冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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136話 交わる力

 シードの冷たい指先を包み込むラナスオルの手は、雪を溶かす陽光のように温かい。

 しかし、彼はその手を握り返そうとはしなかった。 

 

(彼女を穢すことはできない。僕だけでやり遂げるべきだ……)

 

 それが彼の最後の抵抗だった。

 ラナスオルを愛するからこそ、この戦いの罪だけは彼女に負わせたくなかった。

 

 自分の手が穢れることは構わない――だが、彼女の手まで穢すことは、決して許せなかった。

 

 しかし――

 

「私は君の隣にいる。君の罪も、悲しみも、孤独も……全て分かち合う! 君が嫌だと言っても! 私はもう決して離れない!」

 

 彼を引き戻すかのように、力強く、決して引かない決意を秘めた声が響く。

 その言葉が、シードの胸の奥深くに封じ込められていた感情の扉を叩く。

 

(僕は彼女の愛を踏みにじっていた……?)

 

 彼が自らを犠牲にしようとすることに、何の迷いもなかった。

 だが、ラナスオルはそれを許さなかった。

 

「シード……」

 

 彼女の指先から鼓動が伝わる。

 

(僕は……間違えていたのか……)

 

 張り詰めた糸が、音を立てて解けていく。

 

「ラナスオル……」

 

 ようやく、彼の口からその名が溢れ落ちた。

 長い間押し殺していた思いが溢れ出すかのように。

 

 彼にとって最も大切な、彼をこの世界に繋ぎ止める唯一の存在の名。

 

 そして――シードはついにその手を握り返した。

 

 冷たく、固く、凍りついたような手に込められたほんの僅かな力。

 それでも、彼が握り返したことにラナスオルは確かな安堵を感じた。

 彼が閉ざしていた扉が、微かに開かれた証拠だった。

 

「愛……」

 

 その光景を目にしたグレナシアが、ぽつりと呟いた。その声には、これまでのような嘲りも侮蔑もなかった。

 

 グレナシアにとって神とは、力によってすべてを統べる絶対の存在。

 支配する者であり、奪う者であり、崇められる者であるべきだ。

 

 しかし、目の前の二神は、互いの手を取り合い、力を分け合い、支え合っている。

 

(そんな軟弱な心で、どうして己を貫けるというの? 理解できない! したくもない!)

 

 グレナシアは戸惑いと動揺を振り払うように、顔を歪ませた。

 

「あっははは! あっははは! バッカみたい! 本当に気持ちが悪いわ!」

 

 嘲笑に満ちた狂った笑い声が戦場にこだまする。

 

 しかし、シードはグレナシアの声に見向きもせず、ラナスオルを見つめたまま低い声で問いかけた。

 

「本当にいいのですか、ラナスオル……あなたが力を振るえば、また神殺しの罪を背負うことになる。それは、僕の本意ではない……」

 

 彼女の手を握り返したまま、それでもシードは迷っていた。

 自分の背負うべき罪を、彼女に背負わせてしまうことを。

 自分の歩む道を、彼女に踏ませてしまうことを。

 

 彼は何もかもを背負う覚悟を決めていた。

 それが彼にとっての罰であり、最期の役目だと思っていた。

 

 ――しかし、ラナスオルは毅然とした眼差しで彼を見据えた。

 

「私たちは夫婦だろう。不平等などまっぴらだ。君が罪を背負うなら、私も背負う。それが、私たちの絆だ!」

 

 揺るぎない、まっすぐな紫色の瞳。

 シードの瞳の奥に静かな安堵が宿った。

 

(僕は……もう独りではないのか……)

 

 そんな当たり前のことを、彼はようやく理解し始めた。

 

「ありがとう……ラナスオル……」

 

 その瞬間、二人の手が重なり合い、深く結ばれた。

 冷たく孤独だったはずのシードの手が、ラナスオルの温もりに包まれていく。

 

 それは互いの想いを確かめるかのような、決して離れることのない絆の証だった。 

 そして――ラナスの二神の力が交わり始めた。

 

 シードの青白い炎と、ラナスオルの創造の光。

 まるで二人の運命そのものが絡み合うように――一体となった力が互いを高め合うかのように輝きを増していく。

 

 戦場全体が、眩い青白い輝きに満たされていった。

 

「これが……ラナスの二神の力……?」

 

 光を映し出すグレナシアの真紅の瞳に、僅かな焦りの色が浮かぶ。

 しかし、彼女はすぐにその動揺を掻き消し、狂気の笑みを浮かべた。

 

「余の力が、くだらぬ『愛』とやらに負けるはずがない! 余が呑み込めぬものなど、この世に存在しない!」

 

 神界の最高神が、まるで駄々をこねる子供のように叫ぶ。

 暴食の力が彼女を中心に爆発的に広がり、黒炎がすべてを呑み込まんと周囲を覆い尽くそうとする。

 

 しかし、二神の力はそれすらも呑み込み、さらに力強い輝きを放ち続ける。

 

「グレナシア……これがあなたの結末だ」

 

 シードの低い声が響き渡る。

 その瞳にはもはや迷いも躊躇もない。そして、ラナスオルが続く。

 

「君の暴食はここで終わる。私たちが、この世界を守る!」

 

 ラナスを守護する者たちの、絶対なる決意。

 

 繋がり合った二神の力が完全に融合し、グレナシアを包み込む。

 青白い光の奔流が暴食の女神を貫き、彼女の力を削り取っていく。

 

「ぐあああああ……!!」

 

 狂気に満ちたグレナシアの絶叫が果ての大地に響き渡る。

 

 暴食の女神――彼女がどれだけ喰らい、どれだけ暴虐を尽くそうと、二神の絆だけは決して壊せなかった。

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