魔法使いの夜・再録   作:某喫茶店のアルバイト

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契約は大切

 

 

 パチリと、何の前触れもなく目が覚める。

 余程疲れていたのか、手当てを受けたあと自分にあてがわれた部屋について直ぐベッドに横になった草十郎は、夢を見ることなく今の今まで熟睡していた。

 体を起して調子を確認するが、特に問題はなく、強いて言えば腕や足に巻いた包帯が気になるくらいだった。

 立ち上がり、外の光景を眺める。窓の向こう側はまだ朝を迎えていないのが分るくらいに薄暗かった。起きたはいいが仕事といっても何をすればいいか分らず、かといって勝手に屋敷の中を歩き回ってよいものかという問題に突き当たり、彼がその場で立ち尽くしていると、ドアをノックする音が室内に響く。どうぞと彼が言うよりも早く、そのノックの主は部屋へと足を踏み入れた。

 

「あら……もう起きていたのね」

 

 草十郎が既に起床していた事に驚きながらも、良い心がけだと感心しながら咲夜は腕に抱えたものを手渡してくる。見たところ服のようで、黒いジャケットに同色のスラックス、白いシャツと緑色のタイ、その他サスペンダーなど細々したものもある。制服にも似たソレは男性の礼服であり、執事の仕事着でもある燕尾服だった。

 

「これが仕事着だから着替えて。あと今着ている服はこっちで預かるわ。妹様との遊びでボロボロみたいだから直しておいてあげる」

 

 それは草十郎としても有り難いことで、ボロ布とまではいかないまでも、彼の着ている服は大小、形、様々な穴が開いていて、見た目はお世辞にもよいとは言いがたい。

 咲夜から服を受け取り、服に手をかけようとするが、ジッと視線を向けられ、どことなく座りが悪い。

 

「あの……、このまま着替えるのかな」

「貴方コレの着方知らないでしょう? お嬢様やお客様の前でだらしない格好は許されないわ。見ててあげるからさっさと着替える」

 

 それは確かにと納得しながら、草十郎はさあ早くと急かされて着替え始める。

 学校では基本的に男女は別れて着替えていたが、草十郎は見られて困るような事はないし、彼女が気にしていないなら構わないかと服に手をかけた。因みにこれが逆の立場で、男性が女性の着替えを覗き見たのなら、情状酌量の余地はなく、即実刑が待っているということは間違いない。というかその手のことは級友からしみじみと語られた事のある草十郎だった。

 幸いにも、学校の制服がブレザーだったので余り着替えに手間取ることはなかったものの、通常のネクタイではなくリボンタイなので、少々時間を要したが、咲夜に結び方を教えてもらい、何とか自分で結べるようにはなった。

 

「どうかな?」

「ふふっ……良く似合ってるわ」

 

 着替え終わり改めて向き直って感想を求めると、咲夜は含み笑いをしながら褒め言葉をかける。その褒め言葉を額面どおりに受け取る草十郎は裏にある意味には気がつかず、それは良かったと喜んでいた。

 咲夜は似合っているといったが、それは嘘ではない。燕尾服を身にまとい、ピンと背筋を伸ばして立つ姿は使用人としては理想的で、教育の手間が一つ省けたのは彼女にとって嬉しい誤算だ。ただ、その立ち居振る舞いと彼のどこか抜けている表情がかみ合っていなかった。執事というよりは、庭師のほうが何となく彼には似合っているだろう。

 

 新しい装いにやや窮屈さは感じるが、動きを阻害するほどでもないと、草十郎が身体の動きを確認していたところで、それまで笑みを浮かべていた咲夜が咳払いを一つ挟み、メイド長としての仮面を被る。

 

「さて、貴方はこれから私の部下という事になります。昨日はお客様としてお迎えしましたが、今は使用人。お嬢様やパチュリー様、妹様には当たり前として、一応私にも敬語で話してもらいます。直ぐにできるとは思っていないので余り深く考えず、貴方が出来る限りでお願いします」

「分りました」

「よろしい。ではこれからお嬢様の所へ向かいます」

 

 咲夜が言うには、なんでも雇い主として草十郎に用があるらしく、部屋を出て足早に主の下へ向かう彼女の数歩後ろをついていく。目指すのは客間ではなく、二階の一番奥にある大部屋で、控えめにノックすると中から入室を許可する声が聞こえた。

 失礼しますと言って入室する咲夜に習い後に続く草十郎。中に入るとまず目に入ってきたのは絢爛豪華な品々だった。彼や咲夜の倍以上ある部屋に並べられた家具はどれ一つとっても最高級品で、特に目を引く天蓋つきのベッドではこの部屋の主が気だるそうに座っている。

 

「彼を連れて参りました」

「ふわぁ……良く来たな」

 

 日の出まではあと二時間といったところで、眠いのかあくびをかみ殺しながら二人を出迎えるレミリアだったが、燕尾服を着た草十郎を見た途端頬杖をつきながら愉快そうにクックと笑う。

 

「なかなか似合っているじゃないか」

「ありがとうございます」

 

 純粋な賛辞ではなかったが、そんなこととは露知らず、褒められてよかったとやや嬉しそうにしながら軽い会釈をしてそれに応えた。

 つい先ほどのやり取りの再現。服に着せられているような草十郎の姿がレミリアの笑いを誘ったようだ。彼に燕尾服を着せたのもこうなると分かっていたからではないかと咲夜は踏んでいる。

 

 それまでは座っていたレミリアだったが、もう体を起しているのも煩わしくなったようで、今は横になってリラックスしている様子。咲夜が目線で注意しているが、硬いことを言うなと同じく目で返答する。この主従はよく目つきだけで会話をしているが、きっとそれだけ仲がいいのだろうと草十郎は思う。

 尚も文句を言いたげな咲夜の視線もどこ吹く風で、レミリアは草十郎をここへ呼んだ訳を説明し始めた。

 

「さて呼んだのは他でもない。今日から暫くここで働くお前の待遇……もっと言うならお前の給料のことだ」

 

 そこで思わず草十郎はハッとなる。

 雇って貰うことばかりに気がいっていたが、それと同じか若しくはそれ以上に大切だと周りから口を酸っぱくして言われてきたのが労働条件だった。仕事の時間、休み、賃金などなど、自分の要望と合致しているか、又は労働に対して報酬が見合っているか検討しろとは『まっどべあ』を紹介してくれた先輩兼級友の有り難いお言葉である。

 尤も、過酷とされるネコクロの荷物運びや、屈強な柔道部員たちですら根をあげると噂の廃園した遊園地での撤去作業など、基本的に肉体労働を苦にしない草十郎にはキチンと報酬さえ貰えればそれで問題はないのだが……。

 何はともあれ、これが重要な問題なのは確かで、幾ら周りからお人好しだと言われる草十郎でも、理由もなくタダ働きをするのは御免なのだ。裏を返せば理由があるなら顎で使われることに異論はあれど従うのだがそれはそれ、これはこれ。

 

「選択肢は二つだ。普通に金を貰うか、それともお前の目的に協力してやるか。何か訳有りなんだろう?」

 

 一つ、二つ、と指を立てて選択肢を提示するレミリアだったが、話してもいないのに彼の事情が分かっているようだった。何故という草十郎の疑問をレミリアは手で制すると、何処か得意気で、かつ自信に満ちた態度で推理を披露する。

 

「そもそも金が欲しいなら遠路はるばるこんなところにこなくても、人里で事足りる筈だ。そうでなくても人里の外はお前たち人間にとっては危険に満ち溢れている。なら理由は何か目的があるからと考えるのが当然だ」

「おお凄い……当たってます」

 

 その予想はズバリ当たっていて、思わずぱちぱちと拍手をする草十郎。名推理をしたレミリアも悪い気はしないのか、『それほどでもあるがな』と胸を張っている。

 

「実は探し物をしていまして。友人から貰った大切な首輪なんですが、どこにあるかまでは分りません」

 

 自分の目的を簡単に説明する。

 もともとここには無くした首輪を探すために来たこと。

 働きながらこの紅魔館を拠点にし、腰を据えて探すのがつもりだったこと。

 事情を聞いてなるほどなと合点がいったようにレミリアは頷く。

 

「ふむふむ、幻想郷といっても広いからな。ならウチの妖精メイド達を捜索に駆り出そうじゃないか。その代わりにお前はウチで働くのはどうだ?」

「プレゼントの首輪という所には触れないのですねお嬢様」

「なんだ、お前もしてみたいのか?」

「ご命令でしたら慎んでお受けしますわ。何なら語尾に『ワン』とお付けするのも吝かでは御座いません」

 

 自分の従者の困った顔見たさにからかってみるものの、さらりと返されてしまい、からかい甲斐のないヤツだとため息を一つ漏らす。

 

 そんな主従のやり取りを余所に自らの待遇について考えていた草十郎だが、持ち掛けられた条件は悪くはない。仮に一人で紅魔館周辺を隅々まで捜索したのなら、それこそ膨大な時間がかかってしまう。けれど人海戦術でいけば、一週間もかからず捜索が終えられるだろう。

 一方レミリアにとってもこの条件は有益だった。捜索に割く人手が多ければ多いほど損をするように思えるが実はそうではない。妖精メイドは数こそ多いが、複雑な仕事はできず、主に自分達の身の回りのことで精一杯なので、居なくなったところで業務に支障はない。元々は見栄の為に数を揃えただけで、紅魔館の仕事はほぼ咲夜に頼りきりになっている。それなら、妖精たちを捜索に回し、キチンとした労働力をただで得られた方が特なのだ。

 互いに損のない条件を選択することに草十郎は迷うことはなかった。

 

 

 

 

「それではお嬢様失礼いたしました」

 

 契約がなされた後、レミリアはもう寝ると言ったきりこちらに背を向けてベッドに横になる。眠いのか一礼して退出する自分達には目を向けず手をヒラヒラと振って応えた。

 

 揃って退出する二人。採用になり、待遇も決まったのでいよいよ仕事かと思いきや、一人紹介しておきたい相手がいるという咲夜に連れられ紅魔館の外へ足を運ぶ。

 中庭を抜けていくと、まだ薄暗い中で門の脇に佇む人影が一つ見える。その人物は足音の主が咲夜だと気がつくと、親しみを込めた笑顔で挨拶を投げかけた。

 

「ああ、咲夜さんおはようございます」

「おはよう。調子はどう?」

「いつも通り元気ですよ」

 

 遠目からのシルエットだけでは分りにくかったが、近づくにつれてそうだと分る、女性特有の起伏のある体のライン。身長は草十郎よりも少しだけ高いくらいで、腰の辺りまで伸びた橙の髪は美しく、咲夜と同じように両サイドを三つ編みにしてある。緑の帽子と同じ色の服は大胆にスリットが入っており、そこからスラリと健康的な脚部が見え隠れしていた。

 他愛もない世間話をしているところで、咲夜の背後にいる草十郎の存在に気がついたようだ。彼女にとっては見慣れない燕尾服姿の青年に首を傾げる。

 

「おや……そちらの方は?」

「暫くここで働くことになった草十郎よ……って紹介するから此方に来なさいな」

 

 新しく入ってきた執事見習いを紹介しようと後ろを振り返ったところ、何故か草十郎は道半ばで立ち止まっていて、それを緊張しているのだと解釈した咲夜は微笑みながら彼を手で招く。上司に呼ばれ、それならと近づいてきた草十郎は紹介されペコリと頭を下げて挨拶をした。

 

「彼女は紅美鈴(ホンメイリン)といってウチの門番をしているの。昨日はお嬢様の命令もあって中で控えていたけれど、本来ならこうして侵入者が来ないように見張ったり、お客様を取り次いだりするのが仕事ね。まあたまに……いえ、頻繁に昼寝しているけれど貴方は真似しないように」

「あのそれって……」

 

 『しょくむたいまんなのでは?』と躊躇いがちに口にする草十郎に、咲夜は全くもってその通りだと深々頷くと、職務中にシエスタと称して惰眠を貪る美鈴のことを冷ややかな目つきで一瞥する。新人の自己紹介のはずが、いつの間にか自分の職務態度へと話が変わり、門番は冷や汗をかきながら乾いた笑いをあげることしか出来ない。

 美鈴にとって、針の筵のような時間が暫く続いたが、これ以上は時間が惜しいと咲夜の追及の手が緩み、ホッとしたように胸を撫で下ろす。予断ではあるが、この事案については、後日しっかりとメイド長の手によって罰が下される事となるが、そのことをまだ門番は知らない。

 

「まあそれはそれとして、一応役に立つほうだから、何か困った事や分らない事があったら彼女に聞くのもいいわ。基本的には私が教えるけれど手が放せなかったり、見つからないときもあるだろうし。

 後はパチュリー様にもご紹介したかったのだけど、今は恐らく読書中……また別の機会でいいかしらね。草十郎、これから仕事になるけれど、その前に軽く紅魔館の中を案内するわ。ついてきて」

 

 去り際、眠らないようしっかり釘を刺してから屋敷の方へと帰っていくメイド長。そして小さく会釈をして後を追いかける新入りの執事見習い。そんな二人を苦笑しながら見送っていた美鈴だが、彼女の表情がふと険しくなる。

 咲夜もレミリアも気がつかない、彼女だからこそ感じる小さな棘のようなもの。勿論、彼から敵意を感じたわけではないし、そのような仕草も見せていない。強者特有の覇気や怒気、殺気などといったものは皆無であり、また暗殺者のように気配を消す術に長けているといった様子も見られない。ただ、彼の佇まいというか気配というか、そこが彼女には気がかりだった。まだこの紅魔館に来て一日と経っていないのにも関わらず、彼はまるでそこにいるのが当たり前かのように景色に溶け込んでいる。侵入者は気配で察知できる美鈴が彼の存在に気がつくのが遅れたのはその辺りが原因だ。

 

「……気にしすぎですかね」

 

 二人が屋敷の中へ入っていくのを見届けた美鈴は表情を緩め背伸びを一つすると、自分の中にある違和感を振り払って業務へと戻る。まだ一言二言しか話していないが何となく彼は良い人そうだし、何より何処か自分に近いものを感じたのだ。具体的に言うなら雑用やら面倒ごとやらを押し付けられる同士だと。今度ゆっくり話してみるのもいいかもしれないと思う門番であった。

 

 

 

 

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