冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
重く、静かな夜。
居城の一室には、沈黙と冷たい空気が満ちていた。
すべてを拒むように分厚い扉が閉ざされ、重厚な木目の向こうからラナスオルの切迫した声が響いていた。
「シード! 答えてくれ!」
それは怒りではなかった。悲痛な叫びだった。
「なぜ君は、また一人で背負おうとするのだ!」
彼女の声に込められるのは、どうしようもない悲しみと、彼を引き止めたいという強い願い。
彼女は妻として、何度も何度も彼の心の扉を叩いたはずだった。
「君の行動は、決して無意味ではない! だからこそ……なぜ私を信じてくれない……なぜ、私に背中を預けてくれないのだ……」
扉を打つラナスオルの拳の音が広間に虚しく響く
しかし、部屋の中から返事はなかった。
扉の向こうでは、シードが一心に魔術を使い、自らの肉体を修復していた。
裂けた肌から漏れる青白い光が、薄暗い部屋を淡く照らしている。
しかし、その光が癒やすのは肉体のみ。
彼の心に刻まれた傷に触れることはない。
銀灰色の瞳が虚ろに揺れ、彼はぼんやりと自分の手を見つめていた。
「……僕が、ただ一人でやり遂げればいい」
掠れた独白が虚空に溶ける。
感情の欠片もない、ただ己に言い聞かせるような、壊れかけた声だった。
彼の手はまだ覚えていた。
少女の震える小さな手が、彼に突き立てた刃の感触。
それが与えた痛みは肉体だけでなく、彼の心に深い傷を刻んでいた。
「守ろうとしたものが、また……この力で滅びた」
苦い現実が彼を苛み続ける。
どれだけ力を持っていても、何度力を振るおうとも――
救えない。結局、滅ぼすことしかできない。
それはシードという存在に課された、呪いのようなものだった。
「……僕が力を振るうたびに、あなたを悲しませる」
ラナスオルの顔が脳裏に浮かぶ。憂いに満ちた紫の瞳。
彼の決断を理解しながらも、それでもなお、彼の行動を責める声。
シードは目を閉じ、耳を塞ぐように頭を垂れた。
扉の向こうから聞こえる彼女の声を遠ざけるように。
「僕は……何をしている」
その言葉は、誰に向けられたものでもなく、ただ独り溢れ落ちた。
扉の向こうでは、ラナスオルがなおも懇願するように声を紡ぎ続けていた。
「君が何を思い、何を背負おうとしているのか……分かっているつもりだ。それでも、私を閉め出すのは許さない……!」
彼女の声は次第に震えていく。
ラナスオルは静かに扉に手を当て、そこにいる彼を感じ取ろうとする。
だが、扉の中からは沈黙が返るばかりだった。
「君を見守ることしかできないのなら、それでもいい……だけど、独りでその重さを抱え込むのは……それだけはやめてくれ」
紫の瞳には、堪えきれぬ涙が滲んでいた。
――その言葉が、シードに届いたのか。
彼の手が一瞬だけ止まる。
魔術の光が微かに揺らぐ。
シードは目を伏せ、僅かな逡巡が胸の奥で生じるのを感じていた。
「本当に、これでいいのか……?」
彼の中で、孤独を貫こうとする意志と、ラナスオルの言葉が投げかける温もり。
その二つが静かにせめぎ合う。
だが、彼の癒やしの魔術は再び淡々と続けられる。
彼の心を閉ざした扉はまだ開かれない。
扉の向こうから聞こえていたラナスオルの声が、次第に掠れていく。
シードはそれを感じながらも、無言のまま作業を続けていた。
冷たい静寂が部屋を満たしていく。
それでも彼は、扉越しに微かに感じる彼女の存在を完全に拒むことはしなかった。
ラナスオルの祈りのような声は、やがて途絶えた。
しかし、二人を隔てる扉はなおもそこに在り続けていた。