冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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12話 女神の新しい日常

 それからしばらくの間、ラナスオルとシードは別行動を続けていた。

 

 ラナスオルはこの世界にすっかり馴染み、スマホの操作やネットワークをほぼ完全に使いこなせるようになっていた。

 互いに過度に干渉することなく、必要最低限の連絡だけをスマホ越しに交わしていたが、異世界へ来た理由や脱出の手掛かりについては依然として何も掴めていない。

 

 

   * * *

 

 

 そんなある日の早朝。

 

 ラナスオルは「イレブンマート」と書かれたコンビニの看板の前で、制服姿のまま箒を手に朝日を眺めていた。

 紺色のエプロンにポロシャツという地味な制服が、長い髪を後ろでひとつに束ねたラナスオルに意外と似合っている。

 

「さあ、今日も仕事だ」

 

 彼女は軽く伸びをし、鼻歌まじりに箒を動かし始める。

 ご機嫌な様子で塵取りにゴミを集めつつ、ふと目を閉じた。

 

(神の責務に従う日々から離れ、ただ黙々と働く……こんな単純なことが、なんと心地良いのだろう)

 

 彼女は自分がこの世界で得た新しい感覚に思いを巡らせていた。

 

 力を使えば一瞬で片付く作業を、わざわざ手で行う。

 疲れるが、手応えのようなものを感じさせた。この感覚はラナスでは得られなかったものだ。 

 

 ちょうどその時、人の気配を感じて顔を上げた。

 ラナスオルは笑顔で客に声をかけようとする。

 

「いらっしゃいま……」

 

 しかし、その客と目が合った瞬間、彼女の表情は驚愕に変わった。

 

「シード!? どうして君がここに!?」

 

 ビジネススーツに身を包んだ黒髪、銀眼の男――シードがそこに立っていた。ラナスオルの姿を一瞥し、彼はわずかに眉を上げる。

 

「……ラナスオル。ずいぶんと様になっているではありませんか。その制服も、髪型も。この世界の人間と言われても違和感がありませんね」

 

「うっ……」

 

 ラナスオルは頬を僅かに染め、ぎこちなく視線を逸らした。

 自分でも思いのほか馴染んでしまっていること。そして何より、この姿をシードに見られたことが恥ずかしいようだ。

 

 シードは軽く周囲を見回しながら、冷静な声で続ける。

 

「まさか、あなたがこんな場所で働いているとは思いませんでした。元の世界で破壊と創造の力を振るい世界を統べていた女神が、今や掃除に勤しむとは」

 

「うるさい。私には私のやり方がある。それだけだ」

 

 ラナスオルの素っ気ない返答を気に留める様子もなく、シードはやや皮肉げな口調で問いかけた。

 

「どうですか、この世界の労働環境は? 神であるあなたが従事するには、随分と控えめな役割に見えますが……それとも、この経験も『この世界の真実』を突き止めるための一環ですか?」

 

 ラナスオルはぶっきらぼうに箒を立てかけ、少し間を置いてから答えた。

 

「そうだ。私はなるべく力を使わずに、この世界と向き合うと決めた。神の力を使わない、不便な生活……私にとって新鮮な経験だった。この世界に留まっている間は、こんな生活も悪くないと思い始めている」

 

 彼女の瞳には、神の力を封じてでも人間の営みを知ろうとする強い意思が滲んでいた。

 その言葉に、シードはしばらく考えるように視線を落とし、やがてラナスオルを見据えた。

 

「なるほど。この世界で『力』に頼らず、ただの一人間として生きる……確かに、それはあなたにとって未知の体験かもしれませんね」

 

 彼は視線を少し外し、店の周囲や人々の様子を観察しながら続ける。

 

「……ですが、僕には理解しがたい。あなたほどの力を持つ者が、あえてそれを封じ、無力に近い状態で生きることを楽しむとは。……とはいえ、僕がこの状況を否定する理由もありません」

 

 ラナスオルは軽く肩をすくめ、苦笑混じりに答えた。

 

「そうか。まあ、君に納得してもらえるとは正直思っていないさ」

 

 シードはそれを受けて、ほんのわずかに口角を上げたような表情を見せ、静かに告げる。

 

「もっとも、僕があなたのような不便な選択をすることはないでしょう。……無力であることを楽しめるのは、守られる側の特権ですからね」

 

 それだけ言うと、彼はコンビニの自動ドアをくぐり、静かに店内へと消えていった。

 

「なっ……!」

 

 ラナスオルは、去っていくシードの背中を顔をしかめながらじっと見つめる。

 その背中には深く、孤独な影が落ちているように思えた。

 

(まったく、休戦中だからと皮肉ばかり……! 今に見ておくのだな!)

 

 ラナスオルは複雑な表情を浮かべつつ、最後には小さな笑みを浮かべていることに自分でも気づいていない。

 

 店の中へ足を踏み入れながら、シードは短く息をついた。

 彼には、ラナスオルの選択が理解できなかった。だが、一方で、それが彼女という存在を際立たせる一面であることを、どこかで認めていた。 

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