明星に誓う   作:広々瀬

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第6話:太陽と向日葵、姉と妹、貴方と私

 

 

「ヤヨイ……」

 

 突如として現れた少女が、妹の名を呼ぶ。

 小さな体に、脚まで伸びた長い髪。儚くも、神秘的な雰囲気を纏った少女の容姿は、まさしく"アリス"そのものだった。

 

 

「ヤヨイ!!!」

 

 

 そんなアリスそっくりの人物が、倒れたヤヨイを硝子のようにそっと抱える。ちらりと見えたその表情は、慈愛に満ちたものだった。

 

 

「何者ですか!ヤヨイから離れなさい!」

 

「黙りなさい。愚かな姉よ」

 

 

 その表情から一転して、少女の怒りに染まった視線が私を射抜く。その声色も、アリスとは違ってとても冷え切っていた。

 少女は依然としてヤヨイを抱きかかえたままだ。その事実に眉を顰めながらも、努めて冷静に隣のアリスへと問う。

 

「アリス、どういうことか説明してください」

 

「あれはアリスの中にいた"ケイ"です!あの体はヤヨイ先輩が用意してくれました!」

 

「……なるほど、話が見えてきました」

 

 

 おそらく、ヤヨイの目的は"アリス"と"ケイ"の分離。あの性悪女とは違って、アリスを犠牲にする気は端から無かったということですね。流石はヤヨイです。

 だが、一つわからないことがある。

 

「なぜ、ケイはヤヨイを?」

 

「それはアリスにもわかりません……ケイとお話している時に急におかしくなりました」

 

「…………まさか……」

 

 

「アリス!!!」

 

 

 一足遅く、勇者の仲間が到着した。

 

 

「うわぁ〜〜!心配したんだからね!!」

 

「アリスちゃん……無事でよかった……!」

 

「ほ、ほんとに……よかった……」

 

「無事でよかったよ。アリス」

 

「みんな……心配かけて、ほんとうにごめんなさい」

 

「謝る必要なんてない!」

 

「そ、そうだよ!」

 

「私達は仲間でしょ!」

 

「…………はいっ!」

 

 

 魔王の御前にて、ゲーム開発部が再び一つになる。

 

 

「王女よ」

 

 

 それを、"鍵"が許す筈がない。静かな声が、部屋中に木霊する。

 

 

「貴方の役割は、この世界を滅ぼすことです」

 

「違います!アリスは、世界を救う勇者です!」

 

「…………そう、ですか」

 

 

 悲嘆と落胆が、確かにそこにはあった。 

 

 

「アリスは、世界を滅ぼすなんてことはしたくないです。それは……ケイも同じはずです」

 

「……王女よ、私は……!」

 

「アリスは、ヤヨイ先輩にチャンスをもらいました。だからケイにも、ジョブチェンジのチャンスがあるはずです!」

 

 

 勇者が魔王へ手を差し伸べる。

 

 

「……私は、その手は取れません」

 

 

 しかし、ケイの手はアリスではなく、ヤヨイへと向かう。

 

 

「この子のためにも、私は世界を滅ぼします」

 

 

 花を撫でるように、ヤヨイの頬へと手を伸ばす。

 

 

「『プロトコルATRAHASIS』起動」

 

 

 深紅の瞳が私達を捕らえる。

 

 

「"同期しろ"」

 

 

 アリスの姿で、アリスの声で、ケイがヤヨイ達を従える。破滅への行進が始まった。

 

 ヤヨイ達が一斉に銃を構える。私の前には咄嗟にエイミが立ち塞がった。

 

 

「ッ……!アロナ!」

 

 

 先生の焦った声が聞こえる。

 そうだ、当然だ。己の命を奪う銃弾が無数に飛び交って来るのだから。

 そんなことすら遅れて気付いた。だって、何よりも……その言葉が気に触れたから。

 

 

「ヤヨイのためにもなんて、ふざけたことを言わないでください!」

 

 

 怒りのままに、叫ぶ。アンドロイドに囲まれた奥で、赤く輝く双眼と、目が合った。敵意か、殺意が私の肌を刺す。

 

 

「貴方は、何もわかっていない」

 

「ッ……!貴方こそ何が!」

 

「私はヤヨイと一つになりました」

 

 

 その言葉が何を意味しているのか、一瞬理解できなかった。

 

 

「貴方は何を望んでいるのですか?」

 

 

 "同期しろ"と、先程少女は言った。つまり、だ。私とヤヨイの勝負の最中、ケイもヤヨイと意識を共有していたのではないだろうか。

 

 

「もし貴方がヤヨイの幸せを望むなら、この子の幸せにとって一番邪魔なのは貴方です。明星ヒマリ」

 

「…………そんな、わけ……」

 

「ヤヨイの記憶が、感情が、全てを物語っています。それとも貴方は、妹のそれすらも否定するのですか?」

 

「違います!私は、否定なんて……!」

 

「ヤヨイの尊敬を、努力を、準備を、存在そのものを否定し、踏みにじったでしょう」

 

「そんな……つもり、は…………」

 

「ヒマリ。真に受けちゃダメだよ」

 

「先生……」

 

「大人……!……そうでした。この子の痛みも、傷も、大人のせいです。貴方だけはこの手で……!」

 

 

 憎悪に染まった顔が剥き出しになる。それを正面から受けながら、先生は堂々として言い切った。

 

 

「私なら殺してもらっても構わない」

 

 

 この場にいる全員が、その言葉に動きを止めた。

 

 

「だけど、その前に私の話を聴いてほしいんだ」

 

 

 先生は狙い通りだと言わんばかりに微笑んで、ケイに向かって歩みを進めた。

 それは、まさしく先に生きる者の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────頭が、痛い。 

 

 割れるような痛みと共に目が覚めた。急な意識の覚醒に、未だ脳はついてきていない。前後の記憶を思い出そうとしても、どうにも思い出すことができない。

 

 

「…………ここ、どこ?」

 

 

 辺りを見渡すと、どこまでも白が続いていた。だけど、その"白"が私の思考を加速させる。

 

 思い出した。私はお姉ちゃんと勝負して────、

 

 

「負けちゃった…………」

 

 

 負けたのだ。

 思い出すだけで胸が苦しくなる。視界が霞み、俯かずにはいられない。

 ただ、心はいくらか軽い気がした。

 

 

「起きましたか」

 

 

 不意に背後から声が聞こえた。それは抑揚などほとんどない、機械のようなトーンだった。

 振り向くと、そこにはアリスがいた。

 

 

「なんでアリスが……?」

 

「私は王女ではありません。ただの『鍵』です」

 

「……そっか、君が鍵なんだね。アリスがうまくやってくれたのかな」

 

 すると目の前の『鍵』ちゃんが……呼びにくいからケイちゃんでいこう。ケイちゃんがゆっくりと私の方へと歩いて来た。

 

 

「貴方はまた……そうやって人のことばかり……」

 

「……ごめんね」

 

 

 ケイは、そう言って私の服の裾を少しだけ握った。俯いてしまってその表情は伺えないが、きっと心配してくれているのだろう。

 手をそっとケイちゃんの頭の上に乗せる。その自覚はある……が、私には謝ることしかできない。

 

 

「それでさ、ここはどこなの?」

 

「ここは貴方の精神の中……つまり、私と貴方は今"同期"しているということです」

 

「……え?」

 

 

 一瞬、息が止まった。

 

 

「私と、"同期"したの……?」

 

「肯定。この機体はそういう風に設計されているみたいなので」

 

 

 おかしい。ケイちゃんのボディは私のアンドロイドとは違って"同期"できないはずだ。その必要がないし、その機能があればアンドロイド達がハッキングされるから。

 

 嫌な汗が背中を伝う。ケイちゃんに対する罪悪感が、私の胸を押し潰して、体を強張らせた。

 ケイちゃんの肩を掴み、しゃがんで目線を合わせる。

 

「大丈夫!?体に異変はない?」

 

「問題ありません。それよりも貴方は……」

 

「痛かったよね……ごめん、なさい……」

 

「……私は、貴方を許します」

 

 私と"同期"すること。それすなわち意識と、感覚と、記憶の共有だ。意識だけであれば問題ない。だが、"感覚と記憶"は同期した相手に私の過去を追体験させることを意味する。つまり、ケイちゃんは……私と同じ────、

 

 黒服の実験を受けたことになる。

 

 黒服と私はある契約を結んでいた。

 その内容は至ってシンプルで……私の研究に協力する代わりに黒服の実験を手伝う、というもの。

 ただし、『お姉ちゃんとの勝負まで私が心身ともに正常な状態でいる』という条件付きで。

 

 実験は"同期"についてだ。

 何かの装置で過去の嫌な記憶……トラウマを嫌というほど見せられた。おかげであまり眠れなくなったりしたが、進展はあった。

 この時点でアンドロイドは自律して動けるようになった。尤も、それは私と同一の記憶を保持した機械ではあったけれど。周りをごまかすために、その機体は私の代わりにミレニアムで勉強させた。たぶん、誰にも気づかれていない。

 

 私と黒服はさらに実験を続けた。

 "私"を核として記憶と感覚を共有でき、"私"が同期したアンドロイド達を操作できるシステムを作るために。

 

 機械と私の身体の感覚の共有は、小さな部位から始まった。手や脚、耳や眼球。それぞれ動かせるかどうかと、感覚器官として機能しているかどうか。それらを一通り試してから、最後に"痛み"を確認するために────破壊する。

 

 四肢が、目が、頭が潰される感覚を、今もまだ忘れることができない。

 

 こうして"同期"のシステムは完成した。

 "同期"の度に私の過去を、痛みを追体験する。というデメリットを抱えて。

 

 

 私達の静寂を破ったのは、ケイちゃんだった。

 

 

「……確かに、痛かったです」

 

「そう、だよね……」

 

「嫉妬でどうにかなりそうでしたし、どうしようもなく惨めで……何度も、自分の存在理由がわからなくなりました」

 

「……本当に、ごめんね」

 

 

 私の口から出た謝罪は、自分でも驚くほど小さな声だった。いつの間にか床だけを映している視界も霞み、鼻の奥がツンと痛む。

 ケイちゃんが一歩下がり、肩に置いていた私の手が宙を彷徨う。置き場を失ったそれは、重力に従って垂れ下がった。その勢いに任せて、私は膝から崩れた。

 

 

「……何故、貴方が謝るのですか」

 

 

 無機質な声が頭上から聞こえる。抑揚のほとんどないその音の中に、少しの困惑が入っていたような気がした。

 

 

「痛みも、辛さも、妬みも、悲しみも、全ては貴方が経験したことでしょう」

 

「そう……だけど、それを貴方にまで…………」

 

「道具にすぎない私のことなど、どうでもいいのです」

 

 

 きっぱりと、断言された。

 それは違う──そう言いかけて目線を上げると、ケイちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 

「何故、貴方は他人ばかりを優先するのですか……!」

 

 

 泣きそうな、それでいて怒りを含んだ声が耳に響く。

 

 

「…………私には、何の価値もないから……」

 

「……価値なんて……」

 

「お姉ちゃんに勝って、私はすごいんだ、私はお姉ちゃんの隣にいてもいいんだ、私にだって価値があるんだって……そう思いたかった」

 

 

 誰かに……お姉ちゃんに見てほしかった。私はここにいてもいいんだって、そう思える自信がほしかった。自分自身を認められるようになりたかった。

 

 

「負けた私には……何の価値もない」

 

 

 結局、ダメだった。

 頭を抱えて蹲る。視界に映るものがなくなった。世界もこのくらい暗くて、狭くて、何もなかったらいいのに……なんて思った。

 

 

「このまま消えてなくなりたい…………」

 

 

 そっと、抱きしめられる感覚がした。温もりは感じなかったが、冷たくはなかった。

 

 

「私がいます」

 

 

 どこまでいっても、その声は無機質だ。きっとそれは、事実しか語らない機械の音でしかない。だけど、今の私にはそれが何よりも救いだった。

 

 さらに強く抱きしめられ、身体が密着する。

 現実世界で"同期"しているケイちゃんの感覚が、私にも伝わってくる。

 

 

『私の話を聴いてほしいんだ』

 

 

 朧気な思考の中に、先生の声が差し込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人の戯言など信用できません……!結局は私を、この子を騙して、裏切って、傷つける」

 

「戯言か……たとえそうであったとしても、私は先生として綺麗事を、夢を、希望を語らなくちゃいけないんだ」

 

「何が先生ですか……目の前にいる生徒一人救えないくせに……!」

 

 

 明確な拒絶が、音となってその場にいる全員の耳へと届く。

 

 

「……そうだね。私はダメな大人だよ」

 

 

 それでも、先生は臆さずに言葉を紡ぐ。

 

 

「君達に辛い思いをさせて……私自身には何の力もないから、一人じゃ何も解決できない。そんなちっぽけな人間だ」

 

 

 確かに、先生はキヴォトスの住人と比べるとあまりにも無力だ。銃弾一発がその命に関わり、力も生徒に大きく劣っている。生徒達の直接の力になれないことが、とても悔しい。

 きっと、その無力感はこれからも変わらず感じ続けるだろう。

 

 

「でも、私は"先生"だ」

 

 

 それでも、"先生"としての譲れない意地が、信念が、私にもある。

 

 

「先に生きる者としての責任が、私にはある」

 

「私にだって与えられた役目があります。それを貴方に邪魔される筋合いはありません」

 

「その役目は、本当にケイが望んだこと?」

 

「……何が言いたいんですか」

 

「それが本当にケイがしたいことなら」

 

「──―」

 

 

「なんで、ケイはそんなに辛そうな顔をしているの?」

 

 

「……ッ」

 

 ケイの目に動揺が走る。

 ────そんなわけがない、とそう思っているのだろうか。先生がケイ達へと歩を進める。

 

 

「ヤヨイもずっと辛そうな顔をしていたよ」

 

「知ったような、口を……」

 

「君達は強い子だ。自分で考えて、納得して、結論を出して、行動できる。今みたいにね」

 

「違う……私は、強くなんか……」

 

 

 一瞬、ケイの雰囲気が変わった。今にも先生達を撃たんとする敵意は消え、震える声で己を否定する。

 座り込むケイと未だ目を覚まさないヤヨイの前で、先生は首を横に振った。

 

 

「それはすごいことだよ。誰にでもできることじゃない。でもね」

 

 

 『すごい』。その言葉にケイ達は唇を引き締めた。

 今にも泣いてしまいそうな顔をしているケイ達とは対照的に、先生はどこまでも優しい笑みを浮かべて────、

 

 

「それはすごく、寂しいんじゃないかな」

 

 

 先生が、手を前へと差し出した。

 

 

「私なんかが君達を救えるとは思っていない」

 

 

 今も引き金さえ引いてしまえば、目の前の大人は命を落とす。このキヴォトスでは吹けば消えてしまう、そんな脆い人間の筈だ。

 

「だけどね────」

 

 

 それなのに、何故自分は手を下せないのか。ケイにとって、ヤヨイにとって"大人"は憎むべきもので……信じてはいけないのに……

 

 

「辛いなら、痛いなら、悲しいなら、寂しいなら……私を、皆を頼ってほしいんだ」

 

 

 縋りたくなる。

 その手を、取りたいと思ってしまう。

 

 

「こんなダメな私でも一緒に悩むことならできる」

 

「私にはそんな価値なんて……この子の痛みを、貴方なんかに……!」

 

 

「君達のその痛みを、私にも背負わせてくれないかな」

 

 

 震えるケイの腕の中で、閉ざされたヤヨイの目から、一粒の涙が零れ落ちた。

 

 それを見たケイはピタリと動きを止めて。

 

 

「────もう、いいです」

 

 

 止まっていた機械が、再び動き出す。

 

 

「……やっぱり、私は無力だ」

 

 

 向けられた銃口の先で、先生がそう呟く。ただ、その顔に絶望の色はない。先生は、満足気に微笑んで────、

 

 

「今だよ!リオ!チヒロ!」

 

 

 その瞬間、機械の時が再び停止する。

 ミレニアムの"天才"達によるハッキング。それでも作れる時間は数秒にすぎない。圧倒的な速さで、ケイに主導権を奪われる。

だが、その数秒があれば充分だ。

 

 

「アカネ!」

 

「お待ちしておりました、先生」

 

 

 頭上で爆発が起こる。

 天井には風穴が空き、美しい夜空が視界一杯に広がる。しかし、その夜空の中に一等目を引く存在があった。

 

 

「コールサイン"00"」

 

 

 ────夕焼けの色が、夜空に際立つ。

 

 

「コールサイン"04"」

 

 

 ────熱を帯びた"太陽"が、未だ仄かに光っている。

 

 

 倒れた筈の最強達が、"友"のためにそこに立っていた。

 

 

『二人とも気をつけて。その状態で戦えるのはもってあと数分よ』

 

「上等だ。それで全部片してやる」

 

「イエス、マム」

 

 

 二人は機械のもとへ着地し、次々にそれらを薙ぎ倒していく。その光景を、ケイは為す術なく眺めていた。

 

 "同期"の欠点は二つある。

 一つは"同期"する際の使用者への『明星ヤヨイ』の記憶の追体験、及び精神的な負荷。

 もう一つは、使用者を守るために作られた保護プログラムだ。本体に大きな負荷がかかるだろうと判断されたものは、自動的に同期が切られ、痛みや苦しみから使用者を保護する。

 だから、本体とアンドロイドの思考にはほんの一瞬のラグがある。限りなく0に近いそれは、キヴォトスで最上位の実力を持つ彼女達の前では致命的な隙となる。

 

 

「……無駄です。まだこの都市には有り余る程の機械が────」

 

「ヤヨイ!!!」

 

 

 絶え間なく響く銃声の中、その声だけは確かにケイ達の耳へと届いた。

 

 

「アリス、突撃します!!」

 

「っ……王女……!」

 

 

 声がした方へと振り向くと、ヒマリを背負ったアリスがこちらに走って来ている。

 この二人は放っていても問題ない。そうわかってはいるのに、目が離せない。煮詰められた感情が、"明星ヒマリ"を無視することを許してくれない。

 

 判断が、鈍る。

 

 

「まさか、今日負けたくらいで諦めるつもりですか!」

 

 

 気がつけば、目の前にアリスが迫っていた。

 アリスがケイを抑え、ヒマリがヤヨイを抱きかかえる。

 

 

「聴こえているのでしょう?戻ってきなさい、明星ヤヨイ!」

 

 

 "妹"というフィルターを外して、ヤヨイを見る。

 ヒマリにとって、初めてのことだった。自分を称え見上げるだけでもなく、仲間として力を合わせるわけでもなく、知恵を乞い願うこともしない……ただ純粋に『超えたい』と思われたのは。

 

 周りには恵まれている。対等な友人も、自慢の妹だって傍にいる。だけど、心のどこかでずっと……少しだけ退屈だと思っていた。

 

 嬉しかった。

 ヤヨイに『超える』と言われて。

 

 楽しかった。

 あんなに白熱した電脳戦ができて。

 

 だから、こんなところで終わらせるわけにはいかない。

 

 

「私に勝つと、言ったじゃないですか!!!」

 

 

 この気持ちがどうか貴方へと届くように。

 明けがかった空に──明けの明星へと願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 目を開くとお姉ちゃんがいた。

 現実で目を覚ましたということは、ケイちゃんが"同期"を解いたのだろう。

 そのケイちゃんは、視界の端でアリスに揉まれている。私は視線をお姉ちゃんへと戻した。

 

 

「お姉ちゃん」

 

「何ですか?ヤヨイ」

 

 

 私の太陽へと問う。

 

 

「私は、ここにいてもいいのかな……?」

 

「当たり前です。いてくれなきゃ困ります」

 

「でも私はいい子じゃないし、トキみたいに強くもないし、お姉ちゃんみたいに頭もよくないよ。今日だってお姉ちゃんに、アリスに、リオ先輩に、先生に……皆に迷惑をかけて……傷つけて……」

 

 

 ────私は、何も成し遂げることができない。

 何をやってもうまくいかなくて、何をやっても人より劣っていて、『全知』と謳われる貴方には程遠い。そんな情けない妹だ。

 

 

「それでも、私はヤヨイに傍にいてほしいです」

 

「…………どうして……?」

 

「貴方に『勝つ』と。そう言われたからです」

 

 

 それは、あまりにも……あまりにも酷な理由だった。

 私は確かにお姉ちゃんに勝つと、そう宣言した。……そして負けた。

 だがお姉ちゃんは言った。たった一度の負けで諦めるのか、と。私の全力を上回った上で、さらに"次"を求めているのだ。

 

 

「それに、貴方以外ではきっと退屈でしょうから」

 

「…………ずるいよ」

 

 

 初めて、明星ヒマリが私を見てくれた。

 

 

「私を楽しませてくださいね、ヤヨイ」

 

 

 理不尽で、残酷で、身勝手な脅迫だ。

 

 あぁ……でも、妹だからとか、愛してるからとか、そんな上っ面だけの理由よりかはマシだ。

 

 私は、お姉ちゃん達の……明星ヒマリの手を取った。

 

 

「仲直りはできた?」

 

「はい、先生のおかげですよ」

 

「……先生、色々ごめんなさい。それと、ありがとうございます」

 

 

 手を差し伸べてくれた大人……"先生"に、頭を下げる。ほんとうに、感謝してもしきれないくらいだ。

 

 

「私は先生として当然のことをしたまでだよ」

 

 そう言って先生は、黒い大人とはまるで違う、太陽のように輝く笑顔を見せてくれた。

 ……きっと、この人には敵わない。

 

 

 こうして私達は、誰も欠けることなく無事に大団円を迎え、私が"準備"した舞台も幕を引く────、

 

 そのはずだった。

 

 

「おい、ヤヨイ」

 

「ネル先輩……何ですか?」

 

 視線の先にいたネル先輩は、全身傷だらけだった。私のせいだと思うと罪悪感が湧いてくるが、ネル先輩ならまぁ……という気持ちがないわけでもない。

 

 

「まだ偽物を動かしてるのか?」

 

「……動かしてません」

 

「なら、あれはどういうことだ」

 

 

 ネル先輩が窓の外を指差す。

 

 大量の"私"が、こちらに向かって来ていた。

 

 

「ケイっ!」

 

「私ではありません」

 

 

 つい先程までの"私"に問うが、それも違うらしい。

 

 原因は、おそらく黒服だろう。ケイの機体に"同期"のプログラムを組み込んでいたことや、そもそもとして"同期"に痛みが伴うという致命的な欠点があること……

 

「……なるほど」

 

「ヤヨイ、何かわかったのですか?」

 

「うん。悪い大人にしてやられたっぽい」

 

「……ヤヨイ。その悪い大人って……もしかして黒いスーツを着ていた?」

 

「え、そうですけど……なんで先生が知ってるんですか?」

 

「はぁ…………いや、何でもないよ」

 

 

 先生が深くため息を吐いた。ひどく疲れた様子だった。

 それに、お姉ちゃんや他の生徒の顔にも疲労が浮かんでいる。だから……

 

 自分の尻拭いくらいは、自分でしよう。

 

 そう思える程には、私の気分は高まっていた。

 

 

「"同期しろ"」

 

「ッ……貴方……!」

 

「……やっぱりできないか……って、うわ。どうしたのケイちゃん?」

 

「…………貴方はバカです」

 

「あはは……知ってるよ」

 

 

 やはり、と言うべきか。"同期"してアンドロイドを自爆させようとしたのだが、そもそも"同期"ができないようにされている。

 

 

「トキ」

 

「嫌です。もう動けません」

 

「そうじゃないよ。"アビ・エシュフ"を上空に戻しておいて」

 

「……了解しました」

 

 

 渋々、といった様子でトキはアビ・エシュフから降りてくれた。ボロボロになったそれが、再び空へと打ち上がる。

 

 黒服が裏にいるとはいえ、相手は私だ。狙いはどうせお姉ちゃんだろう。

 

 

「お姉ちゃん。囮になって」

 

「…………………はい?」

 

 

 言うべきことは言ったので、きょとん、としているお姉ちゃんは放っておく。

 着々と準備を進めていると、先生がこちらに歩いて来た。

 

 

「何をするつもりなの。ヤヨイ」

 

「ここに引きつけてまとめて破壊します。どうせ、もういらないので」

 

「……どうしてヒマリを囮に?」

 

「狙いが透けてますから。私のことです。どうせ『最後にお姉ちゃんに一発入れたい』とかが理由ですよ」

 

 

 自分のことだ。ほんとうに、手に取るようにわかる。

 

 

「…………欲しい」

 

『もったいないわ』

 

「ちぇ、もうあれ壊せねぇのか」

 

 

 ガヤは無視だ。

 

 

「リオ先輩」

 

『……何?』

 

「私に教えてない脱出経路がありますよね。そこから皆を連れて出てください」

 

『何故それを……』

 

「私なら、用意しない筈がありませんから」

 

『……仕方ないわね』

 

 

 そう言ってリオ先輩は皆の誘導を始めた。やはりリオ先輩は優秀だ。お姉ちゃんが気にするのも頷ける。

 

 

「あの……ヤヨイ?」

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

「私は何をすればいいのですか?」

 

「たぶんあと数分もすればアンドロイドが来るから、ギリギリまでそこにいて」

 

「なら私も付いとく」

 

「あら、ありがとうございます。エイミ」

 

 

 さぁ、これで準備は整った。

 

 くだらない過去と決別しよう。

 

 

「ヤヨイ」

 

 

 この数時間で何度も聞いた声──先生の声の方へと振り向く。

 

 

「私も残るよ」

 

 

 先生はお姉ちゃん達の方を確認して、声を潜めて私に告げた。

 

 

「……理由を聞かせてください」

 

「生徒を残して自分だけ逃げるわけにはいかないからね」

 

 

 先生としてのプライドだろうか。確かにこの人がこのまま何もせずにここから立ち去るわけがない。

 

 

「それに、ヤヨイが心配だから」

 

「……私、ですか?」

 

「ヤヨイはどうやって逃げるつもりなの?」

 

 ……痛いところを突かれた。

 てきとうに受け流そう、そう思って口を開こうとしたが、不意に先程の先生との会話を思い出して、止めた。

 

 

「……考えてなかった、です」

 

「ふふ、ほらね」

 

「では、私がヤヨイを連れ出します」

 

 

 びくり、と先生と私の肩が跳ねる。恐る恐る声がした方へと振り向くと、ケイちゃんがそこにいた。

 

 

「……ケイちゃんが?」

 

「はい。そこの大人もこれで満足でしょう?」

 

「…………うん、わかった。じゃあヤヨイのことはケイに任せるよ」

 

 

 少し悩む素振りを見せたが、にこっと微笑んで先生は引き下がった。

 

 

「……いいのですか。私を、信用して」

 

「もちろん。ケイももう、私の生徒だからね」

 

 

 自分から言い出しておいてそれはどうかと思うよ、ケイちゃん。だけど先生はその問いに即答した。

 この人は、どこまでも"先生"だ。

 

 

「私は皆を避難させた後、外で待機してるから。何かあったらすぐに行くね」

 

 

 そう言い残して先生は部屋から退出した。

 

 入れ替わるようにして、アンドロイド達がタワー内部へと侵入する様子が、映像として映し出される。

 

 舞台の幕引きを始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ────轟音と共に部屋の扉が破られる。

 

 そこへ、ヤヨイ達がなだれ込む。そこに到着するなり、彼女達は部屋をぐるりと見渡した。

 

 

「待っていましたよ。ヤヨイ」

 

 

 その声の主は、部屋の奥、月明かりに照らされた"明星"。その姿を視認した瞬間、街灯に群がる蝿のように、ヤヨイ達はその光に向かって駆け出す。

 

 その手に持った銃の、引き金に指をかけて。

 既に射程圏内には入っている。それでもまだ、彼女達はその足を止めない。

 

 

「残念ながら、貴方達とは遊んであげられません」

 

「ッ────!」

 

 

 その距離が0になる時、その間に"何か"が割り込んだ。それは、丸みを帯びた機械。その名を、"Division"。"名もなき神々の王女"に従う者達である。

 

 

「なんか予定よりも近くなかった?」

 

「……かなりヒヤヒヤしました」

 

「待って────!置いて行かないで……!」

 

「お姉ちゃん……なんで、私を見てくれないの!」

 

「……許さないっ!絶対に!」

 

「……ごめんなさい。だけど、もうあの子は前を向いたんです」

 

 "明星"がどんどん離れていく。何とかしてそこへ行かなければ……!そう思って辺りを見渡すが、アンドロイド達は完全に"Division"によって包囲されていた。

 "明星"が、見えなくなった。

 

 

「みっともないな」

 

 

 その声は、上から降ってきた。それは、もう一つの"明星"。行き場を失った憎悪が、敵意が、それへと突き刺さる。だが、それは向こうも同じだ。

 

 

「この、裏切り者!」

 

「お前だけなんで……!ほんとにそれでいいの?」

 

「忘れたわけじゃないでしょ!?痛かった……!辛かった……!ずっと、悔しかった!!」

 

 

「だけど、私は"次"を求められた。ただの"妹"の貴方達とは違う」

 

 

 そう告げると、今にも射殺さんばかりの視線が一斉に突き刺さった。それと同時に銃口も彼女へと向けられる。

 

 

「そこにいるんでしょ。出てきなよ、黒服」

 

 

 もう一つの"明星"が、固まっているアンドロイド達の中央を指差す。だが、そこには彼女の言った"黒"の色はない。

 

 

「"同期しなさい"」

 

 

 その音が、作られた"明星"達の意識を奪う。集団は動きを止め、真ん中に位置する一人だけが仰々しく動き出す。

 

 そこに、苦しむ様子は見られない。

 

 

「久しぶりですね。ヤヨイさん」

 

「やっぱり嘘つきだね。黒服」

 

 

 研究者達は、再会を果たした。

 

 

「私はあれだけ痛かったのに、ずいぶん簡単に"同期"するんですね」

 

「クックック……技術は日々発展するものですよ。研究者である貴方ならば理解している筈です」

 

「えぇ、もちろん。でも私に共有くらいはしてくれてもよかったのでは?」

 

「それは申し訳ありません。ですが、お取り込み中のようでしたので」

 

 

 お取り込み中でも、それは言ってほしかったな。まぁ、そんなことはあり得ないだろうけれど。

 

 

「それで、何の用ですか?」

 

「メインプランが頓挫したので、サブプランの実行を。貴方が好きな"準備"というやつですよ」

 

「それで、私達を襲撃したんですね」

 

「そうなります」

 

 

 ニヤニヤと、語る自分を今すぐに撃ちたい衝動に駆られる。しかし、それをしてしまってはきっとこの大人の思う壺だ。

 

 

「でも、それ自体が目的じゃない。そうでしょう?」

 

「クックック……続けてください」

 

「貴方の目的は、私と貴方で行った"実験"の証拠を消すこと。つまりはそこにいるアンドロイドの破壊」

 

 

 実験は私達の間で結ばれた契約に則って口外することはできない。

 だけど、おそらく先生は黒服の存在を知っている。私が口を割らなくても、今回の件に黒服が一枚噛んでいることに気付くだろう。

 合意の上の実験とはされているが、実際に行われていたのは記録とは名ばかりの拷問紛いの数々。きっと先生がそれを知ったら、黒服と先生の関係は悪化し、最悪は敵対の可能性もある。

 

 ならば、その根本を断てばいい。実験結果と記録さえ消してしまえば、それを知るのは私と黒服だけとなる。

 

 だから、全てのアンドロイドを破壊する。そのために、私達を襲撃する。実に合理的な判断だ。

 

 

「クックック…………流石は"全知"の妹、ですかね」

 

「腐っても、ね」

 

「えぇ、認めましょう。私はこれらの証拠を隠滅したい。貴方はそれを知ってどうするつもりですか?」

 

 

 不気味な笑顔を私の顔に貼り付けて、黒服は再度私に問いかける。

 私の答えは、既に決まっている。

 

 

「のってあげるよ」

 

「理由を聞いても?」

 

「貴方のおかげで仲直りできたから。私からのせめてものお礼です」

 

「それはそれは……ありがとうございます」

 

 

 あとは、色々痛かったことへの仕返しだ。

 後ろで準備してくれていた彼女に手を差し出した。控えめに握られた手を、ぎゅっと握り返す。

 

 

「準備はいい?ケイちゃん」

 

「……機体電力100%。全て問題ありません」

 

 

 横に並んでくれた彼女がいる限り、私は何の心配もいらない。

 

 

「『アビ・エシュフ──Sol』呼出信号確認」

 

「大サービスだ!全部、派手にぶっ飛べ!!」

 

 

 

 ──────星が、堕ちた。

 

 

 

「『陽光』 フル、バースト!!!!」

 

 

 

 ─────光が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 薄れ行く意識の中で見た景色は、何よりも美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

「おはようございます。ヤヨイ」

 

 

 目が覚めて、最初に視界に入ったのは、見慣れた"白"だった。

窓から差し込む光に目を細めながら、お姉ちゃんの方へと身体を傾ける。

 

 

「……みんな無事?」

 

「目覚めて一番にそれですか…………はい。ヤヨイのおかげで皆無事ですよ」

 

「ふふ、ならよかった」

 

 

 久しぶりに、お姉ちゃんの前で笑ったと思う。

 きっと、何も知らなかった子供の時以来だ。

 

 

「ヤヨイ。お帰りなさい」

 

 

 久しぶりに、お姉ちゃんの顔をちゃんと見た。

 あの頃の私が、好きだったお姉ちゃんのままだ。

 

 

「ただいま。お姉ちゃん」

 

 

 陽だまりの中で、私達は笑い合った。

 

 

 

〜fin〜

 





これにて完結です。
このあとはifルートや後日談とかをぼちぼち投稿しようと思います。
お付き合いいただきありがとうございました!

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