冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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117話 戦火の結末

 戦場に響く最初の悲鳴がすべての均衡を打ち砕いた。

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

 狂乱したように声を上げたのは、レジスタンスのリーダーだった。

 

 恐怖。怒り――そして長年積もった神への憎悪が限界を超え、彼は己の理性すら手放していた。

 

 彼の剣がシードの身体に突き立てられ、ためらいもなくその胸を刺し貫いた。

 

「がは……っ……」

 

 肉を裂く鈍い音とともに、シードの口から鮮やかな血が溢れた。

 その一瞬の衝撃が、戦場の静寂を打ち破る合図となった。

 

 周囲のレジスタンスたちは、我を忘れたかのように次々と攻撃を仕掛ける。

 剣、槍、矢、そして魔法。

 

 彼らの攻撃は容赦なくシードを打ち据えた。

 銀色の髪に鮮血が滲み、黒衣は真紅に染まっていく。

 傷口から滴る血が地面に落ちるたび、土に鈍い赤黒が広がっていく。

 

「やめろ!」

 

 ラナスオルの怒声が戦場を揺るがした。

 その声には、神としての威厳と、愛する者を傷つけられた怒りが入り混じる。

 彼女は恐怖に駆られ、すぐにでもシードの元へ駆け寄ろうとした。

 

 しかし彼は、血塗れの身体でなおも立ち続けたまま、微かに首を横に振った。

 

「これでいい……」

 

 絞り出すような、掠れた瀕死の声だった。

 しかし、その声は不思議と明瞭に響き渡り、戦場にいるすべての者の耳に届いた。

 

「どうして……こんなことを……」

 

 ラナスオルの足が震え、立ち止まる。紫の瞳が揺れる。

 シードが不死の神であることは理解している。

 この程度の傷で命を落とすことはないと、理性ではわかっていた。

 

 だが――目の前で愛する夫が傷つき、血に染め上げられる光景は、彼女の心を無慈悲に引き裂いた。

 

「なぜです! 死の神よ! なぜ戦わないのです!」

 

 信者の一人が絶叫する。

 彼らの神は、死と恐怖を司る存在であり、圧倒的な力で敵を蹂躙するはずだった。

 今や無抵抗で血を流し続けるその姿に、信者たちは恐怖ではなく 「困惑」 を覚えていた。

 

「こんなはずでは……」

 

「我らが崇める死と恐怖の神は、すべての敵を討ち滅ぼす存在ではなかったのか……?」

 

 信者たちは次第に武器を手放し始める。

 神が無抵抗で傷つく姿を前に、戦い続ける意味を見失ったのだ。

 

 一人、また一人と戦場から去って行き、その中には深く考え込む者、ただ呆然と立ち尽くす者、涙を流す者もいた。

 

 一方で、シードを傷つけたレジスタンスの側も、徐々に顔色を失っていく。

 無抵抗の神を攻撃し、返り血を浴び続けた彼らは、次第に自分たちの行為の異常性に気づき始めた。

 

「わ、我々は……何を……」

 

 その場に膝をつく者、震える者、互いに顔を見合わせる者……。

 もはや誰も次の一撃を繰り出そうとはしなかった。

 

 だが、戦場の中心に立つシードだけは動かなかった。

 

 血塗れの身体で、全てを受け入れるかのように立ち尽くしている。

 傷ついた肉体よりも、彼の胸の内に燻る何かが静かに壊れ続けていた。

 

(これが正しい……僕が傷つけば……彼らは戦いをやめる……)

 

 その思考の先に待つのは「平和」ではなく、果てのない自己犠牲の闇だと理解していても。

 それが唯一の方法だと信じてしまう程、彼は自分を赦せなかった。

 

 しかし、その惨状を目の当たりにしていたラナスオルの心は限界を超えた。

 

「これで満足か?」

 

 低く、冷たい声が静まり返った戦場全体に響き渡る。

 ラナスオルの紫の瞳には怒りが宿り、神罰の如く鋭い光を湛えていた。

 

 耐え難い悲しみが滲むその声は、戦場の誰に向けられた言葉なのか。

 

 無抵抗に傷つき続けたシードか。

 狂ったように刃を振るった人間たちか。

 あるいは、愛する者が傷つく姿を見せられた自分自身への怒りなのか。

 

 戦場には、武器を持つ者も、憎悪を掲げる者も、もう誰もいなかった。

 血に染まった異形の神と、泣き崩れそうな顔で彼を見つめる女神だけが、荒廃した戦場の中心に立っていた。

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