冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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120話 二神の像

 居城の広間に、静寂を破る祈りの声が響き渡った。

 それは、はるか遠く離れた神殿から捧げられた崇高な祈り。

 

 ラナスオルとシードは、この祈りを通じて人々の声を聞くための場を設けていた。

 風の精霊が言葉を運び、魔法の力がその声と映像を広間に映し出すのだ。

 

「……人間たちからか」

 

 ラナスオルがその祈りに耳を傾け、紫の瞳を閉じながら両手をかざした。

 祈りの光を精霊から受け取る彼女の神聖な姿は、まさにラナスの女神そのものの美しさを誇っている。

 

 空間が仄かに霞むと、魔法の映像が揺らめくように浮かび上がった。

 

 そこには、信者とレジスタンスの代表らしき二人が肩を並べ、深々と頭を下げていた。

 かつて憎しみで対立していた彼らが、今は同じ方向を向いて祈りを捧げている。

 

「……我らは取り返しのつかない過ちを犯しました」

 

「死と恐怖の神、そして女神ラナスオルよ……どうかお赦しください」

 

 その声を聞いた瞬間、ラナスオルは小さく息をついた。

 瞳の奥に宿るのは安堵と憂い――そして、赦しへの覚悟。

 

「どうやら、本当に和解したようだな」

 

 彼女の声には、ほんの僅かな疲れが滲んでいた。

 何百年と繰り返されてきた争いの歴史が、ようやく終焉を迎えたのかもしれない。

 

 しかし、隣に立つシードは、冷静な表情のまま腕を組んだ。

 

「人間というのは感情的な生き物です。一時の感情で和解したところで、それがいつまで続くかは分からない」

 

 その声は淡々としていたが、どこか自己否定の節が見える。

 まるで、今の平和が「一時の幻想」にすぎないのではないか――そんな疑念が透けて見えた。

 

 ラナスオルは彼の言葉を否定せず、映像に視線を戻した。

 シードが抱える傷の深さを、彼女は誰よりも理解しているからだ。

 

「この和解の証として、二神の像を神殿に建てました……誓いの象徴といたします……」

 

 それを耳にした瞬間、ラナスオルの瞳が驚きに見開かれる。

 

「私たちの像……?」

 

 映像に映し出されたのは、神殿の奥へと運ばれる二つの像だった。

 光を受けて穏やかに佇むそれらの姿は、まさにラナスオルとシードそのものだった。

 

 ラナスオルの口元に驚きと喜びが交じった微笑みが浮かぶ。

 

 ラナスオルの像は、長い髪を風にたなびかせ、慈愛と威厳を兼ね備えた凛々しき姿。

 創造の左手フェルジアを掲げ、人々を導く灯火のような存在として象られている。

 

 そして――

 

 シードの像は、神話の書物の挿絵にあった「死と恐怖の神」の恐ろしい姿ではなかった。

 黒衣を纏い、銀の瞳で静かに前を見据えるその姿は、戦場で血を流しながら立ち続けた彼そのものだった。

 

 冷徹さの奥に秘められた覚悟と、何かを守ろうとする静かな決意。

 その強さと脆さが、まるで一つの祈りの形のように刻まれていた。

 

 二つの像は、互いに肩を並べるように立っており、その姿は和解を象徴するように配置されていた。

 

 ラナスオルは微笑みながら言った。

 

「どうだね、シード。この像がある限り、人間たちもそう簡単に争いを起こすことはないだろう」

 

 しかし、シードは像を見つめたまま目を伏せる。

  

「そうだと良いのですが……」

 

 低く落とされた声には、消えない不安が絡みついている。

 人間たちは変わるのか――彼の存在が本当に「守護者」として受け入れられる日が来るのか。

 

「ただ、僕に似せた像を作るというのは……感傷的に過ぎませんか?」

 

 そう言いながらも、シードの声はどこか弱々しい。

 否定しようとしているのに、その像に込められた人間たちの想いを、無下にはできない自分がいる。

 

「ふん。君の姿が死神ではなく、普段のままだったのが嬉しいのだろう?」

 

 ラナスオルは冗談めかして肩を揺らした。

 

 シードは微かに目を細め、再び像を見つめた。

 その視線には、感情を隠したような落ち着きがあった。

 

「……僕がどのように描かれようと構いません。ですが、もしこの像が人間たちの平和への誓いの証として意味を持つのなら、それに越したことはありません」

 

 彼の冷静な言葉に、ラナスオルは満足げに頷いた。

 

「そうだとも。私たちが並び立つ姿そのものが、この世界を守る力の象徴なのだ」

 

 映像の中で、祈りを捧げる人々の顔には希望の光が宿っている。

 その一つ一つの光こそ、長い時間をかけて二神が築いたものだった。

 

 広間に戻った静寂の中で、ラナスオルは静かに口を開いた。

 

「シード、君は気づいているかね?」

 

「何にでしょう?」

 

 ラナスオルは彼を見つめ、微笑んだ。

 

「この像の中で君が描かれている姿。それは『死と恐怖の神』としてではなく、私たちと共にある守護者としての君だ」

 

 シードはその言葉に僅かに目を伏せた。

 

「守護者、ですか……」

 

「そうだ。人間たちは少しずつだが、君の本当の姿を見始めている。それを誇りに思っていい」

 

 その言葉に応えるように、シードは微かに頷いた。

 

「……そうですね。僕がいる意味が、少しでも人々の希望となるのであれば、それも悪くはありません」

 

 シードの銀色の瞳が遠く神殿の像を超え、その先の未来を見つめるように輝いた。

 

 ラナスの空は澄み渡り、今日も二神の像の前では新たな祈りの声が捧げられていた。

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