冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
荒廃した戦場には、血の匂いと、遠くで草木を揺らす乾いた風の音だけが残っていた。
激しくぶつかり合っていた剣戟の音も、憎悪の叫びも、今はすべて消え失せている。
そしてその中心――血の海の中に、シードは無惨に横たわっていた。
「シード!!」
ラナスオルは、震える脚を引きずるようにして彼の元へ駆け寄った。
周囲には、彼の身体から流れ出た血液が血溜まりとなって広がり、踏み荒らされた大地の泥と混じり合っていた。
ラナスオルの膝が、赤く濡れた地面に触れる音が生々しく響く。
「どうしてこんな無茶な真似をする!?」
叫び声は怒りと悲しみに震えていた。
彼女は痛々しい姿のシードを膝に抱き、上半身をそっと抱き起こす。
その瞬間、彼の傷口からどろりとした血が滴り落ち、ラナスオルの白いドレスをゆっくりと染め上げた。
「なぜ……こんなになるまで……!」
彼の傷はあまりにも深く、神である彼ですら再生が追いつかないほどだった。
無数の刃が刻んだ傷痕は赤黒く腫れ、鮮血は止めどなく流れ続けた。
ラナスオルは目を閉じ、深く息を吐く。そしてシードの胸元に創造の左手フェルジアをかざした。
震える指先から溢れる慈愛の光が波紋のように広がり、彼の傷をゆっくりと癒やしていく。
じわりと出血が止まり、深い傷口が徐々に塞がり始める。
しかし――癒やしても癒やしても、彼女の心の傷は塞がらなかった。
「……力だけではどうにもならないことがある。今の僕にできることは、これぐらいしかないのです」
シードは掠れた声でそう呟いた。
まるで自分の行動が唯一の正解だったと言わんばかりに、銀色の瞳には諦観の静けさが漂っている。
その瞳に、ラナスオルの胸は締め付けられた。
戦うことすら放棄し、傷つくことで人間たちを止めようとした。
彼は自らが神であることすら否定するように、血を流し続けたのだ。
「無茶苦茶だ、バカ神め……!」
ラナスオルの声が震え、一筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
涙が止まらない。
彼の傷が癒えていくたびに、彼女は自分の心が壊れていくような感覚に襲われた。
「いくらこの程度で死なないとしても……君がこんな姿になるのを見る私の気持ちも、少しは考えたまえ!」
怒りのように吐き捨てられた声に、痛みと哀しみが絡みつく。
彼の身体は傷だらけでも、彼の魂はもっと深く傷ついている――それはラナスオルにもわかっていた。
彼女は右手でそっとシードの頬に触れる。
血の気が失せ、冷えた肌にその手の温もりが染み込むように伝わっていく。
「あなたの心配には及びません……」
シードは静かに目を閉じ、傷の残る顔に微かな笑みを浮かべた。
その笑みが、何よりもラナスオルの胸を抉るようだった。
自分は何をされてもいいという諦めの笑顔のように見えた。
「これで彼らが戦いをやめるなら、意味のある行動です」
シードのその言葉を聞き届けると、ラナスオルは唇を噛み締めながらも、そっと彼の銀髪を撫でた。
彼の身体の傷は徐々に癒えていく。
だが、彼の心の傷はどうすれば癒えるのか――それがわからなかった。
「……こんな無茶を続けていたら、いつか本当に命を落とすぞ……」
ラナスオルは何度でも抱きしめ、何度でも救い出さなければならない。
彼がこれまで抱えてきた孤独、罪――
死と恐怖の神と呼ばれる、夫である彼の心が砕けてしまわぬように。
シードはもう一度だけ微笑み、意識を闇の中へと沈めていった。
* * *
それから数日後に、信者とレジスタンスの代表が和解契約を締結することとなる。
シードが血を流し無抵抗で立った姿は、彼らの憎しみを鎮め、自らの行動の愚かさを気づかせるものとなった。
しかし、その報せを彼らが知るのは、もう少し後のことになる。