冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
青白い炎が周囲の敵を跡形もなく消し去ると、血と灰に染まった街には一瞬の静寂が戻った。
しかし、その静けさは束の間のものだった。
街に巣食う「神と人の子たち」の異様な気配が、なおも空気を濁らせている。
この忌々しい戦いは、まだ終わっていない。
ラナスオルは、瓦礫の中に立つシードの元へと歩み寄った。
そして彼の負傷した右腕にフェルジアの光を重ねる。
指先から溢れ出した暖かな創造の力が、神と人の子によって刻まれた呪いの傷をゆっくりと癒やしていく。
シードは炎を静かに見つめ、何かを思案しているようだった。
銀髪が風に揺れ、黒衣の裾が焦げた瓦礫を掠め微かな音を立てる。
その指先からは、未だ消えぬ青白い炎が揺らめいている。
すべてを焼き尽くすことこそが、彼の存在理由であるかのように。
ラナスオルはそっとその手を取った。
(冷たい……)
温もりを拒絶するかのような異形の冷気が彼の身体を駆け巡っている。
だが、それが何よりも彼の心を如実に物語っていた。
その冷たい鎧が、彼の内にある孤独と苦悩を痛い程に感じさせた。
「シード……」
ぽつりと落ちたラナスオルの声には、止めどない悲しみと不安が滲む。
「……ラナスオル」
彼女の名を呼ぶ声には、ほとんど感情がない。
「あなたが手を汚す必要はありません。ただ……隣にいてくれるだけでいい」
シードの指先から、さらに巨大な青白い炎が生まれた。
それは街全体を覆い尽くし、すべてを焼き尽くそうとしていた。
ラナスオルは、一瞬迷う。
このまま彼の手を離せば、彼はまた「死と恐怖の神」として、この戦場に孤独に立ち続けるだろう。
だが、彼女はその手を決して離そうとはしなかった。
「待て、シード」
ラナスオルの声は微かに震えていたが、それ以上に強い決意がその言葉には込められていた。
「罪を一人で背負おうとするな。君が私を愛しているように……私も君を愛している。だから、この罪を……分かち合おう」
彼女の瞳に涙が浮かぶ。しかしその紫の瞳は決して揺るがなかった。
彼の妻となった時から心に決めていた、罪を分かち合う覚悟。
ラナスオルの言葉に、シードは動きを止めた。
彼女の想いが胸に響き、異形に引きずられる意識に光を灯した。
そして、彼女の創造の左手が、彼の手をそっと包み込む。
その瞬間、二神の力が混ざり合い、炎が新たな輝きを帯びた。
青白い炎がラナスオルの創造の光と絡み合う。
二人の力が織りなす美しい光の奔流が街全体を覆い、すべてを滅ぼし、そして浄化していく――。
だが、その光景を見つめながら、ラナスオルの瞳から涙が静かに零れ落ちた。
「なんの罪もない彼らを……この手で……滅ぼさなければならないなんて……」
彼女は涙を拭おうともしなかった。
その場に立ち尽くし、ただこの現実を受け止めるしかなかった。
涙がシードの手の甲を濡らし、地面へ落ちることなく炎の熱で消えていく。
この街で燃え尽きていく人々の命のような、小さく儚い涙だった。
「……」
シードは消えゆく涙を見届けると、僅かに息をつき、そっとその手を離す。
そして一歩後ずさった。
「やはり、あなたにこんなことをさせるべきではありません」
その言葉は冷たく、ラナスオルに痛みを与えた自分を責めるようだった。
シードはラナスオルの元からゆっくりと歩み去る。
黒衣が風に舞うその背中は、彼女の目にとても遠く、手の届かないもののように映った。
「これは……僕にしかできない」
冷徹な声が静寂を裂くように響く。
ラナスオルは震える声で彼の名を叫んだ。
「シード……! 私は……大丈夫だ……! だから行かないでくれ……!」
しかし、その言葉に彼が振り返ることはなかった。
「ラナスオル、僕があなたを穢すことはできません。これは僕の役目だ」
――それが、彼の決意だった。
彼はそう言い残し、青白い炎の揺らめく闇の中へと歩き去っていった。
「シード……」
伸ばした手が虚しく空を切る。脚は震えていた。
ラナスオルは、次第に遠ざかるその背中を追いかけることもできず、呆然と立ち尽くしていた。
彼女の頬を涙が伝い、地面に滴る音だけがその場に残された。
街に漂っていた異様な気配は、すべてシードが進む先へと集中していく。
遠くで炎がさらに大きく燃え上がり、神と人の子たちの気配が、一つ、また一つと消えていくのがわかる。
その光景を見つめながら、ラナスオルは悲痛な声を漏らした。
「シード……君ひとりにすべてを背負わせるなんて……私は……」
彼女の声は次第に消え入りそうになりながらも、最後まで強く震えていた。