冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
轟々と燃え盛る青白い炎。
街の瓦礫の隙間を縫うように炎が奔り、逃げ惑う人々を灰へと変えていく。
狂ったような灼熱地獄の中で、ラナスオルの叫びだけがシードの耳に鋭く突き刺さった。
「君が私を傷つけないために孤独を選んでいることはわかっている……」
炎の唸りさえも揺るがすような痛々しい声が続く。
「けれど、壊れていく君を見る私の気持ちはどうなる!? 考えたことがあるのか? いつも自分だけで何もかも背負おうとして……君は勝手すぎる!」
ラナスオルの言葉が怒りと悲しみで震えている。
だが、その声にそれ以上のものが込められていることは彼も理解していた。
――その時、シードの手に宿る青白い炎が僅かに揺らぎ、動きを止めた。
彼は目を閉じ、無意識に自らの顔に刻まれた呪いの痕へと手を伸ばす。
爪先が触れたその傷は、まるで焼き付いた罪そのものだった。
「確かに、僕は勝手です」
シードは掠れた声で答える。
「ですが……妻であるあなたならば、それを許すはずです」
その言葉に、ラナスオルの紫の瞳が大きく見開かれた。
彼の冷たい手で心臓が握り潰され、その爪先でなおも抉られるような苦しみだった。
喉の奥が焼けるようにひりつき、紫の瞳の奥からじわりと熱が溢れる。
手も、足も、声も、何もかもが震えて言葉にできなかった。
(私は……一体何のために……私はもう……)
重い沈黙の後、彼女の慟哭が辺りに響き渡る。
「……バカ……何が夫婦だ……君を愛した私が愚かだった……!」
彼の胸を裂くような、痛烈な一言だった。
ラナスオルの瞳から涙が零れ、青白い炎の光に煌めく。
その姿が、シードの胸をさらに締め付けた。
だが、彼は何も言わなかった。言い返せなかった。
――言ってしまえば、この冷たい覚悟が揺らいでしまう気がした。
彼女の愛に甘えてしまう気がした。
彼の沈黙が、ラナスオルの心をさらに深く抉る。
「どうして……どうして何も答えないのだ!」
声を震わせ問い詰める彼女の姿を、シードはただ見つめていた。
その青銀の瞳は沈んだ月のように静かに揺れている。
ラナスオルは唇を噛みしめ、背を向けて炎の中から走り去った。
長い白髪が揺れ、涙の雫が熱に溶けて消えていく。
焦げた瓦礫を蹴り飛ばしながら、ラナスオルの心は悲しみと怒りに引き裂かれていた。
「バカ……バカなのは私の方だ……どうしてあんな心にもないことを……!」
灰が舞い、足音が荒く響く。
涙が滲む視界の中で、彼女は自分を責め続けた。
「今、彼を支えられるのは私だけなのに……! どうして……あんな言葉を……!」
足を止め、胸に手を当てる。
鼓動が痛い程打ち、全身を言いようのない悲しみと後悔が駆け巡っていた。
涙が頬を伝い、ぽろぽろと地面に滴り落ちる。
「こんなにも彼を愛しているのに……」
だが――振り返ることができなかった。
シードに投げつけた言葉が、まるで自身の足を縛る鎖のように重く感じられた。
一方、業火に包まれる街の中心で、シードは無表情のまま手を掲げ直していた。
「これでいい……」
その声には何の感情も込められていなかったが、青銀の瞳の奥には押し込められた深い苦悩が宿っていた。
彼の中には、まだラナスオルの痛みと温もりが微かに残っている。
だが、もうそれすらも――
青白い炎はなおも激しく燃え盛り、街全体を覆い尽くしていく。
人々が住んでいた家々、長い歴史を刻んできた大地、その全てが灰と化していった。
「壊すことでしか守れない。それが僕の役割だ」
そう自分に言い聞かせるように呟く。
彼の表情は冷徹な仮面を張り付けたように動かないが、その内側では何かが静かに崩れていった。
* * *
青白い炎が渦を巻き、街の全てを焼き尽くした瞬間、静寂が訪れた。
焼け野原となった街を見渡しながら、シードは瓦礫の上にそっと膝をついた。
そして再び、青白く染まった顔の傷痕に触れる。
(まだ……やれるか……)
燃え上がる業火を背にしても、彼の身体は異様なほど冷えているように感じられた。
彼の耳には、先ほどのラナスオルの言葉がこだましていた。
『壊れていく君を見る私の気持ちはどうなる!?』
何度も、何度も。
胸の奥でその言葉が反響し、痛みとなって彼を苛み続ける。
「僕は……また間違えたのか……」
掠れた声が空に消える。
彼は立ち上がり、焼け焦げた大地の上に足を踏み出す。
その足取りは重く、地面に沈むようだった。
背後を振り返ることはしなかった。もう後戻りなどできない。
燃え尽きた街の向こう側へ――誰一人救うことのできない、自分だけの地獄へと。