「お疲れ様です! 先上がりますね!」
「あーっ、疲れた……お疲れっす、次の任務もよろしくお願いしますっす」
「ああ、お疲れ様。またよろしくね」
神羅ビルにある神羅兵用の休憩室でコーヒーを飲みながら、先に帰る後輩を見送る。
今日の任務は簡単な類で会ったが、毎日のルーティンでコーヒーを休憩室のコーヒーを飲んで帰ることになっている。安物のコーヒーに神羅兵用の簡素な休憩室であるが、長年使っていることもあり気に入っている。63階のカフェテリアも悪くはないが、色々と気になることも多いのだ。
「……あ……お、お疲れ様です」
「お疲れ様、まだ帰ってなかったんだね」
新たに自分にかける声がして、そちらの方へと振り向く。少し低音の小さめの声は同じ部隊で唯一無二の少女の声だった。
自分に声をかけてきた神羅兵……金髪のツンツン頭に整った顔立ちをほんの少し朱に染めた後輩の少女……クラウドがそこにいた。
彼女は神羅兵の制服を着たまま、もじもじと指を動かしていた。これは、ああ……
「相談事かな?」
「……あ、はい。……えっと、わかるんですか?」
「もちろん、クラウド《後輩》の事だからね」
自分がそう言うと、クラウドは顔を更に朱に染めた。休憩室でコーヒーを飲んでいる時にクラウドがもじもじしながらやってくるときは大抵相談があるときだ。これでも人は見ているつもりだから、それぐらいのことはわかる。
しかし、なんというかクラウドは可愛らしい。自分の周りにいる女性は何というか強気というかあまりこういう態度を取る人がいなかったからなあ……
「先輩にはいつもお世話になってます……それで、その、相談なんですが……」
「うん、なんだい?」
自分の所属している部隊では紅一点でもある彼女の相談であれば、部隊の人間なら誰一人として邪険に扱わないだろうにそれでも自分に相談を持ち掛けてくれたことは嬉しく思う。人気だからなあ、クラウド……
「今度の休みに、その、ふ……服を買うのに付き合ってくれませんか」
「うん、いいよ。いいけど自分でいいのかい?」
部隊には紅一点とはいえ女性の神羅兵も増えてきている。クラウドの同期にだって何人か女性がいるのに、男の自分でいいのかな? とつい首を傾げてしまう。
「えっと、先輩が……いいんです」
「はは、光栄だね。ありがとう、クラウド」
そういうとクラウドは薄く微笑んだ。その笑みを見て柔らかくなったなあ、と思う。
初めて会った時、つまりクラウドが神羅兵となり部隊に所属した時は緊張と絶望と不安が入り混じったぐちゃぐちゃな表情……はっきり言って死にそうな顔をしていてしかも人を寄せ付けようとしない陰気な雰囲気だった。その理由を知ったのは入隊してからしばらくたったころだった。
★★★
『ソルジャーに……成れなかったんです。見栄を切って故郷を出てきたのに、全然うまくいかなくて……』
クラウドが舞台に入隊してしばらくしたころ、少し難しい任務が達成したお祝いに一緒に行った居酒屋(クラウドは年齢的にノンアルコールだったが)でのこと。
限界だったのだろうクラウドは涙を流しながら語ってくれた。元々ソルジャーになるつもりで上京したこと、その試験で不合格を食らったこと、自分が特別だと証明したかった、約束を守りたかった、故郷の母に顔向けできない……と、ぽつぽつと震える声で。
夢に手が届かないと本気で涙を流すクラウドが、失礼かもしれないけれど自分は羨ましかった。
自分には無かった、夢も誇りも。神羅兵になったのだってお金が稼げるというだけだし、指揮官は大変そうだと昇進の話は蹴っている。ソルジャーに誘われたこともタークスに誘われたこともあるが、なんとなく断り続けていた。ただただ死んだように今を生きていただけだ。だから、夢破れたと本気で嘆くクラウドが、それでも諦められずに手を伸ばそうとするクラウドが、どうにも眩しくて眩しくて、羨ましくて……素敵で美しいと思った。
『あ、あの……先輩……は、恥ずかしいです』
……と、思っていたことを酒の回った口は勝手にべらべらと喋ってしかし顔は素面の様に真剣でいてくれたらしい。気が付けば後輩は顔から火が出ているのではないかともう程に顔を真っ赤にして俯きがちになってしまった。
『でも……その……何となく……助かった気がします……ありがとうございました』
そういってクラウドは涙を指で掬いながら年相応に笑った。その顔は彼女が部隊に所属してから一番の表情だった。
★★★
(思えば、あの居酒屋の後からクラウドの雰囲気が柔らかくなったんだよなあ……)
少し吹っ切れたのかクラウドはあれから以前に比べて明るく柔らかくなった。
打ち解けるようになったクラウドはもとより整った顔立ちであることと、素の若干天然の入った真面目さなどから部隊の人間から可愛がられるようになった。同期の人間からは紅一点に対する若干下心のある視線を向けられ、部隊が違えど女性の神羅兵からは色々とアドバイスを受け、年上の神羅兵からは妹や娘を見るように。ソルジャーの試験には不合格だったが、ミッドガルに居場所が出来たことをクラウドも実感したのだろう。次第に笑顔も増えていった。
……そういえば、それからクラウドと一緒に出掛けるようになって服を買いに行ったんだっけ。クラウドってば女の子なのに服ほとんど持ってなかったからなあ。初めて一緒に出掛けた店で買った、ミッドガルの最新流行ファッションに目を白黒させてたっけ、あれも可愛かった思い出がある。
「先輩、先輩……また口に出てますよ……」
「おっとぉ……」
どうもクラウド相手だと自分の口は羽の様に軽くなってしまうようだ。クラウドも顔を真っ赤にして自分の口元を軽く手で押さえていた。笑っている様だが、口の軽い自分を笑っているのだろうか?
誤魔化すようにコーヒーを一口啜る。少し温くなってしまったコーヒーに内心顔をしかめざるを得なかった。
「買い物に行くのは喜んで行かせてもらうけど、服を買うのかい? この間、確か別の部隊の女の子と買いに行ったって言ってなかった?」
「あ、いや……えっと、それは、その……ええっと……」
「?」
自分の指摘にクラウドは顔を赤らめながらあっちこっちに視線をさ迷わせている。彼女の指は恥ずかしげにもじもじ動いていた。
……話し始めてからクラウドの顔がずっと赤い気がする。その顔を更に顔を赤らめたクラウドはソコにあるものを隠す様に腕を組んでいた。
「……そ、その……また……お、大きくなってしまって……」
クラウドの、しなやかな筋肉のついた腕で隠されていたのは、小ぶりなメロン程はありそうな、たわわに実った乳房だった。
他の女性神羅兵と比べてもクラウドの乳房は大きい方であり、他の連中の視線を誘っているのを思い出した。
「……そ、それに、今着ている神羅兵の制服も少しきつくなってきて……それで、その……新しい服を買わないとと……」
「ああ……」
クラウドが入隊したばかりの時は少年と見間違う程だったのに、本当に子どもが成長するのは早いなあ……
「じゃあ、次の休みの日にでも一緒にミッドガルの街まで出かけてみる? 服選び……はちょっと自信ないけど服屋選びなら少しは自信あるよ」
「……ほ、本当ですか? 先輩、ありがとうございます!」
クラウドがパッと顔を上げて、目をキラキラさせながらこっちを見る。ホッとしたかのようなクラウドの表情に思わず苦笑してしまう。
何というかクラウドは本当に可愛げのある後輩だ。感情は豊かだし、真面目で頑張り屋だし、実力はあるし、揶揄うと面白いし……
「そうしたら、次の休みの日の朝、駅前で会おう。クラウドとのデート、楽しみにしてるよ」
「デ、デート……っ!」
「おっと、デートは言い過ぎたか、ごめんね?」
「い、いえ……その、お願いします! 」
飛び跳ねる様に驚いたクラウドを流石に揶揄いすぎたかと思って頭を下げるが、クラウドも気合を入れるかのように頭を下げた。本当に真面目だなあ……付き合いの長い先輩にデート何て言った日には「そうか、ではデート代は全てお前に持ってもらうとしよう」とかニヤリと笑って言い出すからな……いや、最悪の場合はトレーニングルームに連れ込まれてチャンバラになるかも……
「先輩、遠い目をしてどうしました?」
「いや、クラウドは可愛いなって」
「か、かわ……もう! 揶揄わないでください!」
揶揄われて真っ赤になったクラウドの様子に笑う。その後2,3言葉を交わし、温くなったコーヒーを飲み干して別れて帰路に就いた。
★★★
迎えた休みの日。
朝の街は休日の活気にあふれていて、駅は家族やカップルでにぎわっている。
少し早めの時間に到着した自分は朝刊片手に時間を潰していた。朝刊の見出しは英雄の話題で持ちきりだ、相変わらず写真写りは悪くない。
「……あ、先輩! おはようございます!」
近くから聞こえた声に顔を上げると、クラウドが傍に来ていた。時間つぶしの朝刊に集中しすぎてしまっていたか、と朝刊を丸めてベンチから立ち上がる。
「おはよう、クラウド。昨日はよく眠れたかい?」
休日なのでクラウドの服装は当然は神羅兵の制服じゃない。
白と青のグラデーションが特徴のワンピース。よく彼女が来ている洋服でシンプルながらも彼女の雰囲気によく合っている。
「その、先輩、今日はよろしくお願いします。あんまり服屋とかいかなくて詳しくないですが……」
「こっちこそ、よろしく。とりあえず八番街のLOVELESS通りへ行こうか」
「LOVELESS通りですか? あの辺りは高級そうで……」
「まあ、そういう店も多いけど、手ごろな値段の店もあるよ。何より制服と一緒に私服も見れる店もあるから、それでどうだい?」
自分の問いかけに納得したクラウドが頷くと、二人で電車に乗り込む。
安く済ませるだけならスラムへ行った方が早いが、あそこで神羅兵の制服を購入するとなるとちょっと難易度があるし、今回はいいけどクラウド一人で行ってしまってカモにならないか心配だ。……ちょっと過保護かな?
電車から降りてLOVELESS通りの少し奥に入った場所まで歩く、このあたりのお店はリーズナブルなお店が多く出ており、自分も偶に訪れている。
クラウドはウィンドウに並べられた服やアクセサリーを見て目を輝かせている。こうして楽しんでいる表情を見ているだけで連れて来た甲斐があり自分も嬉しくなる。
「……っと、このお店でどうかな。女性向け神羅兵の制服も取り扱ってたはずだよ」
「わかりました、入りましょう」
少し古めのお店に連れ添って入る。ここは神羅関係の制服や少し洒落た服を取り扱っており神羅関係者もよく来る。LOVELESS通りの奥の方だし、新人には少しお高いがきちんと採寸して合ったものが無ければ作り直してくれるサービスもいい。……会社には申請すれば制服代を何割か負担してくれるとはいえ、その辺は無償化してもいいのではとはちょっと思っているが。
そんな益体のないことを考えながら、店のおかみさんを呼びクラウドの採寸をお願いする。おかみさんは恰幅の良い身体を揺らして笑いながら、クラウドを連れていく。緊張で右手と右足を同時に出すクラウドがツボに入っている様だ。
クラウドが採寸している間、自分はなんとなく店内を見回っていた。目に留まったのは青いシンプルなデザインのバレッタと黒い蝙蝠の翼のような洒落たバレッタ。手に取り、レジへもっていく。
「先輩、終わりました。ちょうどいいサイズのが売れなくて……余っていたそうです」
採寸が終わったらしいクラウドはビニールに包まれた神羅兵の制服を恥ずかしそうに持っていた。
その後ろでおかみさんがいい笑顔を浮かべてクラウドに見えないようにこちらにサムズアップをしている。どうやらクラウドのサイズは大きいらしい、何がとは言わないけど。
「はは、良かったね。他の服はどうする?」
「ええっと、おかみさんが私のサイズに合った服をいくつか見繕ってくれたので、そちらを購入しようかと」
そういうクラウドの視線はチラチラと店内にあるマネキンの来ているワンピースへと向けられている。
ライフストリームを思わせる淡い緑色のワンピースはシンプルながらも質はよさそうでお値段はお手頃価格だ。
「うん、クラウドに似合うと思うよ。試着させてもらったらどうだい?」
「わかりました、では……っ?!」
クラウドが自分に何か言う前におかみさんがクラウドの手を引いて試着室へと連れ込んでいった。よっぽどクラウドの事が気に入ったようである。
数分の間、店内を見て回っていると、試着を終えたクラウドがもじもじと指を絡めて動かしながら姿を現した。
淡い緑色のワンピースはクラウドの金髪と相まってよく似合っている。神羅兵の制服を着ていても思っていたが、髪色が金色だからか青とか緑とかの落ち着いた色合いがクラウドにはよく映える。
「クラウド、緑のワンピースに金の髪が映えてとても似合ってるよ。部隊の皆に黙って独り占めしているのが悪いくらいだ」
「……ほ、本当ですか? あ、ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいけど……先輩にそう言ってもらえると嬉しいです」
クラウドが顔を赤らめながら嬉しそうにはにかむ。クラウドのそんな表情を見ているとついこちらの頬も緩んでしまう。
どうも自分はこの後輩に弱いみたいだ。あんまり近くにいなかったタイプだったかもしれない。
「じゃあ、それと制服を買って……他はどうする?」
「ええっと、そうですね。とりあえず、ズボンとシャツ後は……その、ちょっと男の人と一緒だとまだ恥ずかしいというか……いえ! 先輩が嫌いとかダメとかそういうことではなく!」
「ああ、うんそんな否定しなくても大丈夫だよ。このお店、また一人で来てみなよ」
力強く弁明をするクラウドに苦笑する。女性に必要な物品を購入するのに男がいると恥ずかしいのは普通だからそんなに慌てなくてもいいのに……今、脳内で「私は気にしないが」とかいう銀髪が頭をよぎったがむしろ貴女はもう少し気にしてほしい。
結局、その日はワンピースの他に動きやすそうなズボンと無地のこれまたシンプルなシャツを数点クラウドは購入した。店の用意してくれた紙袋がいっぱいになるのを見た、クラウドは「買いすぎた……?」と不安を覚えている様だが、普段からあまり無駄遣いはしない彼女の事だ。そこまで心配しなくてもいいとは思うが。
店を出てLOVELESS通りを歩く。すっかり昼時になり朝とは違ったにぎやかさに満ちている。クラウドと一緒に近くのこれまたなじみの喫茶店に入ると、お互いに飲み物と食事を注文した。
「ああ、そうそう。はいこれ、プレゼント」
そういって先ほど購入した青色のバレッタが入った紙袋をクラウドへと手渡した。
クラウドは恐る恐る紙袋の中身を確認すると、目をまんまるにして驚いていた。
「え、先輩これって……」
「ま、せっかくのデートだしね。これくらいは先輩にやらせてよ」
クラウドの表情がじわじわと喜色に染まる。まるで大事なものを護るように紙袋を抱きかかえ、目を潤ませていた。
「あ、ありがとうございます……先輩からのプレゼント、大事にします!」
そういってクラウドは静かにしかし確かに嬉しそうに笑みを浮かべていた。その笑みに連れられて自分もつい笑ってしまう。
なじみの喫茶店で見た、後輩の頬を赤らめた笑みは自分の心の風景に忘れられそうにない画となっていた。
ああ、やっぱり自分の後輩が可愛いって、心から思えることが嬉しかった。