冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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130話 絶望の刃

 青白い炎が街を包み込み、崩れた建物の隙間から火のざわめきが響いていた。

 熱に煽られた空気が肌を刺し、辺りは焼け焦げた肉と瓦礫の匂いで満ちている。

 

 しかし、それすらも搔き消す程に痛烈に耳を突き刺したのは、一人の少女の絶叫だった。

 

「パパとママを返してぇ!!」

 

 少女の声は絶望そのものだった。

 それは、何もかも焼き尽くされた中で取り残された小さな命の叫び。

 

 彼女の震える手には、錆びついた小さなナイフが握られている。

 

 幼い子供が持つにはあまりに頼りない刃だったが、彼女の瞳に燃える揺るぎない憎しみがそれに意味を与えていた。

 

「うわぁぁぁぁああ!!!」

 

 少女は泣き叫びながら、全力で刃を彼に向け、突き立てる。

 

 シードは――動かなかった。

 避けることも、防ぐことも、簡単にできたはずだった。

 だが、彼はその場に立ち尽くし、刃を受けた。

 

「……っ」

 

 痛みが鋭く響く。

 ナイフが彼の脚を切り裂き、赤黒い鮮血が黒衣に広がっていく。

 

 不死の身体である彼にとって、この程度の傷は致命傷にはならない。

 だが――この痛みはただの肉体的な痛みではなかった。

 

 少女の悲しみと絶望が、刃となって彼の心を深く抉っていた。

 

「返してよぉ……パパとママをぉ……!」

 

 少女は叫びながら、小さな拳とナイフを何度も何度もシードの身体に叩きつけた。

 

 そのたびに黒衣が裂け、傷が増えていく。

 刃が浅く彼の肌を切り裂き、血が滴り落ちる。

 

 だが、シードは何も言わなかった。

 何もできなかった。

 

 その痛みを受け止め続けることしかできなかった。

 

 ――やがて、掠れた声で言葉を漏らす。

 

「……すまない」

 

 少女の拳が止まることはなかった。それでも彼は続ける。

 

「僕は……君の大切なものを守れなかった……」

 

 その言葉に、少女の震える肩がぴくりと揺れた。

 しかし、それ以上の言葉は出てこなかった。

 

 ――何を言っても、この子の親は戻らない。

 何を語ろうと、この子の悲しみが消えることはない。

 

 両親を失った少女の絶望と、彼自身の抱える罪の重さ。

 その両方を前にして、シードはただその場に立ち尽くしているしかなかった。

 

「うああっ……あああっ……!!」

 

 少女の涙が頬を伝い、喉が枯れる程に泣き叫ぶ。

 その声は、瓦礫の隙間を抜け、焼け落ちる空へと吸い込まれていった。

 

 何度も拳を叩きつけたが、その力は次第に弱まっていく。

 

 やがて、彼女は力尽きたようにその場に崩れ落ち、シードの足元で泣きじゃくった。 

 

 周囲では、なおも青白い炎が燃え広がり続けていた。

 燃え尽きた骸、崩壊した家々、すすけた空気。

 

 街を覆い尽くす炎は、人々の命と日常を無情にも焼き尽くし、何もかもを奪っていく。

 

「……」

 

 その炎を背に、シードは動けなかった。

 ただ立ち尽くし、足元で泣き崩れる少女を見下ろしていた。

 

 泣きながら横たわる少女の手には、彼の血で赤く染まったナイフが握られたままだった。

 

「……僕がこの手で壊した世界だ」

 

 彼は炎を見つめながら、自嘲するように呟いた。

 

 どれ程の力を振るおうと。

 どれ程の敵を滅ぼそうと。

 それが誰かの幸せを守れないのなら――

 

 この力に一体、何の意味があるのか。

 

 その時、背後から風の音が微かに響いた。

 炎の中に混じるようにして、聞き慣れた声が彼に届く。

 

「シード……」

 

 振り返ると、そこにはラナスオルの姿があった。

 

 彼女はゆっくりとシードに歩み寄り、血を流す彼と炎に包まれた街を見渡す。

 

 彼の手を取り続けることができなかったこと――

 少女に絶望を与えてしまったこと――

 

 紫色の瞳には、彼女自身の深い悲しみが滲んでいた。

 

 シードの足元の少女に目を留めると、ラナスオルはそっと膝をついた。

 震える彼女の肩に触れ、囁くように言葉を落とす。

 

「君の苦しみは……私にも伝わっている」

 

 少女は顔を上げ、ラナスオルを見つめる。

 その目に宿るのは、怯え。恐怖。

 

 しかし、彼女の紫の瞳が放つ穏やかな光が少女の瞳に映り込むと、嗚咽の声が僅かに止まった。

 

 ラナスオルは静かに、創造の左手フェルジアを少女の胸に当てた。

 癒やしの力が優しく流れ込み、少女の震える小さな身体を暖かな光が包み込んだ。

 

「失ったものは、決して戻らない」

 

 ラナスオルの声は悲しみに満ちていたが、少女はすすり泣きながらも耳を傾けている。

 

「……けれど、その痛みを抱えたままでも、生き続けなければならないのだ」

 

 その言葉に、少女は一点を見つめたまま震えていた。

 

 そして――

 

 彼女はゆっくりと、手の中のナイフを滑り落とした。

 刃は光を失い、地面に乾いた音を立てて転がっていった。

 

「うっ……ぁぁっ……!」

 

 ラナスオルは少女をそっと抱きしめた。

 彼女は背中を撫でながら、小さく何かを呟いていた。

 

 女神の腕の中で、少女は静かに泣き続けた。

 

 街からは神と人の子の気配は消え、少女のすすり泣く声と残火が弾ける余韻だけが残る。

 やがてそれも虚しく空へ消えていき、辺りに静寂が戻っていく。

 救いも希望も、命の残滓すらもう残っていない。

 

 シードはラナスオルが少女の痛みを抱きしめるのを、黙って見つめていた。

 

 彼の胸の奥には、まだ少女が残した傷の痛みがあった。

 

 それでも、彼は――

 その痛みすらも、罰として受け入れるしかなかった。

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