冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
青白い炎が街を包み込み、崩れた建物の隙間から火のざわめきが響いていた。
熱に煽られた空気が肌を刺し、辺りは焼け焦げた肉と瓦礫の匂いで満ちている。
しかし、それすらも搔き消す程に痛烈に耳を突き刺したのは、一人の少女の絶叫だった。
「パパとママを返してぇ!!」
少女の声は絶望そのものだった。
それは、何もかも焼き尽くされた中で取り残された小さな命の叫び。
彼女の震える手には、錆びついた小さなナイフが握られている。
幼い子供が持つにはあまりに頼りない刃だったが、彼女の瞳に燃える揺るぎない憎しみがそれに意味を与えていた。
「うわぁぁぁぁああ!!!」
少女は泣き叫びながら、全力で刃を彼に向け、突き立てる。
シードは――動かなかった。
避けることも、防ぐことも、簡単にできたはずだった。
だが、彼はその場に立ち尽くし、刃を受けた。
「……っ」
痛みが鋭く響く。
ナイフが彼の脚を切り裂き、赤黒い鮮血が黒衣に広がっていく。
不死の身体である彼にとって、この程度の傷は致命傷にはならない。
だが――この痛みはただの肉体的な痛みではなかった。
少女の悲しみと絶望が、刃となって彼の心を深く抉っていた。
「返してよぉ……パパとママをぉ……!」
少女は叫びながら、小さな拳とナイフを何度も何度もシードの身体に叩きつけた。
そのたびに黒衣が裂け、傷が増えていく。
刃が浅く彼の肌を切り裂き、血が滴り落ちる。
だが、シードは何も言わなかった。
何もできなかった。
その痛みを受け止め続けることしかできなかった。
――やがて、掠れた声で言葉を漏らす。
「……すまない」
少女の拳が止まることはなかった。それでも彼は続ける。
「僕は……君の大切なものを守れなかった……」
その言葉に、少女の震える肩がぴくりと揺れた。
しかし、それ以上の言葉は出てこなかった。
――何を言っても、この子の親は戻らない。
何を語ろうと、この子の悲しみが消えることはない。
両親を失った少女の絶望と、彼自身の抱える罪の重さ。
その両方を前にして、シードはただその場に立ち尽くしているしかなかった。
「うああっ……あああっ……!!」
少女の涙が頬を伝い、喉が枯れる程に泣き叫ぶ。
その声は、瓦礫の隙間を抜け、焼け落ちる空へと吸い込まれていった。
何度も拳を叩きつけたが、その力は次第に弱まっていく。
やがて、彼女は力尽きたようにその場に崩れ落ち、シードの足元で泣きじゃくった。
周囲では、なおも青白い炎が燃え広がり続けていた。
燃え尽きた骸、崩壊した家々、すすけた空気。
街を覆い尽くす炎は、人々の命と日常を無情にも焼き尽くし、何もかもを奪っていく。
「……」
その炎を背に、シードは動けなかった。
ただ立ち尽くし、足元で泣き崩れる少女を見下ろしていた。
泣きながら横たわる少女の手には、彼の血で赤く染まったナイフが握られたままだった。
「……僕がこの手で壊した世界だ」
彼は炎を見つめながら、自嘲するように呟いた。
どれ程の力を振るおうと。
どれ程の敵を滅ぼそうと。
それが誰かの幸せを守れないのなら――
この力に一体、何の意味があるのか。
その時、背後から風の音が微かに響いた。
炎の中に混じるようにして、聞き慣れた声が彼に届く。
「シード……」
振り返ると、そこにはラナスオルの姿があった。
彼女はゆっくりとシードに歩み寄り、血を流す彼と炎に包まれた街を見渡す。
彼の手を取り続けることができなかったこと――
少女に絶望を与えてしまったこと――
紫色の瞳には、彼女自身の深い悲しみが滲んでいた。
シードの足元の少女に目を留めると、ラナスオルはそっと膝をついた。
震える彼女の肩に触れ、囁くように言葉を落とす。
「君の苦しみは……私にも伝わっている」
少女は顔を上げ、ラナスオルを見つめる。
その目に宿るのは、怯え。恐怖。
しかし、彼女の紫の瞳が放つ穏やかな光が少女の瞳に映り込むと、嗚咽の声が僅かに止まった。
ラナスオルは静かに、創造の左手フェルジアを少女の胸に当てた。
癒やしの力が優しく流れ込み、少女の震える小さな身体を暖かな光が包み込んだ。
「失ったものは、決して戻らない」
ラナスオルの声は悲しみに満ちていたが、少女はすすり泣きながらも耳を傾けている。
「……けれど、その痛みを抱えたままでも、生き続けなければならないのだ」
その言葉に、少女は一点を見つめたまま震えていた。
そして――
彼女はゆっくりと、手の中のナイフを滑り落とした。
刃は光を失い、地面に乾いた音を立てて転がっていった。
「うっ……ぁぁっ……!」
ラナスオルは少女をそっと抱きしめた。
彼女は背中を撫でながら、小さく何かを呟いていた。
女神の腕の中で、少女は静かに泣き続けた。
街からは神と人の子の気配は消え、少女のすすり泣く声と残火が弾ける余韻だけが残る。
やがてそれも虚しく空へ消えていき、辺りに静寂が戻っていく。
救いも希望も、命の残滓すらもう残っていない。
シードはラナスオルが少女の痛みを抱きしめるのを、黙って見つめていた。
彼の胸の奥には、まだ少女が残した傷の痛みがあった。
それでも、彼は――
その痛みすらも、罰として受け入れるしかなかった。