冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「はぁっ……はぁっ……シード……!」
長い白髪とドレスを風にたなびかせながら、女神ラナスオルは空を駆ける。
焦りに揺れる紫色の瞳は、遠くに黒煙の上がる街を映し出していた。
ようやく辿り着いた時、目の前に広がるのは血と青白い炎に染まった戦場。
瓦礫と化した街の残骸が、黒く焦げて燻っている。
炎の色は、本来ならば暖かさを宿すはずの赤ではなく、青。
(まさか……)
それは生を奪う冷たい炎――シードの力が生み出したものだった。
「シード……!」
ラナスオルの声が戦場に響いた。
しかし、シードは微動だにせず青白い炎の中に佇んでいる。
彼の姿は、かつて「死と恐怖の神」と呼ばれていた頃のものと寸分違わなかった。
銀色の瞳は冷たい青い光を湛え、襲いくる「神と人の子」たちを容赦なく滅ぼしていく。
触れた瞬間に燃え尽き、悲鳴はすぐに断たれ、跡形もなく灰へと還る。
まるで虫が炎に飛び込んでいくだけの光景。
それはもはや、戦いと呼ぶにはあまりにも一方的だった。
(遅くなってすまない……)
彼女は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
――妙な人間たちが居城に押し寄せ、抜け出すまでに時間がかかった。
だが、今目の前にいる彼の姿を見て、ラナスオルは言い知れぬ不安を覚えた。
彼はラナスを共に守る誓いを交わした彼女の夫だ。
しかし、彼の背から滲み出る冷たい異形の気配に、ラナスオルは血の気が失せていくような感覚に襲われた。
「……シード、君は……」
震えそうになる声を抑え、ラナスオルは彼を呼んだ。
炎に照らされたシードの横顔が、僅かに振り向く。
青白い光の反射に揺れる銀の瞳――その奥に宿るのは無慈悲でありながら、諦めにも似た感情だった。
「ラナスオル」
彼は静かに口を開く。
「ここだけではない。おそらく、ラナスのどこかで同じような侵食が進んでいます。これを止めるには、すべてを……滅ぼすしかありません。たとえそれがラナスの命であっても」
ラナスオルの瞳が大きく見開かれた。
しかし、彼女はすぐに呼吸を整え問いを返した。
「君が言う『滅ぼす』とは?」
シードは答えなかった。
ただ、燃え続ける青白い炎を見つめるだけだった。
その横顔には迷いはなく、まるでこの結論に至るまでに、すでに何度も何度も自問を繰り返したかのようだった。
――しかし、瞳の奥に僅かに揺れる光をラナスオルは見逃さなかった。
彼は、まだ決めきれていない。
この選択が正しいのかどうかを。
「かつてあなたは言いましたね。『僕がどうしても力を振るわねばならない時は、あなたが隣にいる』と」
シードは少しだけ目を伏せた。
その言葉を噛み締めるように、彼は低い声で問いかける。
「ラナスオル、僕が異形の力を振るっても……あなたは、それでも……隣にいてくれますか?」
その問いは、彼自身が最も恐れていたことだった。
彼の異形の力が、これ以上ラナスを蝕むのではないかという恐れ。
そして、その力によって彼自身が取り返しのつかない存在になってしまうのではないかという絶望。
だから、確かめたかった。
もし自分が「死と恐怖の神」に戻ることしかできなかったとしても、それでも、ラナスオルは隣にいてくれるのか――
ラナスオルは彼の銀の瞳をまっすぐに見つめ返した。
その瞳には一瞬の迷いもなかった。
「当然だろう。私は君の妻なのだぞ」
――その言葉に、シードの中で何かが揺れた。
冷たく張り詰めていた決意が僅かに溶ける。
彼の纏う青白い炎が、まるで彼の心を反映するかのように、少しだけ和らいだように見えた。
「シード、私たちにはまだ方法がある。この世界を守るために、人々を守るために――そして君自身を救うために」
ラナスオルの声に深い信念と愛が宿る。
それは炎よりも強く、どんな絶望も断ち切る確かな光だった。