明星に誓う   作:広々瀬

7 / 7
長らくお待たせしたバッドエンドifです
どうぞ


if√
星は巡る


 

 

「あの、すみません」

 

 

 久しぶりに聞いた声と、肩を叩かれた衝撃が、私──白石ウタハの意識を現実へと引き戻した。

 未だ日は登ったばかりで、今日は学校も休み。こんな時間にわざわざ研究室までやって来た訪問者を見るべく、後ろを振り向く。

 

 

「…………おや」

 

 

 鮮やかな白が、目に入った。

 その色を見るのは初めてではない。ミレニアムが誇る天才、そしてその天才を超えようと足掻いた秀才──私の尊敬する発明家の色だ。

 

 

「白石ウタハさんはいらっしゃいますか?」

 

 

 不安そうな声色と表情で、訪問者──■■ヤヨイが尋ねる。彼女がここに来るのも、私と会うのも、初めてのことではない。

 だけど、今の彼女はそのことを知らない。その事実は、錆のように私の心を軋ませる。

 

 

「……あぁ。何を隠そう、私がその白石ウタハだよ」

 

「そう、でしたか。ごめんなさい、私は……」

 

「気にしないでいい。君の事情は理解しているつもりだ」

 

 

 彼女の申し訳なさそうな顔が、より一層私の心を締め付ける。

 誤魔化すように頬をポリポリとかいたが、煤が付くだけだと思い出して、手を下ろした。

 

 

「そう言ってくれると助かります」

 

「それで、こんな時間にどうしてここに?」

 

 

 わざとらしく話を反らした自覚はある。ただ、この気まずい空気よりかは幾分かマシだと思った。

 

 

「以前の私のことを教えてくれませんか」

 

 

 私の策は失敗に終わった。こんなことになるなら居留守でも使っておくんだったな、なんて後の祭りでしかない思考を巡らせる。

 ■■ヤヨイは、真剣な眼差しで私をじっと見つめている。私は、その目にめっぽう弱い。

 再び誤魔化すように頬をポリポリとかく。煤でも何でも付いていいから、この状況を切り抜ける何かが欲しいと思った。

 

 

「……それはできない」

 

 

 長い沈黙の末、私は声を絞り出した。

 

 

「……どうして、ですか」

 

「約束があるから」

 

 

 嘘は付かない。それが私の示せるせめてもの誠意だ。それすらも、単なるエゴにすぎないけれど。

 『■■ヤヨイ』に関する情報は、キミには教えてあげることはできない。

 

 

「私は友との約束を破るほど、薄情な女じゃない」

 

 

 ──キミのことは見捨てたのにか?

 

 

「どうしても、ですか?」

 

「どうしても、だ」

 

 

 罪悪感よりも黒くて重たい何かが、私の心を締め付ける。

 こんなことなら、煤で我慢しておくんだったな。なんて、これも後の祭りか。

 

 

「……わかりました。早くにすみませんでした」

 

 

 長い沈黙の後、謝罪と共に■■ヤヨイはペコリと頭を下げた。

 心の重圧が一気に軽くなり、ほっと息を吐く。同時に慌てて私も頭を下げた。

 

 

「こちらこそすまない。もし、それ以外で何か私にできることがあれば言ってくれ。必ず力になろう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そんな、肌寒い朝だった。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 卵を割って、フライパンに黄身を落とす。ジュワッ、という音と一緒に白がポツポツと現れてくる。

 同居人の白もこれくらい控えめな主張ならいいのに。そんな思考をした瞬間に、玄関から「ただいまー」という声が聞こえてきた。

 ため息を吐いてから、先に出来上がっていたエッグトーストをお皿に乗せて運んだ。

 

 

「結局ダメだったよ」

 

「……なぜ毎度私に報告してくるのですか」

 

 

 白い髪が特徴的なこの同居人の名前はヤヨイ。色々と理由があって私が恩と情を抱く……少々特別な人間だ。

 

 

「だって。ケイがずっと私の部屋にいるからじゃん」

 

「私だってずっとここにいるわけではありません。王女の面倒も見なければいけませんし」

 

「ふーん」

 

「……なんですかその反応」

 

「べつに」

 

「はぁ……面倒臭い」

 

「ん?なんて?」

 

「……私がこんなに世話を焼いているのは貴方だけだと言ったんです」

 

「ふふ、よくわかってるじゃん」

 

 

 同居人として彼女の面倒を見るようになってからわかったことがある。彼女は、思っていたよりもかなり面倒臭い。

 これがわかったときはかなりショックだったし、もう世話やめようかなと思った。代わりに王女に世話をしてもらうとか言い出したので、それはやめた。王女にこんなことはさせられない。

 それにしても、ほんとうによく動く口だ。貴方は何もかも無くなっても、貴方のままらしい。

 それなら私も……いや、やめておこう。こういうのはフラグになるのだと"知っている"。

 

 

「まぁ、私だからね」

 

 

 私は"■■ヤヨイ"と同化した。彼女の思い出は私の中で生きている。

 私と王女は彼女のお陰で許されて、名前を与えられてこうして生かされている。

 それがどうにも不公平に思えて、私には備わっていないはずの感情がふつふつと湧き上がるのを感じた。

 

 

「じゃあ、私は定期検査に行ってきます」

 

「またぁ?たまには私の研究も手伝ってよ〜」

 

「嫌です。貴方の研究はぜったい碌なものじゃないので」

 

「え、なになに!前の私の話!?」

 

「しません」

 

「ちぇ、ケイのけち」

 

 

 はぁ、ほらまためんどくさい。これはまたあれです。満足させないとグズグズゴネるパターンですよ。

 私ってこんなに面倒な女だったっけ……?

 仕方がない。このまま文句を言われ続けるのも癪なので、私は足を止めてヤヨイに問いかけた。

 

 

「ちなみに、何の研究ですか?」

 

「ふふ、よくぞ聞いてくれた!私は────」

 

 

 ……あぁ、やっぱり。

 

 

 碌なものじゃない。(焦がれている)

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

『あー、しくじった……なぁ……』

 

 

 あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。

 雨と、血と、泥でぐしゃぐしゃになった貴方の姿を、今でも夢に見るほどに。

 

 

『リオ先輩、お願いします……』

 

 

 血まみれの手が、私の手を包みこんで、銃を握らせた時の感触を。

 

 

『ごめんなさい。恨んでいいですよ』

 

 

 雨でも、血でも、泥でもない。赤黒い何かに染まった貴方を、まだ僅かに意識のある貴方を、まだ助かる可能性があった貴方を、私が──────

 

 

 

 

 コンコン、とノックの音が部屋に響いた。久しく聞いた自分以外から発せられる音に不快感を募らせつつも、なんとか「どうぞ」と声を絞り出した。

 

 

「失礼します」

 

「……もう、そんな時間なのね」

 

「はい。今日もよろしくお願いします、リオ先輩」

 

 

 入って来たのは、自身をケイと名乗る一人の少女。私、調月リオは彼女のことが少し……いや、かなり嫌いだ。

 なにせこの子のせいでヤヨイは……いや、それで言うなら私もそうだ。あぁ、そうだ。この子を見る度にこの思考に陥ってしまう。

 この子を見ていると、まるで私を見ているみたいだから、私はこの子が嫌いなのだ。

 

 

「……少し痩せましたね」

 

「そうかしら?」

 

「ちゃんと休めてないでしょう。そんな状態ではできることもできなく────」

 

 

 ドンッ

 

 

 それが私から発せられた音だと気づくのに、数秒かかった。

 この子の前では、私はどうにも合理的になれない。沸々と心の底から湧き上がる感情が、私の思考を真っ白に染め上げてしまう。

 

 

 机に叩きつけた手から力を抜く。乱雑に広げられた計算式や設計図が書かれた紙が、シワを作って音をたてた。

 きっと私の顔にも、深いシワが広がっているのだろう。

 

 

「わかってる」

 

 

 自分でも驚くほどに、大きな声が出た。声を荒げるなんて、いつ以来だろうか。

 少なくとも、この子かヤヨイに対してであることはわかる。

 ヤヨイと違って、私はどこまでも孤独なのだ。

 

 

「でも、ヤヨイのためにも私が休むわけにはいかない」

 

 

 一人で。一人で。一人で、ヤヨイのために、贖罪のために、ヤヨイに謝るために、トキのために、ヤヨイと関わる生徒達のために、そして、ヒマリのためにも。

 私が、私なんかが休んでいる暇はない。寝る前も惜しんで、身を削って、私がやらなきゃいけない。

 

 

 私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が、

 

 

 だって、私がヤヨイを──────

 

 

 

「何度も言わせないでください」

 

 

 ケイの声が、私を現実へと引き戻した。赤い瞳が私をじっと見つめていた。

 赤は、嫌いだ。あの日見た血の色を思い出してしまうから。

 

 

「だから、貴方が勝手に潰れられては困るんです」

 

 

 暗に『ヤヨイのため』だと言われて、安心してしまう自分のことが、大嫌いだ。

 ケイは優しい。この子だけはずっと、私のことを許してくれない。私のするべきことが終わったら、私を裁くのはきっと彼女だろう。

 私はケイのことは嫌いだ。ただ、その点に関しては最も信頼の置ける人物だと思っている。

 

 

「……そうね。素直に忠告を受けておくわ」

 

 

 私が今も正気でいられるのは、この子の存在が大きいことは否定できない。

 だからこそ、私は歯ぎしりをした。しわくちゃになった紙を広げ、努めて冷静に、結果のみを伝える。

 

 

「一カ月。それが貴方に残された時間よ」

 

 

 この子の、寿命。それは、稀代の凡才が意地と努力で完成させた発明品にしては、確かに相応の長さではあった。

 一カ月。どう足掻いても短い時間だ。だけど、この子の顔には焦りも、恐怖も無かった。

 

 

「そうですか」

 

「……怖くはないの?」

 

 

 ただただ淡々と答えるケイに、思わず問いかける。

 そこにあるのは機械故の死生観か、勇敢か、諦観か。はたまたそのどれでもないのか。

 極限まで削られた私に、未だに知識欲が残っていたことに、自分でも少しだけ驚いた。

 

 

「"ケイ"が消えても、何の問題もありません。私の意思と"鍵"は王女に託しました」

 

 

 意思と"鍵"。"名もなき神々の王女"という彼女本来の役割と機能のことだろう。

 世界を滅ぼす。それほどの力を持っていながら、どうして今際の際までこんなにも静かなのかと思っていたけれど。なるほど、そういうことね。

 

 

「私の中の"ヤヨイ"も、貴方がどうにかしてくれるのでしょう?」

 

 

 だから、死ぬのは怖くない。そう締めくくったケイの顔には、本当に恐怖など感じていないように見えた。

 むしろ、自分の死を望んでいるようにも思えて、私はなんとなくケイの診断結果をペラペラとめくった。

 

 

「……貴方、変わったわね」

 

「……そうかもしれません。私もずいぶん、焦がれました」

 

 

 できれば、あともう少し変わってほしいのだけれど。

 そんな言葉をぐっと飲み込んで、カルテを置き、目線で退出を促す。

 その言葉がケイを侮辱することになるのは、十分理解していた。それをわかっていながら口に出すほど、私はまだ壊れていない。

 部屋を出る直前のケイを見て、そういえば、と一つだけ問いかける。

 

 

「アレはちゃんと動いているの?」

 

 

 私の問いを聞いたケイは今までで一番鋭い目つきで私を睨んで、吐くように告げた。

 

 

「アレではありません。あの子もヤヨイです」

 

 

 その言葉を聞き、咀嚼して理解するまでにどれだけかかっただろうか。

 既にケイは部屋を出て、私一人だけが残された。

 

 

 ケイは、何を言ったのだろうか。

 

 

 だってヤヨイは、私が殺したのに。

 

 

「ゔっ……ぉ゙ぇ……」

 

 

 びちゃびちゃと、嫌な水音だけが、今日も私を責め立ててくれる。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 私はクローンだ。

 

 

 目が覚めた時からそれは理解していた。だから私はクローンらしく、本物として振る舞うことにした。その方がみんな幸せだと思ったから。

 だけど私には一つだけ致命的な欠陥があった。本物の記憶がなかったのだ。

 だから私は、私の元となった人を知らない。好きな物も、将来の夢も、友人も、何も知らない。

 

 

 私は、本物からの指示があるまでは本物として振る舞うようにプログラムされている。だというのに、その本物がわからないのだ。

 クローンとしてはこれ以上ない死活問題だと思っていた。だけど、今は違う。

 

 

 

 最近になって本物は既に死んでいることを知った。

 

 

 

 私はクローンではなく、スワンプマンだったということだ。いや、記憶は不完全だから少し違うのかもしれない。

 おそらく、私は本物が遺した保険だったのだろう。私は本物の後釜なのだ。

 

 

 そうして私の人生が始まった。と、言っても特にすることは変わらない。本物が遺した研究を完成させたり、本物の記憶を思い出すために色々したりする日々だ。

 だって自分がどんな人間だったか気になるんだもの。

 

 

 それに、思い出は絶対値だ。良い思い出も、悪い思い出も、それは等しく思い出として積み重なっていく。それが結果として人を形作るのだ。

 だからこそ、私は私の思い出を知りたい。

 

 

「ケイちゃーん、散歩してくるねー」

 

「晩御飯までには帰って来るんですよ」

 

 

 はーい、と元気よく返事をしながら私は部屋を飛び出した。

 研究をするのは確かに楽しいけれど、どこか退屈を拭えない。最近の私のマイブームは、ミレニアム生に「私のこと、知ってる?」と尋ねることだ。

 だけど今まで聞いた人はもれなく全員、気まずそうにしながら知らないと答えた。

 明らかに誰かの情報統制を感じる。ヤヨイは訝しんだ。

 

 

「ねぇねぇ、そこの君」

 

 

 ただ、それしきのことで諦めるわけにはいかない。私は今日も今日とて聞き込みに励むべく、さっそく一人目の犠牲者を捕まえた。

 白い髪が目立つ子だった。

 

 

「私のこと、知ってる?」

 

 

 いつもの如く答えはNOだろうと思いながらも、やめることはできない。

 だって、"■■ヤヨイ"にとって欠かせない何かを忘れている気がするから。

 私が私でいるための何かが足りないから、今の私の生活は満ち足りない。

 それが、何も知らない私が唯一わかること。

 

 

 それを、この子なら知っている予感がした。

 

 

「えぇ、もちろん」

 

「……………………え?」

 

 

 困惑が私の頭を埋め尽くす。予感が当たっていた。それもあるけれど、だって、その子の声はあまりにも、私と似すぎていたから。

 案の定、ゆっくりとこちらに振り向いたその子の顔は……私そっくりだった。

 

 

「ミレニアム所属の二年生。学年で一番の努力家、なんて呼ばれていたそうです。成績は一年生の頃は不振でしたが、ある時期から急激に良くなり、つい最近までは学年一位の座に着いていました。身長は157センチ。体重は43キロ。私と会った時も拒食気味でしたね。運動は得意でも不得意でもない。最後に銃を使ったのは随分前だと言っていました。好きなことは物作り、心霊やSFなどの怪談話でした。友人は、飛鳥馬トキさんが一応その関係にあたるそうですね。他の人とも関わりはあったみたいですが、どの人もクローン越しでの関係だったので本人はあまり親しくなっているつもりはありませんでしたが。クローンの貴方達も含めるなら、この学校で貴方と交流のない生徒などいないに等しいと思います。だからこそ生徒会長の無茶な要求も通ったのでしょう。多くの生徒達と良好な関係を築き、数多の発明品を遺して亡くなったとされる貴方は─────」

 

 

 ■■ヤヨイ。私の名前は──────

 

 

「明星ヤヨイ。『全知』の称号を持つ明星ヒマリの妹であり、彼女に敗れ、散った凡人です」

 

 

 そうだ、なんて思い出せたらどれだけ楽だっただろうか。今の私の気持ちとしては、困惑と興奮、そして気持ち悪さが2:3:4ぐらいの割合でぐちゃぐちゃになってる。

 明星ヒマリ。その名前は聞いたことがある。ミレニアムにおいて『全知』の名を欲しいままにする天才だと。

 その姿を一度も見たこたはなかったけれど。

 

 

「貴方は、なんなんですか」

 

「ふむ。『貴方にとっての』という質問であれば、私はただの仕事仲間、契約者……いえ、ただの観測者といったところでしょう」

 

「正直いって、ちょっと気持ち悪いです」

 

「クックック……記憶はなくてもその口は変わりませんね」

 

「ちょっと気持ち悪いです」

 

 

 なんなんだこの人。笑い方とんでもないな。私の顔で変な笑い方しないでほしいんですけど。

 手で顔を覆ってくつくつと笑う"私"を見る。少し癪だけど、この人が私のことを教えてくれたことは事実ではある。

 だから……私は頭を下げた。

 

 

「……私のことを教えてくれたことは、ほんとにありがとうございます」

 

「…………貴方は本当に変わりませんね」

 

 

 目の前の私は、そう言って少し黙った後、私に顔を上げるように言った。

 その手にはさっきまでは無かった一枚の紙が握られていた。

 

 

「これを、貴方に」

 

 

 渡された一枚の紙切れ。そこにはミレニアム地区内の、とある場所が示されていた。

 

 

「そこに、貴方の求めるものがあります」

 

「……なんで、ですか」

 

 

 ポツリと、私の口から言葉が溢れた。

 

 

「なんで、私にここまでするんですか。貴方だってわかっているはずです。私は、前の私とは別人だ。前の私と貴方に何か関係があったとしても、こうやって筋を通そうとする必要はない」

 

 

 目の前の少女は、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま私の乱雑な問いに答えた。

 

 

「以前の貴方にはとても面白い物を見せてもらいました。私は観測者であり、契約に重きを置く大人です。価値のあるものにはそれ相応の対価を払いたい。ですので、それは私から"明星ヤヨイ"への、必要な対価です」

 

 

 そう言い切って、その大人は私に背を向けた。私と同じ白い髪がふわりと揺れる。

 きっと、もうこの人と直接会うことはないのだと思った。

 

 

「縁があればまたお会いしましょう」

 

「……その時は、是非本物の貴方と」

 

 

 私がそう言い切る前に、私の姿をした大人は、あの特徴的な笑い声を残して跡形もなく消えてしまった。

 

 

 一人残された私は、渡された紙切れを見つめる。それに記されていた場所は、ここからそう遠くないところだった。

 ケイちゃんに「ちょっと遅くなる」とメッセージを送って、私は駆け出した。

 行かない、という選択肢は私の中には無かった。

 

 

 走る、走る、走る。風を切る音が耳の中に響く。日は沈みかけ、夕暮れが辺りを朱色に染めている。

 オレンジがかった西の空に、ポツンと浮かぶ星──"宵の明星"が一際輝いて見えた。

 

 

 紙切れが示していた場所は、ミレニアム地区の外れにある建物の地下。扉を開けてこっそり中へと忍び込むと、いけないことをしている時特有の胸騒ぎがした。

 ドキドキが止まらない私とは対照的に、建物の中は異様なまでに静かだった。

 扉を開け、階段を降り、扉を開け────何度かそれを繰り返して、私はその部屋へ辿り着いた。

 

 

 誰かいる。少しの声と、何かを書く音。音のないこの建物で、それを聞くのは簡単だった。

 これを見てしまえば、もう後には引けない。そうわかっていながらも、私は少しだけ開かれた扉から、恐る恐る中を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私は『太陽』を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と同じ白い髪、整った顔。だけど、私なんかと同じ程度の存在では、断じて違う。見ただけで、圧倒的なまでの差を直感で感じた。

 ずっと私は満足できなかった。ずっと日々の生活が退屈だった。

 

 

 記憶がないから?私が偽物だから?

 

 

 否。この『太陽』がなかったからだ。

 

 

 光に吸い寄せられる蝿のように、私はいつの間にか部屋の中へ入っていた。

 

 

「……ヤヨイ」

 

 

 部屋の中には『太陽』と、メイドと、無数のチューブに繋がれた本物の"私"がいた。

 私は偽物。だけど、この気持ちは本物と同じだ。

 

 『太陽』が私の名前を呼ぶ。熱が、私の心を溶かす。私にある筈のなかった熱が、再び"明星ヤヨイ"の心に燃え上がる。

 

 

「貴方は、私のことを覚えていますか……?」

 

 

 縋るような声だった。

 

 

「いいえ。でも────」

 

 

 私の進むべき道が、今わかった。一度通った軌道上かもしれない。それでも────

 

 

「私は、貴方になりたい」

 

「っ……!」

 

 

 『太陽』に手を伸ばす。たとえ届かなくても、触れると焼けてしまうとしても、私はこの『太陽』が欲しい。

 

 

 




ifルート
ヤヨイが同化の負荷に耐えきれず自力で反転し、みんなにボコボコにされた挙句、かろうじて意識を取り戻して苦しんでいたところを、最後にリオ会長にトドメを刺してもらった。
唯一、ミレニアムにいた1体のクローンだけが無事だったので、それをヤヨイにすべくみんなが奔走中。
ちなみに本体はギリ生きてて、ヒマリとトキが治療すべくこっそり奔走中。


調月リオ
ヤヨイを殺したのは私。
心身ともに限界の人。ケイの中にあるヤヨイの記憶をクローンヤヨイに移植すべく頑張ってる

ケイ
まったくヤヨイは私がいないとダメなんですから…
本質的にツンデレだが、内にメンヘラの記憶を飼っている
ヒマリ絶対に許さないロボット。寿命が来たら潔くヒマリの元で自爆して散るつもり

明星ヒマリ
リオ絶対に許さないウーマン。微塵も自分のせいだとは思っていない。自分の記憶がないクローンヤヨイとは会いたくなかった
これから再び地獄を繰り返す

明星ヤヨイ
本体はかなり満足して逝ったつもり
クローンが再び地獄を繰り返す


繰り返す系バッドエンドでした
雑だけどここまで読んでくれてありがとうございました


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