冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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10話 女神の試行錯誤

「こんな複雑な魔法機械(アーティファクト)は見たことがないぞ……」

 

 ラナスオルはスマホを片手にベッドに寝そべりながら、ため息を漏らした。

 左手には淡い光が陽炎のように揺らめいている。

 

 創造の左手フェルジア――癒しと創造を司る三位一体の神の力のひとつだ。

 ラナスの大地を守り、多くの命を育むためにその力を振るってきた彼女にとって、物体を創り出すことは本来得意分野であるはずだった。

 

 だが、スマホの外装ひとつとっても、その素材はラナスの世界に存在するものとはまるで異なる。

 魔法的な直感で感じ取れるはずの「理解」が、この世界の物質には通用しないのだ。

 

 さらに、彼女の創造の力は、山や森といった大きな自然そのものを生み出すような仕事には向いていたが、こうした小さな道具を細部まで再現するような精密な作業は苦手だった。

 

「これは骨が折れるな……だが、あの男にばかり頼ってはいられない」

 

 ラナスオルはスマホを手のひらで転がしながら、紫色の瞳を閉じて使命を思い出した。

 

 一刻も早くこの世界から脱出し、ラナスの世界へ戻らなければならない。

 そして戦いによって荒れ果てた大地を癒し、創造の力で新たな命を育む。それが彼女の役目であり、使命だ。

 

 しかし、それを成すためにはまずシードを排除せねばならなかった。彼を放置すればまた同じことの繰り返しになるだろう。

 

「……だが、どうやって?」

 

 彼女の胸に、重く解けない問いが生まれる。

 

 破壊の右手セヴァストを振るえば、彼を倒せるかもしれない。しかし、それによってこの異世界そのものに危険を及ぼす可能性があった。

 この街の無数の命を巻き込むことなど、ラナスオルには許されない。

 

「『無』……」

 

 一瞬、再び「無」を生み出すことも考えた。あの究極の力なら、確実に彼を消し去ることができるだろう。

 

 だが、すぐに彼女は首を振った。

 

(それではあの時と同じだ……)

 

 一瞬だけの勝利のために、自らを犠牲にし、魂を循環の輪に戻すことになる。今この状況では、それは選べなかった。

 

「……今は情報だ。決着のことを考えるのは後でいい」

 

 そう自分に言い聞かせると、彼女は再びスマホへ目を向けた。

 

 画面に映る奇妙な記号や文字を凝視しながら、少しずつその仕組みを解き明かそうと努力を続けた。

 

 ラナスオルは平らな画面を指で押し、指先の動きに合わせて中身が変わる様子を見て眉をひそめる。

 

「この中に情報があるというのか……?」

 

 彼女は次に指を滑らせてみた。すると、画面が一変し、鮮やかな映像が現れる。

 

「ふむぅ……この世界の『魔術』は、まったく理解を超えている」

 

 彼女は再び、深い深いため息を漏らした。

 

 

   * * *

   

 

「ここは……湯浴み場だろうか?」

 

 ラナスオルは、小さなシャワールームの入り口で腕を組み、真剣な顔で観察していた。

 ガラス戸で仕切られた先には、白く光沢のある壁で覆われた部屋。そして壁に埋め込まれた謎の銀色の蛇口と、意味不明なハンドル。

 

「ずいぶんと……簡素だな」

 

 ラナスにおいて神の湯浴み場といえば、水の精霊たちが供給する清水で満たされた石造りの荘厳な空間だ。温度調整も必要なく、女神の命令で瞬間に最適な温度に整うのが常だった。

 

 しかし、目の前の空間はそんな雰囲気とは程遠い。ラナスオルには何をどうすればいいのか皆目見当がつかない。

 

 彼女とりあえず服を脱ぎ、シャワールームに入る。

 彫刻のような輝かしい白い肌と、美しくしなやかな四肢があらわになった。長い白髪が優雅に揺れ、人間離れした完璧な輪郭を浮かび上がらせる。

 

 中へ進むと床がひんやりして、彼女は思わず身震いした。

 

「うぅっ……寒いな……早く、湯を」

 

 恐る恐る壁の蛇口に手を伸ばす。細かい仕組みは理解していない。

 ラナスオルは右手で勢いよくハンドルを回した。その瞬間。

 

 シャアアァーーーーッ……!

 

 シャワーヘッドから勢いよく噴き出した冷水が、彼女の肩を直撃する。

 

「ひゃぁぁっ!!!」

 

 反射的に破壊の右手を発動しかけ、慌てて拳を抑えた。シャワーヘッドを睨みつけながら、全身びしょ濡れで息を整える。

 

「くっ……水がいきなり襲いかかってくるとは……私は精霊を統べる女神だぞ……!?」

 

 怒りを抑えつつ、再び蛇口を回す。今度は慎重に、ゆっくりと。

 しかし、次は灼熱の水――熱湯が容赦なく降り注いだ。

 

「熱っ!! くっ……どうなっている!? ここは拷問部屋か!?」

 

 慌てて蛇口を右に左に動かし、ようやく適温に落ち着いた頃には、彼女はぐったりしていた。

 

 しかし、温かい湯が肩を伝うと、その不快感は徐々に消えていった。

 

「……ふむ、まあ、悪くはないだろう」

 

 ラナスオルは髪を指で梳きながら、湯に打たれる心地よさに目を閉じる。

 肩の緊張が解け、思わずため息をつく。

 

「やれやれ……あの男に部屋の使い方を訊いておくべきだったな」

 

 小さな笑みが、湯気に溶けて消えていった。

 

 

   * * *

 

   

 シャワールームでの格闘を終えると、ラナスオルは部屋の片隅にある白い箱に目を留めた。

 興味本位でその箱を開けた瞬間、彼女は中から漂う冷たい空気に目を見開いた。

 

「魔法も精霊もなしに、これほどの冷気を?」

 

 彼女は首をかしげながら中を覗き込み、保存されていた軽食を取り出した。

 包装を開け、中の菓子を恐る恐る一口含むと、予想以上のおいしさに思わず表情が綻ぶ。

 

「ほう、他には飲み物もあるのか。これはなかなかの住み心地だぞ」

 

 ラナスオルは冷蔵庫を漁り軽食とドリンクで空腹を満たすと、再びスマホと向き合った。

 

(この小さな機械が、この世界の「情報」とやらの鍵……か)

 

 異世界に生きる人々の未知の生態、技術に振り回され、彼女は穏やかな疲労に包まれていた。

 しかし、確固たる使命を胸に、眠りに落ちるその瞬間まで解析を続けた。

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