あれから、無気力な日々が続いた。いつものように勉強をしようとしても、お姉ちゃんの姿が頭を過る。一度その姿を思い浮かべてしまえば、もう手は動かない。石になったように私の手は動かない。
私ができないことも、お姉ちゃんならできる。私ができることは、お姉ちゃんならもっとうまくできる。お姉ちゃんができることは、私にはできない。
────なら、私なんていらないじゃないか。
そんな思考を打ち消すように、ほとんど使っていない自分の銃を撫でる。思い出などろくにない、頼りない……頼ったこともない銃だ。最後に整備したのはいつだったのかすらもわからない。だけど、銃に薄く張り付いている埃が、ずいぶんと長い間放置されていたことを示している。
カスタムなんてされていないごく普通のサブマシンガン。マガジンを開ければ、ほんの少しだけ銃弾が入っていた。これが放たれるかどうかはまた別の話だけれど。
この銃でお姉ちゃんを撃てるなら、どれだけ楽なんだろうか。
本当に、本当にずるい人だ。
「これからどうしよ……」
お姉ちゃんのようになりたい、とはもう思わない。私はどう頑張ってもお姉ちゃんのようにはなれない、そう理解してしまった。
でも、幼い頃から抱き続けてきた絶対に叶わないその夢は、たしかに私の心を支えてくれていた。お姉ちゃんのようになりたいと思えたから、今まで頑張ることができたのだ。
私は、その心の拠り所すらも失ってしまった。
これから何を目標に頑張ればいいのか。そもそも、何をしたらいいのかすらもさっぱりわからない。お姉ちゃん以外に、何か私の心に火を点けてくれるものがあるのだろうか。
部屋をぐるりと見渡す。そこには、幼い頃に撮った私と姉の写真があった。
「ばん」
引き金を引く。銃弾が写真を引き裂くが、私の心はちっとも晴れない。
次に目に入ったのは、鏡だった。
映っているのは、背中まで伸びた白髪に、花の髪飾りをした……お姉ちゃんにそっくりの私だ。お姉ちゃんに憧れて頑張って伸ばした髪は、今となっては私を苛立たせるものでしかない。
鏡に映った自分の顔が、どんどん歪んでいく。
「……私は、お姉ちゃんじゃない……!」
お姉ちゃんはすごい。何でも知ってるし、何でもできる。そんなすごい人に、私はなりたかったし、認めてもらいたかった。特別な才能もない私でも、お姉ちゃんの「すごい」があれば、何でもできる気がしたから。
お姉ちゃんはすごい。私は、ずっとお姉ちゃんに負けている。初めて計算ができた時も、お化けの話をした時も……私が何かをできるようになった時には、お姉ちゃんはそれをもう完璧にできる。私が何かを知った時には、お姉ちゃんはそれをもっと詳しく知っている。
その度に、お姉ちゃんに憧れた。お姉ちゃんはいつも私の先にいる。お姉ちゃんは太陽みたいに私の行く先を照らしてくれていた。
だけどその光に焦れるほど、憧れだけではなく、悔しさもまた溢れていった。身の程知らずだと、自分でもそう思う。
でも、あの頃の私は、その太陽にいつか手が届くと信じていたのだ。いや、今でも少しだけそう思っている。
自己評価が高かったのだ。お姉ちゃんの妹だから、私もすごいんだって信じて疑わなかった。だから『お姉ちゃんに負けた』なんて一々思っていたのだろう。
きっとお姉ちゃんは何も感じていない。私に勝った、なんて思ったこともないはずだ。
そうだ。
私はそれがずっと、ずっと──────、
「嫌だったんだ」
言葉にしたそれは、かちりと私の空いた胸に納まった。それは、羨ましいとか憎いとか、そんなものよりももっと単純で、私の根源にあるものだった。
私よりできることがあっても、お姉ちゃんは喜ぶことはない。それはまるで、私なんか恐るに足らないと、私がお姉ちゃんより劣るのは当然だと、そう言われているみたいじゃないか。
お姉ちゃんのことは尊敬している。だけど、私をずっと下に見ていることが、誰かに負ける悔しさを知らないその態度が、気に食わない。
ずっと、私より遥か高みにいて、私の気持ちなんて全然理解していないお姉ちゃんが、嫌いだ。
「お姉ちゃんを、超える」
もう、お姉ちゃんからの評価なんていらない。このミレニアムで、黒星だらけの私の人生に初めての白星を飾る。
私は、私が誇れる私になる。
*
「リオ先輩、私をセミナーに入れてください」
そう言って彼女……明星ヤヨイは私に頭を下げた。ずいぶんと前から続いているこのやり取りに、私はヤヨイにバレないようにため息を吐く。
私は、この子がわからない。ヤヨイは私のことを慕ってくれる数少ない……いや、たった1人の後輩だ。けれど、私と彼女の姉のヒマリはまるで性格が違うし、おそらくヤヨイとも馬が合うわけではない。
私が知っているのは、この子がミレニアムで一番の努力家だということだ。ヒマリがよく自慢するのも理解できるほどに。
だからこそ、ヤヨイがセミナーに拘る理由がわからない。セミナーは、彼女の姉のヒマリが所属しているヴェリタスと敵対関係にあるというのに。聞けば、以前ヴェリタスからの勧誘を断っているらしい。
そこまでしてセミナーに入りたがる理由を、私はずっと聞けずにいた。
「ダメよ」
「……どうしてですか。成績ならもう問題ないはずです」
「成績の問題じゃないわ。貴方、気づいていないの?」
だけど、理由を聞かなくても、ヤヨイがセミナーに入るために無理をしているのはわかる。
私が『貴方の成績が低すぎる』と断った次の試験で、ヤヨイは学年1位を取ってみせた。入学直後は、下の上か中の下程度の学力だったのにも関わらずだ。
平凡な能力を持ちながら、人よりも優れた結果を出すためにどれだけの労力と時間を要したのかは、私にはわからない。
「目の下の隈、すごいわよ。何時まで、何をやっていたのかしら」
「えっと……今日の朝まで研究を……」
それに、ヤヨイは勉強以外の時間のほとんどを彼女自身の"研究"に割いている。勉学で人一倍努力し、さらに自分の研究を一人で進める。それはとてもじゃないが常人にこなせる量ではなくて、彼女の体調が常に悪いのもそれが原因だろう。
私にだって人の心はある。自分のことを慕ってくれる後輩が疲労で潰れていくのは見るに堪えない。今でさえギリギリの状態だというのに、セミナーの業務まで彼女に与えてしまうなんてことは、私にはできない。
「何がそこまで貴方を…………」
私の不完全な問いに、ヤヨイは微笑を浮かべて問い返した。
「凡人が天才に勝つためには何が必要だと思いますか?」
ヤヨイの問いに私は少し考えてから答えた。
「…………努力、だと思うわ」
「不正解です」
私の答えが彼女の琴線に触れたのか、それとも別の何か思うところがあったのか……彼女の言葉には熱が籠もっていた。
「正解は、準備です」
準備とは、物事に取り組む際に、予めその用意をしておくこと。
それが何故天才と凡人の差を埋めることになるのか。何故ヤヨイがその結論に辿り着いたのか。それらの疑問が口から出そうになるのを堪え、ヤヨイの次の言葉を待つ。
「何において勝つか。どうやって勝つか。どんな状況が自分にとって有利なのか。天才が直感で導き出す結論を、いかに事前に用意できるか……!」
語るほど、ヤヨイの言葉には熱が籠もっていく。
「足りない思考パターン、劣る演算能力、理不尽なまでの予測、圧倒的な差がある知能。これらを補うために、凡人は死ぬ気で準備をするんです!」
私が"合理"こそ正しいと信じるように、ヤヨイもまた、"準備"こそが凡人が天才に勝つための方法だと信じている。きっとそれは、彼女の今までの人生から導き出された信念のようなものなのだろう。
「私は姉に勝つために貴方の下へ来ました」
目の前に立ったヤヨイの瞳が、私にその熱を伝えてくる。
「姉に勝つための……勝負のきっかけが欲しいんです」
ヒマリに勝つ。
それが彼女にとってどれほど大きなことなのか……私には理解できないし、させてもらえないだろう。
「お願いします。どうか私にチャンスをください」
そう言って、ヤヨイは再び頭を下げた。
私は天才か凡人なら、天才に分類されると思う。ヒマリもチヒロもそうだ。だけど、ヤヨイは違う。彼女は努力が得意なだけの、ただの凡人だ。そんな彼女が、ヒマリに勝つと言った。
────それはなんて、浪漫があることだろうか。
「…………トロッコ問題は知っているかしら」
きっとこの判断は合理的ではない。だけど、間違っていないはずだ。
「5人を助けるために1人を殺してもいいか……ですよね?」
「えぇ、そうよ。……貴方ならどうするの?」
「そうですね……6人全員の才能が等しいとするなら────」
そう一言前置きだけして、ヤヨイは迷う素振りも見せずに答えた。
「5人のために、1人を殺します」
私はこの日、良き理解者を得た。
*
ヤヨイには、セミナーではなく私直属の部下として動いてもらうことにした。ヤヨイが私に求めたのは、『ヒマリと勝負する舞台』を用意すること。セミナーへの加入によって、ヒマリに監視されては元も子もない。
対して、私がヤヨイに求めたことは主に二つ。
一つは、私のもう一人の部下であるトキの"武装"の開発。そしてもう一つは、ヤヨイの"準備"の一つを私に貸してもらうことだ。
このおかげで私は要塞都市エリドゥの開発に専念し、人手不足と戦力不足などの問題も解決することができた。ヤヨイには感謝してもしきれない。
私の行いは、きっと多くの者を敵に回す。だけど、ヤヨイの願いを叶えるためにも、キヴォトスの未来を守るためにも、絶対に成し遂げなければならない。私は改めて決意を固めた。
──────そして、"それ"はやって来た。
予兆はあった。連邦生徒会長の失踪に、先生の登場とシャーレの発足。キヴォトスに何かが起こる、そんな予感めいたものがあった。
ミレニアムに現れた生徒、その名を"アリス"。ゲーム開発部の新入部員であり…………連邦生徒会長が遺した廃墟から訪れたモノだ。
「あの子が"名もなき神々の王女"なんですか?」
そう聞いてきたヤヨイの顔色は良くない。徹夜続きの研究のせいか、アリスへの罪悪感か、それとも別の何かなのかは私にはわからない。
「今はまだ私もヒマリも結論を出し切れていないわ。だから、しばらくは様子見ね」
「わかりました。…………もしあの子が"そう"なら?」
「計画を始めるわ。いつでも動けるようにしておきなさい」
きっと、そう答えた私の顔色も良くはない。
「ふふ、いつも言ってますよねリオ会長。私はもう、準備万端です」
そう言って笑ったヤヨイは、とてもヒマリに似ていた。
*
「あとはやっぱり…………仲間、かな」
「仲間?」
今、私の目の前で作戦会議を行っているのは、ヴェリタスとゲーム開発部。それぞれの動機は違うけれど、同じ目標のために知恵を出し合い、力を合わせるその姿は、『先生』である私にとっては、見ていて胸が熱くなるものだった。
それに個人的にも、困難を乗り越えるために仲間を集めるのは王道で、とても良い。
「でも、今の私たちが呼べるのってヤヨイ先輩くらいじゃない?」
「むっ……!ヤヨイ先輩なら私達でも召喚できるよ!だよねっ、ミドリ?」
「まぁ、呼んだらすぐに来てくれるとは思うけど……」
「ほらね!」
"…………あの"
胸を張るモモイを横目にそっと挙手をする。
"私はまだそのヤヨイって子に会ったことがないんだ。だからどんな子か少し教えてもらってもいいかな?"
私の質問に真っ先に反応したのはゲーム開発部だった。
「ヤヨイ先輩はね、すっごくゲームがうまくて、いつも私達の遊び相手になってくれるの!」
「よくお世話になってる先輩です」
「え、と……ゲーム友達、です……」
なるほど、どうやらゲームが好きらしい。私は頭の中で、モモイとミドリを合体させて少し大きくした生徒の姿を思い浮かべた。
次にヴェリタスが答えてくれた。
「えっとね、神出鬼没!どこにでもいるよ!」
「音が怖い人です」
「天才。流石部長の妹って感じの人だよ」
"……ありがとう。また今度会って話してみるよ"
こちらはゲーム開発部とはずいぶん印象が違うみたいだ。先ほど脳内で完成したヤヨイ(仮)に眼鏡と白衣を着せておく。
「その必要は無いよ、先生」
咄嗟に背後を振り返る。
そこには、綺麗な白髪を肩辺りまで伸ばした美少女が立っていた。
"……びっくりした。君がヤヨイ?"
「ふふ、驚かせてごめんなさい。そうですよ、先生。私が明星ヤヨイです」
そう言って微笑む姿は、ゲーム開発部よりもヴェリタスが教えてくれた印象の方が強かった。
「ヤヨイ先輩!どうしてここに!?」
「私を呼ぶ声が聞こえたので。私に何か用ですか?」
「どうせ聞いてたんでしょ。話が速くて助かる」
「……聞いてはいました。ですが、まだ協力するとは言っていません」
「聞いてたんだ……」なんて思ったのはどうやら私だけらしい。先程までの歓迎ムードから一転し、みんなに緊張が走る。
「奪還した"鏡"を私にも貸すこと。これが条件です」
「……まぁ、それくらいなら」
「やった!これで百人力だよ!」
「えっと……モモイ、たぶん私は戦いませんよ?」
こうして私達は強力な助っ人(?)を手に入れた。これにはアリスも「パンパカパーン!魔法使いが仲間になりました!」と大喜びだった。
その後私がエンジニア部に協力をお願いしに行き、遂に"鏡"を取り返す準備が整った。
──────そして、
作戦通りアリスがセミナーに捕まり、私達はその夜に"鏡"を奪還するべく動き出した。
作戦メンバーは、私、ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部、そしてヤヨイだ。
『こちらヤヨイです。今のところ、作戦に支障が出る位置にアスナ先輩はいません。安心して進んでください』
ドローンから私とゲーム開発部に話しかけているのがヤヨイだ。一番予測不可能なC&Cのアスナの位置を報告し、私達の道案内もしてくれている。
『モモイ、ストップ。先生達も』
「えぇ!なんで!?もう少しで"鏡"のある差押品保管所なのに……」
『ウタハ先輩からの合図がまだですから。対物ライフルで撃ち抜かれたいなら通ってもいいですよ』
「お姉ちゃんは身長が低いから大丈夫でしょ」
「そ、そんなことないよ!カリン先輩ならちゃんと当ててくれるはず!」
"……モモイ。それは言い返せてないよ"
私達がそうやって話している間に、建物の灯りが消えた。近未来的な光の代わりに、夜空に浮かぶ月が廊下を照らしてくれている。
『合図が来ました。先へ進んでください』
「よぉーーし!ゴールまであと少しだ!」
「お姉ちゃん、声が大きいよ」
ついさっきまでスナイパーが目を光らせていた場所を進んでいく。モモイの言う通りゴールは目前だったし、ここに来るまでに脅威はほとんど無かった。だから、私達の気は緩んでいたし、肝心な事を忘れていた。
『止まって!』
ドローンからの警告。それによって、緩慢だった思考に再び火が入れられる。才羽姉妹の無事を確認し、アロナに周囲の索敵を行ってもらう。
『この先に、アスナ先輩がいる』
「えぇ!どうするの!?」
「そんな……あと少しなのに……!」
"モモイ、ミドリ。落ち着いて"
慌てる二人を落ち着かせて、ヤヨイの次の指示を待つ。
『私が出ます。三人は……左の部屋で待機していてください』
ヤヨイの指示通り才羽姉妹を連れて指定された部屋へと駆け込む。
その数秒後に、部屋の外から声が聞こえた。
「先生ー?どこにいるのー?」
その声の主は、もちろんアスナだ。あの子の手にかかれば、こんな即席の隠れ場所などすぐに見つかってしまう。そうなれば、後は戦うしか道がなくなるが、時間が長引けば長引くほど不利になるのは私達だ。
見つかればゲームオーバー。それは私達も、ヤヨイもわかっている。だから、私達にできることは息を殺して、アスナの"直感"が外れることを願うことだけだ。
「ここだ!」
アスナの声が一際大きくなり、部屋のドアノブがガチャリと音を立てる。モモイとミドリに銃を構えさせ、その時を待つ。
しかし、いつまで経ってもドアは開かれなかった。
「こんばんは。アスナ先輩」
「あれ?ヤヨイちゃんだ!どうしてここにいるの?」
壁1枚を隔てて、ヤヨイとアスナの会話が聞こえる。
どうやら間一髪間に合ったみたいだ。モモイとミドリと、顔を見合わせてほっと胸を撫で下ろす。
「今はセミナーのお手伝い中なんです。それより、セミナーの執務室の前でカリンさんが呼んでましたよ」
「ほんと!?ありがとうヤヨイちゃん!行ってくるねー!」
アスナの声がどんどん遠ざかっていく。それから少し様子を見て、私達はようやく部屋から出ることができた。部屋の外で待っていてくれたヤヨイに感謝を伝える。
"本当に助かったよ。ありがとう、ヤヨイ"
「礼には及びません。さぁ、先へお進みください」
「ありがとうヤヨイ先輩!絶対にアリスを助けてくるから!」
「お姉ちゃん、"鏡"もだよ」
「お願いします。それでは、私は戻りますので」
ヤヨイと別れ、目的地である差押品保管所へと向かう。その道中で、モモイがふと疑問を口にした。
「そういえばさ、さっきのヤヨイ先輩どうやって来たんだろう?」
「…………たしかに。停電もあるし、カリン先輩が来る予定だったルートはまだ塞がれてるはずだし……」
"窓は?ほら、キヴォトスのみんなってすごい身体能力が高いし、ジャンプして窓を割って入ったとか"
「先生……キヴォトスの生徒でもこの高さはジャンプできません。……いや、ネル先輩ならもしかしたら……」
「うぅ……ネル先輩の名前を聞いたら急に悪寒が……ほら、もうすぐ目的地だから急ごう!」
その後、自力で脱出してきたアリスと合流し、私達は無事に差押品保管所に到着することができた。
そこで突如として現れたネルに見つかりそうになったり、それをユズが救ってくれたりと、色々あったが、ここでは割愛する。
とにかく、私達は当初の目的であった"鏡"を入手することができたのだ。
*
生徒会長専用の部屋にて、私は先日の事件の映像を見ていた。モニターに映っているのは、アリス……いや、彼女は────
「リオ先輩、結論は出せましたか?」
いつの間にか隣にいたヤヨイに問われる。振り返って彼女を見ると、もう待ち切れないと言わんばかりの表情が、彼女の不健康な顔に浮かび上がっていた。
「えぇ。アリスは……"名もなき神々の王女"で間違いないわ」
「そうですか。では、計画は明日に?」
「……いや、それはまだよ。万全の準備と、相応の機会をもって計画は実行するわ」
「貴方らしい判断ですね。ですが、姉とは明日会うのでしょう?」
それが聞きたかっただけだろう。そんな思いが視線に籠もっていたのか、ヤヨイは私の目を見て笑みを浮かべた。
「私に任せてくれませんか?」
「……ネタバラシはまだ先だと言ってなかったかしら」
「予定変更です。少しだけエリドゥで準備したいことができたので、先に姉も連れて行こうかと」
「その準備は、ヒマリに関するものなの?」
「いえ、どちらかというとアリスに関するものです」
アリス……"名もなき神々の王女"の扱いについては、ヤヨイに一任してある。消去方法は私も別で用意してあるが、それはあくまでサブプラン。ヤヨイが"名もなき神々の王女"を消去することが、私達の第一目標。
「わかったわ。明日の夜は貴方に任せる。トキには貴方から連絡しておきなさい」
トキとヤヨイは"武装"の開発の件もあって、すっかり打ち解けた。トキの注文をあれこれ取り入れ、ヤヨイの研究成果の全てを注ぎ込んだ"武装"は、私が見ても限りなく完璧に近かった。
普段から凡人を自称するヤヨイだが、今まで積み上げてきた知識や技術を見れば、十分天才だと言っても過言ではない。
「やった」
そう小さく呟いて拳を握りしめる姿は、まだまだ子供ではあるけれど。
そうして、次の日の夜。
私の下へ訪れたヒマリは、机の上に並べられたお菓子や紅茶を見て言葉を詰まらせた。
「あら…………貴方がもてなしをするなんて、どういう風の吹き回しなんですか?……リオ」
「ある人物からの細やかなプレゼントよ。『最後の晩餐』らしいわ」
「ふふ、貴方に似て随分と悪趣味な人みたいですね」
「……今のは聞かなかったことにしてあげるわ。冷めないうちに飲みなさい」
ヒマリが紅茶に口をつけたのを見て、ヤヨイへ連絡する。これで、この場で私がヤヨイのためにしなければならないことは終了した。私に残されたのは、姉妹喧嘩が始まるまでのあと数分のみだ。
「では本題に入りましょう。アリスについての結論は出たかしら」
「えぇ、もちろんです。アリスの正体、それは…………無名の司祭が崇拝する"オーパーツ"であり──」
「遥か昔の記録に存在する、"名もなき神々の王女"。つまり、あの存在の本質は──」
「えぇ。アリス、あの子は──」
「世界を終焉に導く兵器」
「かわいい後輩ですよね♪」
お互いの結論が不協和音を奏でた後、静寂が場を支配する。先に口を開いたのは私だった。
「合理で考える私とヒマリとではまったく結論が違う。言われた通りだったわね」
「…………先ほどから不気味ですよ、リオ。堅物の貴方に私以外の協力者がいるとは思えませんが────」
「───―」
「貴方のもう一人の協力者は、誰ですか?」
「不合理な推理ね。でも、いいわ。ここでネタバラシみたいだから」
「……いい加減にしなさい、リオ。貴方の後ろには誰が……」
「私の後ろには誰もいないわ」
そう言って、私はヒマリを指差した。
「いるのは、貴方の後ろよ」
次回──第4話:喜劇の幕開け