冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
血塗られた戦場の中心で、異様な光景が広がっていた。
死客の神の合図が響き渡ると同時に、街の人間たちの身体が徐々に異質な気配に包まれていく。
人々の四肢は軋むような音を立てながら隆起し、血管が黒く浮き上がる。
小刻みに震える指先が次第に獣の如く鋭い爪へと変わり、瞳孔がじわじわと赤く染まっていく。
「死と恐怖の神……」
「呪われしラナスの神……」
誰かが低く呟いた。それが波紋のように広がり、呪詛のように連鎖し、やがて全員が同じ言葉を繰り返し始めた。
渦巻くのは恨み、狂気――腹の底から唸るような声からは、もはや人間らしい理性の欠片は感じられなかった。
シードは冷静に視線をめぐらせ、彼らの変化を見つめていた。
「……何をした?」
彼は鎖に囚われた三柱を睨み据え、苛立ちを滲ませた低い声で問いかける。
しかし、返答として返ってきたのは、嘲りとともに歪む死客たちの勝ち誇ったような笑い声。
「貴様らが安逸をむさぼっている間に、我々が何をしていたか……知らなかったのか?」
「彼らは……『神と人の子』だ」
「我らが人間の女たちに種を植え、血を混ぜた。だが肉体は人間そのもの。どうする、異形の神よ? 人間を装った彼らを、貴様は容赦なく殺せるのか?」
死客の言葉は嘲笑と悪意に満ちていた。
しかし、シードはそれを否定する理由を持たなかった。
(彼らはもう救える者たちではない。迷う必要はない)
そう判断するのは簡単なはずだった。
その時――
「貴様を……滅ぼす……!」
「死ね……異形の神……!」
神と人の子として覚醒した異形の人間たちが一斉に襲いかかった。
剥き出しの牙が唸り、鋭利な爪が肉を抉ろうと突き出される。
壊れた人形がひしめくように、狂気の瞳は一点にシードを見据えていた。
「……くだらない」
シードは冷たい声で吐き捨て、手を振り上げた。
背後の空間が揺らぎ、再び虚無の裂け目が開く。
無数の漆黒の鎖が放たれ、隼の如き速度で飛翔しながら襲いくる者たちの身体を絡め取っていく。
次々と拘束される異形の者たち――だが、彼らは呻き声を上げながらなおも抗い続けた。
鎖に捕らわれながらも牙を剥き、もがき、目の前の異形の神を引き裂こうとする異様な執念。
「がァァッ!!」
それはまさしく、ラナスの二神の永遠に消えぬ罪と、神界の憎悪の具現化のようだった。
シードは彼らに目を合わせることなく、同じように鎖を繰り出し、全てを封じ込め続けた。
しかし――
「街全体が……いや、ラナス全土が、やがてこうなる運命を辿るのだ!」
死客の一柱が声高に叫んだ。
その言葉を裏付けるように――
建物の陰、崩れた瓦礫の隙間、あらゆる影の中から、無数の赤い瞳がゆらりと浮かび上がる。
まるで暗闇の奥底で潜伏していた獣が、狩りの時間を迎えたかのように。
もはやこの街そのものが、死客たちの策略に完全に侵食されていた。
「……ラナス全土が?」
シードがそう呟いた時、彼の記憶の奥底で村の老婆が語った言葉、そして居城へ届く祈りの声が蘇る。
『女神様と共に、どうかラナスをお守りくだされ』
『ラナスの二神よ、どうかこれからも世界をお守りください』
守るべき存在――
では、目の前の者たちは?
この世に生を受け、たった今までは普通の人間として生きていた彼らを無造作に切り捨てた時、それは本当に「守る」と言えるのか?
シードの銀色の瞳が僅かに揺らぐ。
そして、死客たちはその微かな揺らぎを見逃さなかった。
「くくく……迷っているな?」
「所詮、貴様は『人』の情を知った神……殺せるものなら殺してみるがいい! ふはははは……!!」
シードは一瞬、目を伏せる。
同時に呼び起こされるのは、彼がこれまでに奪ってきた無数の命の記憶。
名も知らぬ者たちの断末魔。消えていった魂の重み。
それは、後悔でも憐れみでもない。
ただの事実だ。
そして今、目の前に広がるのは――終わりのない戦場。
やがて彼は、ゆっくりと銀色の瞳を開いた。
そこには、何の迷いもなかった。
「どんな未来であろうと、全てを壊せば済む話だ」
冷たく言い捨て、彼はその手を再び掲げた。