冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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121話 二つのリンゴ

 シードは、幻術を使って人間の若者の姿に変わり、以前訪れた小さな村へと足を運んでいた。

 

 風の精霊が微かな声で歌い、大地の精霊が緑の草原を広げている。

 穏やかな陽の光が村全体を包み込み、遠くからは子供たちの笑い声と、土の香りに混じる焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。 

 

 かつて荒廃していたこの地を創造の力で癒したのは、ただの気まぐれだった。

 特に深い思惑もなく、大地を蘇らせただけ――しかし、それが村の復興の礎となり、人々が新たな命を繋いでいくきっかけになったことを、彼は後から知った。

 

(……僕はただ大地を元に戻しただけだ)

 

 彼はそう自分に言い聞かせる。

 しかし、整備された道や、子供たちが駆け回る様子を見るたびに、胸の奥がじわりと熱を帯びていくような気がした。

 

 緑豊かでのどかな村の風景は、以前と変わらない。

 穏やかな空気が流れる街道を進み、村の中央にある広場へと向かう。

 

 そこでシードは、思いがけない光景に足を止めた。

 

「これは……」

 

 広場の中央には、神殿に建てられたものと同じ「ラナスの二神像」が立っていた。

 ラナスオルの像は風になびく髪を優雅に揺らし、慈愛と威厳を兼ね備えた神々しい姿。

 

 一方、シードの像は黒衣を纏い、冷静な瞳で前を見据えていた。

 恐怖を象徴する異形の姿ではなく、戦場で血を流しながらも立ち続けた、あの日の彼そのものだった。

 

 通りかかった村人たちがその像に静かに手を合わせている。

 笑顔で祈る子供、深く頭を垂れる老人――そこにあるのは畏れではなく、感謝と敬意だった。

 

 ――胸の奥が痛む。

 

(なぜ……)

 

 自分がこれほどまでに崇められる理由が、シードには理解できなかった。

 自分が守ったわけではない

 

 その時――

 

「おやおや……あなた様は、死と恐怖の神……いえ、シード様ではありませんか」

 

 穏やかな声に呼び止められ、シードは振り返った。

 そこには、かつて果物を拾うのを手伝った老婆が立っていた。

 

 カゴを抱えた彼女の瞳には、深い慈愛と静かな洞察が宿っている。

 

「なぜ……そう思うのです?」

 

 シードは驚きを隠しつつ問いかけた。

 すると老婆は微笑みながら首を傾げる。

 

「なぜだろうねえ。あなた様からはこの像と同じ、力強さと、どこか気品を感じたような気がしてね」

 

 その言葉は、まるで魂を射抜くようだった。

 胸の奥にしまい込んだはずの罪悪感や迷いが、一気に浮き彫りにされていく。

 

(僕は……この村の人々に何かを与えられたのか?)

 

 そんな疑問が頭をよぎる。

 だが、村人たちが像に手を合わせ、静かに祈る姿を見ると否定することができなかった。

 老婆が以前語っていた「村の者たちが感謝を忘れていない」という言葉がシードの心に響く。

 

「あなた様のおかげで、この村はこうして生き延び、発展しています。この像は、村の者たちが心を込めて作ったものです。どうか見守ってくださいませ」

 

 老婆はそう語ると、カゴから二つの美しいリンゴを取り出し、シードに差し出した。

 

「女神様と共に、どうかラナスをお守りくだされ」

 

 震えそうになる指先で、シードはそっとリンゴを受け取った。

 

 それはただの果実ではなかった。

 この村の人々の想い、祈り、そして――彼への感謝の証だった。

 

「感謝します。……彼女にも伝えておきます」

 

 老婆は穏やかに微笑みながら、シードを見送った。

 

 

   * * *

   

 

 村の出口で、シードは振り返る。

 広場の中央には、二神の像が堂々と立ち、祈る村人たちの姿があった。

 像の足元には、老婆から渡されたリンゴを捧げる子供の姿もある。   

 

「守る、か……」

 

 彼の手の中のリンゴから、じわりと温かさが広がっていくようだった。

 それは、ただの義務や使命ではなく、彼自身の存在が何かを救うことに繋がっていたという証だった。

 

「……あなたなら、どう思いますか」

 

 ラナスオルの顔が脳裏に浮かぶ。

 彼女はきっと微笑んで、「君はもう十分に人々を守っている」と言うだろう。

 

 村人たちの祈りの声が背中を押すように、彼はゆっくりと歩き出した。

 リンゴを手にしたまま、ラナスの地平の向こうへと。

 

 そこには、少しずつ形を変えつつある、彼自身の「守護者」としての在り方が待っている気がした。

 

 そして、彼は静かに進み続けた。

 ――まだ見ぬ、自分の答えを探すために。

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