冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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125話 神と人の子【前編】

 そして、時は流れ――

 

 ラナスの大地に穏やかな平和が続いても、見えない影は確実に広がっていた。

 

 神界の死客たちによる表立った侵攻はない。

 彼らはラナスの二神の目を欺き、人間の社会に溶け込み、少しずつ歪みを広げていったのだ。

 

 最も恐ろしいのは、彼らが蒔いた「種」だった――

 死客たちは人間の女性たちと交わり、「神と人の子」を生み出していた。

 

 神と人の子――彼らは普通の子供として育てられ、無邪気な笑顔を浮かべ、両親の愛を受けて生きていた。

 

 だが、その魂の奥底には「神界の意志」が刻み込まれている。

 

 それは成長とともに音もなく膨れ上がり、いつか目覚める時を待っている、歪んだ神の種。

 何も知らぬまま大人になる彼らを、死客たちは次なる「神界の兵器」として送り込む準備を進めていた。

 

 水面下でゆっくりとラナスの未来が蝕まれていく。

 

 そして今――

 ラナスの世界に再び静寂を破壊する音が響き始めていた。

  

 

   * * *

 

   

 居城の広間にて。

 

 神殿から届く祈りの光が揺れ、不吉な波紋が広がっている。

 まるで何かの異物が混ざり込み、純粋な祈りが濁されていくかのようだ。

 

 その様子を無言で見つめながら、シードは細く息を吐いた。

 

「ラナスオル、例の街で……妙な動きがあります」

 

 彼の精悍な面持ちとは裏腹に、ラナスオルは窓辺でカーテンの端をつまみながら少し気の抜けた調子で返した。

 

「どうせ人間同士の些細な争いだろう? 君がそこまで気にする必要はないさ」

 

 軽く笑う彼女の声には、ほんの僅かに緊張が混じっていた。

 長く平和が続きすぎている――その不自然さを、二人とも無意識に感じ取っていたのだ。

 

「気になります。僕が様子を見てきます」

 

 そう言ってシードは黒衣を翻し、ためらうことなく部屋を発とうとした。

 ラナスオルは不安げな顔で彼の背を見つめたが、反論はしなかった。

 

「……仕方がない。絶対に無茶はするなよ」

 

「もちろんです」

 

 彼は淡々と答え、魔力の気配を完全に抑え込んで居城を後にした。

 広間には、何かを予感しているかのような重い空気が残っていった。

 

 

   * * *

 

  

 シードが街に足を踏み入れた瞬間、焼け焦げた血と肉の臭いが鼻を突いた。

 

 そこはすでに地獄と化していた。

 石畳には無数の血痕が散り、燃え盛る建物が黒煙を空へと吐き出している。

 

 人々は泣き叫び、逃げ惑う。

 街の中心では剣と魔法が飛び交い、いがみ合う人間たちの憎悪に満ちた叫び声がとめどなく響いていた。

 

 ――何かがおかしかった。

 戦火の予兆など見られなかった、ほんの昨日まで平穏な街だったはずだ。

 

「やめろ……」

 

 シードが一歩踏み出し言葉を発すると、魔力を乗せた声が鮮明に響き渡った。

 残響が地を這うように街全体へ広がり、彼の気配を察した人間たちが一斉に動きを止める。

 殺し合っていた兵士たち、泣き叫ぶ住民たち。その場にいた全員が彼の存在に気づき、戦慄した。

 

 しかしその直後、突如として空気が異常なまでに重く淀んだ。

 景色が圧縮されるような感覚と、耳鳴りがする程の不快な気配が交互に襲いかかった。

 

 地響きのような揺らぎがどこからかゆっくりと近づいてくる――

 

 そして次の瞬間、シードの目の前で何かが弾けた。

 空間が不自然に歪み、亀裂がゆっくりと広がり始める。

  

「ほう……ついに現れたな、死と恐怖の神」

  

「そちらから出向くとは、手間が省けたというもの」

 

「女神はいないようだな。それは都合がいい」

 

 その裂け目から、ゆっくりと三つの影が浮かび上がった。

 白い衣に身を包んだ初老の男たち――三柱の死客の神。

 

 彼らの周囲からは、まるで地獄そのものが染み出しているかのような瘴気が立ち込め、濁った瞳からは禍々しい闇が漏れ出している。

 その気配は高貴なる神のものとは言い難く、欲望にまみれ腐り落ちた怨念の集合体のようだった。

 

 三柱は口々に嘲笑しながら、シードを値踏みするように見つめる。

 

「ついに平和ボケした異形の神を始末する日が来たぞ!」

 

「この地もろとも滅するのが、我らの任務だ!」

 

 言葉が終わるや否や、死客たちは一斉にシードへと襲いかかる。

 

「……随分舐められたものですね」

 

 シードは冷たく呟くと、指先をゆっくりと持ち上げ短く呪文を唱える。

 

 彼の背後の空間が螺旋を描くように揺らめき、虚無そのもののような漆黒の穴がぽっかりと空いた。

 穴の奥から響くのは、絡みつくような無数の金属音。

 

 次の瞬間、漆黒の鎖が神速の勢いで空間を裂きながら飛び出した。

 その動きは巨大な蜘蛛の足のように鋭く、しなやかで、正確だった。

 

「何ッ……!」

 

 三柱の死客が動く間もなく、鎖は一瞬で彼らの全身を絡め取り、硬質な衝撃音とともに地面へ叩きつけた。

 

 大地が陥没し、瓦礫が舞い上がる。

 鎖は生き物のように蠢きながら神々を締め上げ、肉と骨が軋む嫌な音が響いた。

 

「……くっ……魔術(エーテル・ルミナ)だと……」

 

 その速度と精度に、死客たちは地を舐め目を見開きながら呻き声を漏らした。

 

 シードは一歩踏み出し、無表情のまま彼らを見下ろす。

 銀色の瞳には何の感情も宿っていない。

 冷酷な死の神の足音を漂わせながらゆっくりと一歩ずつ近づく。

 

「何か勘違いしているようですね。神の力が鈍るとでも?」

 

 言葉の一つ一つを呪いのように重く響かせながら、シードは三柱の目の前で足を止めた。

 

「やはり貴様には力がある……だが……我らを捕らえた所でもう遅い」

 

 その言葉とともに、死客の一柱が指を鳴らした。

 甲高い音を合図に、街の奥から異様な気配が溢れ出していく。

 

 濃密で凶悪な――ラナスそのものを蝕むかのような災厄の胎動が蠢き出した。

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