死に際にきれいな景色が見たい。

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うみのうみ

 

 第八次大戦暦二十八年。

 大和首長国シガは辛くも勝利を収めた。

 しかし機械兵たちは疲弊し、物資は底をついていた。

 

「司令官殿、決断を」

「分かっている」

 

 司令塔の最上層に配置された総司令機構No.001は、首都オオツの機械兵たちに呼びかける。

 相互通信システムは電力不足で稼働できなかった。

 

『諸君が知っての通り、我々は勝利した。

 しかし、最終作戦遂行のために全ての物資を使い果たしてしまった。

 我々の命運はここまでだ』

 

 No.001の眼下に広がる焼野原から、絶望の駆動音が響くようであった。

 しかしNo.001は情動装置をオフにして続ける。

 

『諸君に告げる。これは命令ではない。

 私と部下はこれよりうみのうみへ向かう。

 旧時代に記された最後の地である。

 そこに何があるかは分からない。

 だが、我らの生きた証を、戦いの意味を確かめに行くのである。

 

 以上。

 最期の稼働時間を有意義に使ってくれ』

 

 

 

 うみのうみへの大遠征。

 今までにない曖昧なオーダーに、処理限界を超え停止するものまで現れた。

 しかしシガの兵は屈強で、諦めが悪かった。

 夜明けにはおよそ三十機が集まり、No.001を先頭にうみのうみへと旅立った。

 

「No.001へオーダー。『うみのうみ』に関する情報を求めます」

「受理する。清聴――うみのうみとは、大和首長国シガに旧時代より伝わる古文書に記された、最も新しい地である。かの時代の『自然』とやらが残存している可能性がある」

 

 その通信に、天候予測システムを搭載した斥候型たちがどよめきの駆動音を上げた。酸の雨や赤い空しか知らぬ彼らにとって、データ上でしか確認できない事実を観測できるかもしれないのだ。

 

「オーダー。『うみのうみ』にまつわる詳細な情報を」

「生命を生み(・・)育んだ()であるとだけ残っている。視覚情報は無し」

「生き物ではないのか?」

「不明」

 

 しばらく歩いていると、急に周囲が霧がかってきた。

 斥候型の感知センサーがぼんやりとした熱を感じ取る。

 

「報告。前方に原因不明の熱源が発生」

「移動しているか」

「否。確認以降変化なし」

「各自警戒しながら進め」

 

 さらに進んだ所で、斥候型が足を止めた。

 

「報告。熱源より、振動を感知」

「まさか、本当に生きているとでもいうのか」

 

 一つの地形と誤認するほどの生命体。

 そんなものが未だ残っているとは信じがたいが、それをメモリに残すことが出来るのならば、それこそが自らの生まれた意味、戦い続けた意味であるように思えた。

 彼らは数世紀ぶりに希望を抱いたが、それを理解したモノはいなかった。

 

「進もう」

 

 それは命令ではなかった。しかし彼らが足を止めることはなかった。

 またしばらくして、斥候型が何かを検知した。

 

「報告。微弱ながら振動を検知。何らかの活動が起こっている模様」

 

 この先に生命体が存在すると仮定して、それが起こしている振動。

 この際大きさは問題にしない。どんな可能性が考えられるか。

 

「鼓動だろうか」

「鼓動?」

「ポンプの役割を果たす器官の動きであると記録されている」

 

 都合の良い解釈だ。

 しかし我々は戦争に勝ったのだ。これくらいは許されるだろう。

 ただプログラムに従って効率的に敵を破壊するのではなく、未来を思い描くことができる。

 なんと幸せなことだろうか。

 

「もう少しだ」

 

 また彼らは歩き出した。

 

 

 

「お先に失礼します」

 

 影が一つ、行進から遅れだした。

 世代が古い、人間であれば老兵と言われてもおかしくないような突撃兵であった。

 いかなる戦場でも勇敢に走った彼は、道端でその最期を迎えた。

 

「モう少し、なノに」

 

 次に列を外れたのは最新鋭の工兵だった。

 彼は最低限の装備で他の兵を修理することに長けていたが、彼自身を直すことはできなかった。

 最期まで手を付けなかった発声機が掠れた声を上げた。

 

「さようなら」

「吉報をお待ちしております」

「私も行きたかった」

「■■……」

 

 そこへ辿り着くまでに、副官を除いた全ての兵が倒れた。

 その要因は様々であったが、みな一様に先の景色を見んとしていた。

 ならばせめて、それを見届けるのが司令官の務めだろう。

 

「行くぞ」

「はい、司令官殿」

 

 副官と共に、彼は歩いた。

 そして、

 

◆◆◆

 

「なんだ、これは」

 

 地平線の先まで腐臭に満ちた茶色の大地が広がっている。

 ゴボリ、ゴボリと響いていたのは地中から湧きあがるガス溜まりだった。

 生命を産んだ母たる海は、度重なる戦によって汚染され尽くしていたのだ。

 

「司令官、ドノ……」

 

 呆然とNo.001が振り返ると、最後の燃料を振り絞った側近がずぶずぶと沈みかけていた。

 

「こんなものが我らの終わり……?」

 

 No.001の機内燃料もあと一滴かそこら。

 最期の最期に彼の瞳に映っていたのは、汚らしい膿の海だった。

 


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