理解ができない
母親を理解できない。
育てるつもりもない癖になぜ産んだのか。
理解ができない
父親を理解できない。
家出同然で実家を出たのに母親を孕ませて戻って来たらしい。
理解ができない
両親の考えていることが理解できない。
母親は子を愛しているという、自己陶酔の為に産んだとしか思えない。
父親は実家に迷惑をかけ無責任さが目立つ。
愛というもの理解ができない
何を考えているのか分からない人たちがいる環境だった。
普通じゃない環境で育ったということは、普通じゃなく成長したということ。
成長をしていく中で、自分は普通じゃないんだと理解した。
なら、普通じゃない自分の愛は普通じゃない
そう思い始めると、人付き合いそのものが嫌になった。
地元を離れて生活をしていたが、昔の友人たちと会うことも無くなった。
新しい土地での生活で、仕事の同僚程度しか人間関係を作らなくなった。
人生は死ぬまでの暇つぶし。
未来のことを考えず、ただ、今だけを生きるだけ。
そう、考えながら生きてきた。
「
「………」
そんな自分の考え方を、なぜ見ず知らずの女性に話しているんだろうか。
目の前にいる女性は、酒の入った缶を煽りながら自分を見ていた。
「ぷっは~……今日も酒が旨い!!」
(なんでこんな状況になったのか……)
仕事帰り道にある公園で、ギターケースを背負った女性が酒の缶を両手に握りながら行き倒れているのを見かけた。
いくら自分が普通じゃないと自覚しているが、へるぷみ~などと言いながら手を伸ばす女性を見捨てる程、まだ人の心は捨てていなかった。
そして、コンビニで水としじみ汁を買って女性に渡したところ、お礼をさせて~などと絡まれた。
……いい年をした女性が、酔ったとはいえ見ず知らずの男性にお礼をさせてと言うのは、はたしてどうなのか。
彼女のアルコールで頬が紅潮した顔や着崩れた各所を出来るだけ視界に収めないように意識する。
軽くあしらって帰るつもりが予想以上に話し込んでしまい、いつの間にかに軽く自分のこれまでの人生や思想について語っていた。
自分の話を酒を片手に聞いていた女性は、
(そんなこと、他人に言われなくても分かっている……)
というか、買ってきた水としじみ汁を飲まないのかよ。
しじみ汁は、わざわざお湯を入れてきたのに。
ベンチに座る女性を少し睨みながら、そんなことを考えていると、いつのまにか女性はギターケースに手を伸ばしていた。
ゴソゴソと何かをしながら自分に話しかけてきた。
「さて、迷える子羊である君に、一つ問おう」
女性は急に芝居がかった口調になる。
そして、彼女の手元からジャカジャーンという音が聞こえてきた。
「愛とは何ぞや?」
「……」
当たり前のようだが、ギターケースの中にはギターが入っていた様だ。
どうやら、女性はミュージシャンの様だ。
妙に絵になる姿に、なんかムカついた。
(いや、待て、余りにもあんまりな状況で、思考がそれた)
なんで見ず知らずの女性と
アルコールで脳みそがふやけてるんじゃないのか、この人は?
テキトーに誤魔化して煙に巻こうかとも考えたが、女性は手元のギターをジャンジャンとかき鳴らす。
まるで、話を急かしているようだった。
仕方なく……本当に仕方がなく、この女性と愛について話そうと思う。
「――愛とは、
「ちがうなぁ」
「………」
何だコイツ、自分から議題についてあげたのに、人の話を最初から否定しやがって。
今まで抑えていたが、今回の女性の言葉には流石に苛立ちを隠すことが出来ない。
自分の語気が強くなるのを自覚しながら、女性に問いかける。
「それじゃ、あなたのいう、愛とは何ですか?」
「愛とは、身近な誰かと向かい合うことだよ」
そう言いつつ、女性は酒を煽る。
彼女は愛の話をしているのに、特別でもなんでもないものを語るような様子で話す。
「向かい合いうことで大切なことは対話……さっき君の語った愛はアガペー……神の愛だよ」
女性はギターをすぐ隣に置きながら、自分に静かに諭すように口にする。
ギター取り出して、5分も経っていないのにも関わらず、女性はギターを置いた。
どうやら、ギターくんの出番はこれまでのようだ。
「――お姉さんは作詞もするからね。一通りの文学や神話は勉強してるんだ。だから分かるよ。君の語った愛は、人が扱う愛としては遠いんだよ」
女性は冷めたであろうしじみ汁を飲みながら、ゆっくりと話す。
「結局、いくら技術が発達したとしても、人が愛せるのは身近な人だけ。どんなに頑張って手を伸ばしても、手の届く範囲にしか手は届かない」
「………」
「たぶん、君は愛されたという実感がない……あるいは、受けた愛を否定していると思うんだ。だから、愛を語った時に現実味がなかったんだ」
「
「君の愛を語った時は、まるで手の届かない理想を話している様な印象だったよ」
手に入るはずがないだろう、自分の様な普通じゃない人間に。
いや、そもそも、自分のことだけを考えて他人に迷惑をかけるのはおかしいだろう。
両親たちと同じ過ちは繰り返さない。
あの異常者たちと同じにはならない。
「――そんなことないですよ。そもそも面倒くさいんですよ、一々人付き合いとか」
自分は、そんな異常な人たちの環境に適応するため鈍くあろうとしたんだろう。
愚かであろうとしたのだろう。
そんなんだから、気付くのに遅れた。
「面倒、ね……だから、わざわざ遠ざかるの?」
「――はじめから自分
他人から愚かだと
「嘘だね」
「――嘘じゃないですよ」
「嘘だ」
「なんで嘘だと思うんですか?」
「その嘘の吐き方はよく分かっているからだよ。嘘の話をする際に少し考えてるから、少しの間、無言になる」
「………」
「図星だろう?」
「嘘でも本当でも、自分は人から遠ざかる生き方をしているのは本当です」
「……本当に思ってることだけ話したね。でも、君のその生き方は」
「寂しいよ?」
「んなことは、はじめっから分かってんだよ!!」
夜の公園に、俺の声が響く。
「でも、誰かに言える訳がねーだろ!?大切な友達に、こんな解決できない重い問題を話せる訳がねーだろ!?」
親友と呼べるほどの関係の奴はいた。
しかし、親友にも親友の人生がある。
俺のどうしようもない問題に余計な時間を取らせる訳にはいかない。
「心のままに叫びたかった!」
心が感じた苛立ちを、そのまま街中で吐き出したいと何度も思った。
そして、そのたびに人ではなく、理性のない獣ならこんな苦しみを抱えなくて済んだのにとも思った。
「こんなに苦しむなら……生まれて来なければよかった……だけど、死ぬわけにはいかない……なら、この苦しみが、俺の罪と罰と思うしかないじゃないか!!」
言っている事を、考えている事も、思っている事も、全てが支離滅裂。
「この罪も罰も、俺のもの……」
罪とは、愚かだった自分の過去や生まれそのもの。
罰とは、その罪を苦しむことそのもの。
だけど。
「誰か、俺を――」
「ぎゅー」
人に触れられたのはいつぶりだっただろうか。
頭を撫でられたのはいつぶりだっただろうか。
抱きしめられたのはいつぶりだっただろうか。
俺はいつのまにか、女性に頭を抱きしめられていた。
……うわぁ、当たり前だけどこの人酒くさ。
「急にこんなことして、ごめんね。君が抱きしめて欲しそうな顔をしてたから」
「……どんな顔ですか」
「あるいは、愛してほしいとかそんな感じの顔……泣かせちゃってごめんね」
「泣いてねーだろッ」
「ううん、泣いてるけど、泣くのを必死に我慢しているように見えるよ」
「……じゃあ、泣いてないだろ」
「本当は泣きたかった、苦しみを吐き出したかったんだね?」
「話を聞け、そして離せ」
「なら、お姉さんが抱きしめているこの両腕から抜け出せばいい……抱き辛いから少し屈んでくれるかな?」
「………」
「うんうん、素直なのは良いことだね~……お姉さんから、人生の助言」
そう言うと、女性は俺の背を軽くたたき始めた。
まるで、子供をあやすようにゆっくり、優しいリズムで何度も、何度も。
いつもの俺なら、こんなことをされる程、子供じゃないと言っていただろう。
だけど、俺はそんなことを言わずに、彼女にされるがまま身を委ねていた。
「いつだって、必要なのはほんの少しの勇気だけなんだよ。何かを始めるのにも、人に何かを伝える時にも、小さな勇気が必要……別に君に勇気がなかったという訳じゃないよ」
「……それで?」
「だけど、今の君は勇気を引っ込めている。弱さを出すのを怖がっているように思えるよ。弱音を誰かに言う勇気を出そう」
「……そんなこと、今更、俺が言うとでも?」
少し女性を馬鹿にするように笑おうとしたが、頬に力が入らずうまくいかなかった。
「なら、
「こっ、かい?」
「ああ、ごめんごめん……告解はね、キリスト教で罪を告白して神から
「懺悔室で神父に言うあれですか?」
「そうそう、本来はあれを告解って言うんだ」
「……それなら、告解室が正しいんじゃ?」
「ん~、どっちの名前でも呼ばれているから、気にしなくていいよ~」
「……フッ、なんですか、それ」
「迷える子羊たちに向けて、分かりやすいのが一番なんだよ~」
「……確かに、分かりやすいのが一番です」
「今はお姉さんの腕の中が、君の懺悔室なんだよ~」
「……頭大丈夫ですか?」
「君が弱音を言い出しやすい理由を作ったんだ。懺悔室で弱音を吐き出すのはおかしくない事なんだよ」
「……そうなんですか?」
なんですぐに告解なんて言葉が出てきたんだろうと思った。
一般的な日本人以上にキリスト教や宗教に詳しいんじゃないかと思った。
まるで、生活の一部であったかのような印象を受けた。
「そうなんです。だから……汝の罪を告白しなさい」
だけど、俺はそんな疑問を口に出さず、少しずつ、本当に少しづつ苦しみを吐露する。
「うんうん、苦しかったね」
「誰にも吐き出せなくて辛かったね」
「自分の苦しみで、また誰かを苦しむのが許せなかったんだね」
「君は、優しいね」
「でも、そんな生き方だと近い未来で、君の心は壊れちゃう」
「そんな君に……」
額に柔らかい感触を感じた。
「いつか、祝福がありますように」
「君自身を、誰かを愛せるようになりますように」
あの夜の出来事から、数週間後の12月31日。
俺は帰省せず、アパートのこたつでボケっと特に興味もない年末年始のテレビ番組を眺めていた。
俺はここ数週間、片時も彼女の慈愛に満ちた顔と人肌の温もりを忘れられないでいた。
……別に、額にキスをされた後に特に彼女と何かあった訳ではない。
あの後、彼女はやりたいことはやったと言わんばかりに、公園を出て夜の街に消えていった。
本当に何だったんだあの女。
しかし、抱きしめられて、愚痴を聞いてもらうだけで恋に落ちるなんて、俺は単純な奴だったんだなと思う。
「愛とは何ぞや?……あの夜の答えを見つけました」
「愛とは、誰かへの献身」
「大切な誰かの人生や夢を支えること」
「それが、俺の愛です……そう、あの人に言いたい」
この恋が実らななくて良い。
ただ、もう一度だけ会いたい。
そう思って、出会った公園に何度も足を運んだが、彼女を見つけることが出来なかった。
……正直、色々いい加減な人ではあるので、酔っぱらってテキトーに歩いてたどり着いた場所があの公園だったという可能性が高い。
そうなると、もう彼女と出会うことは難しだろうと、心のどこかで諦めているのかもしれない。
気が付くとテレビ番組を見ていたはずが、いつのまにかニュースに切り替わっていた。
最近、ボーっとすることが多くなり、いつの間にか時間が過ぎていると感じることが多くなった。
いけない兆候だと自覚しつつ、別の番組を見ようかとリモコンに手を伸ばす。
「……の三名が12月30日、未明に逮捕されました」
「……」
そしたら、なんか見たことがある女性の顔写真が画面に映し出された。
具体的に言うと、ついさっきまで出会いたいと思っていた人の写真だった。
「容疑者等は『今の日本の若者には愛が必要なんだ』『つべこべ言わずに私たちの歌を聞け』『ライブに来て』などと意味不明の供述を……」
バカを見る目で画面を見てると、事件当時の様子がわかる写真が表示された。
どうやら、過激に音楽活動をして逮捕された様だ。
俺は無言でリモコンを操作し、テレビを消した。
「……」
何も考えられないままま、ベットに移動し仰向けになる。
天井を見ながら、ここ数週間のずっと想っていた彼女のことを考える。
俺は彼女のおかげで、恋を知った。
人を愛することを知れた。
大切なことを教えてくれた事について、とても感謝している。
だけど、いまは何も考えたくない
12月31日、大晦日の昼下がり。
あの日、俺の価値観を変えてくれた女性は、ブタ箱で年を越す事を理解しながら年越しぞばどうしようかなどと考えた。
恩返しのつもりで彼女とその仲間たち(バンドメンバーらしい、2人とも女性)の身元引受人に名乗り出たら、何故か本当に身元引受人になれたので、1月2日に警察署に迎えに行ったのは、また別の話。
彼女は酔い過ぎて俺の事を微塵も覚えていない所か、バンドメンバーたちに可哀そうな大型犬と戯れていたと話していたことを知るのも、また別の話。
翌日1月3日に彼女とバンドメンバーたちと初詣に行くことになったのも、別の話。
そして、女性3人と一緒に初詣に行っていたことが、
変わらない様で安心したよ、ボケ共。
俺達は生涯、友達……いや、親友だ。
……なにかあったら連絡しろよ。
ああ、分かったよ……
地元の友人たちと拳で友情を確かめることが出来たが騒ぎすぎて、俺もブタ箱にぶち込まれたのもまた別の話。
いい親、いい家族には恵まれなかった。
しかし、それでも出会いに恵まれて、良き友人たちができ、そして恋や愛を知れた。
全ては、あの時の出来事のおかげ。
そう、あの夜の出会いに、感謝を……
「おーい、今度は、お姉さんが……ヒック、迎えに来たぞー!」
………良き出会いだったのかな?
何故でしょうか?
最愛であるはずの
というか、なんでいんのアンタ?
ここは俺の地元であって、アンタの地元じゃないはずなんだけど?
なんで喧嘩の火種になった人物が、こうもタイミングよく来てくれちゃってんの?
彼女の愛は、人と向き合う事。
俺の愛は、大切な人を支える事。
当たり前だが、愛の形にも様々だ。
友達と喧嘩するのもお互いの愛
だけど、二度と拳で友情を確かめ合うのはごめんだね。