かせてやろうと屋敷の人間を下がらせたのに」

「あんなのとは酷いですわ。少なくともお嬢様のよりは色々と実用的ですよ?」

「何だと、私よりお前のほうが凄いとでも言うのか? 今回は脅かし損ねたがトータルで見れば私の圧勝だぞ。何せ霧にも蝙蝠にもなれるし、腕とか足とか切れても生えてくるし」

「まあ、蜥蜴と一緒ですわね。尻尾が切れても生えてくる」

 

 蜥蜴と同一視され若干頬の端をひくつかせながら平静を装うレミリアスカーレットだったが、紅茶を口に運ぶと何故か渋い表情になった。傍らに控える涼しい表情のメイドを一睨みすると、咳払いをして何事も無かったかのように話を進める。

 草十郎には心なしか、咲夜の表情が楽しそうに見えた。

 

「ゴホン……さて、今日はどういった用件かな?」

「『咲夜が人手を欲しがっている』と魔理沙から聞きまして」

「ほうほう、人間がここで働きたいと。なんともまあ奇特な人間がいたものだなぁ咲夜?」

「態々ニンゲン一人を驚かせるためにあれこれ画策したお嬢様ほどではありませんわ」

 

 すました笑みのままさらりと毒を吐くメイド長。口調こそそのままだが、彼女の雰囲気がくだけたものになる。恐らくこちらのほうが彼女の素なのだろう。その表情はずいぶん感情を映すようになったし、言葉の端々からも親愛の情が伺える。

 そのやり取りを見ながら何となく草十郎はなるほどと納得しながら笑みを浮かべていた。

 

「どうしたニンゲン? 何か面白い事でもあったのか」

「別にたいしたことでは」

「構わん話せ、面接代わりの質問だ。それに普段通りに話すといい。会ったばかりだがお前の敬語はなんだか聞いていてムズ痒い」

「お嬢様、使用人の採用に関しては私に一任されているはずですが」

「硬い事言うなよ、いいだろ?」

 

 草十郎の笑みに気がついたレミリアはその訳を草十郎に問うた。

 別段不快に思ってのことではなく、彼の答えから彼がどういった人物なのかを推し量ろうというのだ。

 深紅の瞳がまっすぐに草十郎を射抜く。

 並みの人間ならそれだけで閉口してしまいそうな圧の中で、何事も無いかのようにケロリと彼は自分の言葉を口にしたのだった。

 

「何というか……咲夜さんが仕えているのに納得したというか……」

「この私に咲夜が仕えるに値すると? まあ咲夜はこれでも自慢のメイドだからな」

「お嬢様褒めても何も出ませんわ」

「いや出せよ、せめて普通の紅茶くらい」

 

 従者が二人でじゃれ合う中、未だ自分の中の思いを言葉に出来ずにいる草十郎。暫く唸った後に、ようやくひねり出すように口を開く。

 

「一緒にいるのが当たり前……というか一緒にいるべくしているというか……」

「ほう……―も――い……とりあえず名を聞こうか?」

「えっと、静希草十郎といいます」

 

 要領を得ない草十郎の答えにそれまでの表情が変わった。言いたいことがはっきりしない彼に苛立つかと思いきや、レミリアは何処か愉快そうに口角を持ち上げると、まるで何か新しい遊戯に興ずるときのような期待した面持ちになる。その際に傍らの咲夜は己の主が『面白い』と呟いたのを聞き逃さない。

 このとき初めてレミリア・スカーレットは草十郎を有象無象の一部ではなく、一つの固体として認識する。古から悪魔に名前を知られるということは魂を握られるのと言われるが果たして……。このとき少しずつ、彼の物語が進もうとしていた。

 

「さて静希草十郎、面接は合格。次は採用……と行きたいところだが、その前にやってもらいたい事がある」

「やってもらいたいこと?」

「ああ、そうだ。雇用主としてお前を見定める。だから一つお前に仕事をしてもらおう」

 

 仕事をしてもらうといわれ途端に草十郎の表情は自信がなさそうなものになる。コンビニのレジ打ちは才能が無いからと数日ともたずに辞めさせられ、紅茶はティーパックが精一杯。中華飯店でも主だった仕事は皿洗いか配達のどちらかだ。とてもではないが咲夜のように何事も卒なくこなせる自信は無かった。

 

「端から咲夜並みの腕は期待していない。見るのはもっと別の部分だ。言うなればお前が雇うに値する人間か否か。それ次第では逆にどれほど技術が優れていようとも雇うつもりはない」

 

 草十郎の顔を見てその心情を察したレミリアは彼の考えを否定する。とりあえず肩を撫で下ろすものの、まだ喜べはしない。そもそも『雇うに値するか否か』と言われてもそんなもの彼には分らない。もしかしたら咲夜ならそれが分るかも知れないが、主の意思に反して彼女がそれを教えてくれるとはとても思えなかった。

 全てはレミリアが出す『やってもらいたい事』次第。一体どんな事を言いつけられるのかと、身構える草十郎だったが、レミリアの口から出てきたのは予想外のことだった。

 

 

 

 

「お前には私の妹の遊び相手をしてもらう」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。