冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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115話 三人のラナスオルの夢

 夜の静寂が居城を満たし、月明かりが寝室のベッドを淡く照らしている。

 

 シードは深い夢の中に囚われていた。

 

 彼の前には三人のラナスオルが無言で佇んでいる。

 それぞれが異なる表情を浮かべ、残像にように揺れながら彼を見つめていた。

 

 一人目は「幻のラナスオル」。

 彼がかつて女神ラナスオルと対立し「無」に葬られた際、幻の世界で出会った彼女。

 その姿にはどこか儚さがあり、目に宿る紫色の光は無邪気さが残りつつも、彼を導くような優しさを湛えていた。

 

 二人目は「人間のラナスオル」。

 幻のラナスオルから託された力をもって神として君臨した世界で、彼と共に日々を過ごし、やがて老いて命を終えた女性だ。

 穏やかな眼差しには、愛と別れの余韻が残っていた。

  

 三人目は「女神ラナスオル」。

 今も彼の隣にいて、ともに歩む存在。

 紫色の瞳は揺るぎない決意と優しさを秘めながらも、その表情にはどこか言い知れぬ切なさが見える。

 

 三人のラナスオルが、黙したまま彼を囲んで立っている。

 彼女たちの視線は、まるで彼の魂の奥底まで覗き込むかのように深く、夢の中であっても逃れられない程に力強かった。

 

「君にこんな運命を託してしまったこと、怒っているかね?」

 

 やがて幻のラナスオルが一歩前に進み問いかけた。

 少し罪悪感を帯びているような、優しく穏やかな声。

 

 シードはゆっくりと首を振る。怒りなど微塵もなかった。

 むしろ、彼女が示してくれた道があったからこそ、今の彼がある。

 しかし、感謝を伝えようと口を開こうとするたびに声は霧散し、思いは届かない。

 

「シードさん……あなたを残して逝ってしまって……孤独にしてしまってごめんなさい」

 

 人間のラナスオルが涙を浮かべながら呟く。

 その姿は彼の記憶の中にある愛する「人」のままだ。

 

 シードは再び首を振る。

 彼女との短い時間は、彼にとって何物にも代えがたいものだった。

 それは孤独ではなく、確かな温もりとして今も彼の中に生き続けているのだから。

 

 三人目のラナスオル――現在の妻が、彼をじっと見つめていた。

 彼女の唇が微かに動き、何かを伝えようと呟いている。

 しかしその声は彼には届かない。

 

(何を言っている? あなたは何を伝えたいんだ……?)

 

 シードは焦るように声を出そうとするが、喉は塞がれ、言葉は発せられない。

 ただ彼女の唇が動くのを見つめることしかできなかった。

 ラナスオルの口元が動くたびに、胸の奥がざわめく。

 

 やがて三人の姿は光の粒子となり、ゆっくりと闇に溶けていった。

 

(待ってくれ……)

 

 手を伸ばしても、もう何も掴めない。

 淡いまどろみの世界の中に残されたのは、再び訪れた静寂だけだった。

 

 

   * * *

 

 

 目が覚めた時、そこは居城の寝室だった。

 

 天井に描かれた繊細な装飾が目に映り、夢から現実へと引き戻される。

 しかし、心の奥には夢の余韻が燻り続けていた。

 

 シードは横を向き、隣で眠るラナスオルの顔をそっと見つめた。

 彼女の透き通る白い髪は枕の上に流れ、安らかな寝息が夜の空気に溶けている。

 月明かりに照らされ、きめ細やかな光を宿す彼女の寝顔はあまりにも神々しく、美しかった。

 

 その時、シードはふと気づく。

 自分が彼女の手を無意識のうちに強く握り締めていたことに。

 

 夢の中で伝えたかった言葉が、いまだ胸の内に滞る。

 

「僕は、まだ迷っているのか……?」

 

 低く囁く声が、夜の静寂に吸い込まれていく。

 それでも、隣にいる彼女の存在が漠然とした不安をゆっくりと鎮めていくのを感じた。

 

 そっと彼女の頬に触れ、温もりを確かめるように指先で優しく撫でる。

 すると、ラナスオルが微かに身じろぎし、まるで彼の不安を察したかのように、指先に触れたまま彼の手をぎゅっと握り返してきた。

 

 シードはその愛おしさに、迷いと後悔で押しつぶされそうだった胸が少しだけ軽くなるのを感じた。

 

「あなたがここにいてくれる。それだけで……十分だ」

 

 シードはそう自分に言い聞かせるように呟くと、再び目を閉じた。

 隣で眠る彼女の寝息を感じながら、少しずつ意識が闇へと沈んでいく。

 

 その夜、夢で出会った三人のラナスオルは、彼にまだ言葉にできない「答え」の断片を残していった。

 

 そして、彼が再びその答えにたどり着く時、きっと隣には――今のラナスオルが変わらず寄り添っているのだろう。

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