転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#26 「ダレモ」

人よりもずっと、視線を浴びるのが得意だった。

眩く視界を焼くスポットライト、僅かに縮れた私の吐息ですらマイクに乗って反響する。

ステージのど真ん中に立つ私に視線が注がれて、胸がきゅって締め付けられるようだった。

緊張も、高揚も。全部内包したその瞬間、高らかに声を響かせ歌う私。

 

一度目の小学校生活で芽生えたものを、私は今でも忘れない。

偶然、合唱祭のソロパートで歌った時、もっともっと目立ちたい。この視線の真ん中で歌っていたいと思った。

 

「私は、アイドルになりたいですっ!」

 

二分の一成人式、十歳の時にみんなの前でぶち上げたもの。

私──ヒナは、()()の私は、そうして全身を駆け巡るものを呼んだのだ。

遥かな熱情は、胸を焦がす憧れは──私の、"夢"だって。

 

◇ ◇ ◇

 

「あ、あのっ……! 握手いい……!?」

「いいけど……どうして私?」

 

目の前でキラキラと光を湛えた瞳の前で、そこに映る私はどうにも困惑しているように見えた。

この中学校で思いっきり私に声をかけてくる子というのはもう決まりきっていた時期だったから、全然見知らぬ女子生徒に握手を求められる……という状況自体がどうにもイレギュラーだったのだ。

 

「この間の文化祭ライブ、見てたから……! め〜〜〜っちゃ! すごかったっ!」

「ああ……あの時のお客さん?」

 

言われてもみれば、彼女の顔には見覚えがある。

少し前に参戦した文化祭ライブ、その最前列で盛り上げてくれていた子だ。

 

「うんっ、すっごいキラキラしてて……! 一発であたしノッちゃってさ……!」

「……あはは。そこまで褒められると、何だか照れちゃうっていうか」

 

自己肯定感なんて、近頃は下がってばかりだったから。

そこまで褒めてぶち上げてもらえること、なんていうのは私にしてみればすごく貴重な機会だけれど。だからこそ、そこまで全肯定されるのに私はどうにも慣れていない。

熱くなった頬を誤魔化すようにポリポリと掻いてみる。

 

「それでそれで……! 普段はどんなことしてるの!?」

「普段……?」

「ライブとか、イベントとか……! 普段の活動も追いたいくなっちゃって!」

 

相変わらず彼女の瞳はキラキラしっぱなし。だとすれば、嫌味だとかで言ったようには思えなかった。

それはそれでなおさら気まずいけれど、気に入ってくれたというのならハッキリ伝えなければいけないだろう。

 

「……そのことなら、何にもしてないかな」

「何もって……どうして……!?」

「練習するので精一杯だからさ。オーディション、この間も落ちちゃって。私、これでも学校では有名な方なんだよ?」

「それだけのパフォーマンスができるんだもんねっ」

「そういうことじゃなくて……悪い意味で。オーディション落ちてばっかで、受験も近いのに歌とダンスばっかりやってる変な子、夢見がちなやつ〜みたいなさ」

「ええっ!?」

 

彼女の驚き加減にわざとらしさはない。きっと本当に知らなかったのだ。

私が浮いているというか、変なやつだというか、そんな噂を。

いつまでも上手く行かないまま、口だけで夢を掲げ続けてるやつだってことを。

 

「で、でもっ……あたし、すごいと思った……! そんな噂があるんだとしても、あの文化祭ライブは……みんな盛り上がってたじゃん!」

「それは非日常だからじゃないかな。文化祭なんてそんなもの……」

「ううん。きっと、あなたがずっと努力してきたからだよ。じゃなきゃ、あたしも……こんなに強く、胸がきゅってしないよ」

 

その瞬間にわかってしまった。

私を捉えて離さない彼女の瞳が湛える輝き、その正体が。

 

「……あのさ、私……変なこと提案するけどいい?」

「変なこと……? 別に何でも聞くよ! いいライブのお礼っ!」

 

眩いほどの憧れだ。

私がステージに向けていたものと同じ、夢を見るための資格だ。

 

「私と一緒に……ユニットを組まないっ!?」

 

その一言で彼女がどれほど当惑したかは言うまでもない。

ただ、マンネリ化の打破というか。伸び悩んでいた私にとって、それは殻を破るための良いきっかけになる気がした。

それにもう一つ、弱音を吐くみたいだけれど。

私はきっと、欲しかったんだ。

隣に立って、一緒に歌ってくれる──味方が。

 

「うぅ……やっばぁ……」

「今回が初ライブだもんね? そりゃ緊張するよ。けどさ──」

 

降って湧いたような一つの機会。

地元イベントでの10分程度のステージに過ぎない。

その舞台裏で緊張する相方を前に、私は拳をぎゅっと握った。

オーディションは相変わらず受からないまま、傍から見れば小さいものだったに違いなかった……けれど。

 

「──緊張って期待の裏返しみたいなものだよ。私たちは期待してるんだと思う、このステージで何かが変わるんじゃないかって」

「……これがチャンス、ってことだよね?」

「そう。それに、あなたは人の前に立つのが苦手。なのに、今ここにいる。それはどうしてだと思う?」

 

緊張する彼女に投げかけた問い。

ガチガチに固まったまま彼女は答えてくれないけれど、私にはもうはっきりと答えがわかっていた。

 

「諦めたくないから。私も。きっと、あなたも」

 

目の前で不安げに揺れていた瞳に、僅かに射した光。

その輝きで私を捉えて、彼女はこくりと頷く。

 

「だから、やってやろう」

 

視線、視線、視線。

地元の一イベントとはいえ、観客は決して少ないわけではなかった。

オーディションや文化祭ライブの時とはまた違う。私たちのことを何も知らない人たちに見られる緊張は確かにあるのだろう。マイクを握る指先に震えが走る。

慣れている私はまだしも彼女は……なんて、もう一度不安がよぎるけれど。

それでも、ここまで来たら後は前に進むしかなかった。

 

「それでは、行きます──」

 

野外ということもあって、歌い上げた一節はどうにも通らない。

遠くまで飛んでいってしまった歌声が私の下へ戻ってこなくて、しかも、明るい外ということもありはっきりと見えてしまう、観客の表情。

欠伸、スマホ、会話、私たちをまともに見ているのはそのうち何割だろうか。

きっとこの中にいるのは前後のステージを見るついで、惰性で見ている人が大半だ。

でなければ、無名な私たちに向くべき視線は元々ない。

恐ろしいほど露骨に反応が出てしまっている──それを、この目で見てしまったせいだろうか。

 

「っ」

 

外れた。

聞こえなくなった途中の一節が、私の舌をするりと逃れた。

現場はそのまま止まらない、突き進んでいく旋律は誰も拾わないまま、ドクンと心臓が跳ねる……。

 

──あたしに任せて!

そう言うように、相方の彼女の目配せ。彼女が拾い上げた旋律が朗々と響く。

私の背中は確かに守られている、そう思えばこそそこにあるのは安堵なんかじゃない。

むしろ、先ほど跳ね上がった心臓の鼓動がより私の体を弾ませ、喉を開かせ、更に歌声が響く。

 

私が想像していたよりもずっと、二人というのは無敵だった。

 

「あのね、最っ高だった!」

 

ライブ後に彼女が発した第一声を、私は忘れられないままだ。

誰かと一緒に二人で掴み取った結果が正しくそこにはあったから。

私は二人でも上手くやれるやつなんだ──不相応にもそう思ってしまった瞬間だったから。

 

「じゃあさ、目指しちゃう?」

「目指しちゃうって……何を?」

「本物。私たちで、プロのアイドルを……!」

 

──仁菜、一緒にバンドするばい。

 

もしかしたら、ずっと先。仁菜とも誓いを結んだ。

そうして立ててきた誓いに報いること。あの時も、仁菜との今も、私にはできないままだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「……また、だね」

「まあ、オーディション落ちなんて今回に限らないんだからさ、反省と対策でしょ?」

 

私たちの転機がどこにあったかは、いちいち考えるまでもない。

高校生活──それが、()()の私の人生を決定づけてしまった。

 

「……うん」

「だから、今までと同じ。諦めなければ、きっと……」

 

ガタンと机が揺れる。

向かい合って座っていた彼女が急に立ち上がって、その瞬間に私の言葉は遮られた。

 

「諦めなければきっと……って。そろそろさ、やめない……?」

「やめる……って、どうして? だって、私たち今までもずっとそうで……」

「もうあなたにはついていけないって言いたいの!」

 

きゅっと絞られた彼女の瞳孔。

今までにない剣幕で向き合われて、思わず黙り込んでしまいそうになる。

だとしても……わからない。私にそこまで言われる筋合いはないのだから。

 

「ついていけない……って、練習メニューもスケジュールも、そこまで過密にはしてないし……学校生活とだって両立できるように」

「……違うよ。中学生の時から、ずっとあたしたち落ちてばっか。その度にさ、あなたが昔口にしたことが頭の中ぐるぐる回って……」

 

半ば泣き笑い、歪んだ顔でも彼女は私に向け続けていた。

過度に感情を剥き出しにすることを嫌って、いつも笑ってばかり。

そんな彼女の疲れ切ったような表情が、余計に私の胸を突き刺す。

 

「プロのアイドルに……って、誓ったのに自己嫌悪すごくてさ。しかも芽が出るなら、とっくに出てるんじゃないかって不安で……!」

「だ、だったらさ……少し休もうよ。私たち、ずっと走りっぱなしだったし疲れて……」

「あなたに応え続けようとするのが辛いの! だから、隣にいたくないってこと!」

 

ここまではっきりと言われてしまえば、もう返せる言葉がなかった。

その瞳はすっかり淀みきっている。最初に私を見つめた時の輝きは、既にそこにはなかった。

その空っぽさに、空虚さに後悔こそするけれど……余計に誓ったものだ。

彼女の分まで諦めるわけにはいかないって。

 

それからほどなくして、私の靴が隠された。いじめが始まった。

元々夢見がちなやつだって、浮いていたのに。その夢が現実にならないことがはっきりとしてしまったから。ぼっちのくせに半端に目立つ私は、クラスの一部の女子にしてみれば邪魔だったのだ。

 

裸足で過ごす日々の中で少しずつ靴を見つけるのが得意になった。

と思えば、今度は体操着がなくなって。私が通りかかったタイミングで花瓶が倒される。

びしょ濡れになっても着る服がないから、そのままで過ごすしかなかった。

表立って攻撃されるわけじゃないけれど、確実にエスカレートしていく中でまだ希望はあった。

 

「それじゃあ、彼女のいじめに関与したという人は挙手を」

 

いじめがとうとう教師に見つかった。大規模なオーディションを受けた直後だ、チャンスが重なって現れた日だった……けれど。

私を囲う視線は私が抱いたものとは裏腹、淀みっぱなしで悪意に満ちたもの。もしくは興味なし。

そもそも関係なかった子は元より、関係ある子に至っては自分から名乗り出るわけがない。

 

──空気を呼んで、勘違いだったって言いなよ。

休み時間に食い込んでまで学級会が続くほど、そんな無言の圧力が私を潰そうとする。

そのうち一人がトイレで教室を抜けた、それをきっかけにまばらに人がいなくなって……そこまでしてもなお、まだこの時間は終わらない。

だって、ここで諦めたら終わりだ。

もしも勘違いだって言ってしまったら、後から取り戻すことはできない。卒業するまでこのままになってしまう。

きゅっと後ろで両の手を組んだ。

祈るようにして、この時間が晴れるのを待っていた。

 

「……私が、やりました」

 

おずおずと掲げられた手を見た時、ぱっと胸に光が射す。

それは次の瞬間、どす黒く塗りつぶされた。

 

「……は?」

 

名乗り出たのは、元相方の彼女だった。

 

「結局は、軽いいじりのつもりだったものの、互いに認識の齟齬があったと」

「……はい。ごめんなさい」

 

──あり得ない。どうして、何を言ってるんだよ。

だって、彼女はこのいじめと大して関わりなんてなかったじゃんか。

私を庇ったつもりだったのか、みんなを庇ったつもりだったのか。

どちらだったのかはわからないけれど、ただ、彼女も一緒に終わったのだけは事実だった。

 

出会った時から一緒に走り続けてきて、私の都合で引っ張られてきて、なのに、最後は私のせいで社会的に死んでしまった。

いじめをしたというキズは一生残る。例えそれが冤罪であったとしても。

違う、と言おうとした。

 

視線、視線、視線。

だけれど、ぐるりと私を取り囲むものは、そんなの許してくれそうになかった。

そんな圧力の中で私を見つめる彼女の瞳が訴えかけてくる。潤んで、淀んで、お願いだからと。

もう、この時間を終わらせてくれ──それが彼女の意思なのだとしたら。

これ以上、私に彼女を苦しめてやることはできなかった。

 

その晩、不合格通知を見ると同時に私はクローゼットで一人、首に縄をかけた。

私の()()はそこで終わり。人生も夢も、一度そこで諦めた。

仁菜と出会ったのは、その後のことだ。

 

◆ ◆ ◆

 

私の体をぐっしょりと濡らす雨は絶え間ない。

冷え切ったビルの屋上で眼下に望む街の忙しなさになおさら息が詰まりそうだった。

 

結局、前世でも今世でも。

誰かと誓って、誰かと賭けて、そうして私は相手の気持ちを理解しきれなかった。

仁菜が桃香さんのことをどれだけ大事に思っていたか知っていたはずなのに、私一人で半端に諦めずに足掻こうとしたせいで……なおさら最悪の結果を招いてしまった。

 

言わば、あの学級会の時と同じ。あの場で私は必要とされていなかった。

だとすれば、今の本物でないヒナは──私は、この世界で必要とされていない。

敵でしかない私がどんな風に突き進んだところで、余計に元々幸せだった人たちを巻き込んで堕ちていってしまうだけだ。

 

ナナさんが、桃香さんを諦めきれなくなって、直後に彼女を失ったように。

桃香さんが、音楽をやめてしまったように。

何よりも……仁菜が、進み続ける意思を。彼女が正論モンスターたる生き方を失ってしまった。

 

柵に足をかける。少し弾みをつけて前のめりになるだけ。

それでこの世界がまた綺麗に回りだすというのなら、そうするべきだ。

 

相方だった彼女に報いるにも、仁菜に報いるにも、この程度じゃ足りないかもしれないけれど。

()()から同じ。自分で命を絶つことでしか、私は勇気を出せなかった。

ギシリと軋む足元に、その上から自由な空に、あと一歩で、私は。

 

「ヒナの──っ!!! ばっかやろぉぉぉぉ!!!!」

 

──届かなかった。

押し倒されて、コンクリートに強く背を打ち付けて。

ぽつぽつと私の頬に水滴が落ちる。

 

雨粒ではなく、目の前の青く澄んだ瞳からそれは零れていた。

 

「どうして。来るんだよ……仁菜」

 

そこに、仁菜がいた。

 

──ヒナのバカっ!!

 

熊本にいた頃、東京行きを断った私に見せたものと同じ。

今度は命ごと手放そうとする私の胸ぐらを掴んで、激情に燃える瞳が私を見つめていた。

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