冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
ある夜、二人は「カフェ・オネイロス」という落ち着いた雰囲気の店で落ち合っていた。
木製のテーブルには湯気を立てるコーヒーカップが並び、柔らかな照明が温かみのある影を作り出している。
店内にはジャズピアノの音が流れ、外の雑踏とは切り離された空間が心地よく広がる。
「このコーヒーという飲み物、私はとても気に入っている」
コーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
ラナスオルは椅子の背にもたれながらカップを手に取り、その中の温かな液体を一口含む。
ほろ苦さがほんのり奥に広がり、体の内側から温まっていく。
「私は、人としての生活を楽しんでいるよ。女神の威厳を捨てたつもりはないが、あえて力を使わずに不便さを楽しむのも、なかなか趣があるものだ。今まで気づけなかったことに気づける。それが悪くないのさ」
ラナスオルはそう言いながらカップを置き、視線を落とす。
力を封じた不便な生活の中で、朝日を浴びながら掃除をする感覚や、ひとりの人間として接客をすることが、彼女にとって新しい喜びをもたらしていた。
一方、シードは自分のカップを揺らしながら、その中の黒い液体を銀色の瞳でじっと見つめていた。
ラナスオルはそんな彼をちらりと見やり、軽く口角を上げながら話を続ける。
「君の弁護士としての働きぶりも、なかなかのものだと思うがね。おおかた汚い手口を使って手にした職だとは思うが……君は元々仕事には集中する性分だし、今のところ実害はなさそうだ」
皮肉交じりにそう言うと、彼女はふっと口元を緩めた。
「ネットで『闇の法廷バトラー』などと噂になっていると知った時には、笑いを堪えられなかったがね」
その言葉に、シードは特に感情を見せることなく冷静に応じた。
「『闇の法廷バトラー』……随分と妙な呼び名をつけられたものですね。まさか、この世界の人々が僕をそこまで面白がるとは思いませんでした」
彼は傾けたカップの中の液面をじっと見つめたまま淡々と語る。
ラナスオルには、それが自嘲にも聞こえた。
「僕はあくまで『人間』としての枠組みの中で働いているだけです。人間の法と倫理に則り、依頼人のために動く――僕にとっては、ただ効率的に事を進める手段に過ぎません」
シードはそう言いながらカップを持ち上げ、コーヒーを一口含む。
その動作には何の迷いも感情もなかった。
「ただ、あなたの予想に反して僕はあまり『汚い手口』に頼ってはいません。この世界の法律や制度を理解するには、むしろ正攻法が役に立つ場面が多いのです」
コーヒーの漆黒に落ちた淡い照明の光が揺れた。
それを銀色の目で追いながら彼は続ける。
「この世界の法と制度は、想像以上に洗練されています。魔術に頼らずとも、その隙を見つけ事を進める方法は無数にあります。僕には十分すぎる戦場です」
彼は一拍置いて、ラナスオルの方へ静かに視線を戻した。
「……とはいえ、僕が法廷での戦いで幻術や精神操作を全く使っていないと断言するつもりはありません。……もっとも、あなたが笑いを堪えられなかったという感想には、少しばかり興味を惹かれますね」
ラナスオルはカップをテーブルに置き、シードの視線にまっすぐに応じた。
「ふっ、それはそうだろう。あの冷酷な死霊術師の君が、そんなふうに人にもてはやされているんだ。それに……」
言いかけて、ふと口をつぐむ。
――彼が誰かのために力を使っているとは。
その皮肉めいた状況に対する思いを言葉にしようとしたが、彼女はその言葉を飲み込んだ。
「いや、なんでもない」
シードは一瞬不思議そうに首を傾げたが、やがて皮肉とも取れる淡い微笑を浮かべた。
「威厳を捨てず不便を楽しむ女神が、僕の些細な評判に愉悦を見出すとは……意外なところで僕たちの感性は重なるのかもしれませんね」
彼はそう言いながら、窓の外を行き交う人々の雑踏に目を向けた。その瞳にはどこか遠いものを見るような光が宿り、孤独の影が落ちているように見えた。
ラナスオルは彼のその横顔を見つめつつ、再びカップを手に取りそっと口をつけた。
二人がコーヒーを飲み干す音が、静かな店内に微かに響いた。